3ー028 ~ メイリルさんの名前
「お、御主、災難に遭うたと聞いたが元気そうで何よりじゃ。その節は世話をかけたの。あれから魚を獲るのが楽になって助かったぞよ。して、妾たちの分は……、無いようじゃが…?」
「お腹が空きましたね、姫さま」
「またあの娘が私たちの分も食べたのですわ」
「これこれ、妾たちはここにご厄介になっておる身じゃ、そう文句を言うものではない」
ディアナさんたちが空中で、それもわざわざ俺の真横に回りこんできて小芝居を始めた。まぁ忘れてた俺も悪いんだけどね、仕方が無いからもうひとつのテーブルに用意をしようと、あと少しだった俺の分をささっと口に放り込み、スープの残りを飲んでいる間に、ハツがかまどの上の鍋を火魔法で温め直していた。
それにしても、『また』って、ミリィそんな事したの?、とミリィを見ると、もぐもぐしながらこっちを見てにこっと笑った。したのか。だめじゃん。
「でも姫さま、私たちはここから出てはならないと言われているではありませんか」
「そうですよ、」
「まぁ待ちなさい、そこでハツが用意しておるじゃろ、お前さんたちの分もちゃんとある。いま儂が場所を開けるでの」
と、ドゥーンさんがちゃっかり自分の分を手に、隣のテーブルに移動した。
俺も同じように席を立ち、使った取り皿をもって流しのところに行って置く。
「そんな、精霊様、」
「お気遣いなさらなくても」
口々に言うディアナさんのとりまき4人。そう言えばこの人たちの名前聞いてなかったな。
「何、構わんよ」
「「ありがとうございます」」
むしろドゥーンさんは気を遣ったというよりは避難したんじゃないかな、と思いながらポーチに手を突っ込んで何か適当なのが無いか探してみると、川魚のフライや燻製に角イノシシや角ニワトリなどの肉料理に野菜類、それと多くの菓子類やパン、マヨ壷などあるわあるわ、ちょっとどれにするか悩むぐらいあるとわかった。
そうか、リンちゃんとの距離が近くなったから、リンちゃんのリュックに入ってる分も取り出せるのか。そういやさっき作ったサラダ類もそっちからの分かもね。普通に取り出しちゃってたけど。
とりあえずドゥーンさんに焼き鳥みたいな串にさして焼いてあるものを出してみてから、それでいいか訊いてみるかな。
- ドゥーンさん、こんなのはいかがですか?
と言ってドゥーンさんの取り皿の上に焼き鳥の『ねぎま』のようなのと『もも肉』っぽいものを置いた。
「おおっ!?、これはありがたいが、ええんかの?」
- どうぞどうぞ。ディアナさんたちも良かったらいかがです?
取り皿を別に出して載せながら尋ねるや否や、こちらのテーブルに殺到した5人。
「おおお、肉かや!?、久しぶりじゃのう」
「お肉ですよ姫さま!」
「何のお肉ですか!?」
「美味しそうです!」
「お腹が空く香りがします!」
取り皿の回りを取り囲んでいるが、手に取ったりはしないようだ。『取る』ばっかりだな。ミリィだったらさっさと手を出してるところだろうに、行儀がいいんだな。
そこにハツが茶碗に分けたつくねスープをお盆に載せて持ってきた。
「お待たせしました。あ、ドゥーンさんのが無い」
「いや、儂はもうええ。これだけで充分じゃ」
「はい」
- 串が長くて食べにくいかも知れませんけど、どうぞ。
ミリィ用というか、小さな串と匙を人数分、さっと作って皿のふちに置くと、それぞれお礼を言いながら取って、大地の精霊に感謝の祈りを言ってから食べ始めた。
