3ー033 ~ 雪崩的
食後のデザートをという話になり、フルーツデザートを提供している場所に見に行ったら、ついてきたミリィがそこの看板に描かれている果樹を見てアペルの実が食べたいと言い出した。
と言われても、俺はどれがアペルの実なのかがわからないので、ポーチから1種類ずつテーブルの上に並べていったんだ。でもその中にはアペルの実は無いそうだ。
リンちゃんもアペルの実のことは知らないらしく、他にもいくつか知らないものがある、と興味深そうに手にとっては匂いを嗅いだり食べ方をミリィに尋ねたりした。
ミリィは残念がっていたけれど、『じゃあルローナの実とタスの実をほくほくにしてくれたらいいかな』と、選んでくれたのでそれをむいて加熱処理をしてお皿に乗せた。
「いい香りの果物ですね、どんな味がするのですか?、タケル様、リン様」
そうしたら結構香りがいいせいかテーブルに置いた多くの果物が珍しいせいか、まず、見えるところに居た――でもずっとちらちらこっち見てたんだよね――女性の精霊さんが近寄ってきて、挨拶をしてからこういう風に尋ねてきたんだ。
まるで何かこっちに来るきっかけが欲しかったって言うか、そんなやりとりが聞こえてきていたので、俺からしてみれば、来るのか来ないのかはっきりしてくれという気持ちだったし、やっとか、というような気もちょっとある。
いやほら、こっちから声をかけるのは何となく軽い気もするし…、じゃなくて、そっちのほうを見たらリンちゃんが袖を引っ張るんだもん、だからできなかったんだよ。
そう。リンちゃんは向かいじゃなく隣に座ったんだよね。普通こういうときって向かいに座るもんだと思う。
- あ、良かったらどうぞ、この子と同じものが良ければ加熱処理しますし、他のが良ければそれでも。
と、笑顔で勧めながら別のお皿にささっと剥いて並べ、加熱処理をした。例のループ制御ってやつで、まとめてやるほうが楽なんだよ。そして幾つかをまた別のお皿に載せて差し出すと、『わぁ、ありがとうございます』ってにこにこして受け取り、隣のテーブルに着いてから食べてみて『美味しいです♪』とにっこり。
お皿はリンちゃんが最初にまとめて持ってきたものの残りね。
それを見てか、ちらほら居た他の精霊さんたちも集まってきた。
そうしてあれこれ説明したり説明されたりしてるうちに厨房のほうからも何人かが来て、同じように説明したり説明されたりした。
俺が説明した内容は、ドゥーンさんとアーレナさんから聞いた内容のそのまんま受け売りだけど。
残念なことに、ミリィの言う『アペルの実』ってのがどんなのかを知っている精霊さんは居なかった。そこは仕方が無いと思う。だって名前が違うみたいだし、ミリィの説明では誰もさっぱりわからないんだよ、なんせ『青かったり赤かったりかな、黄色いのもあったかな』、『甘くて酸っぱくて美味しいかな』ではわかるわけがない。
俺があの木を移植したときには、実はついてたような気もしたが、ちゃんと見てなかったのでよく覚えてない。確かに赤いのがあったような記憶はあるけれど、赤くなかった実もあったし、ミリィの説明と大して変わらないからね、だから言わなかった。食べてないしさ。
確かリンゴよりは桃や杏に近かったような気がしたけど、それらの名前って元の世界での名称だから、リンちゃんはもちろん精霊さんたちに言ったところで伝わるとは思えないからね。
そうしてあれこれを少しずつ食べていると、新たに3名やってきた。
それに気付いた精霊さんたちが小さく『おお…』とか『わぁ…』とか言って驚いているところを見ると偉い人なのかな?
