3ー008 ~ 追放者・帰還兵
ミリィが、甘くておいしい実がたくさん生ってるとこに案内してくれるという事だが、何故かそのままミリィは俺について来るらしい。
ミリィを助けたお礼に、木の実や果物をもらって、こちらも大量にある魚からつくったつくね団子メニューを振舞ったら、またそのお礼に果物などがたくさんある場所で好きに採取していいという話になったんだが、正直何が何やらよくわからん。
まぁハツへのお土産にいいなってことでミリィについて行ってるんだが…。
せっかく有翅族の村にミリィを連れて行ったのに、連れて帰るのか?、これも何だかなぁ…。
途中ヘビがいたのですぱっと首を落としてポーチに収納した。
ミリィがすごく驚いていた。毒はないらしい。
あと、ウサギっぽいのや鳥も倒して収納。血抜きとかあとでいいや。
途中、歩きづらいのでいつもの飛行魔法の床板が小さいバージョンで浮かんでゆっくり飛んで移動しはじめたら、ミリィが座ってる俺の肩の上に飛んできたので、結界に穴を開けて通し、肩に乗る前にぱしっと捕まえて膝の上に乗せようとしたら、『いやー、離してー、おかされるかなー』って言われた。
人聞き悪いなんてもんじゃないけど、周囲には人の気配は無いようなので助かった。
まぁそれに棒読みだから本気で言ってるんじゃないってわかる。
- それ、意味わかって言ってる?
「ん?、長老さまがね、襲われそうになったら言えって言ってたかな?」
あの長老…、今度会ったらデコピンの刑だな。
それはともかく、肩の上は俺だって首を動かしたりするので危ないから乗っちゃダメって言い聞かせておいた。
「でも頭の上だと髪があるから乗りにくいかな」
とか言ってたので頭の上も禁止って言っておいた。
乗るところがないよ、って不満そうに言ってたけど、ちゃんと手で受けるからと言うと『タケルさんの手は乗り心地いいからそれでいいかな』って納得してもらえたようだ。
そしてまた膝から飛び立って、『こっちかなー』って語尾のせいで微妙に頼りない言い方だけど、迷う様子もなく案内はちゃんとできているらしい。
それで俺の前を飛んでいるミリィを観察していると、視線に気づいたのか、くるっとこっちを向いた。
「え?、タケルさんに興味もってもらえるのは嬉しいけど、え?、そうなの?、マジ?、あ、ちょっと待って?、心の準備が…」
え?、何言ってんのこいつ。
心の準備がとかいいながら、目を閉じて後手にして口を「ん~」とか言いながらすぼめてやや顎を上げて近づいて…、あ、キスしようとしてるのかコレ!
むんずと掴んで阻止してやった。
「ああん、タケルさんってばだいた~ん♪」
何がだよw
どさくさに紛れて首飾りから小さい手がでて水球投げつけてた。
何やってんのウィノア分体w
小さすぎてぱしゃっという音すらしなかったけど、ミリィからすれば顔を洗う程度の水量はあるからね。
「え?、何かなこの水」
顔から胸元までが濡れて、きょとんとしてた。あはは。
- 上から落ちてきたんじゃないかな?
「そうだよね、これただの水っぽいし」
ちょっと苦しいかと思ったけど、納得したようだ。
「たまにあるかな、朝露が溜まってて、風なんかで落ちてくるの」
へー…。
それで布切れをポーチから出して渡すと、それで顔と胸元を拭った。
「あれ?、これってお土産を包んでくれてた布かな?」
- ああ、そうだね。
洗って乾かしたけどミリィは置きっぱなしだったから持ってきてたんだ。
「髪も濡れちゃったみたい、あ、背中のとこ拭いてくれるかな?」
- ほい。
背中の濡れてるところをぽんぽんと布を当てて水分を吸い取ってやると、何かもぞもぞと動いてる。
- ん?、どうしたの?
「何か背中がかゆいの」
と言われてもね、力加減ができないので布を手渡したら、細長く丸めて背中を洗うようにごしごしとこすった。
それができるなら俺が拭くことなかったんじゃないか?
