4ー013 ~ 出立前夜・出立
風呂の順番を待つ間、夕食時に来なかったミリィとピヨの居る裏庭の様子を見に行った。
リンちゃんの部屋のところから裏に出て、ウィノアさんの泉のほうに行くと2人が居た。何か小さい土球と水球のキャッチボールをしていた。
こっちを向いていたミリィが俺に気付いて、ふよふよと飛んできた。
「タケルさーん、見てー、羽、はえたかなー!」
眼状紋のある羽がミリィに生えてた。ちょっと不気味だけど言えないよねやっぱり。
色褪せた白い壁というか、白っぽい土壁みたいな羽に、黄色と臙脂色で目みたいになってる。よく見ると茶色の筋が入っていて、うん、何というか…、今までミリィには羽がないのを見慣れていたせいか、違和感がすごい。
- おー、よく似合ってるね。
髪も薄茶色だし、色系統が同じで似合っているのは確かだからこう言っておこう。
「えへへ、そうかな?、そう思うかな?」
俺の前まできてくるっと横に回転した。うん、やっぱり眼状紋だ。猛禽類の目にしか見えない。
こういう模様の蝶々が元の世界にも居たような気がする。図鑑か何かで見たような、そんな感じ。
- うん。ところで夕食はここで食べてたの?
「はい、リン様にお願いしてこちらで頂きました。美味しかったです」
ミリィの後ろからぱたぱた飛んできていたピヨが返事をした。
「怪しくて臭いひとがいたからこっちに逃げてたかな」
え?、そんなのはここに入れないはずなんだけど。
- 怪しくて臭いひと?
「はい、皆様が身体を清められる場所へと入って行ったのです」
じゃあ許可が出てる人だろうね、誰のことだろう。
俺と一緒じゃ無かったって事だろうから、シオリさんかカエデさんかな。
- 髪の長さはどうだった?、長かった?
「肩ぐらいだったかな…」
カエデさんか。臭いとか怪しいとか言われてるよ。一体どんなだったんだろうね。
- じゃあそれはカエデさんだね。抱き方が上手なひと、覚えてない?
「そう言われてみますと、手馴れていたように思います」
- もう臭くないから、嫌わないであげて。
「わかりました」
「怪しくないかな?」
- 大丈夫。ついてきて、紹介するよ。
「はい」
「はーい」
ということで、ピヨとミリィを連れて中に戻り、リビングに居たカエデさんに紹介した。ピヨの事は前に紹介してたのでミリィだけね。お互いに名乗ったけど通訳は俺。
あっさりと終わり、カエデさんは俺が片手で抱いているピヨに腰を少し屈めて近寄った。
「ピヨちゃん、さっきはごめんねー」
といいながら俺に両手を差し出したので、ピヨには『いいかな?』と確認してからカエデさんに渡した。
やっぱり手馴れた様子で抱いて撫でていた。ピヨも抱き方が上手なら不満は無さそうで、抱かれて撫でられ、話しかけられるままになっていた。
カエデさんも言葉が通じないのわかってるはずなのに、話しかけるんだな。小型犬を飼っていたらしいけど、その時もそうやって話しかけてたのかな。
ちなみに、サクラさんとネリさんはサクラさんの部屋に、シオリさんは自分の部屋に居るようだ。何でも書類を仕上げないといけないらしい。だからサクラさんとネリさんはお風呂は最後でいいそうだ。
テンちゃんとリンちゃん、それとメルさんは入浴中ね。
俺の順番が遅くなるからってリンちゃんが3人で入るように言ったせいだ。
と言うか、俺に先に入って欲しかったようだけど、テンちゃんが一緒に脱衣所についてきて、リンちゃんが急いでテンちゃんを止めたんだけど、じゃあ俺はあとでいいよ、って逃げてきたってのが真相だったりする。それで俺と入れ替わりに、リンちゃんがメルさんを呼んだってわけ。
「ねぇ、あたしへの反応が薄い気がするかな…?」
羽を動かさずに浮いてるミリィは、俺を見て不満そうに言った。
紹介したのに、全然何もコメントされなかったもんね。
- あんな風に抱いて撫でられるのとどっちがいい?