その3名は、俺とリンちゃんのテーブルのところに来ると片膝をついた。
「ご歓談のところ、恐れ入ります。タケル様、リン様、艦内の演劇場で役を頂いております#$%&…、と、失礼致しました、ティレスと申します。こちらはモレアと、ケインズでございます。思いがけなくお近づきの機会を得ることが叶いましてご挨拶に伺いましたこと、お許し頂きたくお願い申し上げます」
どうやら偉い人じゃなく役者さんらしい。有名人かな。それで他の人の反応に納得した。
そしてその長い口上と雰囲気に居た堪れなかったのか、すぐ隣のテーブルに居た精霊さんたちがお皿やコップを持ってささっと逃げていた。うん、わかる。俺でもそうした。自分に向けてじゃなかったらね。
「立ちなさい。固いのです。ここはそのような場ではありません。見なさい、皆静まり返ってしまったではありませんか、」
- まぁまぁリンちゃんそのへんで。ティレスさんも立って下さい。
続けて何か言いそうだったので手で遮ってリンちゃんを止めた。何ていうか、俺を挟んでそういう事を言わないで欲しい。居心地悪いったらない。
従っていいのか迷いつつもゆっくりと立ち上がったティレスさんたち3人に、空いた隣のテーブルを手で示して座ってもらった。
- 役者さんなのですか、演劇場があるんですか、この艦内に。
とにかく雰囲気を何とかしようと、さっきの口上にあった気になる部分をピックアップして話をしてもらうことにした。
最初は『はい』、『あります』で話が終わりそうだったところを、詳しい説明をしてもらうようにいろいろと質問することでやっと何とかなった。
なぜ俺がこんな苦労してるんだろう?、ミリィはお皿のふちに斜めに座って片手に串を杖みたいに持って傍観してるし、リンちゃんは遮った俺の手を両手で持ってむにむにしてるし、って、何してんの?、こそばいんだけど。
でもまぁ実際に劇団がこんな近くにあるなんて思わなかったんで、実はそのへんの話を聞きたかった、言ってみりゃ渡りに船のような状況だったりする。リンちゃんは全然興味が無さそうで、ずっと俺の手をいじってるけどね。
しょうがないので、俺は身体ごと彼らのほうを向いてて、後ろ手に片手を回してる状態になってる。気が散るなぁ、もう。
そんな妙な体勢のまま、彼らの話をいろいろと聞けた。
その演劇は、この母艦に設置された演劇場で週に2日開催されていて、演目は幾つかあるものをローテーションしているようだ。いわゆる兵士さんたちの慰問目的なのかと思ったら、それももちろんあるが、普通に娯楽設備のひとつなんだそうだ。
元の世界だとテレビや映像媒体などが発達していたし、どっちかというと演劇もあるけど映画などの映像作品のほうが多かったように思う。
ところが光の精霊さんの里では、『映像作品』というのは一応あるが、それはあくまで単純記録用であって娯楽用では無いらしい。
どういう事かというと、魔力的な位置関係その他もろもろ全てが伝わるものが『演劇』であり、単純に記録された映像ではそれが伝わらないからなんだと。
当然だけど魔力的なそれらも全て記録された『もの』も存在するが、コストがかかりすぎるので一般大衆には広まっていない。情報量が多すぎるんだってさ。そりゃそうだ。ある意味では発達しすぎているせいとも言えるかも知れない。
余談だけど、元の世界の映像作品だとすぐ近くに急に他の人物が現れたりすることがあるが、そういうのを例としてリンちゃんに説明したことがあったんだ。そしたら『近くに来る前に気付くのが普通です』と一蹴された。
リンちゃんに初めて会ったとき、扉を開けるまで気付かなかったじゃないかと言うと、『あの時のタケルさまは何故か感知できなかったんですよ…』と言われた。『だから物凄く驚いたんですよ?、もう…』とまるで俺が悪いみたいな雰囲気になったけど、俺は悪くないよなぁ、やっぱり。
