4ー006 ~ 島の遺跡・金属弾の代金
海岸沿いの地面が少し高くなっているところに、ネリさんが土魔法で作ったという小屋。皆は『待機小屋』って呼んでるらしい。川小屋と対照的に、区別するためにそう呼ぶようにしたんだろうね。
その小屋の北側には騎士団がキャンプというか拠点を構築していて、非番の兵士さんたちが訓練をしていたりのんびりしていたりする姿が、簡素な木造小屋やテントが立ち並ぶ隙間からちらほらと見えている。昨夜メルさんがちらっと言っていたけど、最前線のこの拠点は『バルカル海岸拠点』と呼ばれているんだそうだ。待機小屋のすぐ近くにある他より大きめの木造小屋が本部で、他の拠点に作られるものとデザインが同じなのでわかりやすい。
俺とリンちゃんはそちら側ではなく、待機小屋を出て南側にまわって話をすることにした。本部の前には兵士さんが2人、立ってるからね。話は聞こえないと思うけど、ちらちらこっち見てるからさ、気分的な理由だけどね。
何の話かというと、昨晩リンちゃんが光の精霊さんの里で聞いてきた、島の結界柱の内側にある遺跡の件だ。
- それで、アリシアさんたちは何て?
「はい、えっと…」
リンちゃんは少し困ったように、お腹のあたりで両手指を組んで親指同士を指先でくっつけてくにくに動かし、目を閉じて少しだけ首を傾げた。実に可愛らしい。
なので、午前の陽光が眩しい東側に網目状に板を重ねたような衝立を、それと屋根とテーブルと椅子をささっと土魔法で作った。それを見てリンちゃんはいつものようにテーブルクロスをさっとかけ、でもいつものではないコップに水差しを取り出して注ぎ、俺が座ろうとしている向い側の席に着いた。
お互いにコップの水を少し口にしてからリンちゃんが話し始めた。
オレンジっぽい果汁で香りを付けた水だった。冷たくておいしい。
「あの島は昔、我々の一部の者たちが住んでいたんだそうです」
リンちゃんが簡単に話したのは、竜族との対立が激化する前の話だった。
この世界各所に、いわば隠れ里的な光の精霊さんたちの村落規模のものがあったんだそうだ。
それが竜族と、全ての村落がそうだったわけでは無いが問答無用の殲滅戦になり、一番大きな規模の街があるラスヤータ大陸の都市と、現在リンちゃんたちが単に『里』と呼んでいる都市の2箇所に建物ごと避難する事になった。
いずれも都市防衛システムがあるというのと、戦えない精霊さんたちもいるので全ての場所を護るには兵士の数が足りなかったというのがその理由なんだと。
世界各所とか、建物ごと避難とか、スケールといい方法といい、魔法のある世界で空想科学みたいな技術力がある光の精霊さんたちって、もう何だかよくわからんね。
余談だけど俺が前に破壊したラスヤータ大陸の魔砂漠地下にあった都市防衛システムは、当時のもののほんの一部なんだそうだ。中枢システムとエネルギー管理施設、地の底にある供給施設と供給ライン、それと魔塵を撒き散らすようになってしまった魔道具素材を作り出すシステム周りのものだけが残っていた状態なんだってさ。
維持管理や防衛のためのロボットを作るシステムも残っていたようだけど、それは規模があまり大きいものではなく補助的なものでしか無いんだそうだ。
それ以外のものは、魔塵が精霊さんたちに耐えられなくなる前に端から、地中にあったものは埋め、地上にあったものは痕跡が残らないぐらいに破壊されたんだそうだ。
地上部分については既に戦争規模になっていたので、竜族の破壊魔法や精霊さん側の攻撃のいずれもが建造物の破壊に貢献したようなもんらしい。
あんな砂漠になっちゃうぐらいなんだからどんだけなんだって話だよね。ちょっと想像できないし、したくもないね。
それに千年以上も稼動し続けるシステムってのも想像の範囲を超えている。最終的に俺がぶっ壊しちゃったんだけどさ。いいか悪いかって問題以前に、まぁしょうがないよね。
とにかくそれで避難したんだけど残されたのがあの遺跡なんだそうだ。
当初の計画ではあれは塔の土台部分らしく、それもまだ建設中だったってのもあり、地下設備も途中だったらしく丸ごと移設はできなかったので、当時最新の結界魔道具で泣く泣く保護するに留めたのがあれで、現在も残っているものらしい。
確か水の精霊ウィノアさんは、あの遺跡の事を『塔』って呼んでいたし、アリシアさんのために作られた、ってちゃんと知ってるようだった。
