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3ー014 ~ センサー

 一方、タケルを見送った3人は彼が飛び立つ寸前、その魔力量と操作を見て驚くどころではなく、すぐにやってくると予想された衝撃と突風に大急ぎで対処した。


 いち早く反応したのはドゥーンで、『む』と小さく(うな)ってもこもこだがオーバーオールのような形状をしている服の下にさっと手を突っ込み、おそらくは結界制御のためだろうか、装着している魔道具を操作した。


 ほんの一瞬遅れてアーレナが2人の間にいるハツを引き寄せ、かばうように抱きしめた。と同時にガガッと彼女の周囲で音がした。


 そしてヒュバッともズバッとも形容しづらい音を立ててタケルが一瞬で、まるで瞬間移動したかのように消えた。彼の移動した方向はドゥーンだけが見上げており、防砂林であるハツの木々がざざーっと揺れたのを見てから眉をひそめて『んん?』と小さく声を発した。


 「間に合ったんだね、全く、何て子だい!?、無茶苦茶じゃないか!」


 どうやらアーレナは、ドゥーンがタケルの無茶苦茶な――と彼女が思っている――魔法行使の影響を抑える事に成功したのだと思ったようだ。


 「いや、それがの、」

 「んー!、んー!」


 憤慨ついでにハツを抱きしめる腕に力が入ったのだろう、ハツが苦しそうにアーレナのみぞおちあたりから声を上げた。アーレナが急いでハツを解放し、大きく息を吸ってから背中を丸めて息を吐き、あとは小さく息をするハツの背中を(いた)わるように撫でた。


 「ふはー、はー」

 「あらごめんよ、あの子がとんでもない魔法ですっ飛ぼうとするもんだから、アンタが飛ばされないようにかばったつもりだったんだよ」

 「え?」


 急に抱きしめられた理由を聞いて背を起こして顔を上げたハツ、その二の腕を軽く支え持つアーレナ。そこにドゥーンが言いそびれていた続きを話した。


 「いや、それがの、実は間に合わなかったんじゃ」

 「何だって!?、そいじゃあの子はアタシらの結界を突き抜けてったってのかい!?」

 「そうじゃの」

 「それにしては衝撃も何も無かったじゃないかぃ、あんな非常識な加速を目の前でやった割には突風も吹かなかったし、やっぱり対処が間に合ったんじゃないのかい?」


 アーレナはタケルが飛び立ったと思われる方向へと視線をやり、そしてタケルが飛び立つ前に居た場所へと視線を戻してから、またドゥーンを見て言った。


 「儂が結界を解除した時にはもう彼は結界範囲を抜けておっての、突き抜けたってのはちと正確じゃないが、むしろすり抜けたと言ったほうが正しかろうのぅ」

 「アタシらの、この大地の精霊が張った結界をかい?、そんなバカな話があるかい!」


 魔道具の補助があるとは言え、大地の精霊が張った結界という事には違いは無いにせよ、それこそ正確に言うならアーレナたちのでは無く、ドゥーンが張った結界を、だろう。


 「思えば彼がこの家に入った時、結界があったはずなんじゃが全く反応が無かったのも今と同じようにすり抜けたと考えれば納得が行く。魔力操作が器用じゃとは思うとったが、いやはや何とも恐ろしい事をするもんじゃわい、ほっほ」

 「笑い事じゃないよ全く、それじゃあの子には結界魔法や障壁が意味をなさないという事じゃないか、そんなの聞いたこと無いよ!?」


 呆れたような納得が行かないような様子のアーレナ。語調は彼女の癖のようなものだろう。目の前にいるハツは視線を2人の間を行ったり来たり彷徨(さまよ)わせながら、アーレナが大きめの声を出すたび小さくびくびくと恐縮していたが。


 「しかし現にそうとしか考えられんのじゃから仕方がなかろう?」

 「じゃああんなバカげた加速で移動したってのに突風が起きなかったのは何なんだい?、アンタが対処したからじゃ無いならあの子がやったってのかい?」


 目の前というか目線の下でびくびくしているハツに気付いたのか、いくらか語調を柔らかくしたアーレナがまだ掴んだままだったハツの腕を引き寄せ、頭を撫でた。


 「それがの、よく判らんかった」

 「は?、ドゥーンともあろう者がかい?」

 「ああ。あちらの、」

 とタケルが飛んで行った方向を指差し、

 「木々は確かに突風による影響を受けておった。じゃがここには全く影響がなかったんじゃ、一体何をどうすればあの一瞬でそんな事になるのか、一体いくつの魔法を同時に行使したのか儂にもよく判らんかったんじゃ」