とにかく、魔力感知というのがあるせいだろうと思うが、映像技術という方向には発達しなかったのか、光の精霊さんの娯楽には演劇が多いらしい。
それと、電気系が発達せずに魔法系で発達しているという事も理由として大きいんだろうと思う。だって自動ドアにしても照明にしてもエレベーターにしても、何でもかんでも魔法技術なんだよ?、ここ。『森の家』や川小屋にもあったけど、ドライヤーや冷蔵庫などの家電製品も電気じゃなくて魔法だったしさ。リンちゃんに『家電製品じゃなくて家魔製品だね』なんて言ったら『え?、魔道具ですよ?』と可愛く小首を傾げられたよ。
また話が逸れたが、映像伝達が娯楽面で発達しているわけじゃないので、演劇が多いと言っても大企業のスポンサーがつくわけでもなく、元締めは光の精霊さん政府なんだそうだ。だから元の世界と違って芸能界なんて大きなものは無いが、有名俳優や有名脚本家、演出家ってのは居るらしい。寧ろ政府の1部署なんだそうだ。演じる内容もだいたいローテーションみたいだし。でもちょっとずつ変えたりはあるとかなんとか。
ミリィはそういう娯楽には興味があるようで、話に参加してるつもりなのか、『へー』とか『うんうん』とか、『面白そうかな』って時々言っていた。
たぶん有翅族の村って閉鎖的だから、そういう娯楽って無いんだろうね。というか普段何かあると劇場型で大げさになるみたいだし、そういう所で育ったのなら観劇とかハマりそうだね。
で、だ。
その劇団というか劇団チームというか、それが慰問のためにこの母艦に来ていることがわかったので、それならちょっと責任者の精霊さんに話を聞いてみたいなって俺が言うと、面会をとりつけてもらえることになった。
「演劇部ですか?、あまり面白いものではありませんよ?」
と、リンちゃんは後ろ手にしてる俺の手を弄りながら怪訝そうな表情をしてぼそっと言ったけど、俺が興味を持ったのはその演劇内容のほうじゃないんだよ。
って、演劇部ってまるで部活みたいに言うのね。
●○●○●○●
「いやはや、タケル様がお連れ下さった変わったアンデッドのおかげで、観客が減ってしまいましたよ、商売上がったりですよ、あっはっは」
と応接室で会うなり挨拶をして座るとすぐそんな事を言ったのが、その劇団のトレーディ団長だ。
一応言っておくが、演劇は基本的に入場無料だしこの人たちの給料は政府から出ていると聞いているので商売上がったりにはならないはず。
あ、でもファンからの役者さんたちや劇団へのプレゼントは受け付けてるらしい。
公務員の場合はそういうのは受け取っちゃだめなのはこの世界というか光の精霊さんのところでも同じみたいだけど、劇団と役者さんは別扱いになってるんだそうだ。細かい規則がちゃんとあるんだってさ。例えば役者さんに届いたお金は一定割合で劇団に分配されるとか、役者以外の劇団員にもちゃんと分配があるとか、物品を換金する場合は届出が必要で、それらはちゃんと広報されるとか、ささやかでもそういったファンにはお返しがあるとか、などなどだ。
ちなみにミリィはここには連れて来ていない。
あれから連絡を取ってもらうと、すぐにでも、と快諾されたので俺とリンちゃんだけで劇団の事務所に行くことにして、ミリィは置いてきた。
どっちかというとミリィは演劇内容のほうに興味があるわけで、ティレスさんたち3人の話を聞きたがったからだ。ついでにこれから食事をするところだった彼らのおすそ分けがもらえるらしくて、それと、食事が終わった精霊さんたちもその周囲でミリィに餌付けするんだと思う。雰囲気的にそんな感じになってた。
まぁ、ミリィは何でも本当に美味しそうに食べるもんなぁ、量もだけど。だから食べさせたくなる気持ちもわからなくは無い。無いんだけどね。まぁいいか。
- そんなに影響あるんですか?
