3ー032 ~ ミリィとアンデッズ
「タケルさま、…どうなさるんですか?」
ファダクさんの部屋を出て廊下を数歩あるいたところで、リンちゃんが歩調を変えて振り返って尋ねた。
セリフは曖昧な言い方だけど、俺の手指に抱きついてるミリィをちらっと見てから言ったので、これからミリィの扱いをどうするんだって尋ねてるんだろうと思う。
- んー、連れてきちゃまずかった?
「いえ、そうは言いませんけど…」
あまり歓迎はしてないご様子で。
- まぁ、危険が無い限りは好きにさせてもいいかな。人種の町や村には連れて行くつもりはないけど、その点、アンデッズなら会わせても問題なさそうだし。
「そうですね…」
- もしこの子が『森の家』までついて来たいのなら連れてってもいいかなって思ってるよ。
「わかりました。『森の家』はタケルさまの家ですから」
リンちゃんは歩きながら俺の右ひじのところをちょんと摘まんで正面を向き、隣で誘導するように並んだ。いつもと逆なのは、ミリィが俺の左手に居るからだろう。
モモさんにもそう言われたけどさ、どうもあそこは俺の家だっていう気がしないんだよなぁ、工場とか寮とかあるし…、なんだかなぁ。
勝手に占拠して建築しちゃってるっていう事実がどうにも…、一度ハルトさんかシオリさんにでも相談した方がいいんだろうか…?、それとも一応あそこはホーラード国内でもあるんだし、王族のメルさんの方がいいのか?
いや待てよ、メルさんを連れてったときに、『僕の家に』って言ったような気がするな…。今更、実は勝手に建てましたなんて言いにくいぞ?、いやでも黙ったままってのも気付いてみると罪悪感のようなものが…。
「ねぇ、アンデッズって何かな?」
- 魔導師の家の前に連れてきた、ちょっと光ってたひとたち、見てない?
「もしかして骨がいっぱいだったかな…?」
なんつー表情。半分劇画調みたいな。
- そうそうそれ。そういえばあの時ミリィ居たっけ?
「精霊様とハツちゃんに捕まってたかな」
- え?、アーレナさんに?、何か言われた?
「うん、『ふたりとも下がってな』って言われたかな」
ああ、あの時はまだ完全には安心できなかったんだろうね。ドゥーンさんもメイリルさんを庇うような立ち位置だったし。
- 普通のアンデッドは、生きてる人にとっては危険な存在だからね。
「うん、精霊様もそう仰ってたかな」
- でもこれから会うアンデッドたちは、普通じゃなくて、安全なアンデッドなんだ。
「大丈夫なの? かな?」
- うん。大丈夫。たぶんミリィなら会話もできるんじゃないかな。
「それは楽しみかなー」
声に魔力を乗せて会話してる有翅族なら、たぶん通じるだろうね。魔力強度的にも会話ができそうな感じだし。
そうこうしている間に、リンちゃんの誘導でエレベーターに乗ったり廊下を移動――何人かとすれ違い、自動移動する廊下もあった――して、アンデッズの居る区画に到着した。
おそらくは区画の境界だからだろう、二重になっている扉をくぐるとそこは広い空間になっていた。
ざっと4フロア分の吹き抜けで、んー、まるでショッピングモールのホールとでも言うか、ホテルのフロント前のロビーとでも言うか、椅子やテーブルもあるし、観葉植物のようなものも置いてある憩いの空間とでも言おうか、とにかくそんな大きな部屋だった。
「わぁー、明るいかなー」
「ここはもっと大人数の団体客用の区画だそうです。彼らの個室はこの周囲に隣接しているものが割り当てられています」
- へー、確かにすごい広いね。
この規模だと1000人以上の団体客でも収容できそうだ。
天井には空模様が投影されていて、太陽が真上にある。外はもう日が傾いていたはずなので、リアルタイムではないようだ。
「本来なら外の景色を投影するので夜にもなるんですが、ずっと明るいままにできないかと言われたそうで、真昼で固定しているとの事です」
- なるほど。
監視するって言ってたし、明るいほうがむしろ都合がいいんだろうね。
しかしアンデッズは目でものを見ているわけじゃないのに、実際の明るさって関係あるのかな。
「兄貴~!」
見ると部屋の中央付近、椅子などの無い空間にアンデッズが集まっていて、リーダーゴーストが立ち上がってこっちに向かって手を振っていた。
俺も片手を少し挙げて、聞こえてるよと合図を返し、近づくことにする。
「俺たち、兄貴にはどれだけ感謝しても足りませんよ」
近くまで来ると、待ちきれなかったかのように駆け寄って(?)来た。
その後ろにぞろぞろと他のもついてきた。絵面は最悪に近いけど、ゴーストたちが笑顔だからまだましだ。
- まだ目的地に着いたわけじゃないから。それでどうです?、不自由とかありません?
