3ー017 ~ 長年のコンビ
部屋に戻ると、アーレナさんとドゥーンさんがもっさもさ状態になっていた。
ぱっと見、どっちがどっちかわかりにくいが、ちょっと小さいほうがアーレナさんだろう。まぁ声でわかるんだけども。
ハツはテーブルのところに座ったまま、どうしていいか分からないようで、俺が部屋に入ってすぐに助けを求めるような困った顔で俺を見た。
「じゃから、ここの地下に設置すればええじゃろうが」
「ここは人種の町に近すぎるんだよ!」
「近すぎるというほどでもなかろう?」
「アンタも見ていたように、あんなに人種が行き来するような所だよ!?」
「それはまぁ、そうじゃが…」
- すみませんが、すぐ隣の部屋に寝かせてきたので、できればもう少し声を落として頂けると…。
失礼になるかもと思いながら、近づいて2人の間に手をひらひらさせて割り込んだ。
「ん、おお、すまんかった」
「ああ、そうだね」
- それで、何のお話か伺っても?
「いや、何、あれこれと拠点へ取りに戻ろうっちゅう話だったんじゃが、」
「この爺ぃがここの地下にプローブを設置すりゃええなんて言い始めたんだよ」
じじぃてw
ドゥーンさんの言葉に割り込み、指差して言うなんてね。
でもドゥーンさんは怒った様子もないな。いつもこうなのかなこの2人。
- ああ、それでさっきの話なんですね。
「ああ、」
「そうなんだよ、この爺さんはついでにあの有翅族たちもここで保護するつもりなのさ、過保護だってんだよ、呆れたもんさね」
「いやこことは言うとらんじゃろうに」
「じゃあどこで保護するってんだい!?」
- あちょっとちょっと、声、声。それと、落ち着いて座って話しませんか?
またエキサイトしそうだから急いでとめた。
立ったままだからエキサイトしやすいんじゃないかと思って提案してみると、意外と素直に『そうじゃな』『そうさね』とそれぞれぼそっと言ってテーブルについた。
ハツはほっとしたような表情をしてからはっと気付いたようにお茶を淹れ直し始めたので、肩をかるく叩いて合図をし、お湯を用意してあげた。薪を燃やさなくて済むからね。
それにしても、有翅族たち?、もしかしてディアナさんたちを連れて来るって事か?、と振り向くと2人とももっさもさのフードは背中のほうに脱いでいた。
お茶を飲む気になったってことだな。
「だいたいもう50年もそこで無事に過ごしてるんだ、アタシらが手を貸すこたぁ無いだろうさ。有翅族をあの森で暮らせるようにしただけで充分じゃないかい?」
「50年前より今のほうが魔塵の影響範囲が広がっとるのはお前さんも知っておるじゃろう。砂嵐の範囲だって、ほれ、医療施設跡はもう砂嵐の下なんじゃ。拡大しとるんじゃ」
「だからこの先もその子らが安全とは言い切れないって言うんだろう?」
「その為に儂は、」
「そんな事!、」
- はい、お茶です。
「「あ、ああ」」
ぎりぎり、声を荒げる前に割り込めたようだ。
俺は自分の分を置いてテーブルについたけど、ハツは流しの横の台に置いて凭れている。こっちに来る気はないみたいだな。
- で?、その為に何です?、ドゥーンさん。
「ああ、ここと、有翅族の子らが居る島にプローブを設置してしばらく様子を見ればええと思ったんじゃよ」
「アンタさっきはあの子らの様子を見に行くって」
- アーレナさん、抑えて抑えて。
「言ったじゃないか…」
「それはプローブを設置したついでにという話じゃよ」
「保護したいと言ったのは?」
「それはもし汚染が想定より多かったらの話じゃ」
- あの、さっき砂嵐の部分が拡大しているって仰いましたよね?、メイリルさんを保護したのが医療施設跡なら、その当事はその真上から砂嵐はどれぐらい内側だったんです?
