4ー021 ~ ミリィは2度
「それで、今日はどちら側でするのじゃ?」
輜重隊の天幕を出てすぐ、テンちゃんが尋ねた。
- そうですね、こっち側でいいかなと。
「ふむ、其方は優しいのじゃ」
「タケルさまですから」
うんうん、と頷きあうテンちゃんとリンちゃんの姉妹。
やっぱり、非戦闘員の多いこちら側を、早めに処理してクリアにしておきたいなってね。襲撃された余韻がまだあるみたいだしさ。
昨日のは、試験的にどんなものかというのもあったから、俺たちの天幕っていうか家に近い側、南西側だったんだけどね。
なので今日から本格的にという意味でも、この北西側から手をつけていこうと思う。
こっち側に来ているついでに、という意味でもね。
そこへメルさんが小首を傾げながら言った。
「あの、それカエデ様はご存知なのですか?」
- あ…。
忘れてたよ。
「あ、じゃないですよ、お手伝いに来て頂くのに、場所がわからないと困るのではないですか?」
- そうですね、言おうとは思ってたんですよ。でも急いで行っちゃったんで…。
「はぁ、仕方ありません。私が本部天幕のどなたかに伝言を頼んできます」
と、メルさんが足を踏み出そうとするその直前に、
「おや、どうかなさいましたか?」
裏口から回って出てきたのだろう、ナーデルさんが他2名と一緒に駆け寄ってきた。
- あ、いえ、カエデさんに言い忘れていた事があったので、本部の誰かに伝言を頼もうかなと。
「ああ、それなら私が承りますよ。これから本部へ行きますので」
という事で、軽く事情を説明し、カエデさんへの伝言を頼む事になった。
朝議にはナーデルさんの上司が出席しているので、普段は彼が出る事は無いらしい。
しかし今朝は早くから商隊が出立し、輜重隊の一部や護衛の兵たちもそれに随伴したので、それらの報告を朝議の後に行う予定だそうだ。
それに使う書類の最終確認をしていてこの時間になったらしい。
そんな多忙な時に呼び出してすみませんと言うと、呼び出された時にはもう書類仕事は終わっていて、少し休憩をしていたんだそうだ。
「そんなわけで段落したところだったんですよ。今日からは少しヒマになりますね。ははは、ああ、出立が今日なのは、被害のあった商人たちがある程度回復するのに1日必要だったんですよ。それに1日置けば騎士団から少ないですが見舞金は出ますからね」
と、苦笑いをしながら言い、『そうですか』と返すと、
「勇者様はこれから狩りですか?、よろしくお願いしますね」
そう意味ありげににっこりと微笑み、こちらが返事をするのを待たずに、
「では行ってきますので。カエデ様には必ずお伝えします」
そう言って軽く頭を下げ、こちらも『はい、お願いします』と頷き、彼らが本部のほうへ歩き始めるのを何となく見送った。
「あれは食欲の目なのじゃ」
「大好物と言ってましたから…」
そう小声でいう2人。
見送る目も皆同じような感じになっていた。
何とも微妙な気分にさせられる人だなぁ…。
さて、気を取り直して鳥の魔物の処理に…、と行きたい所だったが、北西側には馬車などが通れるように整備された新しい道があり、そちらへと出るのには門は無いが守衛のような役割をする兵士が居た。
勇者の鑑札を見せ、見回りと魔物の処理に出ますと言ったが、連れている面々がどうにも斥候や戦闘向きではないのを見てか、怪訝そうな表情を隠さずに応対された。
まぁね、見かけが小さいというか、はっきり言うと子供サイズで、メルさんは革の胸当てをつけていて槍を持っているが、リンちゃんはいつものひざ上スカートのメイド服、テンちゃんは全身真っ黒の上等そうな服、俺は濃灰色の上下と上着に茶系のサッシュとベルトだ。つまりメルさん以外誰も武器を所持していないんだ。
そういう表情をされるのも仕方ないよなぁ…。
でもまぁ鑑札の事もあり、通してはもらえたが、でもずっとこっちを見てるんだよなぁ。
そうするとミリィをポケットから出せないわけなんだ。
新しく作った道なので、ほとんどまっすぐなせいで、視線を遮るものが無い。両側は森林なので入ると飛び立ち難いから、しばらく歩き続けるはめになった。
- まだこっち見てますよね…。
「そうですね」
「困ったものなのじゃ」
建前上、武装をしているように見えるメルさんを先頭に歩いていて、真ん中にリンちゃんとテンちゃん、後ろに俺というフォーメーションなんだ。
それで、俺の前の2人が返事をしてくれたわけ。
仕方なく、もうしばらく歩き、俺たちが立ち止まって何かをしていてもわからないだろうと思える距離になると、リンちゃんがポケットから魔道具を取り出して作動させた。
あ、隠蔽のやつだ。
「このへんでいいのじゃ」
- でもまだ見てますよ?
「大丈夫ですよ、ほら」
どうやら効き目があったようで、彼は目でこちらを追うのをやめたようだ。
「向こうからは見えなくなりましたから」
なるほど。
じゃ、ミリィに出てもらうか。
- ミリィ、そろそろ出ていいよ。
上着のポケットに話しかけたが、反応が無い。
- あれ?
「出てきませんね」
- ミリィ?
