4ー020 ~ 引力と引き
カエデさんが『本物の勇者』なんて言うもんだから変な雰囲気になってたのを、ひとつ咳払いをしてから戻してくれたのはリンちゃんだった。
「あの、それで回収した鳥はどうしましょう?」
あ、そうだった。
- あ、うん、結構数があるよね、倒したままなの?
「いえ、メルさんに、鳥を狩った時にすぐ血抜きをした方が良いと教えてもらいましたので…」
と、リンちゃんは言って回収した鳥を1束、ずるっとエプロンのポケットから取り出した。
相変わらず絵面が、取り出したモノがモノってのもあって衝撃的だけどね。
その取り出した鳥の束は足をそろえて紐で縛ってあって、首が無い。
「以前、騎士団の者たちと狩りに出た時に、そうやるのだと教わったのです」
ちょっと照れながら言うメルさん。
束にしてあるのはそういう事ね。数えたら5体だった。
鳥の首を切った事に照れているわけじゃないよね?
下処理をしたことについてだよね?
と、ちょっと突っ込みを入れてみたいけどできないよなぁと、鳥のほうに視線を戻す。
「最初は10羽ずつにしようと思ったのですが、嵩張ってやりにくかったので5羽にしました」
リンちゃんが持ち上げているその束を俺が覗き込むようにしているのを数えていると思ったのか、続けて言ってくれた。
そういうわけでリンちゃんが回収した鳥型の魔物は、全部首が無いらしい。
「首だけ袋に集めてありますが、必要でしょうか?」
と、束を持ち上げたまま無表情でリンちゃんが言うけど、いやそんなの俺にわかんないよ。ってか見たくないよ、とも言えず。
だって、200個以上の鳥の首だけ、って結構なホラーじゃないかな…。
- まぁ、要らないと思うけど、騎士団で訊いてみるよ。
「そうですか。不要なら肥料にしますので、大丈夫ですよ?」
あ、そういう意味で不安そうな顔をしてたわけじゃないんだよ、リンちゃん。
でもまぁ、訂正するほどの事でもないので、頷いておいた。
- あ、ところでリンちゃんがやってた方法って?
「はい、こうして、」
と、胸の前で肩幅に開いた両手を、パン、と一拍打ち鳴らした。
「とやるだけですよ」
- へー…。
動作としては手を打ち鳴らすだけだ。音が鳴る、ただそれだけ。
だけど魔力的にはそれだけじゃ無い。
属性的には光と風の混合属性だ。光が8、風が2かな。それで衝撃波を出している。
そのせいか、何となく空気が清浄化されたような気がする。引き締まった、みたいな、気合が入ったような気もする。
「属性は、何度か試してみて小型の鳥に一番効果があったのがこの配分だったんです」
- 普通のサイズの魔物にも効くのかな?
「注目はされるかも知れませんね。研究チームの者が言ってましたが、おそらく小鳥ぐらいのものにしか効かないと思いますよ」
- 込める魔力を増やしてみても?