「あー、それも拠点に戻らんとはっきりとは言えんが…」
「目測でだいたい2kmは内側だったかね、それが何さね?」
- それが何年前なのかも、お2人の拠点に戻らないとはっきりした事は言えないんでしたっけ。
「んー、まぁ昨日今日の話じゃないのは確かじゃの」
「あの医療施設跡の地下にもプローブがあるんだけどねぇ、アタシらにはもう近寄れないんだよ」
- プローブというのは、ここから行くといいと言われたあの岩の地下にあった柱についていた機械ですか?
「それは端末さね。プローブ本体はその柱の下に埋まってるのさ」
「それを尋ねるっちゅう事は、お前さん、医療施設跡のプローブを回収して来てくれるんかの?」
- はい、そのつもりですよ。
この2人が回収不能な場所にあるプローブって、結構いいデータを蓄積してるんじゃないかな。
それと、メイリルさんの事も気になるしさ。
「それは助かるが、お前さん、ちと安請け合いが過ぎるんじゃないかの?」
「そうだよ、アタシらにあれこれ貸しを作ってどうするつもりなんだい?」
- 別にそんなつもりは…、純粋にメイリルさんの事が心配だからなんですけど、おかしかったですか?
と言うと、2人は顔を一瞬見合わせてから言った。
「お前さん、あの子に惚れたんかの?」
- え?
「アンタ、あの子に会って何日も経ってないじゃないか」
「助けて、安全な所まで連れてきた。そこが危険というわけではないんじゃからお前さんの手を離れたと言ってもええと思うがの?」
いあいあ、それをドゥーンさんが言うか?
- それは有翅族の人たちを気にかけるドゥーンさんや、ハツの面倒を見ようとしてくれるアーレナさんと同じようなものだと思いますよ?
「あははは、言われてみればそうさね!、おっとと、ごめんよ」
「なるほど、これは儂らが悪かったのぅ。そういう事ならプローブの回収についてはタケル殿にお願いするとしよう。それで、じゃ」
- はい。
「まず、タケル殿が砂嵐の地下で何をしてきたのかを訊く必要があるんじゃよ」
「ああ、そうだったね、そっちが先じゃないか」
俺も、いつ報告しようって思ってたんだよね。
そして、岩の下から途中少し崩れかけだったりした廊下をかなり進んで縦穴に着いたところから、メイリルさんを発見する所までの話をした。
まず、縦穴の底にあったのは、エネルギー発生供給装置だったらしい。
同じようなのが2箇所あったということは、もしかしたら他にもあったのかも知れないってことだ。
「あれが復旧しとったなんて…」
アーレナさんはそう言って肩を落としていたけれど、何百年って時間があればそういう事もあるんじゃないかなって思う。
操作パネル部分と、操作をしていた機械だけを破壊したけど、それでいいのかを尋ねると、それで良かったんだそうだ。
全体を破壊するのは危険すぎる、停止している間に制御板周辺だけを破壊するだけで充分時間が稼げるんだと言っていた。
あのエネルギー発生装置は地熱利用のものだそうで、停止している間に2人が地の底のほうの設備を壊して使えなくするらしい。動作中だと地上への影響が大きくて、魔砂漠や魔塵がどうなるか予測がつかず、手をつけることができなかったんだそうだ。
そして都市防衛システムの中枢と言われていた所らしき場所の話もした。
アーレナさんがオーバーオールのポケットだろうか、そこから取り出した板状の装置から、空中にホログラフのように模式図を浮かび上がらせて、『これかい?』と尋ねたので頷いた。
急にSFみたいになったのでちょっと驚いたよ。ファンタジーどこ行った。
というかそんなのがあるなら地図の説明のときに見せてくれれば良かったのに。
でも模式図をよく見るふりして観察してみると魔力の流れが感じ取れたのでやっぱりファンタジーだった。よく観察したかったけどすぐに模式図は消されてしまった。残念。便利そうだから覚えたかったのに。
そして例のジャミング饅頭の話をすると、『何という恐ろしいもんを』と2人とも慄いていた。
一応破壊したんですが、と、欠けたり割れたりしているが八面体部分をポーチから取り出して見せると、口をぽかんと開け、数秒固まってから凄く感謝された。
「エネルギー発生装置を停めてくるだけでも充分なのに、中枢を破壊してきてくれるなんてねぇ…」
アーレナさんは椅子から立ち上がって俺の手をとってしみじみと言い、
「じゃからそう言うたじゃろう、うんうん」
と、ドゥーンさんは腕組みをしてミドさんみたいな語尾を付けて頷いた。
- でも砂嵐は治まってませんし…。
「それは都市防衛システムとは無関係じゃからのぅ」
「それで、魔塵発生装置のほうはどうだったんだい?」
と言われて、そういえば見てないな、と今更気付いた。
- あ、それらしいのを見てないんですよ、すみません、どこにあったんです?
