3ー019 ~ ゴースト
「2つ、いや、3つあるんだけどね」
そうアーレナさんがテーブルの上の食器類を重ねて横によけながら切り出した。『はい』と返事をしつつ手を差し出してそれを受け取り、手早く桶を作って水を入れてそこに浸けていった。
「まずは、タケル殿。アンタにお礼を言わなくちゃいけないね」
「そうじゃな」
名前を呼ばれて、椅子の後ろに置いた桶の所から腰を上げて見ると、2人は俺が食器を浸けている間に立ち上がっていて、俺を見据え、無言で頭を下げた。
気軽に何かを言えるような雰囲気ではなかったのでどうしようかと変な姿勢で固まったが、2人はすぐにまた席に着きながら俺にも座るように手で示した。
つい、『あっはい』って言っちゃったよ。
まぁそれでひとつめの話。
まだ詳しく記録情報を精査したわけじゃないから、おそらく、と先に言ってからだったが、俺が都市防衛システムの中枢を破壊したあと、魔塵の飛散度合いが増えているということ。
- あー、何だか済みません。
「お前さんが謝ることではないぞ」
「魔塵の量じゃなく、噴出力が変わったんだよ」
「砂嵐があるおかげでそう酷い事にはならんとは思うが、この先どういう影響がでるかは予測がつかんがの」
「ある意味、暴走状態とも言えるさね」
そりゃ大変なんじゃないのか?、でもこの2人には焦った様子もないし…。
あれ?、そう言えばエネルギー発生装置を2つ壊したんだよな。
- あの、他にもエネルギー発生装置があるんでしょうか?
「いや、エネルギー発生装置の底部はついでに破壊しておいたでの。その時に調べてみたが稼働中の設備は魔塵製造に関するものだけじゃったよ」
「ああ、蓄積しておく設備があるんだよ。だからその分はまだしばらく動くのさ」
なるほど。
そして次に、他の場所には観測されない小さなノイズの事。
それは南東側で現在砂嵐に一番近い地点に設置されたプローブの話から始まった。
「妙なノイズがあるっちゅうて交換したんじゃなかったかいのぅ?」
「そうだよ、それがまたあるんだよ!、今から言うとこさね!、黙ってお聞きよ!」
「すまん」
「全く、この爺ぃはのんびりなのかせっかちなのか未だにわかんないね」
アーレナさんの余計な一言に、ドゥーンさんは目の前のコップに手を伸ばして冷めたお茶を少し飲んだ。
ここで言い返さないのがドゥーンさんの良いところなんだろうね。
テーブルの上にアーレナさんが地図を広げ、説明を続けてくれたところによると、近年、他のプローブにはない魔力値が記録されるようになったんだそうだ。その魔力値は微小で、本来の目的である魔塵観測自体にはほとんど影響がない。無視してもいいのだが、どうにも気になるので前回プローブを交換した、という事らしい。
で、今回その交換したプローブの記録にもまた同様のものがあった、と。
さらに、俺が回収してきた医療施設地下のプローブにそれと酷似した魔力変化値があるんだそうだ。
「こりゃあ、何か居るね」
「何かって何じゃ?」
「何かわからないから何かって言ってんだよ!」
「それもそうか」
元の世界では、観測記録に混じるノイズの事を『ゴースト』って言ったりするね。
それで2箇所の方向と強さから割り出した位置を古い地図で見ると、地下シェルターがあった場所なんだそうだ。いや、シェルターとは言われてないんだけどね。地下施設で扉があってある程度の空間がある場所、というと感覚的にシェルターかなってさ。
昔はそういうのがいくつもあったんだそうだ。
「医療施設から東側っちゅうと、あちこち通路が寸断されとったんじゃ無かったかの?」
「完全に埋まってる施設もあるさね。でも今頃になってどうして急に魔力反応が出たんだろうねぇ…」
「またトカゲかの?」
「いや、この変化値ならトカゲじゃないさね、負の魔物でもない」
「儂らの知らんもんちゅう事か…」
「だから『何か』って言ってるじゃないか」
「そうじゃの」
「推測される魔力量から言ってもそう危険視するようなもんじゃ無いさね」
負の魔物って何だ?