 タケルはこの場所にドゥーンたちが張った結界があることを中に入る前に当然ながら気付いていて、それが彼ら精霊を魔塵(まじん)から護るためのものであると2人との会話で理解していた。

 入るときに同調して抜けてきたのはもちろんだが、飛び立つ時にしたことは魔塵(まじん)を散らしたりしないようにドゥーンが張った結界と同じものをいつもの飛行魔法で囲う結界に使い、さらにチューブ状にして外側と接続し、その中を加速して飛んで行ったのだ。

 飛び立った直後にそれらチューブ状の結界を解除したと同じタイミングで、ドゥーンが結界を解除して張りなおしたため、それにドゥーンが気付かなかったというわけだ。


 そういった意味ではドゥーンの分析は半分と少し正解という事になるだろうか。


 精霊たちが行使する結界魔法は基本的には構造が同じものであり、光の精霊であるリンから教わった、いや模倣したというのが正しいだろうタケルにとっては同調しやすいものなのだ。

 そして結界魔法や障壁魔法というのは、そこに触れる異物を術者に伝える術式が含まれている。同調したタケルの結界魔法は異物とは判断されないのである。


 もし、精霊たちが編んだ結界魔法に、形状変化や魔力追加を通知するものが含まれていたなら、タケルが同調して接続したことも術者に通知されるだろう。

 しかし、術者本人またはそれを発動した魔道具は結界または障壁に魔力を供給しているし損傷があれば修復をする。当人はそれを既に認識しているからそれを行うので、行使している時点では確認のためのフィードバックが行われるが、維持している間は異物に反応する術式があるのだから、そんな情報を常に通知する必要がない。

 消費を抑える意味もあってそうしているのだが、タケルはそれを逆手に取っているとも言える。


 そもそも同調しているのだから術者当人がやっているようなものと言えるので、まさか他者がそんな器用なことをするとは考えていなかったからだ。

 もちろん、タケルがそう言った変形操作をするときには変形操作のフィードバック情報は全てタケルのほうに向かうので、元の術者側が気付かないわけだが。


 それ(ゆえ)、ドゥーンにはタケルが行使した飛行魔法の結界操作部分は自身が行使している結界魔法に紛れて気付く事ができず、飛行加速部分のみ気付き、さらに操作し始めた結界魔法にも紛れてしまったので『判らん』という事になっていたのだった。


 余談だがアーレナのほうは飛行魔法の結界操作に気付いたが、加速自体の影響のほうに気が向いてしまい、ハツを保護するためにそこから先はよく見ていなかった。

 なのでドゥーンが想定したのはタケル自身が加速しようとした魔法による影響で、アーレナが想定したのはタケルを包むチューブ部分も含めての飛行結界が加速しようとした事による影響、と、実は2人がそれぞれ想定した規模には差異がある。






 「そうかい、何にせよあんなバカげた加速を目の前でやられて、何も影響が無かったのなら良かったさね。アタシゃ驚くよりどうなっちまうのかとアンカー撃っちまったよ」

 「結界のほうは儂が担当じゃが、それはちと大げさじゃないかの?」


 ドゥーンはアーレナの近くの地面に開いた複数の小さな穴を見ながら呆れたように言った。


 「大げさなもんかね、だいたい『判らんかった』なんて言っておいて何だねその呆れたような目は!、アタシのほうが呆れたよ?」

 「ほっほ、しかしタケルとやらも大したもんじゃのう」

 「何がだい!?」

 「儂ら大地の精霊をこんなに動揺させたんじゃからの」


 ドゥーンはアーレナの剣幕なんて慣れ切っているのか、柳に風のように流してにやりと微笑んだ。


 「全くだよ、だったらいっそのこと魔砂漠(まさばく)の問題を解決してくれればいいさね」

 「そうなったらそうなったで、儂ら大地のどころじゃなく光のも水のもじゃが、彼に頭が上がらんのぅ」

 「アンタ、まさか本気でそう考えてるんじゃないだろうね?、アタシゃ少なくとも外縁近くのエネルギー発生装置を何とかしてきてくれれば御の字ぐらいは思ってるがね、何も問題全部をあの子に何とかしてもらおうとまでは考えちゃいないよ?」

