4ー011 ~ 巨樹・橋その後・カエデが来た
クロイチさんたちに別れを告げ、テンちゃんと一緒に1階ホールに戻ることにした俺たち。
昇降機を降りるときにふと思い出した。
- そういえば『ひかりのたま』は持って行かなくていいの?
「ん?、あれはここから持ち出すことはできないのじゃ」
- 禁止されてるとか?
「そうではなく、単純に大きさと規模の問題なのじゃ」
え…、なんか水晶玉ぐらいの大きさのものをイメージしてたよ…。一体どんな大きさ…、いや、どうせ持ち出せないのなら詳しく聞いても仕方が無さそうだ。
- そ、そう。ところでクロイチさんたちは本当に良かったの?
と、話を変えるとテンちゃんはぴたっと立ち止まった。
手を繋いでいるので俺も引かれて止まって、彼女を見ると繋いでない方の手を腰に当ててにやりとした笑みを浮かべて俺を見ている。
- テンちゃん?
「…そんなにあの者らのことが気に入ったのか?」
え?
- そういうわけじゃないけど、ずっと一緒だったんでしょ?、テンちゃんが寂しいんじゃないかなって思って…。
「そうか…、其方の優しさがよくわかるのじゃ。まぁ私に関してなら心配には及ばんのじゃ。其方らが居る。あの者らに関しては私が眠っている間、特に指示をしておらぬ場合には待機状態になるのじゃ。私が外に出ている間もそうなるのじゃ」
ずっと一緒だった人たちと離れるのは寂しいんじゃないかなっていう意味なんだけど…。
- へー、テンちゃんがいいならいいんだけど…。
「それに先ほども言うたが私はここに戻ろうと思えばすぐ戻れるのじゃ。んー…、そうじゃな…、ここは余程の天変地異でも無い限りは安全なのじゃ。安心して出かけられるのじゃ。と言えば其方の懸念も消えようか?」
ああ、そういう事か。
- そうだね。余計な心配だったよ、ごめんね。
「謝ることではないのじゃ。むしろ私が礼を言うべきなのじゃ、ありがとう、タケル」
- ……うん。
頭上にテンちゃんが浮かべた小さな光球に淡く照らされた、俺を見上げる優しい笑顔に少し見とれてしまった。
リンちゃんに似ているけど、こういう表情はアリシアさんに近いかも。ウィノアさんも時々こういう、んー、年帯びたなんて言っちゃダメだろうけど、見ていると心が洗われるような、そんな宗教芸術みたいな雰囲気の笑顔だ。
「何を呆けておるのじゃ。ん?、もしや私に惚れてくれたのか?、くっくっく、遠慮は要らんのじゃぞ?、どんと来いなのじゃ」
ぶち壊しだ…。
「どうしたのじゃ?、ほれ、ここなら邪魔はおらんのじゃ、湧いた感情の赴くまま触れて良いのじゃぞ?、ここか?」
と、その小さな手で重そうな胸をぐいっと持ち上げるようにして揺らし、
「それともこっちか?」
と、スカートを持ち上げようとしたところで一瞬だけ視線が俺から外れ、呪縛が解けた。そんな感じ。
- な、何してるんですか、行きますよ!
