4ー026 ~ 勇者クリス
「おお、勇者クリスよ、しんでしまうとは情けない」
はいはい。
- お姉さん、僕、何日ぐらい眠ってました?
不安そうな表情を作った。
「は、はい!、今回は3日です!、驚異的だって皆さん言ってました!」
- そう。ありがと。
明るくにっこり。
「い、いえいえ!、あ!、これお金と支給品です!、じゃ、じゃ、私はこれで!」
慌てて部屋を出て行く女性兵士。顔が真っ赤だよ?
ああ、僕、いや、オレはクリス。
こっちの世界に来てそろそろ10年?、まぁそれぐらいかな。
でも全然身体が成長しないんだ。
ヨーダって呼ばれてる勇者歴が一番長いヨダさんが言うには、勇者は寿命が長いせいだと言ってた。
オレとしては、このおいしい時期が長く続くならそれは喜ぶべきなのさ。
元の世界でオレの周りに居たヤツらは、早く大人になりたいって言ってたけどね。ま、オレも直接聞いた訳じゃない。ちょくちょく聞こえてくるのさ。周りの女性たちからね。
どうやらオレは、女性からちやほやされやすい、と気付いたのは自分が不幸だ不幸だ、どうしてオレを産んだんだと母や世間を憎んでいた頃だった。
母はオレが生まれてから数年はオレを可愛がっていたらしい。というのは戦争が始まって幼いオレを連れて都に引っ越した時に置いていったオレの服が多かった事から知った事だ。
毎日のようにオレを連れ、『この子にひと目でいいから会ってやって欲しい』と懇願するために通っていた領事館が戦争のために閉鎖されたあと、オレたちは引っ越す事になった。
当時のオレはまだ小さかったから母の言う事が絶対だった。でも結構いろいろ覚えてる事もある。
引っ越した理由は今なら理解してる。オレみたいな髪が黒じゃないヤツは「イテキ」って言われて憎まれるようになったのと、母のところには絶対に父は戻ってこないという事を、やっと母が悟ったからだ。それでも当時はまだ、オレを大事に思っていてくれていたんだろう。
思えば母も哀れな人だったんだよ。
外国人と子供作っちゃって、それで女給をクビになり、父親は腹が大きくなったらもう会ってくれなくなったんだからね。
ご近所さんたちも、オレが生まれてしばらくは『こんなに可愛い子なのにねぇ』と、母の境遇に同情したり気の毒にと思って何かと世話を焼いてくれたりもしていたけど、戦争が始まったら手のひらを返すように態度が変わったみたいだから、引越しって言ったって荷物なんて持てるだけしかないし、夜逃げ同然だったよ。
東京と母が言っていたけど違うらしい下町で暮らし始め、オレは決して外に出ないように、出るときは頭巾を被って下を向き、髪と目の色を知られてはならないと言い聞かせられた。
この頃からだんだんと、母はオレを邪魔に思い始めてきたんだろうと思う。
男を連れ込み、酒に溺れ、ついにはオレに手をあげるようになってきた母は、酒で濁った目で『お前なんか産むんじゃなかった』と、言うようになってしまったんだ。
そりゃあ言われた時はショックだった。心のどこかでまだ何とかなるって思ってたから。それまで可愛がられて育ってきたと思ってた。
どうしてこんな事に、って世を恨んだ。
母を捨てた父が、父を庇ったソレンって国の連中が悪いんだ、手のひらを返すように態度を変えた世間の連中が、優しかった母をこんなにしたんだ。
そしてそれは何もかも戦争が、世界が悪いんだ。
実はオレは自分の正しい名前を知らない。
クリスって名前は母が函館で名乗ってたものだ。それが何故かオレを呼ぶときそう呼ぶようになってて、何だか変だと思いながらも母がそういうんだからそうなんだと信じ、オレはそれが自分の名前だってずっと思ってた。
母は東京に移り住んでからはスミと名乗っていたようだった。それが本当の名前なのかどうかは知らない。でもオレにもそう呼ぶようにって言われて、オレは母の事を『スミさん』って呼んで、いや、呼ばされてたんだ。