目の前にその大地の精霊が居るんだけど、と、ドゥーンさんを見たが、聞こえないふりというか横を向いてたぶんお酒だろう小瓶を傾けていた。
その後は、ミリィが焼き鳥っぽい串を食べたがってうるさいから1本出したのと、ドゥーンさんのテーブルが酒盛り状態になった直後にアーレナさんが戻ってきて、『朝っぱらからいいご身分さね』と、ちくりと言いながらドゥーンさんから何か端末らしきものを受け取り、また出かけて行った、という事があった。
俺は、『少し出かけてくるね』とハツに言い、ついて来ようとしたミリィに『そこの港町に行くんだからついて来ちゃダメ』と言ってエクイテス商会へと向かった。
●○●○●○●
先日荷物を受け取ったエクイテス商会の中庭に着陸してから、入町税のようなものが必要だったんだと思い出したが、俺の事を覚えていてくれたらしい店の人が急いでエクイテスさんを呼びに行ってくれたので、そのまま少し待つと、程なく慌てたようにエクイテスさんが飛び出してきた。
「タケル先生!、急用でございましょうか!」
- あ、いえ、町に入るのに税金がかかるってうっかり忘れてただけです、すみません。
そう言うとほっとしたように溜め息をひとつ。
「はー、空から降りて来られたと聞いたもので、驚いて駆けつけましたよ…」
- ここのところ移動がそればかりだったので、つい。お騒がせしました。
「と言う事は、本当に飛んで来られたのですか…」
- あ…、ええ。まぁ、そうです。
ぽかーんと口をあけて呆然とした表情で見られてしまった。
まずかったかな?、まぁ、俺も迂闊だったけど。
- あ、えっと、入り口に行って税金を支払った方がいいですよね。
「え?、あ、いえ、それはこちらで何とかします。それより先生の御用をお伺い致しましょう、どうぞこちらへ」
と、エクイテスさんについて行くと、こないだの応接室に通された。
改めてこの部屋に設えられている暖炉をよく見たが、一度も使われていないんじゃないかってぐらいにきれいだった。
「ああ、これですか。格好をつけるために設えたのですが、使う機会がないのですよ」
と、俺の視線に気づいたエクイテスさんは笑った。
確かに、ここは温暖というかむしろ暑いぐらいなので、暖炉の出番はなさそうだ。
- 寒くなりそうにないですもんね。ところでエクイテスさんにみてもらいたいものがあるんですよ。
そう言って例の不気味な空間の大きな家にあった肖像画をポーチから取り出し、『ほう』と返事をしたエクイテスさんの前に並べて置いた。
「これはまた、えらく古いものですね」
- ご存知ですか?
「知っているというほどではありません、古い書物にあったと聞いたことがあるぐらいですが…、これは何百年か前の、この国の王と王族の肖像画でしょう。額にはもう価値がありませんが、中身はこれほど良い状態ですから相当価値があると思われます」
確かに、額は塗装などが剥げているからね、ガラスをかろうじて支えているだけになっている。
「これも魔砂漠の地下からですか?」
- はい、そこに隔離されていた空間にありました。他の絵もあったのですが、表面がガラスで保護されているのがそれだけだったので、他のは朽ちていて何が描かれているか、程度しかわかりませんでした。
「なるほど、詳しくお調べになりたいと」
- えっと、ある意味ではそうですが、実は100年ほど前の事が知りたいんです。
「ほう?」
- この絵の、この方によく似た人物が100年ぐらい前に居なかったでしょうか?