「タケルさまは限度や加減ができないんですから、試さないで下さいね?、普通の人種にもしもの事があったら大変ですから」
ああ、心臓の弱い人とかに影響がありそうな気がしてきたよ。
こんな最前線にそんなひとは居ないと思うけど、一応ね。
- あっはい、やめときます。
最近はいろいろちゃんと細かい魔力操作ができるようになってきた、と思うんだけどなぁ、リンちゃんからすると大雑把なんだろうか?、とちょっぴり心の中で凹んだ。
「でもこれは索敵魔法を覚えるときにタケルさまがされていた事の応用なんですよ?」
「あ、手は打ち鳴らしていませんでしたが、鷹鷲隊と合流したときにタケル様が荷台の上でされてましたね」
- ああ、そういえばそんな事もあったっけね。
2人がそれぞれ言っていたのは違う時と場所だけど、索敵というか探知だな、それの切っ掛けとしてまず魔力の短い衝撃波を作って周囲に放つのに、最初は手を叩く動作で覚えたっけね。メルさんが言ってる時にはもう手を叩かなくても極短時間の波を作れるようになったから、手は叩いてなかったが。
それでその帰ってくる反射波を感知する、いわばレーダーみたいな事をやってるのを、『索敵魔法』ってまとめて呼んでるわけなんだけどね。
「はい、それの研究チームが魔物化したねずみに対して気絶させられるというのを発見したんですよ」
- へー…
研究チームか…、他のひとも居るし深く聞きたくないなぁ…。
「さっきも仰ってましたけど、研究チームって何ですか?」
ああ、カエデさんが食いついてしまったじゃないか。
「タケルさまの偉業を切っ掛けに、専門的に研究するため多くの研究者たちが集まってしまったので、必然的に研究開発機関を設立することになったんですよ」
「な、何かすごいんですけどどこでです?」
「もちろん、我々光の精霊の里でですよ」
あれよあれよと言う間に…、それって言っちゃっていいの?、リンちゃん。
「うわー、そんな所があったんですねー、それでそれってタケルさんがやってるんですか?」
うわーじゃねぇよ、話がこっち来ちゃったじゃないか。
- いや、僕は何もしてませんよ。
「我々は勝手に研究開発を進めているだけです、タケルさまのお手を煩わせる事ではありませんから」
「へー…」
「何せ研究チームはいくつもありますからね。短期間でいくつものテーマを提供して下さるタケルさまの偉業はとても簡単には言い表せませんよ、研究者たちも大騒ぎだったんですからね?」
- あっはい、…はい。
ここで謝ったりするとまた何言われるかわからないんだよ。
「いくつもあるんですか!?」
「当然ですよ、その魔力波もそうですが、カエデさんも知ってますよね、あの『スパイダー』という多脚型の乗り物、あれもそのうちのひとつですし、タケルさまが普段お使いの射撃魔法も、結界障壁の多重化や亜空間操作の…」
- あ、ちょっとちょっとリンちゃん、
「はい?」
- そんなにいろいろ話しちゃっていいの?
「カエデさんも勇者なんですから、普通の人種ではありませんし問題ありませんよ?」
いや、メルさんは普通……とはちょっと言いがたいけど勇者じゃない普通の人種だよ、とメルさんをちらっと見ると、言わなくても伝わったようだ。
「メルさんは特別ですよ」
「こ、光栄です、リン様」
何だか最近のリンちゃんは、メルさんの扱いがちょっと良くなってるような雰囲気だ。何かあったのかな。と、そっちを気にしている場合ではない。
「それに、タケルさまを『本物の勇者』と言ったカエデさんになら、その偉業がどのようなものであるか、きちんと理解してもらいたかったんです」
なるほど、それでヒートアップしちゃったのか…。
困ったな。こういうのヤなんだけど。
俺の目の前でされるとむず痒いし居心地悪いんだってば。
「うんうん」
「そうなのじゃ」
いやちょっと、両側と正面、そして斜め前。これ完全包囲状態じゃないか?
うんうん、じゃねーよカエデさん…、これは止められなさそうだからせめて俺だけでも何とか逃げる方法を…、あ、そうだお風呂に行こう!
夕食の前に入ったような気もするけど構わないさ!
- あー、ちょっとトイレに。
「はい」
「ふふっ」
む、素直に俺の腕から手を離してくれたリンちゃんと違って、テンちゃんは含み笑いをしてからによによと意味ありげな笑みを浮かべてる。
いいじゃないか、武士の情だ、逃がしてくれよ。
どうでもいいけど、こういう時に使っていいんだっけ?、武士の情って。いやほんとに今はそんな事はどうでもいいな。早く逃げよう。
「トイレといいつつ脱衣しておるようなのじゃ」
「仕方ありませんね、本当はタケルさまにもご自覚して頂きたいのですが」
「こういう事はゆっくりとやるものなのじゃ」
「さすがですお姉さま」
「む、何か言いたい事があるなら言うが良いのじゃ」
「それはあとにしましょう、まずはカエデさんとメルさんにも本物の勇者がこれまでどのような偉業を成してこられたのかを…」
風呂に逃げようと服を脱いでいたらリビングから妙に魔力の乗った声が聞こえてくる…。
全くもう、カエデさんが『本物の勇者』なんて言うからだよ、困ったもんだ。今後それが定着しちゃったら他の先輩勇者たちの手前、もし聞かれてしまったら、いちいち言い訳をする事になるって容易に予想できてしまう。ホントにそういうのやめて欲しいんだけどなぁ…。
リンちゃんに言っても聞いてくれないだろうし…。というか精霊さんたちに言っても聞いてくれそうなのって、大地の精霊さんたちぐらい?、かなぁ…、
- ウィノアさんに言ってもダメだろうしなぁ…。
『はい、ヌル様の手前、私では賛同はできても干渉はできませんね』
考えながらシャワーで軽く体を洗っていたら声にでていたらしい。
- これ、訊いていいのか迷ったけど、ウィノアさんてテンちゃんに弱いの?
