3ー016 ~ カプセルの少女
ポーチから、エクイテス商会で買ったというか交換した古着や大きいタオルと毛布を取り出し、隣の閉じているカプセルの上に乗せようとしたら埃が少しかぶっていたので、一瞬水でもぶっ掛けてと考えたんだけど、もしそれで壊れたり爆発したりしたらイヤだからいつものようにちょいと土魔法で台を作ってその上に置いた。
完全にカプセルのフタが音も無く開いたので、起きる前に布をかけるか服を着せておくかしなくちゃな、って見ると、髪もだけど足の間に見えている尻尾もしっとりと濡れていた。
タオルで髪を拭おうと、首の後ろに手を添えたらぬるっとした感触。
ああ、こりゃ洗い流すかしなくちゃな、と、そこで気付いた。
息してない!!
にゅるっとした感触にも構わず胸の中心に耳をあてたところ、弱々しくゆっくりとしたリズムで心臓は動いているようだった。
急いで胸から上をスキャンして、骨などに異常がないことを確認してから後頭部にタオルを丸めて置いて顎を上げるような位置にし、鼻を押さえてゆっくりと息を吹き込みながら胸が少し膨らむのを確認した。
いわゆる人工呼吸ってやつだ。
ミリィが斜め上に浮いた状態で『わ!』って驚いた声を出していたけど無視した。
肺活量がわからないので、最初は少なめで、胸が少し膨らんだら胸骨のところをそっと押す。
これは心臓が動いているとき呼吸を補助するためのもので、心肺停止と呼ばれる心臓も呼吸も止まっている場合とは胸骨圧迫のサイクルが違うんだ。でもそれが正しいかどうかまでは知らん。実はうろ覚えだったりするからね。
町内会で海に行くときに、『引率するんだから講習受けてこい』、って言われて、他の何名かの親御さんたちと一緒に受けさせられただけだからね。あとは学校の保健体育の授業ぐらい。
幸い、この子は数回か繰り返すだけで自発呼吸を始めたので胸を撫で下ろした。
マジ焦ったよ、変な汗かいちゃったね。
ふと視線を上げてミリィを見ると、空中で寝転がって肘ついてニヨニヨ笑ってんの。
俺が見上げて視線が合うと、
「眠ってる女の子にキスしておっぱい揉むなんて、タケルさんって意外とえっちかなー?、にっひひ」
と言ったのでひっ捕まえた。
「いやー!、何かぬるぬるするかなー!」
じたばたと暴れて俺の手を叩いてるけど、冗談だとしても誤解されたままだと後で困るのでちょっと強い語調で言った。
- 息してなかったから助けるためにしたんだよ。わかった?
「わかったからぬるぬるとってー!」
しょうがないなー。
床に桶を置いてお湯を入れ、ミリィをその上に置いた。
「もー、ひどいかなー…」
ばしゃばしゃと洗いながらぶつぶつ言ってるけどとりあえず放置だ。
この子の体に他の異常がないか確認しないとね。
見ると、内臓などには異常は見られなかったが、足首が青黒く腫れていた。
どういう事なのかよくわからないけど、捻挫の酷いものだろうか、内出血した箇所がそのまんま固まったような状態だった。骨には異常が無いようだ。
このままだとまずい気がしたので、ポーチから紐をだしてひざ上のところをきつく縛ってから、スパッと切って血液が固まっている箇所を取り除き、ゆっくりと回復魔法をかけながら足首が治癒していくのを見る。ついでに足の裏の擦過傷も治っていった。
切り取った部分には汚損した筋肉組織が含まれているようで、原因その他はわからないが悪い箇所を除去して回復魔法で治すというのは、間違ってはいないと思う。
足首がもう片方と同じようになったのを確認してから縛っていた紐を解き、この子を洗う場所を作ろうと顔を上げると目の前にタオルが浮いていた。
正確にはタオルの端に包まったミリィが浮いていたんだが。
「怪我してたのかな?」
- うん。意識が戻る前に治さないとって思ってね。
「タケルさんの回復魔法ってすごく複雑かな、普通と違う感じがするかな」
- そう?
