3ー024 ~ 病後のあいさつ
「あら、タケル様。おはようございます、もうよろしいのですか?」
身支度をして部屋を出ると、リビングのテーブルのところにモモさんが居て、書類と空中に浮かぶ表や映像を前に仕事だろうか?、何かをしていたところ、俺を見て難しい表情を解き、笑顔で声を掛けてくれた。
精霊さんたちってどっちかってーとファンタジーって言うより未来的だよなぁ。
- おはようございます。はい、もうすっかり。ご心配をおかけしました。
と言いながらその立体映像や表をちらっと見る。うん、何なのかさっぱりわからんな。文字も読めないし。
「それは良かったです、あ、これですか?、食品工場で使っている機械を一部改良する案が出ていまして、それの確認をしていたんですよ」
- へー…
いま食品工場って言ったよね?、また知らない施設が…、ほんと、こんな森の中を勝手に開拓しちゃって大丈夫なのかなぁ、あ、いや、もう考えるのは止そう。
「あ、燻製小屋の一部で試験していたんですよ。それで上手くいったら里にある食品工場で使うんです。だからここの施設が増えたりはしていませんよ」
あ、また考えが漏れていたようだ。
- すみません、考えがダダ漏れで…。
「いいえ?、不安そうに外のほうを見られましたでしょう?、それでわかったんですよ、ふふっ」
魔力で感情やらを感知するよりも表情でわかったってことか。
俺ってそんなにわかりやすいのかな…。
- ところで、リンちゃんや他の人たちは…?
「リン様は朝食後に里のほうに行かれてます。他の、というとベニたちの事ですね。それぞれ燻製小屋と寮に居ます。リン様にご連絡しましょうか?」
- あ、いえ大丈夫です。
そういやここのモモさんたち4人も、幹部みたいな役職になっちゃってるんだっけ。
「そうですか、タケル様の朝ごはんはパンとシチューでしたらすぐご用意できますけど、食べられそうですか?」
- あー、そうですね、じゃあシチューだけで。お肉類は抜きでお願いします。
「わかりましたー、そちらに座ってお待ち下さいね」
ふんわりと言って席を立ち、台所のほうに行くモモさんを何となく目で追う。
それで気付いたんだけど、川小屋と部屋などのレイアウトがだいたい同じだ。
違う箇所もあるけどね。たとえば俺の部屋に扉があるところとか、俺の部屋の隣にリンちゃんの部屋が無いとかね。
でもリビングや台所の構造はほとんど同じだと思う。対面キッチンだし、リビングの奥には廊下と、あ、階段がある。んじゃここには2階があるのか…。
と、見ていると聞き慣れた『チン』というアナログな音がして、見るとモモさんが例の魔法レンジからお皿を取り出しているところだった。
そのまま運んでくるのを見ていると、クリームシチューっぽい香りが漂ってくる。いい香り。
「お待たせしました、どうぞ」
- ありがとうございます。頂きます。ここって2階があるんですね。
「はい、2階は執務室と他の子の部屋があって、寮や燻製小屋と渡り廊下で繋がってるんですよ?、うふふ」
- へー、あ、モモさんは?
そう尋ねながら、スプーンですくってふーふーと冷ましながらクリーム色のシチューを食べる。
「私の部屋はそちら、タケル様のお部屋の隣の扉がそうですよ」
- あ、そうなんですか。って僕の部屋って別に無くてもいいんじゃ…?
おお、香りから美味しそうだと思った通り、美味しい。
元の世界のクリームシチューとは素材がそれぞれ微妙に違うせいで別のものだけど、これはこれで美味しい。
「あら、ここはタケル様のお家ですよ?」
そうだったのか…。
「まあ、そうだったのか、ってお顔をされてますね?、元々ここはタケル様の小屋があったとリン様に聞いてますよ?」
- あー、まぁそうなんですが…。
元々は燻製を作るための小屋というかまぁ細い木と葉で作った原始的な物置みたいな小さな拠点だったわけで、リンちゃんがそれを家みたいにしちゃったんだよね。
それからモモさんたちが来て、いつのまにかでっかくなっちゃったんだけども。
「ですから、タケル様がいつ戻られてもいいように、お部屋はちゃんとあるんですよ」
- なるほど、ありがとうございます。
「いいえ、どちらかと言うと私たちがタケル様のお家をお借りして、管理させて頂いている立場なんですよ?」
そうだっけ?、何だか俺が勝手に作っちゃった原始的な物置がこんな事になってしまって、それを『俺の家』って言うのは何だか他人の土地に勝手に建てちゃったみたいな罪悪感がちょっとあるんだが…。
「タケル様」
- はい。
「バレなきゃいいんですよ?」
- えー?
まさかモモさんからそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。
「ご存知のようにここは結界で守られていますので、タケル様のご友人以外の人種は近づけませんし、見えません。だから大丈夫ですよ?、ふふっ」
そうなんだけどね。そうなんだけどね。
何だかお姉さん的に笑みを浮かべているモモさんだけど、悪い笑みに見えてきたよ。結構黒いな、この人も。
「まあ、善良な精霊さんですよ?、私は」
- あっはい、それは重々。
あ!、俺が『この人も』なんて思ったから『私は』って自分だけ逃げたんじゃないか?、これ。おおっと、誰がとか思ってませんよ、思ってないからじっと上目遣いで見るのヤメテ…。
「ふふ、ところでタケル様はどこかにお出かけされるのですか?」
ちょうど食べ終わったところで、すっと近寄っていたモモさんにお皿とスプーンをひょいっと取られた。自分で片付けようと思ってたのに。素早い。
- え?、あっはいちょっと出かけようかと思ってます。
「おひとりでですか?」
- はい、近くなので大丈夫ですよ。昼には戻りますので。
「そうですか、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
と、お辞儀をされてしまっては、食後にのんびりお茶でもと思っていたけど、出て行くしかないよね。まぁ、モモさんも忙しそうだったし、俺が近くでのんびりお茶を飲んでいたら邪魔になるのかも知れないと思い、そそくさと『行ってきます』と言って出た。
●○●○●○●
『森の家』からちょっと身体強化を軽めにかけて走ってみたが、軽めでも以前普通にかけたぐらいの強化具合で、なるほど魔力の通りが良くなったのが実感できた。
少々良くなり過ぎな気もしたけどね。
いつもの飛行魔法も試してみたら、結界操作は軽くできたが飛行制御は鋭敏で、慣性を相殺するほうの調節が上手くできなくて結界の中で思いっきりすっ転んで起き上がる時に結界に頭をぶつけてしまった。
形状がね、こう、流線型にしてるせいで前後が狭いんだよ。そこにあるって感知はしてても、体を起こすときについ目を頼りにしちゃったせいなんだけどね。
訓練のせいか、そういうのがあってもバランスを取りながら飛び続けられるし結界を解除したりはしないんだけど、『いてー』とか言ってる間にすっげー飛んでて、軽く『勇者の宿』の場所なんて通り過ぎていた。というか一瞬で雲の上ぐらいの高度だったし、下見てもどこが宿なのかわからないぐらい小さくなってたんだけどさ。
まぁそれで少し飛ぶ練習をして、以前と同じように自在に飛べるように、いや、以前より自在に飛べるようになったけど、それから『勇者の宿』に近い、人が居ない路地に降りた。
『勇者の宿』の表側にまわると、ちょうどグリンさんが宿の外に出てきた所だった。
良かった。少し遅かったら入れ違いになるところだったよ。
- グリンさん、こんにちわ。
「おお、タック。もう大丈夫なのか?」
- はい、おかげさまで。薬の件ではお世話になりました。
「え?、薬はあの日の夜届いたんだが、間に合ったのか?、いや、受け取りに来られたとは聞いてないが、あれ?」
あの日の夜っていつだろう?、でも混乱してるみたいだからそこは突っ込まずにスルーしよう。
- あ、それがその、実は別の者が以前受け取っていたようで、そうと知らずにあの子が勘違いをしてご迷惑をお掛けしたようで、済みませんでした。
「そうだったのか…?、そんな記録は無かったと思ったが…」
- そう、記録ですよ、僕が来た頃ってもう少し暖かかったように思ったんですが、今頃だったんですか?
「ん?、ああ、タックが現れたのは春先だったぞ」
- あれ?、でも勇者病って1年経って発病するって…。
「タックの場合は少し早めに発病したみたいだな」
- そういう事もあるんですか。
「ああ、あるらしい。んで、そろそろ準備を始めないとって所だったんだよ」
- そんなに早くから準備するんですか?