 「ふむ、儂はもしかしたらと思うておるよ」

 「本気かい?、そんなの精霊の面目丸潰れじゃないかぃ…」

 「じゃから彼が戻ってくるのをここで待つと言うたじゃろう」

 「それを言ったのはアタシだよ?」

 「そうじゃったかいの?」

 「はぁ、全くこの爺さんは…、とにかく中に入ろうじゃないか、この子に魔法の手ほどきをしなくちゃいけないからね。そうだ、裏手の小屋まで結界に含めとくれ」

 「ん?、一応そこまで範囲に入れておるよ」

 「ならいいさね。さ、アンタ、ハツってったっけね、今日からビシビシ鍛えるからね!」


 軽くではあるが肩の後ろをぺちっと叩かれたハツは姿勢を正して返事をした。


 「は、はい!」

 「よし、いい返事だね、今日からアタシがアンタの師匠だよ」

 「え?、あ、あの…、」

 「何だい、はっきりしないねぇ」

 「この子の師匠は既にいたからじゃないかの?」

 「ああ、そういう事かい。別に師匠なんざ何人いたっていいんだよ、師匠と呼ぶのがイヤなら先生でも何でもいいさね」


 ハツもそう愚かではない。タケルが居た間は全部は理解していなかったにせよ、だいたい何を話していたかについてはわかっていた。しかし理解はできても話にでてきていた『精霊』という単語がどうにも現実とは思えなくて心が理解するのを拒否していた。


 でもその精霊が魔法を教えてくれるという。師匠と弟子のような関係になるわけだ。ハツにとって『師匠』というのは親代わりだったローと呼ばれていた人物の代名詞だ。直接聞いたわけではないが本名がローバイツ=ディー=トリントスだということ、トリントス家は彼が最後の一人だということも手記を読んで知っていた。

 とにかくハツにとって『師匠』というのはものすごく身近な存在となるのだ。


 それで急に現実感が生じてきて、その『師匠』が遺してくれた書籍にあった『精霊』という存在についての記述を思い出した。

 曰く、伝説の存在。宗派によっては崇める対象。(あまね)く人々に愛を与える神。世界を導き安寧を(もたら)す崇高な存在。等々。

 書籍によって表現は様々だが、童話のような物語にも登場し、それは超越存在として描かれていたりする、それはもう(おそ)れ多いとしか言えないようなものばかりだ。


 そんな存在がさも普通の人種(ひとしゅ)――タケルと同じように獣の耳や尻尾は無いが――と同じように話をし、自分を抱きしめ、頭を撫で、肩を叩く現実。


 言ってみりゃタケルが彼らと普通に会話しているせいで、『精霊』という言葉に現実味が無かった、とも言えるが、タケルが居なくなってここまでのことを今、ここに来てようやく思い出して実感し始めたところだ。ほぼタケルのせいということでもある。

 

 もう膝は立っているのがやっとで気が遠くなりかけていたが、さきほどアーレナから肩をぺしっと叩かれて少し気力が戻ったのだ。


 「でもその、お2人は精霊さま、なんですよね?」

 「そうだよ」

 「そうじゃな、世界に5人しか居らん、大地を司る精霊じゃよ」

 「お師匠(っしょ)さんの本ではそこまでは…、でもどの本でも精霊さまは伝説の、崇高な存在だと…」


 たいていは光の精霊や水の精霊についてであり、片や金色に光り輝き、片や水そのものが象ったかのように純粋(ピュア)で、いずれも後に英雄や王様となる登場人物を教え導く尊ぶべき存在として描かれていたのだ。


 もし、ハツの前に最初に現れたのが水の精霊ウィノアであったり、タケルの前へ最初に登場したときのアリシアのように光り輝いていたりすれば、『精霊』という予備知識からすぐに(ひざまづ)いて居ただろう。