「あ、いや、儂らもその装置が中心部分のどこにあるのか知らんしのぅ」
「あの時はかなり切羽詰っとったからね…、資料があるとすればアリシアの方かねぇ…」
それで地図の説明のときに言われなかったのか。俺も気づかなかったんだけど、説明されてなければ見つけようがないよなぁ。偶然見つけるかも知れなかったけどさ。
- お2人は当事、上空からは見なかったんですか?
「「あー…」」
ん?、何かまずいこと言ったかな?
2人とも同時に遠くを見るような表情で『あー』と言い、同時に俯いたんだけど。
- あの、訊いちゃまずかったです?
「んー、まぁええじゃろ。タケル殿」
顔を上げ、しっかりと俺を見据えるようにして言った。
- はい。
「儂らが大地の精霊だということは知っておると思う」
- はい。
「その性質上、あまり地上、つまり大地からは離れられんのじゃ」
- ……?
はい?、と言いたいところをぐっと耐えた。
「死にやしないけどね、高い所はね、力が抜けちまうんだよ」
まさかの高所恐怖症?
「崖の上や山頂などは問題ないんじゃがな」
あ、そういう事か。空中がダメってことね。
あーびっくりした。
「だから当時は地上からアリシアの補佐をしただけなんだよ」
- なるほど、そうでしたか。すみません妙な事をきいちゃって。
「いや、構わんよ」
「でも他所で言いふらさんどくれよ?」
- あっはい、それはもちろん。それでその魔塵製造機械がどんな形だとかもわからないんでしょうか?
「そうだねぇ」
「どうやら魔道具を製造する古い設備を改造したようでの、アリシアが言うには現在は失われておる光の精霊たちの技術らしく、儂らにもよぅわからんのじゃよ」
- そうですか…。
時々出てくる失われた技術、か。何だか都合よく超魔法技術が失われてるよなぁ。
まぁそのへんは戦争してたのなら重点目標みたいになってたんだろうし、今更どうとか言っても仕方ないか。
- あ、という事は、魔塵製造機械はまだ動いてる可能性がありそうですね。
「ああ、そうじゃな」
「魔砂漠周辺のプローブをいくつか調べてみれば判るだろうね」
- なるほど、ではそれをお願いしてもいいですか?
「それがアタシらの仕事さね」
- ですか。それと、医療施設跡の地下にあるプローブの具体的な場所を教えて下さい。
「そうだったね。あの子が入っとったカプセルの場所はわかるかい?」
- はい。
「その2つ下のフロアだよ。ちょうど真下にあるはずさね」
- そうだったんですか。わかりました。
んじゃあの倉庫みたいなところかな。あのあたりだろう。
「さて、なら儂は島にプローブを…」
「何言ってんだい、アンタは資料を取りに帰るんだよ」
「しかし」
「しかしも案山子もないよ、その子が回収してくるプローブとアタシの調査結果によって島の子らを避難させるかどうかが決まるんじゃないか。気持ちはわかるけどちょっとは落ち着いたらどうなんだい?」
たぶん、よりによってアーレナさんから落ち着けと言われたくは無いんじゃないかなぁ。でもいいコンビだよね、この2人って。そうじゃなきゃ長年やってこれないだろうけど。
「むぅ、…仕方が無いのぅ、お?、結界に反応じゃ」
「何だって!?」
言われて外の感知に感覚を傾けると、ハニワ兵が1体、結界をノックしているのがわかった。
- ああ、ハニワ兵が呼んでいるみたいです。すみませんお騒がせしてしまって。ちょっと行ってきます。
「儂も行こう」
ドゥーンさんはそう言って後ろからフードをもさっと被り、もっさもさの長い手袋を取り出してつけながら表玄関へ近づく。
俺も席を立つ。
テーブルの上に手のひらサイズの電卓のようなものが置かれていた。
魔力の流れからすると結界を維持する魔道具のようだ。
いつ置いたんだこれ。
背後のハツを見ると何だか眠そうにしていたので、部屋で寝てていいよって言うと、アーレナさんが『甘やかすんじゃないよ。この子にはする事があるんだよ』と言ってハツの手を引いて裏口のほうに行った。
ドゥーンさんが玄関扉に手をかけてこちらを見ていた。急いで俺もそちらへ行く。
「あれでなかなか教え甲斐のあるいい生徒らしくての、どっちかっちゅうとアーレナのほうが甘やかしておったのぅ。ほっほ」
外に出ると、ドゥーンさんが面白がるような雰囲気で言った。
傾いた陽光をすれすれの位置で遮る防砂林が、風で少し揺れて地面に映る影がちらちらと動く。
- そう言えば僕たちが出かけてからどれぐらい経ったんです?
