3ー012 ~ 気まずい
エクイテスさんたちが立ったまま値段をどんどん吊り上げて行く話をし始めてしまい、だんだんと怖くなってきたので割り込んで値段を抑え目にしてもらった。
その代わりと言っては何だが、同じものを他所では売らない、作って売る場合はエクイテス商会を通すことになった。
だって金額があまり上がりすぎると、支払いに証書が混じるらしいんだよ。
そんなのもらっても困るし。
なので現状のエクイテス商会が困らない程度の金貨以下で支払ってもらえる範囲に留めてもらったという次第。
それにね、俺が日用品だと思ってるものを芸術品のように扱われてもむず痒いというか気まずいんだよ。
ガラス食器はともかく、石食器は使ってもらってなんぼ、って言うか、そのために頑丈で長持ちするように作ったんだし、模様だって乗せる料理の邪魔にならないさりげない感じにしたわけで…。まぁ模様は偶然なんだけども。
そんな事をあれこれ言って無理やりでも納得してもらったというのもある。
そうすると彼らとしては、価値が高いと思っているものを不当に安く入手したような気分になるようで、エクイテスさんからすれば恩人なのにと、彼らなりに気まずいんだそうだ。
気まずさのシーソー状態だな。
どこで釣り合いを取るかというところだ。
それと、今後の事もある。
商人側からすれば、俺にここで継続的に食器を生産してもらえればありがたいと考えるのも不思議ではないわけだが、俺はここに腰を落ち着けるつもりはない。
だから、元の世界で少し知っただけだが、焼き物の絵付けに使われるいくつか発色のいい物質の話をしておいた。
陶作師の息子であるノリタスさんは目を輝かせてメモを取っていた。
ひとつふたつは知っていたようだったが、その純度を上げれば発色が良くなったりするような工程については知らなかったようで、『実家で試してみます!』と意気揚々と帰って行った。
サンプルにガラス食器と石食器を持って行かなくていいのかなと思ったら、エクイテスさんが『下で受け取る手はずになっていますよ』と苦笑いして言った。また顔に出ていたのかな、俺。
シェルエさんは化粧品や石鹸が主力商品のようで、サンプル品を見せてもらった。
つい、『なるほど、海藻のうるおい成分ですか』なんて言ってしまって説明するはめになったが、ただ抽出しただけだと腐敗しやすいので注意しなくちゃいけないって念を押しておいた。
ちなみに海藻類は焼いて灰にして使うものだったらしい。それと貝殻も石鹸や化粧品の材料なんだそうだ。
そのへんあまり詳しくないし、肌に使うものに中途半端な事を言ったら大変な事になり兼ねないので、下手な事を言わないように注意しながら話を聞いた。
でも聞く限りでは石鹸や香水については結構進んでいるようで、そう言えばこの町も下水道があるみたいだし、町が臭くなかったなーと思った。
ケモ族のひとたちは嗅覚や聴覚が鋭い人が多いらしく、そういう面でも公衆衛生が発達しているのかも知れないね。
余談だけど『勇者の宿』の村や『東の森のダンジョン村』、それと『ツギの町』には下水道は無かった。便所はあったけどね。手動水洗だけどあれはたぶん便器を洗うだけ。
そういえば川小屋の便所はあれどうなってるんだろう?、普通に水洗便所だったので全く気にせずに使ってたけど…、まぁいいか。
そうやってしばらく話をして、その間にこちらがほしいって言ったロープや布類、それと調理道具を用意してくれていたようで、例の足音や扉の音がしない高級召使いのひとが来て、お金が詰まった箱と皮袋をエクイテスさんに渡しながら『ご用意が整いました』って伝えにきた。
そうそう、俺のポーチの事も少し話したよ。まぁ出処が光の精霊さんなのでそこは言えないという事で通したけども。
エクイテスさんが、『見せて頂いても?』と尋ねたので、ベルトを外してテーブルの上に置いたが、やはりというか何というか、持ち上げるどころか直接触れることすらできなかった。ベルト自体は持てたけど、引っ張ってもびくともしないようでそのうちテーブルがミシッと音をたて始めたので急いで持ち上げて腰に着けた。
「いやはや凄いものですなぁ、貴重な体験をしました、ありがとうございます」
汗をふきふきエクイテスさんはそんな事を言っていた。
俺としてはもう少しよく観察してみたかったんだけど、そんなヒマは無かった。
そういう一幕もあって、荷物が多くなっても大丈夫と思ったのか、食器類が安かったお礼も兼ねてなのか、荷下ろし場に案内されて用意されていた荷物を見たときには驚くよりも呆れた。
だって木箱のまま並べてあるんだよ?、案内されたとき気付かなくても仕方ないと思う。
「こちらでございます」
- はい、えーっと…、どれでしょう?
