1ー014 ~ つぎの街
ダンジョンボスを討伐した。
特に盛り上がるわけでもピンチになるわけでも全く無く。
そんでもってドロップアイテムや守っていた宝箱があるわけでも無く。
倒したからって部屋のどこかに宝箱が出現したりすることも無く。
「タケルさま?、これでこの東の森のダンジョンを制覇したのに、どうして肩を落としてらっしゃるんです?」
- ああ、魔物は湧くのに宝箱は湧かないんだなって。
「魔物が湧くのは闇の魔力溜まりがあるからで、無機物に闇の魔力が作用し魔石が生じます。そして意志の無い生物が取り込んだり取り込まれたりして変質や変化をして魔物になる、という説が今のところは有力です」
- 角ウサギや角キツネなんかは元は動物だったんだ、やっぱり。
「そうですね、その角がその闇の魔石だったものです」
- へー、んじゃあれヤバいんじゃないの?
「いいえ、闇の魔力がすっかり抜けた魔石ですから、危険はありません。しかし魔力が溜まりやすく変質していますので、他の属性で充填することで利用価値があるんです」
- へー、んじゃ小鬼の元は何だったんだろう…?
「さぁ?、そこらの虫かもしれませんよ?」
- えー…、あ、そういえば時々手足がちょっと多い小鬼がいたけど…、いや、どうでもいいや、考えたくないし。
「闇の魔力については分からないことのほうが多いんです。好きこのんで研究する人も精霊も居ませんし」
- そういうもんか…。
「そういうもんです」
- んで結局、宝箱は湧かないのね。
「動く宝箱があれば、もしかしたら宝箱型の魔物が存在するかもしれませんが…」
- 中身に期待できないね、そんなの。
「そうですね」
- あ、そろそろ角取れてるかな?、回収したら帰ろうか。
「はい」
- 帰りがだるいなぁ、また何日かかかりそうだし。
「一応、森の家になら転移陣がありますので、すぐに帰れますよ?」
- おおう、また便利な魔法が…。
「でもそれだと入り口の兵士さんに叱られません?」
- あー…、何か想像つくわ。入り口付近に転移したりは…?
「できません。入り口に転移陣をセットしてきていませんので」
- ですよねー、しょうがない、あ、強化魔法の練習ついでに走り抜ければいいかな。
「そうですね、もう地図作ること無いですし」
- うん。じゃ、最後に気合入れなおして帰るか!、家に帰るまでが遠足って言うしな!
「はいっ!」
●○●○●○●
入り口のちょっと手前んとこで、拾った小鬼の角を、でかい布袋にまとめたんだけど、412個もあったよ。たくさん狩ったなぁ、としみじみ思ってから、大鬼のツノってどれだっけ?、ってなった。
角の大きさどれもだいたい同じなんだよね、数がちょっと多かっただけで。
あまり考えずにまとめちゃったせいで、どれが大鬼の角だったのかわかんなくなっちゃったよ。
でもどうせ角だけ見たら同じだし、これが大鬼でした、って言っても信じてくれそうにないし、説得できる自信もないから、もういいや。
そんで入り口の兵士さんとこで出ましたって書いて、詰所行って角を引き取ってもらうときにやっぱりびっくりされた。
でも15日分だぜ?、1日25匹倒したとして375個なんだから、そんなもんじゃないのかな。
ってことで軍資金もできたことだし、次の街へ行きますか。
そういやさ、グレンさんとか村のひとや兵士さんたちが、みんな『つぎの街』って言うんだよね、『街』って単に言うときもあったけど。
で、それ『次の街』って意味だって素直に思ってたんだけど…。
地図にさ、『ツギの街』って書いてあんの。『ツギ』っていう建材用の木材のことなんだってさ。
まぎらわしいよ!、誰だよこんな名前つけたやつ。名前オチじゃないか。絶対先輩勇者とかが絡んでんだよ、こういうのって。
まさか、その次は『ソノツギの街』とかじゃないだろうな!?
