3ー021 ~ 強制転移・疎開
「おお、勇者タックよ、しんでしまうとは情けない」
目を開けるとすぐに言われた。どうやら『勇者の宿』に戻されたようだ。
死んだらしい。
「え?、死んだのですか!?」
正確には死ぬ直前にここに転移してくるようだけど。って、右手が温かいと思ったらリンちゃんが両手で包んでた。え?、リンちゃん!?
「あ、えー、そうじゃないんですが、一応そう言う決まりなんで」
「どっちなんデスか?」
「し、死んでません、死ぬ直前にここに戻ってくるんです」
「まぎらわしいデスね」
「あの、一応機密なんでご内密に…、あ、これ、支給のやつな!、ここ置いとくから!、じゃ!」
そう言うとグリュンさん、何か違うな、グインさん…、じゃなかったな、とにかく『勇者隊』の隊長さんだ、その人はそそくさと部屋を出て行った。
なんだか久しぶりだな、あの人。タックって呼ばれるのも。
たまにいるんだよね、タケルってそんなに発音しにくいのかな。まぁいいけど。
- (リンちゃん…、あ、声が…)
さっきから体を動かそうとか声を出そうとかは思ってたんだけど、体はやけにだるいわ声は出せないわで、やっと声を出せたと思ったら掠れていた。
「た、タケルさま!、安静に寝ていて下さい!、ほとんど魔力が枯渇していたんですよ?」
- (そっか…)
以前、さっきのグリンさん、あ、そうだグリンさんだった。その人に聞いたのだと勇者は完全に快復してから目覚めるって言ってたような気がするんだけどな。
じゃあ今の俺は?
「タケルさまがここに転移してこられた時、右腕と右脚にひどい火傷があっただけだったとさっきの人が言ってました。『これぐらいで飛ばされて来るなんてな』とも。あたしがここに来たときにはタケルさまには傷ひとつ無かったんですが…」
ここでリンちゃんは少し言い澱んだ。目に涙が溜まっていくのが見えた。
「タケルさまが…」
エプロンのポケットからハンカチを取り出して俯き、目元を押さえた。
で、俺が?、そこで切られるとすごく気になるんだけど。
「薄着で板の上に寝かされていたんですぅ…、うぅ…」
え?、そこ?、そんなに悲しむとこ?、ここじゃそれが普通だからね!?
あ、それで光の敷布団と毛布、それと枕なのか。
道理で寝心地がいいなって思ったよ。って、いててて…
- (リンちゃん、肘…)
手を持って抱きしめるのはいいけど、そっちに捻られたら腕が極められたみたいな角度になって痛い。
それと、手の甲にリンちゃんの普段あまり主張していない部分が当たってて、なんだか照れくさいしそろそろ放して欲しい。
「あ、すみません」
解放してくれた。む、動かせるんだけど動かしづらいな。
- (で、枯渇してたって?)
「あ、はい、調べたところ、ここの魔方陣は強制転移や身体の快復にはその当人の魔力を吸い上げて利用するようになっているようでした。『勇者』という存在に結びついているようで、『勇者』の側にも魔法的な『印』がつけられていますね」
- (じゃあ俺にも?)
「はい、普段はタケルさまの魔力が強くてわからなかったのですが、枯渇状態だったので見つける事ができました。枯渇したのはおそらくタケルさまの強制転移には膨大な魔力が必要だったのでしょう。タケルさまの居られた場所はここからですとだいたいこの星の反対側ですし、むしろ魔力が足りたのが不思議なくらいです」
- (あ、場所、捜してくれてたんだってね、ありがとう)
「場所が判ったのはウィノアのおかげです。詳細に分かったのはミド様やアリシア様、それと現地のドゥーン様とアーレナ様のおかげです」
そうは言ってもリンちゃんが方々に働きかけてくれたんだという事ぐらいは想像がつく。
- (それでも、ありがとうね、リンちゃん)
「タケルさま…」
そう言って俺の右腕に両手をそっと添えた。
「あ、とにかく今はもう少しお休み下さい。あ、タケルさまのポーチ、ここに置いておきますね。食べ物や飲み物、それと服なども入っていますので」
あ、そう言えばポーチ、無事だったのか。
- (うん、わかった)
「あたしは一度『森の家』に戻って用事を済ませてきます」
- (うん)
軽く頷くと、リンちゃんは素早く詠唱をし、しゅばっと転移していった。
あ、飲み物だけでもちょっと出してからにして欲しかったかな。
体を起こすだけでもすげーだるい。力が入らないっていうか、熱は無いんだけど酷い風邪でも引いたときのような、あ、頭を起こすとつらいな、これ。
あれ、でも身ひとつで転移してくるって聞いたような…。
あんな魔砂漠の地下へリンちゃんがポーチの回収に行けるとは思えないから、俺と一緒に転移してきたのかな?、まぁ、あとできいてみるか。
何とかベッドの端に腰掛ける姿勢にはできた。
リンちゃんが座ってた椅子は枕元のほうで、ポーチが置かれてるのは入り口近くの机で…、そして俺は足に力が入らない、と…。
さらにあのポーチは俺かリンちゃんじゃないと持ち上げられないんだよね。
ん?、ポーチを貰ったときに持ってきた精霊さんはどうやって持ってきたんだ?