「あ、いや、薬は半年前に準備するもんなんだ。だから夏の終わりにはもう詰め所の倉庫に用意されてたんだがな…、その…、悪かったな、必要な時に薬を提供できなくて、」
「た、隊長…」
グリンさんは後頭部に手をやってバツが悪そうな表情で言ったが、宿から出てきた兵士さんに後ろから背中を軽くつつかれて呼び掛けられ、はっとした表情になってから勢い良く頭を下げた。
「こちらの不手際で勇者様にはご心労、ご不便をおかけ致しました事を謝罪申し上げます。この度の責任は全て『勇者隊』隊長でありますこのグリンの監督不行き届きによるものでございますので、部下たちには寛大なおこ…」
- ちょっと待ってくださいグリンさん!
急いでグリンさんの肩に手を添えて起こした。
そんな急に態度を変えられたらこっちが恐縮してしまう。
「ころで、はい?、どうなさいましたか」
- なさいましたかじゃないですよ、急にどうしたんですか急に。
「あ、いやその、貴方様がご…」
がご?
「(小声で)ご降臨です隊長」
「ゴコウリン?、なさいまして」
ああ、ご降臨ね。さっきはすらすら言ってたのに。
後ろで頭さげてる部下の兵士さん、小声で言ってるけどばっちり聞こえてるし。
- いいですから普通に喋って下さいよ。
「いいんですか?、あ、えー…」
「(小声で)よろしいのでございますか、です隊長」
「よろしいので、(小声で)何だって?」
- いいですって、構いませんから普通に喋って下さいって。
コントみたいなやり取りを目の前でやられちゃたまらん。
「わかりました、あ、わかった。……?」
そして少し左上のほうをゆっくりと見上げるグリンさん。
何が…?、と俺もつられて斜め後ろを見たけど何もない。
「あ、タックが来てから1年経つと、見習いがとれて勇者様になるんだが、『勇者病』が終わっても同じように勇者様扱いになるって規則でね、」
- はぁ。
また話し始めたのでグリンさんを見たけど、これ、何の話だろう?
「それでアッチダに報告をって走らせたんで、そのうち使者が来ると思う。そういった手続きなどの準備が必要だったんだよ」
- アッチダって?
「ホーラードの王都だよ。そのためにツギの町でも『勇者隊』がタックの行動を調査してたんだ。途中で見失ったようだがな、ははは」
あー、転移すると見失っちゃうんだろうなぁ、知らなかったとは言え悪いことしたな。でもこっそり調べられてるのはあまりいい気はしないな。
- じゃあティルラの国境に向かってたってご存知なかったんじゃないですか?
「それは鷹鷲隊から伝令が来たんで知ってる。驚いたけどな」
それは知らなかったな。
- 何だか済みません。
「そういう報告をこちらでまとめて、提出する事になってるんだよ、まぁ大まかな内容でいいんだけどな、形式的なものだし。どこの所属にするかを勇者様に提案するためのものだと聞いているがな」
所属をどこにするか、使者が来て提案してくるのか。
- それで使者が来るって話なんですね。使者のひとはどこに来るんです?
「たぶん『勇者の宿』に来ると思う。タックが来て欲しい場所があるならそちらへ向かわせるが、どうする?」
- あー、いつ頃来るんですかね?
「そうだなぁ、少なくともひと月以上先だろうな」
そりゃそうか。王都まで結構あるらしいし、移動に時間もかかるだろうね。
- じゃあそれぐらいに一度また戻ってきますよ。
「そうか。そうしてくれると助かる。あ、それと、精霊様がついてて魔物に侵略された国を取り戻した功績があるそうだから、ちゃんとした態度で接しなくちゃだめだってことになってな」
- え?、それ誰に聞いたんです?