しょうがないのでポケットのフタ(フラップ)持ち上げて中を覗き込んだ。
気持ちよさそうに寝てた。
「だってじっとしてろ、出てくるなって言われたかな!、ヒマかな!、真っ暗だし眠っちゃうかな!」
そんな言い方はしてなかったと思うんだけどなぁ。
揺らしても起きないのでいつものようにむんずと掴んで出したら『ひゃぁ!』って言って起きてからこの剣幕だ。
- ああごめんごめん、悪かったって。
「もっと優しく起こして欲しかったかな!」
優しく起こしたんだよ。でも起きなかったんだよ…。
- 次からはそうするから。
「村に戻ったらタケルさんに乱暴された、って言いふらすかな!」
や、やめてくれ。
- いやそれは、
「驚いただけなのじゃ。そのような事はしないのじゃ。な?、ミリィよ」
「え?、は、はい、そうかな、そうです、驚いただけです」
後ろでずっとリンちゃんがメルさんにミリィの言葉を小声で通訳していた。
しなくていいのに…。
「うむ、ではタケル様よ、まずはこの手をとるのじゃ」
- え?、あっはい。
テンちゃんが差し出す手をとった。あ、手袋してない。素手だ。
「そうじゃ、次に吾の張る結界に同調するのじゃ。できるか?」
- やってみます。
テンちゃんの結界魔法って初めてだけど…、わ、魔力多いな、強度ありそうだ。属性のバランスはこうするのか…、なるほど…。
「む、できたようなのじゃ。では張ってみせよ」
え?
- 今の、テンちゃんの結界と同じものを?
「そうじゃ」
- もしかして、テンちゃんに同調した魔力で?
「そうじゃ」
- ごめん、もう一回いいかな?
「何じゃ、其方は1度で覚えると聞いておったのじゃが…」
- あ、うん、魔力の流れや構築はそうなんだけど、テンちゃんの結界をそのまんま作るんだとは思わなくて。
同調するときって、目の前にお手本があるからね。
それ無しで丸ごと再現するのは厳しいんだよ。
「そうか。ではもう一度やる故しっかり覚えるのじゃ」
- はい。
結局3回目でやっとできるようになった。
いや、だってテンちゃんの魔力って闇属性ちょい多めの6属性なんだよ。まだ俺は闇属性に不慣れってのもあって、調整が難しいんだよ。完全再現だからね。
そして次に魔力遮断結界を教わった。これも同調した魔力で、こちらはミリィに張るようだ。
「先に覚えた結界で飛行するのじゃ。さすれば吾が結界の外に魔法構築ができるのじゃ」
あ、そういう事か。
- ミリィに張る結界のほうは?
「それは、万が一影響があってはならぬからなのじゃ。安全のためなのじゃ」
ああ、小型の鳥の魔物を落とすのに使う魔法の事ね。
- テンちゃんの魔力で張るのは?
「そちらは覚えてしまったなら其方の魔力で張ってもいいはずなのじゃ。吾の遮断結界であれば吾の魔法に対する耐性が高いのじゃ。それ故覚えてもらったのじゃ」
- なるほど。じゃあテンちゃんがその魔法を使う時だけミリィを保護すればいい?
「それでいいのじゃ」
- ずっと飛んでなくていいみたいだよ。
ずっと不安そうな表情で浮かんで見ていたミリィに言うと、
「はー、良かったかなー」
と、ほっとした表情になった。
これは後で聞いたことだけど、ミリィは狭い範囲ではあるけれど周囲の魔力からの影響を受けやすいんだそうだ。だから魔砂漠の魔塵のような、魔力の流れを乱すような要素があると、場合によっては命に関わってしまう。具体的には飲食ができなくなったり、魔法が使えなくなる。当然、飛ぶこともできなくなるわけだ。
そしてそれは、近くで大きく魔力を使われると、安定して飛べなくなるという事だ。
俺の結界内で、飛ぶのにちょっと苦労してそうだったのは、そういう理由だった。
その点、ピヨには全く影響が無かったのは、さすがは半分以上風の精霊という事なんだろうね。
家屋を包むような大きな結界の場合は大丈夫みたいだけど、俺の飛行結界は狭いからね。それに、飛行中も魔力を使って移動しているわけだし、ミリィにとっては大きく変動する環境だから、空中静止の時でなら何とか飛べる、でも移動中は厳しいんだってさ。
今回は、テンちゃんが魔法を使うときは空中静止しているので、浮いていてもらえそうだ。
まぁ、できないなら俺の手の上でも別に結界を張れない事はないので、大丈夫だろう。張る瞬間にちょいと手の上でジャンプしてもらえばいい。
「タケルさま、ミリィをこちらで預かりましょうか?」
- んー、そうするとカエデさんたちに手伝ってもらうのに、ミリィが見つからないようにしなくちゃでしょ?
カエデさんだけならいいんだけどね。
「あ、そうでした」
- それに、ミリィには上から音を聞いてもらいたいのは変わらないんだよ。
俺たちだと、鳥の鳴き声だけしかわからないからね。
聞こえない領域の音と両方出ているような感じではあったけど、一応ね。
「ねぇ、さっきからすっごいうるさいかな?」
「え?」
「こっちに向けて叫んでる感じかな、だんだん増えてて耳がおかしくなりそうかな」
ミリィが両手で耳を塞いで、鬱陶しそうに周囲を見回した。
- 探られている、ということかな?
