3ー018 ~ メイリルとハツ
タケルと名乗られた御方に助け出され、何もわからないうちにあれよあれよと目の前で繰り広げられる信じられないような出来事の連続に、私はまだ眠っていて夢の中に居るままなのでは?、と考える余裕すらなくこの家に連れて来られました。
見知らぬ殿方の胸に抱かれるなど、幼少のみぎりに父である王に一度された覚えしかありませんでしたが、私はそれよりも、私ですら感じられる濃密な魔力に包まれた事のほうに驚き、それに私を気遣う優しさに溢れたお気持ちが伝わってきた事にも驚きと、そして安心感を得たのでした。
そして壁を穿ち通路を作り、自在に宙を、そう、この御方は私を抱いたまま飛ぶのです。風を感じることなく地面や景色が流れる様は、私に現実を忘れさせるに充分すぎるほど、夢そのものでした。
私が前方を見ようとすると腕を緩めて下さり、この現象は貴方がなさっているのですか?、と不思議な心持ちでお顔を見上げると気遣うように微笑んで見て下さる。拝見したところム族のようですが、タケルと仰ったこの御方、一体何者なのでしょうか?、実は人種では無く、神や精霊の類だと聞かされても、信じてしまいそうでした。
ところが夢のような時はすぐに終わりました。
連れて行かれた家は、海辺近くの林にあるようでした。
上空から降り地上に降り立ったとき、少しだけ潮の香りがしたことで夢から醒めたような気がしたのです。
そして家の中に入ると、中に居られた男性にも強大な魔力を感じました。
さらに、少しして部屋に来られた女性にも同様の気配がしたのです。一緒に入って来た女の子でしょうか、私より少し若いように見受けられましたが、その方もかなりの魔力を秘めているように感じられます。
私は魔力量が多いことで巫女として神殿で修行と祈りの生活をしていたのですが、この家のどなたも私とは比較にならないほどの魔力があることに驚きました。
そんな驚きも些細な事でした。何と私は何年も眠っていたらしいのです。その間に一体どれほどの事が起きたのでしょう?、国は?、兄たちは?
血の気がすっと引いてしまったかのように、暖かかった室内が急激に寒く感じました。
「メイリルさん、大丈夫ですか?、メイリルさん?」
気付くとタケル様が呼びかけて下さっていました。
「……はい…、私、忘れられていたのですね…」
もしかすると何年どころではないほどの長い間、眠っていたのかも知れません。
そう思うと何を考えれば良いのかすらわからなくなってきます。
何故か毛皮のような服を着たお二方が謝って下さっていますが、
「助けて頂いた事にお礼を言えばいいのか、少し混乱しています…、すみません」
このように答えるのが精一杯でした。
タケル様が少しだけ優しい味の暖かいスープを下さり、空虚で冷えた心が少し温まった気がしますと、そのお気遣いが暖かいが故に、どれほどの年月が経ってしまったのか、もう私の知っている人たちは居ないのではないか、そんな感情がじわじわと恐ろしさや寂しさと共に湧き上がってきました。
さっと抱き上げられ、別室の質素な寝台に横たえて下さいましたが、『今は何も考えずに、体を休めることに専念しましょう』と仰られてもそう簡単ではありません。
泣き顔を見られたくなくて、掛けて下さった布に潜り込みましたが、実を申しますとできれば独りにされるよりも、傍で見守っていて欲しかったのです。
でもタケル様の気配が遠ざかり、部屋を出て行かれたのがわかりました。
それが、また眠る事で全てを置いて何年も経ってしまうのではないかと恐ろしくなりましたが、薄暗い部屋で独り、戸惑いと困惑の連続だったこともあり、泣き疲れた頃には自然と眠ってしまいました。
悪い夢でも見たのでしょうか、不意に落下したような気がして目が覚めました。
寝心地が良かったはずの布の下は、何かちくちくとした粗い繊維が敷かれているだけのものだと気付きました。
閉じられている木窓の隙間から漏れる光の色で、日が沈みかけているのだと何となく察せられます。
半身を起こし、ふと見るとふわふわと手触りのよい布が畳んで置かれていました。
(顔を洗いたいな…、それとお水も…)
そう思い、寝台から下りて何とか立ち上がり、身体強化魔法を少し使って部屋を出ました。
(あ…、身体強化ができる…)
さっきの部屋には食器や鍋が棚の上に見えたのを覚えています。水があるとすればそこでしょう。
壁伝いに薄暗い廊下を歩き、手探りで扉を開けると椅子やテーブルのある部屋に出ました。窓の外には夕刻の林が見えます。その窓の右手には水を扱う大きい箱があり、水が出ると思しき管の下に木桶が置かれていて水が貯められていました。
(このお水で顔を洗ってもいいのかしら…?)
