3ー009 ~ 禁止区域・追放者たち・帰還兵2
「お母様!」
リンはタケルの居る場所に行ってはならないと通達されたが、ただ『禁忌の地』であると言われただけの理由には納得が行かなかった。
そこで母であるアリシアの執務室に直接乗り込んだのだった。
「来ましたか。そこに掛けなさい」
アリシアは特に驚いた様子もなく、応接用なのだろうソファーに腰掛けたまま、向かいを手で示し、手にしていたカップを優雅に傾けてから、扉近くに待機していた者に合図をした。
「どうしてタケルさまの所に行ってはダメなんですか?」
執務机に書類や冊子が積まれているのが見えた。毎日多忙なのはリンもよく知るところだ。休憩のタイミングだったのならちょうど良かったと、仕事の邪魔をせずに済んだことに内心では胸を撫で下ろしたが、優雅に落ち着いた雰囲気で言われたため、勢いを失ってしまったので言われるまま向かいに腰掛け、アリシアがカップを置いたのを見てから尋ねた。
「彼の地は我々精霊にとって、非常に危険な場所だと伝えたはずですよ」
「でもミドじ…、ミド様のお話ではご担当されている大地の精霊方が居られるという話ではないですか!」
「彼らには独自の結界具や身を護る手段があります」
「では私にも…」
「大地の者と我々では使える道具が異なると教えたはずですよ」
「はい…」
「リン、あなたのタケル様への思いは理解しているつもりですが、少々彼に依存し過ぎているのが気がかりです。確かに他の勇者様たちより我々精霊との高い親和性があります。それに加えて性格にも問題はなく、短期間であれほどの功績があるのですから、その一番近くに居るあなたはなるべくしてそうなってしまったのかも知れませんが、この機会に少し考えてみてはどうでしょう?」
「……はい」
「タケル様に、留守を任せると言われたのではありませんか?」
どんどん目線が下がっていったリンだったが、はっと気付いたように顔をあげた。
「そ、そうでした…」
「タケル様が居られる場所は判明したのです。それに彼には水の者が付いているのでしょう?」
「はい…」
「水の者も我々と同様、彼の地では強く影響を受けてしまい、力を発揮できないでしょう。しかし大地の者、ドゥーンとアーレナにも頼んでおいたのです。それでは安心できませんか?」
その名前を聞いたリンは、苦い表情になった。まるで『あの2人かー…』とでも言いたそうな表情だ。
「あのおふたりにお任せしてはいつになるかわかったものではありませんよ…」
リンは呟くように目線を下げつつ言ったが、アリシアには聞こえたようだ。
「一旦任せると光の長であるこの私が決めたのです。タケル様がいつお戻りになっても良いようにして待つのがリン、あなたの仕事ですよ」
そう言われてしまうとリンには反論の余地が無かった。
「はい…、わかりました…」
「一応、魔の砂塵からの影響がない高度から彼らとタケル様の動向は監視するようにしています。地上は影響がありますので完全ではありませんが、珍しいことに水の者もとても協力的ですし、何かあれば報せが届くでしょう」
アリシアがリンを安心させるように優しく言った。
「はい、ありがとうございます」
アリシアはそれに微笑んで頷いた。
「あなたほどではありませんが、私も含めて皆も彼の事は心配しているのですよ」
そう言うと、お茶を持ってきた者とその後ろから入ってきた複数の冊子を抱えている者のほうを見た。
リンがつられるようにその視線を追うと、彼らもリンを見て笑顔で頷いていた。
●○●○●○●
結局、というかほとんどそういうつもりで作ったんだけど、ディアナさんにできたてのつみれ団子と、寸胴鍋のスープを提供することになった。
スープのほうはもう少し煮てからのほうがいいので、そう言って鍋のアク取り作業をしていると、『先ほどの結界操作じゃが』と網状結界について尋ねられたので、教えておいた。
自分で試し始めたので、魔力の流れをよく見て何度か助言をしたら1時間と掛からずにできるようになっていた。
横でミリィも練習していた。規模は小さいし、強度もあまりなさそうだけどできるようになったみたい。
俺はそれを見ながらスープのアク取りをちょこちょこやってたんだけども。
「これで魚を獲るのが楽になりそうじゃ、タケル殿、感謝するのじゃ」
丁寧にお辞儀をした。どうやら態度も変わったようだ。
そりゃ食料を提供して魚獲りに便利な結界魔法を教わればそうもなるよね。
今までどうやってたのか訊くと、結界で囲んで中心にファイアボールをぶち込んで浮いてきたものをせっせと運んだらしい。豪快だな。
俺も他人のことは言えない気がしたが1回だけだからね?
そしてだんだんと魚が近寄らなくなってきたんだそうだ。
「底のほうは魔法が安定しづらくてのぅ、どうしても底のほうまで結界の壁は作れなんだのじゃ」
「海水が壁の下を抜けてしもうての、魚もそこから逃げよる」
「結界の強度も海水の流れに耐えられるものにせねばならんかった故、魔力の消費も多くての、1日にそう何度もできんかったのじゃ」
「張った結界を移動操作できるのは妾だけじゃが、それでも魚を追えるほどでもない、逃げられてしまうからの」
なるほど、確かに底のほうに近づくほどやりづらいと感じたっけ。それもジャミング石みたいなのが海底に沈んでいるんだろうね。
- 生簀はつくらなかったんですか?