急に話が戻っちゃったよ。
「あの光る精霊様がそう言って、仰ってたんだが、ですが、違うのか?、ですか?」
- ああ、普通に喋ってくださいってば。光る精霊様って、リンちゃんの事ですか。
今さっきまで普通に喋ってたじゃないか。
「ああ、その子、そのお方がな、タックが板の上に寝かせられてるのが許せないってすっげぇ光って怒り出してだな、タックを浮かせてその下に布団を敷いてよ、この方に失礼な扱いをすることは我々光の精霊を敵に回すことだとか、タックが魔物侵略地域を取り戻したんだとか、禁忌の地を救ったんだとか、頭に響く声で言われてよ、もう驚いたの何のって何に驚けばいいのかわからんぐらいだったよ、ははは」
何やってんのリンちゃん…。
浮かせて、ってw
- そうでしたか、済みませんでした。
「何でタックが謝る?、それがよ、部屋に居たのは俺だけだったんだが、その声は下に居たこいつら全員にも聞こえたみたいでよ、何事だって皆も上がってきたんだが、扉を開けたら俺が跪いてて女の子が光ってて、あまりのことにこいつらもその場に跪いたんだ」
- …そんな事があったんですか…。
「そりゃあすんげぇ迫力でよ、目は開けてられねぇし声は頭に響くしでもう考えるより跪くしかねぇってあれは、なぁ?」
「はい、驚くより先に神々しさと迫力で自然と跪いてしまいました」
「で、そんなだから精霊様だって言われて一応俺たち全員、納得しちまってるんだが、その…」
と、言いづらそうにしながら周囲を見回し、部下の兵士さんと頷き合ってから、少し俺に近寄って小声で尋ねた。
「あの子が光を司る精霊、ルミノ様なのか?」
ルミノ様…?、あー、イアルタン教の聖句にはそんな名前があったっけ。
だから水の精霊はアクア様だし、光の精霊はルミノ様で、大地の精霊がエーラ様だっけか。
でもその聖句で言われてるのって、ウィノアさんの場合は分体も本体も皆同じだからアクア様でいいんだけど、光の精霊は長であるアリシアさんの事だよなぁ、あ、でもリンちゃんもリーノなんちゃらルミノなんとかって名前だったような…。
ということは、ルミノ様で合ってるのは合ってるのか。
でもここで、『ルミノ様はひとりじゃないです』って言うのって宗教的にはOKなのか?、そこらへんに踏み込むのってイヤなんだけど。
いやマジで困ったな。
む、また首飾りがもぞもぞしだしたぞ。まずい、このままだとウィノアさんが出てきてややこしいことになりそうだ。出てきちゃダメですよ、と強く思いながら胸元に手を当てたら大人しくなったけど。
「タック?」
- あ、えっとですね、あの子、リンちゃんはルミノ様の娘さんなので、ルミノ様で間違ってはいないんですが、イアルタン教の聖句にあるルミノ様じゃないというか、まぁそんな感じです。
「なるほど!、そういう事か!」
「それであのようにお若いお姿なのですね!」
「だよな!、聖典にある絵姿とかなり違うから変に思ってたんだ!」
「そうですよね!、でもこれですっきりしましたね!」
「いやー、ありがとう!、訊いてよかった!」
「しかし御息女が居られたのですね、タック様はどうやって、」
「おい!」
「はっ、た、大変失礼を致しました」
「すまねぇ、勇者様のそういうのは詮索しちゃダメって事になってるんだ」
- そうなんですか?、まぁリンちゃんと知り合ったのはただの成り行きのようなものでほとんど偶然ですから、特別な事は何も無かったんですけども…。
「そりゃタックは勇者様なんだからよ、そういう偶然ってのがあるんだよ、きっと。俺たち普通に生きてる人間にとっちゃ精霊様と出会うなんて一生に一度あるかどうかってところだからなぁ、おっと、引き留めちまったな、宿に用事があるんだろう?」
どっちかって言うと、グリンさんを引き留めたのは俺のほうだと思うんだけど。
- あ、用事っていうか、僕が来たのがいつだったのかなって聞きたかったのと、もし薬の件でどなたかが罰を受けたりしてないか心配してたんで…。
「心配?、タックが心配するような事じゃないぞ?、俺たち勇者隊の問題だ」
あー、こりゃ記録に残してなかったって話になっちゃうな。