普通の回復魔法ってのがどんななのかよく知らないんだよ。
リンちゃんに教わったときは、ちょっとした擦り傷を治してもらったんだけど、それを参考にして、あとは適当に元の世界の簡単な医学知識でやってるからね。
「うん、でもミリィを助けてくれたのもタケルさんだし、もし普通の回復魔法でミリィが助からなかったらって思ったら、普通じゃない回復魔法で良かったって思うかな」
- そっか。
ミリィの場合は普通の回復魔法でも助かったと思うけどね。
とにかくこのままじゃ体を冷やしてしまいそうだから早く服を着せてあげなくちゃね。
呼吸や脈拍が安定していることをもう一度確認する。体温はやっぱり表面がひんやりしている。早めに温めないとダメだろうね。
少し離れたところに棺桶サイズの容器をつくり、底を斜めにして体温程度のお湯を入れた。
ぬるぬるしてて抱き上げにくいけどなんとか持ち上げて、そこに運んで足のほうからお湯に浸け……る途中でにゅるっと手が滑って横向けにべしゃんと落としてしまった。
もう俺もびしょぬれだ。あとで洗って乾かそう。
首のほうはなんとか支えたままだったので、もうそのまま髪を洗い流すことにした。
片手を洗い流して高級石鹸の箱を取り出し、ズボンのひざ上のところで泡立ててそこに髪をよっこいしょとかけて軽く洗って流す。
足元のほうの壁を崩してお湯を減らし、タオルに石鹸をつけて軽く体を洗ってやり、ぬるめのお湯を作って掛け流す。
これ、結構重労働だな。
身長140cmちょいぐらいかな、細身と言っていいかどうか少し悩むぐらいの体型だから軽いのに、全身洗い流すとなるとこんなに大変だとは思わなかったよ。
と言うか、こんなことした事ないからね、考えないようにしてせっせと洗ってるけどさ、他に女性が居たら任せたいよ。ミリィはちっさいからこんな作業できないし、手伝えとも言えないし…。
腕がだるくなってきたので身体強化を使いながら洗い終えた。台を作って例の柔らかい結界を敷き、その上にバスタオルを何枚か置いてそこにこの子を寝かせてタオルで軽く包むようにして水気を取った。髪はともかく、尻尾が大変だなこりゃ。
仰向けにすると尻尾が太ももの間から出るわけで、脚が閉じられないから拭きにくいのなんの。先に横向けにして尻尾の水気を取るんだったよ…。
俺はもう全身びしょぬれだった。上着ぐらい脱いでからにすれば良かったよ…。
それで一旦離れてから、服のまま全身をざーっと洗い流した。
そして結界を張って温風をぐるぐる回して乾燥。
ある程度乾いたところで結界を解除して、女の子を抱き上げ、同じようにしてまとめて乾燥することにした。
だいたい乾いたので服を着せていく。下着なんて無いし、スカートやワンピースなんて持って無くてズボンしかない。
尻尾用の穴にふさふさでもふもふの尻尾をどうやって通せばいいか分からなくて、尻尾の下のところまでズボンを上げて紐で縛るだけにした。ズボンの裾は足首のところまで折り曲げておいた。
上は着せやすいように薄手のチュニックを選んだんだが、俺用のサイズだったのでぶかぶかだ。上着を着せようか迷ったけど、抱き上げて運ぶ事になるのであまり服を着せると運びにくくなりそうなのでやめた。
使ったタオル類や余った衣類を収納し、箱や桶を解除しておく。床は水浸しだけどしょうがないね。
そしてお姫様抱っこの形から、上半身を俺の体に凭れさせるように寄せ、ミリイに『移動するよ』と声をかけ、ここに来る前に上がっていた階段のほうへと移動した。
1フロア分上がって見上げると上のほうが瓦礫で埋まっていて上がれないので、索敵魔法を使って行き先を探ると、ひとつの廊下の先に壁が崩れたような箇所があり、その先に少し広い空間があるのがわかった。
そこは朽ちた骨が散乱している空間だった。中央には罅がある8面体の透明な物体を金属で支えて細い線が接続されている装置らしき物体があったが、内包している魔力は全く感じなかった。