現在もそうだけどこのあたりの上空からは、北側には万年雪山脈なんていわれてるぐらいの高い山もみえていて、万年雪ってついてるぐらいなのでちゃんと山頂近くは氷や雪に覆われていて白いし、西側は海の青、南側にも山地って呼ばれてるけど丘陵地は木々で覆われていて緑色が美しく、東側は下草が覆う平地、なのでとても美しい景色が拝めるんだよね。
それらが朝昼夕夜と趣向を変えて景観を楽しめるなら、高い建造物からの眺めなんて想像するだけでもさぞかし素晴らしいものになったんだろうと思われる。長であるアリシアさんのために塔を作ろうとした当時の精霊さんたちの気持ちもわかろうもんだ。
という思い入れのある建造物、その予定だった土台部分なので、できれば荒らすような事はしてもらいたくはない、という話だった。
前から思ってるけど、そりゃ光の精霊さんの管轄で、竜族や魔物が居ないなら俺の出番は無い。
しかし周囲を飛んで偵察したときに気づいた、中心にある強力な魔力。これは大丈夫なのか?、ってのが気にならないわけじゃ無い。
- うん、だいたいわかったけど、あの中心にあるのは何なの?、魔道具にしては魔力が強すぎるから気になっちゃって。
「確かに魔道具のレベルではありませんでしたが…」
ここからは直接見えないけど、リンちゃんはその遺跡のほうへ視線を動かして、少し言い澱んだ。
- 言いにくい事なら無理にとは言わないけど?
「実はその話のあと、夜に母さま、アリシア様と2人きりでお話をしたんです」
- うん。
「あそこに居るのは、その……」
ん?、今、『居る』って言ったよね。と、疑問に思いつつもリンちゃんの言葉を待った。
「…タケルさまは、結界発生の魔道具ではなく、存在を感知されていますよね?」
- うん、魔道具とは別にね。だってそれの魔力って、アリシアさんやウィノアさん級だよ?、当然だけど普段は抑えられてるって知ってるよ?、そんな存在がそこにひとりぼっちで居るなら、そりゃ気になるよ。
昨日みんなには不安にさせないようによくわからないと言ったけど、結界を維持している機械だけじゃなく何か強大な存在を感知していたんだ。光の精霊さんの管轄という事なら魔物では無いだろうからね。
そう言うと、リンちゃんは音にならないほど小さく『そこまで判ってしまわれるのですか…』と言った。そんな感じに断片的だったけど聞こえた。たぶん。
「…アリシア様のお話では、避難が終わり結界が設置されたあと、そこに移されたのだそうです…」
そこで一旦切り、テーブルの上で手を添えているだけだったコップに視線を下げ、きゅっと握ってから俺に視線をきっちり合わせて真剣な表情で決然と言った。
「私の姉が。そこに居ます」
- え…?
姉?、意外だったんで驚いた。するとリンちゃんはもう一度言った。
「私の姉です。ずっと眠っていたんだそうですが、半年ほど前に起きたんだそうです」
- …そりゃまたずいぶんと寝ぼすけさん、だね?、リンちゃんのお姉さん。
「ええ、まぁ、そう言われるとは思いませんでしたが、そうですね。何千年か何百年かごとに時々起きるみたいです。前回起きたのは300年ほど前だそうですよ」
リンちゃんはまるで他人事のように言い、コップをもちあげて水を少し飲んだ。
- じゃあリンちゃんは会ったことが無いってこと?
「はい。会ったことが無いどころか、昨夜初めて聞かされましたよ…」
- それは何というか…、晴天の霹靂だろうね。
ここで、良かったね、家族が増えたね、なんてとても言える雰囲気ではなかった。
「はい?、ああ、なるほど、確かにそんな感じですね。雲も無いのに青空から雷が落ちたら驚きますね。面白い表現をされますね、ふふっ」
あ、ちょっと雰囲気が和らいだ。
この世界には魔法があるから、そんな事態が起きたら魔法攻撃だろうね。そりゃいきなり攻撃されたら驚くだろう。
- そういう事なら、まぁ光の精霊さんの問題だろうし、ひとりぼっちで寂しくないのかな、ぐらいは思うけど、僕の出る幕じゃ無さそうだね。
「いえ、それが、あ、時々母さまが会いに行ってるようですし、通信機器もあるとの事でしたからひとりぼっちというわけでは無いようですよ?」
- へー、そうなんだ。通信機器?、リンちゃんみたいに光通信魔法だっけ?、それじゃないの?