「なるほどなのじゃ。ここで魔法を使い始めたので探りに来たのじゃ。リン、とりあえず一発頼むのじゃ」
「わかりました」
と言うが早いか、くるっと回れ右をして180度ターン。パンと小気味のいい音がした。『ぅひっ』ってミリィが言った。ふらふらした感じで俺の胸元に飛んできたので手で受けるといつものように左手の親指にしがみついた。
「びっくりしたかな…、でもうるさいのが止んだかな」
そう言われて耳を傾けると、確かに周囲の囀りが無くなった。と思ったらぼとぼとと何かが木々から落下した。
何か、ってまぁ小型の鳥の魔物なんだけど。
結構な量だ。そんなに居たのか。
「では処理してきます」
「あ、私も」
リンちゃんとメルさんがまず近くの木の下へ行き、片っ端から落ちてきたものを処理しはじめた。
- 今、リンちゃんに頼んだのはどうして?
「ん?、リンのほうが手軽だからなのじゃ。広範囲ではないので2人で処理してまわるのにはちょうど良いのじゃ」
- なるほど…。
と、手際よく処理をしては足を縛って木につけたロープにつるしていく2人を目で追ったのを、興味をもったと思ったのか、テンちゃんが続けて説明をし始めた。
曰く、
「あれは、詳しく言うと音と魔力の波による合わせ技でもあるのじゃ」
「自我が無く魔力の少ない小さな動物や魔物には効くのじゃろうな」
「だから近い範囲までしか影響が無いのじゃ、むしろそうでないと落ちてからの処理が2人では間に合わないのじゃ」
なるほど。
「それにしてもよくもまぁ、そのようなニッチな魔法を編み出したものじゃ」
ニッチて。
この精霊さん本当に数百年数千年と寝てたんだろうか?、と疑いたくなるボキャブラリーを発揮する事があるね。
リンちゃんとの会話ではアレとかあれとか言って言葉が思い出せないとかなんとか言って寝ぼけている印象があるけどさ。
「おお、編み出したのはタケル様だったのじゃ、其方は興味深いのじゃ」
はっと気付いたように言って、俺を嬉しそうに喜ばしそうに見て腕をその豊かすぎる胸に押し付け……おお、やっぱり適度でいい感触が、じゃなくて抱きしめた。
- 僕がたまたましたことを、分析研究して応用してる光の精霊さんの研究者たちがすごいんですよ、称えられるべきなのは僕じゃなくてその精霊さんたちですよ。
「ふふっ、そうかそうか」
きいてねーし。
って、俺の腕を抱えて微妙に動かれるとむにゅむにゅだ。柔らかくていいんだけど、気が散るんだよなぁ…。
慣れて行くんだろうか、これに…、と疑問だけど慣れるしかないのかな…?
こんなのに慣れたらこの先感動が無くなってしまうんじゃないだろうか?
と思うのは大げさかな?
そういうのミリィが真似したらどうするんだよ。現に俺の手から飛び上がってテンちゃんの胸と俺の腕んとこをじっと見て自分の胸をもにゅもにゅ揉んでるんだけど…、何やってんだよ全く…、と、とにかく見ないふり、俺は知らないふりだ。
- て、テンちゃん、僕らはまだ飛ばなくていいのかな?
話をそらすつもりで尋ねてみた。
このままもにゅもにゅされつつぼーっと立ってるのもね。
「ん?、手伝いに来る人数を確認せずに始めてしまっても良いのか?」
テンちゃんはもにゅもにゅを止め、顔を上げて言った。
- え、どゆこと?
「吾の魔法は広範囲なのじゃ。あの様子では相当数を処理せねばならないのじゃ。手が足りなくなってしまうのじゃ」
- じゃあ手伝いが無い場合はどうしようと思ってたの?
「相応に加減すればいい事なのじゃ。それに、ただ衝撃を与えるリンの魔法とは違い、もう動くことは無いのじゃ。多少範囲が広くてもそういう心配は要らないのじゃ」
- へー、何だかすごそうね。
「ふふ、そうじゃろう、期待しておるといいのじゃ」
と言ってまた俺の腕に頬を寄せ、胸のところをもにゅもにゅし始める。
話が終わってしまったじゃないか。
「しかし其方は不思議じゃ、あれほどの短時間で同調などという大それた事ができてしまうのじゃから…、ふむ、そうなのじゃ、完全にはできぬが、効果対象の範囲を…」
ふいに動きを止めてぶつぶついい始めた。
何か考えているようだから黙っていよう。
それでテンちゃんから視線を前にもっていく途中で、何となくミリィと目が合った。
ミリィはふよふよとまた俺の胸元にきたので左手を持ち上げると、親指に抱きついてさっきテンちゃんがやってたみたいに胸を押し付けてもぞもぞ動き出した。
ほら、早速マネし始めたじゃないか。
こそばいから注意してやめさせようと口を開きかけるとぴたっと止まった。
「あたしじゃあんな風にならないかな…」
何だか哀しそうに言ってる。
そりゃ大きさが違いすぎるんだからさ。
- ミリィはバランスが取れてるっていうかちょうどいいからそれでいいんじゃないかな。
とりあえずぼかしつつ慰めてるつもり。
「ほんと?、ほんとにそう思うかな?」
- うん、あ、ミリィ、ポケットに隠れてて。
「はーい」
例の守衛さんのところを超えて、カエデさんたちが走ってくるのを感知したんだ。
少し待つと、カエデさん他8名の兵士さんたちが俺たちのところに到着した。
リンちゃんが彼らに気付き、走ってくる時に魔道具の動作を停止させていたので、見通しのいい道の途中に立っている僕らに、すぐに気がつき、カエデさんだけがペースを急にあげて先に到着、少し遅れて彼らが到着したってわけ。
カエデさんはともかく、他の人たちは到着したときにははぁはぁ言っていたが、今はもう息が整っている。さすが現役の兵士さんだ。鎧を着けていないので体格がよくわかる。がっちりした人も細い人も筋肉質で鍛えている様子が窺える。
「結構離れたところに居たんですね」
- ええ、まぁ、はい。
守衛さんがじーっと見てたからとも言いづらくて言葉を濁した。
- 彼らがお手伝いしてくれるんですね?