「このあたりは岩だらけでの、浜が無いんじゃよ。妾たちは飛べるが、打ち付ける波が跳ねるような場所は、見ての通り、この大きさじゃからの、妾以外の者らには命取りなんじゃ」
ふむ。ディアナさんは今まで見たどの有翅族のひとたちよりも魔力量が多いようだし、扱える魔力もそれに応じて多いんだろう。
「そんな場所じゃが良いこともある。御主ならわかると思うが水面の下には岩もごろごろしておる。御主ら…、と言っては語弊があろうが、妾たちを見せ物にするような連中は近寄れぬでの。連中は船でしか移動せぬからのぅ」
確かに。船だと厳しいところだと思う。
と、そんな話をしながらアクをとり、スープがだいたい良い感じになってきたところで加熱を止めてある程度自然に冷ますことにした。
あとはある程度冷めればフタをして持って行けます、と言ってディアナさんの向かいに座り、つみれ団子を煮る場合のやり方などを説明したところで、どうやって運ぶのか気になったので尋ねてみた。
- ディアナさん、これかなりの荷物になりますけど、どうやって運ぶつもりなんです?
「ふふふ、それはの、」
にやりと笑い、後ろに手をやり、一部まとめていた髪をほどいて手にした布に留められている小さなブローチを見せた。
「これが魔法の袋のような魔道具での、容量は然程ではないがそれぐらいなら収納できよう」
なるほど、そういうのがあるなら俺が持って行かなくても良さそうだ。
「あーっ!、それ長老さまが昔失くしたって言ってたやつかなー!、泥棒かなー!、やっぱり悪いやつだったかなー!」
「な!、これ!、人聞きの悪いことを言うでないわ!、借りておるだけじゃ!、確り書き置きを残しておいたのじゃからの」
それって『こっそり持ってきたんじゃ』って言ってるのと同じじゃないか…?
「泥棒が言い訳してるようにしか聞こえないかなー」
「う…、た、頼む、後生じゃ、見逃してたもれ、これがないと島で待つ子どもたちの食料を運ぶのが大変なんじゃ…」
「ふぅん、そんなの知らないかなー、有翅族の宝物だしぃ、あたしもその一員として盗まれたものは取り返さなくちゃいけないかなー?」
「冷たいのぅ、追放された者同士、協力し合うところではないかえ?」
「あたし追放されてないもん、同士じゃないかなー」
- ディアナさんは村を出てから50年以上ってことですけど、もうそろそろ戻ってもいいんじゃないですか?
そう言うと苦い表情になった。
「ただ親子喧嘩をして飛び出したのなら、50年などと言わず数年でも戻れよう。
じゃが妾と長老は立場というものもあるでの…、そう簡単には行かんのじゃよ。
恥を晒すようじゃが、妾たちだってずっとそのままじゃったわけではない。子を成した者もおる。それらは外の厳しい環境でおるより村に戻れるなら戻ったほうが良いに決まっておる。安全じゃしな。
それで30年ほどになるか、それぐらい前にその家族らと数名を村に戻す交渉をしたんじゃ」
30年でも結構な時間だと思うけどね、まぁ理由というか切っ掛けができたから交渉したんだろう。
「その結果、家族のほうは村に戻すことができたが、独り身の者らはダメだと言われ、戻れなんだ。
じゃがもう外におるのは女しかおらぬでの、独り身がダメならもう戻るのは無理なんじゃ。
妾には妾について村を出た者らへの責任もある、村に戻ることのできない者らがおる以上、妾ももどれぬのじゃ…」
うーん、要らぬお節介かも知れないけど、やっぱりディアナさんたちは村に戻ったほうがいいんじゃないかなぁ。
今更戻っても、というのもあるかも知れないけど、聞けばもうディアナさん含めて5人しか居ないらしいし、外で厳しい生活をすることを考えたら戻ったほうがいいと思う。
しかし8人とか12人とか15人とか言ってたのは何だったんだよ…。最終的に3倍とか盛りすぎだろ。
まぁ、戻るなら長老さんに伝えますけど、と言っておいた。
「何なら御主に全員養ってもらうというのはどうじゃ?、妾なら大きくもなれるし、少々年齢はアレじゃが生娘じゃぞ?、有翅族は個人差はあるが一定以上は躰の年齢が据え置きじゃ、長生きじゃから若い躰で長く尽くすぞ?」
ふむ、元の世界の創作物にあったエルフみたいなもんかな。
それはともかく言い方ってもんがあるだろう。いくら古風な表現だとしても生々しいよ…。それに、こんな人たち連れて帰ったら何を言われるか分かったもんじゃ無い。
- いえそれはさすがに…。
「さすがに、何じゃ?」
言いづらいんだよ、察してくれよ…。
- 勘弁してくださいよ、ほんとに。
ちらっとミリィを見てから言うと『冗談じゃよ、ふふ』と、ごまかしてくれた。
ミリィは分かってるのか分かってないのか、楽しそうににたーっと笑って見ていたけど。
「御主は良い男じゃからの、ついからかって困らせてみとぅなるんじゃ」
返事のしようがないので視線を合わさずに、そうですか、とだけ返しておいた。
●○●○●○●
『そのくらいなら収納できよう』って言ってたのに、入らなかったので俺が運ぶことになった。
『お、おかしいのぅ、町で布などの生活必需品を仕入れた帰りじゃった、申し訳ないのじゃ』って言い訳してたけど、ディアナさんがここに来たのは拠点にしていた島からだったよね。まぁそこを突っ込むと、置いてくるのを忘れたのじゃとか返してきそうだし、別にそこらへんはどうでもいい。最初から持って行ってあげるつもりだったし。
ゲームなどでインベントリやかばんが一杯になって、物が入れられなくなり、泣く泣く高いアイテムを諦めたとか、『インベントリが一杯です』ってメッセージうぜーとか、『それを捨てるなんてとんでもない!』で、邪魔なのに捨てられない罠とか、有限インベントリやかばんのマス目には苦労したことが何度もある。
え?、課金?、いやまぁ生活費との相談ってやつで、ご利用は計画的にね。
だからディアナさんを責める気なんてない。
とにかくディアナさんの案内で島まで行き、島に残っていた欠食有翅族女性たち4人に挨拶をし、預かった食べ物を出して食べさせている間に、なんだかんだで岩場から海水を引き込んで小さな入り江を作って浜を作りトンネルから入り込んだ魚が落下して出られなくなる生簀を作り小屋を立てるという、タケル建設が腕を奮う結果となった。
ところでミリィも一緒に食べていたみたいだけど…。
もうすっかり日は沈んで夜になってて、疲れたし海水やら泥やらで汚れたので風呂つくって入ったらミリィが上から乱入してきて空中脱衣してそのまま湯船に飛び込んだ。
夜空を見ながら露天風呂気分を味わおうなんて考えたのが失敗だった。
俺が頭を洗っている間の出来事だったので、阻止するのが遅れたってのもあるが、まぁ相手がミリィだから上を飛んでいても気にしなかった俺も迂闊だった。
ちゃんと洗ってから入れと注意して、湯船に浮かんで揺れていたミリィの服を回収。
しょうがないからまたミリィ用の泡浴槽を作ってやったら、上からディアナさんたち5人が壁の上に立って並んでじーーっと見てるんだもん、びっくりした。
- そんなに堂々とした覗きは初めてですよ。
「失敬な、ミリィがそちらへと飛んで行ったまま戻ってこんので様子を見に来ただけじゃ」
- 全員で、ですか?