これも聞いておいたほうがいいなって思ってたんだった。
「ん?、だいたい丸2日じゃな。お前さんからすれば5・6時間というところじゃろうがな」
もうちょっと時間がかかっていたような気がするけどね。
- そうだったんですね。医療施設跡のあたりはどうでしょう?
「お前さん程の腕ならプローブ回収作業にゃそれほどの時間もかからんじゃろう。なら気にする程の差もなかろうよ」
- その、気になっていたんですが、時間の流れの差って、影響なかったんでしょうか?、気付かなかったんで影響がないことはわかってるんですが、何だか心配で…。
なんせその影響で砂嵐がずっと発生しているぐらいだし。
ドゥーンさんは立ち止まってふと考えるように少し上を向いたように見えた。
もっさもさ状態だからたぶんそうじゃないかな?、ぐらいにしか見えないが。
「ふむ、儂も中を見たわけじゃないが、予想はつくのぅ。地下通路で途中崩れておった箇所がいくつかあったじゃろ?、そこが緩やかな境目じゃな。もしそれらの箇所を地図に記せれば、中心から等距離になっとるのがわかるはずじゃ」
- 緩やかな境目、だったんですか…
そしてこっちを向いて手振り付きで話してくれるんだけど、手振りがよくわからん。けむくじゃらのもっさもさなのがじたばたしているようにしか見えない。
「境目部分をはっきりさせると空間に歪みが生じてえらい事になるそうじゃぞ。じゃから段階的に変化させておるらしいがの、魔法的な事や理論的な事が知りたければアリシアに尋ねるとええ」
- はぁ、まぁそんなの僕に理解できるとは思えないのでいいです。ありがとうございます。
「余談じゃが高高度からそれを維持しておるそうじゃぞ」
- へー、そりゃすごいですね。
「全く、そんな事ができるのに地上都市を竜族なんぞに占領されてしまうんじゃから精霊っちゅうても万能ではないっちゅう事じゃて。しかも自分たちの作った道具を使われてしもうとるんじゃからのぅ」
- それがあの都市防衛システムや転移装置ですか。
「それだけじゃないんじゃが、まぁ、儂らもその恩恵に浴しとる部分もあるでのぅ、あまり悪うは言えんが…、ほれ、そこの土人形は待ちかねておるようじゃぞ?」
見ると、エクイテス商会に渡すための食器を入れてあった小屋の位置から少し向こうの辺り、そこに結界があり、例の黄色から青までのグラデーションになってる派手な鱗で飾られた帯を肩から斜めにかけたハニワ兵が結界をコンコン叩いているのが見えた。
あ、いや、外にでてすぐに見えてたんだけどね、ドゥーンさんと話してたんで。
- あっはい。
「軽くじゃがずっと結界を叩いとるのが気になってしょうがないんじゃ」
結界の主に通知が行くもんね。
- すみません…。そっち行くから叩くのやめて。
ドゥーンさんに謝ってからハニワ兵のほうを向いて手で合図しながら言い、結界の外ににゅるっと出た。
ハニワ兵は海岸のほうを手で示して走り出した。俺もついて行く。
「……(わかっとったが実際見ると目を疑うのぅ…)」
後ろでドゥーンさんが何か言っていたようだったけど、結界の向こう側だったのでよく聞き取れなかった。
ハニワ兵についていくと、コンブっぽい海藻が干してある所だった。って、あれ?、干してあったコンブって全部回収したよな?、何でまたあるんだろう?
