3ー023 ~ 悪魔憑き?
苦しさで目をあけた。血の気が引く。
ヤバい!、と思って反射的にベッドの横に身を乗り出して吐き出した。
緑色のドロドロしたものが出た。なんだこれ…?
出たものに驚いてる余裕なんて無かった。苦しい。どんどん吐き出した。
「タケルさまっ!?」
リンちゃんが部屋に飛び込んできて立ち止まり、惨状を見て呼びかけたようだ。
返事をする余裕がない、が、漸く出るものがほぼ出たようで、楽にはなった。
はー…、スゲー苦しかった。口の中が苦酸っぱい。
目の前に水の入ったコップが差し出されたので手を添えて口を漱ぎ、どうしようかと一瞬迷ったが、床に吐き出したものの上に、ってこれウィノアさんの洗面器だったのか。そこに吐き出した。良かった、床が汚れなくて。
そしてウィノアさんに支えられるまま横になった。頭がふらふらで冷や汗まみれだ。
リンちゃんがベッドの近くまで来た気配がした。
「こういう事の無いようにタケルさまがアクア付きになるのを黙認したのに、どういう事デスか!」
一応声は抑え気味にしてるけど、リンちゃんさ、威圧気味に魔力が乗ってるから叫ぶのより酷いよ?、それ。
『これは勇者様がこの世界に適応するための通過儀礼のようなもの。
勇者様方の話からそれが判らぬなら小さき光の者よ、我々が其方を立てる意味が薄れ行くが如何?』
ウィノアさんの声にも当然、魔力が乗ってるわけだけど、俺は現状ウィノアベッドというような状態なわけで、平たく言うと包まれてるわけだよ。そんな状態でリンちゃんの威圧気味の魔力音声に対抗するような魔力音声を出されるとさ、頭がくらくらとまるで眩暈のような俺には2人の魔力音声が頭ん中で響いて回ってすごい気持ち悪い。しかも双方威圧気味に魔力ぐっと乗せてるから威力倍増。
音だけは抑え気味だけど、全然意味がないね。
「…!?、『$%&#@*』ですか…、なるほど失礼しました。
しかし里の若い者が罹るものですが、これほど酷い症状にはならなかったはず。些か症状が重過ぎるように見受けられますが…?」
あまり病人の枕元で不安を煽るような話はしないでもらいたいんだが…。
『当然です。タケル様は我々精霊の頂点となるべく御光臨されたお方なのです。下々の者らと同じであろう筈がありません。
これでも我々が付いているのです、かなり軽減しているのですよ?』
「軽減?、これでですか?」
『完全に症状を取り去ってしまっては、タケル様の御身が適応して行くのを妨げることになるのです、それぐらいの事、理解っているでしょう?』
「……わかりました、タケル様のことはお任せします。よろしくお願いします、アクア#$%&」
『元よりそのつもりです。気持ちは受け取りましょう、リーノムルクシア様』
朦朧とした頭で薄目を開けて、2人が言い争いをし始めたら止めなくちゃ、って頑張って思ってたけど、そうはならなかったようだ。よかった。
頼むから、仲良くやってくれ。最後名前を言うとき妙に力いれたろ2人とも…。
そいやなんかさっき『悪魔憑き』って小声が聞こえたような気がしたんだけど、気のせいだよな?
俺、首が後ろ向いたり緑のどろどろを吐き出したりしないよな?
背中で壁と天井を這い上がったりしないよな?
あ!、そう言えばさっき緑のドロドロ吐いちゃったよ…?、『悪魔憑き』だよ…、俺死ぬのかな…?、首後ろ向いちゃうのかな……?
『あ、タケル様…?』
「魘されてますね、寝苦しいのでしょうか?」
え?、俺魘されてる?、あ、身体が動かせないぞ?、ってことは俺の身体って眠ってる状態なのか?、じゃあこの俺は?