周囲は黒一色だしテンちゃんの服装も黒で、視覚的によく見えているのはテンちゃんの顔とレースの手袋に包まれている腕と手ぐらいだったので助かった。光源は上からなのでスカートの中は見えないからね。まぁ、別に見えたところで…、いや、考えるのはよそう。
ごまかすように前を向き、繋いだままの手を引いてずんずん歩いた。と言っても例の壁のところまでだが。
「あっ、なぜなのじゃ、おかしいのじゃ」
後ろで言ってるけど、おかしいのはアナタです。
もう一度言う。
ぶち壊しだ…。
●○●○●○●
「わぁぁ、おっきな木!」
と、すっかりいつもの調子に戻ったネリ様が駆けて行かれました。
「これは…、すごいな…」
続いて私たちも庭園、とリン様が仰っていた場所へと足を踏み入れましたが、そこでサクラ様が、頭上を覆い尽くす枝葉をぐるりと見上げながら呟いたのです。
ここに来るまでにあったほんのりと清浄な香気は、この木の香りでした。
私もつられるようにして見回し、胸いっぱいに息を吸い、そして吐き出しました。
何と見事な木でしょうか。
「詳しくはお姉さまに尋ねてみなければわかりませんが、この場所ができた時に植えられたとすれば樹齢は1500年以上という事になりますね」
リン様が私とサクラ様の横をゆっくりと歩きながら仰ったのを2人で見て、またその大きな木を見上げました。
先ほどタケル様がこの場所の話をされていましたが、樹齢の事には触れず、『庭園を覆い尽くすほどの大きな木』としか仰っていませんでした。でも、『とても落ち着くいい場所で、一見の価値はあるよ』と、いい笑顔で仰ってもいましたが、確かにそれは納得です。
「1500年…、ですか…」
1500年、それだけの時を重ねたことが頷けます。サクラ様も思わず鸚鵡返しに呟かれたのでしょう。
それに呼応するかのように大きく葉擦れの音がして、木漏れ日がきらきらと午後の光を撒き散らしました。
「これほど枝葉があると、すごい音ですね…」
「そうですね、まるで大波が浜に打ち寄せたようでした」
サクラ様に頷き、遅れてやってきたそよ風が心地よく通り過ぎてから、改めて木を見ると、ネリ様が太い根の上からぴょんと跳んだのが見えました。
「あいつは何をやってるんだ…」
サクラ様が呆れたように仰います。おそらく枝に飛びつこうとしているのでしょうけど、それはサクラ様にもわかっているのでしょうね。
「向こう側はその木の根のせいで建物がかなり侵食されて崩れているそうですが、ネリさんなら大丈夫でしょう」
と、リン様はいつものようにテーブルと椅子を作り、布をかけてから椅子に座られました。
「ありがとうございます、リン様」
「いいえ。いつもの事ですから。それにここは心地よい空間です。ああ、あたしに構わず4階を見てくるのもいいかも知れませんね。窓からの景色が良かったとタケルさまが仰っていましたし」
「あ、はい、ではお言葉に甘えて行って参ります。サクラ様はどうされます?」
「ああ、そうですね、私もご一緒します」
そうして私はサクラさんと共に、4階からの景色を見に行くことにしました。
●○●○●○●
タケル様に2箇所の架橋を依頼してから程なくリン様もお出かけになられ、私は川小屋で少し書類仕事をしていたのです。
それからしばらくして、ちょうど持参した書類の処理が終わったところで、ティルラ騎士団の者が私を呼びに来ました。
夕刻に予定していたティルラ騎士団のビルド団長との会談までにはまだ時間があるはず、それもロスタニアの者ではなくティルラの者が呼びに来たことを怪訝に思いながら川小屋を出て応対しますと、見回りの兵からの急報で、突然カルバス川に南北バルカル地域を結ぶ橋が架かったと言うのです。
以前、川小屋から北へすぐの所に架橋して頂いた折には、そうすぐには完成していなかったはずで、予定としては来週ぐらいにできればいいという程度に考えていたのです。
それが、ほんの数時間で…?
兵からの報告が信用できないわけではありませんが、いくら何でも早すぎます。話だけは通してありましたが、来週の予定だった橋の料金所設置に関してのティルラ騎士団への書類――先ほど作成したもの――を渡し、予定が繰り上がりになったこと、ビルド団長との会談予定を明日にしてもらえないかの打診を頼み、急ぐようにと伝えてから、私は一旦川小屋の中に置いてあった荷物や『裁きの杖』を手に、その橋をこの目で見るべく街道を走ったのです。
北バルカルの川近くを通る街道を、行きかう荷馬車や通行人を避けながら走ってしばらくすると、その橋が見えてきました。
橋の入り口には既に伝わっていたのかロスタニア騎士団が数人居るのが見えます。
近づいていくと向こうもこちらに気付いたのか、右手の拳を左胸に添えて迎えてくれました。
- ご苦労様。向こう側はどうですか?
「はい、あちらにも兵を配置しております。ハムラーデル側への伝令も走らせました」
- そうですか。予定より早くこういう事になりましたが、よく対処してくれましたね。
「シオリ様が予めご指示をくださったおかげです」
笑顔で答える班長――ロスタニア騎士団の階級。いわゆる小隊長――に、こちらも笑顔で頷きました。
- こちらに料金所を設置する予定ですが、それは聞いていますか?