「いやー不自由なんて全然、ここは天国ですね!」
「「あっははは」」
- 面接はどうでした?
「それも特に、いくつか質問されたり、あと、運動テストのようなものをしたぐらいです」
- へー、運動テスト?
「走ったり、跳んだり、引っ張ったりですかね」
「壁登るの楽しかったです」
「泳げるようになりました!」
「あー、骨はそういうの楽しそうでいいよなぁ」
- え?、泳ぐって?
「隣にでっかい水槽があるんでさー」
水槽?
「プールがあるんですよ」
リンちゃんが補足してくれた。なるほどプールか。
- って、泳げるの?
「全員じゃねぇです。一部まだ泳げないのが居ますが、骨は泳げるようになるみたいです」
「幽は泳ぐ泳げない以前の問題っすよ」
さっぱりわからん。
- 溺れたりはしないよね?
「そりゃあ、俺たち息してませんから」
「水に入れないんです」
- あ、そなの?
「入れたのリーダーだけでした」
「いやー、あれは気合がいると言いますか、めちゃくちゃ疲れるんで」
「出てきたらリーダー薄くなってたよな」
「「あっははは」」
あ、笑い事なんだ。
- 骨のひとは水に入っても大丈夫だったの?
「はい、何もしないと沈みますけど」
「「あっははは」」
「浮きを貸し出してもらったです」
へー
- まぁ、楽しくやってるならそれで。
「へぇ、おかげで楽しくやってます。ところで兄貴のその手の小さいお方は?」
- この子は有翅族のミリィ。リンちゃんはもう知ってるよね?
「はい、リン様は前のときに。ミリィさんですか、俺たちは名前が思い出せないもんで、俺だけはリーダーって呼ばれてますが、あとは起きた順に番号なんで、まぁ適当に呼んでくだせぇ、あ、えっと、言葉は通じてるんですかい?」
彼は俺の手指にしがみついてるミリィに、腰を屈めて説明っぽい挨拶をして、思い出したようにその姿勢のまま俺の顔を見上げた。
- ミリィ、しがみついてないで、ほら、聞こえてたよね?
ミリィのほうはというと、俺の親指を片腕で抱え、もう片手を口元にあてて、まるで『あわわ』とでも言いそうな表情で目を見開いていた。
「こ、このひと、向こうが透けて見えるかな!、ひ、ひとじゃないかな!」
「そりゃあ幽霊なんですから…」
困ったように後頭部をかくリーダーゴースト。
「そう言やぁ初めてリーダーに会って、『透けてるぅ!』って逃げたやつがいたっけな」
「お前じゃん!」
「あ、俺か!」
「「あっははは」」
後ろで何やってんだか。
「ユーレイって何かな?」
- あれ?、アンデッドだって説明したけど、もしかして知らない?