母と住んでいた下町界隈は、そういう女の多い所だったようだったと知ったのは後になってからだったけど、オレみたいな幼子を可愛がる女たちにそういうのをいろいろと教わった。
そりゃあいろいろはいろいろさ。思い出したく無い事だってある。
初めてそういう女性から食べ物や小遣いを貰い、母が喜ぶだろうと家に戻る途中で、身体がオレより大きい子供3人にそれらを奪い取られた。幸い、怪我はしなかったけど、棒持ってそいつらを追い払ってくれた婆さんが、泣いているオレを宥めて戦い方というものを教えてくれた。
それからはオレを可愛がる女たちから小遣いや食べ物を貰い、ちょくちょくその婆さんに鍛えてもらっていた。家に帰るとスミさんの邪魔になる事が多かったからね。
つまり東京のオレを育てていたのはスミさんじゃ無く、婆さんを含めた女たちだってことだ。
そして何ヶ月かしてオレから金品を奪ったヤツらに仕返しをし、婆さんに教わったようにそいつらを痛い目に遭わせてから食べ物を与えた。
どうしてそうしたかと言うと、婆さんが言うには、ただ仕返しをするだけでは次に自分が仕返しをされるだけだ、だからそうならないように飴を与えるんだよ、というのに従っただけだ。飴は持ってなかったのでたまたま持っていた玉チョコとあんぱんを分けてやったんだ。惜しかったけどね。でもその甲斐あってそいつらはオレに従うようになった。
しかしオレだって忙しい。たまに会うとへこへこ挨拶をしてくるから『元気か?、悪い事はしてないだろうな?』と言い、菓子をちょっと分けてやるだけだったけど。
そんな事をしていると女の子たちも寄って来るようになった。
寄って来るというのは少し違うか。ちょっと離れた塀の影や、物陰から見られてたんだ。最初は気味が悪かったが、婆さんやオレを可愛がってくれる女たちからどうすればいいかを教わった。単純に言うと、笑顔で釣って餌付けすればいい、だった。
それからは年上も、年下も、巧く扱う事ができた。まず笑顔。次に年上には可愛らしさを見せ、年下には格好良さを見せるようにするだけで良かった。
無駄に広かった婆さんの家には子供が集まるようになり、婆さんは地域の子供の面倒を見る役として親たちから金品を受け取るようになり、羽振りが良くなった。
どうせまともな地域じゃなかったんだ、子供たちはたいていが片親だったし、邪魔者扱いされている子たちだったからね。
労働力として扱われている子も居たが、そんなのには暇なんて無い。だからオレたちには関わる事は無かった。いや、2人ほど相手した事があったような気もするな…。
そういう生活が何年か経った頃の事だ。その日は早朝から大雨だった。
橋の上で若い男性が蹲っていたが、そんなのに関わっていられないと思い、通り過ぎようとしたら『済まないが医者のところへ連れて行ってくれないか』と言われた。
医者ならすぐそこの、と橋の向こうを指差してそちらを見た瞬間、わき腹に衝撃があって、そのまま濁った水の流れる川に投げ込まれた。
●○●○●○●
気が付くと、板の上に寝かされていた。
ああ、どうやら助かったらしいと一息ついたところで、横に立っていた男が声をかけてきた。
「ここは『勇者の宿』という。君は僕たちと同じ、勇者という事になる。僕はヨダ=ソウイチロウという。こちらはオオミヤ=ハルト。言葉はわかるかい?」
訳もわからないまま頷くと、ヨダと名乗ったその男は続けて言った。
「それは良かった。同時に2人も来て片方が金髪だったからね、通じて安心したよ」
「ヨダさん」
「いやだなぁハルト、僕の事はヨーダって呼んでって言ったじゃないか」
「でも先輩ですから」
「堅いなぁ、そんなこと言ったら君のほうが年上じゃないか」
「しかし、」
「しかしも案山子も無いよ、ハルト」
「はい、ヨーダさん」
「ヨーダ」
「それより彼に説明を」
「ああ、そうだった。僕の勇者番号は12番ね。このハルトは9番。そして君の勇者番号は5番だ、覚えておいてね。ここの部屋番号と同じだから」
- はぁ、勇者って何ですか?