神殿では水は常に管から流れ出ているものでしたので、受け皿から手桶で汲んで使っていました。
(どうしましょう…?)
すると扉が閉まる音がして、どなたかが廊下を歩いて来られたようです。魔力の気配からするとあの女の子でしょう。少し待つことにします。
「あ、どうしたんです?、えっと、メイリルさん、でしたっけ?」
部屋に一歩入って驚いたように停止して言われました。
「はい、あの、顔を洗いたくて」
「そうですか、魔道具の使い方はわかります?、あ、ボクはハツって言います」
「ハツさん、ですか、魔道具、でしょうか?」
見回して首を傾げると、ハツさんはすすっと水の桶が置かれているところに来られました。
「これ、水を出す魔道具なんですよ。この横の突起を手前に倒すと水が出るんです」
そう言ってハツさんは水を出し、手早く木桶をたわしでこすって洗い流してから、また水を溜めて下さいました。
「このまま使って下さい」
「ありがとうございます」
お礼を言って、場所を開けて下さったハツさんに代わってその前に立ち、顔を洗いました。
その間にテーブルの上に置いた布を持ってきて待って下さったのでしょう。
「はい、どうぞ」
と、布を手渡されました。
「ありがとうございます」
「お茶を淹れに来たんですが、飲みます?」
「はい、あの、よろしいのですか?」
「ついでですから」
とにっこり微笑むハツさん。
「すぐ淹れますから、そこに座ってて下さいね」
言われるままにテーブルに着きました。
お茶の用意をするハツさんを何となく見ていると、汲んだ水の容器に手を翳して……魔力の動きが感じられました。魔法を使っているという事です。
「ハツさんも魔法をお使いになられるのですね…」
つい呟いてしまいました。
「水を直接温めるのはまだ不慣れなんで、時間がかかっちゃうんです」
と、照れくさそうに仰いました。
「お茶を淹れるのに魔法を使うなんて、高位の神官や魔導師でもそのような事はしないと聞いていたのですが…」
私が眠っている間に、日常的に魔法が使われるぐらいになったのでしょうか…。
「そうなんですか?、ボクはもっと日常的に魔法を使ったほうがいいと師匠のアーレナさんから教わっているところなんです。タケルさんや師匠たちはもっと手早く気軽に魔法を使ってて、ボクなんかまだまだ全然なんですよ、あ、やっとお湯ができました」
やっと?、火魔法を使ってかまどに火を入れてお湯を沸かすよりもずっと短時間だと思うのですが…。
驚いている私をよそに、手早くお茶を器に注いでハツさんがテーブルに着きました。
「どうぞ」
「頂きます」
お茶の香りは私がよく知っているものと変わりは無く、少し安心しました。
それから少しハツさんと話をしました。
タケル様やハツさんの師匠、アーレナさんと仰る方ともうお一方、ドゥーンさんと仰る方のお話が主でした。
特に、ハツさんはタケル様についてのお話をされるときには頬を少し染めて、彼がいかに凄い魔導師であるかを嬉しそうに話されました。
私も経験した、空を飛んだときのお話では、風を感じなくていまいち実感がなくて残念だったと話され、私もそれで夢のように思いましたと答えると、『そうですよね!、せっかく空を飛んだのに風を感じないのはもったいないですよね!』と笑いながら同意されました。笑顔がなんと可愛らしい方なのでしょう、そう思わずにはいられない魅力的な笑顔でした。
その笑顔につられて私も久しぶりによく笑いました。
そのせいでしょうか、私のお腹からくぅぅと音が致しまして、ハツさんにもそれが聞こえてしまったのでしょう。
「あ、お腹が空いてたんですか?、何か作り、あ、でもタケルさんに食べて大丈夫なのか聞かないと…」
「あ、その、大丈夫です。良かったらお茶をもう一杯頂ければそれで…」
「そうですか?、じゃ、淹れますね、ちょっと待ってて下さいね」
すっと席を立ち、お茶の用意を始めるハツさんに、少し気になっていた事を尋ねました。
「はい、お手数をおかけします。あの、他の方々はどちらに?」
「あ、えっと、アーレナ師匠は調査に出ておられます。ドゥーンさんはたぶん別の用事で、タケルさんは何か回収しに魔砂漠の地下に行ってるみたいです」
魔砂漠の地下と言うと、私が眠っていたらしい場所の事でしょうか。
「あと、もうひとりちっちゃい人が居るんですが、たぶんタケルさんについてっちゃったのかも…、あ、これ言っちゃって良かったのかな?」
ちっちゃい人?、お子様が居たのでしょうか?