「それはその、ところで妾たちも湯浴みをしても良いじゃろうか、ミリィが良いなら妾たちも、な?」
- じゃあ僕は出ますので、どうぞ?
「え?、タケルさんが居ないと泡を気持ちよく落としてもらえないかなー」
「その泡だらけになっておるのを妾たちにもしてもらえんかの?」
「「お願いしまーす!」」
えー…。
「のぅミリィ、それはとても楽しそうじゃが」
「うん、あわあわ楽しいよ!」
「ええのぅ、気持ち良さそうじゃのぅ」
「気持ちいいかなー」
もう、ミリィも面白がってるだろこれ。
じろっとミリィを見たらすすっと視線を外して鼻歌歌ってやんの。
「「お願いしまーす!」」
と、その隙にディアナさんたち5人が下りてきて湯船の縁に立っていた。全裸で服を手に持って。
「この服はそこの箱に入れれば良いのかや?」
- ああはい、わかりました。平たい泡の浴槽を作ればいいんですね。
わぁっと嬉しそうな歓声が上がった。
もう人形みたいなもんだと思って諦めよう。
人間サイズだったら断固として断るところだけども。
渋々、でも素早く平たくて底がざらざらしてる浅い浴槽を作り、適度に手すりとなる棒を立てておき、ミリィにしたのと同じように光の高級石鹸を少し削って底にこすりつけ、お湯をひたひたにして泡立ててやった。
ディアナさんたちは湯船の縁からふわりと飛んで、俺の服やミリィの濡れた服を入れた箱に自分たちの服をポイポイと入れて、その平たい浴槽に並んで立ち、おそるおそる泡の感触を確かめるようにしながら手にとって、香りを嗅いだり手から腕につけて擦ってみたりし始めた。
きゃっきゃと楽しそうに話しているのが聞こえたが、俺もいくら人形サイズとは言え、そんな全裸の女性たちをまじまじと見ているわけには行かないので、さっさと後ろをむいて自分の体を洗うことに専念した。
「どんどん泡立てて、全身洗うといいかなー」
「ほう、なるほど。しかしこうなると羽が邪魔じゃのう」
「そのためにタケルさんはお互いに洗えるように広くしたんじゃないかなー」
「そういうことじゃったのか…」
「立ったままだと滑って危ないかなー」
「そのための棒かや…」
「頭も顔も洗えるけど、目に入ると痛いかなー」
ミリィが先輩らしくあれこれ注意している。
他の4人はそれぞれ体や羽を洗い合ったりして楽しそうに喋っている。
ディアナさんの大きな羽も、彼女らが丁寧に洗っているようだ。
「おお…、これは良いのぅ、何と言おうか、幸せな感じじゃな」
「でしょー、あ、タケルさん、洗い流して欲しいかなー」
ミリィが目敏く俺が体を洗い終えたのを見て言った。
- ほい、じゃあそこに立って。
「えー?、いつものはしてくれないのかな?」
いつもの、ってまだ2回ほどじゃないか。というか魔導師の家の裏の風呂場は他のスペースの関係でミリィ用のスペースがあまりとれないから、手の上で洗い流したんだよ。まぁここも狭いけどさ。ディアナさんたちのせいで。
実は、俺が足を伸ばして湯船に浸かり、夜空を見上げたかったから洗い場が狭いんだけども。
- はいはい。
ミリィ用の泡浴槽に手をそっと入れて、ミリィを掬うように持ち上げて両手で支えた。ミリィも慣れたもので、手の動きに合わせて指に腕を絡めつつ、手にもたれて横たわった。
そして前と同じようにぬるめのお湯を水魔法と火魔法で調節し、シャワーのようにして掛けた。
「あははー、これよこれ!、これかなー、気持ちいいかなー♪」
毎度の事だが、手のひらの上で器用にごろごろ転がって泡を落とすミリィ。
最初はただゆっくり転がるだけだったが、2回目からはさっさと泡を落としてお湯を浴びること自体を愉しむようになった。
そのために手でさっさと擦ったりして泡を早く落とすわけだが、それは乙女としてどうなんだっていうようなポーズになることもある。
もちろんあまり見ないようにはしてるんだけども、お湯を掛ける位置をミリィに合わせる都合上、どうしても見ることになるわけで、まぁ目を背けていても魔力感知でどういうポーズをしてるかぐらいは手のひらの上なんだからばっちり見えているんだけども。
とにかく俺は考えないようにして無心でお湯をかけるだけのマシーンになっているつもりでやっている。
で、気付くとミリィは足を軽く広げて座り、両手を後ろにして支えて顔と胸にかかるシャワーを気持ち良さそうな顔をして浴びていたり、またはうつぶせに寝転んで腕を枕にし、背中やお尻にかかるシャワーを愉しんで足をぱたぱたさせていたりする。
そういうポーズをとったら10秒ぐらいしてシャワーを止めることにしている。
「ねぇ、タケルさん、もっと…、もっと掛けて欲しいかな…」
だからそういうことを言うなっての。
- 今回はこれで終わり。僕だって湯に入りたいんだよ。
「はーい、じゃあこのまま入って」
注文が多いなぁ。
- しょうがないなぁ…。
片手にミリィを乗せたまま、そっと湯に浸かり、その手をそっと沈めるとすいーっと泳ぎ始めた。
ふーっとため息をつき、湯船の縁にもたれて夜空を見上げた。が、光の球を下げないと夜空があまりよく見えない。
今はディアナさんたちが泡まみれだし、明かりを落とすのは危ないかも知れないのでそのままにした。
「タケル殿、すまぬがそろそろ洗い流してはもらえぬかのぅ?」
今お湯に浸かったところなのに…。仕方が無い。