「あ、いえ私はまだ見てないのですが、この艦内どこでもその話でもちきりで、監視室の廊下にまで集まって密集状態になってしまい、関係のない部署の者は立ち入り禁止にされたんだとか聞きました」
大人気だな、アンデッズ。これもわからなくは無いけど、何だかなぁ…。
「監視室自体、そんなに大きな部屋じゃないはずですよ」
と、リンちゃん。
そりゃまぁそうだろうね。
「そうでしょうね、ところでその監視室はどこにあるんです?」
「そう問われてあたしが答えると?」
「これは失礼を致しました」
半歩引くかのように上体を一旦引き、右手を胸にあててお辞儀をするトレーディさん。
- ところでトレーディさん、すぐに面会を許して頂いてありがとうございます。
「いえいえ、かの有名なタケル様、そして我らが姫君からのお申し出ですもの、何を置いても優先致しますよ?」
にっこり笑顔。
こういう時、最初から好感度が高めなのはありがたいね。
- それで早速ですが、お伺いしたのはちょっとした相談と提案のためなんですよ。
と言って話を始めた。
それは、もうお分かりだろう。アンデッズの今後の身の振り方のことだ。
彼らは光の精霊さんたちにとっては他に類を見ないほどのエンターテイナーだろうと思ったので、そっち方面で何か仕事ができれば光の精霊さんの里で暮らすことができるんじゃないかって、薄々は思っていたんだけれど、具体的にどうするか、どうすればいいかについては全く考え付かなかった。
それでしばらく『森の家』で受け入れておいて、その間にモモさんたちや燻製小屋のひとたちの反応をみて、意見を聞いて、あるいは提案してもらえばいいかなって思ってたんだ。最悪、そのまま『森の家』のところで暮らしてもらってもいいかな、なんて勝手に考えてたわけなんだが。
そうしたら、この艦に芸能方面の専門家が居るってことなら直接意見を聞いてみようと思い立ったってわけ。
何せアンデッズに営業しろとか運営しろってのはちょっとね、急にそんなことしろってったって無理があるだろうから、そういったノウハウを持ってる専門家たちに依頼するほうがいいはずだ。
「…お話は解かりました。申し訳ありませんが私は政府の1部署に所属している身でしかありません。私の一存では決められないのです」
話を聞いているあいだずっとにこにこと、座った身体は前のめりになっていたが、いかがですかと話を締めくくって問いかけると、まるで夢から覚めたようにすっとそれらが沈むように消え、ゆっくりと姿勢を正して小さくため息をついてから言った。
- あっはい、それは理解しています。何もここで決めろと言っているわけではありません。ただ、演劇に携わっているお立場として、彼らという素材はどうなのかというご意見を伺いたいと思ってお話を聞きに来たんです。
「なるほど、そういう意味でしたら彼らはとても興味深い存在ですね。ただそこに居て、動き、話すだけで私たち光の精霊にとっては愉快この上ない、そんな素材をさらにどう動かし、磨くか…。…ああ、そんなことができるなら演出家冥利に尽きますね。…はぁ、でも…」
ひとりで盛り上がり、拳を握り締めて言い、そしてまた消沈した。
浮き沈みの激しい精霊さんだな。お芝居に携わっているのもわかる。
実年齢はいくつなのかわからないけど、見掛けは20代後半ぐらいの女性だ。ネックレスのように眼鏡を鎖で首から提げているが、レンズがついてなかった。
そういえばこの世界でまともな眼鏡って初めて見たような気がするな。レンズ無いけど。
- ではもし、彼らが演劇に携われるような状況になったら、ご協力をお願いしても?