「えっと、姉さまはその魔法を覚えてないみたいです。じゃなくて、母さまが言うには、姉さまが会いたがってるので、できればタケルさまに会いに行って欲しいと…」
- へ?、僕に?
「はい。母さまは姉さまに条件をつけたみたいで、もしタケルさまが姉さまの存在に気付かなかったら、このお話は無かったことになって、タケルさまにもこのお話はしなくて良いという事でした」
- それで僕が存在に気付いてたから…。
「はい、そうで無ければ、あたしも姉さまに会ってはならないと言われました」
そりゃまた何とも妙な話だ。
- んー、何か理由があるんだろうけど、それは聞いてるの?
「お互いのためであると。彼女を隔離しているのは理由があっての事で、それ以上は詳しく言えないと言われました」
やっぱり隔離だったかー。問題のある性格なのかな、だったら会いに行くのヤだなぁ…。そうじゃない事を祈ろう。
- なのに僕が会いに行っていいのかな…、リンちゃんも連れてっていいってことだよね?、いいの?
「えっと、タケルさまが誰を連れて行くかはご自由になさって下さっていいそうですよ?」
なんじゃそら。訳がわからんな。
隔離って言ってるのに、俺が存在に気付いたならリンちゃんにも面会許可が出るとか、まるで家族で妹なリンちゃんより俺のほうが優先度が高いみたいじゃないか。
「ついでに連れ出すのもタケルさまの自由なんだそうです」
- え?、連れ出していいってどゆこと?
「姉さまが望んで、タケルさまが応じればの話ですよ?」
- いやまぁそりゃ無理やり連れ出したりはしないけどさ。
「はい。タケルさまならきっとそう仰ると母さまも言ってました」
あ、さいですか。
予想済みってことか。
そう言われるってことは、まぁおそらくは性格的に難がある精霊さんじゃないんだろう。
だいたいアリシアさんはいろいろと隠し事が多すぎると思う。
そのいろいろにそれぞれ言えない理由や事情があるんだろうとは思うけどさ。
ウィノアさんだってそうだ。どうもあのクラスの精霊さんたちって、人知を超越してるだけに何とも言い難いモノがある。それを畏れと言うべきなんだろうけどね、それぞれまた違うもんだけどさ。
ウィノアさんなんてそういうのとは別に、性格が一定じゃないから困る。それで言えばウィノアさんのほうが余程『性格的に難がある』と言える。
おっと、首飾りがもぞもぞしだしたぞ。何でもないですよーって服の上から手で軽く押さえておこう。
- そっか。…んじゃ入り江のとこのダンジョンを処理して島の魔物を一掃したら、会いに行こうか。
「はい。という事はあたしもですね」
まるで一緒に連れてってくれると予想していたかのように、にこっと笑顔になって言った。可愛い。
- うん、たぶんだけどみんな付いて来ると思うよ?、ほら、そこで聞き耳たててるし。
「う、バレてたみたい」
「タケル様には居場所が筒抜けだから(こっそり立ち聞きなんて)ムリですよって言ったのに…」
小屋の影からこちらの様子を覗っていた3人が小屋の角のところから出て、ばつが悪そうにこちらに近寄ってきた。
「あたしも気付いていましたが、タケルさまが何も仰らないので…」
- 塔の話ぐらいからそこで聞いてましたよね?