そう思ってハニワ兵(タスキ装飾付き)を見ると、彼はそのミトン型の手で並べられているコンブを指差し、次に海のほうを指差してから、せっせとジェスチャーを始めた。
- ああ、また採ってきたってことね。ありがとう。
ジェスチャーをやめて頷くハニワ兵。干し台のところに並んでいる3体もびしっと姿勢を正して右手を胸にあてた。何だか誇らしそうだ。
でも顔がハニワだからとてもシュール。
- そういえば追加の指示をしなかったっけ、ごめん。
顔の前で手を立てて横に動かすハニワ兵。声をあてるなら『とんでもございません』というところかな?
そして乾いているものを回収しようとしたら引き止められた。何だと見ると、ヒモとナイフをくれとジェスチャーで言われ、ポーチから出すと3体のうち1体がこっちに来て受け取った。
どうやら乾いたコンブを何枚かずつまとめてくれるようだ。
ほー、高性能にも程があるだろ、と感心していると、ハニワ兵が袖を引っ張る。誘導されるまま行くと、貝の砂抜きをしていた細長い水槽のところに引っ張ってこられて、これはどうするんだとジェスチャーで言われた。
幾つか死んじゃってるのは避けてあるようだった。
そして俺が海水を汲んできたときに作った石の桶で、海水を入れ替えたりしてくれていたようだった。
- あー、ごめんすっかり忘れてたよ。世話してくれてありがとう。
そう言うとまた顔の前で手を立てて横に動かすハニワ兵。
至れり尽くせりだな、こいつら。
- とりあえずどれも食べられるみたいだから、回収するかな。
と誰に言うでもなく言いつつ取っ手付きの器を作り、そこに貝をひょいひょいと入れていくと、干し台のところから呼んだのか2体がやってきて、3体で手伝ってくれた。
「ほう、便利なもんじゃのぅ」
見ると、ドゥーンさんが近くに来ていた。
- そうですね、何だかどんどんいろいろやってくれるようになってるみたいで、助かってます。
「ふむ。それは光のの魔道具じゃな、よくできておる」
- はい。里のほうにお邪魔したときにお土産に頂いたものです。あ、良かったら幾つかお分けしましょうか?
何だか欲しそうに聞こえたので、手渡される貝入りの器をポーチに収納しながら提案してみた。
「いや、儂らは光のの魔道具は儂ら専用に調整したものでなければ使えんのじゃよ。むしろタケル殿、お前さんが使えるのが不思議じゃよ」
- はぁ、そういうもんなんですか。僕が使えるのはたぶん調整してくれたからじゃないでしょうか。
「なら、尚のこと儂には扱えんじゃろうな。まぁ必要ならアリシアに頼むでの、お前さんの気遣いはありがたいが、気にせんでもええ」
- わかりました。あ、そういえば…、
と、ポーチからハニワ兵が海底から持ち帰った謎文字が書かれた皮紙を取り出して見せた。
- これなんですが、文字っぽいなとは思ったんですけど何かわかりませんか?
ドゥーンさんはその皮紙を受け取ると、両手で持ってから上下を合わせたのか一旦横にしてから言った。
「ああ、これは鰓族の文字じゃな」
- 何て書いてあるんです?
「んー、『危ない所を助けて頂き、感謝します。お礼に、手持ちで恐縮ですがお土産をお渡しします。近くに来られることがあれば、ぜひ島までお越し下さい。歓迎致します。ネーナ・ヴォルクヴァルト』、と書いてあるのぅ」
え?、助けた?、ハニワ兵が?、一体何したのあいつ。
まさかあのジェスチャー劇は、だいたい本当の事だったって事?