これだとこっそりウィノアさんが持ってったって言っても、忍び込まれたのがまずいとかそういう話になって、結局管理体制が悪いってことになりそうだ。
- それはそうなんですけど、ほら、こうして元気になりましたし、薬の件で誰かが叱られたら気の毒だなって…。
「ははは、タックは優しい勇者様だな!、勇者様がそう言うなら軽い罰にするさ、じゃあ俺はその軽い罰を与えに行ってくるとするか、あははは」
そう言って大通りのほうに歩いて行った。部下の兵士さんも軽く会釈をしてからグリンさんについて行った。
さて、俺は用事終わっちゃったな。宿に行ってもしょうがないし、10ゴールドだったっけか、今持ってないし。あ、ポーチを探せば財布があるかも…?、まぁ行かないからいいか。
じゃ、ちょっと早いけど『森の家』に戻ろう。
帰りは普通に走って帰った。
門のところで鑑札をポーチから出して、見せて通ったときに、そういえば出入りってこれ記録されてるんだよなって思うと、下手に転移やら飛行やらで門を通らずに出入りすると、数が合わなかったりして不思議に思われたりするんじゃないか?、と気付いた。
あ、でも『勇者の宿』に強制転移してくることもあるんだから、勇者の場合は出入りの勘定が合わなくてもいいのかも知れないね。
まぁ何か言われたら適当にごまかすしかないんだが。
●○●○●○●
「おかえりなさいませ、タケルさま、どこ行ってたんですか?」
『森の家』にはリンちゃんが先に戻っていた。
- ただいま、ちょっと『勇者の宿』にね、グリンさん、えっと勇者隊の隊長さんに聞きたいことがあってね。
答えながらリビングのテーブルに着く。リンちゃんも隣に座った。
「そうですか、タケルさま、禁忌の地へ行かれますよね?」
- え?、禁忌の地?
どこそれ?、と思いながらリンちゃんを見る。
「タケルさまが居た魔砂漠のあるラスヤータ大陸北部の事ですよ」
- あ、あそこそういう名前だったんだ。知らなかったよ。
「そうだったんです。そこに行かれますよね?」
- あー、あれこれ途中だったから、一度戻らないとって思ってるけど。
言うと、リンちゃんはにこっと笑って頷いた。
「現在、アリシア様の配下の者たちがそこの上空で作業中ですので、里を経由すればそこに転移できるんです」
- あ、そなの?、どうやって行こうかちょっと悩んでたんだ、助かるよ。
「そう仰ると思って手配をしておきましたので、いつでも行けますよ」
にこにこしながらそう言うリンちゃん。
何だか久々だな、癒される。可愛い。
- ありがとう。それで作業中って?、あ、聞いていいのかな、これ。
「話によると、タケルさまが何かされて大爆発が起きたらしく、それで禁忌の地に陣取っていた都市防衛機械が無力化され、魔塵を撒き散らしていた機械も停止したそうですね?」
- え?、あー、僕は大爆発までは覚えてるけど、知っての通り強制転移されちゃったからその後のことは知らないんだよ。でも良かった、ちゃんと魔塵の機械、止まったんだね。
「はい、歴史に残る大功績だそうですよ…」
え、何かリンちゃん目に涙が…。
- リンちゃん?
「普通なら死んでもおかしくないって…、…済みません、少々、お待ちを…」
エプロンのポケットからハンカチを取り出し、俺から見えないほうを向いて目に当ててゆっくり深呼吸をするリンちゃん。
リンちゃんが落ち着くのを待っていると、リビング奥の階段からモモさんたちがぞろぞろと降りてきて、リンちゃんの様子を見るや全員足をとめた。
モモさんは薄く微笑みながらそっと近づいてきたが、他の3名はリビングの壁沿いに並ぶように立ち、アオさんとミドリさんは真顔、ベニさんは何だか怒っているような感じで俺を睨んでいたので思わず目をそらした。ちょっと距離があるのに怖い。
「はー、お待たせしました。タケルさまが命を賭けて禁忌の地を取り戻そうとして下さったのだと、アリシア様も甚く感じ入られまして、現地に居られる大地の精霊おふたりと協力し、事態の収拾と魔塵の影響を何とか軽減できないか尽力しておられるんですよ」
「なるほど、そういうお話だったのですね、何事かと思いましたわ」
- モモさんはご存知だったんですか?
「はい、タケル様が臥せっておられる間に」
- そうですか、あの、あちらの3人には…?