「はい、一応、鳥などの狩りの経験があるひとを選んできました。実は選んだんじゃなくて立候補されたんですけどね、あはは」
- そうですか、よろしくお願いします。
「あ、はい、こちらこそ」
- 早速ですが、そちらの2人から鳥が落ちた位置を聞いて、あちらに吊るしてあるような感じでお願いします。
「なるほど、わかりました」
カエデさんではなく、代表して一歩前にでていたひとが答えた。
んじゃこっちも始めようか、と俺の腕から離れて手を繋いだ状態になっていたテンちゃんに言おうとしたら、質問がきた。
「あの、我らは鳥を撃ち落とす必要はないと聞いていまして、ナイフと紐と袋しか持参してません。いま『落ちた』と仰いましたが、この人数でいいのでしょうか?」
ああ、鉄砲で撃った鳥を落として、それを探す猟犬のようなイメージだと思ってるのかな?、鉄砲は無いけどさ。
- えっと、一度に広範囲で大量の鳥が落ちるんです。方法は詳しくは言えませんが、僕らは空中に居るので、地上でそれらの処理をお願いしたい、というわけなんです。
うえ、と空中を指差すと、そっちを見る兵士さんたち。と、カエデさん。
今みても何も無いよ?
「はぁ」
半信半疑、といった感じの返事だ。しょうがないね。
- まぁとにかく始めますね。
と言って、テンちゃんに教わったように、テンちゃんに同調した魔力、つまり俺がテンちゃんの魔力を真似て結界魔法を行使し、そのまま浮かび上がった。
「あれっ?、タケルさん?」
「き、消えた!?」
あれ?、そんな反応?、とテンちゃんを見た。
「消えているわけではないのじゃ。吾の結界なのじゃ。魔力感知が一定以上のレベルに無いと認識があやふやになるのも仕方無いのじゃ」
なるほど、認識のほうか。
覚えるのに何度もテストしていたときは、その魔力感知が一定以上のひとしか居なかったから不自然には感じなかったってわけね。
そういうオマケ効果があるなら、早く言っておいて欲しかったよ。
「何やら不満そうなのじゃ。ところで其方、どこまで上昇するのじゃ?」
おっと。
- あ、ごめん、行き過ぎた。これぐらいの高さでいいかな?
「そうじゃな、ではミリィの保護をするのじゃ」
- はい、ミリィ、手に乗ってくれる?
「はーい」
ポケットからふわっと飛び出てきて俺の左手の上に浮かぶ前に、さっきテンちゃんから教わった中略で包み、その結界を手で持った。
結界ボールの中でミリィが浮いている。不思議な感じだ。
「ではやるのじゃ」
そう言って左手は俺の右手と繋いだまま、テンちゃんは右手をかるくふわっと撫でるように振る。
飛行結界の外にテンちゃんの魔力がぶわっと広がり、見渡す範囲へと拡散していった。
え?、ちょっと広すぎない?、大丈夫かなこれ。
ミリィも俺の表情を見たからなのか、不安そうにしている。
「そう不安そうな顔をするでないのじゃ。ちゃんと加減はしておるのじゃ」
テンちゃんの方法とは、広範囲で、魔物が内包している負の魔力を中和することだった。
これも鳥ぐらいの大きさだからできることらしい。
ジャイアントリザードほどの大きさでもできなくはないが、それをすると魔物以外の生物にも影響がでてしまうんだそうだ。死にはしないが、具合が悪くなったり気を失ったりするとか何とか。
で、中和されてしまった魔物はもう動かないんだってさ。つまり死んだってことだ。
テンちゃんの魔力拡散が止まった。終わったようだ。
ミリィに張った結界を解除したら親指にしがみついた。
「ふふっ、どうじゃ?、あ……」
テンちゃんがちょっと誇らしそうに笑顔で言ったと思ったら一瞬で不安そうな顔になって俺の腕にしがみついた。
あれ?、ちょっとどうしたのさ。
- すごいね、って、どうしたのテンちゃん。
「昔、大量発生した虫をこの魔法で殲滅したら、『死の霧』、『厄災の女神』、『死を司る黒い女』などと言われたのじゃ…」
なんでそんなの使ったの…
- え…?、なんで…?
「使ったら思い出したのじゃ…」
なるほど、そういう忘れてたトラウマの引き金ってあるよね。
よしよしと慰めるようにもう片方の手で頭をなでておいた。
動きを読んでか、ミリィはさっと浮いてからポケットにもぐりこんでいた。ちょっとふらついているような気がしたが、今はテンちゃんだ。
どうしてそんな風に言われたかというと、どうやら今回とは違って対象が無差別だったせいで、広範囲で草木は枯れ土は死に、随伴した人たちは全て倒れたそうだ。何と5日も意識を失ったままだったらしい。
蝗害(バッタやイナゴの大量発生による災害のこと)というのは、かなりの範囲で農作物や自然が食い荒らされるものだけれど、それを阻止するのに、途中の範囲とは言え土までが死ぬような事になったら、そりゃやりすぎってもんだろう。
不名誉な称号が増えるのも仕方が無い。
今回は草木には影響が……完全に無いわけじゃないけどね、一部の樹木と低木なんかが枯れていたらしいよ。それも相当数。
だいたいの魔力量で絞り込んでその対象に影響があった、という事なんだろうね。たぶん。
それで問題の鳥の魔物だけど、俺たちを中心に1kmほどの少し歪な円の範囲、全ての鳥が落ちたんだと思う。凄まじい魔法だよね。
魔法の有効射程200mって何なんだろうね?
