3ー010 ~ 新食感
ハニワ兵が持ち帰った荷物、まぁほとんどがコンブみたいな長い海藻なんだけど、それを軽く洗って少し斜めに作った台の上に並べて干すという作業をし始めて、これは結構重労働だなと感じた。
ハニワ兵を分解せずに手伝わせれば良かった、と悔やみかけたが、だったらまた作ればいいのだ。
作り置きのハニワ兵の胴体をポーチから取り出して4体作るとミリィが寄ってきて興味深そうに見ていた。
「へー、そうやって作るのかな?」
- 胴体は予め作っておいたんだよ。
「へー」
あまり興味無さそうだな、これは。
作った4体のうち1体はさっきのハニワ兵のコアだったっぽくて、他の3体より動きが洗練されていたが、そのうち他のハニワ兵たちも動きが良くなったところをみると、例のコアネットワークだっけ?、そんなので情報共有でもしたんだろうと思う。
複数作れば連携するって言ってたし、見てると時々微弱な魔力を発しているし、何だか指示出しているような動作をしていることもあるので、そういうもんなんだろう。
砂を落とすためのプールとコンブ干し台を作るときに、砂浜の砂をどっさり使ったら貝が結構いたので確保し、砂抜きのために細長い水槽を作ってそこに入れておいた。
そう言えばハツが、『貝とっちゃダメな時期』って言ってたけど、ハツに確認してダメだったら逃がせばいいか。
ミリィは海藻以外の珍しいアイテムに興味津々らしく、きらきら光る木の枝のような珊瑚や鉱石類をひとつもってきては『きれいかなー、こんなの見たの初めてかなー』って楽しそうに空中舞踊していた。
それでハニワ兵の作業を横目で見ながら、ミリィと分類してテーブルに並べて乾かしてからポーチに入れていったんだけど…。
ふと思ったんだが、コンブって、元の世界では並べて干して乾燥させてたのをテレビか何かで見覚えがあったから、つい普通に干しておいたけど、これでいいんだっけ?
水分を抜くだけなら魔法でささっとできるけど、それじゃダメなんだっけ?
まぁコンブって言ってるけど本当にこれが同じ生物っていうか海藻なのか知らないし、コンブのような海藻、ってだけなので、これで思ってるような風味のダシが取れるのかもやってみなくちゃわからないんだけどね。
横幅が40cmほどあるでっかい貝が3つもあって、そのうちひとつは中身があるようで開けられなかったんだけど、残り2つはどうやら入れ物代わりのようだった。
試しにひとつを開けてみたら、ざばっと中の海水が漏れ、残った半分には海水に浸かったいろいろな真珠がいっぱい入っていてびっくりした。ミリィは目を輝かせて『何これ!、何かな!?、すっごいきれいかな!』って俺の顔面近くまで来てちょっと鬱陶しかったのでひと粒つまんで渡してやったらそれ持って空中乱舞で飛び回ってた。
ハニワ兵はどうやってこんなに集めたんだろう?
残るひとつを開けてみたらまた同じように海水が漏れたが、丸い鱗がきれいに重なって並べて縫い付けられている布のようなものが折りたたまれて入っていた。
広げてみると帯?、かと思ったら輪になっているようだ。何だろうこれ?
青いのから黄色まで色ごとにそろえて斜めにグラデーションになっていてとてもきれいだ。前後が同じ模様になっていて対象になっているのと鱗の向きからして上下があるようだ。上下の端のところは一部鱗が縫い付けられていないが、かなり手間がかかっていると思われた。これは明らかに加工品だ。海底に沈んでたのか?、それにしては汚れていないし…、まぁ今考えてもわからん。
と、その下に平たいものがあった。羊皮紙じゃなさそうだけど小さな皮紙?、何の皮だろうかと手に取ると裏側に整然と見たことの無い文字のようなものが並んでいた。何だこりゃ。沈没船でもあったのかな?、それにしては新しい感じがする。
もちろん文字は読めないので、とりあえず置いておくしかないかとひと通り水洗いしてテーブルの上に並べて干しておいた。
するとハニワ兵の1体がやってきて、何か言いたそうにジェスチャーをし始めたんだが、もうそれを解読する気が起きないので止めさせて、それらの情報は他のハニワ兵に尋ねても大丈夫かと訊くと、一瞬考えるそぶりをしてまたジェスチャーを始めた。
わかったわかった、ってまた止めてから、個体識別ができるようにさっきの鱗飾りの帯布を渡したら、まるで駅伝のたすきのように装備した。え、それそうやって身に着けるものだったの?、と思ったが、何となく誇らしそうだったのでまぁいいかと作業に戻らせた。
適当な布か何かがあればスカーフのように目印になればいいかなって思ったんだけど、そういうの無いんだよね。それですぐ目の前のテーブルに置いて乾かしていたそれを、装備させてれば早く乾くかな、なんて思って渡したんだけど、作業の邪魔にならないのかな、あれ。
しかしこちらからは音声で命令したら通じるのはいいけど(※1)、ハニワ兵からこちらへの意思疎通がジェスチャーしかないのは不便だよな…。
前にもそう思って、一度文字を書かせてみたらすらすらと書いたので、さすがは光の精霊さん産の魔道具だと感心したが、書かれた文字は精霊語のようで、俺にはさっぱり読めなかった。
俺が精霊語を覚えるべきなのか?、いや、でもリンちゃんが俺には発音できないって言ってたよなぁ…。
「シモベがひとりだけきれいなの着けてるんだけど、何かな?」
空中乱舞に飽きたのかミリィが戻ってきて、羨ましそうな目で作業中のハニワ兵を指差して言った。『ああやってると早く乾くでしょ』って言うと納得したようだ。
「ねぇ、何だかべたべたするかな」
そりゃ海水がついたまま渡しちゃったからね。
- 水洗いする?