「はい、資材の準備が出来次第、設置作業に入ると聞いております」
- そうですか。では私は北バルカル第一拠点へ向かいます。
「お気をつけて、あ、下流側にもうひとつ橋ができているそうで、そちらにも2班が向かいまして、同様の手配が済んでおります」
言われて走り出そうとしたのを止めて向き直りました。
- 今、何と?
「下流側にもうひとつ橋ができているそうで、そちらにも2班が向かいまして、こちらと同様の手配が済んでおります」
はい?
- もうひとつ、橋が架かっているのですか?
「はい。そう聞いております」
…タケル様…、貴方と言うひとは…。
「あの…、どうかなさいましたか?」
- いえ、何でもありません。わかりました、とにかく第一拠点へ行きます。
「はい、お気をつけて!」
ばばっという音を立てて敬礼する4名に頷きながら走り出しました。
走り始めてから、橋を渡ってみてどうだったか、造りはどうかなどを尋ねるのをうっかり忘れていたことに気付きましたが、あのタケル様が造られたのなら然程の心配は無用だと思い直し、拠点へとひた走りました。
拠点に到着し、本陣――拠点の中心となる天幕や建物の事を、ロスタニアでは本陣、ティルラやハムラーデルでは本部と呼ぶことが多い――で拠点長に命令書と許可証発行に関する書類を渡し、第二拠点へとまた移動です。
許可証というのは騎士団の関係者が橋を渡る場合に支払い手続きを省略するもので、これは大きな商会にも発行する予定のものです。
もちろん通行の際には記録されますので、集計してまとめて支払うのです。
通行料は、タケル様にお支払いするのでも、通行税を徴収するためでもありません。そもそもここ、バルカル合同開拓地というのは開発奨励地域なのですから、税金はたいていのものが免除されているのです。
では何のための料金かというと、渡船業とのバランスをとるためなのです。
そして渡船料金を下げさせて流通を活性化しようというもので、橋の通行料は渡船を利用するより少し高い設定になっており、一部は渡船業者たちに分け与えられ、橋の街灯や掃除などの維持管理費用に充てられる事になっているのです。
私はそのあたりの公共事業はロスタニアでさんざん経験していますので、今回も事前に話し合いや手配を行っていました。それでなんとかぎりぎり間に合ったという事です。
まさか2つの大きな橋を数時間で架けてしまわれるとは思いもよりませんでしたが…。おかげで作成してすぐの書類を、私の手であちこち届けて回らなくてはならなくなってしまいました。
身体強化を覚えてから、この何ヶ月かはこうしてずっと走り回っていたせいか、だいぶ慣れたと思っていましたが、今日ほどバルカル合同開拓地をあちこち走り回った事は無かったように思います。
最後にロスタニア国境防衛拠点へと到着した時にはすっかり夜になっていて、もう川小屋へと戻る気力も残っていませんでした。
翌日、もともと予定していた決済処理などの仕事を済ませ、昨日の予定をずらしてもらった川小屋横のティルラ騎士団駐屯所でのティルラ騎士団のビルド団長との会談中に、ロスタニアの文官と騎士を名乗る者が私に急な知らせがあると、取次ぎの兵がやってきたのです。
ビルド団長に許可を求めますと、『私も知っておいたほうがよいでしょう』と快く部屋へ通すように取次ぎの兵に伝えて下さいました。
そうして入室した文官は、北バルカル第一拠点で文官のまとめ役をしている者でした。何事かと問うと、挨拶もそぞろに報告を始めました。
「シオリ様、カルバス川に橋が架けられたと、渡船を営んでいる者らが騒いでおりますが…」
- それはおかしいですね。渡船業の者らには橋の通行料から一部が支払われる事になっていますし、渡船料金も下げるように事前に話が通っていたはずですよ?
「騒いでいる者たちは、個人で渡船業を行っている者たちのようです」
- は?、許可制にしていたのではなかったのですか?
「はい、仰るようにバルデシア側(北側)に所属する渡船業は許可制でございますし、個人で行うにも業者として登録された者でしか就く事ができません」
- そうですね。
「しかしバルドス側(南側)はそうではありませんので…」
- そちら側の代表も参加して話をしたではありませんか。
その時の会議には、ハムラーデル側から勇者カエデと騎士団の代表者と文官、ティルラ側からは騎士団の代表としてビルド団長以下数名とサクラが、ロスタニアからは私以下数名が参加していました。
ビルド団長を見ると、頷いています。
「それが、主だった者しか参加しなかったようでして…」
- それはおかしいわね、ハムラーデルやティルラにも通達をするように連絡をしてあったはずですし、こちら側の書類でも参加者とリストは照合して問題がなかったと報告がありましたよ?
