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4ー025 ~ テンちゃんの魔力

 「タケル殿!?、何があったんだ!?」


 本部天幕の前に着地して、中の人たちを呼ぶように前に立ってる兵士さんに言うと、すぐに中からぞろぞろと出てきて、俺とその足元に伏せている2人を見てハルトさんが言った。

 他のひとたちは呟くように『あれはアリザン軍の…』とか『まさか…』とか小声だけど言ってるようだし、手の空いていたひとたちも次第に駆け寄って来て、ざわざわまでは行かないけどそのひとつ手前ぐらいの小さなざわめきになっていた。


- 昼食後に様子を見に行ったら壊滅していまして、こちらの2人しか助ける事ができませんでした。


 「「は?」、壊滅…?」


 ひとりふたりならいいけどさ、こんな半包囲のような状態で、何バカなこと言ってんだ正気かコイツ、みたいな反応をされると何だか精神力を試されている気分になるね。さらに周りに集まってきた兵士さんたちも小声で『壊滅って聞こえたぞ?』、『壊滅って何だ?』、『死んでたって事じゃね?』、等とざわざわ言ってんのね。だから雰囲気悪くて(たま)らん。


 「500人と仰っていませんでしたか?」

 「魔物ですか?」

 「一体何があればそのような事に…」

 「まぁ待て、一度に言うな。タケル殿が困るではないか」

 「はっ」


 助かったよハルトさん。おかげで周囲でざわざわ言ってたのも()んだし。


- 黒い甲冑(かっちゅう)のひとに襲われてたんですよ。それが持っていた武器がこれです。


 「黒い甲冑…?」

 「人、なのか?」


- 少なくとも形はそうでした。


 「倒したのか?」


- 撃退はしましたが、倒せてませんね。このひとたちの保護もあるので深追いはしませんでしたので、逃げられました。


 「なるほど。賢明な判断だな」


 と、ハルトさんはちらっと俺の足元に伏せている2人に視線を動かして言った。

 ちなみに足元の結界は張ったままで、地面からちょっとだけ不自然に浮いている。土が付いたら悪いかなって思ってね。


- 危ういところで何とか割り込めまして、助けた時には起きてたんですけど、黒いのと戦ってるうちに気を失っちゃったんですよ。


 「それで落ち着いているのだな」


- はい。ただ気を失ってるだけですので。


 「そうか。ならこちらに運んでも良さそうだな。おい、済まんが中へ運んでやってくれ」

 「はっ。寝台を用意しろ」

 「「はっ」」


 ハルトさんが後ろの人にまず言って、その人が返事をして後ろの人に、と、何かの伝言ゲームのように命令が伝わった。『こちらに運んでも』というのはたぶん、従軍司祭のところじゃなくてもいいという意味だろうね。


 「失礼、タケル様」


- あっはい。


 命令された人は小声で言ってから近寄ってしゃがんだ。

 俺はそれに返事をし、慌てて一歩下がった。


 「む、お?、これは」


 そして足元を手で確認している。


 「どうした!?」


 ハルトさんが近寄ってきて同じようにした。


- あ、それまだ下に障壁を張ったままなんですよ。


 「ああ、そういう事か。驚かせるな」

 「済みません。初めてなので」

 「わかるがな、今は運ぶのが先だ」

 「はい」

 「こっちは俺が運ぼう」


 そう言って俺の足元の2人の様子を手早く確認し、大きいほうの人をまず仰向(あおむ)けにした。

 そして片腕をとり、半身を起こしたかと思ったらひょいっと背負った。手際いいな。ちょっとびっくりした。

 ハルトさんはたぶん、最初は自分で運ぶつもりじゃなかったっぽいな。


 「はい。よっ」


 こっちのひとも同じようにしてもうひとりをひょいっと(かつ)いだ。

 騎士団ではそういう練習?、訓練?、でもするのかな。

 あ、背負ったってのはおんぶじゃなくて(かつ)ぐほうね。荷物のように、肩に。俺がそんな事をしようと思ったら身体強化しないと無理だな。


 「タケル殿も中へ」


 ハルトさんが戸口をくぐる時に、俺にひと声かけた。


- はい。


 俺は”く”の字に折れた真っ黒な長刀(グレイブ)っぽい武器を拾い、足元の障壁を解除して本部の中へと入った。






 作戦台のある部屋は結構広くて、その部屋の端には木箱が積んであったりしてたんだけど、それを並べて上に毛布や布を敷いたんだろう即席の寝台ができていた。幅は箱1個分なんだけど、まぁ充分だろう。

 そこにハルトさんともうひとりのひとが担いでいた2人をそれぞれ寝かせてから、作戦台のところにつかつかと歩き、部屋に一歩入って佇んでいる俺を『タケル殿』と手招きした。


 だって中へとは言われたけど、曲がった長武器を持ったまま立って見てるしかないじゃないか。後ろにただ付いてっても寝かせるのに邪魔だろうしさ。


 「場所はこの位置か?」


 ハルトさんが作戦台の上に広げてあった地図を指差して言った。小さな木切れが山の崖のところから並べてある。昼前に俺が報告した位置だ。


- はい、ほぼ変わってませんでした。昼食休憩中だったのか、そういう痕跡がいくつもありました。


 帰りにちょっと軽く上空から見たんだよ、凄惨というかぶった切られて亡くなった死体だらけだったんであまりちゃんと見てない。上空からだったのが良かった。あんな現場、近くで見たくないよ…。

 だいたいは消えて白煙を出してた。まだ燃えてる焚き火もあったんだけどね、消す作業がね…。延焼したらした時だよ。しょうがないよ。


 「そうか…」


 ハルトさんは黙祷をするように、ってか黙祷だな、右手を左胸に当て、数秒目を閉じた。周囲もそれに合わせて同様にした。何となく俺も真似した。


 「その曲がった武器は?」


- 黒い甲冑のひとが使っていた武器です。


 「いいか?」


 と手を出したので渡した。

 実はこれ、結構重い。あの黒いのは軽々扱ってたけどね。

 まぁ、俺だって身体強化すれば振る事はできる。でも技術が伴わないので棒と変わらないからただ振るだけで扱えるわけじゃ無い。


 あ、そうそうこれ返り血なんて全く付いてない。俺との戦闘できれいになったのか、元からそうだったのかはわからないけど、切れ味も落ちずにあんだけ殺しまくって血も脂も付かないなんてとんでもないね。耐久度っていう概念がないゲームの武器みたいだね。