『この私に包まれていて寝苦しいなど…、お身体の状態は落ち着いている様子ですし、発熱も平常ですので問題ありませんよ』
もしかしてマジで『悪魔憑き』!?、身体から追い出され…、ては無いか。周囲が見えてるのはこれ魔力感知だ。視力じゃ無いな。
「そうですか、あなたがそう言うならお任せします。ですが先程のような事は…」
『それで峠は越えたようですよ。お身体の魔力も安定に向かっています』
「わかりました。また様子を見に来ます」
ふむ。まぁ確かに楽にはなってきた。緑のドロドロが何だったのかちょっと気になるけど、こうして寝ていれば頭はくらくらしないし、自分の身体の魔力もどんどん落ち着いていくように感じる。
リンちゃんも部屋を出て行ったし、すぅっと沈むように眠りに……
●○●○●○●
「へー?、身体がだるくて動くと頭がくらくらして?、微熱が続いてる?、それってアレじゃない?」
「するとタケルさんはここに来て1年ということか」
天幕が集落のように整然と並ぶ手前で『スパイダー』を降り、収納している間にメルさんが事情を兵士に伝えて下さって、その兵士がサクラさんとネリさんの所まで案内をしてくれました。
そして周囲の天幕から浮いた土魔法製の小屋の前で剣を振っていたサクラさんとネリさんに無事会うことができました。メルさんは、『私はケイル隊長に挨拶をしてきます』と前線本部天幕のほうに行かれましたが、私たち3人は小屋の中に入ってテーブルのところに座り、タケルさまの事を伝えたところ、そう言われたのです。
「ご存知なんですか?」
こちらを置いて2人で納得したかのように言うので返事を促してみます。
「あ、はい、私たち勇者はこの世界に来てだいたい1年でそういった症状で数日寝込むのです」
「あたしたちは『勇者病』って言ってるけど、薬何度か飲めば治るよ」
「薬があるのですか!?」
思わず立ち上がってネリさんのほうに身を乗り出しました。
「落ち着いて下さいリン様、命の危険がある病ではありません、私たち勇者が皆、通ってきた道です」
「そうそう、何て言うか、それの後って身体が動かしやすくなったし」
「そうなんです。私はシオリさんから聞いたんですが、『この世界に身体が馴染むために必要な通過儀礼のようなもの』だそうです」
なるほど。勇者の事は勇者に尋ねればいいとタケルさまが仰っていたわけです。
「そうですか、それで薬というのは?」
「何か幾つかの薬草をすりつぶしたやつらしいんだけど、あっ、『勇者の宿』か『勇者隊』にしかあの薬は準備されてないよね!?」
「確か半年が過ぎると準備されるはずだぞ?」
「あ、そうなんだ、なら安心だね」
ということは『勇者の宿』で言えば出してくれるのでしょうか。
「そうだな。あ、リン様、それは症状が酷いときに飲むものなのです。飲まずに越えた勇者も居ますので」
「でもさ、話聞いてるとタケルさんの症状って結構酷いんじゃない?」
そうですね、ネリさんの言う通りです。
それにタケルさまの周囲に漏れ出てくる魔力からしてかなりの乱れがありますし、タケルさまも動くたびにお辛そうで…。
「んー、まぁ1年未満であれだけの魔力を扱えるほどなんだ、私たちのように軽いものじゃなくてもおかしくはないだろうな」
「いま考えたら身体が動かしやすくなるのって、魔力の扱いがしやすくなるって事だったのかな」
「うーん、当時私は武力だと思ってたからな、それにもうよく覚えてないのが正直なところだな。魔力の扱いか、言われてみればわからなくはないが、ネリはどうしてそう思うんだ?」
「んー、だってそれまでできなかった身体強化ができるようになってきたのってその頃だったかなって」
「ネリが身体強化ができるようになったのはもっとあとだろう?」
「そうだったっけ?」
「勇者病を越えてから、型をなぞる動きが良くなったのは覚えているが、身体強化はもっとあとだったと思うぞ?」
「うん、だからそれが、身体強化でき始めたってことかなって…」
「無自覚に、ってことか…」
「うん」
「そういうのはあるかも知れないな。ま、とにかくタケルさんの症状が酷いなら飲ませてみて下さい。リン様」
「わかりました」
そうして一旦川小屋へ転移で戻ったあたしは、庭にあるウィノアの泉で事の次第を伝えてから、『森の家』へと戻ってそのまま『勇者の宿』へと走ったのです。
ところが『勇者の宿』ではその準備されているはずの薬が無いと言われたのです。
「どういう事デスか!?」
「そ、それがその、倉庫にあったはずの粉薬が無くなっておりまして」
「半年後には用意されていると勇者たちから聞きましたよ!?」
「確かに用意は、き、記録もございますし」
「管理が杜撰なのでは?」
「申し訳ございません、すぐに手配致しますので」
「いつ届くのデス?」
「2日後の、い、いえ!、明日の夜には!」
「では明日の夜に取りに伺います」
「は、はい!」
全く、何なのデスか、こうもタイミング良く無くなっているなど…。
はっ、もしかしてウィノアが勝手に…!?