何となく雰囲気的には、見慣れたミドさんの所やダンジョンの奥や、今日破壊してきた空間維持装置に似ているのかなと思ったが、どうにもちゃっちい感じがする。デザインに統一感がないっていうか、寄せ集めみたいな感じだ。
周囲に散らばっている骨も、頭骨部分に注目するとトカゲだけじゃなく人間っぽいのも混じっているように見えた。
先ほど索敵魔法で感知したのはここまでなのでもう一度してみると、奥に見える通路は行き止まりだが、後ろのところは1フロア上の廊下にも繋がっているようだった。
もう面倒だからこのままフロアを上に穴あけて突き抜けて外に出たほうがいいんじゃないか?、と思ったが、地上部分はおそらく砂漠だろうし、砂が上からどばーっと降ってくるのは避けたい。
ここはどうやら建造物だった場所のようなので、できれば地上に出入り口があると有難い。
仕方なく上に出られるルートを探すことにした。天井に穴をあけて上のフロアへ行くのは行き詰ってからにしよう。
そんなこんなで崩れたりしてる箇所に煩わされながら、ミリィが『お腹すいたかなー』とか言うのにつみれ団子を串に挿して焼いて渡したりして階段を上っていると、抱いている女の子が意識を取り戻す兆候が表れたので、弱い明かりを光魔法で作って浮かせておく。
●○●○●○●
「ぅ…ん……」
と、声がしたので立ち止まり、下ろそうか椅子を作って座らせようかちょっと考えてる間に目を開け、意識が戻ったようだ。ミリィは串を持ったままさっと俺の背中のほうに回った。
「こ、こ、は…、けほっけほっ」
声を出してから力の無い咳をした。
座らせたほうがよさそうだ。壁沿いのところに椅子を作って声をかけた。
- 飲み物を用意します、座らせますがいいですか?
小さく頷いたのを確認し、そっと椅子に下ろす。壁に凭れて座る姿勢を維持できたのを見てから、ポーチからコップと水筒を取り出して水を注いで目の前に差し出してやる。
- 持てますか?
まだ腕に力が入らないようだ。小さく首を横に振ったので、コップを口に添えて少しだけ傾ける。
- 最初は舐めるように、ゆっくりと口に含んで飲んでください。
時間をかけてゆっくりと、少しずつ飲み始めたのを見ながら言う。
- 体力が落ちているようなので、弱めの回復魔法を掛けますね。
そう言って全身にかけてから、片手を持ち上げてコップに添えてみた。
- 維持できそうならこのままコップを持ってください。
もう片手もそっと持ち上げてコップに添えてみる。
俺の片手はコップを持ったままなので、その上からになるが、弱々しくもコップを支えようとする動きはできたようだ。
彼女がコップを傾けようとする力に逆らわないように動かすと、そのままゆっくりちびちびと飲み始めた。
良かった、一体いつからあのカプセルで寝ていたか分からないけど、体の感覚は取り戻しつつあるようだ。
彼女が自分でコップを持てそうだったのでそっと手を離し、俺も椅子を作って座り、落ち着くのを待つ事にした。
「ここはどこでしょうか?」
彼女はコップの水をほぼ飲み終え、何度か声の調子を確かめるようにしてから尋ねた。
- 魔砂漠の地下だということだけはわかっているんですが、それ以外はわかりません。
「そう…、ですか…、貴方は私を助けて下さったのですか?」
目の前に居る俺が敵なのか味方なのかを探るかのように、おそるおそるといった風情で尋ねている。
そりゃそうだろうね、不安なのもわかる。とりあえず名乗っておくか。
- 僕はタケルと言います。ここの地下に迷い込んだところ、貴女がカプセルに入れられて居たのを発見したのです。
「かぷせる…?、とは何でしょう?」
ん?、記憶がまだ混濁しているか、カプセル自体のことを知らないか、ってところだな。この場所に覚えは無さそうだし、どこまでの記憶があるのか訊いたほうが良さそうだ。
- 僕もここの事は迷い込んだだけですので、よく知らないんです。それで、貴女が覚えている事を話してもらえませんか?、まず、魔砂漠のことはご存知です?