一応尋ねておくか。
- 負の魔物って普通の魔物と違うんですか?
「トカゲの配下となって動く魔物のことをそう呼んでおるんじゃよ」
「それでだよ、申し訳ないんだけどね、」
という訳で、もう一度行って来てもらえないだろうか、という事らしい。
「本来、儂らの仕事なんじゃが、魔塵があれだけ渦巻いとるとのぅ…」
「アンタにゃ借りがどんどん積もっていくのが心苦しいんだけどね…」
と、2人は済まなそうに言っていた。
俺としてもやりかけた事でもあるし、何だか解決が見えないと気持ちが悪いっていうか、気になるっていうかね。
そう言ったら苦笑いし、アーレナさんは『損な性格さね』と言い、ドゥーンさんは『儂らにとってはええ性格じゃよ』と言った。俺はどう言えばいいのかわからないので、その場の流れで同じように苦笑いをしておいた。
とにかくは、魔塵発生装置をどうにかして抑えるか破壊するのが優先だけど、途中にそのノイズの原因を調べられるなら調べてくればいい。
どうしようも無ければ最低でもそのエネルギー供給ラインを破壊するか、エネルギーを蓄積している装置との接続を切り離してくれればいいんだと。
「停止状態じゃないと地の底にある機械を壊せないからね」
という事のようで。
参考までに何をやってるか尋ねると、原料採取なんだそうだ。
エネルギー発生装置も地の底に機械だか設備だかがあるって言ってたよね。
別なのかな。一緒にできたほうが穴掘り1つで済むんじゃないのかな。
と思って尋ねると、まとめてしまうと効率が悪くなるんだそうだ。説明を聞いたけどよくわからなかった。もうちょっと簡単に説明してくれないかなぁと思ったね。
原理だの技術だのを説明されたって理解できねーよ。
結局、『はぁ、そうですか』と言うしかないわけで。
そう言えば元の世界でもさ、やたら入門書だとか初級編だとかは書店に溢れかえっていたけど、じゃあその次は?、って探しても見つからないんだよね。あるのは上級向けというかもう専門書になってしまっててさ、どれもこれもいわゆる『解かっている人向け』なんだよ。中間が無い。
中級者向けと書いてあっても、初心者向けと内容が大して変わらなかったりする。買ってから何度だまされたって思ったか…。
ま、何でも『そういうもん』なんだろうけどね。
ノイズの原因のほうは、その『何か』が見てわかるものならそれを、判らないものなら入り口を閉じて判らなかったと報せるだけでいいそうだ。
そんな訳で特に準備も無いので、『じゃ、行ってきます』と言おうと席をたったら、またミリィがこっそりポケットにもぐりこんでついて来ようとしたのをむんずと掴んで阻止した。
「いやー!、あたしも連れてってー!」
- だめだって、前より魔塵の濃度が高いらしいから。
「そうじゃぞ?、ミリィや。お前さんの事を思うて言うておるんじゃよ」
「タケルさんの近くは平気だったもん!」
「お黙り!、アンタ最初に魔砂漠の石ころ置かれて死にかけたのを忘れたのかい!」
「わ、忘れたわけじゃない…んですけど…」
「今度はあの比じゃないんじゃよ。じゃからここで帰りを待つとええ」
「はい…、わかりました…」
と、さすがのミリィも大地の精霊2人から言われて素直に言う事をきいてくれたようだ。
しかしそうか、ジャミングが今までより強いってことか。俺も頑張ろう。
●○●○●○●
医療施設跡の地下へはこれで3度目だ。
- えーっとこっちだっけ…。
などと呟きながら、魔力感知だけで闇の中通路を進んで行く。