「うん。ついでに手も洗いたいかな」
ほいほい。
小さな器に水を出してやると、真珠を浸けて手洗いをした。タオルを出して差し出すと器用に拭いて『きれいになったかなー♪』って喜んでいた。
たくさんあるしひとつぐらいあげてもいいけど、それ、人間サイズに換算するとバレーボールぐらいの大きさだよね?、どうすんのそれ。持ち歩くのか?、穴あけて糸を通すにせよアクセサリにするにせよ、大きすぎて不便じゃないか?、と思ったけどご機嫌なところにわざわざ水を差すものでもないかと、好きにさせることにした。
真珠の入った貝のほうは、とりあえずこのままフタをして土魔法で取っ手のようなのを取り付けてポーチに保管した。
一瞬、エクイテス商会にいくつか売ってお金にすることも考えたが、食器類を売る分だけで当座の活動資金はできそうだし、出処のわからない宝飾品を、それもハニワ兵がもってきたものを売るのも何だかなぁと思ったので止めた。
そしてひと通り並べ終えたので、ハニワ兵に番をするように言い、ミリィと一緒に魔導師の家に行くことにした。
●○●○●○●
正面玄関から入ると、診療用ベッドで寝ていたハツがむくりと起きた。
- あれ?、そんなとこで寝てたの?
「おかえりなさい、うん、部屋で寝ちゃうと夜眠れなくなりそうだから…」
ベッドに腰掛けてぐーっと伸びをして言った。
- それもそうか。
しっかりしてるなぁと感心した。
だいたい一人暮らしで定職に就いている訳では無い場合、ずるずると不規則な生活になったりしがちだが…、そうか、それは元の世界での話か。
この世界だと、夜はお店もほとんど閉まっているし、街灯なんて無いから夜空の明かりだけが頼りみたいなもんだ。ハツのように食料を調達してきて生きているなら明るいうちに活動しないと夜は危険だものな。特にここは町の外だし。
武器を持たずに町の外をうろついてる奴は怪しいらしいし。
「うん、それでね、お師匠さんの荷物を整理してたら、こんなのが見つかったんだ。お兄さん風土病について気にしてたでしょ?」
- 風土病?
初耳なんだが…。
「えっと、お兄さんが治したあの女の人が罹ってたのが風土病なの。お師匠さんはノドじゃなかったけど同じ病気で…」
- ああ、そうだったんだ…。
言い辛そうにしたので重ねるように急いで返事をした。
つらい事思い出させちゃったのかな。
と、俺が少し顔色を変えたのを見たのか、すぐに首を横に振った。
「あ、ううん、お師匠さんの事はもう何年も前だからいいの。そうじゃなくてね、お師匠さんがずっと研究してて、何とか治せないかってずっと悩んでたのを知ってるから、でもお兄さんは病気のこと全然知らないのに魔法で治しちゃって、んー、いろいろ複雑な気分なの」
そういう事か。
治せないよりは治せたほうがいいに決まってる。現に助かった人がいるわけだからね。
でもずっと研究していた親代わりの人の苦労も見ていたなら、そりゃ複雑だろう。
- ドロシーさんの場合はたまたま分かりやすかっただけなんだけどね。
「うん、それでお師匠さんの記録がお兄さんの役に立てばいいなって」
なるほど、やっと繋がった気がする。
貴重な遺品だし、わざわざ気にして持ってきてくれたのか。
- ありがとう、読ませてもらうよ。
と言うと、嬉しそうに笑顔でベッド脇に置いていた台の上に積んであった、紐で閉じられた冊子の一番上のを俺に手渡した。
受け取って読み始めようと椅子に座ったところでテーブルの上に居たミリィが『ちょっと小腹が空いたかなー』と言った。
見ると、テーブルの上に座って胡坐をかき、その上に真珠を乗せて両手で支えていた。何だか仏像にありそうなポーズだな。
- 今朝作ったパイでいい?