「はい、存じております。私はミロケヤという国の王都ゾーヤに居りました。マルケナ王が崩御し、遺言で3番目の兄ソリタスが王位を継承することになりましたが、それに異議を唱えた1番目の兄ネイベスと2番目の兄ガウドが兵を挙げて城を占拠し、3番目の兄を殺めたのです。その後兄2人が争いを始め、私は神殿に巫女として預けられていたのですが、その報せを受け、王都から一時身を隠したほうが良いと言われ、報せに来た兵たちと身の回りの世話をする巫女たちと共に王都を出たのです」
う…、何だか王族の後継者争いの話だよな、これ。
この子は王女ってことか…。
「ああ、そうでした、それで魔砂漠近くの村に泊まったのですが、夜にその家が火事になり、セリアが私と背格好の似ているローニャに私の服を着せ、私はローニャの服を着て、セリアに言われるまま夜陰に乗じて逃げたのでした…、ああ…、兵たちが私の名を呼び、セリアやローニャの叫び声が聞こえて、」
- そこは思い出さなくていいです、ここは安全ですから、大丈夫ですから、とりあえず落ち着きましょうか、お水のお代わりはどうです?
空のコップを握った手が小さく震え、目に涙が浮かび始めたので急いでとめた。
そのへんの事情はもう少し体力が戻ってからのほうがいいだろう。
肩の横にそっと手を添え、持ったままだった水筒を差し出すとコップを近づけたので半分ほど水を注いだ。
「……頂きます」
小さくそう言ってから上品な仕草で飲み始めた。
- 魔砂漠に来てからのことは覚えていますか?
「魔砂漠に入った覚えはありません。荒地に廃墟があったのでそこまで走ったのは覚えているのですが…、あ、穴に落ちたのでした。そこからはわかりません、気付いたら貴方、タケル様に抱かれていましたので…」
なるほど。という事はこの子をそこから運んでカプセルに入れた者が居たってことかな?、しかし抱かれていた、ってもうちょっと別の言い方は無かったんだろうか。赤くなって俯いてるし…。気持ちはわからなくはないけど、ここから移動するのにまた抱き上げて行くことになるんだから、変に意識しないで欲しいんだが…。
「あ…」
- どうしました?
「足に怪我をしていたはずなのです」
- ああ、それなら治療しました。足首など、痛いところはありませんか?
「はい、大丈夫です」
- ではそろそろ移動しましょうか。とにかく魔砂漠から出て、一旦安全な場所に行きましょう。
「はい…」
- まだ無理はしないで欲しいんですが、立てますか?
椅子から立ち上がろうとしたのを見て、一応訊いてみた。
「あ…、ごめんなさい、足に力が入らないのです。身体強化をしようとしたのですが、うまくできません」
体内魔力も回復しつつあるようだ。強化しようとしたのもわかったけど、ここじゃ難しいだろうね、やっぱり。
- ではまた抱き上げて移動することになるんですが、構いませんか?