「はい。済みません。ほら、最初からバレてるじゃないですか」
「むしろどうしてバレないと思ったのか不思議だぞ?」
「あたしだけを悪者にしないでよぉ、一緒に立ち聞きしてたのにぃ」
確かに。
- 別に謝るほどの事でもないですよ。聞かれてまずいと思ったら最初から注意しますし、遮音結界だって張りますから。
「ほらぁ、邪魔しないように聞くなら大丈夫だって言ったじゃんー」
ネリさん正解。
話の邪魔をしないなら聞いててもいいと思ったからね。
「そうだったな…、すまん」
と、サクラさんは素直にネリさんに謝った。
「私もあの結界の内側の話には興味がありましたし、光の精霊様の歴史の一部が垣間見えたお話は他では絶対に聞けないお話でした」
と、メルさんは俺とリンちゃんを交互に見て、目を輝かせて言った。
宗教的なアレか?、今のリンちゃんとの話のどこに宗教的な面があったのかは疑問だけど。
- じゃあ最初から聞いてたんですか。
「うん、そこの、」
と小屋の壁と屋根の境目のところを指差すネリさん。
あ、小さく明り取りの窓があったのか。内開きの木窓が開いてたよ。それと屋根と壁のところどころに隙間があった。
どうでもいいけど木窓の上に庇が無いな。あれだと雨が降ったら…、ああ、ここらへんってめったに雨が降らないんだっけ。じゃあ問題ないのか。
「隙間と窓から声が聞こえてたもん」
- なるほど。それで出てきてあそこに隠れてたんですか。
何か用事があって出てきたんじゃ無かったってことか。
こっちに野外テーブルの屋根を作ったときに、南側を低く斜めにしたせいでもあるな。それで声が反射して聞こえやすくなってしまったのかも知れないね。
「そうだけど邪魔にならないように気を遣ったって言って欲しいかも」
- ああうん、ありがとう。
「どういたしまして」
立ち聞きしてたのに何でそんな偉そうなんだろう?、まぁいいけどさ。
「それで、いつリン様の姉上様に会われるのです?」
- え?、あー、いつがいいのかな、リンちゃん、面会の予約とかどうしたらいい?
「え?、あ、姉さまはこの距離なら外の様子を覗う事ができるんだそうです」
- ん?、それって話も聞こえてるってこと?
「あ…、そこまでは…、ちょっと確認してみます」
リンちゃんはいま気付いたようで、いつもの電話のジェスチャーをして早口でどこかに連絡を取った。どこかに、ってまぁ里なんだろうけど。
「…映像のみだそうです。どうしましょう?」
どうしましょうって…。
- いつがいいとか希望はあるか訊いてみてくれる?
「あ、姉さまと話しているのでは無いんですが…」
- うん。
だってさっき『姉さまはその魔法を覚えてない』って言ってたからね。
「……。いつでもいいそうです。結界を抜ければあちらにわかるようになっているので、あ、できれば結界を壊したり負荷をかけないようにとお願いされましたので、タケルさまなら問題ありませんと返しておきました」
相変わらずほんの一瞬のやりとりで内容が多いなぁ、精霊語。
- そっか、ありがとう。んじゃさっきも言ったけどダンジョンを処理したら行こうか。
「はい」
見ると、リンちゃんは普通に、メルさんやネリさんは期待の眼差しで微笑み、サクラさんはその2人の様子を、特にネリさんを見てからやれやれといった雰囲気を漂わせつつ苦笑いをした。
- …ついてくるんですね?
「当然!」
「精霊様に拝謁が叶うのですから」
「連れて行って頂けるのでしたら喜んで」
3人それぞれ微妙に意味が異なるのだろうけど同じ笑顔で言った。
- はい。
「…でも姉さんを今から呼びに行くのは…、あとで文句を言われるんでしょうね…、はぁ…」
と、サクラさんだけはすぐに消沈した。
- あ、シオリさんもですか?、連れてくればいいのでは?、呼びに行くぐらいなら飛んで行ってきますよ?
「それが、今どこに居るのかを探す事からなんです…」
困ったような表情で言うサクラさん。いや、困ったというより諦念のほうに比重がありそうだ。
- あれ?、んじゃ僕が川小屋に帰還したときは…?