 しかし言っては何だが、大地の精霊は書籍には登場せず、その格好は彼らの仕事着…、いやむしろ戦闘服とでもいうべきだろう、毛むくじゃらのお化けのような格好だ。


 さらに言うとその前に遠くから月明かりの下ではあるが海藻まみれのお化けを目撃しているハツにしてみれば、そんなお化けが精霊だなんて認めたくはないと思っても不思議ではないのだ。


 「そうじゃな、たいていの人種(ひとしゅ)は儂らを崇めているようじゃな」


 補足すると、タケルたち『勇者の宿』がある大陸――くどいようだが住人たちはそう思っているが、実際は島国レベルの大きさ――に住む人種(ひとしゅ)は水の精霊アクアを崇めるイアルタン教が多数を占めているが、この大陸――こちらは本当に大陸レベル――では大地の精霊エーラとして一部の宗教では崇められている。

 残念ながらその書籍は宗教の違いからハツの師匠ローのところには無かったが。

 なので、ドゥーンのいう『たいていの人種(ひとしゅ)』という言葉はあくまでドゥーンの過去の活動範囲による主観的なものだ。そこにはもちろん、ミリィたち有翅族(ゆうしぞく)も含まれている。ミリィは崇拝対象が目の前に居るのだという事が頭の中で結びついていないようだが。


 「そ、そんな方々に、こんな普通に話しちゃって、話していいのかなって…」


 そこまで言い切ってついにハツの膝から力が抜けた。

 アーレナが急いで腕を持って支える。


 「何だい!、男の()だろ!、しっかりおし!」


 アーレナの言葉は文字で書けばこうなるだろう。しかし精霊の言葉には魔力が乗っており意味が正しく伝わるのでドゥーンにはばっちり理解(わか)ってしまった。

 たぶん理解したくは無かっただろうが。


 「んんっ(ゴホッ)、何じゃそんな事を気にしておったのか。別に儂らは気にせんよ、普通に話すとええ」

 「そうだよ、宗教がどうのと言われてもね、アタシらが頼んだわけじゃ無いさね。そりゃ下に置かない態度で扱われるのは悪い気はしないよ、侮られ蔑まれるよりはいいさ、でもどっちにせよ限度ってもんがあるのさ」

 「それにの、お前さんは『火混じり』だと言ったじゃろう?、さっきも説明したがそれは火の精霊の欠片を取り込んだ者の事じゃ。言ってみりゃお前さんは儂らの仲間みたいなもんじゃよ」