「こちらでございます」
と言われてもね、見えてるの木箱だけなんだけど。
「先生はご確認したいそうだ、開けて差し上げるんだ」
「はい」
そしてバールのようなものを持ったガタイのいい人たちが横の扉から出てきた。
正直ちょっとビビった。
そして木箱を開け始めたわけ。
中にはきれいに畳まれた衣類や布製品、ロープや調理道具が詰まっていたけどさ。
一応、エクイテスさんに確認してみた。
- えっと、まさかこれ全部じゃないですよね?
「全部ですが?」
- いくらなんでも多すぎですよ。
「まぁそう仰らずに」
- 調理道具こんなに要りませんよ?、僕が使う分だけでいいんですよ。
「予備ということでひとつ」
予備どんだけだよ。鍋の残機多すぎでしょ。何と戦うんだよ。
とりあえず鍋やらが入っている箱のところに歩いていき、ひと通り使う分だけを取り出して、使わない分はまた箱に入れ直した。
- では、調理道具はこれだけ頂きます。
「先生、それは…」
- だめですよ、こんなに使いませんって。それと、剣の鞘が欲しいとは言いましたけど、これ剣も入ってるじゃないですか、というかこれ何本あるんです?
「20本です。それは先生がお持ちの剣の大きさが分かりませんので…」
あ、そうか。剣って規格品だと思ってたよ。
そう言えばホーラード王国やハムラーデル王国とは違うんだった。
そりゃ剣のサイズも違うよな。
- あ、それもそうですね。すみません、では2本だけ頂きます。
「そんな、それではこちらが得をし過ぎてしまいます…」
- いいじゃないですか、皆さんで分ければ。
「それはもちろんですが、しかし…」
- ドロシーさんもエクイテスさんも、幸運だったと思って下さい。あ、ロープや布類はあればあるほど助かりますので、申し訳ありませんがご用意して頂いた分を頂戴しますね。
「はい、どうぞお持ち下さい」
あれこれ全部を減らして断るのも何だか悪い気もするからね。
他の箱の中身もざっと見たが、布類も何だか新品っぽくて、こんなにあってもなぁ、と思った。糸もヒモもロープもどっさりあったが、まぁこれはこれで便利だしOK。
衣類は言っておいたように普段着として使える簡素なものだった。よかった。
きらびやかな装飾がついてるのだったらどうしようって思ったよ。
あと、厚手の布や、タオル――あるんだな、パイル織りって言うんだっけ?、ループ状のやつ。それとループ部分をカットしてあるのもあった。高級品じゃないか?、これ――もあった、これは助かる。あと、毛皮もあった。こんな暑い土地では毛皮があっても使い道がないだろうけど。
「それでその、先生は何を?」
- ああこれですか、せっかくなのでロープで取っ手をつけているんですよ。
土魔法でくっつけてもいいんだけどね。これだけ皆さんから見られているとちょっとやりづらいので、木箱のふちに穴を開けてロープを通して結び、取っ手代わりにしているわけ。
この1mちょい四方の木箱のままだとポーチに突っ込めないんだから仕方が無い。
「はぁ、そうですか…」
- あ、こちらの木箱ごと頂いて良かったんでしょうか?