「それは予めアクア様がご連絡下さいましたので、シオリ姉さんを探して伝えたんです」
何と、ウィノアさんが連絡してくれてたとは。それと、探して伝えないと連絡がとれないのかシオリさん。不便だなぁ。何か合図とか決めておけばいいのにね。空中に火球でも打ち上げるとか、打ち上げ花火みたいに上空で炸裂して音を出すような魔法を使うとかさ。あれば、だけど。
- そうだったんですか。あちこち走り回ってるって聞きましたけど、予定とか誰も聞いてないんですね。
「ええ。川小屋の行動予定表に書いてもらった事もあったのですが、その場所に行っても居ない事が多くて…」
予定は未定ってやつだな。あるあるだ。
- なるほど、探し回る時間はとれないかな。トカゲが大亀に乗って出てくる前に、入り江のところで処理してしまいたいし、そろそろ出ないとって思ってますし。
「あ、それなら急がないと、いつもならもうそろそろだよ?、今日出てくるならだけど」
「そうだな。タケルさん、姉さんのことは諦めます、私たちの準備はできているのですぐにでも出れますよ」
- あっはい、んじゃ行きましょうか。
「「「はい!」」」
「あ、はーい」
という事で、ひとりだけ間延びした返事だったけど、リンちゃんがテーブルの上を片付けるのを見てから、小屋の前に出てメルさんの槍を預かり、例によってネリさん以外が俺にしがみついて入り江のダンジョン処理に向かった。
●○●○●○●
特に何という事もなく、入り江の所に居た大亀2体とその付近に居たトカゲの頭を上空から撃ち抜いて着地し、預かっていた『サンダースピア』をメルさんに返してから、俺とリンちゃんで大亀以外の死体を回収をし始めた。
「タケルさんが居ると死体の回収も楽でいいわー」
「私たちは何もしてなかっただろう?、回収していたのは兵士たちじゃないか」
「そりゃそうだけど、その兵士たちの手間を考えたら楽じゃん?」
「そうだが、さっきの言い方だとネリが苦労していたみたいじゃないか」
「まあまあ、倒すのが楽だったのは確かですから。やっと大亀の処理もできたのですし」
「うんうん、海の上では倒せなかったもん、惜しかったけど」
回収していたらそんな話を3人がしていた。
惜しかったってネリさんが言ってる。
- へー?、倒せそうだったんですか?
「あ、うん、あとちょっとで倒せそうだったんだよ」
「ネリが1度だけそう言ってただけで、結局のところ倒せなかったんです」
「ほんとだもん!」
「まあまあ、あ、タケル様に頂いた鉄弾が役立ったみたいですよ」
「そうそう!、ありがとうタケルさん!、あれじゃないと大亀にダメージが与えられなかったよー、それと、ちょっと遠くからでもトカゲ倒せたよ、やっぱあれ強いねー、助かったよー」
ネリさんがこっちに駆け寄ってきた。
その後ろに2人が歩いて続く。
- それは良かった。役立ったなら渡した甲斐がありますね。
「ああそうだ、タケルさん、川小屋にハムラーデル騎士団が届けてくれた金属製の弾がたくさんありますよ」
サクラさんが思い出したように言った。
- あ、そうなんですか、もしかしてあれからも継続して作ってくれてたのかな。
「ええ。どうせ必要になるだろうと、途中から代金をシオリ姉さんが立て替えています」
ああ、継続してたなら代金も発生しただろうね。ハムラーデル騎士団にそのまま支払ってもらうのも悪いし。
- それってもしかしてロスタニアが?
「半分はそのようですが、半分は姉さんが」
「あのひとお金持ちだよ?」
- え?、あー、そうかもだけどお金持ちかどうかは別問題でしょ。とにかく会ったらお礼を言っておかなくちゃね。
「言わなくてもいいと思う。ねー、メルさん」
「え?、まぁそうですね…」
何故かメルさんとサクラさんがちょっとだけ渋い表情になった。
- でもこちらから頼んだわけじゃないのに、立て替えてくれてたなら、お礼を言うべきでしょ?、継続して作ってもらえてたのは実際ありがたいんですから。
忘れてた俺も悪いんだけど、金属製の弾はあればあるほど助かるんだよ。使うときに残弾の心配をしなくて済むならありがたいわけで、それにネリさんやメルさん、今後はサクラさんとシオリさん、もしかしたらカエデさんやハルトさんだって使うことになるかも知れないんだからさ、あればあるほどいい。
すぐに腐るもんじゃ無し、多少錆びてたって石弾の変わりに魔法でぶっ飛ばすんだから問題無い。鉄砲に使うわけじゃないからね。
「それはそうなんだけど、そうじゃないのよ」
- どういうこと?
