3ー025 ~ 不安な移動計画
「何のお話なんですか?」
モモさんとベニさんが笑顔でテーブルの上にでっかいピザをそれぞれ置き、モモさんは俺の隣、ベニさんはその向かいの席に着いた。
各自用の取り皿は既に置いてあった籠の中にあったのを配られた。布がかけられてたその籠ってお皿やカトラリーが入ってたんだな。
そうしている間もずっとアオさんとミドリさんは笑ってた。そんな笑い続けるほどなのか?、そんな2人をというか主にアオさんのほうを、モモさんとベニさんが少し驚いたように半笑いで見ていた。
- わ、すごいですねこれ、美味しそう。
ピザが日本のデリバリーのような、でっかくて具の多いものだった。
俺がちょくちょく作ってたのは薄くて具の少ないものだったけど、これは食べ応えのあるやつだ。
「ふふ、食品部の皆でいろいろ工夫してみたんですよ」
「リン様のご意見でこうなったんです」
何で前に俺が作ったのは薄くて具が少ないやつだったかって言うと、町内会のイベントで作ったのがそうだったからなんだ。小さいオーブンだったし、具が多いと端が焦げやすくて加減が難しかったってのもある。
川小屋に作った石窯で作るときも、さっと焼けてさっと食べられるスナック感覚というか軽食のつもりだったからね。
ところで何でベニさんが自慢げなんだ?
- そうだったんですか、リンちゃんの意見?
「ネリさんが言ってたんです。タケルさまの作るピザは美味しいけど物足りないって」
ネリさん…w
あんだけ何枚も食べてたのに、物足りなかったのか。
本格的で美味しいって褒めてくれたんじゃなかったっけ?
- あー、そうだったんだ。
まぁ、ネリさんの好みは具がたっぷり乗ってる豪華な方なんだろうね。
「では冷める前に頂きましょう」
いつもの、『いただきます』の唱和をしてからそれぞれが好みの切片に手を伸ばす。
大きな2枚は半分ずつ違う具材が乗っていて、切片12分割、細長い。目移りするなぁ、これは。じゃあ今モモさんが手にしてる芋のにしようかな。
「お取りしますよ、タケル様」
俺の目線で気づいたんだろう、モモさんの差し出した手に取り皿を渡した。
- あ、お願いします。
リンちゃんは川魚の身をほぐしたっぽいものと刻んだ野菜がちりばめられててる上にマヨがかかってるのをまず選んだようだ。それ好きだもんね、リンちゃん。
「はい、どうぞー」
お礼を言って受け取り、食べてみる。
おお、ベーコンみたいな小さな肉がアクセントになってて美味しいな。王道と言えば王道ではあるけども。あ、これ燻製じゃん。例のいい香りがついてるやつ。
なるほど、食品部の皆で工夫したってだけはある。配分が素晴らしい。たぶん見た感じ他のもそういう工夫があるんだろう。
「それで、さっきは楽しそうでしたけど、何のお話だったんです?」
うんうんと頷きながら食べていると、ベニさんが斜め前から尋ねた。
「タケル様が『聖なるアンデッド』なんて仰るんですよ?」
「うっ、ふ!」
俺はちょうどピザを齧ったところだったので言えなかったが、ミドリさんが答えてアオさんがむせた。急いでコップに手を伸ばしている。
「何ですかそれ?」
まぁそういう反応になるよなぁ。
「面白そうなお話ね、アオがあんなに笑うなんて珍しいもの」
やっぱり珍しいのか。そうだよな、普段のアオさんって表情変化に乏しいし。感情の起伏は普通にあるみたいだけどね。
で、リンちゃんとアオさん以外がこっちを見ている。あ、俺が説明すんのね。
リンちゃんは笑顔でもうひとつ取り皿に乗せていた。食べるの早いね?
- えっと、魔砂漠はご存知です?
「はい、禁忌の地にある砂嵐の止まない砂漠のことですね?」
「光の精霊たちはみんな知ってます」
あ、そういうもんなんだ。
- その地下の隔離された空間に居たんですよ。
と言ってコップに手を延ばした。
「そのアンデッドがですか?」
コップを置いてから頷く。
- はい、えーっと確か、スケルトンが16名、ゴーストが9名だったかな、全部で25名ですね。
「「え!?」」
「そんなに居るんですか!?、大変じゃないですか!」
おっと、そんな声を揃えて驚かなくても。
リンちゃんも驚いて手を止めた。黙々と食べてると思ってたからちょっとびっくりした。
- え?、大変なの?