- わかりました。
返事をして湯船の縁に座り、彼女らのいる泡浴槽(大)の上に手をかざしてシャワーをざーっと降らせた。
「え!?、御主これは無いんじゃないかの!」
「そうですよ」
「あの子と扱いが違いすぎです」
「雑に扱われました」
「不公平だと思います」
あんたらなぁ…。
とりあえず不満そうなので一旦シャワーは停止。
それで全員にあれをやれと?、俺の両手ってそんなに広くないぞ。
- でもあなたたちは羽がありますし…。
「大丈夫じゃ!」
4人も頷いている。
というかもうだいたい泡が流れてるからすごく大きいのから小さいのまで全部丸見えだ。何がってそりゃアレだよ。は、羽だよ。そういう事にしておいてくれ。
とにかく全員が期待の眼差しだ。
「あんなに気持ち良さそうなミリィの声や様子を知ってしまったんじゃ、こんなのでは満足できんのも仕方あるまい?、のぅ、伏してお願いするのじゃ、タケル殿!」
ディアナさんに合わせてばしゃっと全員がDOGEZAした。全裸ドゲザだ。
黒鳳に似た羽もトンボっぽい羽も、紋白蝶のような羽も、何って言うんだか忘れたけど小さい蝶々みたいな薄紫の羽も、細長い半透明の羽も濡れてへにょりとしているがよく見えた。
- わかりました、やめてくださいそんなの。やりますよ。じゃあディアナさんからでいいですか?
「おお、してくれるのかや、ありがたい。楽しみじゃ」
素直な満面の笑みだ。
そんなに楽しみにしてくれるのはいいんだけどね。
また無心でシャワーマシーンになるのか…、5人分…。
ミリィだけでもごちそうさまなのに、さらにタイプが違う全裸の女性が俺の手の上であらぬ姿をさらして喜ぶのを見続けるのか…、ある種の拷問かも知れない。
夢にでたらどうしてくれる。
●○●○●○●
結果的にはミリィと同じく大好評だった。
そして俺への拷問度はミリィより高かった。
何せ俺に見られるのはやっぱり恥ずかしいという気持ちも多少はあるようで、特に手の上だから近い、というのが恥じらいを加速したらしい。
ディアナさんですら、最初は少し恥ずかしそうにしながら浴びていたので、それが何とも色っぽくて無心になるのに苦労した。
それを察したのか途中からわざとらしいぐらい妙なポーズをとるんだから困った人だ。
俺を誘惑してどうするんだと思ったが、そう言えば『養ってもらうという手もある』なんて言ってたっけと思い出したおかげで耐えられた。
- 真面目に浴びないならそこのお湯に放り込みますよ。
「この、程よい柔らかな手の上で湯の雨を浴びるというのは格別に心地良いのぅ、ミリィがあのような声を出すのも納得じゃ♪」
それで話をそらしたつもりなのか、という意味を込めてシャワーの勢いを強くした。
「あんあっ、もう少し勢いを緩めてたも、妾が悪かったのじゃ、真面目に湯を愉しむでの、あっ、どうして止めるのじゃ?、お願いじゃ、もう少しで良いから、優しく湯を掛けてたも…」
…はぁ…、逆効果だったようだ…、これをあと4人か…。
ミリィと違って最初で最後だからと、諦らめて言われるように十数秒だけ延長して優しく湯を掛けてやった。
他の4人も順次手に乗せてひとりずつお湯を掛けた。
どの人も最初は恥じらいつつ泡を落とし、そのうちに俺の手の感触やお湯のシャワーの心地良さに恥じらいを忘れて愉しんでいたようだった。
中には俺の指に抱きついて胸をぐにぐにと擦りつけたり――セミじゃないんだからさ――泡を洗い流しているのかと思ったら胸を揉んでいたりしていたのも居たが、ぺちっとデコピンして注意しておいた。デコじゃなく後頭部にだったけど、実に精神衛生上良くなかった。
全員分やっと終わったら、ディアナさんたち4人は湯船の縁に座って足湯みたいにしていて、ミリィは浴室の壁の上に座っていた。
それでやっと俺もゆっくり浸かれるなと思って、波を立てないようにそっと横から湯船に入り、明かりの球の位置を下げて夜空を見上げることができた。
浴室の壁に切り取られてはいるが、町の明かりなどの反射がない夜空はとても美しく、そういえばそろそろ1年近いんじゃないかな、でものんびり夜空を見ることは無かったな、なんて思った。
俺がそうしていたからか、他の皆も喋らずに、同じように夜空を見上げていたようだ。
そのうちミリィが、体が冷えたのか俺の近くにそっと着水し、すいーっと泳いで近づいたので手のひらで掬い上げた。
- じゃ、上がるかな。
そう言って箱を持って隣の部屋に行くと、ディアナさんたちも無言で飛んでついてきた。いつものように温風でぶわーっと乾かしたら、ミリィもディアナさんたちも楽しそうに飛び回って、いや、風に乗って飛ばされてたのか?、まぁいいけどとにかく乾いたようで、髪もばさばさになってたけど手でそれぞれ整えていた。
箱の中の服を取り出して配り、俺も隅っこに移動して服を着た。腰につけていたタオルを外すとき、『きゃぁ♪』とか数人が言っていたが、俺のケツ見てなんでそんな声を出すんだよ。びっくりするじゃないか。
「む、服がきれいになっておるの…、この箱に入れておくときれいになるのかや?」
そんなわけないだろう。
- 湯船に浸かっている間に洗ったんですよ。
「御主は本当に器用じゃのぅ、箱のほうで魔力が動いているのは感じておったが、そういう事じゃったのか…」