「あれはちょっと…、困るかな」
- でしょ?、今お風呂に入ってるテンちゃんが出たら紹介するから、ここで待ってようか。
俺が給水器から水を汲んで、そう言うと、ミリィも欲しがったので汲んでやる。
「うん、わかったかな。テンちゃん?、どんなひとかな?」
テーブルにコップを2つ置いてソファーに座ると、そのコップの片方の所に着地した。
- テンちゃんは精霊さんだから言葉が通じると思うよ。
「精霊様!?、失礼のないようにしなきゃかな!」
焦ったように言って、自分の服とかを見回してチェックするようなそぶりをした。
そんな事しても変わらないと思う。
少しして、カエデさんがピヨを抱いたまま向かいに座った。と同時にピヨも抱かれ飽きたのかカエデさんから離れてぱたぱた飛んでテーブルに着地。
「タケルさん、行方不明だった間って結局どこに居たんですか?」
「タケル様、お水を頂いてもよろしゅうございますか?」
- え?、カエデさんちょっと待って。ピヨはお水?
「はい」
「はい」
2人(?)同時に話しかけられると困る。
新たに汲んでやろうと立ち上がると、
「あ、こちらでよろしければ」
と、片方の羽で示すので、
- それ、僕の飲みかけなんだけど、それでいいの?
「そうでございましたか。ですが私めにはそちらで汲んだお水は少々冷たすぎるので、少し置いたものの方が飲みやすいのでございます」
- そう?、温かいのがいいなら温度調整しようか?、コップのままだと飲みにくいだろうし。
「タケル様のお手を煩わせるなど勿体無うございます。コップのままでも飲めますので」
- じゃ、それ飲んでいいよ?
「ありがとうございます」
と言うと、両手(?)でコップを持って傾け、少し飲んだ。
ちょっと映像に理解が追いつかないんだけど、もうこいつは何でもアリだと諦めよう。
俺は見なかった事にして、新たにコップに水を汲んだ。
「あ、タケルさん、あたしにも下さい」
- はいはい。
立ってる者は親でも使え、なんて言う言葉もあるもんな、しょうがない。
しかしミリィがやけに大人しいな。
何か小さく動きながら小声でぶつぶつ言ってるみたいだけどさ、ミリィの場合、小声だと魔力が乗ってないので何を言ってるのかわからないんだよね。
ま、いいんだけども。
ソファーに座る前にコップをカエデさんに手渡した。
- はい、どうぞ。
「ありがとう」
座ってひとくち飲み、
- それで、何だっけ?、カエデさん。
と尋ねた。
「あ、はい、タケルさん行方不明だったじゃないですか、結局どこに居たんです?」
- ラスヤータ大陸ってところなんですけど、めちゃくちゃ遠いらしいです。
「聞いたことない場所ですね、そんな遠くからどうやって戻って来たんですか?」
- そこはほら、光の精霊さんたちに協力してもらって、遠距離転移で。
「あー…」
- ちょっと自力じゃ戻れる自信が無いですね。
「サバイバルですねー、あたしも今なら結構やれると思いますけどそんな遠くでひとりだとムリかもです」
- 手持ちに食料が少しありましたし、それにずっとひとりって訳じゃなかったんで。
「あっちにも精霊様が居られたんですか?」
- あっちにも人種はたくさん住んでて、町もありましたよ。精霊さんはあとから合流したんです。
「へー、じゃああっちの人たちとも仲良くなれたんですか」
- まぁ何人かは。それにこのミリィみたいな有翅族もあっちで集落があるんですよ。
「あ、そっか」
「呼んだかな?」
「何て?」
- 呼んだ?、って。僕が向こうに居たときの話をしてたんだよ、ミリィ。
「ふーん、あたしはね、タケルさんに助けてもらったかな、タケルさんについてったら村にいると知らない場所に行けるし、精霊様やピヨちゃんさまとも仲良くなれるし、楽しいかな!」
「え?、何て言ってるんです?」
カエデさんにミリィの言った内容を伝える。
「タケルさんってやっぱり勇者って感じですよねー」
- カエデさんだってそうじゃないですか。
「でもタケルさんって魔法とかすごいですし、あたしはハルトさんに助けられた事はあっても、そんな、人助けとかしてませんし、大冒険してませんよ?」
そんな事は無いと思うけどね、30年も勇者やってたんだからさ、たぶん助けられた兵士さんや他のひとたちが居るんじゃないかな。
- 僕は近接戦闘に自信がないんですけどね。
「やっぱり言葉が通じないのは不便かな」
「何て?」
これも伝えた。
「あっちのひとってミリィさん?、ミリィちゃんみたいな小さいひとだけなんですか?」
「おおきいひとも居たかな、捕まると閉じ込められて見世物にされるかな」
これも伝えてから、
- 耳や尻尾がある人種が多いらしいです、僕たちのような普通のひとのほうが少ないみたいで、でも言葉は通じましたよ、そういう点では不便は無かったです。
「へー、耳とか尻尾…?、幻想的ですねー、見てみたいです」
目の前に羽のある幻想的なのが居るじゃないか。
と、そこに脱衣所の戸が開いてリンちゃんたちが出てきた。何故かリンちゃん以外の2人はバスローブ姿だった。たぶんリンちゃん用の小さいやつ。テンちゃんの胸んとこがすごいことになってる。
「タケルさま、お待たせしました」
- あ、リンちゃん、ピヨとミリィをテンちゃんに紹介しようと思ってたんだけど、頼んでもいい?