「はい、確かにそうでした」
- そうでしょうね?、貴方が報告してきたのですから。
「はい」
- それで、個人であれ届出が必要なはずで、許可制としても審査は緩めていますし…、何度も念を押したにも関わらず料金規定が不服ということでしょうか…?
「その…、私にも不可解だったので渡船業をまとめている者に話を聞いてみたのですが、騒いでいる者たちは、いわばモグリの渡船業の者らしく…」
- はい?、許可証を発行した渡船業者たちには組合を作るよう言い渡してありましたよね?
「はい」
- ではその者らは組合に加入していない、ということですか?
「はい、その通りです。渡船は場所が決められていて、複数の桟橋を組合で管理するようにしているので、組合員以外の渡船は我々が用意した桟橋を利用することができないのです」
- そうでしょうね。
「モグリの者らは、組合の規定料金よりも安く、桟橋を使わずに少量の人や荷を送り届けていたそうです」
- それを許すと追いはぎや盗難、恐喝や脅迫による金品の強奪などが発生し易くなるから取り締まるようにしていたのでは?
「それが、人の流入が増えるに従って、渡船業の待ち時間が増大していまして、街道が詰まってしまうことが度々起こるようになってしまったのです。そこでそういった、桟橋を利用しないモグリの渡船も、悪質なものでないならと黙認していたのです」
- その対策として、タケル様に架橋をお願いしたのですが…。
「はい、それはよく存じておりますが、それら黙認していたモグリ渡船が結構いたようで、騒ぎになっているのです」
なんという事でしょう…、私は頭痛がしたような気がして片手をこめかみに当て、指先で少し押しました。
- ……頭の痛い話ね。それで、そのモグリたちは何て言ってるの?
「曰く、これで生活していたのに明日からどうやって生きていけばいいのか、分け前を寄越せ、船を買い取れ、土地を寄越せ、などと勝手な事ばかりでして…」
- 呆れた話ね…。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
そこにビルド団長が片手を少しあげて合図をした。
- はい、どうぞ。
「その騒ぎを起こしているモグリの者たちは、どこに住んでいるのでしょう?」
確かに。
移民してきた者たちなら、既に土地をあるいは移民用に建てられた家を与えられているはずですね。土地を寄越せと言うのはおかしいです。
「それがその、大変申し上げにくいのですが、彼らは未登録なのです」
- 何ですって?
「つまり、勝手にやってきて、申請もせず、居座ってると?」
「はい、ですから、渡船組合に加入できないようでして…」
- でしたら申請させればよいのです。
「それが…、彼らには申請に不可欠な、その…、」
「国民票――国籍を示す住民登録――が無い、つまり流民だということですな」
「はい…」
流民、そのような者たちがまだ存在することは知っていましたが…。
- 彼らは渡船業をしていたのですよね?
「はい、そう言ってはいました」
- ではその船はどうやって入手したのです?、たとえ小船であってもそこそこの金額がかかるものでしょう?
「流民でもそれなりに金を持っている者もおりますから、一概に貧乏とは言えませんが、そこは気になるところですな」
「小船の者も居るようです。ですがほとんどは板や木材を組んだだけの、筏で行っていたようなのです」
は?、筏?
「それはまた何とも…、利用する者が居たのか怪しい話ですなぁ」
ビルド団長は苦笑いをしています。他人事のように思っているのでしょうか?、貴方も取り締まる側の当事者なんですよ、と言いたいところですね。
- …笑い事ではありませんよ、ビルド団長。
「は、これは失礼を」
- 仕方ありませんね、彼らには3国のいずれかに所属する意思があるのかどうかをまず確認し、あるのならロスタニアに関しては、国民票が無くても新規発行手続きを行いなさい。
「そ、それは、シオリ様、流民を受け入れると仰るのですか!?」
- 受け入れなければ土地や家屋を与えることができないのでしょう?