見せてもらった地図を、既存の地図に追加したものを取り出して、小さな明かりを灯して位置を確認してみると、前回通った時には単純な曲がり角だったと思った箇所は、一方向が完全に崩れて埋まっているT字路だったんだとわかった。
- すると、この先か。
例によってリンちゃんから借りている杖を出して、トンネル土木工事だ。
しばらく進んで、先が瓦礫じゃなくなった気がして、また地図を確認。
でもこれ、距離とか縮尺が正確じゃないからわかりにくい。
アーレナさんがプローブに記録された値から割り出した、と言っていたものはかなり距離と方角が正確らしいんだけど、実際現地に来て見ると距離はまぁ何とかわかるとしても、方角のほうがさっぱりわからないからね。
でも目的地は結構大きいらしいから、少々ズレたところでたぶん大丈夫だろう。
元の扉があるらしい場所はピンポイントだけどね。
どうせ崩れて埋まってるような施設なんだから、扉とかどうでもいいんじゃないかな、と思ってる。
- うん、地図の通路はもう完全に見失ったな、こりゃあ…。
しょうがないのでだいたいこっちだろうっていう方角へ、トンネル土木工事を続けることにした。
あ、そうそう、プローブって設置するときにちゃんと方角を決めて設置していたんだってさ。だから記録されている方角は、おおよそ信じていいとか言ってた。
おおよそ、ってのは、何十年何百年って期間があると、周囲が砂など流動性があるような場所では、設置した時とはズレてしまっている可能性があるからで、それと、記録された物も、同様に位置が変わってしまっている可能性があるかららしい。
今回の場合は、近年って言える範囲なのでそれほどの誤差は無いだろうという事だった。
お、俺にも感知できるぐらいの距離になったんじゃないかなこれ。まだ開通してないけど。
という場所からさらに10mぐらい進むと、前方に固い部分があり、その向こう側には空間があるとわかった。空間側の壁は崩れたりはしていないようだ。
固いと言っても、土魔法で開けられないわけじゃない。
何だか覚えのある固さだなこれ、まるでダンジョンの壁を崩すときのような感じか。
と、小さい穴が開いたとき、向こう側から話し声が聞こえた。ような気がした。
え?、話し声?、生存者が居るってこと?
さすがに穴が小さすぎてよくわからないので、開き直って通れるサイズまで広げた。
薄暗い。ダンジョンよりも暗いんじゃないかな。
暗視魔法を自分にかけておこう。
どうやら市街地と、公園?、のような空間に見える。
だって木はひょろひょろなのと、枯れかけているようなのと、枝がしな垂れているというか、風景に力がないっていうかさ。左手に池?、沼?、みたいなのがあるんだけど、臭気が漂ってくるっていうか、飲み水にはしたくない水っていうか。
とにかく暗視魔法かけてんのに薄暗いんだよ。雰囲気がもうね、スリラーパークっていうかお化け屋敷っていうか、屋敷じゃないか、そういうイベント空間みたいな感じなんだよ。
そんでもって、声のように聞こえるような聞こえないような…。
雰囲気にばっちり合ってるな。もう俺、帰っていいかな?
こっちの方角から聞こえる気がするような…、って、これ魔力感知で拾ってる声だ。
音声じゃねーぞ?
しまった、魔力が乗ってる音声で会話する人たちってことは、魔力感知が一定以上できるってことだ。ヤバいな、こっちはだだ漏れだぞ?、俺って感知されやすいんだったよな。もう俺が近づいてくるってバレてるんじゃないか?
「こ、こっちに来るぞ?」
「あ、あ、あ、あ、」
「しっかりしろい!」
「あんな強ぇ魔力、こ、殺される!」
「大丈夫だ、俺たちもう死んでるから!」
ああ、やっぱりもうバレてたか。って、もう死んでる?