「これじゃダメかなー、いいかー、もう着いちゃったし」
いいのか。差し出された布を受け取って上着のポケットにいれた。
着いたといわれて周囲をみると、なるほど果物がいっぱい生っている。
道理でさっきからいい香りが漂ってるなーって思ったよ。
木の実は杏みたいなのや桃みたいなの、バナナみたいなのやアーモンドのようなものやら、あれこれいろいろあるようだ。
ミリィに聞くと、『どれも美味しいかな』と要領を得ない答えが返ってきたが、まぁ食べられるってことだけはわかった。名前が知りたかったんだけどなぁ。
たくさん採っていいらしいので、鳥が突っついてなくて虫がいないのをたくさん採ってポーチに入れていると、ミリィはその鳥がつついて虫が群がってるのをわざわざ選んでいた。
結界の内側には鳥も虫もほとんど居ないって聞いていたけど、ほとんどってことは少しは居るってことなんだろうね。
小鳥がつついたところから垂れる汁に虫が群がっているようだ。甲虫のようなのが居た。幼虫がいたりはしないみたい。あくまで見えるところにはだが。
ミリィはそんなの気にせず虫を摘んではぽいぽいと投げ捨てて実を齧ってた。
「鳥や虫が選んだもののほうが美味しいよ?」
と言ってたけど、気分的にね。それと、それで時間が経ったものは傷んで不味くなるよね。
だからちょっと未熟ぐらいのを採取したんだよ。追熟すればいいなってね。しないなら他の利用法を考えるさ。
何かきらっと光るものが動いたのでそちらを見ると、蟻に似てるものが木の幹を這っていて、直径5mmぐらいの小さな琥珀色の球を運んでいた。
何の球だろうと見ていると、果物を食べ終わったのかミリィが来て、そのアリをひょいっと捕まえて琥珀色の球をちゅるっと食べ、アリの部分はポイっと捨てた。
「ん~♪、甘ぁい♪」
え?、ああ、アリの蜜ってやつか。何かの本で読んだっけ。
もう一匹見つけたのか、それを持って俺に差し出した。
「タケルさんも食べるかな?」
- あ、ミリィが食べていいよ?
「そう?、ありがとう」
にこっと笑顔でまたちゅるっと食べてポイ。
まぁ、俺にはちょっとサイズが小さすぎる。直径5mmじゃなぁ…。
たくさん集めればいいんだろうけど、そこまでするほどではない。アリだし。
聞いたところ、この森に居るアリはその一種類だけなんだそうだ。
他は駆逐したらしい。すごいな。
どうしてこの種だけ残しているかは、見つけたらおやつになるからだろうね。推して知るべし。
同様に、蜂もミツバチだけが居るんだとか。
村には養蜂技術があって蜂蜜を集める設備があるんだってさ。
結局、何種類かをそれぞれ20個ぐらい採らせてもらった。それでもまだあるんだから、確かにここは実りの多い場所だと言える。
途中、結構ヘビがいたので有翅族にとっては危険なんだろう。
●○●○●○●
そのあと、森の結界を北に出ると崖下はすぐ海だった。
長老さんが、
『北へ行くのでしたら、帰りはそのまま森の結界を北に抜けると良いでしょう。途中が危険なので村の者にはあまり伝えては居ないのですが、小島や岩が立ち並んでいて、崖からの眺めはなかなかのものなのですよ』
と言っていたので、その眺めを見に崖のふちに出たってわけ。
『もし夕刻であればそれらの小島からも見てみると良いかもしれませんね、崖が夕日に照らされて染まっていくさまも素晴らしいものですから』
とも言っていたが、残念ながらまだそんな時間じゃない。
でも確かに眺めはよかった。
ミリィも『いい眺めだけど、ちょっと風が強いかなー』って飛ばされそうになっていた。いや、飛ばされて戻ってきた。
それであまり長居はできないなと思い、ささっと索敵魔法を使っておく。
すぐ近くの小島に複数の反応、それと崖のくぼみに鳥が巣を作っているのがわかった。
でも今はそれよりも崖下の岩場に居る魚が気になる。結構でかくて、鯛のような形なんだよ。いやまぁ何となく。
ならばついでに、と降りて30cmぐらいあるやつを1匹捕まえて、いつものようにテーブルと椅子をつくり、ささっと捌いたら血合いがほとんどなくて白くてきれいな身だった。
これは食えるやつだ!、ってほくほく顔で少し切って軽く塩振って火魔法で炙って食べてみたら、結構美味いことがわかった。
試しに小さい切り身を生で食べてみるとこれもイケる!