「それはそうですが…、しかし…」
- 渡船業の継続を希望する者については、継続可能な船、これは組合に加入する場合に規定を設けるように指示しておいたはずですので、組合長に話を通して判断させなさい。もし、規定に満たない品質の船の場合は、資材として利用可能であるかどうか、資材部とつながりのある商人たちの誰かに査定させるように。それを買い取り金額として提示すればいいでしょう。
「は、はい」
彼が急いで筆記具を取り出して記録をするのにあわせてゆっくりと話します。
- あとは準備金や家屋、土地その他に関しては移民の規定に合わせて貸与すればその者たちも生きてゆけるのではないかしら?
「…はい、そのように取り計らいます」
彼はそう言って筆記具を片付け、お辞儀をして退室した。
- はぁ…、流民なんてものがまだ居たなんて…。
「シオリ様、もしかしてロスタニアには流民が居ないのですか?」
ビルド団長が私がつい漏らした呟きに対し、不思議そうな表情で問いかけました。
- もう随分前から流民は居ません。ロスタニアの冬は厳しいですからね。
「ああ、そうでした。これはついうっかりしておりましたな」
彼はそう言って笑いました。
そうなのです。ロスタニアではちゃんとした住居がないと冬を越せないのです。
当然ですが、国が貸し与える住居というものも、教会で受け入れて寝泊りさせることもありますが、それをせずに1年の半分以上もの寒い時期に屋外で眠ると普通は死にます。
一部の国境付近でなら、何とかなるかも知れませんが、そのような場所で隠れ住むような者はたいてい山賊や盗賊に成り果てるか、そうなる前に巡回する騎士たちに保護されるものです。
山賊や盗賊を討伐する場合は、多少は越境しても構わない事になっていますし、もちろんそれは越境先の国にも連絡を行う決まりがあります。それに、勇者がそこに関わる場合には越境は問題ありませんので、前に出て戦うことはしませんが私が参加する事が何度かあったものです。
そう言った事情もあり、ロスタニアでは流民というものは長らく存在しないものだったのです。
それがどういうわけか、ロスタニアは流民に厳しいだの、流民がロスタニアに行くと捕まって殺されるだのという不名誉な噂が時折流れるのが不思議です。
むしろロスタニアほど、流民や貧困者に対して優しい国は無いと思うのですが…。
●○●○●○●
はー、やっと着いたよ…、久しぶりに川小屋の美味しい食事とお風呂!、と思うとこの長旅の疲れもふきとび…、までは行かないけど、ちょっと気分も軽くなるってもんよね。
などと、疲れた身体に鞭打って身体強化しながら走り続けて6日目、すっかり開発が、って程でもないかな、でもここを去った時の事を思えば随分と街道や建造物が増えたなーなんて思いつつ、ハムラーデル国境第一防衛拠点だった、あ、まだ第一防衛拠点でいいんでした、そこを挨拶をささっと済ませて通り抜け、まっすぐに、タケルさんにもらった地図を見ながら川小屋へとやってきたあたしなのでした。
これでも前よりだいぶ強くなったと思うし、身体強化だってハルトさんにはまだ届かないけど、走るのに加減してもらわなくてもいいようになったんだよ、へへへ。
ネリのやつに負けてるのが腹立つけど、あいつのほうが早くから魔法の訓練やってたみたいだからしょうがない。
でも剣術はあたしのほうが上だもんね。大先輩のハルトさんやサクラさんには全然敵わないけど…。
あ、こないだハルトさんに褒められたんだよ。魔法が上手くなったな、とか、剣捌きが良くなったとかね。ハルトさんめったに褒めてくれないからめちゃくちゃ嬉しかった。
さーて、到着ぅっと。
来る途中で会った伝令のひとに、これはいいところで、って言われて渡されたサクラさんからの手紙に、タケルさんが戻ったって書いてあったし、タケルさん居るかなー?
では、ただいまー……………え?
ええええ!?
●○●○●○●
「わぁっ!、誰か来たかな!?、ピヨちゃんさまー!、知らない人に見つかっちゃったかなー!」
ピヨちゃんさまに給水器って言うらしいけど、そこで果物の香りがついてるお水を汲んで運んでる途中で知らない人が入ってきちゃった。びっくりして抱えてるコップを落としそうになったかな。
急いでピヨちゃんさまのところに逃げたの。
「知らない人、でございますか?、そのような方はこの家には入れないとリン様からお聞きしておりますが…」
ピヨちゃんさまが、タケルさんの机の上に置いてある籠から飛び上がって近づいてきた。あたしはコップを抱えているので、ピヨちゃんさまとすれ違って一旦机の上にコップをゴンと置いてから、ピヨちゃんさまを追いかけた。
●○●○●○●
な、何今の…?