まさか…、いえ、あり得ないことではないデスね。
急いで『森の家』に戻って確かめなくては。
庭の隅の泉で尋ねると、
『はい。もう飲んで頂きました』
と返答が。
人騒がせな…。
●○●○●○●
翌朝。
だと思っていたが丸1日過ぎていて、その次の日の朝だった。
すっかり熱も引いて、身体の魔力の流れも問題無くなっていて、頭がくらくらしていたのもすっきりとしていた。
途中何度か目を覚ましたこともあったけど、その時はまだ身体もだるくて、目をあけると光量調節がおかしいのかものすごく明るく感じたり、暗くて見えにくかったりもした。
明かりの魔道具は灯していないので部屋は薄暗いままのはずだから、無意識に身体強化でよく見えたり、見えすぎたりしてたんだろう。暗視魔法みたいなのをかけてたのかも知れん。
『おはようございます。お加減はいかがですか?』
- おかげですっかり良くなりました。ずっとお世話してくれてたんですね、助かりました。ありがとうございます。
『いいえ、タケル様のお役に立てたのなら重畳でございます』
と、起きて半身を起こすとウィノアさんがベッド状態を解除しながら寄り添うように座って話しかけてきて、それから『勇者病』のことについて話してくれた。
勇者病かー、潜伏期間1年の病気みたいなもんかな。
話を聞いていくと、この世界でも一定以上の魔力がある人が幼少の頃に罹るものらしく、光の精霊さんでも同様の事があるとかなんとか。何でも魔力の扱いがしやすくなるんだそうだ。
そう言われてみると、以前より魔力を素早く操作できるようになった気がする。
ふと思い出したので、気になってた緑のドロドロのことを尋ねてみた。
『あれは勇者隊とやらがタケル様のために用意していた薬草の粉末を溶いたものです。
リン様が他の勇者たちから話をお聞きしてこられまして、勇者はだいたい1年が経過するとこの病に罹るとの事。そのために用意された薬という事でしたので、向こうからもってきたのです。
そしてお休みの間にと、タケル様に服用して頂きました』
ああ、それで緑のドロドロが。よかった…。『悪魔憑き』が吐く謎のドロドロじゃなかったよ。
これはあとで聞いたんだが、体内魔力が不安定になるからこうなるんだとさ。
他の勇者たちは1年では魔力を鍛錬しておらず、体力的な訓練しかしていなかった。
それで増える魔力もあるが、あくまで自然に、ゆるやかな魔力的成長しかしない。
であるから、あまりひどい症状にもならないし、ただ体内魔力が安定するまで消耗するため熱がでて身体がだるくなる、風邪のような症状だ。薬草から作られた薬を服用して横になってれば治まる程度の…。
しかし俺の場合はそうじゃない。
属性適性も多く、魔力に関することが他の勇者よりも早くから成長してしまった。
扱う魔力量も日に日に成長増大してしまったため、全身の魔力経路が適応するためのこの過程は、他に類を見ないほど劇症となったのだろうとさ。
俺が寝てる間だけど、リンちゃんが流動食をもってきて、食べさせてくれるわけじゃなく、置いていってたらしい。
どうやって食べて飲んでるのかわからん。寝てる間に送り込んでくれてるらしい。
ウィノアさんが。
もうお分かりかと思うが、動けないので排泄もそのまんまのようだ。
でも排泄した覚えがないんだよなー、気張った覚えも漏らした覚えもない。
眠ってないときに尿意がきたことがあったんだけど、耐えてた。だって動けないし。もうちょっと耐えたら、尿瓶もってきてもらおうとか思ってたんだけどね。
でも少し眠って起きたら尿意が消えてた。
どうなってるか気にはなるけど、怖くて訊けない。
想像はできるけど、もしそれが当たっていたらと思うと…。ね?
