4ー028 ~ 博愛と慈愛
ハルトさんに雨と濃霧の範囲を伝えると、『濃霧か…、では移動は無理だな』と呟いてから、斥候隊の印を付けたひとに指示を出した。
「タケル殿、改めて情報に感謝する」
- はい、じゃなくて!、やめて下さいよハルトさん、
すぐ隣なのでハルトさんの肩を持ち上げようとした俺に、
「どこからの情報なのか、誰が齎したのかを見せておく必要があるのだ」
と、真面目な顔で言われたら、そうですかと黙るしかないじゃないか。
しょうがないので話題を変えよう。
- ところで、さっき逃げ遅れたひとたちを5人、砦に運んだんですが、ここのひとたちを全員収容できるんですか?、中庭は2つありましたけど、そんなに広くなかったように見えたんですが。
と、尋ねるとハルトさんはにやりと笑みを浮かべ、
「あの砦は中心部だけなんだ。こちらからはここから入って、」
作戦台の地図を指で示し、国境壁を砦に向かって逆に辿り、
「こう通って砦に入れる。壁の厚さは伊達ではないのだ」
得意げに俺を見下ろした。
砦の両翼というか、そんな感じで長く連なってる壁がやけに頑丈そうだなと思ったらそんな仕組みになってたんだな。全ての壁がそんなに分厚いわけじゃ無いのは俺が空中から索敵魔法で見たので知ってる。でも分厚い部分って結構あったぞ?、まさかそれ全部ってことは無いだろうけど。
だから砦からここまでの道に誰も居なかったのか。荷馬車がどんどん出発していたのに途中で見かけなかった理由がやっとわかった。他所に行く分かな、なんて思ってたよ。
壁の中に収容できるなら、ここの人たちが全員入っても余裕がありそうだ。
- なるほど、じゃあ砦までの道は…
「ああ、通常はそこを通るが、有事の際はここを開いて壁の中を通る。この場所に居留地を築いたのはそういう事だ」
撤退の事を考えて、って事ね。なるほど。
「今回はしばらくすると砦で荷を降ろした馬車が表側を通って戻ってくる。村々への連絡や避難の事を考えてハムラーデル側の道はあけてあるからな。ところでタケル殿はどうするのだ?、前にカエデが言っていたが『勇者の宿』に戻らねばならんそうだが」
そうか、すれ違いをせずに済むように一方通行にしてるのか。それと災害連絡用か。考えられてるんだな。
- あ、もう少しこちらに居ます。あの小屋は撤去しますので、そうですね、中庭の隅でも貸して頂けたら邪魔にならない程度の部屋を造りますよ。
「いや、それなら砦中央に客間がある。そこを使ってくれるとこちらとしても助かるのだ」
そう言われると弱いんだけどなぁ、どうしようか。転移石版を置いて固定するだけなら荒らす事も無さそうなんだけどね。
- そこって高価な敷物が敷いてあったりしません?
「貴族用だからな、それなりの調度品があるはずだぞ?」
あ、そりゃ気が引ける。
- じゃあやめときます。
「何故だ?、タケル殿がお連れの方々は、その…、居られるではないか」
ああ、そういえばメルさんは王族だった。
- メルさんなら気にしないと思いますけど…?
「いや、そうでは無くだな……」
言い辛そうに後頭部をがしがし掻いた。
メルさんじゃないならテンちゃんとリンちゃんか。彼女たちに泊まってもらうのだから一番いい部屋にしたい、って事なんだろうけどね。
- わかりますけど、僕が一旦『勇者の宿』に戻ってから、またここに戻ってくる都合もありまして、他の方が出入りしそうな場所はいろいろと都合が悪いんですよ。
転移石版とか、テンちゃんの事とか、ミリィの事とかね。
石版はともかくテンちゃんの事情は言えないので、ミリィの事が伝わるように、手のひらを上に向けてもう片方の手で20cmほどの高さを示しながら言うと、はっと気付いたような表情をした。
「そうか。なら仕方ないな。しかし中庭でいいのか?」
- はい。ここでの用事が全て終われば撤去しますし、水や食料などを運び込む必要もありませんから。
「そ、そうか。こちらが落ち着いたら周知しておく。もう行くのか?」
- はい。あ、カエデさんの荷物も一緒に持って行きますので、伝えておいてもらえますか?