誰か一子相伝の暗殺拳のひとでも居たのか?、いやまぁ冗談だけど。
これたぶん言ったとしても通じるのって、ネリさんぐらいだろうなぁ、カエデさんでぎりぎり通じるかどうか。
「お前飛べるんだからちょっと見て来いよ」
「い、いやだ、見つかる…」
「見えないかも知れないだろ?」
「あ、あんな化け物に見つかりたくない…」
化け物って俺の事?
「お前だって化け物じゃねーか」
「ひ、ひどい、うぅぅ」
「あーあーわかったわかった。俺が悪かったって、泣くなよ辛気臭ぇな」
「ククッ、幽霊が泣いたら雰囲気暗ぇな」
「笑うなよ、歯が鳴るだろ!」
化け物?、幽霊?、歯が鳴る?
え?、え?、まさか…、マジで?
「く、来るぞ」
そこは町の中心部によくある(?)広場のような所だった。
そこに各自木材やら錆びた包丁?、ナイフ?、のような物など、とにかく経年劣化の激しい武器らしきものを構えたスケルトンたちと、ゴーストたち、が居た。マジだった…。ちょっとファンタジーさん仕事しすぎ。
あ、包丁っぽいのを持ってるひと、丸い盾じゃなくてそれ鍋の蓋でしょ?
「あ、え?、人!?」
どうやら見てすぐに襲ってくるような類のモノじゃないようだ。
- そうです。初めまして。タケルと言います。あなた方は?
「言葉が」
「こ、こと、ことばっ」
「落ち着け、よ、よし、俺が代表で話付けてくる」
「リーダー!」
「がんばって!」
と、中心に居たリーダーなんだろうゴーストが2歩だけ前に出た。
2歩だけかよ。
そして俺が近づかないとだめかなーって思って5歩ぐらい歩いて近づいた途端、手に持っていた錆びた棒を石畳の地面に置き、その動作でそのまま正座して両手をついた。流れるような土下座だった。
「殺さねぇで下せぇ!、俺たち悪い幽霊や骨じゃありゃあせん!」
えー?
と驚くのも束の間。
ごごんがらんがしゃんと音がして後ろの全員が追従、武器っぽいものを置いてその場に土下座した。何なんだこれ。
「「お慈悲を!!」」
もう一度言う。何なんだこれ。
正直なところ、原因がわかったのでもう帰りたかったんだけど、あのまま放置して帰るのもなんだか気の毒に思えてしまったので、とりあえず事情を聞くことにした。
どうやらこの広場の中心にある岩の上に、魔道機械があったんだと。
見に行ってみると、例の転移装置の残骸があった。
現在は完全に朽ちていて、中心になってる8面体の石も無かった。
その事を言うと、気持ちいい光を放っていたので持って行ったんだと。
気持ちいい光って何だよ。
- どこに持ってったんです?
「はい、こっちです」
ぞろぞろごとごとと行くと、どう見ても墓場だった。広くはないけどその中心に木が組んであって、その上に乗っていた。
「今はもう消えちまってるんですが、なんせ心地いい光だったんで、皆も安らかに眠れるんじゃねぇかって思ったんですよ」
ふむふむ。供養のつもりだったのか。
墓場の中心ででかい8面体結晶を前にして、両手を広げる幽霊。
俺は骨やら幽霊やらに囲まれて、墓場で一体何を見せられているんだろう?
「そしたら起こしちまったみてぇで」
「「あっははは」」
笑えねぇよ!
安らかじゃねぇじゃん。
- じゃあ皆ここに埋葬されてた人たちってこと?
「いえ、俺はあそこの広場で目覚めましたんです」
「俺はこの墓場でした」
「俺も」
「私も」
「沼の近くでした」
「わたしは広場近くの家の中でした」
「俺も」
「俺も」
「別の家の中でした」
「俺も」
「おなじく」
- ああ、結構ばらけてるんですね。生前の記憶ってあるんですか?
「ありません」
え、ないの!?
- じゃあ名前とかは…?