「はい、はぁ、わかりました」
「え!?、タケルさん、行っちゃうのかな…?」
- うん、お風呂にね。
「あたしも一緒に行くかな!」
「ダメです」
「ダメなのじゃ」
「え…?」
「この私ですらダメだとこの妹めにきつく言われたのじゃ。其方は見たところ女性なのじゃろ?、だからダメなのじゃ」
「ずっと一緒に入ってたかな…、一緒じゃないとあわあわにしてもらえないし、やわらかい手の上で流してもらえないかな…」
『ダメです。タケル様に甘えすぎだと何度言えば理解するのですか?』
首飾りからウィノアさんが声を出した。リンちゃんは肩を落としてため息をついた。テンちゃんは片眉を上げて薄笑いで様子を見ている。ピヨはさっとその場に平伏した…んだよな?、その姿勢ってやっぱり。
「え!?、今の声って…」
カエデさんが驚いたように俺を見た。違うからね?、俺が出したんじゃないからね?
ミリィは聞き覚えがある声というか魔力音声だからか、青ざめてテーブルの上にへたりと座り込んだ。
「ふん、いつ出てくるかと思うておったのじゃが、漸く喋ったかと思うたら他の者への苦言ではないか。其方こそタケル…様にくっついて甘えておるのではなかろうかの?、え?、ウィノア=アクア#$%&よ」
「お姉様、ここでそれは、」
「それは?、何だと言うのじゃ?、タケル様が許しておるならそれが道理となるのじゃろう?、ならそれを咎め立てs」
- テンちゃん、それ以上は。
テンちゃんの魔力が膨れ上がってきたので急いで止めた。
「む?、すまぬのじゃ。タケル様よ、少しこちらで話すのじゃ。リン、悪いがあとを頼むのじゃ」
「はぁ、仕方ありませんね…」
何だか有無を言わさない雰囲気の2人だった。
テンちゃんの後ろにいたメルさんはお風呂あがりなのに血の気が引いたような顔をしていて、テンちゃんが脱衣所に入るのに邪魔にならないところまで下がって壁に背中をぴったりつけていた。
俺がテンちゃんのあとに続いて脱衣所に入るとき、リンちゃんに小さく『ありがとう』と言って頭を軽く撫で、メルさんには『大丈夫ですか?』と言って、ついリンちゃんにしたように頭を撫でてしまったけど、良かったんだろうか…。
●○●○●○●
脱衣所に入り、扉を閉めたけど、テンちゃんは浴室に居るようだった。
そしてバスローブが台の上に脱ぎ捨ててあった。素早い。いつの間に。
しょうがないので浴室の扉を少しだけ開けて、中を見ないようにしながら呼びかけた。
- テンちゃん?、何で中に?
「其方も早く来るのじゃ」
えー…?
- ここじゃダメなんですか?
「ダメなのじゃ。私が居ると分体のそいつは出て来ないのじゃ。だから其方からここで呼びかけなくてはならないのじゃ」
そうなのか?
- そうなんですか?、ウィノアさん。
『申し訳ありません。浴室でお願いします』
そうですか…。
と、渋々靴と靴下を脱いでから棚のところに置き、扉を開けてできるだけテンちゃんのほうを見ないようにしながら入った。
「何じゃ、入浴するのに服を着たままなのか?」
扉正面で腰に手を当てて仁王立ちをしているテンちゃん。ちょっとは隠してくれないかな、あまりにも堂々としすぎじゃないですかね、それは。
首を横に向けて直視しないようにして返事をした。
- え?、だって呼び出すだけですよね?