身体も清潔状態っぽいしなぁ、花のようにいい香りがさりげなくするし、高機能高性能だな、ウィノアベッド。
そしてさらにあと、川小屋へ行ってネリさんたちと話してさらにわかったことがある。
「やっぱり勇者病だったんですね」
「あたしたちも1年ぐらいで罹ったよ、タケルさんほど酷い症状じゃなかったけど」
「『勇者の宿』のお薬を眠る前にスプーン一杯だけ飲まされるのがつらかったっけ」
え?、スプーン一杯だけ?、眠る前に?
ちょっとちょっとウィノアさんよぉ、もしかして分量、ちゃんと見てなかったんじゃないか?
あとで部屋でこっそり喚び出して問い質した。
やっぱり分量がおかしい。数十倍どころじゃない量を飲ませたらしい。
持ってきただけ全部を、だ。
『だってだって、タケル様の魔力量からすると全然足りない気がしたんですもんー』
ですもんーじゃねぇよ、分量守ってからにしろよ!
まさか、酷くなったのはそのせいじゃないのか?
俺、あんときスゲー緑のドロドロを大量に吐いたから、『悪魔憑き』って信じかけたんだぞ?
ナンセンスだって笑うなよ?、元の世界ならともかく、こっちは何があるかわかんないんだからさ、魔法だってあるんだし、精霊さんだって居るんだからさ。
あ!、吐いたのもそのせいじゃないのか?、ずっと眩暈がしたままだったのも…。
- 『勇者の宿』から取ってきたっていう薬の容器、ちょっと見せて。
『あの…、そのですね…、容器は要らないと思って…、その…』
処分したってことか。
- よしわかった。『勇者の宿』に行ってきいてくる
『え!?、それは…、あの…、この事はリン様には…』
- バレないようにすればいいんでしょ?、そりゃあんだけリンちゃんに偉そうに言ってて薬の分量間違ってたせいで病状が酷くなってました、って言えないでしょ。
『聞かれていたのですか…』
- はっきり覚えているわけじゃないけどね、聞こえてたよ。
『申し訳ございません…』
- いいよ、ちゃんと仲良くしてくれるなら。
結局、『勇者の宿』には行かなかった。
もう罹らないだろうし、『取ってきた』ってのがこっそり盗んできたってことならウィノアさんも立場がさらにまずくなるわけで、あまり苛めるのもなーって思ったからだ。
でも、『勇者の宿』で管理してて紛失したとかが問題になってないかちょっと心配でもある。
それと、行く方法がね。
たぶん飛んで行っても1時間程度のもんだろうと思う。
転移魔法はモモさんやリンちゃんの許可をまだ得られてない。使うのは憚られるし、使うにせよ一旦森の家を経由することになるんだからバレないようにってのが難しい。
なら、ウィノアさんの転移魔法ってことになるんだけど、そうすると東の森のダンジョン村の、地底湖ってことになるんだが、出口んとこ埋めちゃったし、出るのに手間がかかる。
まぁウィノアさんも反省してるし、薬だって度を超せば毒にもなるんだって言い聞かせておいたから、もういいかなって。
●○●○●○●
「殿下、また王都から帰還要請が…」
私は国家として重要な計略のためにここに居続けているんだ。
これは将来的にも国益に繋がる事なのだぞ!?