ハツへのお土産に1枚余分に作ってあるんだよ。
「はーい♪」
同じメニューが続いても文句を言わないのはいいことだね。
お皿を作ってその上にポーチから出して、適当な大きさに切った。
飲み物も用意して並べておく。水だけどね。
- ハツも良かったら食べて。
「いいの?、ありがとう」
さて、ふたりが食べている間にちょっと読んでみよう。俺が読める文字だといいな…。
ハツから渡されたお師匠さんの手記は、この地に生息する貝や海草について、風土病に対する効能を調べた記録だった。
良かった、読める文字で。
しかし読み進めると内容はそれだけに限らず、日記のような形式になっていて、関係のない事も書かれているし診療した人の事も書かれている。そして末尾に記号が並んでいる。
ハツにその記号のことを尋ねると、それは別冊になっている冊子の記号だそうだ。
つまり、お師匠さんって人は、日々の記録をまずこれに記し、専門的なことは別冊にまとめて記録しているということか。すごいな。
つまりこの日記的な手記のほうはぱらぱらと風土病研究に関係のある箇所だけを見ればいいということだろう。
ぱらぱらと見ては次の冊子という風に見ていくと、薬品棚にハツがよく食べていた貝から作った薬があるらしく、成分らしきものの抽出に成功したとあった。
だが動物実験はしたが人を対象にした試験をしたわけではないようだ。
今となっては棚にあるその薬品は、もしかしたら経年変化してしまっているかも知れないので危なくて服用できないだろう。
ハツが用意してくれている冊子の一番日付の新しいものを見てみよう。
途中から文字の雰囲気がかわり、そして完全に別人の文字になった。おそらく病気が進行して手がうまく動かせなくなり、ハツが代筆するようになったのだろうか。
動物実験で良い結果のでた薬を、自分で服用したとあった。
だが、量的なものなのか、それとも彼の病気が進行しすぎていたのか、効果が無かったと書かれていた。おそらくはハツの字で。
そしてそのページは下のほうの文字がにじんだり、字が崩れて書き直したりした跡があった。
当時は2人で病気と闘っていたんだな…。
その次のページからは文体も変わり、まるでハツが喋っているような文体になっていた。それも2ページほどで記録が途絶えていた。
お師匠さんの心が折れたんだろうか。それともそれによって容態が急変してしまったのだろうか。
少し気分転換したくなったので、2人に言い、外で砂抜きをしている貝を見てくることにした。
砂浜に出ると、ハニワ兵が手招きしていたので何だろうと近寄ると、干しているコンブ――たぶんコンブじゃないけどもうコンブって呼ぶことにする――がほとんど乾いているけどどうすればいいのかを尋ねているようだった。
そういえば売ってるコンブって畳んであるよなぁ、あれってどうやってるんだろう?
乾いてから折り曲げるとべきっと折れそうだし、って別に畳む必要ないよなぁ、売るわけじゃないんだし、どうせポーチに収納して、使うときは切って使えばいいんだからさ。
というわけである程度乾いたら、ってもう今がその状態なので、裏返して続けて干してくれと指示をした。終わったら呼びに来いとも。
以前は命令したら頷くだけだったのが、何故か4体とも右手を胸に当ててお辞儀していた。何だ?、一体何があったらこうなるんだ?