呆れた表情をしていると、続けてドゥーンさん。
「お前さん、海で何をしたんじゃ?」
- あ、いえ、僕じゃなくてですね。
と、かくかくしかじかと説明をした。呆れられた。と同時に感心したようだった。
「…光の精霊たちはどこへ向かっておるんじゃろうか…」
と、呟くように言った。
うん、俺もそう思う。
- ところで鰓族とは?
「上半身がお前さん方で言う女性で、下半身が鱗に包まれた魚のような種族じゃな。鰓があるので鰓族と言う」
なるほど、人魚さんみたいなもんか。
ちょっとここんとこファンタジーさんが仕事をしすぎている気がする。
人魚の住む島かー、行ってみたい気がするけど、それにはこのハニワ兵も連れて行く必要があるだろうな…。
しかし人魚の居る島かー、ハニワ兵は海中でも活動できるみたいだけど、俺はちょっと自信がないな。ってかムリがある。
そういえば元の世界の古い漫画だったか何かで、噛むと酸素を出すガムとか葉巻型の酸素ボンベとかそんなのがあったけど、それで呼吸って難しすぎないか?、そりゃまぁ死ぬ気で頑張ればできるかも知れないけどさ。でも葉巻型はともかくガムはマジで難易度高いと思う。
フィクションだから何でもアリだとは思うけどね。
それはともかく、人魚さんと言葉が通じるならお友達になってみたいね。
せっかくファンタジー世界に来た事だしさ。
でも海中行動がなぁ、どうしたもんだろうね。
「お前さん、何を考えとる?」
などと悩んでいるとドゥーンさんが俺の顔を斜め下から覗き込むようにして言った。
- あ、いえ、人魚さん、じゃなくて鰓族の人たちの住む島ってどこにあるのかなーと。
「……お前さんがどこに行こうが自由じゃが、今やる事はそれではあるまい?、それと、お前さんの帰りを待つ者が居るというのを忘れてやおらんかの?」
忘れちゃいないけどね。ちょっと夢が膨らむなーなんて思っただけなんだよ。
- あっはい、仰る通りです。すみません。
素直に謝ると、ドゥーンさんは屈めていた腰を伸ばした。
「忘れておらなんだらええ。一応言うておくが、ヴォルクヴァルトというのは鰓族が住んどる島嶼のうち、一番大きな島の名でもある。お前さんならその意味がわかろう?、そこに光のの魔道具を連れて行くとどうなるのかという事ものぅ」
あー、それもそうか。ややこしいことになりそうだ。
しかも有力者っぽいし、こちらからは関わらないほうが良さそうだ。
そうこうしている間に、ハニワ兵たちから受け取ったコンブと貝類を収納し終えたので行くことにした。
- そうですね。ではそろそろプローブを回収してきます。
「うむ。よろしくの、儂も資料を取りに戻るとするかのぅ」
●○●○●○●
ハニワ兵たちの敬礼(?)に見送られ、メイリルさんを連れて出た場所までひとっ飛びでやってきた。
だいたいあのあたりだったはず、なんて感じで飛んだものの、いつもの索敵魔法は砂嵐を超えては見えないので、ぐるっと回り込むように飛んだ。メイリルさんを連れて帰ったときもそんな感じで飛んで帰ったし、それの逆のコースを辿ったことになる。
建てておいた目印の下から、出た時のトンネルを通って行くんだが、結構頑丈に作ったはずなのに、何箇所かひび割れができていて、少し歪んでいたので補強しながら下って行く。
出たときのコースを思い出しながら逆に進んでいくと、ポケットがもぞもぞ動き出した。
あ、ミリィのこと忘れてたよ!
「あーよく寝たかな。あれ?、真っ暗かな?」
ミリィがポケットのふちを両手で掴んで、ひょこっと肩から上を出した。
- おはよう…。
そうか、俺も何だか眠いなーなんてちょっと思ってたんだよね。
考えてみりゃとっくに眠ってる時間だったんだよ。あれこれありすぎてうっかりしていたけど、メイリルさんを連れて外に出たとき日没前ぐらいだったんで、時差が生じていることに思い当たらなかったな。
ドゥーンさんに何日経ったか尋ねたときに気付くべきだった。ハニワ兵たちの事と人魚さんの事で眠気なんて吹っ飛んでたってのもある。言い訳だけどね。
仕方が無いので小さな光球を浮かべて周囲を少し照らしてやると、ポケットからすぃーっと飛び上がり、肩の高さで浮いて俺を見た。
「なんでまた地下なのかな?」
- 大地の精霊さんたちに頼まれて、医療施設跡の下にあるプローブを回収しに行く途中なんだよ。
「ふわーっふ、大地の精霊様ぁ?」
あくびをしながら聞き返された。
- ドゥーンさんとアーレナさんだよ。
「ええっ!?、だだ、大地の精霊様だったの!?」
30cmぐらい後ろに下がった。あと30cm下がると壁だ。
- そうだよ?、ずっとそう言ってたよね?