だいたいもう何日待たされてると思ってるんだ。
「え?、おい」
「は、…その、何がでございますか?」
察しの悪いやつだな。
「メルリアーヴェル王女との会談はいつできるのかと聞いている」
「それがその、『本国に問い合わせよ』というお返事でございまして…」
「川小屋とやらに居るのにか?」
「それはそうなのですが、何分お付きの者もおらず、ホーラードの鷹鷲隊も帰還されまして居りませんので…」
「それで?」
「ビルド団長にもお話をもちかけたのですが、『王女は鷹鷲隊と共にホーラードに帰還された』との事でございまして…」
「では川小屋とやらに居るのは誰だというのだ?」
「それは……」
側近長は返答に窮し、また手布を取り出して額の汗を拭っている。
「つまり目撃者がどれだけ居ようが王女は本国に帰還したのだから川小屋とやらに居るのは王女に似た誰かであり、王女など居ない、面会したければホーラード本国に問い合わせろという事なのだな?」
私は溜め息を吐いてこの役立たずに諭すように言った。
「は、はい、その通りでございます」
本当に使えない。
実は少し前に侍従長の部下を使って王女を連れて来させて直接話をしようと試みた事があった。だがあっさりと逃げられたらしい。
まさか手荒な真似をするわけには行かないので、単純に包囲しようとしたそうだが、包囲する前に一瞬で突破されたんだそうだ。話をする暇すら無かったんだと。
詳しく聞くと、川小屋の裏手にある生簀から王女が魚を獲っていたところを狙ったが、数人が近づこうとしたのを察知され、魚を入れた桶を持って川小屋の裏口へと逃げ込まれて手が出せなくなったそうだ。
他にも、川小屋から出るのを待ったり、あるいは夜に戻るのを待っても全くつかまらず、移動途中は速過ぎてダメで、前を塞いでも飛び越えられてしまうのだそうだ。
全く、武術の達人というのは厄介だ。
漁師の格好をさせている者らとは別に、最前線となっているところで近づいてみたそうだが、気付いたときには縛られて騎士団に捕らえられていて、勇者にちょっかいをかけたと思われてしまいビルド団長のほうから抗議文を添えて返される始末だ。侍従長の面目は丸つぶれだ。
そう言った裏の手段が全く通じないのだから正攻法で行くしかないのだが、それすら『王女など居ない』と言われ、どうしようもないのが現状なのだ。
そしてティルラ本国にもホーラードから苦情が届いたらしく、私に帰還要請という命令を携えた使者が数日と空けずにやってくるようになってしまったのだ。
そのような苦情が本国に届いてしまっては、もはや私がホーラードの姫騎士たるメルリアーヴェル王女を狙っていると公言するわけには行かない。下手をすると兄の婚約にまで影響が出るかも知れないからだ。
少なくとも王女本人とある程度の知己を得てからでなければならないのだが、それが全く捗らない。
全く、私ほどティルラの将来のことを考えている者は居ないだろうに…。
む、そういえば侍従長はどこに行ったのだ?