「……お世話になります」
一旦じっと俺を見上げて、じわーっと頬を赤く染めてから小さい声で言った。
気持ちはわからなくはないんだけどね。しょうがないんだから割り切って欲しいというのは無理な相談なんだろうか。
首を抱えるようにして抱きついてもらい、俺は膝の裏と背中を抱えるようにして持ち上げた。お姫様抱っこから密着した形だけど、安定性を考えるとこれが楽なんだよ。
ミリィは俺の背中から右側に回って上着のポケットに入り込んでた。
こっそり椅子を分解し、薄暗い明かりの光球を浮かせたまま移動を開始した。
そこからさらに3フロア分、なんとか階段を見つけて上がったが、それ以上は砂と瓦礫で埋まっていたので、もう仕方なく斜めにトンネルを作りながら進む事にした。
リンちゃんから借りた杖を使いたかったが、この王女さんを抱っこしてる状態なので杖なしで頑張った。
やっぱり地上付近は魔法の使いづらさが酷い。やれなくはないんだけどね。
そして斜めに200mほどトンネルを作って地上に出ることができた。砂嵐のすぐ外側だった。日が沈みかけていたが、今まで薄暗い地下にいたのですごくまぶしく感じた。
一応フタを作って目印に柱を立て、いつもの飛行魔法で上空に飛び上がってから、索敵魔法を使い、位置を確認。魔砂漠を迂回するようなコースで魔導師の家まで飛んだ。
空中に飛び上がったとき、王女さん、ああそうそう、移動中に名前を尋ねたら『メイリルと申します、メイとお呼び下さい…』と一瞬だけ腕を緩めて俺を至近距離で見て前半を言い、後半はもう俺の肩口に顔をくっつけてもごもごと言っていた。
そこで喋られるとこそばいんだけどなぁ、と、意識を逸らすように考えながら『わかりました、メイリルさん』と、後半を聞こえなかった事にした。
魔導師の家は出た時と変わらずドゥーンさんの結界が張られていたが、入ったときと同じように同調してくぐりぬけ、正面玄関から入ると、ドゥーンさんが食卓のところで本を読んでいた。
- ただいま戻りました。
「ほっほ、無事じゃったか。アーレナを呼ぶでの。座って待つがいい」
そう言って奥の廊下へと歩いて行った。
- メイリルさん、座ったほうがいいですか?、それとも横になったほうがいいですか?
「大丈夫です、座れます」
それにひとつ頷いてから、背もたれを大きめにした椅子を作って座らせた。
水道のところで手を洗い、棚から茶葉を出して器を用意し、ささっと適温を作ってお茶を淹れると、奥からドゥーンさんたち3人が入って来た。
「おかえり。おや?、その娘は何だい?」
アーレナさんはメイリルさんを見るなり足を止めて尋ねた。
- 帰りにちょっと迷いまして、それでこの子が入っているカプセルを見つけたんです。
「カプセル…?、あ、あー!、アンタあんな所まで行ったのかい!?」
何か思い当たることでもあったかのような言い方だ。
- あんな所?、ですか。
「そうさね、魔砂漠の南、大昔の医療施設があった所さ。アタシがその子を見つけて、怪我して意識を失っとったんで一時治療用カプセルに入れたのさ」
なるほど、アーレナさんだったのか。
- そうだったんですか。
「儂ゃ聞いとらんぞ?、そんな話」
「あん時はそこの地下に転移してきたトカゲを退治しなくちゃいけなかったからね、忙しかったんだよ!」
「ふむ…、つまり忘れとったっちゅう訳じゃな?」
「そうとも言うね」
忘れんなよ…。
トカゲ退治って、もしかしてあの地下の寄せ集めっぽい装置の近くに散らばってた骨のことか?、もしそうならかなり昔じゃないか?
- あのー、それって一体いつの話ですか?
「あー、いつじゃったかいのぅ?」
「忘れちまったね、そんな昔の話」
「拠点に戻れば記録があるんじゃがな、ちとここではわからんのぅ」
そんな昔かよ…、んじゃメイリルさんは一体いつの人なんだ。
- 僕がそのカプセルのところに行ったとき、表示が赤くなって点滅してたんですが、何か心当たりありませんか?
「わからないねぇ」
「ん?、アーレナよ、お前さん治療用カプセルに入れたっちゅうたのぅ?」
「ああ」
「治療用ならそこの娘さんがもつはずが無いんじゃが、冬眠用のほうに入れ間違えたんじゃないかの?」
「アタシゃ専門外だからね、区別なんざつかないよ」
「…しかしそのおかげで助かったとも言えるのぅ、ほっほ」
ほっほじゃねぇよ。いい加減だなぁ全く。
メイリルさんはかなりショックを受けたようで、憮然としてしまった。(※)
今にも椅子から落ちそうなので横に行って支えた。
- メイリルさん、大丈夫ですか?、メイリルさん?