「アンデッドが生まれるような場所が問題なんです。早急に浄化しないと依り代が無くても限り無く湧いてしまいます。かなり昔それで壊滅した人種の国もあったぐらいなんですよ、特に実体の無いゴーストが問題で、」
「あ、待ってモモさん」
「ミドリ、これは大事なことなのよ?」
「そうですけど、タケル様のお話を先に聞いて下さい」
「そう?、わかりました。タケル様、ご説明を」
う…、横のモモさんの雰囲気が普段のほわほわな感じじゃなくてちょっと怖い。
- あっはい、見つけたのは偶然だったんですが…
と、あの薄暗くて不気味な空間に入ってから、彼らと出会い、待っててもらう事になった顛末を全部説明した。
説明を始めたときにはシーンと真面目な雰囲気だったんだが、彼らが全員武器(?)を捨てて土下座したところから崩れ始め、俺に縋り付いて『お化けが出そうで怖いんです!』の所ではもう完全に笑いの渦になっていた。
アオさんは『お腹が…』、って幸せそうな苦しみを訴え、椅子から落ちて床で丸くなって笑っていたし、ベニさんは『そんなバカな』って言いながらもすっげー笑っていた。ベニさんのそんな姿、見たの初めてだよ。
他の面々も声を出して笑っていた。モモさんですら、『な、何て平和なアンデッドなの…』と言いながらも笑い、皆がそれぞれ手布を取り出して目元をに当てたりした。もちろんリンちゃんも。
面白い話だってのは認めるけど、俺は当事者だからなぁ、笑うに笑えないところもあったし、って言うかこれって、そんなに笑い転げるほどの事なのか?
まぁ、光の精霊さんたちの笑いのツボ、ってことにしとこう。
「はー、こんなに笑ったのは久しぶりです」
「タケルさまが作ったお風呂で漲るんですから、」
「ぶっ…、あははは、もうヤメテ、下さい、」
「普通のアンデッドではあり得ませんね。もう、アオさん」
「だってタケル様が変なポーズつけて仰るから、想像したら、あっははは」
俺のせいなのか?
俺としてはわかりやすい説明を心がけたつもりだっただけなんだが。
「まぁアオは放っておいて、タケル様が『聖なるアンデッド』って仰るのはわかりました。それでどこに連れて行かれるんです?、明るい場所って普通に人種に見つかればそれはそれで問題になるのではないですか?」
そうなんだよね、幾ら無害だって言っても見掛けがどう見ても骨と幽霊だしなぁ。
- 一応、ゴーストでも普通の服が着れるみたいですけど、それで隠したところで見つかれば同じでしょうね。
「そうですね」
そこで、ここの精霊さんたちを見ていて思ったんだよ。
光の精霊さんたちの里なら、受け入れてもらえるんじゃないか?、って。
- だから一度ここに全員連れてきますので、みなさんで一度見てもらえますか?
「「え!?」」
「ここに、って!、ここにですか!?」
何を言うんだこの人は、みたいな顔で見られてしまった。
- はい。みなさんなら、彼らが無害かどうか、一瞬で判断できますよね?
そう言いながら軽く皆を見回し、代表としてモモさんに視点を留めると、戸惑いつつも頷いてから言った。
「ええ、まぁ…、そうですね」
「タケル様のお話通りであれば問題は無さそうですけど…」
と、頬に手を添えて呟いたのはミドリさん。
- それに、何かあっても対処しやすいでしょう?
「それはまぁ、なんとか…」
- 僕の魔力感知では彼らは光属性でしたから、ここでのみなさんの反応を見てから、できれば光の精霊さんの里のほうで何か働き口があればいいかなって思ってます。
「え?、それはさすがに…」
- さすがに?