どうせ考えてもわからないし、ハニワ兵に理由を尋ねようものならジェスチャークイズに突入するだろうから、命令は通じてるようなので考えないようにしよう、と、少し引き気味な気分で貝の水槽へと逃げるようにそそくさと移動した。
海水でひたひた状態にした水槽の貝。絶賛砂抜き中で元気よさそうなのを手に取り、魔力感知の目でよくみてみる。忙しいところ悪いね。
集中してじーっと魔力の流れを追うと、貝には病の原因である魔砂漠の成分である魔塵を取り込んで排出する部位があるようで、その部位にほんの僅かだが反応があった。
砂抜きをすると排出してしまうのか、いくつかの貝には同じ部位でも反応が残っていなかったが、貝自体の魔力反応はその部位に偏っているようだ。
いくつかの貝を観察してみると、その部位が生成する物質が魔塵にくっつく事で排出しやすい状態にしているのかも知れない。
排出された砂と水槽の水に、それらと同じ反応があった。
もしかして塵のように空気中に結構漂ってたりするのかな?、ヤバくね?、ここ。
と思って目を閉じて魔力感知に集中しながら微弱な魔力波を索敵魔法のときのように撃ってみた。
もし空気中にそんなに存在していたら魔砂漠の中のときみたいにジャミングされたような反応になるから、微弱な魔力だと影響を受けて波が乱れるのですぐにわかる。
すると、砂浜には微量に含まれているようだが、空気中には無いと言っていい程度の濃度のようだ。良かった。
じゃあ砂浜や海底にあるのはいつ飛来したものなんだろう?、という疑問が生じたけど、とりあえず置いておくとして、次はコンブを観察してみよう。
干されているコンブをじーっと見てみるが、魔塵の反応は全く無かった。海底から生えているのだから、取り込んでしまっていても不思議ではないのに、反応がないということは取り込まないか、排出機能が働いているという事だろうと思う。
ここまで見たところで戻って手記を見てみることにした。
歩きながら少し考えを整理してみる。
ハツの話では、お師匠さんは貝が苦手で、ほとんど食べなかったらしい。
ドロシーも貝や海藻が苦手だって言ってたっけ。
些か安直だけど、この地に生息する貝や海草、あ、もしかしたらサボテンもかな、そういった食材には風土病に対抗できる成分が含まれているのかも知れない。今日の観察によると、魔塵を排出しやすくする成分というべきか。
しかし、もしそうなら、どうして過去に風土病が広まったんだろう?
魔導師の家に着いたので中に入り、もっと古い手記はないかハツに尋ねると、『あるよ、持って来る。ちょっとまっててー』と早足で出て行った。
2冊の手記を持ってやってきたハツは、『こっちがね、お師匠さんが昔ここに来たときの分で、これがその続き。もっと古いのや都にいたときのもあるけど?』と尋ねた。
ちょっと小首を傾げて見上げるように上目遣いで、だよ。そして役立てることが嬉しいのか、微笑んでるしさ。もう何なんだよ、可愛すぎだろこいつ。
誘惑に耐えて平静を装い、とりあえず頭を撫でてごまかそう。
それにしても的確な資料を持ってくるとは、なかなかやるじゃないか。助手として優秀なんだなぁ、お師匠さんに鍛えられたのかな?
いや、まぁいい。
手記をぱらぱらと見ていくと、当時のことが書かれていた。
ほとんどは、無力な自分を鼓舞するための文章だったが、そこに紛れて、患者たちの生活がどうだったかがちらほら書かれていた。
町の外に追いやられ、食べるものもろくにないし、風土病によって体が蝕まれているのですぐに疲れる。狩りや漁などできる体力もない。
だから彼らは仕方なく、砂浜を掘って貝を採り、浜に流れ着く海藻やそこらに生えていた食べられる植物を食べていたらしい。
当時は町の砂漠側に少しだけ生えていたハツの木。
その実も、手間はかかるが食べられる部分を集めて食べていたそうだ。
確かに、あれは俺も魔法なしで集めるのはちょっとイヤだなぁ…。
手間もそうだけど、ヤニがね…。手についたら取れにくいんだこれがまた。
あ、そのハツヤニについても記述があった。
どうやら元の世界の松脂と同じような性質があるらしく、彼も薬剤用などの用途にと、ここで集めたものを利用していたようだ。
- ハツ、お師匠さんは樹液を採取してたんだね。今もやってるの?
「ううん、もうやってないの。貼り薬を買いに来る人のために必要だったんだけど、もう居ないし、モン爺の分は今までに集めた材料で足りてたし…」
- へー、ハツが作ってたの?