そうしていろいろと説明をされたが、まず理解が追いつかなかった。
オレを川から助けてくれた人たちだと思ってお礼を言ったら違ったし、頭のおかしい人たちかと思ったら、違う世界に来てしまったんだそうだ。
- という事はここは『あの世』って事ですか?
と尋ねたら笑われた。
なぜそんなに笑うのか、という不満が表情に出ていたらしい。
「ごめん。ハルトも同じ事を言ったんだよ、それで笑ったんだ」
という事だったらしい。
ここはあの世でもこの世でも無く、元の世界とは別の世界なんだそうだ。
とりあえず話が進まないのでそこは納得する事にして、勇者について、この世界の国々や生活常識についてのあれやこれやを教わった。
「君より先にここに来た子がいるんだけどね、君のほうが早く目覚めちゃったみたいだね。あ、君の名前を訊くのを忘れてたよ、あはは、良かったら教えてくれない?」
- あ、クリスです。クリス=スミ…ノフ。
本名なんて知らないからね。クリスはそう呼ばれていただけだし、スミノフも咄嗟の出任せだ。スミ、って出ちゃったから後ろに付けた。
「なるほど、ロシア人だったんだ」
- ロシア?、ソレンって国だったと…。
「ソレン?、知らない国だなぁ、」
「あ、ロシアで革命が起きて生まれた国が確か、ソビエト…何だったかな、間は忘れましたが最後が連邦だったかと」
「ああ、それを略してソレンか、あっはは、略しすぎでしょあっははは」
何を言ってるんだろうこの人たちは。
「そういう事ならとにかく君はそのソレン人って事かい?」
たぶん父はそうだったんだろう。会った事も見た事も無いけど。
- よくわかりませんが、母は日本人でした。
「へー、混血か」
混血、といわれたオレが表情を強張らせたのを見てハルトさんがヨダさんの腕を引いた。
「ヨダさん」
「だから僕の事はヨーダだって」
「混血という言い方は良くないかと。せめてハーフと」
「あ、そうなの?、ごめんごめん、悪気は無いんだよ」
そう言ってヨダさんはオレに頭を下げた。
そうか。ここではそれで疎まれたり蔑まれたりしないんだ、と少し安心した。
- はい…。
何と言えばいいのか迷っていると、頭をあげて明るい笑顔でヨダさんが言う。
「大丈夫。ここじゃ髪が黒い僕みたいなののほうが少ないから。それで君はそのソレンから来たのかい?」
- いいえ、日本からです。日本で生まれ育ちました。
「そうか、日本でその容姿だと苦労したろう」
- 多少は。
「だろうね。ところで食欲はあるかい?」
突然だな。でも言われてみれば空腹だ。
- はい、あります。
「じゃ、飯でも食いに行こうか!」
この人、自分が腹減ってただけじゃないか?
「君、クリスって呼ばせてもらうけど、すごいね。これから店で食べる時は必ず君、クリスと一緒に行くようにするよ。ははは」
ヨダさんは店を出るとそんな事を言ってオレの頭をぐりぐりと撫でた。
もうひとりのハルトさんは無表情で見ていただけだったかな。この人は何を考えているのかわからない。
彼が言ったのは、店の女性が俺に興味を持ち、やたらと可愛いだの何だのと構ってきたからだ。オレにとっては慣れたいつもの事だけど、ヨダさんたちには珍しかったんだろう、驚いてたよ。
それで少しその女給のお姉さんを褒めただけで、焼き物が一品増えたんだ。
- ヨダさん、痛いですって。
言うとぴたりと手を止め、手は乗せたまま屈んでオレの顔を覗き込み、真剣な表情で言った。
「僕の事はヨーダって呼んでくれないかな」
- え?
「ヨーダ」
- ヨーダ。
「そうそう、よくできました。ははは」
そしてまた撫でられ、さらに引き寄せられた。密着だ。何なんだこの人!