『タケル様だからお話しますが、古の誓約によってヌル様には逆らえないのです。あの方は私という存在を消せるお力がありますので』
それでどうにも立場が弱い、ということか。
今も、今までのように堂々と出てきているわけじゃなく、極力魔力を抑えているのがわかる。湯船から半身出てふちに手をついてるけど。
体を洗い流したので湯船に向かうと、その半身が誘導するように手を差し出した。スルーするのも何なので片手を取ると、湯船へとそっと引き寄せてきたのでされるがままに湯船へと浸かり、ふちの下の段に腰掛けると、以前よくやっていてくれたように、隣に座って、いるんじゃないと思うけど、隣に腰掛けているかのような位置に移動して、湯船が盛り上がった触手じゃないけど肩揉み用の湯が当てられてマッサージが始まった。
おお、やっぱりいいね、これ。久しぶりだから余計にそう思うのかな?
揉まれつつ今の話の続きを尋ねてみた。
- でもテンちゃんは、そんなの余程の事が無い限りしないでしょ?
「はい。アリシア様に存在を許されておりますのでヌル様がそれに逆らう事は無いと思いますが、絶対ではありません。それに誓約をしたのは私で、受けたのはヌル様です。ヌル様に制約はありませんから」
ややこしいなぁ。
ウィノアさんの話し方や雰囲気から、あまり詮索するのも良くない気がしてきた。大昔の事だろうしさ。揉み解しパワーも何だか弱くなった気もするし。
- ところでアリシアさんの事はアリシア様なのに、テンちゃんはヌル様なの?
『名前で呼ぶことを許されておりませんので』
- そっか、あ、そういえば僕にもだけど精霊語が聞き取れないところを除いた、えっと、例えばウィノアさんだったら『アクア様』って呼ばせてるよね?
『はい。一般的にはそのようになりますね』
- うん、なら、テンちゃんは『ヌールム様』じゃないの?
ちなみに『ム』の部分は小さく言うのがコツらしいよ。リンちゃんの名前、リーノムルクシアの『ム』と同じとか何とか。よくわからないけどそうらしい。リンちゃんの名前をフルで呼ぶことって無いからいいんだけども。
『畏れ多いので略称にしています。それが普通になり幾星霜。私や大地の者らはこの星の環境を安定させる事に従事してきました。それくらい古い話なのです』
- そうなんだ、あ、言い辛いこときいちゃってごめんね。
だって『幾星霜』って言うぐらいだからね、さぞ苦労や苦難があったんだろう。
『いいえ…、ああ…、やはりタケル様にはお解かりになるのですね…』
と、揉み解し運動が止まってウィノアさんが湯船から両手をあげ、俺をひしっと抱きしめたその時、さっと浴室の引き戸が開けられた。
「そこまでなのじゃ!」
「そこまでです!」
テンちゃんとリンちゃんの2人が現れた。
当然のように素っ裸だ。扉の幅があるから2人が並んでいてもばっちりだ。仁王立ちですっぽんぽんだ。
一瞬そっちを見て、首がやばいぐらい急いで逆に向けたよ。
いつものように、魔力感知では見えてるんだけどね。
そういえば脱衣所が感知できなかった。ウィノアさんが魔力遮断の結界を張っていたせいだよね。
それが扉が開けられたときに一瞬で解除されてしまった。と、思う。
そしてさっと俺から手だけ離すウィノアさん。
「全く、魔力遮断結界まで張りよって、何をしていたのじゃ!?」
「そうデスよ、お姉さまがすぐ解除できたから良かったものの、何してたデスか!?」
『タケル様に乞われてお話をしていただけでございます』
- うん、話をしてただけ。ほんとほんと。
テンちゃんはによによしてるけど、リンちゃんはちょっと雰囲気が怖い。黒リンだ。デスモードだ。
そして堂々と浴室にゆっくりと入ってきた。
後ろで扉が自動的にすーっと閉まっていく。何だか俺の逃げ道がゆっくりと閉ざされていくみたいな気分になった。
「前にも母艦アールベルクでこのような事がありました。毎度好き勝手できると思うなデスよ!」
「何と!?、前にもあったのか!?」
「はいお姉さま。それ以外にも川小屋で時折、私が干渉できないように結界を張り、入浴時にあれこれとお世話をしていたようなのデス!」
「お世話とな!?」
単なるお世話だよ?、性的な事は何もないよ?