「それはもちろん、こちらからお願いしたいくらいですが…、彼らは演劇に興味があるのですか?、いえ、その前にそのような状況になると仰るのでしょうか?」
トレーディさんは表情をころころと変えながらも期待と不安で不思議な表情になっている。確かに、この精霊さんの意見で話が決まるわけじゃないならそういう表情になるのもわかる。
- あー、現時点ではまだ何とも。彼らの意見もまだまとめていませんし、ファダクさんやアリシアさんの許可が必要なら、そちらともお話をしてからになりますから…。
「そう、ですね。もし、というお話でしたね。済みません」
- あ、いえ、こちらこそ。貴重なご意見がきけました。お時間を頂いてありがとうございます。
「あ、はい、こちらこそ興味深いお話でした、ありがとうございます」
と、お互いに立ち上がってお辞儀をし、この場を辞して戻ることにした。
戻る途中でリンちゃんが、『タケルさまがそうお望みなのでしたら、あとは彼らアンデッズがどうしたいかという事だけですよ?』と、精霊さんたちの側には何も障害なんてないんだと言わんばかりに言った。
- 無理を通すような事は僕だって望んでないんだよ。ほら、強引に事を進めちゃうとどこかに軋轢ってものが生まれるもんだし、だからこうして現場に近い人にも話をして、反応を見に来たわけだからね。
「はい、わかってますよ?、でももう、あ、少しお待ちを」
リンちゃんはにっこり笑顔で返して、すぐに例の電話のジェスチャーをして早口で数秒のやりとりをした。
「ファダク様から連絡が入りました。タケルさまは今からアンデッズのところへ向かわれるのですよね?、それが終わったらファダク様がお話を伺いたいとの事でした」
- あ、うん、それってこの件で?
「はい」
何を解かりきった事をとでも言うような表情。
- 何か話が早くない?
「当然です。劇団長は上司である演劇部長に報告する義務があるんですよ?、タケルさまから例のアンデッズに関してこういうお話がありましたと連絡が行き、政務上層部で試算や可否の判断を行い、現場統括であるファダク様に連絡が来るのに数分とかかりませんよ?」
え、もう試算や可否判断終わってんの?、マジすか。
- マジで?
「はい、マジです」
- はぇー…。
「呆けてる場合じゃないですよ、急いでアンデッズに話をしに行きましょう。もう事態は動いちゃってるんですから」
- あ、うん、そうだけど、彼らの気持ちもさ。
「タケルさまだって彼らが反対するとは考えてないんですよね?」
- ああうん、それはそうなんだけどさ。
急に外堀が埋められたような気が…。
「もう、タケルさまがそんなでどうするんですか、しっかりして下さい」
- あっはい、急いで行かないとね。
「はい!」
●○●○●○●
「話が途中だったのに、こっちで待つようにって言われたかな!」
アンデッズの区画へ行くと、二重扉の前にミリィと、彼女を案内してきた兵士のひとがいた。兵士かどうかは服装でわかるようになってる。任務中だと帽子と胸に札のようなものがついてるらしい。帽子はたまにかぶってない精霊さんもいるが、警備担当のひとはだいたいかぶってるからね。
- 途中だったの?
「うん、おかげでいいところで話が終わっちゃうし、美味しそうできれいなのも食べそびれたかな!」
そりゃミリィには災難だったね。
と思いつつ隣の案内兵士さんを見ると薄笑いで頷き、『新作のケーキだったそうですよ』と言ってくれた。
- あらま。
「タケルさま」
ああ、急いでたんだった。
- 急いで中のアンデッズに話があるんだよ、ごめんね、ミリィの話は後で聞くよ。
「はーい」
と、胸元に飛んで来たので手で受け止めようとしたら、左手の親指にしがみついた。
もうそこお気に入りだね。
そして案内兵士さんに会釈をして、中に入った。
入ると、連絡が行っていたのか、すぐ近くに全員揃っていた。相変わらずな見かけなのでやっぱりちょっと驚いた。
「兄貴、何かお話があるという事ですが」
- ああうん、実はね……、
と、演劇に出るお仕事をしてみないかという話をした。
「演劇ですかぃ?、俺たちそんな明るい場所に行っていいんですか?」
え?、そっち?
- えっと、演劇の仕事は嫌じゃないってこと?