「なら、分体に訊けばいいのじゃ」
『ヌル様の仰せに従って下さい…』
うひー、何なんだよそれ。ウィノアさんよりテンちゃんのほうが上ってこと?
しょうがないなぁ、もう…。
というわけで脱衣所に戻り、急いで脱いでいつものように腰にタオルを巻いて浴室に入った。テンちゃんは変わらず堂々と立っていて、見ないようにしながらしゃがんでかけ湯をし始めると、
「タケル様よ、其方がそうこそこそしておると、恥ずかしいのを我慢して堂々としている私が妙な気分になるのじゃ」
ああ、そうだったそうだった。ミリィたち有翅族の時、俺がそっちの側だったよ。
「それに、其方ならば魔力感知で見えておるのじゃろう?、なら隠す必要は無いのじゃ。何ならその目でしっかり見ても良いのじゃぞ?」
と、すぐ横まで歩いてきた。
- いやそれは一応礼儀というもので…。
「本当なら私が其方の背を洗い流してやりたいのじゃが、今は急ぐのじゃ。清めなら其方から水の者に頼めばやってくれるのじゃ。のうウィノア=アクア#$%&よ」
え、アレを頼めと…?
「返事が無いが聞こえておるはずなのじゃ。何なら私が其方を清めるのじゃ」
と、さらに接近してきたので急いでウィノアさんに呼びかけた。
- あ、えっと、ウィノアさん、お願いします。
『お願いされましたー』
という声がしたかと思ったら湯船からどばーっと包まれた。と、いうのが一瞬で、次の瞬間には桶を片手に湯船に居て、端の段のところに座ってた。何なんだよ、一体…。
「では私も入るのじゃ」
と言って入ってきて、すすすと近寄ってきた。俺の横に座るのかと思ったら、そのまま俺のひざの上に座ったんだけど…。
- あのさ、テンちゃん?
「不安定なのじゃ、支えるのじゃ」
と言って俺の手をとり、テンちゃんのお腹のところを支えるように自分で押さえた。
俺が何か言う前に、
「水の者を喚び出すのじゃ」
- あっはい、ウィノアさん、
『はい』
いつもと違い、湯船全体がふわっと光って俺たちの正面にウィノアさんの上半身がにゅるっと生えた。
『タケル様のお喚びに応じて参上致しました。お久しゅうございます、テーネブリシア=ヌールム#&%$様』
上半身だけのウィノアさんが丁寧にお辞儀をした。
「うむ。其方はなかなか出て来ぬのでこうしてタケル様のお手をお借りしたのじゃ。#&%@%#&$……」
途中からテンちゃんの言葉が早口になって理解できなくなった。これはリンちゃんが光電話(?)でよく言ってた精霊語だね。
『&#@%$&…』
ウィノアさんの返答も精霊語だ。さっぱりわからん。
そういうやりとりが何度かあって、俺はテンちゃんの椅子になったつもりで無心でぼーっとしていた。
もぞもぞとひざの上でテンちゃんが動いて、はっと気付くとウィノアさんの上半身は居なくなっていた。
「ふふ、リンも1度は其方とこうしたそうなのじゃ」
見るとテンちゃんはこっち向いて俺のひざの上に座っていた。
- わ、テンちゃん!?
もろにその大きな胸を見てしまった。すげー、いや、そうじゃなくて。
「何じゃ、やっぱり気になるのじゃな?、ふふ、遠慮などせずとも良いのじゃ。こうして欲しいのか?」
と、ふにゅっと押し付けた。
考えないようにしてたのに!、これはマズい。何がマズいかってそりゃもういろいろマズいんだよ!