そういえばウィノアさんもそういうの無関係だったよなぁ、古の精霊さんってそういう制限が無いとか?、気になるけどまぁ今はそれどころじゃない。
俺たちも降りて処理に忙しいからね!
でもミリィは俺のポケットの中で揺られながら首をちょこんとフタ(フラップ)の隙間から出していて、テンちゃんは『ほれ、そこにもあるのじゃ』と、指示をするだけ。
俺はナイフ片手に、じゃなくてスパッと例の風魔法カッターで切って、足をそろえて紐で縛って吊るし、木の棒でつくったでっかいピンセット、あれって何って言う名前だっけか忘れたけど、ゴミ拾いのボランディアで使ってたみたいな道具ね、それで切り取った頭部を袋に入れ、近くに落ちている角を探し…、と、せっせと作業し続けている。
たった10名余りでは、人海戦術なんて言えないぐらいの作業だった。
一体これ、何体あるんだろう…?
●○●○●○●
お昼を少し回り、やっとなんとか処理があらかた終わったので、昼食休憩になった。
汗を拭いつつ、『昼食だよー』とカエデさんが明るい声で呼びかけ、集まってきた兵士さんたちが、カエデさんに話しかけていた。
疲れた様子はあるけれど、それでもだらけた雰囲気ではないのが鍛えられた兵士というものだろう。
「こんなにきつい作業だとは思いませんでしたよ…」
「うん…、あたしもそう思ってた、ごめん」
「でも、自分が集めた分でもこれだけあるんです、これなら飲み代どころじゃない稼ぎにはなりますから、臨時収入だと思えば悪くはないですよ」
- あ、そういう話になってるんですか?、カエデさん。
「あ…、そうだった、タケルさんだった…」
どういう意味よ。
どうやら手伝いに来てくれた斥候隊の兵士さんたちは、自分たちそれぞれが確保して下処理をした鳥については自分の収入になるんだと思っていたんだそうだ。
「カエデ様、話が違いますぜ」
「そうですよ、俺結構がんばったんですよ?」
「あ、えっと、そういう意味じゃなくて」
「じゃあ小遣い稼ぎってどういう意味だったんですかぃ!?」
あー、カエデさん、ひとを募るのにそういう事を言ったんだ。
という目で見ると、『どどどどうしましょう』と言わんばかりの目で見られた。
しょうがないなぁ…。
と、さっき作った長くてでっかいテーブルの上に布をしいて食器を並べているリンちゃんを手招きする。
余談だけどテンちゃんとメルさんはもう手洗いを済ませて席に着いていた。
手を洗う場所は横手に作ってあるからね。
にこにこと早足でやってきたリンちゃんに耳打ちする。
- リンちゃん、今朝ナーデルさんだっけかが言っていた価格で、彼らが回収してきた鳥を引き取るお金ってある?
「はい、全然よゆーです。けど、タケルさまがそんな施しをする必要はないと思いますよ?、彼らの分はそう思っていたように、騎士団に提示された価格のままそれぞれ買い取らせれば良い話ではないですか」
- うん、実際にはそういう事になるんだけどね、でもいま彼らは士気が下がってる状態なんだ。
「はい、あ、わかりました。では準備しますね」
察しがいいから話が早くて助かるね。
数歩離れたリンちゃんは、ささっとテーブルをつくり、エプロンのポケットから幾つもの皮袋を取り出してその上にずじゃっ、とわざとらしく音を立てて乗せた。
そのテーブルを作ったのにも驚いたようだが、何よりもその皮袋の中身、つまりは現金だね、それが立てた音のほうに兵士さんたちが反応し、固唾を呑んで見ているのがわかる。のどをごくっと鳴らした人も何人かいたし。
「はい、ではこちらで引き取ります!、回収した分を各自持ってきてください、ひとりずつお願いしますね!」
そうリンちゃんが言うと、カエデさんを囲んでいた兵士さんたちは全て行儀良く一列にリンちゃんのテーブルの前に並んだ。
現金の威力だねぇ…。
そこそこ時間がかかる作業だが、最初に5体ずつ紐で縛ってと言っていたし、俺とカエデさんもリンちゃんを手伝ったので、それほど時間はかからなかった。
現金を手にした兵士さんたちは、昼食がタダだと聞いてさらに喜んでいた。お酒はありませんと言われて消沈するかと思ったけど、『まだ午後から作業があるんですよね?、そんなので飲めませんよははは』と、冗談だと思ったんだろう、そんな返事をして皆が笑っていた。
そして、俺たちには普通だけど、カエデさんのいう『タケルさんちのごはん』が並べられ、兵士さんたちはさらに喜んだ。というか戸惑っていた。
「こんな豪勢な食事、本当にタダなんですかぃ?」
「すっげぇ、出来立てみたいだ」
「やべぇ、美味そう!」
「食べていいんで?、夢じゃないんで?」
などとざわざわしていたが、カエデさんが代表して食事前の祈りを捧げると彼らは揃ってそれに唱和した。
メルさんだけはその唱和に参加していたが、俺やリンちゃんとテンちゃんはそんな祈り文句は知らないので、格好だけ真似をして手を胸元で交差させた。
例によって精霊信仰のイアルタン教なので、精霊さんへの感謝の聖句だ。そこに自分が居ないテンちゃんは苦笑いを浮かべていたが、何も言わなかった。呼ばれても微妙な気分だろうけどね。水の精霊ウィノアさんや大地の精霊ドゥーンさんも言ってたし。
食事が始まると『美味ぇ、うめぇ』とすごい勢いで食べていた。