「私では判断でき兼ねますわ?、ねぇ、リン様からもお願いします」
モモさんが間にいる俺を避けてリンちゃんを覗き込むようにして尋ねた。
話を振られたリンちゃんは、口をあけて右手でピザを食べようとしていた瞬間で、そこで止まって左手に持った取り皿に置き、テーブルにそれをそっと置いてから、取り繕うように微笑んで言った。
「あたしはそうタケルさまがお望みなら、それをお手伝いするだけですよ」
そして俺に視線を合わせてにっこり。
ちょっとあざとい。でも可愛いからOK。
「……わかりました。一度そのアンデッドの方たちを見てからですね。っはぁ…、タケル様ってびっくりする事を仰いますね、里にアンデッドだなんて…」
「でも、本当に光に属するアンデッドなら、見てみたいですよ」
笑い泣きすぎて目鼻が少し赤らんだアオさんが言う。
本当なんだけどね。一度見てもらわないと信じられないって気持ちもわかるけど。
「アオ…、でもそうね、私も興味なくは無いですね」
「でもどうやってここに連れて来るんです?、禁忌の地からここまで直接は転移できませんよ?」
ミドリさんも興味があるみたい。
そこにベニさんが俺を見てから、リンちゃんへと視線を動かして言った。
「一度上空のファダク様に連絡をして、そこと里を経由することになりますね」
「里にアンデッドを通すんですか!?」
「もちろんファダク様たちにも判断してもらって、ですよ」
魔砂漠の上空で作業って言ってたけど、ファダクさんってひとがアリシアさんの配下の人で、それの責任者なのかな?
「ところでリン様、その方たち25名が来られるとして、お泊めする場所はどうしましょう?」
「あ、そうですね、タケルさま、そのアンデッドたちって眠るのでしょうか?」
- え?、あ…、どうだろうね?、あ、いやそもそもアンデッドって眠るの?
元の世界の創作物では、吸血鬼ドラキュラや吸血鬼化したひとは眠ってたっけ。あれもアンデッドだよね。
「わかりません」
ですよねー。
- じゃあ会ったときに訊いてみるよ。
「さっきのお話ではご入浴されるようですが、お食事はどうしましょう?」
- あー…、それも訊いてみるよ。
「ではリン様、何か判り次第、ご連絡を頂けますか?」
「わかりました」
- 何だか済みません、情報不足で…。
「いいえ、タケル様。アンデッドの生態なんて普通は知らなくて当然ですもの」
「ぶっ、アンデッドなのに生態…、」
「アオ…」
「っく、ごめんなさい」
「タケル様、できればお早めにご連絡をお願いしますね、直前なんてダメですよ?」
- あっはい、早めに、はい。
「さぁさ、今日は納品があるんですから、仕事、仕事」
- あ、納品ってもしかして…。
「はい、燻製を含めた各種加工食品ですよ」
- 燻製は『東の森のダンジョン村』のほうですよね?、各種加工食品は勇者村のほうですか?
「どちらの村にも納品していますよ、今は」
- え、そうなんですか。
「はい、その東の村で勇者村のほうにも酒場や食事処があるのでそっちにも頼めないかと言われまして」
「今は川魚の燻製やフライが大人気なんですよ」
- え?、川魚?
「はい。川小屋からリン様が」
え!?、とリンちゃんを見ると、にこっと笑顔。
「タケルさまが生簀を拡大されてから、獲っても獲ってもお魚が溜まるようになっちゃいまして、使い切れないのでこちらで加工して販売するようになりました。主に里のほうに送っているのですが、村へはそのおすそ分けのようなものです」
- そんなにたくさん獲れるの?、何で?
「さぁ?、タケルさまが何か工夫をされたのでは?」
- いや、そんな覚えは無いんだけど…。
「取水口のところを拡大されてましたよね?」
- そりゃだって、生簀を大きくしたんだから流量を増やさないと澱んじゃうでしょ?
「そのせいじゃないんですか?」
えー?、どうなんだろう…。
- そんな、大量の魚が来るようにはしてないと思うんだけど…。
「まぁいいじゃないですか、それで喜ぶひとが増えたのですから」
仕事が増えた人もいると思うけど…。まぁそれはしょうがないか。
俺が原因と考えると申し訳ない気持ちもちょっとはあるけどね。
- んー、まぁそれはそれとして、納品ってそれじゃあ結構手間なんじゃないですか?、モモさん。
最初は小さな木箱に燻製100枚、といっても薄切りにした肉での話だから、大した量じゃなかったはずなんだよね。そりゃ作るのは手間だったけど、多少でも生活が楽になればいいなっていう、それだけの理由だったわけで。
「最近では寮の子たちも手伝ってくれていますので、大丈夫ですよ」
にこにこして言われた。
- だったらいいんですけど、あ、門のところで兵士さんに止められたりしないんですか?