「はい、それは構いませんが…」
そのあと、『入るんですか?』というのが略されているんだろうね。
しかしこのポーチのそういう部分はいまだによくわからないんだよね。
魔法が複雑すぎて、見てもわからない。
前にリンちゃんに叱られたときに判別して何となく分かった部分は、空間を固有IDで繋げて保持するとかそういう部分であって、盗難対策だとか、出し入れの瞬間のこととかは分からないままなんだよ。
さっき調理器具や剣を入れた時にも見ていただろうに、木箱を取っ手から突っ込んで入れるときには「「おおお」」とどよめきが起こった。
「いやはや伝説にありましたが、まさか実在するとは…」
光の精霊さんはたいてい持ってますよ。たくさんありますよ。
人の手には渡っていないだけで。言わないけど。
- あまり言いふらさないで下さいね。良からぬ事を考えるひとが居るかも知れませんから。
「はい、それはもう。私どももそのような者から狙われたくはありませんから」
「商売上知りえた事を他所で言いふらしたりはしませんよ」
- なるほど、失礼しました。皆がそうやって口を噤んでいるなら、案外こういうのを持っている人はちょくちょく存在するかも知れませんよ?
「ははは、ご冗談を」
「そうですよ、そんなものがあちこちにあったら流通が一変しますよ」
そうだよね。まぁ冗談で済む間は平和なもんだ。
- あ、こちらの小箱は何ですか?
「ああ、それは、先生が興味を持たれていたご様子でしたので、カズバーとセンクをご用意したのです」
- カズバー?、とは?
「応接室の棚にありましたでしょう?、1から9までの数と6種類のマークのカードがカズバーです。センクはその隣にあった、9x9マスの対戦ゲームの事です」
へー、そういう名前だったのか。
- そうですか、ありがとうございます。でも僕はルールを知りませんよ?
「大丈夫でございますよ、その中に説明書を入れておりますので」
そういえばここの文字読めるのかな。言葉が同じだからたぶん読めるんじゃないかとは思うけど。
- なるほど、助かります。
まぁこれはありがたく頂いて行こう。
何かの役に立つかも知れないからね。
その箱の下には紙束も置かれていた。ヒモで縛ってあったのでこれはそのままポーチに入れた。
紙のサイズは端が多少揃っていなかったりもするが、質的にはわら半紙ぐらい、元の世界の紙よりは厚めで大きさはA4より少し大きいぐらいかな、そんな紙だった。
それでも充分役立つのでありがたい。
そんなこんなで日用品を必要分以上に入手できた。
帰りはわざわざぞろぞろと町の門のところまで送ってくれた。
一応、出入りには入町税というのを支払う必要があったらしいが、エクイテスさんが支払ってくれていたようだ。
護衛をつけてくれようとしたのを断り、町の外壁沿いに歩きながら索敵魔法を使っておく。
すると、魔導師の家に結界が張られているのを感知した。
え?、結界?、誰が…?
尾行されてる様子もなかったので、地面すれすれの低空飛行で急いで戻る事にした。
●○●○●○●
表玄関から入ると、茶色の毛でもっさもさのオーバーオールを着て、同じくもっさもさのフードかヘルメットか分からないけど後ろに脱いでいる爺さんとおばさんっぽい人が、青い顔をして涙目で座っているハツの両側からじろじろ見ている所だった。
- えーっと、もしかして大地の精霊さん?、ですか?、何してるんです?