「はい、同じ時に」
「ここの4人はタケルさま配下の幹部ですから」
- え、いや、配下はちょっと…。
「あら、私たちは光栄に思ってるのですけど?、ふふふ」
俺の横にそっと寄り添うリンちゃんも頷いているし…。
- あー、その、まぁ…、でも配下っていうと何だか僕が偉そうっていうか、僕的には協力して頂いているという感じですので…。
「今回もですけど、タケルさまは数々の偉業を為されているんですよ?」
- いやその、リンちゃん、僕はそんなつもりじゃなくてね…。
成り行きで、って言うか自分のためっていうかさ、『偉業』なんて言うと何だか違うものみたいじゃないか。民衆のためとか世界のためとかそんなさ。
俺そんなの考えたことも、ちょっとはあったかも知れないけど、そんなつもりで行動したことは無いんだよ。
「どういうおつもりであっても、結果的に偉業になってしまうのですね」
- あ、いや、モモさん、そういうのやめましょうよ。気恥ずかしいし苦手なんですよ。
「そうですか?、ならもう言いませんけど、私たち光の精霊からすればタケル様は偉大なるお方だという認識は変わりませんよ?」
参ったなぁ、それが困るんだってば。
- そりゃあ悪く言われるよりはいいんですけど、今回はドゥーンさんとアーレナさんが困ってるみたいだったからお手伝いをした、ってだけですし、これまでのだって元の世界の科学技術の一部応用っていうか、僕自身が発見したり開発したりしたものじゃないんで、それであまり偉大だの偉業だの言われるのは何だか違うんじゃないかって思うんですよ…。リンちゃんには前にもそう言ったんですけどね…。
「仰ることはわかりますよ。タケル様のそういう奥ゆかしいところも、私たち光の精霊からすれば好ましく感じられるのです。もうそういうものだと諦めてくださいな」
えー…。奥ゆかしくやってるわけじゃないんだけどなぁ…。
「そんな、困ったような顔をなさらないで下さいな、さ、お昼はピザ、でしたっけ?、お肉はもう食べられますか?」
- あ、はい、ピザに乗せるぐらいなら大丈夫だと思います。
「それは良かったわ、トッピングでしたか、いろいろと取り揃えてますよ?、ふふっ、楽しみにしててくださいね。さぁさ、みんなもこっちに来て座って待ってて下さいな、あ、ベニはお手伝いをお願いね」
「はい」
と、モモさんが台所に行く。ベニさんが返事をして小走りで台所に行き、アオさんとミドリさんは俺の向かいに座った。
「タケルさま、それでいつ向かわれます?」
あ、そうだったその話だった。
- んー、待たせてる人たちも居るし…、んじゃ食後でいいかな?
「わかりました。待たせてる人たち、ですか?」
リンちゃんはそっと手を添えるだけだった俺の腕をきゅっと掴んだ。
- うん、ドゥーンさんとアーレナさんも心配してると思うし、その2人が居る家のハツっていう子と、これくらいの小さな種族のミリィって子も心配してると思うからね。
「そうでしょうね」
- あと、魔砂漠の地下に、アンデッドの皆さんを待たせてるんだよね。
「「アンデッド!?」」
向かいのミドリさんたちまで声を揃えて言ったんでびっくりした。
- あっはい、アンデッドの皆さんです。
「アンデッドって、幽霊とか、死者が動いてるような不浄の者の事ですよね?」
ミドリさんが身を乗り出すようにして言った。
- えっと、定義はそうなんですけど、その人たちはそうじゃないっていうか、聖なるアンデッドっていうか…。
「何ですかそれ…」
「そうですよ、何かの冗談ですか?」
リンちゃんがぼそっと言い、ミドリさんが呆れたように言った。
- いや、本当なんですって、人を襲ったりしませんし意思もしっかりしてて、薄暗くて不気味な場所がイヤで、明るいところに連れてって欲しいって頼まれたんですよ。
「……っぷ、っく、もう、あははは、ごめん、はははは」
途中でアオさんがこらえきれず笑い出した。無表情に近かったのに、アオさんこんなに笑うんだな。びっくりだ。
「もう、タケル様、それ、真面目に仰ってます?」
ミドリさんも半分笑いながらだ。
リンちゃんも俺の腕から手を放して口元を手で押さえて肩で笑ってる。
- おかしいかもしれないけど真面目ですって、本当なんですってば。
まぁこんなの信じろって言われても俄かには信じられないよね。わかる。わかるけどね。
「それで、明るいところにってどこに連れていくおつもりなんです?」
そうなんだよね、どこがいいかなぁ?