「止められる?、ですか?、どちらも普通に出入りしてますけど…?」
まだ残っていたミドリさんが言った。あ、アオさんも残ってた。
- 普通に?、でも村はどっちも門のところで出入りをチェックしてますよね?
「以前から燻製の納品で何度も通ってますから。最初の時だけはタケル様の代理だって言うと、衛兵さんが納品についてきましたけど、その帰りに通行証を下さったんです」
通行証があるのか。なら大丈夫だな。
しかしよくまぁ発行許可が出たもんだ。勇者の代理ってだけで。ザルだな。
「私のときはミドリが貰ってきたその通行証を見せて通りましたけど、その時に『どこから来た?』って言われまして、返答に困って『あっちの方から…』ってつい言ってしまったのですが、『そうか、遠くから大変だな』って労われてしまいまして…」
あ、それホーラードの王都アッチダと勘違いされたんじゃないかな。
「それで妙に労わられるような言い方をされるようになったんですね、『宿はどうしてるんだ』とか、『どこに住んでるんだ』とか、あれこれ尋ねられたので『そんなに遠くじゃないので大丈夫ですよ、心配してくださるんですか?、ありがとうございます。でもあまり詮索すると怖がられたり嫌われたりしますよ?』って言ってからそういうの無くなりましたね、うふふ」
と、ミドリさん。
「ああ、だから天気の話をされるようになったのか…」
- それでアオさんは何て答えるんです?
「そうですね、と」
- それだけですか?
「はい、ミドリからも言われてるので笑顔で通るようにはしてますけど…」
「それ、どんな笑顔なの?、ちょっとやってみて」
「え?、今?」
「うん」
アオさんが今やってる笑顔。ああ、これは引きつってるって思われてるな。
「こんな感じですけど…」
「やっぱり…、それ、怖がられてるって思われてるわよ?」
「え!?」
あ、ショックを受けてらっしゃる。
- それで、寮の子ってさっき仰いましたけど、そんな頻繁に納品に行くんですか?
「燻製の納品は週に1度ですね。最近では量は少ないのですが他の食品も卸していますので、寮の子たちにしてもらってます」
と、モモさん。
「あくまで勇者さまのおすそ分けですからね」
リンちゃんが口元に笑みを浮かべて言う。
「そう言わないとたくさん仕入れられないかってうるさかったんですよ」
なるほど。
「反応を見る試験的な意味もあるんですが、お店の人が味見をしてから決めているので大丈夫です」
「今まで断られたことはありませんし、もう今は『勇者様のおすそ分け』ってメニューになってます」
- えー?
「評判いいんですよ?、ふふっ」
評判いいのは食品のほう?、それとも運んでる人たちのほう?
「両方ですよ、タケル様」
- そ、そうですか。
また顔に出てたようだ。
グリンさんが、『普通に生きてる人間にとっちゃ精霊様と出会うなんて一生に一度あるかどうか』って言ってたけど、たぶんもう何度も出会ってるね、これは。
●○●○●○●
モモさんたちが仕事を始めたので、俺たちは禁忌の地へ向かおうと、『じゃあリンちゃん、転移お願いできるかな』と言ったら、『できれば里でご用意した服に着替えて下さいますか?』と言われて、そういえば村に行ったんで普段着だったっけと、着替えることにした。
着替え終わるとブラシを渡され、『また髪が伸びてますね、ミドリさんに切ってもらえば良かったですね…』と言われた。
確かに、結構伸びてる。それに爆発の影響か、右側がちょっと短くて変な髪形になっていた。鏡なんて見ることなかったから今まで気付かなかったよ!
- あー、えっと、鋏ある?
「ありますけど、ご自分で切るんですか?、ミドリさんを呼びましょうか?」
- いや、いいよ、忙しそうだし。
「そうですか?、はい、どうぞ」
鋏を受け取って、鏡の前でちょいちょいと摘まんで切って、バランスだけ整えておく。切った毛はリンちゃんが持ってるゴミ箱かな?、箱に入れた。
髪型のほうは、ちょっとだけマシになった。と、思う。
- どう?