●○●○●○●
転移陣ってのがちょっと気になってたんで、東の森のダンジョン村を出て森に入ったところで人目を避けてから使ってもらった。
右手で左胸んとこに――何も着けてないけどね――手を当てて、『リンちゃん、転送』って言って合図してみた。そりゃ通じないから妙な顔されたけど、転送してくれたよ。
その妙な困ったような表情で、小首をかしげながらリンちゃんが近づいてきて、どうするのかな可愛いとか思ってたら、そのままゼロ距離でひしっと抱きついてきて、え?、え?、って思ったら詠唱が聞こえて転送だったんだよね。
渾身の、ってほどでもないけれど、ボケはスルーされ、心構えとか心の準備とか何も無く、何で抱きつくの?、って思ってたら転送終わった。
なんかこう、景色が一瞬で変わって、シュバふわっ?、ぐるふわっ?、みたいなむむっ、あ、あるまじき醜態を曝す前にトイレにダッシュ!
失礼しました。
トイレから出て、ちゃんと手洗い。そうそう洗面台があるんですよ、この家。
なんでもアリだな。もう驚かないけどさ。
そんで出たら光の精霊さんたちがリンちゃんと並んで立ってた。
「タケルさま、こちらが今回お手伝いしてくださってるみなさまです」
- あっはい。タケルです。ようこそ森の家へ?
何となくつい、ようこそなんて言っちゃったよ。語尾上がっちゃったわ。
「当班代表をしております、V{YT=~@>と申します。モモとお呼びくださいな」
「WE>~@I=と申します、ベニとお呼びください」
「”>=JL#と申します、アオとお呼びください」
「N>H@L=<と申します、ミドリとお呼びください~」
薄ピンクでほんわか光ってる髪のひとがモモさん。いかにも包容力のあるお姉さんっぽい印象。おお、話すと揺れるなぁ、どこがって?、まぁいいじゃないか。視界に入っちゃうんだからさ。生成りのゆったり腰で絞ったワンピースね。
モモさんよりちょっと赤っぽく、同様にほんのり光ってる髪のひとがベニさん。モモさんより一回り小柄な感じ。ミニスカートにブーツで白ソックス。目がちょっとキツめだけど俺なんかした?
アオさんはスラリとした印象の、ひとりだけチュニックにズボンなスタイル。やっぱりほんのり薄水色の髪が光ってる。
ミドリさんは前綴じのないベスト?、じゃないなちょっと袖があるし。何ていうんだっけ?、闘牛士のひととかの短い上着みたいなやつ。あんな派手なのじゃなくもっと単純だけど、ボレロ?、んー、覚えてないや、まぁそんなのと膝までのゆったりしたスカート。やっぱりほんのり薄緑色の髪が光ってる。
髪色と呼び名がリンクしてるから覚えやすい。わざわざそうしてくれたのかな。
精霊さんの名前って聞き取れないしさ。
- モモさんにベニさん、アオさんにミドリさんですね、よろしくお願いします。それで、どうでした?、燻製作り、いろいろ試せました?
「はい、タケルさまがご指導くださったので、毎日楽しく作っております」
「いろいろ試したんです、果物まで燻製にできるなんて知りませんでした!」
燻製箱で果物やチーズ――あるんですよチーズっぽいものが――も燻製できるって、リンちゃん経由で伝えてあったんで、そりゃもういろいろできてたよ、クッキーまで燻製になってて笑ったけど。
うん、自由にしてくれていいよ。
「里の皆もとても喜んでおります、タケルさまのおかげです。光の精霊一同を代表して篤く御礼申し上げます」
- それはよかった。あ、一応村の定食屋さんに下ろしたりもしてるので、その分は、
「はい、よけておいてあります。あ、それとこちらが代金でございます」
- あ、売りにも行ってくれてたんですね、ありがとうございます、ってもう3回も売りに行ったんですか?
「はい、定食屋のかたも、お客さんたちも、喜んでいらっしゃいました」
- あ、そう。喜んでくれてたならいいか。でもペースは考えてね。余るようだと向こうも迷惑するかもしれないから。
「はい、そこは定食屋のかたとも相談しましたので大丈夫です」
- そっか、うまくやってくれてるみたいで何よりです。
それでなぜか大きくなってる食卓と増えてる椅子に座って、試してくれた燻製の試食会みたいになった。
え?、光の精霊ってあの燻香で酔っ払うの?、それちょっとヤバくね?