いや、今はそんな事を考えている場合じゃ無い。どうやってあそこまで行くか、だ。
…こりゃひと仕事だなぁ。
●○●○●○●
タケルさんが出かけて行ってから2日目に地響きがして、すぐに地面が揺れた。すっごく怖かった。
ドゥーンさんとアーレナ師匠が血相を変えて、『儂らが戻るまでこの家の周囲から出てはならんぞ』と怖い顔をして言い置いたあと、様子を見てくると言って出かけたんだ。
アーレナ師匠が、お兄さんから預かってたって言ってお魚や果物などの食材を、保存箱に入れてくれた。『これが無くなる前には戻るさね』と言っていたけど、そんな量が無くなるぐらいってどれだけここから出られなくなるんだろう、ってちょっぴり不安かも。
保存箱っていうのはこの家の元の持ち主、ボクのお師匠さんが使ってた、中のものが冷たくなって食材が腐りにくくなる箱のこと。結構大きいんだけど、何年か前に壊れちゃってて、それをアーレナ師匠が修理してまた使えるようにしてくれたんだ。
残ったボクとメイリルさん、それとミリィの3人でお留守番。
ボクはアーレナ師匠から毎日これだけの訓練をすること、って言われてることがあるからいいんだけど2人はどうするんだろう?、って思ってたら、まずメイリルさんがボクの真似をして同じように魔法の訓練をするようになった。
それを見ていたミリィも同じように真似をし始めて、何となくおかしくてにこにこしてたら、2人もにこにこしてた。
ミリィの言葉はボクには全然わからないんだけど、メイリルさんには少しだけ意味がわかるみたい。逆にボクたち2人の言葉はミリィには伝わらないけど、身振り手振りだけでも共同生活をするぐらいなら何とかやれそう。
ちょっとだけ困ったのは体を清めるときで、ボクはお兄さんが入れっぱなしにしていたお風呂の水を浴びるだけでいいんだけど、メイリルさんは外のそんな扉の無い小屋にあるお風呂にはいい顔をしなくて、部屋の中で体を布で拭うだけにしたいって言われたので、木桶に汲んだお水を火魔法でお湯にして渡すようになった。
ミリィには、お風呂にあった小さな石のお風呂にお湯をためてあげればいいのかなって思ってたら、何だか文句を言ってて、メイリルさんに話を聞いてもらうと、『石鹸が違う』って言われたんだ。
そういえば髪がなんだかパサパサするようになったっけ。
でもその石鹸しかないんだって何とか伝えると、不満そうだったけど納得はしてくれたみたい。
「ハツ様の髪はとてもきれいですね」
ミリィがお風呂に入っている間、メイリルさんに言われたんだけど、お兄さんの石鹸じゃなくなってから艶も無くなってきたしぱさつくようになってきたから、前みたいに紐でまとめたほうがいいかも。
「メイリルさんだってきれいですよ?」
彼女の髪は紺色で肩ぐらいの長さ。歩くとふわふわ揺れる。
「私の髪は暗いですし、神殿に居たので成人するまでは短くしなくてはならなかったのです。ハツ様のように長い髪が羨ましいです」
そう言って目を伏せた。
「だったら、これから伸ばしましょうよ」
「でも、色が…」
「そんなの、タケルさんなんか真っ黒じゃないですか、あはは」
「あ…、そうでした」
なんでも、メイリルさんの親や兄弟たちはみんな明るい色の髪をしていたんだそうで、彼女だけが暗い色に生まれついたせいで母親から疎まれたって言ってた。
それで神殿に送られて質素な生活をさせられたみたい。
ボクには小さい頃の記憶がないから、そういうのよく解かんないけどさ。
でもいいじゃん?、耳があるんだから、って思ったけど、お互いに自分の不幸を言い合うみたいになるから言わなかったよ。
ミリィがお風呂から出てきたんだけど、体を拭く布でぐるぐる巻きになってた。
服の替えがなくて、洗ったんだけど乾いてないんだってさ。
びしょびしょの服を手に持ってたよ。
ボクはまだお兄さんみたいに温風で乾かすなんてできないから、干しておくしかなくって、それをまた身振り手振りで説明したんだけど、体に巻いてる布が邪魔だから小さいのが欲しいらしくて、だったら簡単なので悪いけど、ちっちゃな袋を作って首と手を出すところだけ切ったものを作ってあげた。