感心したように言うディアナさん。何故か得意げに胸を張っているミリィ。
他の4人は嬉しそうに、そして何だか頬を染めて俺を見ているような気がする。明かりを持ってきてないので浴室の低い位置の明かりがこっちに届いているだけで薄暗いし、人形サイズの人たちの顔なんてはっきり見えない。魔力感知では頬を染めているかどうかなんて見えにくいからね。
「ねぇ、それ、髪が絡んでるのかな?」
「え?、ええ。このへんいつも絡んじゃうんです」
「じゃあ傷んでるかな、タケルさんに切ってもらうといいかなー」
またミリィが俺の仕事を増やそうとしている。
もうさっさと眠りたいんだが。
とりあえず喉が渇いたのでポーチから水筒とコップを出して飲んだ。
皆の視線が急に集まったので、器を作って台の上に置いて水を注ぎ、ミリィ用の中ジョッキを人数分だした。
- 髪がまとまりにくい人はこちらへどうぞ。
と言って誘導し、小さい明かりの球を浮かべてから、失礼しますと言って少し触れて傷んでるっぽいところを指示して手に持ってもらい、切って全体を揃えるように整えた。
「わぁ、指通りが良くなりました♪、ありがとうございます」
にっこり笑ってお礼を言う声につられて、他の人まで来た。ディアナさんも含めて結局全員の髪を整えることになった。そして何故か得意げなミリィ。整え終わった人と何か話しているようだった。
俺は人形サイズのひとの髪を切る繊細なことをしていたので、聞いている余裕がなかった。
「御主は本当に器用な男じゃのぅ、ふふっ、惚れてしまいそうじゃ」
と言ってこちらに片手を差し伸べ、幻影の手で俺の肩に触れようとしたのでそっと押し返した。
ディアナさんはそれには何も言わず、ふっと幻影の手を消してテーブルの上をぎりぎりふわっと飛んで行き、他の皆が髪のことを話している輪に加わった。
意外に思ったが、なるほど、押してすっと引くのもある種の手管なんだろう。
小屋を作ったときにまた石の寝台を作っておいたわけだが、今回は違うのだ。
柔らかい結界魔法を覚えたので、石の寝台の上にその障壁を張ることでベッドが快適になるってわけだよ。
小屋に寝台を作ったとき、いろいろ試していくうちに、元の世界の低反発クッションのようにも、高反発クッションのようにもできるようになったので、2層構造にして表面を低反発、下側を高反発にしてみるとこれがなかなか感触がいい。
当然、枕も作った。これでタオルを丸めたものを枕にしなくて済む。
当然ながら結界魔法なので、張り続けることになるから魔力が少しずつ維持のために消費されていくが、俺なら別に問題ない。むしろ自然回復量のほうが多いぐらいだ。
- じゃ、僕は眠ります、おやすみなさい。
と言ってそのベッドに横たわり、バスタオルをお腹にかけるとミリィが飛んできて、俺の横に降り立った。
「わ、何これ?、足が沈むかなー」
なんて言うもんだから、他の連中も飛んできてミリィの近くに降り立った。
「おお、不思議な感触じゃ、御主の器用さには舌を巻くのぅ」
「これってディアナ様の結界魔法ですか?」
「いや、妾のは人の手に合わせたものじゃからの、このように沈みはせぬ」
「寝転ぶと気持ちいいです」
「どれどれ…」
「ほんとだ、寝心地いいかなー」
「おお、これはずるいのぅ、タケル殿、聞いておるのじゃろう?」
ああもう、人の耳の近くで騒がないで欲しいんだが。
ただでさえ有翅族の言葉は魔力で意味を感知してしまうし、音自体はキンキン言ってて耳の近くで言われると眠れない音なのに。
- 今日は魔力もたくさん使いましたし、もう眠いんですよ。
実は疲れるほどには消費していない。それよりも精神的に疲れたんだよ。とは言えないからこう言ってるんだが。
「ふふっ、妾が添い寝して抱いてやろうかの?、良い夢を見ぶっ」
ふわっと飛んで俺の頬に近寄ろうとして首飾りのウィノア分体にまたカウンターを食らったようだ。空中で食らったから前回と同じようにくるりと宙返りしていた。
「な、なんじゃこの水は…?」
きょろきょろと水の出所を探しているようだけど、まぁわからないよね。
俺が身に着けている水の首飾りは、この地に来てからはできるだけ魔力を消費しないようにするためか、魔力の放出が最小限に抑えられている省魔力モードなので、リンちゃんたちと居た場所では存在感がしっかりとあったが、こっちでは俺ですら集中しなければ感知できないほど存在感がない。アクセサリとしての感触はあるけどね。
「御主が魔力を使ったわけではなさそうじゃし…」
種明かしをするつもりはない。浴室に居たときは、体を洗うためのタオルを首から掛けて、薄く障壁を作って見えないようにしていたからね。でもまぁバレたらバレたときだ。
- せっかくディアナさんたちのための小屋も作っておいたんですから、そっちで眠って下さいね。ここで眠ると僕が寝返りをうった時にどうなるかわかりませんよー…。
と言うと、ミリィ以外がそそくさと飛んで行き、口々におやすみなさいと言って部屋を出て行った。
ディアナさんだけは名残惜しそうにしばらく浮かんで俺を見つめていたようだったが、諦めたのかそのまま飛んで出て行った。
そして寝入ってしばらくしてから石の寝台に落下して起きた。
ミリィも落ちたかなって思って見たがミリィが居ない、いや、部屋の空中に浮いていた。
え?、有翅族って浮いたまま眠るのか?