声をかけると3人とミリィが一斉にこっちを見た。
ミリィはハツの斜め後ろでふわふわ浮いていたが。
「お兄さん…」
「おぉ?、お前さん儂らがわかるのか?」
「ドゥーン、アンタ結界張ったんじゃなかったのかい?」
「もちろん張っとるよ、アーレナも見とったじゃろうに」
ドゥーンさんとアーレナさんか。
何か2人でハツを挟んだまま話し始めたぞ。
「ならアレはどうやって入って来たんだい?」
「そう言えばそうじゃな。結界に触れたもんが居れば儂に伝わるはずじゃし…」
と言って2人ともこっちを見た。とりあえずは挨拶かな?
- 初めまして、ナカヤマ=タケルと言います、タケルとお呼び下さい。
「おお、儂はドゥーン=エーラ#$%&じゃ、こっちは」
「アーレナ=エーラ#$%&だよ」
「タケルとやら、お前さんが察したように儂らは大地の精霊じゃ。しかしどうしてひと目で儂らの事がわかったんじゃ?」
- 魔力感知で精霊さんだと判りますが、それよりもそのもさもさした服で判りました。
「なるほど、お前さん精霊の事をよく知っておるようじゃな、感心感心」
- それで、おふたりはどうしてここに?
「それがの、話すとちと長くなるんじゃが、」
「人探しだよ」
一瞬じゃん。
「じゃからそれを説明しようとしたんじゃよ」
「アンタの話は長いんだよ、これだから年寄りは」
「お前さんだって年は変わらんじゃろうが」
「アンタよりは若いよ」
- あの、人探しと仰いますと?
「まぁ、とりあえずは座らんかね?」
そう言いながら自分たちはテーブルに向かい合わせに、椅子の位置を動かして座った。
仕方なく俺も余っている辺のところにさくっと椅子を作って座った。
おや、魔法が使いやすいな。ああ、そのための結界か。
別にノドが乾いているわけじゃないが、何となく飲み物でもあったほうがいいかなと思って、ポーチからコップを4つと器とミリィ用のちいさな中ジョッキと、水筒を取り出して水を注いでそれぞれの前に置いた。
ミリィは回り込むように飛んできて俺の前に着地して器から水を中ジョッキで掬ってこくこく飲んだ。
「ふぅん、手際がいいねアンタ。やっぱりこの子だよ、ドゥーン」
「それを確かめるためにこれから説明をするんじゃろうが」
「ふん」
- それでその説明とは?
「数日前、他の大地の精霊経由で連絡が入ったんじゃ。
珍しい事もあるもんじゃなと応じたところ人を探して欲しいという。
何でも光のに頼まれたっちゅう話での、この大陸に居ることは間違いないらしく、相当な魔力量の持ち主じゃと言う事で、だったら儂らの仕事のついでに探査プローブを調べに回れば何かわかるやも知れんと調査日を繰り上げたんじゃ」
そっか、たぶんリンちゃんがミドさん経由でこの2人に依頼したってことだな。
「それで探査プローブを順に回っていたところ魔砂漠の周囲に設置した複数のプローブに魔力反応が記録されておっての、一体何が出てきよったのか戦々恐々としながらもその反応を追ったんじゃが、それ以外のプローブには何の反応もありはせんかったんじゃ」
「探査プローブは地中にあるからね、地面近くを移動したのならどれかに記録されるはずなんだよ」
「どのみち全てを順番に記録を調べて回り、維持管理をするのが儂らの仕事でもある。
それでここから東に十数kmほどのところにその痕跡があったんじゃ。
そしてようやくここを見つけたというわけじゃ」
- なるほど、わかりました。光の精霊さんが探している人物は、おそらく僕のことでしょうね。それと、魔砂漠から出てきたのも僕です。お騒がせしたようで済みません。
「そうかね。案外すぐに見つかって良かったのぅ」
「だからこの子だって言ったじゃないか」