『勇者の宿』って言うらしい宿に戻ると、入ってすぐの広いところに3人の女性が居た。
「もう、食事に行くなら声ぐらいかけてくれたっていいじゃない」
「あはは、ごめんごめん、起こしちゃ悪いかなって」
「この子が起きるのを待ってたんだから起こしていいのよ」
「それもそっか、あはは、あ、じゃあその子が?」
「そう、ロミって言うの。そっちはその子ね。私はカナ。よろしくね」
「はい、クリスって言います。よろしくお願いします」
「わ、礼儀正しいのね、新しい子たちって」
そこからこの場でそれぞれの紹介をした。
カナさんは明るくはきはきとしていて活発そうなひとだった。
シオリさんは何だか疑り深い感じで、一歩引いていたように思う。
ロミ、って子はにこにこと可愛らしい笑顔でいたけど、何だか油断ならない感じに思えた。
女性たちが食事に出かけたあと、『東の森のダンジョン』の事を教わった。
そのためにも戦えるようになってほしいと。
最終目的はこの世界に魔物を蔓延らせている元凶の、魔王を討伐することなんだってさ。
それを真面目に信じているこの人たち。頭がどうかなってるんじゃないか?、と思ったが、そんなのに逆らうのは恐ろしいので、『剣を教えてあげよう』と言われたときも素直に従った。
「ほう、筋がいいな。経験者か?」
ハルトさんにそう言われたが首を横に振り、『初めてです』と言った。
ウソだった。実は婆さんに少し教わっていたし、自分でも練習していたから。
「初めてでそれなら将来有望だな。それならすぐに俺を越せるぞ」
でも、そう言われたのは嬉しかった。
『勇者の宿』での生活は悪く無かった。
剣を教わり、この世界の事を教わり、勇者の事も教わった。寿命が長いらしい。
勇者はどうあるべきか、なんて事も聞いた。
ヨダさんはそういう理想の高い人らしく、オレとロミがある程度戦えるようになったらまた各国を巡るんだと言っていた。
『東の森のダンジョン』にも行った。何度か死んだが、オレは回復が驚くほど早いらしい。
ロミも2度死んだ。彼女の回復は遅い方なんだってさ。ヨダさんとカナさんが言ってた。
オレと違ってロミは剣の腕が伸びないようで、シオリさんがやっているような護身術って言ったっけ、そういうのをカナさんから教わっていた。
どういう訳か、カナさんやシオリさんとロミは、宿にいる女性兵士や店の女給、売り子たちと違い、オレに好意を持つことが無かったが、カナさんとはよく話した。
シオリさんは真面目で大人しい性格の女性で、オレを避けているわけじゃ無さそうだけど、宿の裏のところで剣を振ったり、カナさんから教わった体術を黙々とやっているのを見かけた事がある。
一緒に訓練した事もあった。でもあまり喋らないんだ。話したのはその体術や剣の事だけだ。
ロミは変わった子だった。いつも薄く微笑んでいるかにこにこしている印象だが、ほぼ男性に囲まれている。兵士だったり、店のおじさんだったり商人だったり、およそひとりで居ることが無い。
カナさんたちが言うには、オレと正反対らしい。
でもロミは一度死ぬと何ヶ月も起きてこない。だからロミとはほとんど話す機会が無かった。お互い、ひとりで居る事が無いからな。
半年ぐらいだったか、そんな生活を続けた。オレの剣の腕はめきめきと上達した。
●○●○●○●
3ヶ月ぶりぐらいか、単身出かけていたハルトさんが帰ってきた。ぞろぞろと人を連れていた。隣の国の王女とその世話をする女官や護衛だった。
ハルトさんはその王女から好かれているようだったが、真面目で堅物だからかあまり嬉しそうではなく、どちらかというと困っているようだった。
その女性たちが、オレのほうに集まってくるようになった頃、ヨダさんとカナさんも『勇者の宿』に戻ってきた。ハルトさんと同じで、ぞろぞろ連れてきた。
それらはどこかの国の王族とその世話係で、どこに泊まっているのか知らないが、朝来て夜に帰っていく。
何日かして、トルイザンって国からもぞろぞろと王女が来て、ヨダさんやハルトさんに群がって行ったが、すぐにオレのところに集まるようになった。オレは彼女たちやその女官たちからいろいろと世話を焼かれるようになった。