 一応、魔力を(まと)わせれば普通の武器でも同じような事はできるらしいけどさ。でも魔力を纏わせるのと障壁や結界は違うから返り血は浴びるだろうし…、あ、浴びずに済む立ち回りとかあるのかな?、もうそんなの映画やアニメの世界だね。


 とりあえず今は、もう魔道具としては壊れてるっぽいし、残留魔力も抜けてしまっているようで魔力を感じない。帰りに俺が試しにちょっと魔力を込めてみたけど、曲がっている部分から先には伝わらずに散るというか漏れる感じだった。表面に沿わせて(まと)わせる事はできるけど、それはただの木の枝や金属棒とかわらない。


 「ふむ……、これ1つで500人を倒せるとは思えないのだが…」


- あ、もう壊れてるんですよ。


 「ん?、それは見ればわかるが、」


- 魔法の武器としての話ですよ。ハルトさんの『フレイムソード』のような。


 「そうなのか。タケル殿はどうしてそう判断したのだ?」


- まず、柄の部分ですけど素材が何なのかわかりませんよね。それと、戦ってる時その刃の部分が黒い(もや)に覆われて、延びているように感じました。ひと振りで数人斬られていたようです。


 「なるほど…」


- ハルトさんはその武器の事はご存知無いんですね。


 「ああ、見た事も聞いた事も、いや、トルイザンのどこかの将軍がこんな武器を持っている絵を見た事があったが…、それがこれだとは断言し兼ねるな」


- 似ているかも知れないって事ですか。


 「うーん、何せ昔の事だったからなぁ…、似ているかどうかもわからん。それでタケル殿はどうやってこれを曲げたのだ?」


 後頭部を掻き、苦笑いなのか難しい顔なのかわからない表情で言ってから、すっと真顔に戻って尋ねた。武器はそっと隣の人に渡して、だ。


 問われた俺は、とりあえず最初から話すか、と、あの2人を助ける直前からの事を話した。


 途中、『そんなバカな』とか『荒唐無稽に過ぎる』って言われるんじゃないかなって思ってたけど、全くそういう事も無く、黒いのの10mジャンプ斬りについてもふむふむと普通に聞いてもらえたのが不思議な感じだった。

 撃った石弾、鉄弾、金属球については、同じものを見せたのが良かったのかも知れない。むしろ話よりも魔法の袋(ポーチ)のほうに驚かれたぐらいだった。


 「こんなのが直撃すりゃあそりゃ武器も壊れるな」


 と、金属球を両手で持ち上げて笑いながら言ったひとも居た。

 砲丸ぐらいあるもんね。

 あ、余談だけど、その金属球を着地点目掛けて発射したとき、黒いヤツは咄嗟に自分が着地する寸前にその長刀(グレイブ)をそこに突き立てて姿勢を変えて横に逃げようとしたみたい。

 それで武器に直撃して地面が炸裂、そいつはその勢いもあって斜め後ろへ吹っ飛んだわけだ。

 そこを探したんだけど金属球は粉砕したか割れたかで飛び散っちゃったっぽくて、探すのを諦めたよ。


- その武器を黒甲冑のひとが手放したあと腰の剣を抜いたんですが、それは白かったですね。(つか)と鞘は黒かったんですが。


 「む?、他に特徴は?」


 ハルトさんが知ってる武器にそういうのがあるのかな?


- えーっと、風属性主体の攻撃でしたね。


 剣をよく観察するヒマは無かったんで、それぐらいしかわからない。


 「それが俺の知っている『嵐の剣(テンペストソード)』なら竜巻を発生させる事ができるが、それは見たか?」


- いいえ、それは見てません。


 「そうか…」


 そんな残念そうに言わないで欲しい。

 そんなもん起こされたら空中の俺は大変だったろうね。やられなくて良かったよ。

 あ、チャージしてたのは『風刃(ふうじん)』を連発するためじゃなくて、そっちのためだったのかな?、だったらヤバかったかも。


- そのテンペストソードというのは?


 「トルイザン連合王国所属の勇者、クリスが使う武器だ。嵐の剣と書いて『嵐の剣(テンペストソード)』と呼んでいる」


- じゃああの黒い甲冑はクリスさんだったって事ですか?


 「いや、あいつは普段から『白銀の鎧(グレイトシルバー)』という白銀の鎧を(まと)っている。もう長い事それを脱いだ姿を見た事が無い。黒い鎧は俺も知らないのだ」


- そうですか…。


 んじゃ別人なのかな。でも剣はそれっぽいんだよなぁ、国宝クラスって言われると納得するようなさ。


 「それに、いくらベルクザン王国所属と言ってもアリザンの兵士を、それも500名もというのはあいつの性格から言って考え難い」


 一応はトルイザン連合王国所属だけど、3国の真ん中、ベルクザン王国ってとこがメインってわけかな。ややこしいな。


 それから俺がここに戻ってくるまでの話をし終えると、


 「とにかくそちらの2人からも詳しく事情を聞かねばなりませんな」


 と、部屋の反対側の端に寝かされている2人を見て作戦台を囲んでいるうちのひとりが言った。






 それからそれぞれが今後の段取りやら遺体処理や遺品回収の手配などで、部下を呼んだりと忙しく動き回っている間、俺は壁際に置いてあった椅子に腰掛けて少し休憩をした。そういう遺体の扱いは、自分がそうなってしまった場合でも、遺品を回収して遺族に渡してもらえるだろうという、そのために不文律となっているものだそうだ。だから他国の兵士であっても、そういうのはちゃんとしているんだってさ。


 あの現場に行くのは少しどころか全く気は進まないけど、そういうのを聞いてしまうとね、『何かできることはありませんか?』ってつい訊いちゃったよ。

 そしたら、『勇者様のお手を煩わせるわけには参りません。貴方様はこれまで私たちにはできない事を成し遂げられました。今後もそうであるならこのような些事(さじ)は私どもにお任せして下さい』ってきっぱり断られてしまった。