「そりゃやったことはありませんが、どうせ生前の記憶なんてねぇんですから、どんな仕事でもやった事が無いのは同じですから」
「そうですよ、仕事が貰えるなら何だってやりますよ、俺たち」
「自信はないけど、頑張ります!」
「こんな形で仕事させてもらえるんですか!?」
「演劇ってったら脚光を浴びれるんだよな?」
「明るく生きてゆける!」
「光の当たる場所で!」
「そんな幸せなこたぁねぇな!」
「「あっははは」」
そっか、そうですか。何て前向きなんだろう、見かけに反して。
全く心配する必要なんて無かったな。
ふとリンちゃんを見ると、まるで予想済みであったかのように、そうでしょうそうでしょうと言うような感じで頷いていた。
- じゃあさ、話を進めてきていいってこと?
「「お願いしまっす!!」」
そうですか。
- んじゃ上の人に話してくるよ。
「よろしくお願いします、兄貴」
とリーダーゴーストが言い、って涙流してるし。後ろではすすり泣いてるのが居るし。
「な、泣くなよお前ら…」
「だってぇ…」
「俺たちこんなだから泣いちゃダメだってよぉ…」
「お前だって涙流してんじゃねぇか」
「嬉しくても、泣くんだなぁ…」
って聞こえてくるけど、どうせ最後には全員で笑うんだろうから、最後まで聞かずにさっさとリンちゃんを連れて退室した。
ミリィは俺の親指を抱きしめて貰い泣きしてた。
●○●○●○●
「お話は大筋は伺っております。監視所からも報告がありました。タケル様は本当に面白い事を考え付くのですね」
ファダクさんのところに行くと、応接のところに座ってすぐに笑顔で言われた。
今回こんなのばっかしだな。
ここに来る途中で、リンちゃんは忙しく連絡を受けたりリンちゃんからも連絡をしたりしていたようだった。内容はさっぱりわからなかった。早口な例の精霊語だろう。
- はぁ、まぁ、その、お仕事を増やしてしまったようで…。
「いえいえ、有意義で愉快な事ですから、それで増える仕事なら大歓迎ですよ、ははは」
- それでその、改めて僕から説明するような事はあるんでしょうか?
何だか全部もう話が通ってるような気がするんだよなぁ。
「ぶっちゃけて言えば特には。あくまで形式上、タケル様とお話をすることが重要なだけです」
ぶっちゃけたなぁ、形式上か、しょうがないな。
「さらに言いますと、例のアンデッドたちを里の転移場を経由して『森の家』というタケル様のお宅に移送する許可も下りました。彼らを演劇に携わらせる許可も、もう出ております」
え、展開が早いよ。
- あ、そうなんですか?、ありがとうございます。
「『聖なるアンデッド』。いいですなぁ、ははは。彼らはあれ以上増える事も無いようですし、性格的にも問題はありません。彼らの様子を抜粋した映像、あれが里の上層部にはかなり受けたようでしてね、そこにタケル様のご提案という報告がプラスされたので一気に事が運んだ次第です」
さっぱりわからん。
「私としては、せっかく彼らがプールで遊んでいる様子を加えた映像第2弾を用意したというのに、タケル様に先を越されてしまいましたよ、あっはっは」
え?、何が何やら。どういうこっちゃ。
「まさか劇団長からの報告ひとつであの演劇部を活性化させるとは、参りました」
いあいあ、俺は話を聞きに行っただけだよな?、そりゃあとでリンちゃんから報告の流れを聞いたけどさ、そんなの予想してなかった訳で。
「あとは『森の家』側での受け入れ準備が整い次第、アンデッドたち、いや、聖なるアンデッドたちを安全に移送致しますので、ご安心下さい」
- そうですか、ありがとうございます。
何だかよくわからんが、お礼を言っておいた。
何故かやたらご機嫌なファダクさんとの話を終えて部屋を出ると、ミリィが『何だかよくわからないけど、上手く行ったのかな?』と言った。
部屋の中では大人しく俺の左手親指に抱きついて指先にあごを乗せてじっとしていたのに。
- うん、そうみたいね。
俺もよくわからん。でもここでリンちゃんにそのへん訊いたりすると、ずっとにこにこしている様子からしてまた妙な賛辞の嵐になりそうだから訊けない。
俺としては、演劇の関係者からお話をきいたら、アンデッズに仕事の話をして、彼らがやる気であればその話をファダクさんにもっていって、許可が下りるまで待つ、という予定だったんだよ。
それが一気に進みすぎて正直気持ちがついてきてない。足を一歩踏み出しただけで、その足場がどどーっと雪崩のように崩れて行ってしまったみたいな感じ。肩透かし、というのではないんだけどさ、いい事なんだけど、素直に喜んでいいのか戸惑ってるみたいな、そんな気持ち。
うーん、まぁいいか。
結果的には早く片付いて良かったじゃないか。
どうやら俺の手も離れたみたいだし?、うん、良かった良かった。
という事だよな?