何か蛾ぁみたいな目玉模様がついた羽が生えた人形がふわふわコップ抱えて飛んでったように見えたんだけど…?
羽ばたいて無かったし、人形だったのかな、目の錯覚かな?、あたし疲れてるのかな…?
と、川小屋に入ってすぐのところで立ったまま目をごしごし擦ってたら、タケルさんの部屋からピヨちゃんが飛んできた。
- わぁ♪、ピヨちゃん!、ひさしぶりー!
食卓のテーブルに着地しようとしたピヨちゃんを空中キャッチ♪
うわぁぁ、ふっわふわー、可愛い♪
ピヨちゃんがピヨピヨピーピー言ってるのも最高♪
- ピヨちゃん元気してたぁ?、わぁぁ、ピヨちゃんおっきくなったねー、可愛いねー、よーしよし、ねぇ、他のみんなは?、って聞いても言葉通じないんだっけー、あははー
あれっ?、なんか嫌がってるっぽい?
あっ!、あたしちょっと臭うかも!?、わー、ごめんねー?
と、謝りながらそっとピヨちゃんを食卓テーブルの上に置いた。
ピヨちゃんがピヨピヨ言ってあたしを片方の羽で扇いでる。あ、これって怒ってるのかな、やっぱり。両手を合わせて拝むようにした。
- ごめんねー、ひさしぶりだったんでつい、お風呂に入ってきれいになってくるから、抱かせてもらってもいい?
と、伝わらないだろうなと思いながらジェスチャーで必死になって訴えた。
伝わったのかどうかいまいちわからないけど、とりあえず怒りは収まったっぽい。良かったぁ…。
って!、さっきの蛾の人形がタケルさんの部屋にかかってる暖簾のところに居た!
あれって毒もってたりしないよね!?、何か睨まれてる気がするんだけど…、気味が悪いから先にお風呂行こっと。
着替えとかリュックに入れてあるし、部屋に置きに行くのはお風呂のあとでいいかー。
●○●○●○●
「おい!、急に捕まえるな!、びっくりするじゃないか!」
ピヨちゃんさまが捕まっちゃった…、あれって悪い人なのかな、あたしも捕まって見世物にされちゃうのかな…。
タケルさんの部屋の入り口に上から垂れ下がってる布切れのところに隠れてそおっと様子を覗った。
怪しい人は背中に荷物を背負ったまま、ピヨちゃんさまを抱いてにこにこしてる。何か言ってるようなんだけど、何を言ってるのかはわかんない。
それに顔や服が薄汚れてるし髪もぼさぼさだからやっぱり怪しい人がピヨちゃんさまを捕まえて喜んでるのは悪い企みがあるようにしか見えないかな。
「わぁっ、お前ちょっと臭うぞ!?、やめてくれ、丁寧な抱き方だが臭い!、おろせ!、おろせ!」
臭いみたい。やっぱり悪い人かな…。
と思ったら、そいつはピヨちゃんさまをそっとテーブルの上におろした。
「おい!、いきなり失礼じゃないか!、誰だ貴様!、ここにはリン様とタケル様に許しを得た者しか入れないんだぞ!、しかも臭いとは言語道断だ!」
わー、ピヨちゃんさますっごいお怒りかな。
そりゃ臭い人に抱きしめられたらたまんないかなー、あたしだったら魔法で攻撃しちゃうかな。ピヨちゃんさまはどうして攻撃しなかったのかな?
あ、何かピヨちゃんさまに謝っているような様子かな?
案外悪い人じゃないのかも…?
だったらあたしも出て行って大丈夫かな?、何かあってもピヨちゃんさまと協力すればゲキタイできるかな?
布をちょっとめくってじーっと見てたらこそこそとお風呂の部屋に入ってった。
「ねぇ、ピヨちゃんさま、あれって知り合いのひとかな?」
「あ…、そう言われてみればここに入れる時点でリン様かタケル様のお知り合いでございますね…」
「ピヨちゃんさまの知らないひとかな?」
「何分突然の事でございましたので、私めには何とも…、ミリィさんはご存知ではないのですね」
「うん、知らないひとかな」
「左様でございますか…、言葉も通じない方ですし、これはリン様かタケル様がお戻りになるまでは、裏に逃げておいた方が良いかも知れません」
「そうだよねー、そうしよう」
あたしはピヨちゃんさまと一緒に裏の泉のある庭に逃げることにした。
次話4-012は2020年06月12日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回入浴シーン直前まで。でもこれ描写あるのかな…?