 些事、じゃ無いと思うんだけどね。でも手伝わせてもらえないし、だから休憩してたってわけ。ちらっとハルトさんが横目で見てて、苦笑いしてたのを見ると、あのひとも通った道なのかもね。


 休憩と言っても具体的にはポーチからリンちゃんの水差しとコップを取り出して、飲んでただけなんだけどね。

 俺の水筒じゃないのは、こっちだと何かの果汁を水で割ったものが入ってるからね。美味しいんだよこっちのほうが。甘酸っぱいものが欲しかったしさ、ちょうどいいんだよ、これが。

 今回は桃っぽい甘い香りと杏のような甘酸っぱさが感じられる美味しい水だったよ。


 するとハルトさんも指示などを出し終えたのか、俺の隣の椅子に座った。


 「良かったら俺にもくれないか?」


- あっはい、どうぞ。


 コップをもうひとつ取り出して隣の椅子に置いたままだった水差しから注いで渡す。


 「済まんな」


 と言って受け取り、口をつけ、『む』と言ってからごくごくと飲み干した。

 ちゃんと適度に冷やしてあるからね。それに気付いたんだろう。


 「美味い…」


 しみじみと名残惜しそうにコップの中を見て呟くハルトさん。渋い。CMになりそうな絵面(えづら)だな。言っとくけどお酒じゃないぞ?、果実水だぞ?、これ。


- どうぞ?


 水差しを寄せるとコップを差し出したのでおかわりを注いだ。

 ハルトさんが今度は味わうようにして少し飲み、一息ついたのを見て、ちょっと気になっていた事を尋ねた。

 何ってクリスさんの事だよ。

 ハルトさんは否定したけど、俺にはどうもあの黒い甲冑のひとは勇者じゃないかって気がするんだよなぁ…。

 それなのにビーム撃ったのかって?、そりゃあの時はそんな事を思う余裕なんて無かったわけだしさ、500人近くぶっ殺してた大量殺人犯だぜ?、黙ってたらこっちがヤバいでしょ、助けた2人も居たんだし、倒すか無力化しないと、飛んで逃げた方角に追って来るかも知れないじゃないか。そんな危険なやつ連れて帰ってきたら(トレインしたら)大惨事だよ。


- どんなひとなんですか?、クリスさんってひと。


 「んー、そうだな…、素直で負けず嫌い、努力家で剣の才能があったな。あと、女にモテる」


 何と勇者らしい性格。


 俺はというと、素直かどうかは置いといても、別に勝ち負けには拘らないし、努力はあまり好きでもなくてどっちかというと楽がしたい。剣の才能なんて無い。えらい違いだな。女性からはモテるよりも詰め寄られたりするほうが多い気がするしな。正反対か?

 あ、精霊さんたちからはモテ……てるんだろうか?、好感度は高いみたいだけど。


- モテるんですか。


 「モテる。女性勇者たちにはそうでも無かったが、『勇者の宿』に来ていた王女たちは全員クリスにぞっこん惚れていたし、宿の女性兵士たちもそうだった」


- へー…


 例の、各国が『勇者の宿』に王子王女を派遣して自国に勇者を引き込もう作戦の時か。80年ぐらい前だっけ?

 それにしても『ぞっこん惚れていた』ってのはまた古い表現だなぁ…。


 「他にも、それら王女の付き人や、村の女性など、とにかく接触したほとんどの女性という女性が皆、あいつを好んでいたな」


 そりゃもう何かヤバいフェロモンでも出てんじゃね?


- そりゃまたすごい話ですね。


 「ああ、おかげで俺を好いていたらしいハムラーデルの王女が離れてくれたからな。はははは」


 それにはどう返せばいいと言うのだろう?


 「いや、昔の話だ。忘れてくれ」


- はぁ、それでそんなに(かたよ)ってたら困ったんじゃないですか?


 「んー、当時はまだ男性勇者は俺と、ヨーダとクリスの3人でな。ヨーダは同じ勇者のカナといい仲だったんで、むしろ付きまとわられずに済んで助かった」


- なるほど…


 って言うしかないよね。

 当時は男性3名、女性3名の計6名で、女性はカナさん、シオリさん、ロミさんね。

 ヨーダさんとカナさんは同じぐらいの時期に亡くなったらしい。帰還しなかったんだってさ。理由はハルトさんにもわからないと言ってた。


 「それに、王子たちもロミに集中してしまったからな。んー…、シオリは気の毒だったが、ロスタニアに行くという希望は叶ったのだし、ロスタニアに残っていた王子といい仲になれたようだから、結果的には良かったのではないか?」


 シオリさんの事には触れないでおこう。ここで俺がいい加減な事を言ったらあとで叱られそうだし。

 しかし男女それぞれがひとりに集中しちゃってたら揉めそうなもんだけどね。


- それで、クリスさんがトルイザンで、ロミさんがアリースオムに、でしたっけ。揉めなかったんですか?


 「ん?、揉めなかったぞ。クリスのほうはトルイザンの姫たちが連れ去ったからな。ロミは駆け落ちだな。揉める暇が無かったとも言える」


 何だそりゃ。無茶苦茶じゃないか。


- そうですか…。


 と、苦笑いをするしかないね。


 「正しくは、ロミがどこに行ったのかはわからなかったんだ。当時はアリスォムはまだ国では無く、北方部族がいくつか居るだけの未開地という認識だったが、何年かしてロミがそこを纏め上げ、アリースオム皇帝を名乗ってアリスォムを国家として認めろという宣言書を各国に送りつけてきてな、驚いたがそれで行方が分かったのだ」


 後で聞いたけど、アリスォムまたはアリソムというのは古い地域名称なんだそうだ。長音が入るのが新名称、らしい。

 トルイザン連合に、アリザン王国って似てる名前の国があるけど、無関係なんだってさ。


- え、それまで探したりしなかったんですか?