聞いては良くないことなら、何か事情がおありなのでしょう。そのような場合には聞かなかった事にするように教えられました。
「いつごろお帰りになるか、ご存知ありませんか?」
尋ねると、ハツさんはこちらを見て少し困ったような表情をされます。
「それが、ボクも聞いてないんですよ、あはは」
「そうなのですね…」
「食事のこととか、どうすればいいのかな。言われてないってことはそんなに時間が掛からないってことだと思うんだけど、あ、便所の場所は裏口を出て右手です」
それも大事なことですけれど、何故今思い出されたのでしょうか…。
「はい、どうぞ、もう一杯分ぐらい入ってます。飲み終わったあとはそのまま置いてていいので。ボクは裏に居ますので何かあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます」
お礼を言う間にハツさんは早足で裏のほうに行かれました。それでお便所の場所を…。
そうですね、私もお茶を頂いてから行くことにしましょう。
●○●○●○●
同じ経路で外に出ると、夜になっていた。
「さっき起きたところなのにもう夜なのかな…」
上着のポケットからひょっこり首を出しているミリィがぼそっと言った。
そりゃキミは少しでも眠ってたからいいだろうけど、俺は結構眠い。
だから返事せずにさっさと帰ろう。
というわけでずばっと飛んで帰った。
魔導師の家に戻ったが、どうやらハツはハツの部屋で、メイリルさんは寝かせた部屋で、それぞれ眠っているようだった。
そっと移動して裏口を出たところの平らな地面の上に持って帰ったプローブの柱をポーチから取り出して横たえた。直径が電柱の3倍ぐらいで長さ20mほどもある石柱がでーんと登場してしまった。
下手に転がらないようにちょいと三角の石を作って支えておいたが、これ邪魔になるよなぁ…。仕方が無いので乗り越えやすいように手前と向こう側に踏み台を作っておくことにする。
さすがに眠い。
徹夜明けのような気分だからすぐにでも眠りたいんだけど、汗や埃を落としてからじゃないと気持ちが悪いので、俺が作っておいた風呂小屋で、栓を抜いてからざっと洗い、お湯をどーっと入れて風呂に入る事にした。
「お風呂ってそうやって入れるものなのかな?」
風呂桶を洗っている間にポケットから出てふわふわ浮いて見ていたミリィが、空中で片肘ついて寝転がってる姿勢で言った。
前々から思ってたけど、有翅族の人たちって空中でフリーダムだよな。と思ってよく見ると下側に小さく障壁魔法を使っていて、その上に寝転がっているようだ。座ってたり寝転がっていたりするときにはそうやってたのか。なるほど。
俺のいつもの飛行魔法のようなもんだな。
- 普通は水を汲んできて、薪を燃やしたりしてお湯にするんじゃないかな?
もう語尾『かな』が伝染りまくりだ。ついミリィに話すときは使っちゃうようになってしまった。眠くて気が緩んでるってのもあるけどね。
「大変かなー、あたしはそんな量のお湯を出せないかなー」
- ミリィならこの器に入る分だけで済むんじゃないかな?