「……はい…、私、忘れられていたのですね…」
「嬢ちゃん、済まんかったの。謝って済むような事では無いがの、儂らもできる限りの事はするでの」
「本当にごめんよ、しかしよく生き永らえてくれたもんさね」
言わないけど、死にかけだったよね。
あのカプセル装置がどういう仕組みで冬眠状態にしていたかわからないけど、あのまま冬眠状態が解除されてただけだったらそのまま死んでいてもおかしくなかった。
「助けて頂いた事にお礼を言えばいいのか、少し混乱しています…、すみません」
そりゃ混乱するよなぁ、リアル浦島太郎じゃん。
何年前とかの情報もなく、昔としか言われてないし。
少し温かいスープでも飲ませて、横になってもらおう。
ポーチから手鍋サイズの海藻と魚のつくねスープを取り出して、カップに少しだけ注いで手渡した。
- 少しだけこれを、飲めますか?
「あ、いい香りがします。ありがとうございます、頂きます」
少しずつ味わうように飲むメイリルさん。
ほんとに少ししか入れてないので、カップが土魔法で作った物というのもあって、飲みやすい温度に下がっていたようだ。すぐに飲み終えた。
それでいろいろと思ったのだろう、目に涙がじわーっと浮かんできた。
- さ、少し横になって下さい。今は何も考えずに、体を休めることに専念しましょう。
と言ってさっと抱き上げて、ハツのお師匠さんの部屋へ行った。
メイリルさんをそっと下ろし、ベッドに柔らかい結界を置いてポーチから出した布を敷いてから彼女を誘導して寝かせ、もう1枚布を出してかけてあげた。
「お気遣い、ありがとう、ございます…」
それを言うのが精一杯なんだろう、目から涙が溢れた。かけた布を引き寄せて顔を隠し、静かに泣いているのに何と声をかければいいのかわからない俺は、ポーチから出したタオルを枕元に置き、そっと部屋をでた。
次話3-017は2019年11月15日(金)の予定です。
(作者注釈)
>> メイリルさんはかなりショックを受けたようで、憮然としてしまった。(※)
『憮然』というのは、心がどこかに行ってしまった、気が抜けてしまったような状態のことです。何故か誤用のほうを多く見かけるようになっていますが、ここでは本来の意味で使っています。
憮然の『憮』は、立心偏に『無』という字です。立心偏というのは心という字を立てたものですので、心が無の状態を表しています。
作者的には、
・唖然=口を「あ」の形で開けてあっけに取られている様子。目はその対象を見ている。
・呆然=口を「お」の形で呆けている様子。目は対象を見ているか、どこにも焦点があってないかのいずれか。
・憮然=口を閉じたまま、目も焦点が合ってない、まるで目を開けたまま気を失っているかのような状態。
という解釈で使うようにしています。
20191108:脱字訂正。 悩むぐらい体型 ⇒ 悩むぐらいの体型
あとがきに少し追加。
衍字訂正。 染めてしてから ⇒ 染めてから
20191206:あとがきの一部を修正。
20200131:方角を訂正。 北 ⇒ 南
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
なんと現状では両性だった可愛い子。
特訓&肉体変化中。
お師匠さん:
ハツの師匠。故人。
彼の部屋をタケルが勝手に使うのはハツが認めている。
でもタケルはそこで眠ったことがない。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
タケルのポケットがお気に入り。
居心地がいいのか、たぶん眠ってる。
ウィノアさん:
水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。
水の精霊アクアとはこの存在のこと。
分体が宿るアクセサリに変化する球体は、
ハツのお師匠さんの部屋で放置されている。
イアルタン教の経典に出てくる伝説のアクセサリなのにね。
アリシアさん:
光の精霊の長。最古の精霊のひとりらしい。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
出番待ち。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
割といい加減な性格。
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
助けた娘のことを忘れるし、カプセルを間違えるし…。
メイリルさんをすっぽんぽんにしたのはこの人。
メイリルさん:
とりあえず昔の王女だってことはわかった。