「あのね、どうせ使うから継続して作ってもらうようにお願いしたのはあたしとメルさんなの。タケルさんは見習いだからホーラードがそういう料金を持つんだけど、王族であるメルさんが正式に許可を出してて、支払いもそっちでって話になってたのに、あのひと横から割り込んで、近いからって現金もってきて支払ったの」
そりゃ鍛冶職人たちからすれば、現金で支払ってくれたほうがいいだろうね。
ホーラードから証書もらってハムラーデル騎士団から分割払いされるよりはさ。手続きに時間もかかるだろうし。
- うん、職人さんたちの事を考えたらありがたい話だと思うけど?
「それが違うの、タケルさん、所属を考える時期じゃん?、だからそれで恩を売っておけばロスタニアに所属を希望してもらえるかもっていう下心がありありなの、だってメルさんが正式な書類をだしちゃったあとだよ?、そっちのほうが手続きが面倒だってのよ、おかげでメルさんは取り消すのに走り回ったんだよ?、その事についてあのひと一言謝っただけだもん、そりゃあ職人さんたちは現金が早く手に入ったんだから良かったかもだけどさー、あんなやり方は良くないと思うよー?」
なるほど、そういう裏事情が。いわゆる横紙破りとか横車を押すっていうような類のものだな。
正直なところ、ロスタニアに所属しよう、したいとは全然思えないな。
口に出しては言わないけど、最初のうちのあのやり取りの印象がなぁ…、シオリさんも結構ロスタニアに染まってるしさ、ちょっと頑固なところとかね、為政者側に寄り過ぎてる所もね。だからロスタニアは俺の選択肢には無い。
- そういう事だったんですね。メルさん、済みませんでした。僕がちゃんと覚えてて、もっと早くからメルさんに相談して話を通しておくかすれば良かったですね。
「いえいえ、まさかあの時点でタケル様が遠くに飛ばされてしまうなんて誰にも予想ができない事ですから」
「そうだよ、それにタケルさんそんなお金ありそうに…、あるの?」
悪かったな、貧乏そうで。ははは。
でも鍛冶職人にオーダーメイドしてもらった特注の金属弾、何個あるのかまだ聞いてないけど、俺に支払える額なのかどうかはちょっと心配だな。
まぁ支払いのあてが無いわけじゃ無いけどさ、困った時の精霊さん頼みで。ここじゃ言えないけど。かっこ悪いし。
- んー、まぁ何とかなると思うよ。結構稼いでるし。
『森の家』の精霊さんたちがね。
だってリンちゃんが微笑んでるし。
あ、そう言えばツギの街で魔物素材ってか魔物まるごと冒険者ギルドに納品して結構なお金になってたんだっけ。『鷹の爪』の人たちとお金は分けたからそれほどでもないかも知れないけどね。
「へー?、さすがタケルさん?」
「普通は見習いが取れるかどうかって時期の勇者が大金を稼いでいるはずは無いのですが…」
「タケル様はいろいろと規格外なのですね」
- まぁ、そういうわけで、そろそろダンジョンの中へ入りましょうか。
「あ、討伐に来てたんだった」
忘れるなよ…。
「さ、切り替えて行くぞ」
「ダンジョンは久しぶりですね」
他の2人も思い出したように気分を引き締めたっぽい。ちょっとわざとらしい切り替え方を見ると照れ隠しめいたものも含まれていそうだった。
次話4-007は2020年05月08日(金)の予定です。
20200902:タケルとリンの会話部分に少し追加。
20220126:冒頭部、~なんだそうだ。が連続していたのが不自然なので訂正。
(訂正前)本部なんだそうだ。他の拠点に
(訂正後)本部で、他の拠点に
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴シーン無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
忘れっぽい。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
姉がいたことを知って当惑していた。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
今回は名前だけ。
でもリンのセリフを借りた発言はある。
リンちゃんの姉:
まだ名前は登場していない。
あとは本文参照。
ずいぶん眠る精霊のようだ。
ウィノアさん:
水の精霊。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回はタケルの首飾りをもぞもぞさせただけ。
その首飾りには分体が宿っている、というか分体そのもの。
モモさんたち:
光の精霊。
『森の家』を管理し、タケル配下の食品部門200と数十名を
束ねる幹部たち。
仕事が増えて大変。
森の家:
『勇者の宿』のある村と、『東の森のダンジョン』近くの村の
間にある森の中にあるタケルたちの拠点。
タケルが作った燻製用兼道具置き場の物置小屋をリンが建て直し、