「わかった」
ハルトさんに頷いてから、まだ慌しく伝令などの兵士さんたちが出入りしている本部の外に出ると、雨の中整列をしている兵士さんたちが居た。視線にちょっとびくつきながらその前を通り、飛行結界をさっと張って飛んで天幕小屋へと戻った。
だって出てすぐは誰かを巻き込みそうだから飛べないんだよ。速度的なものじゃなくて、範囲的な理由ね。
しょうがないじゃん。
●○●○●○●
天幕小屋を見下ろしながら降りてったんだけど、あれ?、なんかちっちゃくなってるな。
各部屋が無くなってるのか。入り口の結界が無いってことは、ホームコアも無いって事だな。なるほど。
何だか薄暗いと感じたのは外から中に入ったからかな?、なんて思いつつもただいまと言い、外の大雨で少し濡れていた身体をぶわっと軽く乾かした。
この服、光の精霊さん製なんだけど、性能いいんだよね。撥水仕様っていうんだっけ、水を弾くんだよ、表面はさ。元の世界のハスの葉みたいに、水滴が球になって転がり落ちる。
でも内側はそういうのがないので、首や袖口から入ってきた水でちょっと湿ってたってわけ。頭も濡れてるし。
あ、もちろん飛行中は結界で包んでるから雨に当たったりはしないよ?、結界は水も遮るから車のフロントガラスみたいにはならないけど、それでも晴れてる時よりも視界は悪くなる。見通しが良くないのは元の世界も一緒だ。跳ね返って弾けた水滴も見通しが悪くなる原因のひとつだね。ついでに魔力もその分消費する。微々たる差だけど。
乾かしながらだんだんと目が慣れてきて、メルさんが立ち上がって『おかえりなさい』と返しながらこちらに歩いてくるのが見えた。魔力感知では中に入ってすぐにわかるけど、どうもまだ視覚的なほうが主体なのは仕方ないよね。
がらんとした広い空間に土魔法で作った椅子とテーブルと給水器が置いてあって、そこにテンちゃんとメルさん、そしてテーブルの端に座って足をぷらぷらさせているミリィが居た。
ミリィはタオルに包まってる。何だろう?、寒いのかな?
「お風呂のお湯は置いてあるそうです。水はもう出ないとの事でした。家具類も部屋もありません」
何だか気落ちしてるような雰囲気が漂っていた。それでも笑顔で言ってくれてるのがちょっと嬉しい。
雰囲気がちょっと暗いのは照明器具が無いからかな。ぽつんと光球が浮いてるのはテンちゃんが作ったものだろう。薄暗さが物悲しさを増幅してるなぁ…。
- あはは、何だか寂しいですね。
「そうですね…」
「お風呂で泳いでたら明かりを消されたかな…、扉もあたしの服もぜーんぶ無くなったかな…」
ぐすっと鼻をすすって手の甲で目を擦った。逆光で見えてなかった。泣いてたのか。
- ああ、それでタオル…。
じゃあ下はすっぽんぽんか。
「そうなんですよ。それでミリィちゃんかわいそうにずっとこうなんです」
- そっか、そりゃかわいそうだ。
でも内心笑いを必死で堪えてるのは内緒だ。
俺のポーチから取り出せないかなって、手を突っ込んで探してみたけど、リンちゃんとの距離が開きすぎているようで見つからなかった。
エクイテス商会で入手した布や針と糸は見つかったので、とりあえず椅子を作って座り、ミリィっぽいサイズのフィギュアを結界操作で作って布を当てながらすぱすぱ裁断し、肌着代わりのチュニックと膝上のキュロットスカート、それとベストをちくちく縫ってやった。見ている間にできていく服に、意外そうな視線を感じた。久々だから縫い目が揃ってないな。ミシンが欲しい。チュニックは側面を縫うだけにしたけど、端の処理が面倒だ。
「器用ですね…、タケル様」
「わぁ、あたしの服かな?、かな?」
「…其方、そういう趣味が…?」
ちょっとテンちゃん、そういう趣味ってどういう意味だよ。
- いまいち着心地良くないかも知れないけど、着てみてくれる?