鋏を返しながら問いかけてみる。
「さっきよりは…、まぁ、いいんじゃないですか?」
微妙な返事だけど、ぎりぎり及第点ってところだろうか。
- じゃあ、転移お願いね。
と言うと、ゴミ箱を部屋の端に置いたリンちゃんが例の電話っぽいジェスチャーをした。
「はい。タケルさま、納品に行く前に挨拶がしたいそうです」
- そっか。庭のほう?
「いえ、こちらです」
と言うリンちゃんについて行く。
『森の家』のリビングから廊下を通って出て、建物の間を渡り廊下ってあれかーなんて横に見ながら通って行くと、木箱を幾つか載せた4輪の大八車のようなものを背に、ミドリさんとアオさんを含めた6名が立っていた。
俺とリンちゃんに気付いたとき、後ろの4名が『キャー』とか小さく色めき立った。
ひとりだけ魔力がほんのりと乗ってる声で、『リン様だわ』って言ってるのが聞こえたというか感知できたので、俺が来たからじゃないと思う。リンちゃんって光の精霊のお姫様みたいなもんだしな。人気者なんだろう。
「お出かけ前に済みません、あ、髪、少し切られたのですか?」
ミドリさんが最初に声をかけてくれた。
- あっはい、ちょっと左右を整えたつもりで、おかしくないですか?
「んー、こちらに戻られたら手を入れさせて下さい」
やっぱり専門の人から見るとダメっぽいな。
- わかりました、こちらこそお願いします。
「はい。こちらは今日の納品のお手伝いをしてくれる子たちです」
「アーコです」
「イーコです」
「シーコです」
「エーナです」
- あっはい、よろしくお願いします。
「「はい!」」
- いつもお手伝いをして下さってるんですか?
「いえ、ローテーションなので、今日はたまたまこの4人なんです」
「みんな順番が回ってくるのが楽しみなんです」
楽しみなら良かった。順番でイヤな役をやらされてるんじゃなくて。
でも50回に1回しか回ってこないなら、めったに外に出られないってことにならないか?、いいのか?、それで。ブラックな労働環境じゃないよな?、ここ。
- 200人以上いるんでしたよね、それじゃめったに回ってこないんじゃないですか?
「大丈夫ですよ、ちゃんと数日ごとにお休みもありますし、外出を禁止されているわけではありませんから」
「村に買い物に行ったり普通にしてますよ、この子たち」
- あっそなの?、楽しくやってるならそれで。
「私たちよりも、村やこのあたりのことよく知ってますよ…」
「納品を手伝うとお手当てがでますし…」
「私たちには無いというのに」
どうしてここで俺は愚痴を聞かされてるんだろう?
「ミドリさんたちは幹部なんですから。では遅くなりますので、タケルさま」
リンちゃんが見かねたのか助け舟を出してくれたようだ。
- あ、うん、気をつけて納品に行ってきてください。
「「はい!」」
「ではタケルさま、こちらへ」
と、踵を返して後ろへ歩いていくと、後ろから黄色い声に混じって『タケル様の魔力を感じちゃった』って弱い魔力音声が聞こえた。
どういう事?、って思ってると、リンちゃんに、
「タケルさまの声のことですよ、気にしないで下さい」
と、歩きながら素っ気無く言われた。
『森の家』の庭まで戻り、いつものようにリンちゃんがひしっと抱きついての転移。それを2度やって、見慣れない白い囲いの舞台の上に出た。見ると、扉らしきところに2名の白い服のひとが立っていて、目線が合うと小さく会釈をしたのでこちらも返しておいた。
「母艦アールベルクの転移場です。ファダク様にご挨拶に向かいます」
余韻もなく転移直後にすっと離れたリンちゃんに言われ、歩き始めるリンちゃんについて行くと、扉が音もなくすっと開いた。
リンちゃんは足を止めずに歩いていく。それにそのままついて歩くと、後ろからさっきの2人もついてきた。
廊下を歩いてすぐにエレベーターのような装置に入って、2人の片方が操作盤のボタンに触れ、3秒ほどでまた扉が開くとリンちゃんが歩き出したのでついていく。
エレベーターが動いたっていう感覚もなかったな。複雑に魔力が動いたっていうのは感知したけども。
何ともSFすぎて怖いな。魔法だからファンタジーではあるんだけどさ。
少し歩き、廊下の途中にある扉を3つほど越えると、周囲にいろいろなものが投影されていたり、机の上に立体や平面が投影されている賑やかな部屋に出た。
リンちゃんは正面奥のところへ足を止めずに歩いていき、俺もそれに続いた。後ろについて来ていた2人はこの部屋に入ってすぐに足を止めていたようだ。