「うーん…、なかなか難しい事を仰いますね」
と言って俺が示した絵の人物をよく見るエクイテスさん。
「100年ほど、というと…、あ、少々お待ちを」
席を立って、扉を開けて出て行った。
扉は開けっ放しで、『ああいい、開けておいてくれ』と外に待機していた人に言うのが聞こえた。
2・3分ほどすると、戻ってきた彼は両手で抱えるようにして分厚い本を2冊もってきた。テーブルの上には肖像画が2つ置かれているので、ソファーの上に本を置き、1冊を自分の膝の上に広げてページをめくった。
「これはこのミロケヤ王国の歴史書でしてね、もちろん写しですが、えー、確かそのあたりで…、っと、そうそう、マルケナ王の後継者争いがあったんですよ、こちらです」
と、肖像画の横にその本をこちらに向けて置き、それが記載されている部分を指で示した。
そこには、病床にあったマルケナ王の代わりに政務を執り行っていた宰相が執政官たちを巻き込み、遺言を捏造して第3王子ソリタスに王位を継承させようと画策、それを阻止しようと第1王子ネイベスと第2王子ガウドが兵と共に王城を占拠、ソリタス以下宰相やそれに従っていた執政官らを抹殺、その後ガウドがネイベスを討ち、ガウドが王位を継承、と書かれていた。(※)
「そこには記されていませんが、こちらにもうひとり王族が居たという記述があるんですよ」
ちょうど該当部分を見終わったのを見計らって、ページを何ページか戻した。
「ここに、先祖返りの髪色を持つ王女メイリルが誕生したこと、神殿に預けられたことがそれぞれ記されています。その時代の肖像画は残っていませんが、ここに、20代前の王女メイベルに肖って命名とあります」
- ほう、王女メイリルですか…。
ちゃんと歴史書に載ってるとはね。その名前の由来まで。
こりゃあメイリルさんをここに連れて来るか本を借りるか、どっちがいいかな。
「その王女メイベルはこちらに記されています。魔力が強かったそうで、神殿の巫女として民に人気があったようですね。こちらの肖像画はその王女メイベルでしょう」
そう言ってもう1冊の本を開いて見せてくれた。
- なるほど、しかし髪色が少し違うのでは?
「こちらに描かれているのはその王女メイベルの名前の由来となっているメイベルの花でして、それが茶色で描かれているのはおかしいのですよ。メイベルの花は濃紺しかありませんから、おそらく絵に使われている顔料が劣化して変色したのでしょう。同じ色で描かれたはずの王女メイベルの髪も、同様に茶色く変色したと考えれば合点が行きます」
なるほどなー、経年劣化による変色かー、それは思いつかなかったな。
花の色かー、さすが商人。脱帽だなこれは。
- そういう事ですか、なるほど、花ですか。ありがとうございます。いやーエクイテスさんに聞きにきて良かったですよ、いやほんっと。
「ははは、先生にそう仰って頂けるとは、何とも照れくさいですな、ははは。それでこの肖像画を当商会に?」
彼は後頭部に手をやって照れ笑いをしてから、その手で肖像画を示した。
- あー、実は、えっと、これは内密に願いたいんですが、
と一旦切って、様子を覗う。
「お伺いしましょう」
さっきので気を良くしていたのもあってか、自信ありげに身を乗り出した。
- 実はですね…、
メイリルさんを預かっていることを救出時のあたりからかいつまんで説明をした。
「……なん…と…」
エクイテスさんは額に手をやってソファーに凭れた。
●○●○●○●
「ねぇモモさん、タケル様は本当に里にアンデッドを通して来られるんでしょうか?」
里から来た技術者たちに食品工場で使う機械と書類情報を渡し終えたベニが戻り、私の分もお茶を淹れ、テーブルに着いてお茶菓子をひとつ食べてからテーブルに両肘をついて、唐突に尋ねてきた。考え事をしている様子だったのはその事だったのかしら。
「あら、ベニは疑ってるの?」
「じゃあ里にアンデッドが?、歴史的事件になっちゃう!?」
ベニが肘を伸ばして背を伸ばした。
「あなただってそう考えたから尋ねたんでしょ?」
「うん、そうなんだけど、でもまさかって思うじゃない」
この子は、タケル様をあれだけ見ていながら、まだわかってないのかしら。
「タケル様がそうしたいとお望みなら、できる限りそれを叶えるのが私たち光の精霊よ?」
「でもあの厳格なファダク様が…」
「ファダク様はリン様を可愛がっておられましたから、タケル様の事もお気に召すでしょうね」
「え…?」
「ファダク様も、そしてアリシア様も、そうお考えになると思うわよ?」
「そう…、なんですか?」
「あなたね…、タケル様には水の精霊もついているし、現地には大地のドゥーン様とアーレナ様もいらっしゃるのよ?」
「あ、うん…」
「禁忌の地、タケル様のおかげで今後収束に向かうってわかってる?」
「うん、それはわかってるけど…」