次にモモたち4人が住むようになって拡張された。
タケルの知らない間に、隣に燻製小屋という名前の食品加工工場と、
そこで働く光の精霊たち200名以上が住まう寮までができ、
さらに3章で登場したアンデッズ25名と演劇関係者たちが
住む場所と演劇練習用の屋内ステージまでが建てられる事になった。
これらを全て含めて、『森の家』と呼ぶ。
もう下手な学校よりも規模が大きい。
結界に包まれているため、許可のない者は近づけないらしい。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
ティルラ王国所属。
シオリに勇者としての指導・教育を受けたため、
シオリの事を『姉さん』と呼び、頭があがらない。
真面目な性格で、そのせいか苦労人。
今回もその苦労が窺える。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
メルの次にタケルたちから魔力の扱いについて指導を
受けたため、勇者の中では比較的魔力の扱いが上手い。
ティルラ王国所属。
今回は珍しくセリフが長い。
サクラに剣の扱いや勇者についての指導・教育を受けた。
あまりシオリの事を良く思っていない。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
ネリと仲がいい。
時々本国に報告書のような手紙を出している。
それ故、勇者たちのもとに居続ける事を黙認されている。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
サクラに勇者としての指導をした姉的存在。
ロスタニア所属。
今回は名前とあまり良くない話に登場。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
ピヨはミリィが気軽に接することのできる精霊様という感じ。
ウィノアさんが怖い。
ピヨと仲良くお留守番。
ちゃんと食事も用意されている。
今回登場せず。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
川小屋に住む癒しのヒヨコ。メルたちに癒しを与える。
さらにでかくなったようだ。
そのせいで外に出してもらえなくなったらしい。
ミリィという話し相手ができたおかげで、
留守番が寂しくなくなった。
今回登場せず。
待機小屋:
バルカル南海岸のすぐ近くにネリが土魔法で作った小屋。
あまり出来は良くないが、バルカル合同開拓地は雨が少ないため
何とか住めるようなもの。
台所もかまども無く、広めの寝室と浴室があり、
1Bとでも表現すればいいのだろうか、そういうワンルーム。
浴室には浴槽と洗い場がある。
風呂釜も薪をくべる部分もないが排水もちゃんと考えられている。
海岸に垂れ流すだけではあるが。
トイレは海岸のほうに作ってある。これも海に流すだけ。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
メルもピヨもちゃんと夜には帰って来る。
ロスタニアから流れてくるカルバス川本流と、
ハムラーデル側から流れてくる支流が合流するところにある。
3章の期間中にこの近くの騎士団拠点もかなり形になり、
街道も整いつつあるのでこの小屋の前は人目につく。
よくメルたちが剣を振っているのも有名。
何せ住人たちは勇者と王女なので、
騎士団の偉い人や勇者シオリから厳命されているのもあり、
一般商人や兵士たちは特別な用が無い限りは近寄らず遠目に見るだけ。
こちらは待機小屋とは違い、光の精霊の技術が使われているため、
元の世界の現代的な住居よりも少し進んだ近未来住居だ。
バルカル合同開拓地:
解説はこれまでの本文参照。
カルバス川:
同じく本文参照。
島:
バルカル合同開拓地の西にある、アーモンド形の島。
島の北部に光の結界柱が見え、その色が変化することから
昔は畏れられ『魔王島』と呼ばれていた。だが魔王など居ない。
南西部に小さな入り江があり、洞窟がある。
その他は本文参照。
ツギの街:
元領都の大きな街。1章で登場。
元というのは現在はホーラード王の直轄領だから。
勇者が東の森のダンジョンでの修行を終えたと判断したら、
次に訪れることになる街。
ツギのダンジョンという名称のダンジョンがある。
ツギという街の名は、建築素材になるツギの木が周辺に多く、
それを伐採、加工をして発展してきた歴史があるため、
その名で呼ばれ、定着したため。
鷹の爪:
ツギの街を中心に活動しているベテラン冒険者チームの名。
構成は、チームリーダーであり遊撃ポジションのサイモン、
体格がいい盾役のクラッド、スレンダーで魔法使いのプラム、
小柄で弓や罠を扱う斥候のエッダの4名。
サイモンとプラムは『森の家』への出入りを許されている。
1章でタケルたちと行動を共にした。