他人のことは言えないかも知れないが、器用な種族だな。
まぁ落ちて起こさずに済んだならそれでいいか。
しかし覚えたての結界魔法だから、眠りが深くなったら解除されちゃったか。
野営などで感知結界を張っていたりしたが、最初の頃はやっぱり眠ると維持ができずに解除されてしまってて、その時はリンちゃんがちゃんとサポートしてくれていた。
そのおかげで感知結界や、入り口などの障壁については、眠っていても解除されることなく維持し続けることができるようになったが、このベッド用クッション魔法については、まだ不慣れなので眠っている間に解除してしまうようだ。
慣れるためにも今日は寝不足を覚悟したほうがよさそうだ。
●○●○●○●
翌日。
やっぱり眠りが深くなると解除され、ゴンと厚みの分落下してしまって、大した厚みではないにせよ、驚いて起きてまた張り直す、ということをやっていたが、朝方近くになってようやく維持ができるようになった。
でもまぁ寝不足だな。
朝食にフルーツを切って並べると皆は喜んで食べていたが、完熟していたわけじゃないのでちょっとだけミリィとディアナさんから文句を言われた。
しょうがないので熱を通したらとろとろに甘くなるものを練った小麦粉で包んで焼き、パイもどきを作ったら機嫌が直った。最初からこれを作ればよかった。
そんなこんなでディアナさんたちと別れ、魔導師の家に帰ってきた。
もちろんいつもの飛行魔法で飛んで帰ったんだが、海辺から少しのところにハニワ兵がいた。
最初は海藻のお化けかと思ったが、魔力的に見ればハニワ兵だとすぐにわかった。
海藻などを集めてきたようで昆布のような長い海藻を引きずっているし、分厚い海藻を器用に使って貴重だと判断したらしい大型の貝などを包んで背負っているようだ。
「うわー何あれ?、ちょっと怖いかな…」
ミリィは見た目で怖がってた。うん、わかる。
確かにあんなのが海から上がってくる場面は間違いなくB級ホラーだと思う。
沖で作ってそのまま哀れにも沈んでしまったが、どうやら魔力の続く限り海底を少しずつ移動してきたんだろう。高性能だとか思う前にその健気さに少し感動した。
諦めてたのに、ごめんよ。
砂浜から魔導師の家に向かって、重いものが移動した形跡があった。
海底には魔砂漠から飛来したんだろうか、ジャミング砂がところどころあるようで、ハニワ兵にとっても活動に障害があるんだろう、それで普段より動作が鈍くなって魔力消費も増えて、周囲の魔力で補いつつ、少しずつ少しずつ移動したと思われる。
つまりは現状こいつは魔力切れぎりぎりの状態だってことだ。本当にご苦労さまな事だ。
何となく労いの言葉をかけながら少しだけ魔力を与え、纏っている海藻を解いて、ハニワ兵の見た目に戻していくと、目と口からにょろっと触手が出てきてマジでビビった。
一瞬で身体強化して障壁を張り、後ろに3mぐらい跳び下がったよ。あーびっくりした。
だってハニワの顔から小さいタコの足が出てきたらびっくりするなんてもんじゃないよ?
頭部にまきついていた昆布みたいな海藻を解いた瞬間に、だよ?、どんなホラーだよ。
これ…、確かにハニワ兵の顔の目と口は丸い穴だよ?、でもこんなのが入れるほど深く開けた覚えは無いんだけどなぁ…。はーマジでびっくりした。
手を障壁で包んでその触手を掴み、そーっと引っ張ると本体が出てきた。
と思ったら中にまだ居た。
いやいや、おかしいだろ!、って半歩下がってまじまじとハニワ兵を見ると、まるで言い訳でもするかのように低姿勢からの身振り手振り寸劇が始まった。ああうん、すごく高性能だって認めてるよ。でもさすがにそれは斜め上だった。
ジェスチャーやるごとに確認をするみたいにこっちをその空洞の目でじっと見るんだよ。俺もミリィも、その何と言うかホラーめいた強制的なジェスチャー当てクイズに引き込まれてしまい、とにかく当てて早く終わらせてこの海藻やら何やらでぬるぬるの海水塩でべたべたの状態から抜け出して洗い流したい、という一心で頑張ったよ。
考えてみりゃ手ぐらい水桶出してささっと洗えば良かった。そんなのに気付かないほど、その空間はハニワ兵に支配されていた、と言っても過言ではないだろう。
それでその寸劇の内容を俺が理解した範囲で言うとこうだった。
俺のところから沈んで海底に着いた彼は、『このままではお役に立つことができない!』と考えた。そして周囲にあるものを採取して持ち帰れば、役立つのではないかとコアサーバーのコアライブラリを参照しようとしたがコアネットに繋がらない。
= いや、知らないよそんなのがあるなんて。何となく単語を繋げるとそういう意味だろうなって思っただけなんで。
どれが有用なアイテムなのかが分からないが、片っ端から採取すればいいと判断。それで、コンブみたいなのを網のように編んで、有用そうなものをそれに包んで持って帰ろうと考えた。
コンブをロープのように編んだものを使い、崖にある珍しいっぽい枝や鉱石を採取し、そうやってあちこち探し歩いていると、岩棚の下にある穴のところで泣いている人が居た。
= いや知らねーよ、ハニワ兵がそういうジェスチャーをしたんだって。答えないと終わらないから頑張ったんだよ?