と、ミリィを包んでいるタオルを解いて、両手を上げさせて出来立てのチュニック上からかぶせてやると、もぞもぞと袖を通した。袖は肘までにした。だって袖で口を拭くんだもん。その分、余裕を持たせたのでひらひらになってる。
ミリィの裸はもう今更だ。タオルを脱がせた時、一瞬テンちゃんとメルさんに緊張が走ったけど、俺とミリィが自然にやってるからか、何も言わなかった。
でもメルさんはミリィの下着が無いことに気付いたようだ。
「あ…、タケル様、その、下着は…?」
- もともとミリィには無いんですよ。
「え?、無いんですか?」
「何が無いのかな?」
- 下着。どう?、柔らかい生地を選んだつもりだけど…。
「んー、悪くないかな、ひらひらで動きやすいけど、背中をもっと開けてくれないと翅が生えたとき困るかな」
あー、翅のこと忘れてた。
んじゃ今縫ってるベストもダメじゃん。
- 作り直すか…。
「あ、いいの。いいかな、しばらく生えないから大丈夫かな!」
- あ、そなの?
「うん。生えてすぐ取っちゃったから、次に生えるのは1年ぐらい先かな」
そんな先なのか。
「あの…、ミリィちゃんは何と?」
- 翅が生えるのはまだ先だから背中はその時でいいって。
「そうなんですか」
「うん」
- それで、下も穿いてみて。
「下?、これのことかな?」
- そうそれ。
「…?」
覗きこんで首を傾げるミリィ。
あれ?、もしかして上下別っていう文化が無い?
いあいあ、有翅族の村人にはズボンを穿いてたひとも居たはず。
- どうしたの?
「これだと胸が隠れないかな」
- そうじゃなくてね、
と、ミリィから取り上げて広げ、足元に近づけて片方ずつ足を通させた。
そのまま腰まで持ち上げて、チュニックの裾をミリィに持ち上げてもらい、左右それぞれの紐を軽く結んだ。
「わぁ、こうなるかな、何か短いなと思ったかな、あははー」
「ほう、なかなか良いのじゃ」
「可愛いですね」
テーブルの上でくるくる踊るミリィを見て、テンちゃんとメルさんが言う。
さっき泣いてたのは何だったんだってぐらい、空中乱舞してるミリィ。
薄茶色の髪に薄いピンクのチュニック、そして短パンよりはちょっとだけ長い膝上で茶色のキュロットスカート。うん、いい感じだと思う。
これに今端の処理をしてる鶯色っぽいベストを合わせたいところなんだけど…。
- まだこのベストがあるんだけど、要らない?
「え?、それは何かな?、何かな?」
空中乱舞をやめてついーっと飛んできた。おっと、針もってるんだから近くに寄りすぎないで。と、作業中の手をちょっと遠ざけた。
「どうして逃げるかな、見せて欲しいかな?」
- 針もってるんだから、危ないって。
「わかったかな、離れて見るかな」
そしてちくちく作業の続きをして、前部分にも飾り紐で結べるようにしてから着せてやった。
「わぁ、可愛いかな!、ありがとう!」
と、急に顔面に向けて飛んで来たので急いで左手でキャッチすると、親指を持ち上げようとしたのでまた軽く手を広げたら、その親指に抱きついて頬ずりをした。
「すごい喜びようですね…」
「うむ。微笑ましいのじゃ。よく似合っているのじゃ」
「そうですね…」
ふたりとも、ちょっと羨ましそうにミリィを見てるけど、キミたちの服は無理だよ?