勇者を自分の国に連れて帰ろうという意図があるらしい。
そういう働きかけをヨダさんたちがしてきたんだと聞いた。
こういう場合、上手くやらないとだいたい争いになるもんだ。また下手を打って、わき腹を刺されて川に投げ込まれるようなのは、いくら勇者が死んでも復活するってったって、嫌に決まってる。
だから仲良くやってもらえるように俺は頑張った。毎日大変だった。
なのにロミのやつがロスタニアの王子と逃げやがったんだ。
それも、その王子はシオリさんを狙っていたと聞いていたし、他のみんなも周囲もそう思っていただけに、大変な騒ぎになった。特にシオリさんが泣きながら剣を抜いて『殺してやる!』って闇雲にロミを探しに行こうとし、それ止めるヨダさんたちや、周囲を囲む兵士たちの騒ぎだったが。
あんなのを見てしまったら、もうシオリさんを好む王子なんて居なくなるのも当然で、その騒ぎの後、王子たちは全員ぞろぞろと引き上げて行った。カナさんはいいのか?、って思ったけど、いいらしい。
それでその後すぐ、オレは3人の王女に連れ出され、トルイザンって国に連れて行かれた。
別に嫌では無かったが、彼女らが決心したきっかけはロミだろうな、と、馬車で彼女らの腕に抱かれたまま、半分眠っているような朧気な意識で思っていた。
その時は思いつかなかったが、薬でも盛られたんだろう。
●○●○●○●
それからはトルイザン連合王国で勇者として生きる日々となった。
トルイザン連合王国は3つの王国の共同体で、アリザン王国、ベルクザン王国、ゴーンザン王国で構成されている。
オレはそれぞれの王都、アリザバ、ベルクザバ、ゴーンザバを、最初だけは4ヶ月で、あとは年代わりで順に移動し、討伐依頼を受けて仕事をしたり、王女たちや女官たちにちやほやされる生活をした。
何度目かの仕事のあと、鎧を与えられた。白銀色に輝く素晴らしい鎧だそうだ。実物ではなく絵を見せられたが、アリザバにあるのは篭手と腰部分だけのようだ。
今回はそれの篭手だけらしい。
任務をこなせば揃えられるんだそうだ。頑張ろう。
ベルクザン王国にある地下遺跡で剣を入手した。
馬鹿みたいに大きな亀の甲羅に突き刺さっていたものだ。
亀を倒したのがオレだから、オレが使ってもいいんだそうだ。嬉しかった。
刀身が2尺ぐらい(約60cm)。真っ白でまっすぐだ。
オレは普通に振れたが、同行した兵士たちやその司令官には振れなかった。振ると暴れて安定しないって言っていた。不思議な剣だった。
3年が過ぎ、6年が過ぎ9年が過ぎると、勇者とは子供ができないのではないかと言う声が大きくなった。
ホーラード王国ってとこにある古い記録には、勇者と子を成したという記述があったからこそ、王子や王女をあてがう計画ができたらしいが、それは現在の勇者たちがこの世界に来る前の話だ。それをオレに求められても困る。
その間、何度かハルトさんが様子を見に来てくれた。
鎧もだいぶ揃っていて、格好いい、よく似合っていると言われた。
嬉しかった。
鎧には白銀の鎧という名があったが、ハルトさんが新たにグレイトシルバーと名付けてくれた。剣身が白いこの剣も、嵐の剣という名があったが、テンペストソードって名前を付けてくれた。すごい、格好いい。さすがハルトさんだ。
手合わせもした。2年ぶりだが勝てた。強くなったなと褒められた。
めちゃくちゃ嬉しかった。
もっと頑張ってもっと褒めてもらわなくては。
鎧が全身揃った。やっとだ。苦労が実ったという達成感で幸せな気分だった。
鏡で見たが素晴らしいものだった。装飾も多くはないが上品で、何度か絵を描く人が何人も呼ばれ、オレの絵を描いていた。
マントや房飾りを付けられた事も、それぞれの王女と腕を組んで立った事もあった。
鎧は軽くて動きやすいし、武力を纏えばさらに素早く動く事ができた。
オレはこの鎧が気に入った。眠る時以外はずっと付けていた。
毎日誰かがオレと床を共にしている生活は続いていたからな。