- …、テンちゃん、のぼせそうだから上がるよ…。
テンちゃんの胸以外が子供サイズで助かった。もし最初…じゃないけどあの普通の女性のスタイルでやられてたら抵抗できたかどうか…、なんて考えてる場合じゃ無い。
テンちゃんの肩の両側に手をあてて、そっと持ち上げてひざからおろして立たせた。
俺は都合よく、かどうかわからないけど横に浮いてた木桶で股間を隠して湯船から上がり、そのまま浴室を出た。
後ろで『もうちょっとなのじゃ、ふふ』とか言ってた気がしたけど無視だ無視。
脱衣所でよく冷えた豆乳をぐいっと飲み、急いで身体を拭いていたらテンちゃんも出てきた。
見ないようにしてるってのに、わざわざ寄って来るんだもんなぁ、もうめっちゃ揺れてるのが魔力感知でも視界の端でもわかるのが困る。にやにや笑みを浮かべてるし。
「タケル様、そう逃げずとも良いのじゃ、この火照った身体を拭いて欲しいだけなのじゃ」
- ダメです、自分で拭いて下さい。
と、バスタオルを棚から取り、さっと広げてテンちゃんにかぶせた。
「わっ、其方は乙女の扱いがなっておらんのじゃ…」
あんだけぐいぐい来る乙女が居てたまるか。と言いたいが無視して中央の台を挟んで反対側でポーチから取り出した普段着を着た。俺だってまだ完全には収まってないんだよ。何がってまぁアレだよアレ。しょうがないだろ!、俺だって健康な男子…、青年か、なんだからさ。
あ、でも以前ちらっと言ったかも知れないけど、こっちの世界に来て勇者になってから、性欲って元の世界に居た時ほどには無いんだよね。理由はわかんないけど、これだけ周囲に美少女や美女ばっか居るような現在では助かる。
だって下手に手なんて出せないじゃん、せっかく築いた関係が壊れそうだし、一度一線を越えてしまうといろいろと歯止めが利かなくなりそうだしさ。やっぱまずいよ、そういうのはさ。まぁ何にせよ、性欲が少ないのは助かるって話ね。
とか何とか考えてたら油断した。
「怒ったのか…?、タケル様…」
と、後ろから抱きついてきた。
せめて最低でもバスタオルを巻くぐらいはして欲しかったよ。
- 怒ってません、でも服を着てください。
「もう少し…、このままがいいのじゃ…」
それと、あまりぐいぐい迫られると困ります、と続けて言いたかったんだけど、なんかぐすっと言う音が聞こえたので言えなくなった。
- テンちゃん…?、泣いてるの?
首を横に振った。俺の腰の斜め後ろに顔をぐりぐりと。
「私の肌に直接触れられるのは其方ぐらいなのじゃ。それが嬉しゅうてつい…」
そういう事だったのか…、いや、それでもちょっとやりすぎだったとは思うけどね。
うーん、訊いていいのかな、どうすっか…。訊いてみるか。
- アリシアさんやリンちゃんは?
「リンは大丈夫だったのじゃ…、…ママは、前に触れてくれたのはいつだったか覚えておらんのじゃ…」
- そうなんだ…。
それでしばらくテンちゃんが落ち着くまで、そのまま立っていた。
落ち着いた頃にリンちゃんが脱衣所に来て、全裸で俺に抱きついてるテンちゃんを見て『お・姉・さ・ま…?』と怖い声を出してひっぺがし、強引にバスローブを着せて引っ張って行った。
「こ、これ、ひっぱると胸が、胸が」
と喚きながら引っ張られて行ったけど…。
何だかもういろいろ疲れた。
●○●○●○●
翌日。
朝食を皆で慌しく済ませ、カエデさんの案内で、メルさん、リンちゃん、テンちゃんの計5人で飛んで行った。
それで簡単に話が済むはずだったのだが…。
「途中いくつか村や町があって、町のところで分岐するのでそのあたりで一度降ろしてもらえれば方向もわかりますので」
と、案内役のカエデさんが出発前に言うので、
- じゃあとりあえずは街道を見ながら飛べばいいんですね?
いつもの飛行結界で全員を包みながらカエデさんを見てそう言うと、
「はい、お願いします…」
覚悟を決めたような表情でメルさんの反対側に立ち、俺の腕をしっかり抱きしめた。
カエデさんの鎧は、新調したのか前と違い、革鎧ベースで金属板があちこち使われてるものなので、そうやって抱きしめられると金属部品で痛いんだけどなぁ…。
だいたいさ、何で抱きしめるわけ?、メルさんもだけど、腕を握るとかでいいじゃん?、どうしてこうなったんだか…。
そんな事を思いつつ飛び立とうとしたら、右手側のそのカエデさんが大声を出した。
「待って下さい!」
もうね、耳がキーンってなったよ。めっちゃびっくりした。
背が俺より10cmほど低いだけのカエデさんが、俺の腕を抱き寄せた姿勢から大声を出したら耳のそばだってことだ。
そりゃさ、もしかしたら飛び始めたら悲鳴があがるかも知れないなーとは思ってたよ。でもまだすこーし浮いただけだから、まさかそこで大声を出されるなんて予想してなかった。
- どうしたんですか急に…。
「あの…、緊張してきたら…(トイレに行きたくなってきちゃって…)」
- はい?