だってテンちゃんの服はややこしいし、王女様の服なんて俺が作れるレベルを超越してる。
そんなの専門家が作るもんでしょ。
あ、でもメルさんの普段着ならなんとかなるかもね。わざわざ提案したりはしないけど。
とりあえず、この小さくなった天幕小屋は、入り口と窓部分に土魔法でフタをしてそのまま残す事にした。地下部分にも構造があって結構しっかりしてるから、分解処理するのは忍びないかなってね。
それで皆を連れて砦の中庭へと飛んで行き、隅っこの部分、壁沿いにちょいと柱を立てて3階分ある部屋を造った。これなら中庭自体は圧迫しないから邪魔にはならないだろうと思う。
入り口は柱に梯子をつけて登るようにした。階段より空間を使わないからね。だいたいこの梯子を使うひとは限られてるんだよ。
「家具がないのじゃ」
「ベッドが土魔法製なのですが…」
- すみません、今日は我慢して下さい。そのへんのもの全部リンちゃんなんですよ。
「仕方ないですね、雨露がしのげるだけでもいいとしましょうか…」
「リンはしっかりしておるのか抜けておるのかわからないのじゃ…」
と言っていた。今は言わないけど手はあるので、夜を楽しみにして欲しい。
それからは、水があの調子でどんどん流れ込んでいるだろうダンジョンから魔物が出てくるなんて事も無く、砦内部は兵士さんたちが多忙を極める中、俺たちだけのんびりと過ごした。
夕飯の前にカエデさんがずぶ濡れで入り口から大声で『ただいまー!』って言って、いそいでタオルを出して渡した。
「もー、こんなんじゃ風邪ひいちゃう!、お風呂なんて無いし、お湯作るのも薪は湿ってるし、火を熾せる場所って限られてるし、みんなも大変よ!」
- ご苦労様、僕は手伝わなくて本当に良かったんですか?
「んー、ハルトさんがね、タケルさんを働かせすぎるのは良くないだろう、って言ってたからいいんじゃない?」
「おかえりなさい。タオルもうひとつ使います?」
「あ、1枚で足りると思う。ありがとう」
入り口で水が滴ってる髪や顔を、渡したタオルでがしがしごしごし拭きながらだ。
メルさんも俺の隣までタオルを持って来ていた。何かに使うだろうと思って何枚か棚に置いてあるのを持ってきたんだろう。
- そうですか、ならいいんですけど。
「それにね、タケルさんだと飛べるし魔法の袋あるし、魔法でちょちょいってお湯つくったり火を熾したりしちゃうでしょ?、あまりそういうのを簡単にされちゃうと、あたしたちが比べられて困るっていうか、そういう理由もあると思うよ?、あ、はいタオル、ありがとう」
- なるほど。あ、温風で乾かします?