 その優しい表情で言われた言葉で、少し力が戻ってきたのか、アーレナに支えられながらもだんだんと足に力が戻ってきたようだ。


 「そうじゃなかったら面倒見るなんて言うもんかい」


 言葉は冷たいように聞こえるが(つぶや)くように言った言葉が、自分のことを親身になってくれているようにハツには感じられた。


 「あの…、師匠、よろしくお願いします」

 「…ああ、精々頑張りな」


 それが少し嬉しくて、素直に『師匠』と言えたハツ。でも互いの距離が近いのもあってまだ少し照れが入ったようだ。

 アーレナには、そのハツのほんのり頬を染めた表情も相俟(あいま)って、隙を突かれたような格好になったせいでほんの一瞬だけ動きを止める効果があったようだ。

 わかり易く言うと、心にキュンと来てしまったわけだ。

 それでわざと突き放すような言葉にしたが、その表情は(いつく)しむような笑顔だった。


 「お前さん、(わか)っておるじゃろうが、」

 「ああ、ちゃんと解ってるさね、さっきのは、まぁ、その、ちょっとした言葉のアヤだよ!」


 そこに見透かすようにドゥーンが言ったものだから、こうしてさらなる照れ隠しを重ねることになった。


 「だったらええ。それはそうと彼が出掛けにあれこれ用意しておったが、何か口にすれば少しは落ち着くんじゃないかの?」

 「ハツ、アンタお腹空いてんのかい?」

 「え?、あ、えっと、少し…」


 突然そう言われて、戸惑いながらハツはこう言ったが…。


 「ドゥーン…、こんな子に気を遣わせてるじゃないか…」


 ハツの気遣いだと勘違いされたようだ。


 「いや、あの小さいのがあまりにも美味(うま)そうに食べておったのでの、そういえばその小さいのはどこじゃ?」

 「はぁ…全く…。中じゃないのかい?、とにかく入ればわかるさね」


 わざとらしくきょろきょろするドゥーンに小さくため息をつくと、すたすたとハツの腕を引っ張って家の中に入った。






 中に入ったがミリィは居なかった。と言うかアーレナがポケットから手帳サイズの装置を出して確認したのでそこらに隠れていたりもしていないのは確かだった。


 「居らんようじゃな」

 「あ、外に出るとき一緒に出たような…」

 「まさかあの子に付いてったんじゃないだろうね!?」

 「そのまさかじゃろうな」

 「あんな危険な所に付いてってどうすんだい!?」

 「そりゃ儂も心配じゃが、彼がついておるんじゃし大丈夫じゃろう、どこ行くんじゃ?」


 背中に引っ掛けていたフードを被り、どこから出したのか長い手袋を着けながら入り口へと向かうアーレナ。それで全身もっさもさだ。

 わかっているが一応確認するようにそれへと問いかけるドゥーン。


 「決まってるさね!、急いで連れ戻しに行くんだよ!}

 「あの速度じゃもう儂らが入り口に着いた頃にはとっくに奥に入り込んどるよ。連れ戻しに行ける所には居らんじゃろうて、待つしかないのぅ」


 ちゃっかりテーブルに座り、丸めて紐で留めてテーブルの上に置いてあった羊皮紙っぽい地図をアーレナのほうに差し出しているドゥーン。

 ため息をつくように肩を落としてくるっと(きびす)を返してフードをがばっと後ろへと脱ぎ、そのドゥーンを見て不満そうな表情で近寄り受け取ったアーレナ。

 手袋はターンした瞬間に外してどこかへ収納したようで、素手になっていた。






 不満そうなのは、実はこの地図はタケルに貸すつもりで出したのに、タケルは自分で紙を用意してさっさと写してしまったのを思い出したからだ。

 自分のは余白のほうが大きく、持ち運ぶにも嵩張(かさば)るのだ。見るためにはいちいち両手で大きく広げなくてはならず、書き込むにも手間がかかる。

 ところがタケルのは手頃なサイズの紙で、板にクリップのようなバネ仕掛けで留める小道具まであり、片手で扱えるし書き込むにも楽そうだった。ちょっと羨ましかったのだ。


 そこは時代の差というものと、マッピングをするときに書いたものと写したものとの差というものであり、余白が多いのは別にアーレナが悪いわけではない。

 とは言えアーレナだって全てを踏破して地図にしたわけではなく、入手できた資料を足掛かりにして不足している部分を補いながら繋げて地図にしたのだが、それ故に一部見づらくなっている箇所もある。

 清書していないアーレナも良くないが、後出し的に効率よくまとめてしまったタケルも良くないだろう。その場では単純に丸写しをすべきだったのだ。


 普段からしょっちゅう地図を作成しているタケルは、地図の全体から脳内で整合性の合わない箇所を修正したり別紙にしたりして、ページ番号と行き先記号で繋げる方法をとった。

 そのあとでアーレナから説明を聞き、複数枚に及ぶ元の地図から、全体図を紙の上に起こし、さらには立体的な俯瞰(ふかん)図までを描いてしまった。言わば地図の索引や目次のようなものができたわけだ。


 そんなのを目の前であっさり作られてしまっては、貸すつもりで出して一通り説明をしてから『地図が無いと不便だろう、貸してやるから持って行きな』と格好良く言う計画が台無しだ。

 しかも逆にタケルがまとめた地図を欲しいと思ってしまった自分に気付き、不機嫌さの混じる複雑な心境になってしまい、さらにそれをドゥーンに察せられにやにやした笑みと視線を送られる始末。


 終わってからさっさと収納してしまえば良かったのだが、タケルがハツたちのために数日分の食料をここにある大きめの鍋に入れた後、説明する時にアーレナが地図を取り出したのを見て魔法の袋のような収納道具があると察したタケルが魚を大量に出して渡したり、外から干し終えたコンブをもってきてダシを取る方法を伝えたりしたためタイミングを逃してしまったのだ。