- どこがいいですかね?、何かいい案ありませんか?
「ふ、ふざけないで下さい!、あっははは」
ついにミドリさんも笑い出した。
アオさんはずっと笑いっぱなしで、リンちゃんもついに声を出して笑ってた。
雰囲気で俺も笑ったけど、精霊さんのツボってこういうのなのかな。
しかしほんと、どうしようかね?、アンデッズ。
次話3-025は2020年01月10日(金)の予定です。
20200103:あとがき(登場人物のところ)に勇者隊関係を追加。
20200131:あとがきの一部を訂正(改行や読点)。
20240402:グリン隊長の発言の一部を訂正。それに伴う1文を追加。 昨日 ⇒ あの日の夜
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
『勇者の宿』ではなぜかタックと呼ばれる。
ハツ:
この3章でタケルが助けた少年。
男の子だと思っていたが男の娘っぽくて、
でも実は両性だったという子。
超可愛い。
ミリィ:
これもこの3章でタケルが助けた有翅族の娘かな。
身長20cmほどの小さな種族かな。
有翅族だけど背中の翅が事故でもげちゃったかな。
そのうち生えてくるかな。
有翅族:
昆虫のような形状をしたさまざまな翅を背中に持つ、
平均身長22cmほどの小さな人種。
翅があるだけに空を飛べるが、
それで飛んでいるわけではないらしく、無くても飛べる。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回はセリフ無し。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
タケルのためにいろいろする。
やりすぎることもある。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄いひと。
モモさん:
光の精霊。
『森の家』を管理する4人のひとり。
家の隣に立てられた燻製小屋という名の工場と、
そこで働く精霊さんたちが住む寮を含めて、
食品部門全体の統括をしているひと。
他の3人は、それぞれベニさん、アオさん、ミドリさんと言う。
ベニさん:
光の精霊。
モモの補佐をしている。
4人のうち最年少。
タケルはこの子のちょっと気が強い感じが苦手。
アオさん:
光の精霊。
モモの補佐、主に機械や魔道具関係を担う。
表情の変化に乏しいが、ちゃんと感情の起伏はある。
ミドリさん:
光の精霊。
モモの補佐や、食品部全員の美容面を担う。
タケルの髪も切りそろえた。
美容師の資格をもっている。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
世界に5人しか居ない大地の精霊のひとり。
ラスヤータ大陸を担当する。
アーレナさん:
大地の精霊。
ラスヤータ大陸から北西に広範囲にある島嶼を担当する。
勇者の宿:
タケルたち勇者の復活地点。ホーラード王国の辺境にある。
ここを中心に『勇者の宿』のある村を警備するのが『勇者隊』。
もちろん他にも仕事はある。
森の家:
1章でタケルがつくったボロ小屋をリンちゃんが家サイズに改造し、
さらにいつの間にか大きくなっていた、『勇者の宿』のある村の外にある
森の中ほどにある拠点。
結界で守られていて、一般人は近寄れなくなっているらしい。
国や兵士さんたちには内緒の不法建築物件。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
これも勝手に建てちゃったものだけど、黙認されているようだ。
ホーラード:
国の名前。ホーラード王国。
『勇者の宿』が国の南西の端にある。
鷹鷲隊:
ホーラード王国所属の騎士隊のうち、最も勇敢で強いと言われる。
この隊のシンボルである、翼のマークがついてる黒甲冑は
ホーラード国内の兵士にとっては憧れの象徴。
勇者隊:
『勇者の宿』のある村を警備したり、
死に戻って復活する勇者たちの世話をしたりする騎士隊。
もちろんホーラード王国所属。
勇者隊の運営費は各国の寄付、勇者基金によって成り立っている。
隊長はグリン。
グリンさん:
勇者隊の隊長さん。敬語が苦手。
すらすらと言っていた部分は部下のひとが作ったもの。
それをタケルに会ったら言おうと練習させられていた。
タケルのことをタックと呼ぶ。
そのせいで部下たち兵士さんたちもそう呼ぶ。
ティルラ:
国の名前。ティルラ王国。
王都はケルタゴ。
王と王太子はまともらしい。
ラスヤータ大陸:
この3章の主な舞台。
ようやく名前が登場した。
アンデッズ:
明るいアンデッドを目指す変な集団。
タケルが戻ってくるのをサイコロ大会をして待っている。