「確認の段取りっちゅうもんがあるじゃろうが。それはそうとお前さん、魔砂漠から出てきたと言ったが、一体どうしてまたそんなところに居ったんじゃ?」
- それが僕にもよく分からないんですが、元いたところのダンジョン最下層で竜族たちと戦闘になりまして、竜族たちが大きな魔道具を囲んでいたんですが、それをうっかり壊されてしまいまして、
「何じゃと?、竜族たちと戦闘?」
「アンタよく無事だったね?」
- ええ、まぁ、それでその大きな魔道具が暴走しまして、ダンジョンが崩れ始めたので急いで壁を掘って掘って何とか地上へ脱出したところ、その魔砂漠の中だったんですよ。
「ふーむ、もしかすると…、いや、うーん、あり得ん話じゃないか…?」
「その大きな魔道具ってどんなシロモノだい?」
- えーっと、ああ、ミドさんのところにあった金属製の、高さ3m…は無かったかな、中心に8面体の水晶のようなものが支えられてたんですが、それと似ている気がします。
「ほう、お前さんミドに会うたんか」
「ふぅん、たぶんそれが空間を維持したり転移したりする魔道機械だよ」
「そうじゃな、今はもう失われた技術じゃが、なるほど竜族はそれを利用しておったんじゃな、道理で所在が掴めんわけじゃわい」
へー、あれってそういう機械なのか。それでダンジョンの奥にあるのか。
ん?、ダンジョンの維持に使ってるってことなのかな。それが壊されたから維持できなくなったとか、そういう理屈か?
そうするとダンジョンって、いくつか種類があるってことになるような…。
「それでお前さんは魔砂漠からどうやって出たんじゃ?、あそこじゃまともに魔法なんぞ使えんじゃろう?、ましてや生身で生き残れるような場所ではないはずじゃが?」
- そうですね、確かに魔法は使い難かったんですが、使えなくは無かったので何とかなりました。
「そういう問題じゃないはずなんじゃがのぅ」
「それであんな海辺までどうやって移動したんだい?」
- それはその、空を飛んで。こう。
と、手で放物線を描くようにした。
「は?…あの魔砂漠の中からかい?」
「何とまぁ…」
- あ、そうだ、脱出したとき疲れてたんで、砂嵐の中で小屋作って中で少し眠ったんですよ。それで出てきてウィノアさんに海辺で何とか連絡をとってもらったんですが、2・3日だと思っていたのが10日経っていたんですよ。何かご存知ありませんか?
「ああ、それはな、お前さんさっき魔砂漠の中では魔法が使い難かったと言っておったが、それが魔塵の作用なんじゃよ。そしてその魔塵をばら撒いておるのが、大昔ここが国じゃった頃にその地下にあった都市防衛システムなんじゃ」
「それがどんどん魔塵をばら撒き続けて手が付けられないから、アタシらとアリシアとで中央付近の時間の進みを遅らせてるのさ」
- そうだったんですか…。
それで3日ほどが10日に…、ちょっとした浦島太郎だな。あそこに竜宮城や乙姫様とかが居なくて良かった。
「あまり褒められた方法では無いんじゃがな…」
「10分の1でやっとなんとか抑えてるんだよ!?」
「わかっとるわかっとる。そうせんとあっという間に魔砂漠がこの大陸に広がってしまうんじゃからのう」
- それは大変ですね。
「お前さんこの辺りをうろちょろしとったんじゃから、魔塵がここいらにも散らばっておるのを知っとるじゃろ」
- はい、あ、抑える前に散った分が残っているってことですか。
「うむ。察しが良いの。じゃからこの大陸の北側はほとんどこんなじゃよ。お前さんのようにぽんぽん気軽に魔法を使うとる者は珍しい。そこの、」
と、ミリィを軽く目線と顎で示し、続けた。
「有翅族は行使する魔力が小さい故、ん?、有翅族が何でこんな所に居るんじゃ」
今頃気付いたのか?