「うん、お師匠さんに教えてもらったから作れるよ、貼り薬は難しくないから。お師匠さんが寝込むようになってからは買いに来る人のためのお薬は全部ボクが作ってたんだよ」
そりゃすごいな。
ハツの話に適度に相槌を打ちながら手記をぱらぱらとめくり、風土病について書かれている場所を見つけた。
ページの余白に後で書かれただろう文字と傍線があり、なるほど彼もこの当時の手記を改めて読み返し、考察して注釈を加えていたのかと思わせた。
別冊になってる実験手記の名前が記されていたのでそれをハツに伝えて持ってきてもらい、受け取ってページをめくる。
素直にすごいと思った。俺は理系じゃないが、大学のときに書いたり手伝わされたりしたレポート、そんなのと比べるのが失礼だと思えるぐらい丁寧に、そしてわかりやすくまとめられていた。さっとかいつまんで読んだだけでこう思えるんだから素晴らしい。きっと都って場所ではさぞ高名な学者さんだったんだろうと思った。
結果的には臨床的な検証ができていないことや、何十度目かの成分抽出から動物実験の途中だったことが惜しまれる。最後は自分で服用したようだが…。
結果が全てだと言う人もいるし、それが間違いだとは思わない。
しかし途中のこういった多くの失敗において、記録し、考察を繰り返し、そしてまた推論を立てて実験に及ぶその姿勢は、まさに研究者の足跡であり、そこには学ぶべき多くの点があると思う。
ハツに尋ねたところ、実験に使われた動物は継続してハツも世話していたらしいが、寿命だったのかもう居ないんだそうだ。
「ボクはね、お師匠さんには効かなかったけど、動物たちには効いたんだと思ってるよ。だってボクがいつも食べてるものだし、だから風土病の予防や治療になっているっていうお師匠さんの考えは正しいって証明になってるもん」
- そうだね。僕もそう思うよ。
この場合はこう言うしかないだろ?
確実にどの程度食べれば、抽出した成分をどの程度摂取すれば、どれぐらい風土病の原因物質だと思われる魔塵が排出されるのか、分からないんだしさ。
病気の進行度合いによっては焼け石に水だったりするだろう。予防にしかならないかも知れない。データが少なすぎるんだよ。
現状では民間療法的に、予防のために貝や海藻を食べましょう、と言える程度なんだ。
「ほんと?、お兄さんも?」
- うん。
ハツは俺が同意したことで嬉しそうだ。
ここでデータが少ないだの検証しきれていないだのと否定的な事を言っても仕方が無いからね。
俺は研究者でも専門家でもないし、風土病とやらに時間をかけて向き合うつもりもないんだから。
無責任な言い方だけど、こんなの背負えないよ、俺には。
「ねぇ、そろそろお昼だよ?」
ミリィが中ジョッキを片手に『ごはんまだぁ?』みたいな顔をして言った。
キミさっきパイ食べたよね?、そのちっさい体で。
なのにもう昼食の催促をするのか…、やっぱ食欲種族だろ、有翅族。
●○●○●○●
昼食はタコをぶつ切りにして炒めたものと刺身と酢の物。それと崖下の岩場でとった魚の刺身と炙ったものと、まだたっぷりあるつみれ団子だ。
ミリィもハツも、生のままのは嫌そうにしていたが、俺があまりにも美味しそうに食べているのを見て、ついに魚の刺身に手をつけた。
「何これ!、甘くて美味しいかな!」
「わー、もちもちしてて噛むと甘みがでて美味しい!」
わさびが欲しいなぁ、醤油っぽいのだけでも美味しいけどさ。
薬味っぽい味のする海藻と一緒に食べてるけどさ。
俺のほうに寄せて置いていた刺身がたっぷり並べてある皿が、ミリィがぐぐっと引っ張ってずずっと動いた。
反射的にミリィ見ると何でか睨み返された。
「独り占めは良くないかな!」
いやキミ生は嫌だって言ってたじゃないか。
「もうちょっと食べてもいい?」
- どうぞ?
ミリィにはハツの謙虚な姿勢を見習って欲しいものだ。
俺は石のお箸で食べているが、ハツはフォークを使っている。
お刺身は突き刺してもするっと落ちたりするのでちょっと食べにくそうだ。
「こっちのは…、もしかして?」
- そう、あのにゅるにゅるしてたやつ。そのお皿のは炒めたもので、こっちのは茹でてから切ったものと、それの酢の物。これは生。
完全に俺の趣味みたいなもんだ。いや、だって久々だしさー、海藻とタコってったらもう酢の物作るよな?、それに新鮮なんだから生もいい。元の世界だと切るのも大変というか良く切れる包丁で工夫しながら皮を剥いて切って薄造りにするんだけど、魔法があるとそんなの関係なくにゅーっと伸ばして向こうが透けるぐらい薄く切れる。
足の先のほうは適当にぶつ切りだけどね。
「生!?、何かぬるぬるしてて刺さらないんだけど…」
ああ、ハツの近くのは足の先のほうだからフォークだとぬめりがあって取りにくいだろうね。
- こっちの白いほうが、ああ、取ってあげるよ。はい、あーん。
「え?、あ、あーん…、ん!?、んー…さっきのとまた別の甘みがあって美味しい」
美味しいものを食べたときの顔って幸せそうでいいよね。
「タケルさん、あたしにもとって欲しいかなー」
ほいほい。
お箸じゃないと取りにくいんだろうなぁ、ミリィの場合はこれ齧りにくいだろうからひと口サイズに切ってやるか。
切ったものをお箸の先でちょんとつまんで差し出すとぱくっと食べた。
何か小動物に餌付けしてるみたいだ。
「んー!、新食感かなー!、甘みもあるし歯ごたえもいいし!、もっと欲しいかなー」
面白いので小さく切った分がなくなるまで連続して食べさせた。ハツにも交互に。
タコ――に似てるだけで違うんだけど――の生刺身なんてふたりは食べないって思ってたから少ないんだよね。俺の分がなくなりそうだ。
まぁ、まだポーチに2匹分あるけど。
タコと言えば、タコ殴りやタコ部屋ってのがあるけど、何でタコなんだろうね?