と、言いたかったけど、体調を崩したり病気だったりした時の事がふと頭に浮かんで、もちろん詳しくは思い出せないよ?、でも夢だったはずだけど、そういうのもしかしたら寝てる俺にされてた?、という可能性が過ぎっちゃって反論ができずに居た。
『疚しい事は何ひとつありません、ヌル様』
「ふん、そうして言い訳臭く言うところは変わっておらぬようじゃ」
『言い訳などでは』
「お前よりタケルさまデス。どうなのデスか?」
もう、2人は浴室に入るどころか俺の正面、つまりは浴槽に入って胸元から上が出ている状態で立っていた。
こんな時にも魔力感知で、テンちゃんの胸が半分浮かぶように揺れているのを(魔力感知で)見てしまうのは、何という罪深い男の性というべきか業というべきなんだろうか…。ここに来るまで圧倒的で魅力的な揺れだったし。もちろん視覚的には見てないよ?
- ど、どうなのですかと言われましても、ウィノアさんは僕の健康のために尽力して下さっただけで、疚しい意味は無かったはずですよ。実際助かりましたし、僕も早く治りましたから。
夢ですごい快感だったこと、気持ちよかった事だけは印象に残ってるけどね。具体的にどうされたとか夢の内容とか全然覚えてない。いやほんとに。
あっ、ここで『想像はつくけどね』なんて思っちゃダメなんだって、俺!
「ふぅん、夢か。その手があったのじゃ…」
テンちゃんが小声で呟くように言う。
「お姉さま?」
「いや、何でも無いのじゃ。タケル様がそう仰るのなら構わんのじゃ。してウィノア=アクア#$%&よ、タケル様をそうも抱えて何をしておったのじゃ?」
『タケル様のお体を解すためでございます、ヌル様』
- そ、そうだよ、以前よくやってくれてたんだけどね、肩や腕を揉み解してくれてただけなんだ。これが結構いいんだよ、疲れは取れるしさ。
「ほう?、では吾にもして見せよ」
「お姉さま?」
「リンよ、其方も試すがいいのじゃ」
「わかりました、ではウィノア、タケルさまにしていたようにするのデス」
『はい、ヌル様、リン様』
と、目の前に立っている2人の背中と腕に湯船の一部が触手のように盛り上がって包み、張り付き、揉み解しを始めた。
「んっ、お?、これはなかなか良いのじゃ。肩凝りが解れていい気持ちなのじゃ」
「そうですが、あたしはそれほど凝っては…」
「それは仕方ないのじゃ、おお、首の付け根がいいのじゃ、そう、そこじゃ、あっ、」
「お姉さま?、それはどういう意味デスか?、ついているモノが違うと言いたいのでしたらはっきりそう仰ったらどうデスか!?」
首を横に向けてはいるが、俺は目の前でふたりとひとりに一体何を見せられているんだろう?
テンちゃんの大きな胸?、うん、そりゃ肩や首や腕だけがウィノアさんに包まれて揉まれてるし、テンちゃんも気持ちがいいのか、身を少しよじるものだから、そりゃたゆたゆゆさゆさふるんふるんと揺れに揺れるよ。全く隠そうとしていないからね!