奥に座っていた壮年っぽい男性2人が笑顔で立ち上がった。
「タケル様、そしてリン様、ようこそアールベルクへ」
「お変わりなく、ファダク様。タケルさま、こちらが指揮官ファダク様です、そちらはアールベルク艦長のエナールさんです」
それぞれがリンちゃんに紹介されると会釈をした。俺も同じように会釈を返した。
「ナカヤマ=タケルです。お世話になります」
「こちらの統括責任者を拝命しております、ファダクです。この度はタケル様のご偉業に助力ができて光栄に存じます。して、リン様、こちらにご滞在とお聞きして、お部屋をご用意しておりますが?」
「下に降りますので不要です」
「はい、そうお聞きしておりますがそれはタケル様のことでは?」
「いいえ、私もタケルさまと一緒に降ります」
「それは許可できません」
「私がお願いしてもですか?」
「う…、ダメです。アリシア様より厳命されておりますので」
なるほど、リンちゃんは下に降りられないらしい。
待てよ?、するとアンデッズをここに全員つれてくるのは俺か?、うーん、やってやれなくはないだろうけど、ここってどれぐらいの高度なんだっけ?、それによってはかなり苦労しそうな気がする。俺だけなら降りてまた上ってくるのはできそうだけど。
「そうですか、仕方ありませんね。タケルさま、申し訳ありませんが一旦例の方々をお連れしてここに戻ってくることは可能でしょうか?」
ああ、やっぱり。リンちゃんは本当に申し訳なさそうに言ってるけど、アンデッドと言わずに『例の方々』って伏せてるところを見ると、連れて来て、見てもらってから判断してもらおうって思ってるってことだよね、それ。
リンちゃんだってまだ見てないのに、俺が言うことを完全に信じてくれてるんだな。
- まぁ、何とかやってみるよ。
「あの、タケル様、どなたかをここにお連れするのでしょうか?」
ファダクさんがおそるおそるといった雰囲気で尋ねた。
- はい、その、下の変異の被害者とも言える方々でして、悪い方々ではありませんが行くところが無いと困ってらっしゃいまして、一旦ホーラードの僕の家に連れて行こうかと思うのですが、こことは距離がありすぎるので、リンちゃんに相談したところ、ここと光の精霊さんの里を経由すれば転移ができるとの事、直前の説明で済みませんがご協力頂けませんでしょうか?
ふぅ、なんとか言えた。
「なるほど、そういうご事情なのですね。わかりました、他ならぬタケル様とリン様のお願いとあらば否やはありませんが、何名おられるのでしょうか?」
- 25名です。
「そうですか、その数ならば一度の転移で済みますな。ですが里を経由するのであれば、一度お話をさせて頂くことになりますが、それはご容赦頂きたいのです」
そういう予定だったし、問題ないね。
「はい、むしろその件はこちらがお願いしようと思っていました。よろしくお願いします」
「わかりました。それでその方々をお連れして頂くのはいつ頃になりそうですか?」
えーっと、降りて、説明して、上がってくる…、あ、ここの高度を訊かないと。
- その前に、この艦は地上からどのぐらいの高さにあるんですか?
「現在は地上から8kmです」
結構高いな、結界を2重にして気圧差を押さえれば何とかなるかな。
- それでしたら、1時間もかかりません。
「そうですか、では第8飛行甲板でどうぞ。案内はあちらの者が致します。リン様はこちらでお待ち下さい」
「お見送りに行きたいのですが」
「リン様を甲板に出られる格納室に近づけるなと厳命されておりますので」
「む…、そうですか、わかりました」
なるほど。厳命したのはたぶんアリシアさんだろうけど、俺にくっついて下に降りちゃいそうだもんね、リンちゃんなら。
- じゃ、ちょっと行ってくるよ。
「はい、行ってらっしゃいませ」
「お連れなさいます25名の方々は、格納室に案内の者を控えさせておきますので、その者に従ってお部屋へと移動して下さい」
- わかりました。
そうして、重要なことを隠したまま、アンデッズを連れて来ることになった。
次話3-026は2020年01月17日(金)の予定です。
20200112:濁点が抜けていたのを訂正。
(訂正前)リンちゃんか見かねたのか
(訂正後)リンちゃんが見かねたのか
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
思いつきで行動してるのは主人公特権?