「ほらぁ、そういうとこですよ。温風はありがたいんですけど。あ、でもちょっと待って下さい、鎧外しますから」
と、留め具やベルトを外して鎧を脱ぐカエデさん。ハムラーデル製のいい鎧って言ってたけど、なかなか機能的でよくできてるな、カエデさんの鎧。
しかし何て言うか、目のやり場に困るシーンだなぁ…。
「ハムラーデル製の鎧は脱着しやすそうでいいですね…」
「そう言えばメルさんの鎧って、ハムラーデル製のですよね?」
「はい。鷹鷲隊のはそうですね。でもあれは金属鎧ですから」
「うん、あ、革鎧はうちのじゃないんだ」
「はい。なので胸当てだけ持ってきてます」
メルさんと会話をしつつ濡れた鎧部品は全部足元に並べていくカエデさん。
「そうなんだ…、はー、ブーツの中まで水でぐちょぐちょ、お風呂に入りたいわ」
「それが…」
言いにくそうに俺を見るメルさん。
そうなんだよ、ここにはお風呂造ってないんだよ。
天幕小屋に残ってるたっぷりあるお湯のところに連れて行くべきか、しょうがないからここにもお風呂を造るか、どうするか…。
飛んで連れて行くと、たぶん抱き付かれるんだろうなぁ、そのびしょ濡れ状態で。それは俺もちょっとイヤだ。緊急時ならしょうがないけどね。
「無いのじゃ」
と、俺の右後ろに来ていたテンちゃんがあっさり言った。
「へ?、何が無いんですか?」
「風呂は無いのじゃ」
「……え?」
信じられないと表情で訴えながら俺たちを順に見るカエデさん。口が半開きだ。
- すみません。ですから、温風で乾かしましょうか?、ってさっき尋ねたんですよ。
「そんなぁ…、」
と言ってその場に崩れ落ち、四つん這いになった。
いわゆる『orz』の姿勢だ。
「だって、走り回ったし、雨か汗かわかんないぐらいだし、乾かしてもらえるのはありがたいんですけど、でも、……」
だんだんと声が小さくなっていって、しまいには聞こえなくなった。
でも言いたい事はわかる。汗かいたのを温風で乾かされるのはちょっとね、って思うよね、やっぱり。
仕方ないので造った。おかげで中庭の下に排水用のパイプを通して砦の外へ流すようにしたり、トイレまで造るハメになった。しかもついでだからと、水が貯まってた中庭の周囲に溝を作り、それも一緒に流れるようにしたせいもある。砦が外よりも高い位置に、土台を築いてできているからまだ楽にできた。
魔法って便利。でも大変だった。
大雨の降りしきる中、俺がそんな土木作業をしている間にカエデさんは中で着替えたり鎧のお手入れをしていたらしい。あと、メルさんから乾燥魔法を教わってたみたい。
ホームコアが無いので湯船から汲んで使うタイプの風呂だけど、まぁそれでも皆さん喜んでくれた。照明器具がないけど、テンちゃんか俺が光球を浮かせておけばいい。
メルさんとカエデさんは光球を作ることは何とかできるが、浮かせる事がまだできないのと、継続を意識していないと消えてしまうようだ。
カエデさんはまだ覚えたてだからしょうがないけど、メルさんのほうは意外だった。
「ちょっとした時に手元を照らしたりするぐらいならいいのですが、浮かせたり維持しつづけるのはまだ難しくて…」
と言っていた。でもそのうちできるようになりそうな気もする。
夕食は出来合いのものをポーチから出して食べた。
だって台所を造ってないからね。調理器具はあるからやろうと思えば何か作ったりできるけど、救助やら土木工事で疲れたし、まぁいいかなって。
特に何か文句を言われるような事も無く、普通に美味しいといって食べて満足してくれてたからいいんだよ。
夜、眠るときにはベッドの上に例のやわらかい障壁魔法でつくったクッションを敷いたら絶賛された。もう俺が眠ってても解除されない、はず。
尚、その時にテンちゃんは感心していただけだったが、メルさんは『あの時仰ってたのはこういう事だったのですね。ありがたいのは確かですけど魔力の無駄遣いだと思います』と言っていた。
褒めるなら褒めるだけにして欲しい。
カエデさんは『もうタケルさんだから何でもアリ』なんてどっかのネリさんみたいな事を言ってた。
どうでもいいけどカエデさんとネリさんって、どこか似てるとこあるように思う。
言い争いをよくしてるけど、それも終わったらあっさりけろりとしてるし、憎み合っているわけじゃ無い。同属嫌悪とまでは行かないみたいだし、実はこの2人、本当は仲が良いんじゃないか?