「ミリィはタケルさんに付いてきたかなー」
「そうかの。いやそうじゃのぅて、有翅族はあの森からでられんはずなんじゃが…」
- 結界に穴があったんですよ。
「うん、それであたしがそこから落っこちちゃって、捕まってたんだけど死にそうになって、箱ごと外に捨てられるところだったかな」
「なんじゃと!」
おっと、誤解があるようなので訂正しなくちゃ。
- あ、そうじゃなくてですね、ミリィが事故で結界の穴から偶然落ちたのは本当なんです。結界の穴については境界線にはみ出した木がありまして、そのせいでした。その木はもう移植しましたので結界の穴は塞がっています。
「そうなの!、タケルさんがズゴーって引っこ抜いてズバーって持ってってシュルルってきれいになったかな!」
「ほ、ほう…?」
- 有翅族の長老さんにも確認してもらいましたので穴についてはもう大丈夫です。
「有翅族の村に行ったのか?、そんなに大きな穴じゃったのか?」
- あ、えっと穴についてはもう問題ありませんので、また後ほど。
「うむ」
- それで、偶然ミリィを見つけた町の人は、まぁ、例に漏れず都へ持って行って売ろうとは考えていたらしいですが、それまでは気を失ってぐったりしていたミリィに水を与えたり食事を摂らせようとはしたようなんですよ。
ミリィが何か言いたそうだったのでここでミリィを見て手のひらを向けて止めたら、何故かにっこり微笑んでこっちに飛んできたので手に乗せた。呼んだんじゃないんだけどな。
- でも彼らからすると言葉も通じませんし、一応、逃げられても困るので魔砂漠由来の小石を置いて、魔法を妨害していたそうです。
「それで魔法がすっごく使い難かったかな」
「なんちゅう酷い事を…」
「全く、知らないってのはろくなもんじゃないね!、有翅族は魔法ありきの種族なんだよ!、魔法が使えなかったら飲食ができなくなっちまう、3日持てばいいほうさね!」
なるほど、それで極度に衰弱してたのか。危ない所だったんだな。
助かってよかったな、という気持ちを込めてミリィをもう片方の手の指先で撫でたら、こっちを見上げて気持ち良さそうにしていた。
いつもこうなら可愛いんだがなぁ。
- まぁそれで保護したつもりが、一旦起きて動いていたのにそのうちぐったりして寝たままになってしまったので、ミリィを預けられたドロシーという娘さんは、自分が風土病に罹っていて先が短いと思っていたので、町の外に逃がしてあげようと、病気で弱った身体に無理をしてまで家人の目を盗んでこの近くまで来たんですよ。
「あたしを逃がそうとしてくれていたのね…」
座っていた手の親指を引き寄せて抱え、ぎゅっと抱きしめながら言い、何故かその指に頬をすりすり…、こそばくて気が散るんだが…、まぁ、我慢するか。
- うん、でもその無理で病気が悪化しまして、そのドロシーも死ぬところだったんですが、この近くだったのが幸いで、僕が見つけてふたりとも助かったという訳です。
「そうかい。いろいろ言いたい事はあるがね、まずひとつ、あの森が結界に護られているのは知ってるね?、有翅族はその外じゃ長くは生きられないよ。
理由は分かるね?、魔砂漠のせいだよ。悪いこたぁ言わないからあの森に返してやりな」
「そうじゃよ、それにこの地の人種たちに見つかったら捕まって見せ物にされ、すぐに弱って死んでしまうんじゃ。
しかしミリィとやら、お前さん一旦は森に帰ったんじゃろうに、何でまた出てきたんじゃ?」
そりゃ不思議に思うよなぁ、俺だって何で送って行ったはずのミリィがついてきたのかわけがわからないし。
「だからー、ミリィはタケルさんについてきたんだってば」
「あの森の外じゃ長く生きられんとしてもか?」
「タケルさんと一緒だったら大丈夫かなー?」
- あ、森の外、岩場の先の小島のところに有翅族のひとが5名ほど居ますよ。
「何じゃと!?」
「それってどのあたりだい?」
ポーチからミリィに説明したときに作った地図を出してテーブルに広げて見せた。
良かった、地図の範囲に入ってたみたいだ。
- ここですね。
「うーん、まぁここなら…、いや、危険ではあるか…」
- そこの人たち、50年ぐらい前からそこに住んでるみたいですよ。
「何じゃと!?」
「だったら大丈夫なんじゃないかい?」
「いや、うーん…、お前さんここについて何か知っておるかの?」
- 波が複雑で岩が邪魔だから人種の船は近寄れないって言ってましたね。
「ふむ、他には?」
- 海底に近づくと魔法がおかしくなるから魚が取りづらいとも。
「やはり魔塵は飛来しておるんじゃよ、それにしてはどうして50年も…?」
あー、魚や海藻を食べてるからじゃないかな。
- もしかしたら魚や海藻を食べているからではないでしょうか?