と、台の上に置きっぱなしになってるミリィ用のバスタブを指差す。
「それもそっかー、それぐらいならできるかな?、でも洗い流す分も欲しいかな」
- 器が2つあるんだから、両方にお湯を満たせば?
「うーん、タケルさんが居ないとアワアワにできないかなー」
ああ、石鹸は俺が居ないと出してないからか。
でも光の高級石鹸を置きっぱなしにするのはちょっとなぁ、散々使っておいて今更かもしれんが。
あ、そういえばエクイテス商会でどっさりもらった日用品に石鹸があったっけ。それなら置きっぱなしでもいいかも知れない。髪を洗うのには適さないと思うけど。
「まーどうせいつもタケルさんと一緒なんだからいいかなー」
と言いながら俺にふわふわとついてきて、俺が脱いだ上着を入れた箱の上で空中脱衣し、脱いだ服をそのまま箱の中に落とし、素っ裸状態で風呂場へと飛んで行った。
もう羞恥心なんて欠片もないな。俺も考えるだけアホらしくなってきた。
今日は適当にささっと洗って湯に浸かったら洗濯せずに着替えてさっさと眠ろうと思っていたのに。
またやるのか、手のひらの上でミリィの泡を洗い流すアレを。
そういえばミリィの服、あれ1着しかないんだよな。
と言ってもエクイテス商会で扱ってるわけがないし、有翅族の村で売ってるのか?、どうなんだろう。あとできいてみるか。
それで結局ミリィに泡風呂を用意し、俺は体を洗い、どうしても手の上じゃないとイヤだと言うミリィに負けて洗い流してやり、眠りそうになりながら風呂に浸かり、ミリィはすっぱだかで泳ぎ、洗濯もし、乾かしてからその小屋の寝台で眠った。
聞いたところ有翅族の服は各家庭で糸を紡ぎ布を織るところから自分たちで作るものらしい。そう言われてみれば有翅族の村に行ったとき、彼らの服は皆デザインがばらばらだったなーと思い出した。
あと、追放って言ったら否定されるだろうけど、ディアナさんたちの服は裾などがぼろぼろだったなーと。たぶん糸の素材がなくて、島の植物などから繊維をとって最低限の修繕しかできなかったんだろう。
ディアナさんは変身魔法を使っていたけど、大きくなったときの服はどうやってたんだろうね。もしかしたら例のやわらかい障壁や幻影を駆使していたのかも知れないけど。
いつかまた会う機会があったらそのへんのところを聞いてみたい。
●○●○●○●
翌朝、まだ薄暗いうちからミリィに額をぺちぺち叩かれて起こされた。
目を開けたら目の前にミリィの腰と脚があってめっちゃびびった。
「お腹が空いたかな!」
不機嫌でいらっしゃる。
もうちょっと眠っていたかったんだが、しょうがない。
小屋の前に作ったままになっているテーブルの上に、作ってポーチにしまってある焼き魚や海草つくねスープや、有翅族の村でもらったフルーツを切って並べ、ミリィ用の串をつくり皿を置いた。
「昨日食べ損なったのにお腹は空くし、小屋の外には出られないし、これでも朝まで待ったかな!」
と、俺が顔を洗ったりしている間に文句を言っていたけど、朝食がテーブルの上に並んでいくと黙ってテーブルの上に行儀良く(?)座って笑顔で待っていたのが可愛かった。
水を器に出してやり、恒例になったミリィ用の中ジョッキを目の前に置いてやると、それで水を汲んでごくごくと一杯飲み干した。
そんなにノドが乾いてたのか?、水なら自分で出して飲めるだろうに。
そうなんだよ。時々自分で水魔法使って手の上に出して飲んでる。
ミリィ用にちいさな水筒でも作ってやりたくなるね。
ミリィは食事前のお祈りをしてから、テーブルの上を歩いたり飛んだりし、俺が小さく身を取ってやった焼き魚を串に突き刺して食べたり、皿の上に取り分けてやったつくね団子を串に挿して食べたり、切ったフルーツを串に略、などうろちょろ動き回ってがつがつと食べていた。
やっぱりどう見てもミリィ自体の体積よりも食べる量のほうが多い気がする。
ピヨもそういう所があるけど、どこに入ってるんだろう?、不思議だ。