そっち側、耳がまだキーンってなってて聞こえにくいんだよ。ってか俯いてごにょごにょ言われたらわからん。
そしたら反対側からメルさんが、腕を引っ張って耳打ちしてくれた。
「緊張すると、催すのですよ。私も安全のために済ませてきますので下ろしてください」
あ、そゆことか、と納得して頷き、数cm浮いてたのを着地して飛行結界を解除し、『どうぞ』と言って川小屋の中に駆け足で入る2人を見送った。
- 2人はいいの?
と、一応確認のためにテンちゃんとリンちゃんに尋ねると、
「何がじゃ?」
「トイレですよ、お姉さま」
「ふ、精霊はトイレに行かないのじゃ」
おいおいw、昔のアイドル歌手じゃないんだからさ、という生温かい目で見る。
リンちゃんなんて目を閉じて小さく溜め息をついてた。
「なんじゃその目は!?、言いたい事があるならはっきり言うのじゃ!」
「じゃあ言いますけど、お姉さまのそういうのはもう古いんですよ。一体いつの話ですか?、何百年前ですか?、何千年前ですか?」
「む、っく…、…タケルぅ…」
「タケルさま、ですよお姉さま」
- リンちゃん、呼び捨てでもいいよ?
「いいえ、アリシア様ですら『タケル様』とお呼びしているのです、それを私たちが呼び捨てにするなどあり得ません。ですからお姉さま、そこはきちんとして下さい」
「…わかったのじゃ…」
- で、結局飛ぶ前に行かなくてもいいって事?
と話を戻すと、2人がじっと俺を見た。
- あー、いやほら、今回ちょっと飛行時間がそこそこ長そうだからさ、目的地を僕が把握してないからいつもの速度は出せないんだよ。
「そうでしたか。あたしは大丈夫です」
「私も、大丈夫なのじゃ」
- ですか。じゃ、ちょっと行ってきますね。
「え?」
- だって彼女たちと一緒に行って待ってるのもね…。
「ああ、そうですね」
と言うリンちゃんに軽く頷いて、ゆっくり歩いて行った。
何ていうかほら、言われたら行きたくなるみたいなのあるじゃん?、それでさっき、あ、俺も行こうかなって思ったんだけど、メルさんたちと一緒に行くのもアレだからね、だからつい見送ってしまったわけで。
とまぁそんなこんなで出鼻を挫かれるような形にはなったが、出発した。
ちなみにサクラさんとネリさんは昨夜報告書を作成していたようで、それを提出しにすぐそこのティルラ拠点にいるビルド団長のところへと、朝食後すぐに行った。
ネリさんは残りたがったんだけど、サクラさんが『すぐそこなんだからお前も来い』って引っ張られてった。
あと、シオリさんは昨夜も遅くまでごそごそ仕事をしていたようで、ときどき水を汲みにリビングに来てた。今朝も眠そうに食事をしてから、『こちらで書類仕事をしていてもいいでしょうか?』ってリンちゃんに尋ねてた。まぁそこでリンちゃんが『タケルさま』って言うから仕方なく頷いて許可になったみたいだけど。
いいのにね、そんなの。自由にしてくれてもさ。
今回は下の様子、適度に蛇行したり水場を横切ったりする街道を見下ろしながらの飛行になる。だから雲の上は飛べないし、速度も控えめだ。
バルカル合同開拓地のあたりは天気もよく、晴れ渡っていたので気にならなかったんだが、ハムラーデル国境防衛村――国境の関所ができていてそこが仮にそう呼ばれてるらしい――を超えて丘陵地に入ると雲がちらほらでてきたのでその下を飛行しなければならないというわけなんだ。
平地だと、だいたい低い雲と言っても一般的に温帯気候で天候が晴れなら積雲ぐらいのもので、それはだいたい1kmちょいのところに雲底(雲の底部分のこと)が位置することが多い。と、元の世界で読んだ本にあった。
もう記憶にだいぶ抜けがあるんだけど、雲ってのは簡単に言うと空気中の水蒸気が飽和し、結露または氷になるような状態で浮いてるもんなんだから、条件次第では高度が下がる事もある。
ハムラーデル王国のこのあたりは丘陵地と言うか標高500m前後の山がところどころにあるような地域で、湿地や池沼、細い川がちらほらあり、緑に覆われているのが特徴だ。
当然、街道はその間を縫うように通っているからアップダウンもあるし、そう言った地域だからちらほら村落もあって、それらを結ぶことになる。
だから俺たちというか俺は、上空から雲の下を、その街道を追いながら飛んでたんだが、そのところどころある山々が厄介なんだ。
どういう事かというと、比較的温暖で湿潤なこの地方は、それらの山がぽこぽこ、それもいい感じに距離を置いてあるせいで、そこらへんだけ雨が多い。
よく、天気予報で『山沿いではにわか雨』なんて言われてたのを聞いたことがあるだろう。まさにそれで、そこらへんだけ山に雲がかかっている、つまり雲がやたら低いんだ。