「ほう?、そのような話は聞いた事がないが?」
- そこのハツの師匠がここで長年研究していたんですよ。それでこの地の魚介類や海藻にはその魔塵を排出しやすくする効能があるのではないか、と。
「ふーむ、そうじゃったのか…、しかしその者らが危険な事には変わりはないのう。もし食生活が変わったら命に関わるんじゃぞ?」
「そりゃね、アンタが昔救った種族だから気にかけるのもわかるけどね、ちょっと過保護じゃないかい?」
「あのままじゃ滅びてしまうところじゃった、それを見過ごすのは忍びないと思うのが儂ら精霊じゃろう?」
「まぁそれは分かるけどね、今それをどうこう言うのは話がずれすぎじゃないかい?」
「う、そうじゃの、その者らのことは追々考えるとしよう」
- ところで魔塵の話ですが、お二方には影響なさそうですが…?
「儂らふたりは影響を受けにくくするための道具を持っておるが、儂ら精霊にとってはそれが無いと命に関わる。肉体を得た精霊ですらこうなんじゃ、お前さんが懇意にしとる水の者じゃとまともに動けんじゃろうな」
なるほど、それでウィノア分体もずっと省魔力モードなのか。本体と連絡するのも大変だって言ってたし。何となく労うつもりで服の上から首飾りをそっと撫でてみた。
いつもなら『あん♪』とか何とか反応しそうなもんだが、ピクリとも動かなかった。
- じゃあ光の精霊さんにもその道具があれば…。
「残念じゃが光の者と儂ら大地の者とは魔力的な意味で体の構造が異なるんじゃよ。じゃから同じ魔道具があったとしても使えん。故に光の者はここには来れん。もっとも、影響のない高度から時々監視しに来る者がおるようじゃがな」
- そうなんですか、上空に。
ヒマを見て挨拶に行こうかな。24時間居るわけじゃないなら居る時じゃないと会えないかな?
「お前さん、余程光の者らから大事にされとるようじゃの、ほっほ」
何となく天井を見上げていたらそんな風に言われてしまった。
- ええ、まぁ、そうですね、いろいろお世話になってます。
「アリシアの娘が大層心配しとったとミドの奴がわざわざそれを伝えるためだけに連絡してきたぐらいだからね!、あのミドがね!」
「それは珍しい事もあったもんじゃわい、あのミドがのぅ」
「本当さね。仕事以外ものぐさのあのミドがね!、はっはっは」
「ところでアーレナよ、儂はその話初耳なんじゃが」
「今思い出したんだよ!」
「ならしょうがないの」
- あの、ミドさんって結構よく喋ってたように思ったんですけど…。
「はっ?、あのミドがお喋りだって?、冗談をお言いでないよ!」
- あ、いえ、アリシアさんの娘さんのリンちゃんに紹介されてですね、お茶を飲みながら結構喋ったような…。
「ほぇー、そりゃまたアンタ相当気に入られたんだね、珍しい事」
「お茶を…?、じゃあお前さんミドの顔を見たんか…」
- え?、そりゃまぁ、はい。
だって脱がないとお茶飲めないじゃん。
「ほぇー…」
「ほー…」
アーレナさんとドゥーンさんはお互いに顔を見合わせてからまたこっちをみた。
●○●○●○●
それからしばらく、魔砂漠の由来について軽く話を聞いてから、ふと最初にこの家に戻った時のことを思い出した。
- ところで、最初にそのハツのところに迫っていたのは何だったんです?