身振り手振りで宥めるようにして、どうしたんだと尋ねると、そこの大きな貝に大事なものを食われたらしい。
どうしてこんな所に居たんだと尋ねると、悪いやつに追われて、必死で逃げてこの岩棚の下に逃げ込んだんだと。そこで助けを呼ぼうと魔道具を取り出したところ、手が滑って落としてしまい、そこにちょうどその貝が口を開けていた、というわけだ。
その人は手持ちのナイフを貝の合わせ目に差し込んだが、貝柱までは刃が届かず、身を傷つけられたせいで閉じる力が強まり、ナイフまでが取れなくなってしまい、途方にくれて泣いていたんだと。
そこでハニワ兵は、俺に任せろと伝えて貝を強引に開き、そのひとが貝柱を切断、無事に大事なものを回収することができた。
そして味方を呼ぶことができた。
ところが味方がその追っ手に見つかっていて跡を付けられ、ハニワ兵たちの近くまで来てその味方たちと泣いていた人が合流したとき、襲い掛かってきた。
ハニワ兵は『俺の近くへ来るんだ!』とその人たちを呼び寄せ、襲ってきた連中を全員殴り倒したんだそうだ。
= 普通なら全滅する前に誰かが逃げて情報を持ち帰るもんじゃないのか?、と思ったが、そんな突っ込みを入れるとまた長くなりそうなので、そうか全員倒したのか、と無理やり納得することにした。
その貝がお土産のうちのひとつで、フタが開かないように海藻で縛ってあるものなんだそうだ。
で?、その寸劇のどこにタコが出てきたんだ?、それと頭部が空洞になっていた理由もさっぱりわからないままだ。
いや、もういいよ。解読にすごく疲れたし。ハニワ兵はひと仕事終えたぜふぅーみたいに額の汗を腕で拭う仕草をしているけど、お前汗かかないよな?
あ、そうそう、途中で、ハツが、「お兄さーん!」って手を振りながら走ってきたんだよ。
そっと様子を見に出てきたら俺の声がしたので、近づくと俺とミリィが居るのが見えたらしい。
「ここにオバケ、居なかった?」
ハツは俺に密着するように抱きついてから、注意深く周囲を覗いながら言った。
- オバケって、これ?
と、邪魔が入ったためジェスチャー途中で待機していて変なポーズのままバランスよく止まっているハニワ兵を手で示すと、首を横に振った。
「ううん、こんなのじゃなくて、って、これ何してるの?」
こんなのとかこれとか言われた彼は姿勢を正して胸に右手をあててお辞儀をした。姿勢を正すとき、ショックを受けてるように見えたがハニワ兵の顔は元々そんな顔だった。
「あ、はじめまして、ハツって言います」
その挨拶を見て、俺から離れて同じように右手を胸に添えてお辞儀をした。
- あ、彼はハニワ兵ね。喋れないんだよ。魔法で作った人形だから。
「そうなんだ、すごいね!、人形なの?、道理で変な顔してると思った、あはは」
胸に右手を当てたままのけぞり、一歩下がるハニワ兵。あ、変な顔って言われたのがショックなんだ。ごめんな。
と、思ったらハニワ兵の後ろ側に波が来ていて、立っている砂地が少し波で削れたせいでバランスを崩しただけだった。何だよ…満潮かよ。
- とりあえずこっち向いてるって分かれば良かったんだよ。
「え、お兄さんが作ったの?、変な顔って言ってごめんなさい…」
- ああ、まぁそれはいいよ、それでオバケってのは?
「え?、あ、うん、こんな格好良くなくてドロドロしてる感じで、もっと動きが遅くて、何かを引きずってるようなのが居たの…」
「ねーねー、オバケってやっぱりそれの事じゃないのかな?」
それはもう、もろに俺がハニワ兵を見つけた時の姿だな。海藻で編んだ袋を引きずっていたし、海藻を纏うようにぐるぐるでどろどろだったし、魔力切れで周囲の魔力を吸収して動けるようになったら1歩踏み出し、それでまた貯まるまでじっとしての繰り返しっぽかったしさ。
もう一度言うが、そんなのが海から這い上がってきたら普通にホラーだよな。
ミリィがハツに見えない位置からハニワ兵を指さしてたけど、ハツから見えないように「しー」って合図しておいた。ミリィの言葉がハツに分からなくて良かったよ。
- そりゃ怖かったろうね…。
「すごく怖かったよ、お兄さんは帰って来ないし、夜の間ずっと、ときどきずずっとかどさっとか音が聞こえるんだよ?、昨夜は風も波も穏やかだったから余計よく聞こえちゃって…」
それで朝なのに何だか疲れた顔してるのか…。
しかしそれにしては干潮だったとしてもあまり動いてないな。海藻袋が破けていたし、こぼれた中身を回収しに戻ったりしてたとか?、まぁどうでもいいか。
いや、どうでもは良くないか。もしそういう寄り道がなく、ハツの所までハニワ兵が辿り着いていたら、ハツがパニックになってただろうし、それは双方にとって不幸だったろう。海藻まみれではいくら身振り手振りで意思疎通を図ったところで不気味さが増えるだけだし。
ハニワ兵だとわかっている俺からすれば、それはそれでちょっと見てみたい場面ではあるが。だって面白そうじゃん?、ハツはかわいそうだけど。
- まぁもうそんなオバケは居ないから、安心していいよ。
「そっかー…、良かったぁ…」
心底安心したように胸に手をあててため息をつくハツ。
安心したら眠くなってきたのか、目がとろんとしているので、僕のほうはまだすることがあるから、眠いなら先に戻って休んでていいよ、と言うと力なく『うん…』と言って目をこすりながら帰って行った。
ところでそのタコだが、いや、タコっぽい軟体動物だが、ハニワ劇の間は海水を入れた石の箱に入れてフタをして放置した。だって、目から触手をうにょろうにょろしたままジェスチャー当てクイズなんて出来ないって。ましてやその目(?)でこっち見るんだよ?、やってられるかっての。
とにかくそのタコだが、タコにしては足の数が倍ほどあるけど、足はやや短め。水洗いをしてから軽くスキャンしてみたが問題なさそうなので足の1本の先を少し切って食べてみた。うん。味もタコだなこれ。そして味も問題なし。
「ひぃ!」と小さい悲鳴が聞こえたと思ったら、すぐ近くに居たはずのミリィが少し離れたところで浮いたまま脅えていた。
劇画みたいな驚愕顔で、信じられないものでも見るような目で俺を見ている。
どうでもいいけど有翅族のひとってその表情好きだよね。
どうやら食べられそうなタコっぽい軟体動物なので、あとでおいしく頂くことにして、ポーチにしまう…、その前にさっき足ちょっと切ったやつをもう2つほど小さく切って、爪楊枝サイズの串を刺し、醤油っぽい調味料を塗りつつ火魔法で炙った。
1本をミリィのほうに差し出して誘ってみる。
- 美味しいよ?、食べない?