なるほど、ああいうのをいつも見ているからカエデさんがすごい早食いだったのか。
「すごいですね、ふふっ、懐かしいです」
と、メルさんが向かいで微笑み、でも上品にそして優雅に食べていたのが対照的だった。
隣のリンちゃんとテンちゃんも上品で優雅ではあるけどね、何だかちょっと趣きが違うんだよね。リンちゃんは俺と同じようにお箸も使うしさ。
俺の腰から下の位置は彼らからは直接見えない位置なので、ひざの上にお皿を置いて、ポケットから半身乗り出したミリィに少しだけ食べさせた。ちょっとでも食べさせておかないとうるさいだろうからね。しょうがない。
残りはあとで、と言うと不満そうだったけど、まぁ、兵士さんたちに見つからないようにという意図は理解しているのだろう、渋々ポケットにもぐりこんでぶつぶつ言っていた。
俺たちの倍以上用意したあちら側と、こちら側が同じぐらいのタイミングで無くなり、食後のデザートとお茶が出されると、『おおお、いいんですか?』とまたそういう声が複数聞こえた。もちろんお茶とデザートを出しているのはリンちゃんね。
そしてまた『美味ぇ、うめぇ』と食べるひとと、『甘いのは苦手だけどこれは美味い』と、どっかのハルトさんが言っていたような事と同じような事を言うひとがいて、こっちで顔を見合わせてくすっと笑った。
それにしても『全然よゆー』って言ってたけど本当によゆーだった。あれほどのお金、いつの間に、という気がするが、そこらへん詳しく尋ねるとあれやこれやと知らないこと知りたく無かった事が続々と出てきそうなのが怖い。
だってさー、銀貨もだけど大銀貨に、金貨まであったよ、あの袋。まぁ金貨の出番は無かったみたいだけどさ。
ラスヤータ大陸でエクイテス商会のエクイテスさんに見せてもらったのと形は違うけどさ、こっちで、こっちの国で銀貨以上を見たのって初めてだよ。ちょっとびっくりしたよ…。
ほんと、いつの間に…
●○●○●○●
昼食後のデザートとお茶で少しのんびりしていると、ハルトさんたちがやってきた。
彼らは斥候隊だろうか、そろいの服装と装備で胸のところに木彫りの丸いマークだろうか、エンブレムだろうか、が縫いとめられていた。目と足?、よく判らないけどそういう風に見えた。
近づいてくるのが見えていたので、一応立ちあがって迎えると、他の皆もそれに倣った。
「こんな場所で食事していたのか…、タケル殿、処理の具合はどんな感じだ?」
- そうですね…、リンちゃん。
「はい、タケルさま。午前中はお手伝いに来てくださった方々も頑張って下さいましたので、小型2288体、中型231体の処理ができました」
「何ですと!?」
いや俺も驚きだよ。
確かに俺も午前中、小型の鳥なんてもう目に焼きつくほど繰り返したよ?、首を刎ねて吊るしてまわってまた回収して、という作業をさ。
でもそんなに居たとは思わなかったよ。
「お姉さまが力を奮えばこれくらいの成果はよゆーですよ」
「ふふん、そう褒めるでないのじゃ」
- 手加減してたんだっけ?
「そうなのじゃ。回収処理をする人数がもっと居れば、もっと範囲を広げられるのじゃ」
「何と…、恐れ入りますな。ではこちらからも人を出しましょう。連れてきた5名に加えてさらに10名を呼んで参ります。おい、増員だ、頼む」
「はっ!」
後ろに控えていたうちのひとりが走って行った。
- じゃあその増員を待つ間に、
と言いながら横に6人ぐらいが余裕で座れるテーブルと椅子を作った。
- リンちゃん。
「はいタケルさま」
呼びかける前にもうテーブルクロスを敷き始めていた。
そしてお茶を並べてお茶請けのクッキーを置き、『どうぞこちらへ』とハルトさんの後ろで呆然とその様子を見ていたひとたちを誘導した。
- ハルトさんはこちらへ。
と、皆から離れたところに衝立の壁をつくり、その後ろへ一緒に行く。何故かリンちゃんとテンちゃん、そしてメルさんとカエデさんまで来た。
衝立そんなに大きく作ってないのに…。
- 紹介したい子が居るんですよ。
「ああ、カエデが言っていた。羽が無いそうだな」
- はい、ミリィ、出てきていいよ。
「はーい、ご飯の続き?」
- それはもうちょっと待って。こちらの大きい人がハルトさん。覚えておいて。ハルトさん、こちらが有翅族のミリィです。直接言葉は通じないと思いますけど、お互いに見知っておいて下さい。
「あ、えっと、ミリィです。よろしくお願いします」
空中でぺこりと頭を下げた。
「おお、可愛らしいな。俺はハルトと言う。よろしく頼む」
と、ハルトさんも騎士団などの敬礼をせずに、ミリィにあわせて少し頭を下げた。
「ねぇ、このひと何て言ったかな?」
- ミリィが可愛らしいって。ハルトって名乗ってよろしくって。
「わぁ、いいひとかな!、よろしくかなー」
「お、おい」
ハルトさんの顔の近くまで飛んでくるっと横回転をするミリィに驚くハルトさん。
- 手のひらを上にしてあげて下さい。
「こ、こうか?、おお、軽いのだな」
ミリィがハルトさんの手にそっと着地した。
壊れ物でも乗せているかのように緊張ぎみのハルトさんに対して、
「タケルさんと違ってごつごつして堅いかな、クッション性が悪いかな」
足でハルトさんの手を確かめるように踏みつけているミリィ。
これ、お互いに通じてなくてよかったんじゃないか?