まぁともかく寝具に関しては、エクイテス商会で入手したでっかい毛皮や毛布など、あの地域では暑くて使う事なんて無さそうなものも、ここで役立って良かった。
雨のせいで湿度は高いけど、ちょっと肌寒いからね。
●○●○●○●
翌朝、朝食を食べていると予告していたより早く、リンちゃんが帰ってきた。
何だかちょっと疲れているような雰囲気を漂わせていた。リンちゃんにしては珍しいな。
皆でおかえりと言って、同じものをポーチから出してテーブルに出すと、
「あ、ありがとうございます。お茶を淹れますね」
と、座る前にティーセットをエプロンのポケットから出して各自の前に並べた。
リンちゃんが席に着き、食べながら言う。
「ミド様が仰るには、少し揺らして安定させる必要があるとの事でして…」
という前置きで始まった。
…何ですと?
それって地震を起こすって事では…?
と思ったけどリンちゃんが目線で続きがあるって合図してるし、まだもぐもぐと食べながら説明をしてくれているので聞いてからにしよう。
「ここは元々河川流域の扇状地だったのが、地殻変動で川が無くなった場所という事でした。そこに隆起した小高い山がちらほらとできた事で、豊富な植物資源と湿潤な気候となったようです」
「地の底にはその名残りで網目状に水があり、海へと流れ込んでいまして、ハムラーデルの海岸から広くある砂漠は昔堆積した砂や石からできていて、現在は広い砂漠のようになっているようですね」
「あ、ハムラーデルの国土の大半は砂漠だって聞きました。でも全部砂じゃないとも聞いてます」
カエデさんが言い訳をするみたいに補足した。
「そうですか。そんなわけでここに大量の雨を降らせるとそれらのバランスが崩れてしまい、砂漠の地盤が緩んだり境界にある山が崩れたりするんだそうです」
青褪めて動きが止まったメルさんとカエデさんをよそに、リンちゃんが続けた。
具体的に例を出すと恐ろしいよね。うん。
「それを安定させるための措置だそうです」
3日後に様子見で1度、7日後に改めてもう1度、地震を起こすらしい。
『そのような事をせずとも、ダンジョンに流し込んでいますのに…』
おっと、ウィノアさん。
首飾りから急に話されるとびっくりするじゃないか。
ほら、皆こっち見てるし。
- ウィノアさん、会話に参加するなら姿を現して下さいよ。
『申し訳ありません、今は少し障りがありますので、許して頂けますか?』
「ふん、外の事を手広くやっておるせいで分体だけ顕現すると収拾が付かなくなるからなのじゃ」
「お姉さま」
「良いではないか。其方も此奴の代わりにミドに文句を言われたのじゃろ?、タケル様にも事情を知ってもらえば良いのじゃ」
「ですが今回の事は私たちで決めた事ですから…」
「それで言うと吾もミドに頭を下げねばならんのじゃ」
「やめて下さいね?、ミド様と連絡がつかなくなってしまいますから!」
一体何があったのか気になるけど知りたくないなぁ…。
「ふふ、して、何を言われたのじゃ?」
「勝手な事をするなと叱られました…」
叱られたのか。それでちょっと沈んでたのか。
『地の者は相変わらずですね…』
と、ウィノアさんが言ったとたん、じっと俺を見るテンちゃんとリンちゃん。
正確には俺の胸元の、ウィノアさんの首飾りだろうけど、俺は居心地悪いぞ!?