そんな生活が続き、トルイザンで過ごすようになって20年が経った。
オレを連れてきた王女たちはとっくに誰かと婚姻し、子を成していたらしい。
最初にヨダさんたちから聞いたように、オレは少ししか成長していない。
鎧はオレが成長しても変わらずちょうど良い大きさになるようだ。言われて見れば最初の時には大きいんじゃないかと思ったら着けてみるとちょうど良くなったなと思い出した。魔法がある世界というのは不思議だが、それならそれでいい。
3つの国があるだけあって、この国は広い。いろいろな所に行った。
中でも炎の洞窟というところは、定期的に炎が噴き出す恐ろしい所だ。人が近づけるような場所では無い。当然、オレだって入れない。
だが、魔物は出てくる。普段は大した強さのものは出てこないが、何十年かごとに少し大きいのが出てくるらしく、それを討伐しに行った。
そいつが撃ち出す火の玉に気をつけていれば大した事は無かった。
あっさりと倒し、大いに感謝された。
他にもいくつかそういう場所があって、それを順番に巡って倒した。
この頃からだんだんとテンペストソードの使い方が解かってきた。
オレはまだまだ強くなれる。
さらに時が過ぎた。
少し前にハルトさんが様子を見に来てくれたが、何を話したのか、ほとんど覚えていない。
具合が悪そうだぞ、大丈夫かと言われたような気がする。
ヨダさんとカナさんがどうとか言っていたような気もした。
どうもここのところ、頭がぼんやりとしてはっきりしない事が増えてきたとハルトさんに言ったと思う。
働きすぎではないかと言われた、と、思う。
それから少しして、記憶が飛ぶようになった。
瞬間移動という魔法があるらしいが、それとは違う。時間が経過しているからだ。
ハルトさんに相談したかった。
次に来てくれるのは何年後だろう?
自分から行く事も考えたが、許可は出なかった。国内で生まれる魔物の周期が近いという事だ。
そういった任務を与えられ、出かける度に少しずつ広がってきた鎧の染み。
脱ぐ時に痛みを伴うようになった鎧。
勇者は死ねば宿に帰還できるんだからと、故意に死んだが、ベルクザバの俺の家に戻らなくてはという焦燥感があってどうしても戻ってしまい、何だかわからない恐怖から身を護るために、気付けば回収されていたらしい鎧をまた身に着けていた。
だんだんとオレがオレで無くなって行く気がする。
怖いんだよハルトさん…。
ある時、夢にハルトさんが出た。
あれは戦う相手じゃ無い、戦う相手じゃ無い。
手にしていた白い剣を腰の鞘に戻した。
ハルトさんが何か怒鳴っている。それはそうか。
彼の一行を襲撃したんだからそれは怒るだろう。
彼に失望されるのが怖かった。だから逃げた。
気付くとオレをちやほやしている女たちに囲まれていた。
ハルトさんに嫌われたかも知れないと思うと泣きたくなった。
失望されてしまったらどうすればいいんだろう。
気付くとオレは真っ暗な空間で浮かんでいるだけの存在になってしまった。
時々夢に見るのはおそらくオレの身体からの視界だろう。
当然、最初のうちはこの空間から出ようと走り回ったさ。でもだめだった。
外の音は聞こえるんだ。でも、人が話す言葉が全く理解できない。
オレはどうなってしまったんだろう?
●○●○●○●
いきなり外が見えた。眩しくて驚いた。
周囲を見ると死体だらけだった。一体何が!?
大の字で寝ていたようだ、身体を起こすと正面に3人いた。
さっきは黒い塊が降りてきたような気がする。
そして2人の兵士を黒い檻に包んだ。あいつが元凶か!
あの2人を助けなければ!!
横に落ちていた長刀を手に走った。
黒い檻が浮かび上がった!
逃がすか!!
オレは走りながら地面に長刀を突き立て、その反動を利用して高く飛び上がり、檻に迫った。
しかし何かが発射され、オレに当たった。
少し勢いが削がれたが問題ない。
何を投げたか知らないが、その程度で、ぐあっ…、今度はさっきより威力があるな、しかしまだまだ!
銀色の砲弾が飛んできた!、狙いは、オレの着地点か!、畜生!