「ところで、森に詳しい者が言っていたんだが…」
と、衝立のこちら側でミリィがリンちゃんの用意した食事をがつがつ食べているのを横目に、ハルトさんが言い難そうにして話したのは、鳥が一気に居なくなると、その間に害虫などが増えて森に悪影響が起きてしまう話だった。
それだけではなく、酷い場合には疫病が発生してしまったりもするそうだ。
それをテンちゃんに確認すると、テンちゃんは事も無げに、
「問題無いのじゃ。それらの虫どもも大半が死んでおるのじゃ」
- 大半が?
「そうなのじゃ。運よく深いところにもぐっておったりして生き残っておるのじゃ」
- でも普通の鳥って居ないよね?
生き残りが増えたらどうすんのかなっていう意味で尋ねると、
「ああ、それは一応他の地域から鳥を連れてくる手配をした」
ハルトさんのほうから返答された。
- そうですか、良かった。って、どうやってです?
ちょっと不安が過ぎったので尋ねてみた。
「タケル殿の心配もわかる。こちらでも網を張って鳥を捕らえるのは禁じられている。が、こういった場合には時間を区切って許可が出るのだ。もちろん役人の監視がつく。心配することは無いと思うぞ」
- なるほど、まぁそこらへんは僕が考える事じゃないのは解かってます。
それにね、こっちで魔物とは言えこんだけ大量に鳥を処理しておいて、という気もちょっとはある。言わないけどね。
「其方は優し過ぎるのじゃ」
「そうですよ、タケルさま」
ん、何か2人ともちょっと言い足りなそうな雰囲気。
「んっんん、ところでタケル殿」
ハルトさんが雰囲気を割るように咳払いをして呼びかけた。
- はい。
「俺も索敵ができるようになった、と言ったと思うのだが…」
- はい。
「その、どうもカエデが言うには何かがおかしいと」
ちらっとカエデさんを見た。俺もつられて見た。
何か苦いものでも食べたみたいな表情をしてうんうんと頷いていた。言いたくないらしい。
- はぁ。
「それで、少し見てはもらえないだろうか?」
- いいですよ、どうぞ?
「あ、いや、ここで、か?」
- 何かまずいんですか?
「あーいや、いいのだが…、その…」
ハルトさんが言い澱んでいる間にカエデさんはこそっとリンちゃんやテンちゃんの後ろに回ろうとしている。
何だろう、いやな予感がしてきたぞ?
- まぁ、実際見てみない事には何とも言えませんので、どうぞ?
「そ、そうだな、よし…」
と言うと、気合を入れるようなポーズでやや背中を丸めて両拳をぐぐーっと…。
「むむー……んんー……」
え?、身体強化してるぞ?
なんだか魔力がすごい、ヤバそうなのでちょっと障壁を張っておこう。
「ハッ!!!」
「きゃぁ!」
障壁にドン!と衝撃があった。
これ、近くに人が居たらヤバいんじゃないか?
衝立のところで悲鳴を上げたのは食事中のミリィだ。
障壁越しに魔力の衝撃を受けたらしい。張っておいて本当に良かった。
衝立の向こう、少し離れたところでも衝撃があったようで、兵士さんたちのうちの何人かが『うぉっ』と声を発していた。
スゲー気合を入れてドカン!って感じで放つせいで、周囲への衝撃が大きすぎる。
足元の砂粒が、まるで空気が爆発したかのような痕跡になっていた。
- ハルトさんそれ魔力を込めすぎですよ。
と、呆れ成分を多分に含めつつも言うと、
「いやしかしこれぐらいじゃないとわからんのだが…」
言外に、『不合格だろうか…?』と言っているかのような不安を表情に出しながら言った。
- でもそれだと衝撃波を放ってるじゃないですか。周囲に人が居たら被害甚大ですよ。
「だから人が居ないところでだな…、ダメか?」
そういう問題なんだろうか…?
- それに魔物もさすがに気付いて襲ってくるんじゃないですか?
「そうか、それでこれをやったあと、やけに魔物が寄ってきたわけだ…」
気付いてなかったのか…。
「其方、ハルトじゃったな、其方は魔力感知をもう少し鍛えてからにすべきなのじゃ。己が感知できる反射波を起こすために、そのように元を大きくするのでは消費も大きく、何より意味が無いのじゃ」
言い難かったことを言ってくれてありがとうテンちゃん。
それに続いてテンちゃんの後ろから隣に並んだカエデさんが言う。
「だからあたしも大きすぎるって言ったのに、『大は小を兼ねる』とか言って聞いてくれないんだもん」
ハルトさん…。
と俺が見ると、周囲も皆同じような目でハルトさんを見ていた。
「うっ…」
「タケルさんに土魔法を教わったときも、何か似たような事を言ってましたよね?」
「いやあの時は、」
「用意する魔力が大きすぎるから効率が良くない、って言われてましたよね?」
「あ、そ、そうだったな」
「今回だって、あんなめちゃくちゃ魔力を溜めて、やってる事があれですよ?」
「あー、うん、すまん」
ここぞとばかりに詰め寄る娘にたじたじのお父さんという構図の2人に、ちょっと周囲が呆気に取られている。
「タケルさんは言わなくても障壁を張ってくれたし、ずばっとテン様が言って下さったし、あたしも言いたい事が言えてすっきりでした、えへへ」
「あのなぁ…」
「だっていくら言っても聞いてくんないんだもん。もうタケルさんに任せようって思ったわ」
なるほど、それで始まる前は何も言わなかったのか。
「し、しかしだな、あれでダンジョンを発見できたんだぞ?」
お?、反論開始だろうか?