 「しなかった。ロミは勇者だからな。当時は勇者は何かあっても帰還してくるもんだと思っていたからな。それに、ヨーダやカナとはよく話していたようだったが、俺はロミとはあまり話した事が無いのでな、2人が心配要らんと言うなら気にする事でもないと割り切っていた。俺もヨーダたちと各国を回っていて忙しかったからな」


- そうでしたか。しかしロミさんもすごいですね。


 「ああ。ヨーダやカナが、ロミは紛れも無く天才だと言っていたな。剣などろくに振る事ができなかったが、賢い子という印象はあったな。教えた事は忘れないし計算も早かった」


- へー…


 何というか勇者って肩書とは関係ない才能のような…。でも未開地に点在していたらしい北方部族を短期間で纏め上げるなんて、俺にはできそうにないな。

 そっち方面は何をどうすりゃいいのかさっぱりわからん。


- あ、クリスさんのほうは『勇者の宿』に帰還したりは無かったんですか?


 「いや?、あいつはしょっちゅう帰還してはすぐ復活していたぞ?」


- え?、最長7年って聞きましたけど。


 「それがどういう訳か、あいつはやたら回復が早いんだ。普通なら何ヶ月もかかりそうな状態でも数日で復帰する。ここ何年か、いや、もう10年以上か?、帰還したという話は聞かないが、おそらく帰還した回数は俺たち勇者で一番多いぞ」


- それはそれでまたすごい話ですね。


 「ああ。最初のうちこそトルイザンから迎えが来ていたらしいが、そのうち単独で戻るようになったからな。俺たちが知らない間に帰還してトルイザンに戻ったのもかなりあるだろうな。『勇者隊』のほうには記録があると思う」


- 連れ去られたって言ってませんでしたっけ?


 「居心地や待遇が良かったんじゃないか?」


 にやりと笑みを浮かべて言ってるのは格好いいけど、それってある種の放任主義とでも言おうか、そんな感じだな。これ。


- あれ?、ハルトさんが面倒を見ていたんじゃなかったんですか?


 「それはトルイザンに所属する前の話だな。1年ほどだが剣を教えたぞ。ヨーダも一緒にな。才能があったのか、めきめきと腕を上げてな。所属してからも会えば手合わせをしたし、俺が負けた事もある。向こうにも剣の達人が居たらしく、教えを受けたと嬉しそうに言っていたのを覚えている」


 嬉しそうに話すなぁ…、しかしやっぱりあの黒いのはクリスさんだという疑いは晴れないな。剣の腕がハイレベルなひとたちって、体幹がしっかりしてるっていうか、姿勢が崩れないんだよね。それと、構えた時に隙が無い。と言っても素人の俺が見た印象だからはっきりそうだとは断言できないんだけどさ。あの黒いのがもしクリスさんじゃ無かったとしても、剣の腕は相当なものだろうと思う。


 あ、リンちゃんとテンちゃんが来た。駆け足でこっちに近づいて来てたのは感知してたから、別に驚きはしてないけど。さっとハルトさんが立ち上がったので、俺も立った。


 「タケルさま!、良かった、ご無事ですね」

 「そのように心配せずともタケル様は無事だと言ったのじゃ」

 「ですけど…」

 「其方も無事だと解かっておったはずなのじゃ」

 「そうですけど…」


- リンちゃん、それにテンちゃんも、心配かけてごめんね。


 「急に強い魔力の気配が伝わってきて驚きましたよ」


 伝わるのか…。


 「伝わって来たのは其方の魔力なのじゃ」


 あ、俺?、黒いのじゃなく?

 という目でテンちゃんを見たら頷いた。


 「詳しく言うと、其方が同調して駆使した(われ)の魔力なのじゃ」


 あー、光属性ビームか。あれ結構魔力使うからね。それに同調しないと飛行用に張ってるテンちゃん式の結界を越えて撃てないし。むしろそれで飛ぶのが癖になってたおかげで助かったわけで。


 それでそのあたりを話そうとして、ふと周囲の目が気になった。


 それまで騒がしかった周囲が、2人が来てからシーンと静かになって注目されているのに気付いたからだ。

 あ、何人かはテンちゃんの胸が気になるみたいだけどね。入ってきて俺の前に来るまでの短い間だったけど、すっげー弾んでたからね。しかも垂れている様子もなく最良のポジションでとまり、さらにテンちゃんがその下から持ち上げるように腕を組んだからね。

 わかる。よくわかる。


 「テン様、リン様、立ち話も何でしょう。奥へご案内致します」


 そこにハルトさんが敬語で言ったもんだからその部屋に居た人たちはぎょっとした表情でハルトさんを見た。これもわかる。普段が普段だもんね。


 「構わぬ」

 「ここで構いません」

 「ですが…」


 2人から真顔で断られてしまい、ハルトさんは恐縮した様子で視線を周囲に泳がせた。


- あ、そうだ、テンちゃん。


 「何じゃ?」


 あ、ちょっと表情が和らいだ。


- そこの曲がっちゃった武器だけど、何かわからないかな?


 部屋の隅に立てかけられている長刀(グレイブ)を手で示したら、さっとその周囲のひとが道を空け、一番近くに居たひとじゃなくてその人たちに指示を出していた、会議に最初から参加していた人がさっとそれを取ってテンちゃんの前まで行き、(うやうや)しく片膝をついて捧げるようにテンちゃんに差し出した。


 何その仕草。あ、ハルトさんが敬語で言ったからか。

 しかしあれ結構重いのに。軽々と…。


 「ほう、良い心がけなのじゃ。感心なのじゃ」

 「ははっ、過分(かぶん)なお言葉を賜り光栄でございます」

 「うむ」


 テンちゃんはそれを片手でひょいと受け取った。

 何なんだ…。


 「お姉さま…」


 リンちゃんも小さくため息をついて肩を下げた。だよね、俺もそんな気分。


 そしてその小芝居を、固唾(かたず)()んでという程ではないけどちょっと緊張した雰囲気で見守る周囲。みなさん、手が止まってますけどそれはいいんですかね?