「アンデッドって骨のひとのことじゃないの?、かな?」
- この向こうが透けて見えるひともアンデッドなんだよ。
「2種類いるってことかな?」
他にもアンデッドのカテゴリーに入るのは居るんだろうけど、ややこしいからいいか。
- うん、そう。
「アンデッドのユーレイさん?」
- 透けて見えるひとは幽霊。幽霊と骨とをまとめてアンデッドだよ。
「あ、リーダーさんでいいのかな?」
- そうそう。
「えっと、ミリィです。透けて見えるのにびっくりしちゃってごめんなさい」
話している間に落ち着いたのか、俺の手から飛び上がって空中でお辞儀をした。
リーダーの後ろでは女性アンデッズたちが『ひゃぁぁ、可愛い♪』と口々に言っていた。
「お、おお、よろしくな、ミリィちゃん」
ちょっとだけ照れたように言うリーダーゴースト。何だか意外だけど仲良くやれそうだね。会話もできてるし。
そこからは、リンちゃんが後ろでお茶を用意してくれたので、少し休憩。
時々誰かが来ては挨拶したり、プールで遊んだりしたことを楽しそうに話してくれたりしながらお茶をちびちび飲んだ。
ミリィも時々飛んできてはお茶を飲み、ぞろぞろと女性アンデッズがついてきてまたミリィを連れてったりした。ミリィはアンデッズに触れても問題ないようで、ワンピースを着た骨のひとの肩や手に乗ったりして楽しそうに話をしていた。
俺を『兄様』と呼ぶ一番小さな骨の子が、水魔法を覚えたいって言ってきた。
別に構わないと思ってゆっくりと魔力の流れを教えると、すぐにできるようにはなったんだが、コップ一杯を出すだけでも何だか身体の力が抜けるらしく、使わないほうがいいという事になった。
ゴーストもそうなるのか、試しに教えてやってもらったら、同じようにすごく疲れるらしく、使わない方がいいだろうという結果になった。
魔力の流れや操作には問題が無さそうだったんだけど、どうも彼らは自分の身体を維持するほうに魔力を常に循環させているようで、そこから魔力で何かをするとなるとそのバランスが崩れてしまうので、魔法は使わないほうがいいんじゃないかというのが観察してわかったんだ。
周囲の魔力も取り込んではいるが体内魔力はそれほど余裕がある状態ではないし、過剰に取り込んで光ってるような状態のときなら魔法が使えるかも知れないが、普段の状態だとほんの少し魔法を使う程度でも、力が抜ける、疲れる、となってしまうようだった。
訓練次第でどうにかなりそうな気もしたが、そこまでして魔法が使いたいわけではないんだとさ。
だいたい様子もわかったし、そろそろ戻ろうかなという時、ミリィとリーダーゴーストが近くで話していた。
「ちょっと気になったんだけどよ、有翅族ってのは羽がある種族って意味じゃねぇのか?」
「羽が無くても有翅族かな!」
ミリィが空中で腕組みをして横を向いて頬を膨らませた。
「じゃあ俺たちと似たようなもんだ」
「どういう事かな?」
「俺たちアンデッドなのに光属性なんだそうだぜ?」
「そうなの?」
とこっちを見るミリィ。
- うん。聖なるアンデッドだね。浄化魔法効かないし。
「「聖なるアンデッド!!」」
「そりゃいい、これから俺たちそう名乗ろうぜ!」
「「あっははは」」
「「俺たち!」」
「「私たち!」」
「「聖なるアンデッドー!」」
「「わっははは」」
全員両手をVの字に掲げて言い、拍手しながら大笑いだ。
手が骨のひとたちは音が拍手の音じゃないし、ゴーストのひとたちは拍手しても音がでてないけど。
「だからよ、ミリィちゃん、でいいのかな?、種族の名が矛盾してるって意味で同じだって事さ」
喜んで騒いでるアンデッズたちを背景に、ゴーストリーダーがミリィに言った。
「うん。でもミリィの羽はまた生えてくるかな」
一緒にされたミリィは不満そうだ。
まぁわかる。アンデッドは種族名じゃないと思うし、アンデッドと一緒にされたくはないよね。ミリィはいまいちアンデッドってものを理解してはいないようだけども。
「良かったな、じゃあ今だけ似たもの同士ってことで、仲良くしようぜ」
「うーん、わかった。タケルさんに救われたのも同じみたいだし、よろしくかなー」
そう言ってゴーストリーダーの周囲をくるっと飛んで、彼が差し出した手の上に座った。
え?、座れるんだそこ。どうなってるんだろう?