へー、俺が燻製につかってるチップ、あれこの森に生えてるちょっと香りがいい感じの木とか枝とかのブレンドなんだけど、そのうちのひとつ、これまたやっぱりいい香りがする実ができるんだよね。齧ってみたけどスゲー渋いんで、たぶん直接食べるもんじゃないなって思ったから、実は叩き潰してちょっとだけ香り付けに、塩漬け液にも使ってるんだけどさ。
話を聞くと、その実を渋抜きしてから他の実などと発酵させたお酒があるらしく、光の精霊産の最高級酒なんだってさ。
光の精霊の里――って便宜上そう呼ぶことにする――では何か祝い事や儀式でちょっとだけ飲むそうな。
でもハイになっちゃうお酒って、俺飲んでも大丈夫なのかな。
でもちょびっと興味あるから機会があったら試させてもらおう。
だから俺の燻製にみなさん夢中になっちゃうわけだ。さもありなん。
みなさん通いなのかなって思って訊いてみたら、寝室が増えてたよ。
増築ってやつだよね。いいのかなぁ、勝手にそんなことしちゃって。ここ一応誰かの領地だよね?
結界でバレないからいい?、まぁいいけど。
あの最初に領主の館に連行されたときに会った、やる気が微塵も感じられなかった領主代行のひとも、まさか領地に光の精霊さんの寮?、燻製製作所ができてるとか、古くから水の精霊さんの拠点がダンジョンの隣にあるとか、知らないだろうなー。知ったら腰抜かすよね。
わざわざ言わないけどさ。
●○●○●○●
「あのひとお姉さまの胸のとこばっかり見てたのよ、リン様というお方がありながらいやらしいです」
「ばっかりってことは無かったでしょう。少しだけ見てらしたけれど、すぐ目を反らしていたのよ?、可愛らしいところあるじゃない?」
「あたしの胸もちょっと見てました~、でもあたしは嬉しかったです~、タケルさまの腕をぎゅってしたときにはお顔が赤くなってましたし~、可愛いですタケルさま」
「ミドリはそんなことしてたのか。リン様が少し不機嫌だったのはそのせいか、あまりやりすぎないようにしろよ?」
「アオは堅いんですよ~、だいたいなんでチュニックにズボンなんですかぁ?、胸も布まいてるでしょぉ?、折角の武器なんだから隠さないほうがいいと思うのよ~?」
「な、なんでそれを知ってる!?」
「皆知ってますよ、だって里に居たときは皆ワンピースだったじゃない」
「そ、それを言うならモモさんだって!、体型を強調するような服になってるじゃないか!、襟だって大きく開いてるし!」
「しーっ、声が大きいですわよ」
「あ、…すまん」
「だってせっかくタケル様とお近づきになれるチャンスですもの。ちょっとぐらいおしゃれしたっていいじゃないですか」
「と、いうような会話を偶然耳にしましたけど、タケルさま?、リンではダメなのですか?、特にその……、む、胸とか……」
うっ…、チラっと見ただけのつもりだったのに思いっきりバレてたのね。
そして上着のすそをちょんとつまんで上目遣いにうる目だよ…、あざとい。可愛い。
- あー…、ちょっとだけ見ただけだよ?、べ、別に興味なんてないよ?
「じゃあどうして目をそらすですか!?、タケルさまひどいです、リンというものがありながら…、(お風呂だって一緒に入ったし同じベッドで一緒に寝たのに…)」
うわーなんかお風呂とかちょっと聞こえたぞ、あとは下向いてごにょごにょ言ってるのは聞き取れなかったけど。
こういうときはもう開き直ってだな、
- 悪かったよ、でもちょっと視界に入っただけなんだよ?、みんな大げさに言ってるだけなんだって。リンちゃんが一番なんだから。
「た、タケルさまっ!?」
一番最初に会った光の精霊なんだから、間違ってはないよね?
「リンが1番って、リンが1番って、本当ですか!?」
- うん、もちろんだよ?
「よかったぁ…」
しっかりと抱きついてきたよ。これ絶対勘違いしてるよね?、もうどうしようか、考えたくないから後回しでいいかな。
可愛いは正義、可愛いは正義。呪文唱えとこう。
「(あたしが1番、あたしが1番…ふふふふふ)」
顔を俺のお腹んとこにうずめたまま、もごもご言ってるけど、リンちゃんも何かの呪文を…?
ちょっと怖くなってきた。
201806171636 : 脱字箇所を修正しました。