俺は必死で、という程でもないけど視覚的に見たいのを抑えていた。
魔力感知的にはばっちりその様子が入ってくるんだけどね、(魔力の)目を反らすなんてできやしない。これも性というものなんだろうか…。
っと、そこを見ていたら以前触れた時の感触とか思い出してきてしまった、反応してしまいそうだ、急いで気を紛らわせなくちゃ、えっと素数素数、円周率円周率…。
「ふふっ、やはりこれは効果覿面じゃな」
ヤバい、テンちゃんにはバレてる。
「そんなに凝っていたんデスか、もぎましょうか?、そのふたつの錘」
「こ、これ、手を伸ばすでないのじゃ、その話ではないのじゃ」
「では何の効果が覿面だというのデスか?、ウィノアの揉み解しの事じゃないのデスか?」
頼むからそっちの話とリンちゃんには勘違いさせたままにして欲しい。俺的には、もうちょっと治まるまで。
「言いたくないが違うのじゃ、それより其方の揉み解しはどうなのじゃ?、よもやウィノアは手加減しておるのではあるまいな?」
『滅相もございませんヌル様、元々のお体の状態が異なるが故でございます』
「やっぱりその錘のせいデスね!、もぎましょうお姉さま、そして私に下さいデス」
テンちゃんに迫るリンちゃん。それにもちゃんとくっついたままのウィノアさんの湯。身をよじりながら逃げるテンちゃん。そこに半分湯船に浸かっているせいで揺れに揺れるテンちゃんの大きな胸。
「これ!、手を伸ばすでないのじゃ、こっちに来るななのじゃ!」
俺に迫ってこなくて良かったと思う反面、ほんと、マジで、俺は一体何を見せられてるんだろう…。
●○●○●○●
翌朝、今度はちょっと早めに起こしてもらい、カエデさんと一緒にこの防衛拠点の北側のほう、輜重隊と商人たちが居る区画へと、皆でぞろぞろと行った。
いやもうほんと、昨夜のアレは思い出したくないけど思い出したいような半々ぐらいの映像と状況だった。
何とか俺だけ先に浴室から逃げ、追いかけてきた素っ裸の2人を上手く…、とは言わないけど、くっつこうとするテンちゃんを諌め遠ざけながらも俺を椅子に座らせて髪をタオルで拭いたりしようとするリンちゃん、という構図から、リンちゃんが俺の髪が濡れていない事に気付いたんだ。
それに対して自分たち2人は濡れたままだったが、逆にそれで両手を広げて俺に拭いてくれと迫るテンちゃんと、俺を拭こうとしていたタオルでテンちゃんを阻止してタオルで包むリンちゃんという構図になって、その間にささっと服を着て脱衣所からも逃げる事ができたわけ。
そしてリビングに居たカエデさんとメルさん、それとミリィ。
テーブルの上に残された大きめの容器に入っていたらしいプリンだろうと推測されるいい香り。なるほどこっちのふたりとひとりはプリンで丸め込まれたのか。
そんでミリィは何してんの?、器の上に身を乗り出して水魔法で頭から水掛けて洗ってるみたいだけど…。
と、呆れながらも給水器で水を汲んでぐいっと飲み、続けてもう1杯を汲んでソファーに座ると、脱衣所からテンちゃんとリンちゃんがバスローブ姿で出てきた。
そんな急いで出てこなくても…。
カエデさんはテンちゃんの胸元に視線が釘付けで、『うわーすごい…』って呟いていた。はち切れそうだし谷間もすごいのは認めるけどね。
俺が反対を向いているのに気付いたのか、メルさんが気を遣ってくれたのか、
「明日はどうすればいいのでしょう?、今日とはやり方が違うのですよね?」
と、言ってくれた。助かる。
俺も忘れてたよ。それどころじゃない衝撃だったし。
- あ、そうですよね。リンちゃん、さっき言ってたテンちゃんが俺と空中から処理した魔物を地上で回収してくれるって方法にするってことでいいんだよね?
「あ、はい、そうですね、そういうやり方のほうが処理と回収の効率を考えると良いかと思います」
- だそうです、メルさん。
「そうですか。わかりました、今日もしていましたし、頑張ります」
「あ、そうだ、下処理のお手伝いならあたしと斥候兵の何人かでお手伝いできると思いますよ、全員は無理でしょうけど、何人かなら」
「それは助かりますね」
- あ、それお願いしてもいいですか?
と、カエデさんの申し出を受け入れることになったってわけ。今日の朝議で話すみたい。断られることは無いってカエデさんは言ってた。
- それで、テンちゃんもリンちゃんみたいに衝撃波で落とすの?