「自分が男だったか女だったかぐらいはわかるんですが、名前まではどうにも…」
まぁムリに思い出してもらわなくてもね。
また何百年とかってレベルだろうからね、どうせ身寄りなんて生きてないだろうし。
「思い出したところで悲しいだけっすから」
「そうですよ」
「うんうん」
そういうもんか…。いや、そういうもんか?、普通なら生前何してたとか友人知人血縁者はどうしているかとか、自分の死因とか気にするもんじゃないのか?、いやほら未練とかさ。成仏関係でさ。
「兄貴、そんな悲しい顔をしねぇで下せぇよ」
「そうですよ、俺たち明るく生きて行こうって思ってるんすから」
「そうなんですよ」
「うんうん」
- そっか、ここの事は内緒にしておくからね。じゃ、そゆことで。
と、帰ろうとしたら縋りつかれた。
もうね、絵面がひどいんだこれが。亡者に襲われてるようにしか見えないよね?
「そんな!、見捨てないで!」
「ここは暗いんですよ!」
「不気味で怖いの!」
「お化けとか出そうなの!」
いあいあキミタチこそがお化けですよね?
「明るいところに連れてって下さい!」
「「兄貴!!」」
「「兄様!!」」
「「お兄様!」」
「「「兄さん!!」」」
あんたら俺よりもずっと年上だよね?
結局、ついてくるらしい。
でもこの先は危険だから、とりあえず出口を教えるからって言うと、外は怖いんだそうだ。重度の引き篭もりかよ…。明るいところに連れてけって言ってたじゃないか。
それで、医療施設跡の地下倉庫、俺が小屋つくったりプローブ回収した場所ね。あそこなら適当に小屋やら作ってやれるし、俺が戻るまでそこで待機しててくれるんだと。
まぁね、スケルトンだのゴーストだのがぞろぞろ歩いてるのが普通の人に見つかったら大騒ぎになるもんな。
で、トンネルを歩いてて気付いたんだけど、ずっと沼臭いんだよ。なんか腐ってるっていうかそんな臭さ。
で、それを言うと、
「あ、すいません兄貴。俺たち鼻がねぇもんで臭いとかわかんねぇんです」
「一応、これでも骨磨いたりして清潔にはしてたんですがね」
「そうそう、ぼろきれに沼の水つけて磨いたりしたわ」
「ああ、それでみんな骨が白くなってきれいになったよな!」
「「「あははは」」」
と笑ってんの。
どう考えてもそれが原因じゃないか。
でもあそこの沼って臭いからして腐食性あるようだし、白くなったってんなら漂白されてるとか?、だったら酸性とかじゃないのかな、骨大丈夫か?、脆くなってんじゃないか?、と心配になるが、当人たちがいいならまぁいいか。
しょうがないのでトンネルを抜けてから、近くの壁んところをあけて小部屋を造り、風呂を用意した。
光の高級石鹸じゃなく、エクイテス商会で入手した普通の石鹸やタオル、小さめの手桶をいくつか、あと着替えも木箱ごと出してやると、ガタゴトと通路から音がした。
何事!?、と思って見ると、部屋の外で全員跪いていた。骨のヒザの音か。幽霊は膝ついても音しないもんな。皿は大丈夫なのか?
「あ、あなたが神でしたか!」
違います。
「兄貴、一生付いて行きます!」
「「付いて行きます!」」
できれば拒否したい。
しかも一生て。もう死んでるよね?、一度一生終わってるよね?
- とにかく、石鹸はこれを使って。タオルはこれな、こっちの木箱は着替え。いいかな?
「「わかりました!!」」
- じゃ、順番に入って洗って。
そう言って壁際に椅子とテーブルを作り、お茶…、はちょっと飲食できるような臭いじゃないので地図でも見てるか。
そう思って座ると、
「あの…、兄様…」
見ると、腰にぼろきれを巻きつけてるスケルトンがひとり、手指を胸元で組んで俺を見ていた。
- どうしました?