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
せっかくのアレな気分をぶち壊された。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
今回は付き添いのようなもの。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。今回も名前が出たぐらい。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
タケルとテンは現状ノーパンコンビ。
リンより背丈が少し小さいのに胸が元のサイズだから
すごくおっきく見える。大きいんだけども。
あれで誘惑したつもりのようだ。
ひかりのたま:
アリシアからテンに与えられた、
一定距離までを見ることができる魔道具。
音声は伝わらず映像のみ。試作品らしい。
やみのころもを掃う機能は無い。
タケルが思ってたよりもかなりでっかいらしい。
ウィノアさん:
水の精霊。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回もまた名前のみの登場。
めずらしく良い意味で。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
ティルラ王国所属。
シオリに勇者としての指導・教育を受けたため、
シオリの事を『姉さん』と呼び、頭があがらない。
巨樹によい景色にと、癒され中。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
メルの次にタケルたちから魔力の扱いについて指導を
受けたため、勇者の中では比較的魔力の扱いが上手い。
ティルラ王国所属。
魔法に関してタケルを除いて一番上達している。
かなり気分転換になったようだ。
木登りを堪能中?
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
ネリと仲がいい。
魔法に関してはネリと同程度使えるようになっている。
身体強化に関しては現状で人間種トップの実力。
こちらも巨樹と景色で心が癒されているところ。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
サクラに勇者としての指導をした姉的存在。
ロスタニア所属。
走り回りまくりの巻。ご苦労さまです。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
なんだかんだで勇者歴30年、ネリはまだ9年なので、
ネリよりだいぶ先輩のはずなのに、
何故か同レベル的な言い争いをよくする。
ひさしぶりに川小屋へと戻ってきた。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
ピヨはミリィが気軽に接することのできる精霊様という感じ。
羽が生えたようだが…。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
川小屋に住む癒しのヒヨコ。メルたちに癒しを与える。
臭いカエデに抱かれて大変だった。
薄汚れてるし髪もぼさぼさなので、カエデだと判らなかった。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
ロスタニアから流れてくるカルバス川本流と、
ハムラーデル側から流れてくる支流が合流するところにある。
ミリィとピヨがお留守番をしている。
ホームコア技術で護られているため、許可がある人物以外は
入り口の布を避けて中に入ることができない。
ここの浴室は広い。
島:
バルカル合同開拓地の西にある、アーモンド形の島。
島の北部に光の結界柱が見え、その色が変化することから
昔は畏れられ『魔王島』と呼ばれていた。だが魔王など居ない。
南西部に小さな入り江があり、洞窟がある。
その他は本文参照。
今回も引き続き、ここの結界柱の内側にある遺跡が舞台。
テンちゃんの眷属たち:
4名おり、クロイチ、クロニー、クロミ、クロッシと言う。
それぞれの特徴は本文参照。
テンの身の周りの世話をする。
黒い。またそのうち登場すると思う。
ちなみに前回タケルが見て怖がったのは、
その笑みが三日月のような口の形だったから。
そりゃ4人ともそんなのだったら怖いよw
バルカル合同開拓地:
解説は本文参照。4章001話がおすすめ。
旧名は『魔物侵略地域』
さらに遡ると、
南北それぞれがバルドス・バルデシア地域と呼ばれていた。
カルバス川:
同じく本文参照。4章001話がおすすめ。
ホーラード:
国の名前。ホーラード王国。
『勇者の宿』が国の南西の端にある。
魔物侵略地域には隣接していない。
ティルラ:
国の名前。ティルラ王国。
魔物侵略地域の東に隣接している。
ハムラーデル:
国の名前。ハムラーデル王国。
魔物侵略地域の南に隣接しており、山岳地帯に国境がある。
2つの山地の間にあった街道を防衛線としていた。
ロスタニア:
国の名前。
魔物侵略地域の北に隣接している。
そちらは万年雪山脈と呼ばれる高い山々が自然の要害となっており、
北東方向にロスタニア首都方面へ向かう街道があるため、
その扇状地のような地形部分を国境防衛線としていた。
1年の半分が寒いらしい。
寝るな!、寝ると死ぬぞ!、という冬。