「いい匂いだけど、ほんとに美味しいのかな?」
- うん、ほら。
もう1本のほうをぱくっと食べる。うん、美味い。こりゃいいな。
- 食べないなら僕が食べちゃうけど?
「う…、じゃあもらおうかな…」
恐る恐ると言った風情でふわふわ飛んで近づき、腕を一杯に伸ばして串を受け取った。
「あ、いい匂いかな、美味しそう…?、には見えないけど…」
と言って小さなくちをいっぱいに開けてかぶりついた。
「ん!、何これ!?、新食感かな!」
どこで覚えるんだろうそんな言葉。
「噛めば噛むほど美味しいかな!」
その割りには飲み込むペースが速くないか?、ちゃんと噛んでるか?、それ。
- 生でもいけるよ?、新食感だよ?
「生はちょっと…」
だめか。まぁ魚の刺身で慣らしてやればいいかも。ふふふ。
「何か悪い顔してるよ?、何を企んでいるのかな?」
- いや?、別に?
おっと、ハニワ兵の処理が途中だった。
胸元に手をかざして停止信号を送り、穴をあけてコアを取り出して回収した。
胴体はあちこち傷んでいたので作り直しかな、一旦分解して砂に戻すか。
「ねぇ、シモベを分解しちゃったけど、いいのかな?」
シモベ?、ああ、僕か。
- 体はまた作ってあげられるから大丈夫。
「ふぅん…、よくわかんないけど便利かな」
便利?、俺にはその返事がよくわかんないよ…。
と、2人で首をかしげながらハニワ兵がもってきたものを整理した。
次話3-010は2019年09月27日(金)の予定です。
20190920:あとがきの登場人物にひとつ追加(昼前)。
それとディアナのところの初登場という部分を削除。
部分的にコピペしているのがバレてしまいました。
あとがきの修正であって本文の修正ではないというのに(改)がついてしまう罠。
20190926:表現を変更。結局(改)がつくのでした。
(変更前)付いているのではありませんか?
(変更後)付いているのでしょう?
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
タケルにすっかり懐いてしまった可愛い子。
もう『男の娘』と言っても間違っていない。
ゆうべはさいなんでしたね。
ミリィ:
有翅族の娘。
すっかりタケルシャワーの虜。
ところでトイレとかどうしてるんだろうね?
有翅族の村:
名前はまだ出ていない。森の崖の上の森にある。
結界に守られている。
ディアナたちは村に戻れるのだろうか?
ウィノアさん:
水の精霊。
タケルが装備している水の首飾りは伝説級らしい。
そこに宿っているのはウィノア分体。
今回もセリフなし。
アリシアさん:
光の精霊の長。
リンの母親らしい。
リンちゃん:
光の精霊。タケルに仕えるメイド少女。
結局タケルのところに行かせてもらえないのが不満。
ドゥーンさん:
大地の精霊。ドゥーン=エーラ#$%&。
形は異なるがアフリカ大陸のように広大な砂漠を有し、
赤道から南半球に位置する大陸を担当する。
のんびりした爺さんみたいな性格。
今回は名前だけの登場。
アーレナさん:
大地の精霊。アーレナ=エーラ#$%&。
ドゥーンと共同で砂漠の管理を担っている。
担当区域はその大陸から点々と連なる赤道付近の島々。
せっかちなおばちゃん系の性格だが情に厚い。
今回は名前だけの登場。
長老さん:
レイヴンという名の、見かけは美青年なひと。
有翅族の村の長を兼ねる。
はたして娘と話す機会はやってくるのか。
ディアナさん:
昨話に続いての登場。有翅族の長老の娘。
くすんだ白っぽい髪に、赤茶色の瞳。
黒いワンピースに黒鳳蝶のような羽。
タケルの誘惑には失敗したが…。
ディアナの言う子供たち:
当然だが有翅族。
4人とも見かけの年齢は10代から20代とそれぞれだが、
ディアナと一緒に50年前に村を出たのだから実年齢はお察し。
タコ:
wikipediaによると『学名:octopoda。頭足綱 - 鞘形亜綱 -
八腕形上目のタコ目に分類される動物の総称。
海洋棲の軟体動物で、主に岩礁や砂地で活動する。
淡水に棲息する種は知られていない』
という事だが、ここでは吸盤を持ってる触手がある海洋棲軟体動物
という異世界の生き物なので、
タケルが勝手にタコと呼んでいるだけの似た何かである。