「女性用のお風呂は…」
え…、と2度見のように見ると、骨の向こうに骨と幽霊の女性も並んでいた。
ああ…、そうだよね、これは俺が悪かった。
うん…、そうだよね。うん。
- あ、ごめんごめん、交代制って思ってたよ。
と、ごまかしてから。
- もうひとつ部屋を造ったほうが僕も待ち時間が少なくなるよね。
と言って立ち上がり、斜め向かい側にさくっと同じ風呂部屋を造った。
入り口部分には棒をつけて布をかけて中が見えないようにもした。
俺が地図を見るために机に浮かせた小さい光球しかないから、ほぼ暗闇なんだけどね!
「ありがとうございますぅ」
と、それぞれがもじもじしたような動きで軽く頭を下げ、お礼を言ってそこに入って行ったが…。
女性用の服なんて持ってないんだけどな。どうしようか?
あとでエクイテス商会で買ってくるか?
なんだかなぁ、何て思われるか…、サイズとか聞かれたらどうしよう?
そして溜め息をつきつつも座り、地図を見始めると『ぅおおおお!』と複数の声が男湯部屋から!
何だ何だと見に行くと、湯船から生える上半身裸の幽霊と骨、が唸ってなさる。2人(?)とも、ボディビルダーがポーズをとっているようなことをしていた。何だかぼんやりと光ってるし。
って、幽霊って服ぬげたんだ。
- どうしたんですか!?
「兄貴様!、この湯に入ると漲るんです!」
「元気が出ます!」
ああそう。良かったね。漲ったら光るんだ、そうですか。
俺の魔力でも残ってたんだろう。生み出してすぐだからね。
- そっか。あ、そこ、ちゃんと洗って入ってね。他の人も入るんだから。
「は、はい!、すいません!!」
「「きゃあああ!」」
今度は女湯部屋か。まぁ俺が入ると何か言われそうだし。
外から声をかけるだけにするか。
- どうしましたー?
「お湯が、幸せなんです!」
「素晴らしいお湯です!」
そうですか。良かったね。
- まぁ、のぼせない程度にね。
のぼせるのかどうかは知らないけども。
そして地図を見るために座った。
そして全員があがったあと。
ほかほかしてる。そしてぼんやり光ってる。明かり要らずだ。ただでさえ人外な外見に磨きがかかっている。ぼんやり光るアンデッドたちがぞろぞろ歩く。そんなのの先頭に居る俺。人目がなくて本当に良かった。
良かったと言えば着替えが足りてよかった。
ぎりぎりだった。ぴったり人数分。おかげで俺の着替えがもう無い。
光の精霊さんから頂いた一張羅と、いま着てる分だけになった。
エクイテス商会に行かないとなぁ。
骨の人たちも、半透明の人たちも、下着が無くてもズボンの後ろに尻尾穴が開いていても文句を言わずに着てくれた。
文句は言ってないが、お互いに穴あいてんぞ、って笑いあっていた。何せズボンの穴から中身がぼんやり光ってるのがわかるんだからそりゃあ目立つ。
彼らは光でものを見ているわけじゃないんだろうけど、魔力感知でも魔力の放出が入浴前より増えてるってわかるぐらいだから、やっぱり目立つんだろう。
上着もちゃんと行き渡った。俺とお揃いだってみんな喜んでいた。
俺のズボンにも穴があるしな。そう言ったら女性たちが「きゃあ♪」って喜んでるのか何なのかわからない悲鳴をあげて向かい合って手を繋いでぴょんぴょんしてた。
でも骨と幽霊なんだよな。
靴は何足かあるんだけど数は全然足りないし、幽霊はともかく骨だとサイズがね。
男性幽霊の人たちは俺より足のサイズが大きいらしく辞退された。
まぁ、履けるんだろうけど、足の指が靴の先から出るだろうね。
それで女性幽霊も辞退した。『私たちだけ頂くわけには…』って言ってたけど、幽霊のひとたちって服も靴も自前のがあるじゃん。どうなってるのかわからないけど、わざわざ脱いで俺のを着なくてもいいじゃんよ?