ちょっと気になったので、バスローブ姿のテンちゃんの、首から下を見ないようにしながら問いかけた。
と言っても隣に座って俺の腕に手を添えてるんだから、横を向いて少し見下ろすとどうしても視界にはいい感じに開いた胸元までが見えてしまう。のだが、極力考えないようにして、だ。頑張った。
「お姉さまはあたしとは違うやりかたですよ」
「うむ。そうなのじゃ」
リンちゃんが先に返答した。ので頑張って反対側のリンちゃんを見た。うん、可愛い。妙な誘惑もないので安心するね。テンちゃんのその部分の圧倒的な映像に未練は無いとは言わないけどさ。皆も居る場だし。そういうのはね。頑張らないとね。
- へー?、どうやるの?
「それは明日のお楽しみ、なのじゃ」
と、得意げに微笑んで言った。そっか。まぁいいけどね。
そんなことを言っていたのでちょっと楽しみだが、とりあえずはリンちゃんが回収してくれた鳥型の魔物を引き取ってもらえるかどうかだな。
それによっては、継続して引き取ってもらえるかどうかに関わるからね。
だって予想では何百どころじゃなく、何千、あるいは何万と鳥型の魔物を処理していかなくちゃいけないんだぜ?、そんなの全部俺たちだけで食べきれないよ。
いやまぁ食べなくてもいいんだけどさ。
というわけで、カエデさんに案内された天幕は、天幕と言っても簡易な木造の小屋で、天井は布張りのテントっぽい感じだけど壁は木製の、小屋と天幕の間ぐらいの所だった。
カエデさんに続いて中に入り、声をかけてきたひとにカエデさんが話すとその女性は頷いて奥へ行き、俺たちはカエデさんに言われるまま一番奥のカウンターの前に行く。
すぐに細身で目つきの鋭い30代ぐらいの男性が早足でやってきた。
そのひとが仕入れ担当の責任者らしく、カエデさんに紹介してもらった。
直後に彼女は急にわざとらしくびくっとしてから『わ、遅刻遅刻ー!』って言いながら朝議へと走って行った。いや、間に合うでしょ、そのために早めに出たんだからさ。
それにしても、そんなセリフを言いながら走って行くひとが実際に居たことに驚きだよ…。昨日はパンを咥えてったしさー、食パンじゃなくて丸いパンだったけど。あれにも驚いたよ。古い漫画にありがち…?、なのか?、本当にする人なんて居ないだろうと思っていたのに、居たんだな…。
「ははは、相変わらず朗らかで楽しい勇者様ですね」
と、仕入れ担当のナーデルさんは笑っていた。
俺は最初に会ったとき、彼女は負傷してたしそれを治療した時の大人しい印象しか無かったから、ここのところのカエデさんには違和感があったんだけど、『相変わらず』って事はカエデさんはあれが素の性格なのか…。
俺からすると昭和時代の古い感じがする、ってのは内緒ね。
とにかく、そのナーデルさんに小さいけど食べれるらしい鳥を引き取ってもらう話をし、実際にリンちゃんに出してもらって見せてみた。
最初は、カエデ様のご紹介ですから仕方なくお話は聞かせてもらいますけどね、とは声にはしなかったが表情にそういう感情が少しだけ入っていそうな雰囲気だった。
しかし取引用だろうか、その台の上に次々と載せられていく鳥の束を見ると次第に表情が軟化した。
「ふむ、え?、おお、狩り慣れておられるんですね、これなら喜んでお引取りできますよ!」
最後に頭部だけまとめてある袋も出し、『これで全部です』と数の内訳を伝えると、このようににこにこと笑顔で言った。
- それは良かった。
「いやぁ助かります。一昨日襲撃されたばかりですからね。一部の商人たちが警戒して物資の仕入れが予定より減ってしまってるんですよ」
- なるほど…
と何となく相槌を打つと、
「実は昨夜から鳥を持ち込んでくる者が結構いましてね、1人が数羽ずつだったもので、今回もそれかと…、いえ、失礼致しました」
カエデさんの紹介じゃなかったら断られてたかも知れなかったってわけか。
- そうだったんですね。
「彼らが持ってきたのは下処理もしていないようなもので、時間も経過しているらしく、味もかなり落ちてしまっていて、正直どうしたものかというような状態で、酷いのになると翼部分だけ持ち込んできた者まで居たんですよ。それで今朝になってから鳥の持ち込みというお話だったので、どうしたものかと思っていたのですが、タケル様が持ち込まれたのはつい先ほど処理されたように新鮮で、下処理もしてありますし、これなら文句はありません」
笑顔で頷いて返しておく。
下処理についてはメルさんに感謝だね。ちらっと見て目線で伝えると、伝わったのかにこっと微笑んだ。王女スマイルだね。私服に革の胸当てという姿だけど。