「おい、侍従長はどこにいる」
「侍従長でしたら前々回の帰還要請の折に王都に戻られましたが…?」
「何だと?、いや、まてよ?、あの時…」
確か、『一度戻って弁明をする必要がありますな』と言っていたな。そうだなと返したが、それで頭を下げたのはそういう意味だったのか…。
「前々回というのは先週の事ではないか…」
「はい」
「それで侍従長が代理で帰還したと伝令は出したのか?」
「いいえ、伝令と同時に到着することになるので不要と」
それもそうか。
「そうか。今回の帰還要請は何と?」
「内容は見ておりません」
「何故内容を検めない」
「それがその、今回の物には王と王太子の印で封緘が為されておりまして、殿下がまずご覧にならなければ私どもでは見ることができ兼ねますので…」
「む、そうなのか、今回は厳重だな。よし、寄越せ」
「こちらでございます」
手渡されたのは薄い木箱だった。今までは筒状のものだったのに。
皮帯で留められた上に、確かに父上と兄上の封緘がある。
少し緊張しながら封を解き、箱を開けると書状が1枚だけ入っていた。
正式な王族の指令書に、私宛であることと、発令者である父上と兄上が連名で書かれており、国璽が押されていた。
『其方の報告は見た。疾く帰還せよ。』
その内容は呆れるほどの短文だった。それだけに冷や汗が出た。
これまでの帰還要請は挨拶や道中の安全を願う修飾文が付き、丁寧に婉曲な文章だったことを思えば、これはかなり怒っていると見たほうがいい。
「殿下…」
私の表情が固まっているのを見た側近長が気遣うように呼びかけた。
「…ああ、わかった。王都に帰還する。急ぎ仕度せよ。準備ができ次第発つ…」
「はっ!」
これにより私の計画は何ひとつ運ばないまま、終止符が打たれたのだ。
次話3-024は2020年01月03日(金)の予定です。
20191227:誤字訂正。 変事 ⇒ 返事 改めない ⇒ 検めない
20200103:あとがき(今回の登場人物・固有名詞、のこと)訂正
20200503:漢字に変更。
(訂正前)わからなくはない。無いけどね。
(訂正後)わからなくは無い。無いけどね。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
過保護も時としては毒になる。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
ウィノアにタケルの世話を任せているが、少し不安な気持ちもある。
『アクア付き』と言うのはリンちゃんたちが勝手に言ってるだけの用語。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
海で発見された魔物は引き返したらしい。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
今日は戻れるらしい。メルさんと帰るんだとか。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
このまま人類最強になるのでは?
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
今回は名前だけの登場。
ケイル隊長:
ティルラ王国金狼団所属。
バルカル南浜前線拠点の指揮官をしている。
名前だけの登場。
勇者の宿:
タケルたち勇者の復活地点。ホーラード王国の辺境にある。
ここを中心に『勇者の宿』のある村を警備するのも『勇者隊』の仕事。
用意したタケル用の薬が消えていて大変。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
もうメルさんちのようなもの。
ピヨもちゃんと夜には帰って来る。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
癒しのヒヨコ。メルさんたちに癒しを与える。
まだ出番なし?
バルカル合同開拓地:
旧バルドス国全域を指していた『魔物侵略地域』のことを
現在はこう呼ぶようになっている。
バルカル南浜:
カルバス川を挟んで、南バルカル・北バルカルと呼ばれるようになり、
海に面した浜の部分を、それぞれバルカル南浜、バルカル北浜と言う。
カルバス川:
バルカル合同開拓地(旧魔物侵略地域)を南北に2分する大きな河川。
この川を挟んで南側をバルドス、北側をバルデシア呼んでいた。
お魚が豊富。
殿下と呼ばれている男:
ティルラ王国第二王子、メルパス=ランデル=メル=ティルラ。
作者からは迷惑王子呼ばわりされているらしい。
自己中心的ではあるが、それなりに思慮分別はある。
思い通りに行かなかったのは、相手が悪かったね。
侍従長:
今回は名前だけの登場。
ティルラ王国影の部隊を率いる、実はなかなかの人。
のはずだが本編ではいい所がない。
側近長:
殿下に話しかけられるたびに額に汗する苦労人。
仕事ができないわけではないのに、扱いが良くない不遇の人。
殿下の父王:
ティルラ王国国王、モルパス=ランドル=ミル=ティルラ。
本編では名前が出てこないね。
殿下の兄上:
ティルラ王国王太子、ハルパス=ラハルト=ニル=ティルラ。
第一王子。
婚約者がホーラード王国第一王女、ストラーデ姫。
彼女はメルリアーヴェル王女の姉。
ホーラード:
国の名前。ホーラード王国。
『勇者の宿』が国の南西の端にある。
メルさんはここの第二王女。
鷹鷲隊:
ホーラード王国所属の騎士隊のうち、最も勇敢で強いと言われる。
この隊員たちは市民たちの憧れの的。
ホーラードでは騎士団長は近衛騎士隊を除く騎士隊全体を統括する。
ティルラ:
国の名前。ティルラ王国。
王都はケルタゴ。
王と王太子はまともらしい。
ビルド団長:
ティルラ王国所属、金狼団の団長。
ティルラでは騎士団ごとに騎士団長が居る。