言わないけどさ。
「いやー俺たちだってこれでも苦労したんですぜ?、兄貴」
そしてまたぞろぞろと歩いて医療施設地下倉庫のような場所へと向かってるところ。
「そうですよ、最初のうちは俺たち同士ですら意思疎通ができなくて」
「まだちょっと覚束ないのも2人居ますがね、最近やっと何とかなってきたとこなんでさぁ」
「俺なんて昨日やっと骨が全部揃ったんですよ!」
へー、って最後のスケルトンは意思疎通関係あるのか?
「だよな、骨そろわねーと曲がんねーもんな!」
「ジェスチャーすんのに不自由だかんな!、あっはは」
「「はははは」」
え、ここ笑うところなんだ?
揃える骨の場所にもよるだろうけどさ。まぁ意思疎通にジェスチャーは必須だよな。うん。苦労したんだな。うん。そういう事にしとこう。
「俺なんて下顎が見つかんねーでよぉ?、やっと見つけたと思ったら関節んとこ割れてんのな!」
「あー、顎閉まらなくてずっと開けっ放しだったなお前、あっははは」
「「はははは」」
楽しそうだなぁ。
そんなこんなで見かけを度外視すれば和気藹々と、実に楽しそうに話す連中を医療施設地下へと連れて行き、男女別に部屋を作り、さっき使ったタオル類はぐおっと洗ってぶわっと乾かして服を入れていた木箱に入れてポーチへ収納、暇つぶしになるだろうとサイコロを6つ作り、転がす場所を作り、適当なルールと役を教えておいた。
明かりの魔道具はエクイテス商会で入手していないので、キミタチが光ってるのが落ち着いたら暗闇になるけどいいかと尋ねると、別に暗闇でも見えるから問題ないらしい。
明るいところにと言ってたのは何だったんだ。と思ったら、あそこは雰囲気が暗いから嫌だったんだとさ。
そういえば名前がないのは不便じゃないのかと尋ねると、とりあえずリーダーの幽霊はリーダーなんだと。あとは骨1から骨16、幽1から幽8なんだと。起きた順らしい。
男女は骨が8人ずつ、幽はリーダーを入れて男性が6人、女性が3人なんだってさ。
幽霊はともかく、骨の男女差はぱっと見ただけじゃわかんないな。服着てもらっちゃったし。
とりあえず俺を『兄様』と呼ぶ小柄な骨の人は女性だと覚えた。
一番小さいからね。ズボンや袖をまくってるしわかりやすい。
●○●○●○●
さて、俺は俺でメインの用事を片付けなくちゃいけない。
頼りにならない記憶を頼りに地図にある通路を移動していくと、中枢を破壊した時の通路に出ることができた。
どうせまた使うだろうから、金属部品や弾丸の残骸でも回収しておくかと、例のジャミング饅頭がちらばった、破壊された中枢のところに入った。
ジャミング饅頭は、元はだいたい等間隔に部屋中に散らばっていたけど、今はあの破壊のせいで部屋の端に吹っ飛んで残骸や瓦礫といっしょくたになっている。
弾丸の残骸は壁部分も貫通してたようで、どこに行ったのかわからないな。
でも金属性の残骸はあちこちあるので、片っ端からポーチに収納しておこう。
部屋を出て廊下に移動する途中、ふと割れているジャミング饅頭が見えたので近寄って手にとってみた。
観察してみるが、やはりこの部屋だと精度の必要な細かい観察は無理があるな。
手に持ったまま廊下へ出て歩きながら、明かりが欲しくなり、少し離れて明かりを灯し、また手にとって見てみたら暗視魔法の影響なのか、光球が光属性の魔力を含んでいるからなのか、ジャミング饅頭の内側と外側の魔力性能的な区別が付きやすく見えた。
目で見た感じでは、色や材質は同じように見える。落ちている金属片で引っかいてみたが変わらない感じだ。
前に観察して思ったのは、吸収と放出が同じ素子で、反射が別だって動作的に区別したんだっけな…。
ジャミング饅頭は、内側に反射するようになっていて、それで内側に魔力を貯めていき、飽和すると放出のターンになって、それが反射されて破裂するんじゃないか、っていう推察をしたんだけど…、これ、力が加わって物理的に割れたんだよな?、周囲の皮の部分、その力が加わったところだけ、反射動作がおかしくなってるぞ?