「だってだって最初毛むくじゃらのお化けだったし、脱いだらタケルさんと同じような人たちだったし、精霊様だなんて思わないじゃない!」
おかしいな、会話にも出てたと思うんだけどな。
でもそこらへんは言ってもしょうがない。
- まぁとにかくあの2人は大地の精霊様なんだよ。
「どど、どうしよう、あたし失礼なことしてないかなぁ、戻ったとき跪いて謝ったほうがいいかなぁ?」
片手を口にあててきょろきょろしながらふわふわうろうろしてるし。それ焦ってるっていう表現なのかな。
- 今まで普通に接してたんだから、そのままでいいんじゃないかな?
「だって大地の精霊様だよ!?、有翅族は大地の精霊様に日々感謝の祈りを捧げてるんだよ?、村の一部の人しかお会いしたことないんだよ?、どうしよう!?、どうしたらいい!?」
- 今まで普通に接してたんだから、そのままでいいんじゃないかな?
何だかもう面倒になってきたので移動を再開して同じ事を言った。
ミリィがついて来られる程度の速度に抑えて滑るように飛ぶ。
明かりを出してるなら地図も出しておくかと、出るときに作った地図をポーチから出した。
後ろを確認すると、ふらふら飛んでるけどちゃんとついて来ていた。
「ああんどうしよう、やっぱり何か失礼なことしちゃってたらどうしよう」
- 今まで普通に接してたんだから、そのままでいいんじゃないかな?
「もー、タケルさん真面目に考えてくれないかな!」
- んー、ドゥーンさんもアーレナさんも、そういうの嫌がるんじゃないかな?
「へ?、そうなの?」
- うん。いままで普通に話してた相手がさ、急によそよそしくなったり跪いて丁寧に話したりしたら困るでしょ?
「んー…、わかんない…」
- たとえばさ、ノンだっけ?、あの子がミリィに対して、急によそよそしくなって目の前で跪いて丁寧な言葉でしか話さなくなったら、どう思う?
「え、困るかな、そんなのノンじゃないかな」
- ほら、困るでしょ?
「ほんとだ。うん、わかったかな」
- でもあまり失礼なことしちゃだめだよ?
「うん、大地の精霊様だもんね」
- だから僕やハツにならいいけど、ポケットやフードにもぐりこんだり、置いてある道具を勝手に触ったりしちゃダメだよ?
たぶんあの2人は全身のあちこちに魔道具があるはずだから、注意しておかないとまずいことになりかねないからね。ついでに注意しておこう。
「うん、わかった。失礼のないようにするかな」
と、話している間に、カプセルの部屋に到着した。
出るときは探したり迷ったりしながらだったけど、地図もあるし、迷わないと早いもんだ。
開けっ放しになっている部屋の前で飛行魔法を解除して、歩いて中へ入った。
- メイリルさんが入れられていたカプセルは、これだよな。
「何か探してるのかな?」
- あ、うん。アーレナさんがメイリルさんを脱がせたときに、この部屋にあったらしい台の上に載せたらしいんだけどね。
「台ってこれかな?」
- それは僕が作った台だよね。
もしかして移動可能なものなのかな?