持ち込んできたひとたちは、もしかしたら俺が昨日、空中から処理したのを拾い集めてくれたって事なのかな。
いくら小鳥とは言え、肉片が散らばってるようだといろいろと良くないから気がかりではあったんだよね。全部じゃないにせよある程度は回収してくれてたならいいとしよう。
「ハルト様が昨夜何とか説得をして下さったおかげで、大きな商会はまだ残って物資を融通してくれるようですが、私たち輜重隊としても在庫を切り崩すのは今後の予定もありますので困っていたところだったんです」
昨夜カエデさんが『ハルトさんはお客さんと食事だってさ』ってちょっと言っていたのはそれだったんだな。
カエデさんは一緒じゃなくて良かったんですか?、って尋ねたら、『できれば一緒がいいんだが、って言われたんだけど、あたしはタケルさんちのご飯のほうがいいですから』って言ってたっけ。
それが理由でいいのか?、ハルトさんも苦労してそうだなぁ、って思ったっけ。
- でもこれだけじゃ足りませんよね?
「もちろんそうです。ですが充分足しにはなります。それでひと束で大銅貨1枚、少し大きめの鳥は銅貨1枚上乗せで、半端を切り上げまして銀貨3枚と大銅貨3枚でいかがでしょう?」
足りないってわかってて一応尋ねたら具体的な買取金額を提示されてしまった。計算が早い。さすが仕入れ担当。
- あ、いえ、お金はいいんですよ。
「は?、ご冗談を、ははは」
- これは寄付なんですよ。
「え?、あの、冗談ではなく?」
- はい。これまで多くをこうして寄付してきたので、いまさらお金を頂けないんですよ。引き取って頂けますか?
「え、は、はい、こちらこそありがたく!」
- それと、今後もこのように持ち込みますが、それもお願いしていいでしょうか?
「それは非常に助かりますが、本当によろしいのでしょうか?」
- はい。こちらも処分に困るので、引き取ってもらえるのは助かるんです。
「そ、そうですか。むしろこちらからもよろしくお願いします」
と、深々と頭を下げられた。
「タケルさま」
リンちゃんが小声でちょいちょいと袖を引いた。
- ん?
「タケルさまのお荷物に紐がたくさんありましたが、こちらの物とは品質が違うようですので、できれば紐をそちらの方から都合できませんか?」
ああそっか、俺の荷物にあった紐っていうと、ラスヤータ大陸のエクイテス商会でもらったものだろう。正確にはもらったわけじゃないんだけど気持ち的にはもらったようなもんだ。
それなら確かに多少は文化が違うところの物品だからね。品質も違うだろうし、獲物の足を束ねるだけのような用途に使う紐じゃ無さそうだ。衣類とか飾り紐っぽかったし。
- あ、うん、きいてみるね。
「紐と袋でございますね!、すぐにご用意致します!、少々お待ち下さい!」
彼に向き直った途端、堰を切ったような勢いで言ってカウンターの奥に居た別のひとたちへと指示を出し、彼も一緒に裏に繋がる扉だろうか、そちらへと走って行った。
彼が戻るまでの間、ちょっと話に出たのが鳥の頭部の事だった。
「以前の狩りでも思っていたのですが、鳥の頭部はどうするのでしょうか?」
- あ、そうですね、僕はそういう経験がないので知らないんですけど、メルさんは聞かなかったんですか?、その、下処理を教えてもらったひとに。
「はい、気さくな兵だったのですけど、下級の騎士だったというのもあって、少し遠慮がちでしたし、その時は彼が他の者たちにも教えていたので忙しく、訊く機会が無かったのです」
懐かしそうに遠い目をしながら言うメルさん。
でもあなたそんな言うほどの年じゃないよね?、まさか幼少時に狩りに出れたわけじゃない…、いや、達人級の腕なんだし、わからないか。王女様でも。
「先ほどの者は袋の中身を見てほくそ笑んでおったのじゃ」
「そうですね、むしろ体のほうよりも喜んでいるように見えましたよ?、何か利用方法があるのでしょうね」
ふたりともよく見てるね。俺はちょっと目を反らしてたよ。だって考えたくないじゃん?、袋の中身って、小鳥などの鳥の頭部ばかり200以上だよ?、いやちょっと想像してしまったじゃないか…。
という話があって、彼が戻ってきて袋や紐の束を渡されたときに少し尋ねてみた。
すると、よくぞ訊いて下さいました、と言わんばかりの笑顔とともに、嬉しそうに話してくれたんだけど、頭部は犬に与えたり、焼いて食べたりするらしい。
犬ってのは輜重隊が輸送時に連れていく犬なんだってさ、魔物や盗賊などを警戒するのに便利だとか何とか。野営などにもいいんだとさ。なるほど。