そんなのに例えられるなんてタコもいい迷惑だろう。あと、すし詰めやぎゅうぎゅう詰めって意味でタコ詰めって言った人が居たっけなぁ、あれはあとでじわじわ来て結構笑ったっけ。
閑話休題。
とにかくそんな感じで、生の刺身を食べさせるのには成功したが、そのあと俺がひと切れつまんで食べると美味しさを知った2人から『あーー!』って言われて、食べさせてもらえなくなった。
『タケルさん(お兄さん)は最初に食べてたでしょ』ってふたりとも同じこと言うんだもんなぁ、まぁ炒め物も炙ったものも美味しいからいいんだけどね。
●○●○●○●
食後にハツのお師匠さんの魔道具を見せてもらった。
単純な道具なら説明を聞いただけでなるほどと理解できるが、ほとんどもう魔力がなくなっていて使えない状態だったので、説明されただけではいまいちピンと来なかった。
複雑なものは実際に動いていないと魔力の流れとかがわからないからね。
それもあまり時間に余裕がなかったせいでもある。
エクイテス商会のひとたちがぞろぞろやってきたのを感知したからだ。
大八車のような人が引くタイプの荷車を何台かもってきたようだった。
ハツとミリィには外に出ないように言って、入り口の外に出て待つ事にする。
ハツはともかくミリィは見つかるわけには行かないので、特にミリィには絶対に出るなと念を押しておいた。
近づいてくる集団のペースからしてあと1分かそこらで到着しそうだ。
荷物を積む作業に、このテーブルと椅子や土ブロックは邪魔かなと思い、ちゃちゃっと土魔法で分解した。
余談だけど、土魔法で分解できるのは土魔法で作ったものが完全に定着していない状態に限られる。作ってすぐ定着し始めるんだけど、完全に定着するまでは結構な時間が掛かる。
と言っても、テーブルと椅子ぐらいなら半日ぐらいで定着してしまうので、その場合には分解じゃなくそれを素材にした砂化ってことになる。
定着しつつあるものを分解すると砂や塵は出るものだし、結果的には残る砂の量が多いか少ないかなのでどっちも『分解』って言ってる。やってることは違うんだけどね。
結局のところ、どっちでやろうとも他人が作った土壁などを『分解』して変態扱いされたわけなんだが…。(※2)
荷車には木箱がいくつかと、クッション代わりなのか毛布もたっぷり持参したのが見えた。
そうだよね、ガラスや石の食器だからね。そういう所にちゃんと気付ける商人らしい。考えてみりゃ普通のことか。
小屋の前のあたりを平らにして、振り向くと俺が外に居るのが見えたのか、エクイテスさんが駆け寄って来るところだった。
- こんにちわ。エクイテスさん。
「お待たせしたようで申し訳ありません、タケル先生」
先生?、と一瞬思ったが、敬意の表れなんだろうと思って流すことにした。
- こちらの小屋に入れておきましたので、手前の木箱がガラス食器で、それ以外は箱に入れてないのですよ。土魔法で箱を作ってもいいのですが、重くなるだけだと思いまして。
「ははは、確かに。箱はこちらでご用意したものもございますので」
エクイテスさんが目線で合図をすると、てきぱきと一緒に来た人たちが動き始めた。荷車から箱を下ろし、折りたたんでいた板材を小屋の前に敷き、毛布を敷いてから緩衝用の布や毛布を用意、小屋から箱を数人でそっと持ち上げて毛布の上に置き、中身を丁寧に取り出して新たな布で包んで箱に入れて行った。
その作業を見ていると、エクイテスさんは隣に並ぶように立って言う。
「何しろ、先生のガラス製品は高品質ですので高値がつきまして、数や品物の確認を兼ねてこうして包み直しております。ところで小屋の中に積まれている石食器は、全て引き取らせて頂いてよろしいのでしょうか?」
- はい、そのつもりでご用意したんですよ。
「そうですか、ありがとうございます。それでですね、100でも200でもと仰っておられましたが、見たところそれどころではない数があるように思えるのですが、一体いくつご用意頂いたのでしょう…?」
漫画やアニメなら頬に汗のマークが付いてそうな心配そうな表情に、営業用の笑顔を足したようなエクイテスさん。
実は俺も正確な数字は覚えてないんだよね。途中から数えるのが面倒になったというか何というか…。もう正直に言おう。多少、数をごまかされても構わないし。
- それがですね、僕も正確な数字はわからないんですよ。すみません。
「…はい?、あ、いえ、失礼致しました。…で、ではこちらで数えることに致します。おい、聞こえたか?」
「「はい」」
- お手数をお掛けします。
「いいえ、とんでもありません。それだけ私どもを信用して頂いている証でございましょう。しかしそうなりますと、ここにご用意した金額では足りないということに…」
額の汗をふきふき言うエクイテスさん。そんなに焦ることは無いと思うんだけど。
- 今日全額じゃなくても構いませんよ?