ここまで話すともうお分かりだろう。
そう、結構な低空飛行になる箇所があるってこと。
もちろん雨や、山肌にかかる雲なんてのは視界が――魔力感知があるので山肌に激突したりはしないが――遮られるから雲の上へと迂回するわけだが、そういうのも含めて、カエデさんとメルさんにとっては耐えられない恐怖になった、らしい。
リンちゃんは後ろから俺の腰にしがみついていて、曲がったり上昇下降をするたびにぎゅーぎゅー締め付けてたし、それは左右で俺の腕の血行がやばいぐらい抱きしめているカエデさんとメルさんも同じだった。腕の魔力強化にはいい訓練になったと思う。
せめて鎧は外して欲しかったが、それを言うとたぶん何か勘違いされそうだから言わなかったけど…。
ああ、それを考えるとシオリさんはまだ良かった。あのひと身体強化も、当時はまだそれほど強く無かったし。今は普通に馬より早く走れるようになったらしいけどね。
あ、でも、力いっぱい、それこそ当人が気を失うぐらいに硬直して抱きしめるというかもうただの締め付けだよね、そんなだと胸の感触も何もあったもんじゃなかったっけ。
それでも鎧、それも金属が当てられているようなのよりは全然ましだった、と思う。
ところでテンちゃんだが、最初は俺の前で四つんばいで下や前を見ていたが、そのうち怖くなってきたのか、這ったまま方向転換して俺の脚に前からしがみついてきた。
「そ、其方、これは速過ぎるのじゃ…、怖いのじゃ…」
と、青い顔で目じりに涙を溜めて俺の脚に縋ってきた。
- これでも島から川小屋へ飛んだときよりだいぶ遅いんですよ?
安心させるつもりでそう言うと、何とも情けない表情でゆっくり口を半開きにした。涙があふれて一筋零れた。
そんな、しずかに泣くような事なのか?、と思ってどうしたもんかと一瞬考えてたらそのまま、肩幅に開いてる俺のひざを抱えて片方の太ももに顔をこすり付けてた。
ズボンで涙を拭かれ、しょうがないなぁ、って思いつつちょっとひざのあたりに幸せなクッションが押し付けられた。
しかしこっちはそんな部分の感覚に浸ってられない。
ただまっすぐ飛んでるんじゃ無いからね。それだけ魔力操作もし続けてる。
以前より魔力操作もしっかりやれるようになったので余裕はあるけど、昨夜の事があるだけにテンちゃんの胸が当たるのは集中が乱れるんだよ。気持ち的にね。
ところで今までも時々メルさんは目を開けていたようで、これはあとで聞いたんだけどね、慣らすためとか言ってたよ。
で、今回たまたま雲の下、それも山間の谷のところを通った時、どうせみんなは目を閉じてるんだからいいや、って通ったタイミングでメルさんは目を開けたらしい。
そりゃ俺としてはかなり減速したつもりでも時速何百kmって速度なもんだからそりゃ恐ろしかったと思う。今思えば。
そんでまたそれが岩の壁、まぁ切り立った崖になってるところなんだけど、そこだと木々に邪魔されないので俺からすると飛びやすいわけで、飛行中はそんなの、俺だって目で見て飛んでるわけじゃないので、いや、その時はね、ときどき索敵魔法を使いながら魔力感知で飛んでるんだから距離だってほぼ正確なんだしさ。
そんでまぁ、メルさんが目を開けたタイミングが悪かったのはしょうがない。で、そこで身体強化MAX状態になって、気を失ったわけ。メルさんが。
だいぶ慣れたとはいえ、メルさんの強化MAXはちょっと俺でもやばい。肘関節がごりっとイヤな音を立てて激痛が走った。そんときはもう崖のところは越えてたんで、何とか安定飛行へ持っていったわけ。多少ふらついたかも知れないけどね。
とにかくめちゃくちゃ痛い、痛すぎるのに耐えながらもう目の前だったある程度の大きさの壁に囲まれた町の近くまでなんとか飛び続けて着陸して、痛みを堪えて回復魔法をかけ、メルさんに離れてもらおうとしたんだけど、何と、身体強化MAX状態で気絶してたのがわかったんだ。
それでリンちゃんとテンちゃんに何とかしてもらおうと、まず右手側のカエデさんを引っぺがしてもらったんだけど、こちらも気絶してた。こっちはいつの間にか。どこで気絶したのかわからない。
リンちゃんが光属性魔法の弱い衝撃波で起こそうとしたんだけど、それでも2人とも起きなくて、ちょっと困った。とくにメルさんが困る。腕から剥がせないんだもん。
まるで石像がくっついているようなもんで、がっちり腕にしがみついてるもんだからどうしようもない。