 「これはこの部分で壊れてしもうておるのじゃ」


 それはたぶんここに居るみんなが見てわかることだと思うよ?、テンちゃん。と、思ったら続きがあった。武器をテンちゃんに捧げ渡したひと、まだ片膝ついたままだし。


 「この武器は特別な能力があるわけでも無いのじゃ。ただ頑丈なだけなのじゃ。魔力を通しやすいという特性はあるが、それは、ん?、そうか、これは他の装備の付属品なのじゃ。そうであろ?、タケル様」


 くるっと俺を見て得意げにそう言った。


- あ、そうかも知れませんね。黒い甲冑のひとが使ってましたし。


 「ああ、其方が腕を切り落として撃退したアレか」


- ええ。まぁそうですけど。


 何でテンちゃんそんなの知ってんの?、まだ話してないよね?


 あ、リンちゃんが笑顔で怒ってる顔してる。

 代弁するなら、『聞いてませんよ?、お姉さま』って感じか。


 「アレは他者から認識され(にく)ぅする魔法を使っておったようじゃ。其方が連れ帰った2人に尋ねてみよ。黒い鎧どころか姿形(すがたかたち)や得物など、さっぱりのはずなのじゃ」


 テンちゃんがそう言うと、部屋の反対側でまだ寝かされている2人にこの部屋全員の視線が集まった。

 たまたまなのか、2人は頭側を向かい合わせにして横たわっているので、何だか変な感じだ。


- 戦ってる途中で気絶しちゃったんですよ。そろそろ起きても良さそうなもんなんですが…。


 「其方…」

 「お姉さま」


 テンちゃんが何か言いかけたのに鋭く(かぶ)せてリンちゃんが注意した。言い方は普通だけど魔力がいつもより多めだったからね。注意で合ってるはず。


 「ああ、そうじゃな。ではリンよ、あの者らを起こすのじゃ」

 「はぁ、仕方ありませんね」


 リンちゃんが小さく肩を落としてそう言い、つかつかとあの2人のところに近づいた。ざざっと下がって道をあけるひとたち。

 テンちゃんが目線で付いて来いという感じで見てからリンちゃんの後に続く。

 俺とハルトさんは一瞬顔を見合わせて頷き、そのあとに続いた。


 この作戦室は結構広いと言っても、端から端まではそんなに距離があるわけじゃないので、木箱を並べて布を被せた簡易寝台に横たわる2人を上から睥睨(へいげい)しているような雰囲気のリンちゃんの後ろにすぐ到着した。


 「はぁ、(やっぱりそうですか)」


 リンちゃんは小さく呟いてから、2人の頭の上にそれぞれの手をかざすように持ち上げた。

 ぼぅっとリンちゃんの手から光が発せられて、蒼白だった2人の顔色に朱が差した。

 これ、かなり面倒な回復魔法の操作だ。単純な身体強化じゃ無い。こんなのもあるんだな、回復魔法も奥が深い。


 そしてそれもすぐ終わり、そのままリンちゃんは両手をパンと合わせた。


 「身体的な異常はありません。すぐに目覚めると思います」


 と、冷たい表情で言って俺の左後ろの定位置に下がった。

 ちなみにテンちゃんは右側やや後ろね。もうこれが定位置になってる。






 先に目覚めたのは小さいほうの人だった。


 「気が付かれたか」


 ハルトさんが一歩進んでしゃがみ、彼に話しかけた。


 「あ…、ややっ、貴方様は勇者ハルト様で?」


 急いで半身を起こそうとしたのをハルトさんが背中を介助して起こして座らせ、そのまま彼の前に立った。


 「俺をご存知か」

 「はい、アリザバに来られた折に一度拝見した事があります」

 「そうか。あなたは?」

 「私はアリザン王国で男爵位を(いただ)いております、ニコルス=ヘラドーアと申します。この度ダンジョン攻略のための援軍500の指揮官を拝命し……」


 そこまで言ったところで床に崩れ落ち、ハルトさんの足元に伏せた。さっと半歩引いてしゃがみ、彼の肩を起こそうと声をかけるハルトさん。


 「どうした?」

 「申し訳ありません…、ディラン様より預かった兵をす、全て失ってしまいました…」

 「何があったか覚えているか?」


 そして涙を流しながらもヘラドーアさんが言ったのはこういう話だった。






 昼食休憩中に後方から騒ぎが聞こえたそうな。

 何事かと思い、同時に伝令が来た時にはもう半数が殺された後のようだ。


 「敵襲です!」

 「敵襲だと!?、一体どこの!?」


 なんて悠長(ゆうちょう)にやってたせいもあるんだろうね。

 だいたい道なんてちゃんとしたものがあるような場所じゃない。一応は、彼らが言うには古い地図に記載されている古道らしいけど、ろくに手入れ(メンテ)なんてしてないからね。商人たちが行き来している道はもっと北にあるらしいけど、そっちはまだ道と言えるだけマシだろう。


 そんなとこを行軍してきたのは、あの崖のところに洞窟(トンネル)があって裏側に通じているからだそうだ。

 こちら側からは岩の形がその開いている部分を巧く隠していて見え難いようになっているので、俺の索敵魔法ではわからなかったんだろう。

 もっと近くから見れば判ったと思うけどね。言い訳か。


 まぁそれでそんな場所だからこそ防御体制を整えている間に、兵たち全員を失ってしまったわけで、

 まぁ、一振りで数人っていう威力だったもんなぁ、俺が見たのは最後の2人だけなんだけどさ。


 何にせよ2人だけでも生き残ってくれて良かったよ。






 その話の途中で目覚めたもう一人は、補佐官デンバートって名乗った。副官じゃなかった。副指揮官でもなかった。両方いたけどどっちもやられちゃったんだってさ。俺が到着する寸前に上半身と下半身が分かれてしまった2人のうちの片方が副官だって言ってた。

 そんでその2人は、身体にあまり力が入らないようで、辛そうにしながらも途中で俺に気付き、改めて助けられたお礼を言っていたよ。

 ヘラドーアさんのほうは丁寧に、こちらが恐縮するぐらいに何度も何度も言って涙を流していた。

 でもデンバートさんのほうは、座ったまま軽く頭を下げて『感謝する』と言った直後に、『どうしてもっと早く助けてくれなかったんだ、もう少し早ければ何十人、いや何百人が助かったんだ…』って、目に涙を浮かべてすんごい形相で睨んできた。ちょっと怖かった。