魔力の流れが、見たところ反射のタイミングがそこだけ変わってて、吸収と放出になってるような…?
もしかして、反射って思ってたけど、吸収と放出のサイクルがすごく短いってだけだったりして?
それで物理的に瞬間的な力によって変形とともに変質した、タイミングが少しズレたという仮説はどうだろう?
もしその仮説が正しいなら、反射っていう素子も、吸収・放出って素子も、素材は同じものからできているってことにならないか?
何にせよ今考えてもわからないな。素人考えかも知れないし。
俺もまぁちょっと気になっただけっていうか、資源的に何と言うかもったいないから他のものに流用できたりしないかなっていう貧乏臭い考えなだけだしさ。
だって魔塵ってここらへんにたっぷりあるんだぜ?、これがゴミじゃなく資源ってことになったらすごいじゃないか。精霊さんたちだって助かるだろうしさ。
とにかく今はいいや。この割れたジャミング饅頭、持って帰りたいけどポーチに入れられないしな、普通に皮袋に入れて持って帰っても、精霊さんたちやミリィに何かあったら困るし、捨てていくしかないか。
というわけで廊下の端に置いて、地図を見て目的の場所まで急ごう。
目がまだ何だかちらちらする気がするな。この世界、目薬ってあるのかな。
とりあえず水魔法で顔と目を洗っとこう。
次話3-020は2019年12月06日(金)の予定です。
20191206:あとがきを一部修正
20200504:助詞訂正。 小柄の骨の人 ⇒ 小柄な骨の人
20220124:なんと方角を間違えていた事に今頃気付いたので訂正。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
なんと現状では両性だった可愛い子。
起きたらタケルは出かけたあとだった。
もふもふ要員追加候補その1。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
タケルにこっそりついて行くミッション失敗。
大地の精霊様2人に言われてお留守番。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
分体アクセサリ球体がハツのお師匠さんの部屋で放置されている。
放置されすぎその3。確実に泣いてる。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
出番待ちが続く。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
癒しのヒヨコ。もふもふ要員。
作者的にも再登場が待たれる存在。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
次回、ついに…?
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
ハツの新しい師匠になった。
情報精査・整理中
メイリルさん:
昔の王女らしい。
涙の10cm落下の原因はタケルのせい。
もふもふ要員追加候補その2。
ネリさん:
勇者番号12番。12人の勇者のひとり。
9年前にこの世界に転移した。
カエデさん:
勇者番号10番。12人の勇者のひとり。
30年前にこの世界に転移した。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
今回はお休み。
有翅族の村:
森の崖の上の結界に守られた森にある村。
もう名前なんて出てこないんじゃないかな。
村長さん:
有翅族の長老。
ミリィの親代わり。
長老さんだったり村長さんだったりするが、同じひとのこと。
エクイテス商会:
港町セルミドアの他にも商店をもつ、そこそこ大きな商会。
タケルにとっては何でも揃う便利なお店という認識。
今日もステキな品揃え?
アンデッズ:
魔砂漠地下の不気味な町空間に居た、お化けが怖いと言う
スケルトンたちと、ゴーストたち。
リーダーを含めて骨16人幽霊9人の計25名。
明るく生きていく気らしい。アンデッドなのに。
タケルについてきてどうするんだろう?