カプセルの周囲を歩きながら探してみると、隅のほうにカートのような台がいくつかあるようだ。何かの器具や箱が載せられているが…。
近づいてみると埃を被ったあれこれがあり、そのうちのひとつにごちゃっと載せられている埃だらけのものがある。持ち上げてばさっと埃を払うと、びりっと破れて落ちた。
- あ…。
そっと持ち上げて広げてみると、どうやら衣類の成れの果てのようだった。
洗うとぼろぼろになりそうなので、そのままそっと丸めてポーチにしまっておく。
その下には装飾品だろう、こちらは貴金属のようで、表面が一部曇ったりはしているがしっかり形を留めているようだった。これらも全部ポーチに入れた。
「なんか悪い事してるみたいな気になるね?」
言うなよ、気にしないようにしてるんだからさ。という意味を込めてじっとミリィを見ると、目線を外してすぅーっと逃げた。
- よし、じゃあ下に行くよ。
「はーい」
返事をするとすっと近づいてきてポケットにもぐりこんだ。まぁいいか、このほうが移動速度を気にせずに済むし。
と言っても廊下は短いし階段を下りるだけなんだよね。
2フロア下の倉庫らしきところに到着。
俺が寝泊りした小屋もそのまま残っていた。
魔力感知に集中すると、確かに奥から2番目の柱、これだけが他と合わない位置にあり、微弱な魔力が漏れているのがわかった。これがそうか。
土魔法を駆使して近くの床を砂化し、穴をずどんと開けてみると、分厚い床材――これコンクリートのような素材だけど土魔法で作られた石材なのかな?――の下は金属棒が張り巡らされている土台のような構造になっていた。かなり腐食が進んでいたが、分厚い床や壁があるので崩れないんだろう。
プローブ端末がつけられている柱の周囲を同じように少しずつ穴を開けていくと、床材の下に金属製で柱と同じサイズの杭のようなものが見えた。これがプローブ本体なんだろうね。
配線があったりして、それを誤って切断してしまうのを避けるために、プローブ本体の底まで土魔法で掘り、風魔法で支えながら天井の位置で切断、本体を全て露出してから取っ手をつけてポーチに収納した。
あとは開けた穴を塞げばいい。掘ったときに砂化させた床材で埋めて固めておく。
- よし、回収完了っと。
ミリィからの返事はないが、ポケットに居ることは確認、って、ひょこっと頭を出してるじゃないか。
- 帰るよ?
「うん」
やけにおとなしいな。何だろう?、まぁいいけど。
次話3-018は2019年11月22日(金)の予定です。
20191206:あとがきの一部を修正。
20200131:なんとまだあった誤字を修正。 当事 ⇒ 当時
20230527:時間的辻褄が微妙気がしたので今頃になって訂正。 昼過ぎ ⇒ 日没前
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
なんと現状では両性だった可愛い子。
特訓&肉体変化中、なのでタケルに触れられるとドキドキ。
お師匠さん:
ハツの師匠。故人。
まさか彼の部屋の彼のベッドを王女様が使うなんて
思わなかっただろうね。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
タケルのポケットがお気に入り。
やっと大地の精霊のことに気付いた。
お腹が空いたなーと言おうとしたところ、
タケルが魔法土木作業をしたのでビビってしまい、
食事の催促がしづらくなっている。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
分体アクセサリ球体がハツのお師匠さんの部屋で放置されている。
放置されすぎ。知らないよ?、タケルくん。
アリシアさん:
光の精霊の長。最古の精霊のひとりらしい。
何か名前がよく出る。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
出番待ち。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
一時帰宅。
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
調査中。
メイリルさん:
昔の王女らしい。涙のお休み中。
今回は名前のみの登場。
ディアナさんたち:
3章008・9話に登場した、有翅族の長老の娘。
と、その仲間たち4人。
何故か独身はダメだと村に戻るのを拒否されたかわいそうな人たち。
ハニワ兵:
タケルが土魔法で作る魔法人形。
光の精霊さんたちにもらった魔法人形用コアで動く。
結構高性能。
魔力の補充をタケルに頼みたくていろいろ仕事をし、
気をひく作戦だったが、タケルには伝わらなかったようだ。
そんな遠まわしにしてもタケルに伝わるわけがないのにね。
鰓族:
いわゆる人魚っぽい。
ネーナ・ヴォルクヴァルト:
海底に沈んだハニワ兵が偶然遭遇し、
助けたらしい鰓族の人。
なんでそんな人があんなとこに居るんだよ…!