いやー刺身なんて久しぶりだなーなんて、山葵がないのが惜しいなーってふとミリィの視線を感じたんで見たら、信じられないものでも見るようなすっごい顔してた。
「それ、食べれるのかな?」
あー、ミリィたちからするとでっかい魚だもんなー、ひと切れ食べさせてやってもいいんだけど、万が一毒が含まれてると身体の小さいミリィだとまずいので、1・2時間ぐらいして俺に何もなければ食べさせてみよう。
というのを説明して、美味しいから楽しみにしてて、と言ったんだが眉を寄せて渋い表情。
「さっき生で食べてたよね?、野蛮じゃないかな?」
野蛮て。さっきアリの蜜食べてたひとに言われたくは無いんだが…。
まぁ文化の違いってやつだから言い返すのはやめておいた。
で、何か魔力のある飛行物体が近づいてくるのがわかったのでそっちを見る。
一応障壁を張っておいた。
それは、こちらから見えないように岩陰を使って近づき、一旦近い場所の岩の後ろに留まってから声を出した。
「けほっけほっ、あの、もし…、そこなお方…、助けてたも…」
半裸状態の人間が岩陰から這うように出てきて手を伸ばしている映像が見えた。
本体はその頭部のあたりに浮いているようだ。
「わ、おっきい人が居たかな!」
ミリィにはそれがただの映像、つまり幻影のようなものだとは気づいていないらしく、俺の背中にさっと隠れて肩のところからそっと覗いている。もー、こそばいなー。
それにしても言葉の表現が古い。調子狂うなぁこれは。
- ミリィ、あのひとが何を言ってるか、わかった?
「助けてって言ってたかな?、あれ?、どうして言葉が分かるのかな?」
そりゃね、ミリィと同族でしょあれ。
「助けてたも、もう何日もろくに食べておらぬのじゃ…、食べ物を探して島から出たのじゃが、船が転覆してしもうて…、こうして命からがら何とか泳ぎ着いたのじゃ」
映像は苦しそうに見えるけど、本体は実に元気そうだ。
声の演技がしやすいのか、腕や手でセリフに沿った動きをしていた。
船が転覆、のところでは手のひらを船に見立てたのか上に向けてからくるっとひっくり返していたし、泳ぎ着いたのところでは平泳ぎのように両手両足を動かしていた。
見えていないと思ってやってるんだろうなー、あれ。
- へー、それでそれで?
「へ?、あ、その、それで、うちには腹を空かせた8人の子供たちがおっての、」
8人もちゃんと親指を曲げた両手で示してるし、腕組みをしたり腰に手を当てて胸を張ったり、なんだか元気溌剌にしか見えない。
命からがら、が聞いて呆れるな。
少し近くに寄って、話を促した。
- ほほう、それは大変でしょう。
「そ、そうなのじゃ、それで食べ物があるなら分けてもらえんかのう?」
手を握ってきた。幻影が。おお、すごいなこれ柔らかい感触の結界魔法じゃないか。
このひと、俺より結界操作の技術もってるぞ。
ほどほどに冷えた手の感触がちゃんとある。
本体のほうも、手を握る動作と同じ事をしているな。ふむ。連動させてるのか、なるほど細かい操作をするのには確かにそのほうがやりやすいんだろう。繊細な手や指の動きだものね。
なるほどなー、そうやるのか、今後何の役に立つかわからないけど覚えておこう。
握られた手をじーっと見ていたからか、すっと手を離し、苦しそうな演技を再開しだした。
「けほっ、けほっ、腹が減って喉が渇いてもうだめじゃ…、長く話して力が抜けてしもうた…」
- 大丈夫ですか?、さぁ、そこでは波がかかってしまいます、こちらへどうぞ。
少し乗ったフリをして、さっと背中を支えるようにして本体を掴んでやろうとしたら、幻影に重なるように実体になった。
え?、これどうなってんの?
「あっ、助けてくれるのかや?、食べ物を分けてくれるのかや?」
こちらの驚きを覚られないように、実体になった女性を支えるようにして、波のかからないこちら側、さっき作った椅子のところに連れてきて座らせた。
もう本体が透けて見えたりはしていない。服がぼろぼろだった箇所がいくつか直っていて、露出度が少し減ってはいたが、裾や肘のあたりの袖のところは幻影と同じように綻びがあった。
柔らかい感触の結界操作もこっそり教わったし、お礼の意味でも飲み物ぐらい出してもいいかな。
- まずはこれを飲んで落ち着いてください。
と言って、土魔法で作ったコップをポーチから出して、水筒から水を注いだ。
「感謝するのじゃ…、おお、何と香りのよい水じゃ…」
テーブルの上に置いたコップを普通に手に取り、飲んでいる。現在はどう見ても人間にしか見えない。
ふーむ、魔力感知で見ても視覚的に見ても、ちゃんと実体だなぁ、どうなってんだ?、もしかしたら変身とかそういうやつか?