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
またもや今回も出番無し。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
大丈夫か?
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄いひと。
ファダクさん:
光の精霊。
アリシアの配下。光の精霊軍の将軍みたいなもん。
航空母艦アールベルクで作業の指揮をとっている。
リンちゃんはこのひとがちょっと苦手だけど、
このひとはリンちゃんが生まれた頃から知っているので、
リンちゃんを見ると相好を崩してデレデレになる。
母艦アールベルク:
光の精霊さんが扱う何隻かある航空母艦のひとつ。
艦長はエナールさん。エナールさんは会釈しただけの登場。
モモさん:
光の精霊。
『森の家』を管理する4人のひとり。
食品部門全体の統括をしている。
他の3人は、それぞれベニさん、アオさん、ミドリさんと言う。
食品部門最年長とか言うと叱られる。
ベニさん:
光の精霊。
モモの補佐をしている。4人のうち最年少。
働き者ですよ。
アオさん:
光の精霊。
モモの補佐、主に機械や魔道具関係を担う。
表情の変化に乏しいが、ちゃんと感情の起伏はある。
まさかあんなに笑うとは…。
ミドリさん:
光の精霊。
モモの補佐や、食品部全員の美容面を担う。
美容師の資格をもっている。
ストレスが溜まってるのかな?
寮の子たち:
光の精霊。
『森の家』に隣接している燻製小屋という名の工場で働く、
同じく隣接している寮に暮らす200名以上いる若い精霊たち。
モモが統括している食品部門に所属している。全員女性。
毎日誰かしら勇者村に行ってるらしい。
タケルが村を歩いているのがこの子たちに目撃されていた。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
世界に5人しか居ない大地の精霊のひとり。
ラスヤータ大陸を担当する。
今回出番無し。
アーレナさん:
大地の精霊。
ラスヤータ大陸から北西に広範囲にある島嶼を担当する。
今回出番無し。
勇者の宿:
タケルたち勇者の復活地点。ホーラード王国の辺境にある。
ここを中心に『勇者の宿』のある村を警備するのが『勇者隊』。
もちろん他にも仕事はある。
これがある村が通称『勇者村』
森の家:
1章でタケルがつくったボロ小屋をリンちゃんが家サイズに改造し、
さらにいつの間にか大きくなっていた、『勇者の宿』のある村の外にある
森の中ほどにある拠点。
結界で守られていて、一般人は近寄れなくなっているらしい。
渡り廊下とか、不法建築が学校規模になってるね。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
これも勝手に建てちゃったものだけど、黙認されているようだ。
これも結界によって知らない人は入れない。
ホーラード:
国の名前。ホーラード王国。
『勇者の宿』が国の南西の端にある。
勇者村:
『勇者の宿』がある村。
そのまんまですね。
東の森のダンジョン村:
『東の森のダンジョン』がある村。
ちゃんと名前があったのだが、こう呼ばれるようになって長いので、
正しい名前を知っているひとはほとんど居ない。
東の森のダンジョン:
勇者が最初に行くことになるダンジョン。
内部はほぼ一本道。
小鬼と呼ばれる魔物が出る。
小鬼:
ゴブリンっぽいらしい。
でもたまに手足の数が多いのも居たりして、不気味。
実は勇者を倒した数が一番多い魔物。新米勇者キラー。
勇者隊:
『勇者村』の仕事や、『勇者の宿』の仕事をしている。
ホーラード王国所属の騎士隊。隊長はグリン。
今日も門を通った若い娘たちに笑顔を向けられてにこにこ。
グリンさん:
勇者隊の隊長さん。
近頃よく若い娘さんを勇者村で見かけるなぁ、なんて言ってるが、
それらが光の精霊たちだということを知らない。
ラスヤータ大陸:
この3章の主な舞台。
ようやく名前が登場した。
アンデッズ:
明るいアンデッドを目指す変な集団。
タケルが戻ってくるのをサイコロ大会をして待っている。
次回登場確定。