そこに裏口が開いてドゥーンさんとアーレナさんが出てきた。
うん。魔力感知で表玄関の外、俺がエクイテス商会に売った食器を入れるのに作った小屋の中に転移してきたのがわかってたんだけどね。
「なんじゃ、柱ごと取って来たのか…」
- はい、下手に削り取って壊してしまったらまずいと思ったので。
「なるほど、それもそうじゃな」
「端末が付いてる方が楽さね。」
アーレナさんが端末を操作し、片手に持った板状のものの上に指を走らせ始めた。
たぶんそうやって情報分析をするんだろう。
「儂ももろうてええかの?」
そう言いながらさくっと背もたれの無い椅子を作ってテーブルに着いた。
ミリィはその声にぴくっと反応すると食べる手を止めてその場(テーブルの上だけど)に正座した。
- あっはい、どうぞ。
ポーチから取り皿とフォークとナイフを出してドゥーンさんの前に置き、追加の料理が入った器を取り出して空いているスペースに置いた。
「ちょいと!、アタシの分も置いといておくれよ!」
「だそうじゃよ?」
- はい、たくさんありますから大丈夫ですよ。
そう返事をするとアーレナさんは『そうかい』と安心したように言ってまた端末の操作に戻った。
「ほう、これは有翅族の森にある果物じゃな」
- はい。よくご存知で。
「そりゃああそこに植わっておる植物のほとんどは儂が揃えたもんじゃからの」
と得意げに言ってひと口サイズに切ってあるものをフォークで刺してぱくっと食べた。
- なるほど、そうだったんですか。
「村長さんもそう言ってたかな、あたしたち有翅族が安心して暮らしてゆけるのは大地の精霊様がお恵みを与えて下さったからだ、って」
「ふむ、そりゃあちと買いかぶり過ぎというもんじゃな。儂がしてやったのは住む場所を確保したことと、光のに魔道具を調整してもろうた事、その使い方を教えた事、食べるに困らんようにあれこれ植えてやったぐらいでの、その後それらを枯らさんように世話し増やしたのは彼ら有翅族の力じゃよ。ほっほほ」
でもその最初、切っ掛けっていうのはやっぱり大事なんじゃないかな。だからこそ信仰になるまでに至ったわけだし、それが実際には魔道具に魔力を補充していく事だとしても、用意して下さったという感謝の念が根底にあるわけだからさ。と言いたいところだけどそんなのドゥーンさんは理解していてそう言ってるんだろうから、言わないでおく。
「それでも大地の精霊様がそうして下さらなかったら、あたしは生まれていなかったかも知れないかな、知れないんです。だからあたしたち有翅族は日々、精霊様に感謝の祈りを忘れないようにと教えられて育ちました」
「ミリィ、じゃったかの」
「はい」
「お前さんたちがそういった気持ちを忘れんでおることは、儂にとっても、いや、儂ら精霊にとっても喜ばしいと思える事じゃ」
「はい、もったいない、お言葉です」
胸元で手指を組んでミリィは涙を流した。
あー、何かウィノアさんが顕現したときのイアルタン教のひとがやってるのと同じだこれ。
「じゃがな、気を悪うせんで欲しいのじゃが、こうして同じ卓で食事をするような時に、そうされるのはちと居心地が良くないんじゃよ。他の精霊たちはどう考えるかはそれぞれじゃて、儂だけに限ってはという条件が付くんじゃがの、せめてここに居る間は、そういうのは抜きにして、普通に接してもらえると有難いんじゃがの」
あ、あっちでアーレナさんが苦笑いしてる。
過去に同じようなことが何度もあったんだろうね。
そういやウィノアさんは毎度毎度そういうの平気でというか崇める対象らしい態度というか、そんな感じで余計な事を言ってたっけね。
正確には言いかけたところで俺が止めに入るんだけども。
精霊さんもそれぞれ個性があるという事なんだろうね。
まぁ、ウィノアさんは個性とか分体によって違うみたいだし、水らしく掴みどころの無いような印象もあるね。
いや、うまいこと言ったつもりじゃないよ?