「あ、いえ、そういう意味ではありません、店に戻ればございますので」
そりゃそうか。いくつもの町に商店がある商会だって言ってたもんな。
- あ、失礼しました。あ、では差し支え無ければ今からお店にお伺いしてもよろしいですか?
「おお、もちろんそれは願ったりですが、よろしいのですか?」
- はい、むしろ僕も日用品などを買い揃えたいと思っているので、ちょうどいいのですよ。
「そうでございますか、ちなみにどういった物をご所望でしょう?」
- 布や衣類、タオルにロープ、あとは鍋などの調理道具でしょうか。
「それなら当商会でご用意致しましょう、ではご案内致しますので付いてきて頂けますか?」
という事で、エクイテス商会に行くことになった。
防砂林を抜け、町の北側にある門を通り、エクイテス商会へと到着した。
エクイテスはてきぱきと店の人たちに指示を出してから、『お待たせしました、どうぞこちらへ』と言った。
応接室らしい部屋へと通されて、ここで少し待つように言われたので中に入った。
絨毯のような敷物が敷いてあり、応接室らしい応接室だなと思った。
部屋に飾られている調度品をみていたら、チェスっぽいものがあった。駒の形は単純な幾何学的のものも並べられているが、対戦側は複雑な意匠の彫刻になっている。彫刻のほうは狼男のようなのが爪を構えているのや剣を盾を持ったもの、槍を持っているのもあれば杖らしいものなど様々で、全て上半身だけだがなかなか良くできている。
なるほど。見て分かりやすい駒と、象徴的に略された駒と2種類を並べて展示しているわけか。でも駒の動かし方とかわからないけどね。
平たい駒が濃淡の裏表になっているのも横に置かれているので、リバーシのようなこともできるのだろう。
へー、あるのか…、なんてちょっと異世界モノの定番である遊具が既に存在したことに落胆と感動の両方を味わって、ふと隣の棚をみるとカードが並べられていた。
触れていいのかわからないので、手にとらずにじっと見てみると、植物紙っぽい素材のようだ、これもあるのかー、なんて思ったが、トランプにしては見慣れないマークがある。
数字もこの世界での1から9までしかなく、J・Q・Kも無いようだ。
マークの種類は6種類あったので、全部で54枚か。だいたい同じだな。
これを使って、元の世界にあったようなゲームをすると、どうなんだろうってちょっと想像したが、何だか先入観のせいか、あまり変わらないような気もした。
七並べじゃなく五並べになると、上下6枚じゃなく4枚になるから止めるとかパスとか駆け引きが減るのかな…、なんて考えていたら開けっぱなしだった入り口から声が掛かった。
「興味がおありでしたらどうぞ手に取って見て下さい」
見るとエクイテスが微笑みを浮かべて扉の横に立ち、その横にはドロシーさんがお盆にお茶の用意を載せて入ってくるところだった。
俺は『ではお言葉に甘えます』と言ってカードを1枚手に取った。
エクイテスが近づいてきて、そっと扉を閉じる音がかすかに聞こえ、ドロシーさんがお茶を淹れる音がした。
カードはやはり植物紙のようだが、表面に樹脂のようなフィルムのようなものが薄く、これは貼られているのではなく吹き付けて乾かしたのかな、まさかプレスか?、つるつるしているのがわかった。
- 植物紙のようですが、樹脂を塗って熱処理して押さえつけたように見えます、手間がかかっていますね、これ。
エクイテスはうんうんと笑顔で頷いた。
「驚きました、ほとんど正解ですよ、一般的なカードは植物紙に版木で刷ったものを切っただけですが、都の王立賭博場ではこのように丁寧に処理されたカードを使っています」
- なるほど、植物紙というのはこちらでは一般的なのですか?