わかってないわね、これは。
「つまり水や大地の精霊にとってもタケル様は恩人ってことなのよ」
「はい」
「ほんとにわかってる?、それだけタケル様にはお味方が多いってことなの。なのに私たちがタケル様のご希望を叶えられないとしたら他の精霊たちの手前、とても良くないでしょう?」
「あ……」
「なら、経過はどうあれ、結果的にはタケル様が認めておられるアンデッドであれば、里を通してここにお連れすることになるって思わない?」
「そっか、タケル様だっていくら何でも普通のアンデッドを連れて行こうなんて考えないよね、そっか、そうよね、で、いつ来るのかな」
不安そうだったのに、急に期待できらきらし始めたわね。
「リン様からご連絡があるわよ、そうね、だいたい4・5日ってところじゃないかしら」
「そっかー、あ!、25名って言ってたよね、場所とかどうするんです?」
「その計画書を、私がいま作成しているのだけど?」
「あ…、そうでした…」
全くもう、この子は。
次話3-029は2020年02月07日(金)の予定です。
(作者注釈)
※ 捏造:「ねつぞう」は慣用読み。
なので「でつぞう」とルビを振っています。
「でっち上げ」の「捏」です。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
この3章でタケルが助けた子。可愛い。
表情がころころ変わって可愛い。
まだ両性だしまさに天使。
しかも気が利くなんて、マジ天使。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
お預けばっかりなのかな!
メイリルさん:
昔の王女らしい。
父はマルケナ、母はセリル。
兄が3人。ネイベス、ガウド、ソリタスと言った。
当然だがメイリル以外は故人。
さてどうなることやら。
ラスヤータ大陸:
この3章の主な舞台。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
また今回ちょっと話に出た程度の扱い。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
置いていかれてしょんぼり。
今回名前のみの登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄いひと。
再登場はいつなんだろう。そろそろかな。
ファダクさん:
光の精霊。
アリシアの配下。航空母艦アールベルクでの統括責任者。
今回名前のみの登場。
モモさん:
光の精霊。
『森の家』を管理する4人のひとり。
食品部門全体の統括をしている。
リンやタケルのお手伝いを募ったとき、
真っ先に名乗りを上げただけの事はあるね。
本文ではでてこないがリンのお世話係筆頭だった。
そういう縁でタケル製の燻製を最初に食べたひとり。
ベニさん:
光の精霊。
モモの補佐をしている。4人のうち最年少。
もちろん休憩が終わったらまた食品部門の仕事をするよ。
母艦アールベルク:
光の精霊さんが扱う何隻かある航空母艦のひとつ。
艦長はエナールさん。
本文では省略しているが、
魔砂漠の正常化作業は交代制で休み無く行われている。
作業に携わっているひとたちは飛行機械で出ている。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
世界に5人しか居ない大地の精霊のひとり。
ラスヤータ大陸を担当する。
飲んだのがバレた。
『儂ら精霊に朝も夜もありゃせんがの』と言い返したかったが、
言い返すと3倍ぐらい言われるので黙っていた。
アーレナさん:
大地の精霊。
ラスヤータ大陸から北西に広範囲にある島嶼を担当する。
魔砂漠正常化作業を地下から手伝っている。
今回、装置か何かを受け取りに一旦戻ってきた。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
そろそろディアナさん以外の名前が出てくるんじゃないかな。
アンデッズ:
明るいアンデッドを目指す変な集団。
タケル曰く『聖なるアンデッド』。
母艦で個別面接の期間、監視されている。
でも楽しくやってそう。
獣人族:
獣人族「けものひとぞく」が訛って略され、
「けもぞく」と短縮されるようになった。
獣の耳と尻尾を持つのが特徴。
無人族:
獣人族に対して、獣の特徴がないの人族の事。
「むひとぞく」が短縮されてこう呼ばれる。
ミロケヤ王国:
ラスヤータ大陸の北半分以上を占める獣人族の国。
国土が魔砂漠に侵食されているが、
海流のおかげか海産物が豊富で、
工業や産業も結構発展している豊かな国。
王都はゾーヤで、ラスヤータ大陸中央部にある。
マルケナ王:
第25代ミロケヤ王。
病没したがその死は突然だったため遺言は無かった。