で、焼いて食べるって言っていた時のナーデルさんの表情が笑顔でちょっと引いたけど、彼の大好物らしい。酒が進むとか何とか嬉しそうに言ってたよ…。そういうのもあるんだなぁ、と思った。
でも200以上だよ?、まさかこれ全部1日かそこらで食べないよね…?
いくら何でもね…、ほかにも同好の士がいるんだろうか…?
何とかも好き好きって言うからなぁ…。
次話4-021は2020年08月14日(金)の予定です。
20200814:いくつか訂正。
カエデさんが ⇒ カエデさんは
治療したから ⇒ 治療した時の
大人しい態度の印象 ⇒ 大人しい印象
忙しかったので ⇒ 忙しく
20200813:誤字報告を頂きました。感謝。 30台 ⇒ 30代
ウィノアのセリフが通常鍵括弧だったのを訂正。 「」 ⇒ 『』
やっぱり微妙な気がしたので行を分割訂正。
(訂正前)雰囲気だったが、取引用だろうか、
(訂正後)雰囲気だった。(改行)しかし取引用だろうか、
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
ゆらゆらゆさゆさふるふるぶるんぶるん
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
大変ですね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
何だかんだ言っても姉を信頼しているが…
もぎますか、それとも下さいデス、ってw
渡せるもんなのか?
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。名前は登場するね。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
タケルとテンは現状ノーパンコンビ。
リンより背丈が少し小さいのに胸が元のサイズだから
すごくおっきく見える。とにかくでかい。
アピールがすごいねー。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回ひさびさの登場とセリフ。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
また翅が無い有翅族に。
今回も大人しい。セリフ無し。
でもプリンめっちゃ食べれて大満足だった。
タケルが見たのはプリンに頭から突っ込んで食べた後始末。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
身体強化に関しては現状で人間種トップの実力。
気を遣う王女。そして王女スマイル。
何でも王女つけりゃいいと思ってるんじゃないか?
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
現在はハムラーデル王国と東に国境を接するトルイザン連合王国、
その国境防衛拠点に居る。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
ちこくちこくー!
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
ティルラ王国所属。
カエデとのアレでちょくちょく名前が登場すると思う。
でもやっぱり今回も登場せず。
あれ?、ちょくちょくとは一体…。
ハムラーデルのトルイザン連合との国境防衛地に作った小屋:
長い。そのうち短い名前がつけられると思う。
平屋の5LDKという贅沢な天幕(笑)。裏庭もあるよ。
シンプルだけどすごい洗濯機がある。
あと、お風呂が広い。
まだ名前がつけられていない。
登場人物たちにとっては不便じゃないんだろうか?
作者的には不便なんですが。
まだですかね?
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属しているらしい(2章後半)。
まだ出てこないね。そろそろ話には出てきそうな感じだけど。
母艦アールベルク:
光の精霊さんが扱う何隻かある航空母艦のひとつ。
魔砂漠の上空8000mに浮かんでいる。
3章で登場。詳しくはそちらを。
鳥の頭部:
雀などを食用として育てたものもあるようで、
実際にメニューにあるお店も存在しているらしいです。
作者的には別にどうという事はありません。
単純に、登場人物の好みの問題です。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。