そういえば物を持ったりしてたっけ。任意に実体化できたりするんだろうか。
「本当に楽しい人たちですね、タケルさま」
- そうだね。んじゃそろそろ戻ろうか。
「はい」
ミリィにも声をかけて、彼らが手を振って、俺たちは戻った。
見栄えさえ気にしなければ、素直でいい人たちだ。
「楽しいひとたちだったかなー」
ミリィもそう思ったようだった。
「あのひとたち、ものが食べられないって言ってたかな。タケルさんたちがお茶しか飲んでなかったのってそれでかな?」
- うん。目の前で食べるのは悪いかなって。
「『兄貴様のお気遣いは嬉しいけれど、気を遣われてるほうが気になります』って言ってたかな、普通に食べてていいのにって言ってたひとも居たかな」
- そっか、でもそのへんはもう少しお互いに慣れてからのほうがいいと思うよ。
「そう、かな…」
- ミリィだってお腹すいたって言わなかったじゃないか。
「うん、だってタケルさんがお茶しか飲んで無かったから、言っちゃだめかなって我慢してたかな」
- そっか、んじゃ今は?
「お腹空いたかなー、あはは」
- リンちゃん
「では、艦内の食堂へ寄りましょうか」
という事になった。
食堂では、俺とリンちゃんは軽食程度だったのに、ミリィだけはがっつり食べていてリンちゃんが『よく食べますね…』と呆れていたが、そう言われたのを気にしたのか、ミリィもおかわりはしなかった。
まぁもう部屋に戻って眠るんだから、そのへんにしといたほうがいいと俺も思うよ。
次話3-033は2020年03月06日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
この3章でタケルが助けた子。可愛い。
まだ両性だしまさに天使。
今回は名前だけ。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
アンデッズに大人気。
ちゃんと気遣いもできるかな。
メイリルさん:
ラスヤータ大陸北部を占める獣人族の国、
ミロケヤ王国の昔の王女。
怪我をして倒れていたところをアーレナさんに助けられ、
治療用カプセルに入れられたが冬眠モードになっていたため、
100年ほど忘れられていた。
ラスヤータ大陸:
この3章の主な舞台。
北半分はミロケヤ王国だが、ほとんどが砂漠。
その砂漠の一部が魔砂漠と呼ばれる
魔塵を含む砂嵐の止まない場所。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番がなかった。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
監視されている部屋なので、あまりタケルにくっつけなかった。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
ファダクさん:
光の精霊。
アリシアの配下。航空母艦アールベルクでの統括責任者。
母艦アールベルク:
光の精霊さんが扱う何隻かある航空母艦のひとつ。
魔砂漠の魔塵処理作業のため、
魔砂漠中央あたりの上空8kmに停泊している。
母艦というだけあってでっかい。
まさかプールまであるとは。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
世界に5人しか居ない大地の精霊のひとり。
ラスヤータ大陸を担当する。
今回も名前だけの登場。
アーレナさん:
大地の精霊。
ラスヤータ大陸から北西に広範囲にある島嶼を担当する。
魔砂漠正常化作業を地下から手伝っている。
おなじく。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
新しい服を作ってる。
アンデッズ:
明るいアンデッドを目指す変な集団。
タケル曰く『聖なるアンデッド』。
母艦で個別面接の期間、監視されている。
泳げるスケルトン。
ミロケヤ王国:
ラスヤータ大陸の北半分以上を占める獣人族の国。
王都はゾーヤで、ラスヤータ大陸中央部にある。
結構でかいが人の住むところは多くないので人口はそこそこ。
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
川小屋の管理人のような立場になっている。
美少女らしい。でもすげー強い。
剣の腕は達人級。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
現在はハムラーデル王国と東に国境を接するトルイザン連合王国、
その国境防衛拠点に居る。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。現在ではハルトの次の古参。
ロスタニア所属。
ハルトに10年遅れてこの世界に転移してきた。
『裁きの杖』という物騒な杖の所持者。