とにかくがっちがちに固まってるメルさんを持ち上げ、リンちゃんには硬直状態じゃなくなってふにゃふにゃになったカエデさんを、街道からちょっと逸れた木の陰のところに運び、5人で入って手狭かな、って大きさが物置ぐらいの小屋を作り、中に入った。
とりあえずリンちゃんに頼んで、光の精霊さんの結界技術でもって――鞄から魔道具を出して起動してた――、その小屋を外から見えないようにしてもらったんだ。
さて、どうしようかね?
まさかこんな初っ端から予定が崩れるとは思わなかったよ…。
次話4-014は2020年06月26日(金)の予定です。
20200619:テンのセリフを一部訂正。
(訂正前)ママは(略)リンは…まだ(略)
(訂正後)リンは大丈夫だったのじゃ…、ママは(略)
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴多いんじゃないかな。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
苦悩と忍耐。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
ひさびさにフルネーム?、が登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。今回は名前も出なかった。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
タケルとテンは現状ノーパンコンビ。
リンより背丈が少し小さいのに胸が元のサイズだから
すごくおっきく見える。大きいんだけども。
ぐいぐい来るのも理由が。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
こうなるとどれが分体なのかわかりにくいね。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
ティルラ王国所属。
シオリに勇者としての指導・教育を受けたため、
シオリの事を『姉さん』と呼び、頭があがらない。
これでしばらく出番が無さそう。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
メルの次にタケルたちから魔力の扱いについて指導を
受けたため、勇者の中では比較的魔力の扱いが上手い。
ティルラ王国所属。
魔法に関してタケルを除いて一番上達している。
かなり気分転換になったようだ。
これでしばらく出番が無さそう(2)。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
ネリと仲がいい。
魔法に関してはネリと同程度使えるようになっている。
身体強化に関しては現状で人間種トップの実力。
大丈夫か?、強化MAXって。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
サクラに勇者としての指導をした姉的存在。
ロスタニア所属。
これでしばらく出番が無さそう(3)。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
なんだかんだで勇者歴30年、ネリはまだ9年なので、
ネリよりだいぶ先輩のはずなのに、
何故か同レベル的な言い争いをよくする。
どうやらタケルを呼びに来たようだ。
荷物が多いのは愛読書を何冊か背嚢に入れているため。
出発前に用を足しておいて良かったですね。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
ピヨはミリィが気軽に接することのできる精霊様という感じ。
眼状紋について気になる人は調べてみてください。
目のような模様が怖いひとは調べなくていいです。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
川小屋に住む癒しのヒヨコ。メルたちに癒しを与える。
裏でミリィと待機。
キャッチボールについてはまた後ほど。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
ロスタニアから流れてくるカルバス川本流と、
ハムラーデル側から流れてくる支流が合流するところにある。
ミリィとピヨがお留守番をしている。
ホームコア技術で護られているため、許可がある人物以外は
入り口の布を避けて中に入ることができない。
ここの浴室は広い。下手な銭湯ぐらいあるんじゃないかな。
壁には富士山みたいな山の絵もあるみたいだし。
都合のいい桶w