でも理解はできる。お前が言うな、っていう視線だろうね。
「あ、あの…、少し揺らすって、どの程度ですか…?」
その数秒シーンとなった雰囲気をぶち壊すカエデさん。さすがだ。
「えっと、ミド様は『少し』としか…」
「そのミド様ってどなたでしょう?」
カエデさんのおかげで話しやすくなったのか、メルさんも質問をした。
「大地の者じゃ」
「大地の精霊です」
- ほら、前に川小屋で夜中に僕とリンちゃんが会ってきた大地の精霊さんですよ。
「あー、あの時の。そのお方がこの地を治めていらっしゃるのですか?」
「それはちと意味が違うのじゃ」
「治めるではなく、鎮めると言えばいいのかも知れませんが、それでは簡単すぎて実際にはとても複雑なんです」
「そうなのですね…」
「それで、少し揺れるって、砦に避難したひとたちは大丈夫なんですか?、ちょっと離れてますけど村や町だってあるのに、」
「落ち着くのじゃ」
「あ…、すみません、つい」
「気持ちはわかりますよ。私もウィノアが調整しているのでミド様が想定しているような事にはならないはずですと説明したのですが、」
「大地の者らは頑固なのじゃ」
「はい、お姉さまの言うように、『それでも少し揺らしてみん事にはわからん』と…」
「まぁ、試しにという事ならそう心配は要らぬのじゃ」
「で、でも地震ですよね?」
揺れの強度に尺度がないからねー、この世界は。地震なんてほぼ無いみたいだし。火山の近くでもない限り、らしいけども。
「大丈夫ですよ、人種に被害があるような規模では無いはずです」
「大地の者らは博愛と慈愛の塊なのじゃ」
塊てw
そういえばミドさんって、ピヨの卵を拾ってきて保管してたんだっけ。そのまま朽ちて行くのは忍びないって。その後リンちゃんがきっかけで孵化したあとも、最低限の世話はしていたみたいだけど…、死なないってだけで放置だったよね?
あ、でもラスヤータ大陸で会ったドゥーンさんやアーレナさんは、ミドさんよりはちゃんとしてた気がする。ミリィたち有翅族の事を気にかけてたし保護したし、ハツの事もちゃんと面倒見てくれてたし。
精霊さんの個性の差ってやつか…。
「そうなんですか、だったら安心ですね。良かったぁ、また大雨の中、皆を避難させなくちゃいけないのかって心配しちゃいましたよー」
ほっと安心したのかカエデさんはカップのお茶をぐいっと飲んで息を吐いた。熱くないのかな、俺にはまだちょっと熱いんだけど。
でもね、もし避難するって事になったとしても、たぶん大雨が降ってる範囲の外には出られないと思うよ?、濃霧だってウィノアさんが言ってたし、ハルトさんにも言ってないけどなんか循環してるみたいだし、水は上空を通って海から補給してるっぽいしさ。安心してるみたいなのでこんなの言えないけど。
しかしほんと無茶するよなぁ。ダンジョン処理が目的だから助かるのは助かるんだけどね。
ああ、そうだ。リンちゃんにいつ『勇者の宿』に戻るか話をしないと。
あと、ミリィの服の件も。
次話4-029は2020年10月09日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
会話に入りづらいんですね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
代表で叱られた。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。名前だけ登場。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
リンが居ないから…、ねw
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
顕現しないのにもワケがあるらしい。
ミドさん:
大地の精霊。
2章後半にちょっと登場。うんうん。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。
見かけはかなりでかいヒヨコ。癒しキャラのはず。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
また翅が無い有翅族に。
沈んだり浮いたりですね。後半大人しい。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラード。愛称がメル。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
実は『サンダースピア』が使い難い雨天は苦手。
あと、テンも苦手。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
律儀というか何というか。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
今回はメルさんと一緒にお風呂。
そのうち描写するっす。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
天幕小屋:
ハムラーデルのトルイザン連合との国境防衛地に作った小屋のこと。
平屋の5LDKだったが、台所無しトイレ無し、
広いリビングと風呂だけの物件に縮小された。
撤去されなかった!
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属しているらしい(2章後半)。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
アリザバ:
トルイザン連合王国のひとつ、アリザン王国の首都。
余談ではあるがベルクザンの首都はベルクザバ、
ゴーンザンの首都はゴーンザバという。
わかりやすい。
保護された2人:
アリザン軍の指揮官と補佐官。
出番なし。そのうちまた出るんじゃないかな。
謎の黒いヤツ:
勇者クリスだともうバレバレですが、今回出番無し。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
今回出番なし。次はいつ出るんだろう?
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
今回出番無し。
ラスヤータ大陸:
エクイテス商会:
ハツ:
ドゥーンさん:
アーレナさん:
詳しくは3章を参照。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。