「……それ、タケルさんにも注意されたかな、されました。頑張って普通にします。えっと、あの、その、あ、このお魚は塩加減が絶妙で美味しかったかな!、です!」
何だよそれw
「ほっほ、そうかね。では頂くとするかの。おお、そうじゃ、この果物はちと若いんじゃないかの?、タケル殿」
と、ドゥーンさんはさっき食べた果物を指差して言った。
「あー、だからあの時言ったかなー、鳥や虫が食べてたののほうが美味しいよって!」
いや、それはわかるけど、だからってそれはちょっとなーって。
- あ、まぁそうなんですけど、追熟するかなって…。
「お前さんのその腰の袋は光ののもんじゃろう?、追熟を考えるなら出しておくほうがええんじゃないかの?、それと、これは追熟せん果物のはずじゃ。若いうちに摘んだのであればそのままじゃのぅて熱を入れるなり他の食べ方にした方がええぞ?」
さすがというか年の功と言うかだな。
- そうでしたか、そのへん不勉強で済みません。あ、ひと通り並べますので、どれが追熟しないものか教えてもらえると有難いんですが。
「ふむ。まぁ儂にわかるものだけでええならの」
おお、教えてくれるようだ。ありがたい。
後ろにちょっとテーブルを作って、一種類ずつ並べていき、どれが追熟するものか教えてもらえることになった。
そうしているとアーレナさんもやってきて、ドゥーンさんの補足をしてくれたおかげで追熟しないものはどうすればいいか、などあれこれ教えてもらった。
「なぁに、こんなことで少しでも借りが返せればええ」
なんて言ってたけど、2人ともにこやかで親切に教えてくれた。
ハスの実っぽいタスの実については、お2人の担当地域には自生していなくて、有翅族の森でしか採れないらしく、『懐かしいのぅ』、『煮てアクを取ってから冷まして置くと甘くてもちもちになるさね』と言い、その場で作ってみるとこれがなかなか絶品だった。
ミリィもそれは知らなかったらしく、『こんなに美味しくなるなんてすごいかな!』って空中乱舞して食べていた。
そうしてひと通り食べ、話をきいたりしたあと、アーレナさんが『そろそろいいかい?』と言って、分析結果を話してくれることになった。
次話3-019は2019年11月29日(金)の予定です。
20191122:衍字修正。 増やしたりのは ⇒ 増やしたのは
20191128:誤字訂正。 肩肘 ⇒ 片肘
20191206:あとがきを一部修正。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
なんと現状では両性だった可愛い子。
ちゃっかり自分だけは3食ちゃんと食べた。
もふもふ要員追加候補その1。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
タケルにびびってたのはもう忘れてる。
大地の精霊様2人を目の前に、内心ではびくびく。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
分体アクセサリ球体がハツのお師匠さんの部屋で放置されている。
放置されすぎその2。たぶん泣いてる。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
出番待ちが続く。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
癒しのヒヨコ。もふもふ要員。
作者的にも再登場が待たれる存在。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
次回、拠点に取りに戻った資料から重要なことが!
ってほどでもないかな?
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
ハツの新しい師匠になった。
次回、驚きの調査結果が!
メイリルさん:
昔の王女らしい。涙の10cm落下のあと、ハツとお話。
それで少し笑顔が戻ったようだ。
魔力感知能力はなかなかのもののようだ。
空腹だけど、まだ身体は睡眠のほうが必要な状態。
もふもふ要員追加候補その2。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
代えのない服は傷んでぼろぼろだったのに、
タケルが魔法洗濯しちゃったので傷みが増えたかわいそうな人たち。
素材がなくて修繕できないのにね。
有翅族の村:
名前がなかなか出てこない、森の崖の上の森にある村。
結界に守られている。
あれこれお膳立てしたのはドゥーンさんのようだ。
長老さん:
レイヴンという名の、見かけは美青年なひと。
有翅族の村の長を兼ねる。
ミリィの親代わり。
ドゥーンさんと直接の面識があるひとり。
エクイテス商会:
港町セルミドアの他にも商店をもつ、そこそこ大きな商会。
タケルにとっては何でも揃う便利なお店という認識。