文句言われるかなって思って渡したけど、着てくれて、すっごく笑ってた。
ぶかぶかだったし。
ボクもこの家に来てすぐぐらいの時、服の替えがなくて、お師匠さんが同じようなのを作ってくれたっけ。
その時は、まだ町の人たちも何人かがここによく来ていたから、見かねて子供用の服を何着かもらったんだ。『子供はすぐ大きくなるからねぇ』なんて言って、大きめの服も何着か一緒にくれた。今もってる服はその時のなんだよ。
それからまた2日経って、3日目にドゥーンさんとアーレナ師匠が戻ってきた。
2人とも疲れた様子で、外の事を話してくれた。
魔砂漠の中心に近いところで大きな爆発が起きたんだって。あの時地面が揺れたのはそれが原因だったみたい。
「じゃあ、お兄さんは……?」
「普通ならその爆発に巻き込まれたと考えるべきなんじゃがの」
「プローブの記録を調べてみたのさ、爆発の直後にタケル殿らしい膨大な魔力の反応が記録されとったよ。魔砂漠の周囲に設置した全てのプローブに記録が残るぐらいさね。とんでもない魔力量だよ」
2人とも、お兄さんが死んじゃったなんて思ってないみたい。
「生きてるんですか?」
「わからないね、だけど死んだとは思えないのさ」
「転移でもしたのかのぅ」
「あんな膨大な魔力でかい?、この星の外に出ちまうよ?」
「まぁ、生きとるならそのうちここに戻ってくるじゃろう」
「それでアンタたち、外は魔塵の量が増えてるから、あと2日はまだ外に出るんじゃないよ?」
まだ出られないの…?
「儂らはちょくちょく出かけるが、それでの、ちと地下室を使わせてもらいたいんじゃが、ええじゃろか?」
「地下室ですか?、あそこは荷物が多くて狭いけど…」
「ああ、地下室そのものでは無いんじゃよ。その奥の壁にもうひと部屋作りたいんじゃ」
「はい…、それなら別に構いませんけど…」
「そうか、感謝するぞぃ、それとの、しばらくミリィの同族を5人じゃったか、ここに避難させたいんじゃが、」
「ほらやっぱりそうすると思ったさね」
「もし影響があったらと思うとな、知ってしまっただけに心配なんじゃよ」
「過保護なんだよ。と言っても止まらないんだからさっさと連れといで」
「一応、ここの主であるハツに許可をもろうてからと思うての」
「今更さね、いいからお行き!」
「う…、では行ってくるでの」
何だかまた5人増えるみたい。
お兄さんと出会ってから、どんどんここが賑やかになってくるね。
でもミリィと同族ってことは、言葉が通じないのかー。
ドゥーンさんかアーレナ師匠かどっちかが居れば大丈夫だけど。
「それでハツ、食料はまだあるかい?」
「え?、あっはい、あります。あ!、でもミリィみたいによく食べる人たちなんですよね?、だったらあと2日は持たないかも…」
「アタシら2人の分は要らないよ、それでも持たないかい?」
「それなら何とか。でもいいんですか?」
「アタシら精霊は、アンタたちと違って別に食べなくても死にやしないのさ」
「そう、なんですか、でも何か悪いような…」
「―――――――――!」
ミリィが何か言ってる。
「ミリィは何て言ったんです?」
「自分も少しは我慢するとさ」
本当かなぁ…。と、メイリルさんを見ると、彼女もこっちを見たようで、何だかおかしくてくすっと笑った。
●○●○●○●
お昼過ぎにドゥーンさんが5人の有翅族の人たちを連れて戻ってきた。
そのひとたちはミリィと違って羽がついてた。
黒い蝶々みたいな羽がついてるひとが代表で、ディアナさんって言うんだって。
ちょっとミリィと言い争ってるみたいな雰囲気だったけど、ドゥーンさんが収めてくれたみたい。もしかして知り合いだったりしたのかな?、それで仲が良くないとか?
ちょっと前にアーレナ師匠が、有翅族というのは羽がある種族という意味だって説明してくれたけど、やっとなるほどって納得したよ。
羽の無いミリィしか見たこと無かったからね。
そのうち生えるって聞いたけど、いつ生えるんだろう?