急いで長刀を着地寸前に突き立て、身体を捻って横に…!
ぎりぎりだった、あんなものが直撃したらいくら頑丈な鎧を着ていてもどうなったかわからない。オレは爆風に煽られて横へと転がった。
すぐに立ち、『嵐の剣』を抜いた。風の刃を生み出して射出。やはり交わされた。牽制で使っただけだからそれはいい。この程度でどうにかなる相手ではないだろうからな。
オレは『嵐の剣』に武力を注いだ。あいつを落とすんだ!
一瞬光ったように見えた。
『嵐の剣』に込めた力が消えていた。
白煙が立ち込めている。何なんだ一体?
オレの所の白煙が少し薄くなったと思ったらオレの右手が肘の少し先から斜めに切断されていた。
痛みは無い。血も出ていない。剣に引っかかっていた右手がどさっと下に落ちた。あいつにやられたのか!?、いつ!?、あの一瞬でか!?
認めよう、あいつは強い。
だから今は引こう。覚えてやがれ!、畜生め!
オレは剣を鞘に納め、右手を拾って急いで逃げた。
奴は追ってこなかった。
あの山の形には覚えがある。だから方角は間違えていないはずなんだ。
でもこの身体はオレの意思に反して洞窟に入り、薄暗い中を迷う事なく飛ぶような速度で駆け抜けた。
こんな洞窟があったとはな。
抜けてから王都へ向かうのかと思ったが、細い登山道を行き、中腹にある小屋へと入った。炭焼きか狩人のための小屋だろうか?
「あと少しだったのに、おめおめと逃げてきたってのかい」
誰だ?、こいつは。
言いたかったがオレの言葉は空しく黒い空間に消えた。
この身体は一言も発していない。
「おひい様、無駄ですよ」
「うるさいね!、いいかい?、これはね、最強なんだよ!?、最強!、馬の何倍もの速さで走り、あのハルトよりも強い!、最強の人形なんだよ!」
人形?、今、人形って言ったか?、オレをか!?
「ですが、言葉が通じないと仰ったのはおひい様ではないですか」
「口答えをするんじゃないよ!」
「あぅっ!、申し訳…、ございません…」
婆ぁが中年女性をその手の杖で打った。
「ふん、そいつの手を直してやんな!」
「はい…」
よろよろと立ち上がり、埃を軽く払ったその女性は、オレの胸に手を添えてぶつぶつと意味のよく判らない言葉を言った。
畜生、身体が正面を向いたままだから、こいつが何をしているか見えねぇ。
が、右腕に強烈な痛みが走った。
オレは黒い空間でのたうちまわった。
「あ、おひい様、少し解けてます」
「何だって!?」
「魔法が少し解けているんです」
「そんなバカな」
「でも…」
「じゃあ上書きすればいいじゃないか、さっさとおやり!」
「は、はい!、お前たち、手を貸しなさい」
「「はっ!」」
小屋の左側で待機していた5人、だったと思うが、それが動いた音がした。
オレの身体は台の上だろうか、寝かせられ、視界にもやもやとしたものが見え始めると、そのまま視界が閉ざされた。
次話4-027は2020年09月25日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
出番がなかった!
精霊さんたちの出番もないので紹介は割愛。
クリス:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ
名前については当話本編を参照。
今回の話の主人公。
ハルト:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
現在はハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
ヨーダ:
12人の勇者のひとり。未帰還のまま消息不明。
勇者番号12番。ヨダ=ソウイチロウ。
明るくよく笑う性格。当時は勇者のまとめ役だった。
現在の12番はネリ。
カナ:
12人の勇者のひとり。未帰還のまま消息不明。
勇者番号10番。ヨダ=キンジョウ=カナエ。
この世界でヨーダと結婚した。
活発な性格でヨーダと気が合ったらしい。
現在の10番はカエデ。
シオリ:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
元の世界での苗字は当人が知らないのでこの世界に来てから付けたもの。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
ロミ:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ネリ:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
当時はまだ居なかった。
カエデ:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
当時はまだ居なかった。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
炎の洞窟:
火山ガスでも燃えて噴き出してるんですかね?
そんなところから出てくる魔物って、熱いでしょうね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。