次話3-034は2020年03月13日(金)の予定です。
20200317:脱字補完。
(訂正前)結構香りがいいせいテーブルに
(訂正後)結構香りがいいせいかテーブルに
20200503:文言訂正。
(訂正前)わからなくはない。無いけどね。
(訂正後)わからなくは無い。無いんだけどね。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
この3章でタケルが助けた子。可愛い。
まだ両性だしまさに天使。
今回は出番なし。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
食べすぎ注意報。
メイリルさん:
ラスヤータ大陸北部を占める獣人族の国、
ミロケヤ王国の昔の王女。
今回は出番なし。
ラスヤータ大陸:
この3章の主な舞台。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回もまた出番がなかった。次回こそ?
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
ちなみに、公式な場所で挨拶されるときにはちゃんと、
『リーノムルクシア様』と呼ばれる。
『ム』は小さく言うのがコツらしい。
『リンちゃん』と呼ぶのはタケルだけで、
『リーノ』と呼ぶのは大地の精霊ミドだけ。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
名前はよく出てくるね。
ファダクさん:
光の精霊。
アリシアの配下。航空母艦アールベルクでの統括責任者。
ご機嫌さん。
母艦アールベルク:
光の精霊さんが扱う何隻かある航空母艦のひとつ。
魔砂漠の魔塵処理作業のため、
魔砂漠中央あたりの上空8kmに停泊している。
母艦というだけあってでっかい。
まさかプールまであるとは。さらに演劇場まで。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
世界に5人しか居ない大地の精霊のひとり。
ラスヤータ大陸を担当する。
今回も名前だけの登場。
アーレナさん:
大地の精霊。
ラスヤータ大陸から北西に広範囲にある島嶼を担当する。
魔砂漠正常化作業を地下から手伝っている。
おなじく。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
今回登場せず。
アンデッズ:
明るいアンデッドを目指す変な集団。
タケル曰く『聖なるアンデッド』。
母艦で個別面接の期間、監視されている。
劇団『聖なるアンデッズ』の誕生か!?
ミロケヤ王国:
ラスヤータ大陸の北半分以上を占める獣人族の国。
王都はゾーヤで、ラスヤータ大陸中央部にある。
結構でかいが人の住むところは多くないので人口はそこそこ。
ティレスさん:
母艦アールベルクに来ている劇団の男性俳優。
現在公演中の演劇での主役のひとり。
公演中の演劇は複数あるので主役も当然その数だけ存在する。
モレアさん:
同、女優さん。セリフなし。
ティレスさんと同じ演劇の出演者。
ケインズさん:
同、男優さん。セリフなし。
ティレスさんの弟子のようなものだそうだ。
トレーディさん:
母艦アールベルクに来ている劇団の責任者。
元演出家。
今でも現役のつもりだが劇団長の仕事があるため退いている。
『劇団長なんてやめてやる!』といつも言っているらしい。
演劇部:
部活のような名称だが、れっきとした光の精霊政府の1部署。
演劇自体がローテーションで小さな変化しかないものなので、
あまり上層部には活気がない。
そのため、いわゆる窓際部署として有名。
ファダク氏が『あの演劇部』と言うわけである。