「ああ、この子が『火混じり』だったんでの」
「『火混じり』は珍しいんだよ」
「この子の場合はこのままではちと拙い状態なんじゃよ」
- えっと、その『火混じり』とは?
「そこから説明しなければならんようじゃの」
どういう事かというと、まず『火混じり』というのは何らかの理由で火の精霊の欠片を取り込んだ生物のことらしい。
そのせいで身体の成長が遅くなっているが、拙いと言うのはそれではなく、性別が曖昧になってしまっていて、どっち付かずな状態は人種の身体としては不安定で良くないということだそうだ。
ホルモンバランス的なやつかな?
それで、ドゥーンさんの見たところでは女性に寄り始めているので、このまま寄せていけば安定するんだそうだ。
「え、ボク男ですよ…?」
これまでずっと黙っていたハツが、話が自分の事に及んだのでやっと発言した。
すごく不安そうだ。
「しかし穴があるじゃろ?」
穴て…w
「で、でも、つ、付いてますし…、(小声で)ちっちゃいけど…」
そして耳まで真っ赤だ。
俺もどうコメントしていいかわからん。
「うーん、しかし身体の内部ではもう発達し始めておるんじゃし…」
「な、内部?、って何が発達し始めてるんですか…?」
「子供を生むための器官がじゃよ」
「えぇぇ…?」
そう言えば前に治療でスキャンしたときに見た気がする。
傷ついていたわけじゃなかったし、デリケートな話だから気にしないようにしてたよ。当人も男だって言ってたしちっちゃいのが付いてたしさ。
「当人も男だって言ってるんだから男でいいんじゃないのかい?」
「この状態から男に寄せるほうが大変じゃぞ?、それにこんな見た目なんじゃから女がええと思うがの?」
「こんなに可愛い子が女の子のわけがないじゃないか!」
「「「え!?」」」
「え!?」
アーレナさん……。
次話3-013は2019年10月18日(金)の予定です。
20191202:助詞追加。 魔力反応記録 ⇒ 魔力反応が記録
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
タケルにすっかり懐いてしまった可愛い子。
そしてさらに絶賛困惑中。
どうなる!?、ハツ。
お師匠さん:
ハツの師匠。故人。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
真珠はほんとどこ行った?、そして魔塵は大丈夫なのか?、
ドロシー:
エクイテスの愛妾。元酒場の歌姫。
今回名前だけの登場。
エクイテス:
商人。エクイテス商会の経営者。
控えめで遠慮がちなタケルに商人的には気まずい状態。
シェルエ:
商人。ロンダー商会の現経営者人。
新しい商品の予感。
ノリタス:
リビスタス商会の商人。
こちらも試したい事が増えて胸がいっぱい。
ニールズ:
エクイテス商会で検品長をやっている人。
バールのようなものを持って出てきたのはこの人の部下たち。
アベイル:
ドロシーが囲われている家の執事。
奥さんがドロシーのお世話をしている。
名前は本文に出ていないが、高級召使いはこの人。
そして高級召使いはもう一人居たりするが、本文には関係ない。
カズバー:
1から9までで6種のマークがあるトランプもどき。
元は細長い木札だったのでこの名がついた。
センク:
9x9マスのチェスもどき。
魔道具バージョンもあるらしい。
港町セルミドア:
港町。
ウィノアさん:
水の精霊。
またもや名前だけの登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
リンちゃん:
光の精霊。アリシアの娘。
今回も名前だけ。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
悩める爺さん。
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
意外な性癖(?)が露呈?
火混じり:
説明は本文参照。