 アーレナは地図を収納するとドゥーンの向かいに座り、立ったまま様子を見ていたハツを見た。


 「何してんだい、食事にするんだよ」

 「え?、あ、はい」


 そう言われたハツはすすっと歩いて流しのところにある水を出す魔道具を操作して手を洗い、ちいさく『あ』と言って振り向いた。


 「あの、食事の前には手を洗うように言われているんですが…」


 ドゥーンとアーレナはお互い顔を見合わせると、そのまま無言で立ち上がってハツに(なら)って順番に手を洗った。






●○●○●○●






 縦穴の周囲には壁に柵のついた幅80cmほどの細い通路が輪になっており、非常灯だろうか、薄暗い照明が足元を照らすように点々と設置されていた。そのうちの大半が消えているのは寿命が尽きたのか、それともエネルギー節約のためにそうしているのかはわからないが。


 「ねぇねぇ」


 その通路に近づくとミリィが小声で話しかけてきた。

 ポケットから飛び出して俺の肩ぐらいの高さに浮き上がり、やや斜め上を指差した。


 「そこの天井からピーって音がするかな?」


 え?

 立ち止まって耳をすませてみたが、縦穴の下だろうか、時折聞こえてくる金属同士が当たる音と、かすかに聞こえてくる低音ノイズしか聞こえない。


- 縦穴からじゃなく天井?


 「うん、そこの穴に出る手前の天井かな、すごくうるさいかなー」


 逆光だし薄暗いのでわかりにくいが魔力感知を併用してよく見ると、ミリィが指差すあたりには確かに今まで時々天井にあったセンサーと同じものがついていた。


- ここまでにいくつか同じのがあったけど、そこからは音がしてなかったってこと?


 「うん」


 何てこった。いままで警戒していたセンサーは作動していなかったのか。

 ん?、ミリィの可聴範囲はよく分からないけど、俺からすると超音波がミリィには聞こえるってことなのか?、これ。

 あれが本当に超音波センサーなら、近づいたら反応してしまうし、何か投げて反応を試すなんてできないな。どうしようかなこれ。

 しかし何かと超音波に縁があるな。


- そっか、教えてくれてありがとう。


 「あたしも役に立つかな?」


- うんうん。次またあったら教えてくれると助かるよ。


 「ふっふーん♪、ついてきた甲斐があったかなー、頼るといいかなー♪」


 得意げに俺の回りを踊るような動きでくるっと一周、あ、そっちに近づいたら…

 と、俺がミリィに手を伸ばして一歩踏み出すと、いままで消えていた廊下の天井照明がぱっと点灯した。


- あ…。


 「あれ?、明るくなったかな?」


 もしかして、センサーに引っかかった?






次話3-015は2019年11月01日(金)の予定です。


20210710:わかりにくいので訂正。

 (訂正前)大きめの鍋に入れたり、地図を取り出すなどを見て魔法の袋をもっていると察したタケルが

 (訂正後)大きめの鍋に入れた後、説明する時にアーレナが地図を取り出したのを見て魔法の袋のような収納道具があると察したタケルが



●今回の登場人物・固有名詞


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。


 ハツ:

   なんと現状では両性だった可愛い子。

   このままだと良くないらしい。

   アーレナさんに弟子入りするようだ。


 お師匠(っしょ)さん:

   ハツの師匠。故人。

   やっと名前が本文に登場。でもそれほど重要な情報ではない。


 ミリィ:

   食欲種族、有翅族(ゆうしぞく)の娘。

   意外と役に立つことが判明。

   真珠の謎…はもういいかな…。


 ウィノアさん:

   水の精霊。ウィノア=アクア#$%&。

   水の精霊アクアとはこの存在(ひと)のこと。

   タケルが装備解除した分体は省魔力モード中。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。最古の精霊のひとりらしい。


 リンちゃん:

   光の精霊。アリシアの娘。

   最近ご無沙汰。


 ドゥーンさん:

   大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。

   そこそこいい加減な性格なのかも。


 アーレナさん:

   大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。

   ツンデレっぽいけどおばさんっぽい見かけだし需要無いよね。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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