もし安く入手できるなら100枚か200枚ぐらい欲しいところだ。
もちろんお金が足りればだが。
「はい、昔はカードも羊皮紙だったそうで、カードの種類、こちらのマークの事なのですが、これも4種しかなく36枚だったそうです。何せ羊皮紙は厚みがありますから」
と言って笑い、続けて言う。
「現在は重要な契約書には羊皮紙を使うこともありますが、それ以外の用途では植物紙が使われています」
- そうでしたか。もし値段がそれほどしないのであれば、手ごろな大きさの植物紙を100枚ぐらい欲しいと思ったのですよ。
「なるほど、それでカードをご覧になっておられたのですね。ええ、このセルミドアでは都より少々値が上がりますが、それでも元がそう高くはありませんのでお売りできますよ、さ、お茶が冷めてしまいます、こちらでご入用の物品の数量など詳しくお聞かせ下さい」
といって応接ソファーのほうに誘導された。
こちらも、ガラス食器や石食器がどれぐらいの値段で引き取ってもらえるのかを聞かなくちゃね。
あと、これを聞いていいのかちょっと悩ましいんだが、ここでの通貨単位と、貨幣の種類などの基本的なことを知りたいんだよなぁ…。
どうしようかな、まさか正直に『ダンジョンの最下層から壁を掘って脱出したら魔砂漠に出てしまいました』なんて言えない。
言ったところで、信じてもらえないだろうしなぁ…。
ダンジョンの転移の罠にかかって砂漠に飛ばされた、ってことにするか?
あまりウソ成分が多くても信用に関わるだろうから、悩むなぁ…。
次話3-011は2019年10月04日(金)の予定です。
(作者注釈)
※1>>こちらからは音声で命令したら通じるのはいいけど
タケルはうっかり忘れていますが、ハニワ兵には耳がありません。
なので、音声を認識して命令を聞いているわけではなく、タケルの声に乗っている魔力によって命令を受け取っています。
2章077話『ハニワ兵といっしょ』にて、リンが
『土魔法で人形を作って、その魔力が残ってるうちにコアを埋め込んで魔力をさらに流し込むだけですので、それができれば使えますよ』
と説明をしていますが、リンやタケルのように音声に魔力が乗せられない場合は、デフォルトの警護状態で付き従うだけで、命令をする事ができません。
※2>>他人が作った土壁などを『分解』して変態扱いされたわけなんだが…。
タケルが変態扱いされたのは、土魔法で作られた物体内の残留魔力を利用したり吸収したりしたという理由のほうが大きいと思われます。
20200130:わかりやすく修正。
(修正前) 単純な道具なら ~ ので、複雑なものは ~ ので、説明されただけでは ~ った。
(修正後) 単純な道具なら ~ ので、説明されただけでは ~ った。(改行)複雑なものは ~ わからないからね。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
タケルにすっかり懐いてしまった可愛い子。
もう『男の娘』と言っても間違っていない。
タケルの役に立ててうれしい。
お師匠さん:
ハツの師匠。名前は出てないけどローと呼ばれていた。
風土病の治療薬開発は惜しいところまで進んでいたと
タケルには感じられたようだ。
ミリィ:
食欲種族、有翅族の娘。
真珠がお気に入りのようだが、それどうするのかな?
ドロシー:
エクイテスの愛妾。というか現地妻のようなもの。
元酒場の歌姫。
今回登場したがセリフ無し。
エクイテス:
商人。エクイテス商会の経営者。
儲けさせてもらえそうなタケルにはドロシーの恩人でもあるので
笑顔で接待中。
港町セルミドア:
港町。ついにタケルが町に入った。
リンちゃん:
光の精霊。タケルに仕えるメイド少女。
タケルの留守を預かる。
どうなる?、川小屋。
タコ:
タケルが勝手にタコと呼んでいるだけの似た何か。
頭部は小さめだが、足が16本ぐらいある。
新鮮なら生でもよし、焼いてよし、茹でてよしの三拍子揃った
優秀な食材。
ハニワ兵:
タケルが光の精霊の里へ招待されたときにお土産にもらった
コアを使って動く自動人形。超高性能。
でもタケルが顔をハニワのように作ったため、
何をしてもシュールな絵面になってしまう。