「あ、それも言おうと思ってたんですよ!」
カエデさんがさらに一歩、ハルトさんに詰め寄って見上げるようにして迫った。思わず半歩下がるハルトさん。わかる。下がっちゃう気持ち、よくわかる。
「な、何だ?」
「タケルさんの地図と照らし合わせてみたら、ハルトさんがダンジョンだって言ってる場所、岩の陰っぽいですよ?」
「な、何だと!?」
え?、そうなの?
ちょっと地図をポーチから取り出して見てみよう。岩の陰、ってことはこれか。1箇所しかないからわかりやすいな。そこだけぽっかりと樹木が無いから、地図にもはっきり記せているし、ダンジョンじゃないとわかる。岩が2つあって、間に隙間があるだけだ。
「そうそうそれですよ、それ。そこダンジョンじゃないですよね?」
取り出した地図に目敏く気付き、さっと近寄って問題の箇所を指差した。その勢いにビビりつつも頷く俺。
- え?、うん。
そして俺の返事を聞くやいなや、カエデさんは俺の手から地図をさっと抜き取り、ハルトさんに問題の箇所を指差しながら再度迫った。
「ほらほらぁ、せっかくタケルさんが正確な地図を作ってくれたんだから、ちゃんと見ないとー」
「え、いや、それはそうなんだが、そうなのか?、ダンジョンでは無い…?」
カエデさんに迫られつつも俺に確かめようとするハルトさん。
- はい。ただ岩が2つあってその間に少し隙間ができているだけですよ。
「洞窟等では…?」
- ない、です。
「魔物が居たんだが…」
- たまたま、でしょうね。
「ではダンジョンは…」
- 前に説明した通り、そちらの候補地のどれか、あるいは全部、まだ調べてませんのでわかりませんが。
と、カエデさんが手にしている地図を手で示して答えた。
「そ…、そうか…」
「あたしの言うことも、タケルさんの半分でいいから聞いてくれたらいいなー」
「う…、すまん、気をつける」
「ほんとかなー?」
「ああ、本当だ」
「なら、よし」
満足そうに頷き合うカエデさんとハルトさん。
何なんだこの2人…。
次話4-022は2020年08月21日(金)の予定です。
20200814:抜け訂正。 波よる ⇒ 波による 編み出た ⇒ 編み出した
助詞訂正。 下は位置は ⇒ 下の位置は
20200820:後半の発言の合間にいくつか描写を追加。と、ルビを追加。
20201110:1文を追加。 ⇒ つまりメルさん以外誰も武器を所持していないんだ。
20210819:助詞訂正。 取り出した地図を ⇒ 取り出した地図に
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴シーン無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
言いづらい事の多い主人公。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
有能っすね。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。名前は登場するね。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
タケルとテンは現状ノーパンコンビ。
リンより背丈が少し小さいのに胸が元のサイズだから
すごくおっきく見える。とにかくでかい。
格好をつけているときは1人称が『吾』になる。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回は名前だけの登場。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
また翅が無い有翅族に。
今回も大人しい。セリフ無し。
2度に分けた昼食。
2度びっくり。いや、3度か?、
起こされたのは別として2度。という事で。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
身体強化に関しては現状で人間種トップの実力。
今回は大人しい。
ちゃんと仕事はしてます。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
現在はハムラーデル王国と東に国境を接するトルイザン連合王国、
その国境防衛拠点に居る。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
またカエデとのコントに。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
ハルトは父親に似ているが、本当の父親ではないんですよ。
でもこのひと、本当の父親ともそんなコントを繰り広げて
いたんでしょうねー。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
ティルラ王国所属。
カエデとのアレでちょくちょく名前が登場すると思う。
でもやっぱり今回も登場せず。
あれ?、ちょくちょくとは一体…。
このまま登場しないと、登場人物の項目から外れてしまうのでは…?
ハムラーデルのトルイザン連合との国境防衛地に作った小屋:
長い。そのうち短い名前がつけられると思う。
平屋の5LDKという贅沢な天幕(笑)。裏庭もあるよ。
シンプルだけどすごい洗濯機がある。
あと、お風呂が広い。
まだ名前がつけられてないんですが…。
登場人物たちにとっては不便じゃないんだろうか?
作者的には不便すぎるんですよ。ほんとにもう…。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属しているらしい(2章後半)。
まだ出てこないね。そろそろ話には出てきそうな感じだけど。
まだかなぁ…。そんなんばっかしw
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
3章に登場。
エクイテス商会:
3章でタケルと交流のできたそこそこの規模の商会。
詳しくは3章を。
エクイテスさん:
港町セルミドアにあるエクイテス商会の経営者。
愛妾ドロシーの病気を治してもらって以来、タケルの事を先生と呼ぶ。
詳しくは3章を。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
癒しのヒヨコ。もふもふ要員。
今回ひさびさに名前が出ただけ。
詳しくは2章を。
鳥の頭部:
作者的には別にどうという事はありません。
単純に、登場人物の好みの問題です。本当に。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。