変身魔法なら覚えてみたいんだけど、種族固有のものだったら俺には再現できないかも知れないな。
- それで、何日食べてないんですって?
「ん……、はー、えーっと、み、三日じゃ」
飲み干す前に尋ねたせいか、口に入れた分を飲み込んで、少し焦ったような返事。ふぅん…?
- そんなに食べてないのなら、固形物はやめたほうがいいですね。見たところかなり衰弱しておられたようですし、今はスープか果汁だけにして、少し安静にしていた方がいいのではないでしょうか。
「あっ、それは困る、いや、大丈夫なのじゃ、幸いと身体は丈夫な方での、」
- そうですね、今はお元気そうに見えます。
「そうじゃろう!?、じゃから食べ物を…、ん?、今は?」
- はい。幻影では衰弱しているように見えていましたが、先ほどの本体と同じように、今はお元気そうです。
はっと気づいたように言ったので、それに答えるように言うと、俯いて小声でぼそっと言った。
「……ちっ、何じゃ、バレておったのか」
聞こえてますよ?
●○●○●○●
ささっと変身を解いて幻影を置いて逃げようとしたのでさっき覚えたやわらかい結界をぶわっと張ってみたが、ぶつかる前に急停止した。結界を感知したんだろう。こちらを振り返って警戒心一杯の表情で睨んでいる。
「妾をどうするつもりじゃ!」
- どうもしませんよ、少し話をしませんか?
変身のこと、聞いてみたいしさ。
「つ、捕まえて見せ物にしようというのではあるまいな!」
この地の人種たち、有翅族にろくな事してきてないんだな…、まぁ有翅族も人種に含まれるんだろうけど。
- そんな事しませんよ。ほら、ミリィも何か言って。
首の後ろ、上着の襟のところを持って寄りかかっているミリィをむんずと掴んでテーブルの上に置いた。
「あぁん」
「何じゃ、同族ではないか、もしかして御主も追放されたのかや?」
「違うかなー、」
「妾たち有翅族が森の外に出るなど普通ではありえないのじゃ。追放されたに決まっておる」
妾さんは警戒を解いたのか、すーっと飛んで近寄り、テーブルの上に降り立った。結界は解いておこう。
「ちゃんと長老さまに許可もらって出てきたんだもん、追放じゃないかなー」
「長老とはレイヴンの事かや?」
「長老さまは長老さまかな」
- そう名乗っておられましたよ。
「ふん、あやつが有翅族の者にそう簡単に許可なんぞ出すものか、かわいそうにのぅ、見たところ羽も無いようじゃし、体よく追い出されたのじゃろう、あやつのやりそうな事じゃ」
何やら確執がありそうだなぁ、そんな事情よりも変身のことがききたいんだが。
うん、ただの興味なんだけどさ、もし俺でも扱える魔法なら、覚えてみたいじゃないか。だって変身だよ?、変身。
あ、幻影も結構緻密だったんでもうちょっとよく見たいってのもある。光の精霊さんの投影魔法は文字通り投影で、結界や物体に投影しているものなので、幻影とはまた違うんだよ。もしかしたら存在するのかも知れないけどさ、見せてもらった事が無いからね。
「ねぇタケルさん、あたし、追放されたのかなぁ?」
- 違うと思うよ?
「かわいそうって言われたよ?」
「追放処分のときに抵抗した者は羽をもがれたり傷つけられたりするんじゃ、知らんのかや?、御主の羽はどうしたんじゃ?」
「これは崖から落ちたときに取れちゃったかな」
「何と恐ろしい事を…、妾ら追放された者でも崖から落とされるような酷い事はされておらぬと言うのに…」
「違うかな!、ヘビに襲われたからかな!」
「ヘビを嗾けられたのかや!」
「うぅ、タケルさんー、このひと話が通じないかな…」
困ったようにこっちを見るミリィ。
他人事だと思って見てちゃダメだよね、やっぱり。でもどう言えばいいんだろう、とりあえず話をそらすか。
- あの、僕はタケルと言います。こちらはミリィです。良かったらこちらをどうぞ。
先日ミリィに作ったガラス製のジョッキと土魔法製の器をポーチから出して、器に水筒から水を注ぎ、器の前にミリィたち用の椅子を作った。ジョッキはそれぞれに手渡す。
「おお、美しい器ではないか、タケルと言ったかの、御主は話の分かる御仁と見た。妾はディアナじゃ」
ディアナさんもミリィも、ジョッキで水を汲んでこくこくと飲み始めた。
そんなにがぶがぶ飲んで大丈夫か?