 そんな事を言われてもね…。


 そりゃ確かに、ほんのちょっと早く気付けば副官さんを含めた2人は助けられたかも知れないし、数秒、数分早ければそれだけ多くのひとたちが助かったかも知れない。

 でも、それを今更言ってもしょうがないんだよ。言う気持ちもわからなくは無いから、言い返さずに黙っているしか無いんだけども。


 ヘラドーアさんが『済まない、私がもっと警戒を厳にするよう皆に命令していれば…』と涙ながらに言ったので、デンバートさんが俺を睨むのがそこで止まり、『そんな!、閣下のせいではありません!、あの襲撃者が悪いのです!』、と言って座っていた箱から降り、よろよろと、そして這うようにしてヘラドーアさんの肩に手を添えていた。


 「その襲撃者の事で何か覚えている事はあるか?」


 数秒待ってから、ハルトさんが2人に尋ねた。


 ところがその2人は、襲撃者がどんな容姿だったか、どんな武器を使っていたか、さらに酷い事に、最後に副官ともうひとりが斬られた時も、どう襲われたかを全く覚えていないことがわかった。


 さっきテンちゃんが言ってたからね。その通りだったよ。


 でも俺が助けに入ってからの事は覚えているようで、黒い襲撃者、鎧を纏っていたように見える、と言い、曲がった長刀(グレイブ)を見せると、もっと長く大きかったように思ったが、と前置きをしてからその武器でおそらく間違いないだろう、と、少しあやふやな言い方をした。

 まぁね、『黒いやつが持っていた武器なんですが』なんて最初に言っちゃったせいで、言われてみればそうかも知れない、って思っちゃうもんだよね。失敗したなぁ。先入観を与えちゃったよ。


 黒いヤツが白い剣を抜いた時にはもう彼らは気を失っていたので、見ていないのが明らかだが、一応ハルトさんがそれについて尋ねたところ、その特徴から『嵐の剣(テンペストソード)』を思い浮かべたようだった。ハルトさんは否定も肯定もせず、ただ『そうか』と言うだけだった。有名なんだなー、『嵐の剣(テンペストソード)』。


 あとでメルさんに聞いたけど、ハルトさんの持つ『フレイムソード』が一番有名で、その次にシオリさんの杖、『裁きの杖(ジャッジメントケイン)』だそうで、3番目に出てくるのがその、『嵐の剣(テンペストソード)』なんだそうだ。それを話した時のメルさん、そしてカエデさんの目はきらっきらしてたよ。『タケル様はそれを見たのですか!?』って迫ってきて怖かったよ。

 ま、それはおいといて…。


 彼らアリザン軍が通ってきたトンネルについても話を聞けた。


 こちらの会議で誰かが、古道があるという話を聞いたことがあるのでそれではないか?、と言っていたが、彼らの話では古道とは別らしい。

 本来の古道はこちらから見て裏側から山裾(やますそ)のあたりを通って山を迂回し、崖の横に出てきてこちらに向かうものだそうで、それを近道(ショートカット)するそのトンネルの情報はどこからきたのかを尋ねたが言葉を濁された。


 気にはなったんだけど、こちらも無理に聞き出すわけにも行かないので仕方が無いね。ハルトさんたちが会話をしてる、言ってみりゃ非公式だけど外交の場なのに、俺が話すのも何だし、と言うかなぜ俺まで同席しなくちゃいかんのかという気持ちが少しある。

 そりゃまぁ俺が助け出したし、運んできたんだし?、一応は事情も聞いておきたいから居るんだけどさ。


 あ、そうそう、俺の事を命の恩人だという事も覚えていて、勇者だと名乗るとヘラドーアさんはハルトさんに対するのと同じように敬う態度をとったんだけど、デンバートさんは最初、『そのような勇者が居たなど知らん』と言ってから、『だが命を救われたのは確かだ。相応の礼は考えておく』と、妙に偉そうだった。


 ヘラドーアさんは貴族で、デンバートさんは平民で兵士上がりのひとだそうだ。デンバートさんのほうが偉そうで、ヘラドーアさんは腰が低いというのにね。


 普通、と言ってもこっちの世界じゃ貴族って初めて…、じゃないか、はっきり貴族だって知ってるのはホーラードの豪傑爺さん、じゃなくて騎士団長、オルダインさんぐらいなんだよね。あとは、最初に連れて行かれたとこに居た領主、あとで代行だって知ったけどたぶんあのひとも貴族だろう。それぐらいなんだよね。それ以外は王様がひとり、王族がふたり、か。なのでこっちの世界の普通がどんななのかは知らない。

 元の世界でも会ったことなんて無いけど、物語などではだいたい貴族って偉そうで、平民あがりの人は優しく分け(へだ)てなく、なんてのが定番だったもんだ。もちろん例外はあるにせよ。

 なのでそれのまるっきり逆パターンだなと、不思議な印象だった。


 彼ら2人がある程度落ち着くに従ってだんだんと辛そうな様子になってきたので話を聞くのを切り上げると、合図をされたごつい身体の兵士さんが彼らを担架(たんか)で新たに用意した天幕へと運んで行った。あの4人、部屋に入ってすぐのところで壁みたいに立ってたけど、そのためのひとたちだったんだな。






●○●○●○●






 そして本部を出て天幕小屋への帰り道。


 俺はちょっとびくびくしながら歩いていた。


 だってこれ、帰ったら絶対リンちゃんたちから文句言われるパターンだよ?

 また単独で『ちょっと見てくる』が、えらい事になっちゃったんだからさ。

 もう頭ん中は、どう言い訳しようかって、ほとんどそればっか考えてたよ。


 「タケル様よ、其方は(われ)の魔力を扱うにあたり、知らねばならぬ事があるのじゃ」


 と思ってたら全然違う事をテンちゃんから言われた。


- あっはい、って何かまずかったってこと?


 取り扱い注意ってこと?、使用上の注意をよく読んでお使いくださいみたいな?