みんな違う羽だから、ミリィのはどんなのが生えてくるのかちょっぴり楽しみ。
ドゥーンさんとアーレナ師匠は午後から時々出かけてたり戻ったりしてて、何だか忙しそうにしてた。
ボクたちは裏のところで魔法の訓練をしてたんだけど、出かけるって言って地下室に入って行っちゃうんだよね、うちの地下室、どうなったんだろう?、気になるけどちょっぴり知るのが怖いかも。
それから3人の魔法の訓練に、ヒマだからなのかな、ディアナさんたちも真似してやるようになったよ。
ミリィとディアナさんがいろいろ話していたみたいで、メイリルさんに聞いたら訓練の内容についての話じゃないかって言ってた。
ディアナさんについてきた4人は、最初のうちは少し距離があったけど、ミリィがボクたちの近くに居るのを見て、だんだん近くに来ても大丈夫だと思ったみたい。
休憩でお茶を淹れたときにはもう普通に近寄ってテーブルの上に居たし。
あ、ミリィ用のちいさなコップ、他の人たちの分が無くて困ったかも。
うちにある一番小さな器でも、有翅族のひとたちからすれば大きすぎるもんね。
それでドゥーンさんが戻ったときに、ミリィが持ってるコップみたいなの、作れませんか?、って尋ねたらすぐ作ってくれたよ。ミリィがもってる串みたいなのも。
誰用ってわかるように背中の羽と同じ形の印をコップの横に描いてて、可愛いかった。
もっと早く気付けばよかったね。
ミリィはそれを見てちょっと羨ましそうな顔をしてたよ。あはは。
そして夕飯だけど、食事の用意は結局ボクがすることになっちゃった。
ボクにできる料理って、お魚だと焼いただけとか煮ただけになっちゃうんだよね。お兄さんみたいにいろんな料理はつくれない。
それで、ディアナさんたちが今までどんな食事をしてたのか尋ねたら、焼いたものか、生だったんだってさ。
そう言えばお兄さんが生の切り身を食べてて、最初は抵抗あったんだけど、お兄さんが美味しそうに食べるんで食べさせてもらったら美味しくてびっくりしたっけ。
あの時お兄さんが生で食べてたのと同じお魚があったから、ボクも作ってみたんだけど、メイリルさんだけが驚いてたよ。
あ、お兄さんが置いてってくれてた調味料を、いくつか試してみたら、生野菜と混ぜるときに間違って生野菜にはこうやるって教わったのをかけちゃってね、それが意外と美味しかったよ。
でもお兄さんみたいにきれいに切ったりできなかったのがちょっと不満。
そのせいなのか、お兄さんが作ったのほど美味しく無かった気がする。
メイリルさんも最初は手をつけなかったけど、みんなが美味しそうに食べてたからか、恐る恐る食べてくれて、美味しいですってにっこり笑ってた。ボクと同じだね。
有翅族の人たちはミリィも含めてぱくぱく食べてた。
そうするとドゥーンさんとアーレナ師匠も少し欲しいみたいだったし、有翅族の人たちが足りないって言ってたので、同じお魚をもう一匹使って同じ料理を作ることになっちゃった。
こんなペースで食べて、あと2日持つのかなぁ、ちょっと心配。
次話3-022は2019年12月20日(金)の予定です。
20191212:迷惑王子関係の記述を2-104話に追加してあります。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
なんと現状では両性だった可愛い子。
もふもふ要員追加候補その1。
結局食事当番。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
我慢とは何だったのか。
ウィノアさん:
水の精霊。
分体アクセサリ球体がハツのお師匠さんの部屋で放置されている。
防犯魔道具のフリをしたまま出番がない。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
ついに出番。
アリシアさん:
光の精霊の長。
タケルのせいで余計な仕事が増えたらしい。
ドゥーンさん:
大地の精霊。
結局ディアナさんたちを連れてきた。
アーレナさん:
大地の精霊。ハツの第二の師匠となった。
何気に多忙。
ミドさん:
大地の精霊。
ホーラードその他の国々がある島国や、その周辺地域を担当している。
結構広範囲だったりする。
メイリルさん:
昔の王女らしい。
もふもふ要員追加候補その2。
生い立ちのせいもあり、性格が大人しく控え目なのでいまいち影が薄い。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
ドゥーンさんに保護されてハツん家に疎開中。
アンデッズ:
魔砂漠地下の不気味な町空間に居た、お化けが怖いと言う
スケルトンたちと、ゴーストたち。
リーダーを含めて骨16人幽霊9人の計25名。
明るく生きていく気らしい。アンデッドなのに。
タケルが戻るのを暇つぶしをしながら待っている。
今回は出番なし。