 「タケルさま、あの2人は体内魔力が極度に低下していて、ぎりぎり生きている仮死状態だったんですよ?」

 「そうなのじゃ、あのまま其方がアレを追い、戦闘を継続していたら死んでおったやも知れぬ」

 「そうですよ、お姉さまは危険なんです。取り扱い注意なんです」

 「待つのじゃ、それではまるで私が危険物のようではないか」

 「まるで、じゃなくて危険物だと言っているんです」

 「姉に対して何と言う言い草じゃ…」

 「違うとでも?」

 「う…、違わないのじゃ…、タケル様ぁ…」


 と言って俺に抱きついて顔を胸のちょい下あたりに(うず)めるテンちゃん。仕方ないなぁとでも言いそうな表情でそれを見るリンちゃん。


- って、それどういう事?


 慰めるようにテンちゃんの頭を撫でながらリンちゃんにきいた。


 「普通はお姉さまに直接触れると気を失うという設定があります」


 設定てw


 「設定と言うで無いのじゃ!」


 埋めたまま言うから声がくぐもってる。くすぐったいからそこで大声を出さないで欲しい。


 「でも事実です」

 「うぅ…」


- 僕は何ともないけど…?


 あ、そういえば触れられるのは其方ぐらいなのじゃって言ってたよ。言ってたよ。


 「タケルさまやあたしは大丈夫です。でも他の者らはそうじゃありません。そしてお姉さまの魔力にも同様の効果があるんです。ミリィがよく気を失い、メルさんが魔力に当てられて弱るのもそのせいです」


 え、1度はウィノアさんのせいだと思ってたよ…、あれって半分は俺のせいでもあったってこと?、うわー、知らなかったよ。


 「タケルさまはお姉さま本人が魔法を行使しているのと同じ事をしているんですよ。お姉さまの魔力は他者への影響が大き過ぎるんです。取り扱いには相応の注意を払うものなんですよ」


- そうだったんだ、ありがとう、これからは気をつけるよ。


 「タケルさまはあっさりとお姉さまに同調してますが、ああも完全になんてタケルさま以外、この世の誰にもできませんよ。理論上でも不可能だというのが研究者たちの意見です」


 あれ…?


- 前に壊れた魔法の袋を修復するのに記録してあった持ち主の魔力を再現して修理したって言ってなかったっけ?


 「それは単純な記録の再現であって、それだけです。それも出力が弱く、誤差がありますし、100%にはできないので不完全なんです。認証に多少、余裕を持たせているのはそのためでもあるんです。記録の再現はタケルさまのように自由にあれこれできるようなものではないんです」


 と言われましても…。

 思わず『すみません』って言おうとしたけどなんとか抑えた。だって謝ったらまたあれこれ追加で言われるに決まってるからね。


 あとでちょっと聞いたけど、容量拡張機能(魔法の袋)は盗難防止機能と合わせて実用レベル、なんだってさ。あまり口外しないで下さいって言われたよ。まぁ、それでも同じ空間にアクセスできる確率はゼロの下にゼロがずらーっと並ぶぐらい低いって言ってた。


 でも魔法の袋(ポーチ)に関して詳細を誰かに話す事なんて無いよね。使うにもそれ相応の魔力感知や操作のレベルが必要みたいだし、それをクリアして使えるひとって、現状ではほとんど精霊さんだ。そして精霊さんたちはそんな悪事なんてしない。


 「魔法の袋の話がでたのでついでに言っておきますが、お姉さまの魔力は私たちの記録媒体に記録することができないんです。お姉さまのポーチを作成する作業が難航しているのはそのためですね。これもお姉さまの魔力がポーチの魔法に干渉してしまうせいなんですが…」

 「でもママは約束してくれたのじゃ…」


 ああよしよし、涙目で言ってるってことは、この一連の話、テンちゃんにとっては辛い過去に繋がる話だってことだろう。


 「理論上は可能なのでアリシア様は作成を許可した、と聞いています。でもその2つの課題が大きく立ちはだかっていて、完成までの目処が立っていないのが現状です」


 2つ。そうか、干渉しないようにする事と、認証の問題か。


- あ、じゃあサクラさんたちに渡すほうも難航してるの?


 「え?、あ、練習用の魔道具が届いていたんでした」


 と、エプロンのポケットから例によって石鹸サイズの、あ、今度のは円形だな。それを取り出して俺に渡した。あ、これ俺の分?、とリンちゃんを見ると微笑んで頷いた。さっきまで真面目でちょっとお(いか)りっぽい表情だっただけにギャップがあって、可愛い。


 改めて手にしたその魔道具を見ると、母が使ってた洗顔石鹸みたいなサイズだ。そしてちょっと薄いオレンジ色。もうこれ石鹸って言われたら信じるぞ。石鹸じゃないけど。


 「さ、お姉さま、そろそろ戻りますよ。戻ってお風呂に入りましょう」


 石鹸つながりか?

 あ、そうだ、ちょっと訊いておこう。


- リンちゃん、テンちゃんの荷物ってそっちで取り出した?


 「はい?、お姉さまの荷物なら天幕小屋のお姉さまの部屋にありますよ?」


 それがどうかしたんですか?、という表情。


- いやほら、テンちゃんいつもお風呂あがりがバスローブだからさ、着替え持って入らないのかなって。


 「んー…、」


 と、リンちゃんは少しテンちゃんを見て逡巡するような雰囲気を2秒ぐらいしてから続けた。


 「それはタケルさまへのアピールかと」

 「う…」


 ぴくっと反応するテンちゃん。あ、さっきまで普通に抱きしめてたのに、何かちょっと胸を押し付けている…、だけじゃなくて微妙に動いて…、ああうん、柔らかくて素晴らしくいい感じだよ。頑張って考えないようにしてるんだけど。ってこれもう泣き止んでるんじゃね?


 「まぁそれだけじゃなく、お姉さまの服はあれこれとややこしい魔法がついてまして、そのままではポーチに入れられないんですよ。それで魔法の干渉を(さえぎ)る古い技術が使われた袋に入れて持ってきたようなんですが、それも完全じゃなくて、あまり長いことポーチに入れておくとどっか行っちゃうんですよ」


 どっか行っちゃうって、例の、亜空間で行方不明になるっていうやつ?、こえーな。そういうのテンちゃんちゃんと注意しておいてくれないかな。もし知ってたらだけど。

 俺、いつあの荷物を出せばいいのかなってこないだちょっと確認したら無かったんで焦ったんだよ。リンちゃんが出したのかな、って思い直したけどさ。だから一応確認したわけで。


 「それで部屋に置くしかなかったんですが、そもそもお姉さまの服は、お姉さまの魔力から外への干渉を減らすものなので、干渉を防ぐ魔法からの干渉を防ぐ袋っていうややこしい事になってまして、……」


 ほんっとややこしいな。

 あ、それってそういう役割の服を着ずにバスローブ状態だったからメルさんが当てられたってこと?、んじゃ一緒に浴室に居たときも?、いやさすがにそれはリンちゃんも一緒だったんだから保護ぐらいしてたと思うけど…。


 で、その続きの説明は俺にはよくわからなかった。だって技術的な事を言われてもさー、時々精霊語だし、聞き返すのもどうせ理解できないだろうからね。


 とにかく、テンちゃんの服はポーチにそのまま入れちゃダメってことだけはわかった。





次話4-026は2020年09月18日(金)の予定です。


20200911:会話の括弧閉じがひとつ多かったのを訂正。



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回も入浴なし。残念。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   自覚はあるけど足りませんよねー。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   実はフォローが大変。

   今回はその愚痴も含まれているのかも。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい出番なし。名前だけ登場。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。

   タケルとテンは現状ノーパンコンビ。

   リンより背丈が少し小さいのに胸が元のサイズだから

   すごくおっきく見える。とにかくでかい。

   夜の監視のため、あちこちに小さな眷属を放ってある。

   だからタケルの戦闘時の様子を少し知る事ができた。

   タケルは戦闘時には周囲のそんな微弱な眷属の存在には

   気付くことができないのでわからなかった。

   それをリンに詳しく伝えていなかった。

   リンはそれを察して内心ちょっと怒っている。

   その意趣返しが危険物扱い。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回は大人しいね。たぶんテンが居るから。

   戦闘中、大人しかったのは邪魔になるから。

   ちゃんと空気を読める水の精霊です。首飾りは分体ですが。


 ミリィ:

   食欲種族とタケルが思っている有翅族(ゆうしぞく)の娘。

   身長20cmほど。

   また(はね)が無い有翅族(ゆうしぞく)に。

   今回は天幕小屋でお留守番。


 メルさん:

   ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。

   メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラード。愛称がメル。

   騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。

   剣の腕は達人級。

   『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。

   身体強化に関しては現状で人間種トップの実力。

   タケルたちがそんな事をしている間でも、

   午前中に落とした鳥や無関係な魔物などを

   回収してきた人たちの相手をしていた。

   ゆえに名前は登場しても出番無し。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   長生きしてるだけのことはあるね。

   有名な勇者代表ですし。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お弁当を食べたあともメルさんとお仕事です。

   ゆえに出番なし。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   ティルラ王国所属。

   カエデとのアレでちょくちょく名前が登場すると思う。

   今回は名前すら出なかった。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   ティルラ王国所属。

   ネリの教育係のようなもの。

   名前だけが登場。

   タケルの提案で、サクラ、ネリ、メルの3名は魔法の袋を

   もらえるかも知れない、という話の流れなのです。

   そのための練習用魔道具が、今回タケルが受け取ったもの。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   サクラに勇者としての指導をした姉的存在。

   ロスタニア所属。

   今回も登場せず。そろそろ登場人物一覧から省いていいかも。


 オルダインさん:

   オルダイン=ディン=カーライル。

   ホーラード王国騎士団長。

   ホーラードでは騎士団長は2人しか存在しない。

   片方は騎士ではなく、近衛騎士団長で、こっちは大臣職のようなもの。

   オルダインが就いている騎士団長が、数ある騎士団を束ねる要職。

   ディンのミドルネームは世襲。

   メルリアーヴェル王女の師でもある。

   2章に登場。


 領主(代行):

   序章に登場。

   まぁ、チョイ役ですよね。


 王様がひとり、王族がふたり:

   王様はロスタニア王。

   王族2人は、メルさんと、

   2章にちらほら出てくるティルラの迷惑王子。


 ロスタニア王:

   ティーリン=テイタス=アキシア=ドア=ロスタス。

   愛称ティル。のはずがシオリからはティールと呼ばれたりもする。

   タケルにとっては第一印象が良くはなかったようだが、

   堅実な治世をする善き王として民からは慕われている。

   シオリに頭があがらないのはその歴s…、

   あ、違うんですシオリさん!、待って!、ああっ!


 天幕小屋:

   ハムラーデルのトルイザン連合との国境防衛地に作った小屋のこと。

   平屋の5LDKという贅沢な天幕(笑)。裏庭もあるよ。

   シンプルだけどすごい洗濯機がある。

   あと、お風呂が広い。

   天幕小屋という名前で定着したようですね。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属しているらしい(2章後半)。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   やっぱり何やら不穏な感じですね。


 アリザバ:

   トルイザン連合王国のひとつ、アリザン王国の首都。

   余談ではあるがベルクザンの首都はベルクザバ、

   ゴーンザンの首都はゴーンザバという。

   ここはわかりやすい。


 保護された2人:

   アリザン軍の指揮官と補佐官でした。

   命は助かったけど災難でしたね。


 ディラン様:

   アリザン王国の、王か、または軍団長か、軍務卿か、

   そのあたりの重鎮?、そんな感じ。


 謎の黒いヤツ:

   全身黒い甲冑に包まれ、腰に黒い鞘で黒い柄の白い剣、

   そして黒い長刀(グレイブ)のような武器を持って登場した。

   黒い(もや)を湯気のように(まと)っていた。

   アリザン王国の軍、500人を壊滅させた。

   タケルは勇者クリスだと思っているようだが、

   ハルトは否定している。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   トルイザン連合王国に所属する。

   女性にモテるらしい。


 ロミさん;

   12人の勇者のひとり。

   現在はアリースオム皇帝を名乗り、アリースオム地域を治めている。

   男性にモテるらしい。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。




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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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