「ほんにこの水は美味いのう、酸味のある香りも心地良い。妾の知らぬ果物かの…」
くすんだ白髪に赤い瞳、黒いワンピース。
でも良く見たら象牙色の髪が海風や日光で傷んでて輝きがないから白髪に見えているようだ。
なるほど、満月の色みたいな髪だからかな、偶然だと思うけど。
背中の羽は黒鳳蝶に似ている気がする。これもよくみると端のほうがぼろぼろだった。
「羽が黒いなんて性格悪そうかなー」
「羽の無い御主に言われとうは無いが…、あ、いやすまぬ、酷い仕打ちをされたのじゃったな、恐ろしい追放の仕方をするものじゃ…」
「追放じゃないって言ってるのに…」
おっと、話が戻ってる。
- その羽って、取れちゃったひとはずっとそのままなんですか?
「いや?、そのうちまた生えてくるぞ?」
「うん、それに自然と生え変わる事もあるかな」
なんだ。んじゃそれほど深刻でもないんじゃないか。
もしかして、さっきミリィが背中がかゆいって言ってたのって、生えてくる前兆だったのかもね。
- あ、そうなんだ。ミリィの羽はどんなだったの?
「んー、前のは茶色っぽくて細めで固い羽だったかなー」
中型の蜂みたいなやつかな。たぶん。
- へー、また同じのが生えてくるの?
「わかんないかな」
「いつも同じのが生えるとは限らんのじゃ」
- あ、そなの。大きさとかが変わると飛びづらくなったりしない?
「それはあまり関係ないのじゃ。妾たち有翅族は別に羽で飛んでおるわけでは無いからのぅ」
「それに、すぐ慣れるかな」
「そうじゃな」
- そういうもんなんだ。あ、でも飛ぶときに羽を広げたりしてるよね?
「しなくても飛べるかな」
「いわゆる『様式美』というやつじゃ」
- 様式美ね…。
「そうじゃよ、羽を広げて飛ぶほうが格好がつくじゃろ?」
「これから飛ぶぞー、っていう雰囲気が大事かな」
なんだそりゃ。
「ひとにと言うか、羽によっては一切動かさない者もおるでの」
「ノンなんか風に揺れるに任せて自分では全然動かさないかな」
「妾のように大きい羽だとあまり羽ばたいたりはせぬな。逆にしっかり動かす者もおる。様々なのじゃ」
- へー…。
蝶や蛾のタイプだと鱗粉があったりはしないのかな…?
「ん?、この羽が気になるのかや?」
俺の視線に気づいたのかディアナさんがにやっと笑った。
- あ、失礼しました。粉みたいなのがついたりしないのかなってちょっと思ったので。
「妾たちの羽は虫たちのものに似ておるが、同じではないのでの、蝶のような粉は無い。形や筋は同じようなものじゃがの…、さっきも言うたが羽で飛んでおるわけじゃ無いのでの、ほれ、そこなミリィのように羽が無うても飛べる。言ってみりゃただの飾りじゃ。その飾りを飛行中どれだけ優雅に見せるか、様式美と言うたのはそれぞれの感性の問題じゃからじゃ。自己満足の領域じゃの」
ただの飾りとか、身も蓋もないな。苦笑するしかない。
「だからカッコイイって思ってぶんぶん動かすひともいるけど、たいてい周りからうるさいって言われてやめちゃうかな」
一過性の中二病みたいなもんだろうか?
「虫とは身体と羽の比率が異なるからの、空中での動きに役立つこともあれば、邪魔になることもある。一長一短というやつじゃ。じゃからこそ美しく飛べば好かれるし、色によっては性格が云々とあらぬ事を言われたりもする」
そう言いながらミリィのほうにすっと視線を流した。
性格悪そうって言われてたもんな。それの意趣返しか。
「えー?、だってあたしたちを騙そうとしてたもん、性格悪いかなー」
「騙そうなどとは人聞きの悪い、食料が不足しておるのは本当の事なんじゃ、ただちょっと信用されやすいように同じ種族に見えるようにしただけなんじゃ、御主らを害そうとは思うておらん」
性格云々はともかく、言う事はわからなくはない。
服にも羽にも、苦労のあとが偲ばれるし。これも哀れを誘うためにそうしているという可能性はあるが。
「ふぅん、どうだかなー、あ!」
- ん?、ミリィ?
「思い出したかな!、前に長老さまが言ってたかな!」
どうやらこのディアナさん、長老と意見の対立で口論になり、森を出てきた長老の娘さんだった。
それでミリィが聞いた話をし始めたのだが…、
「昔、過激なグループが、」
「か、改革には強い言葉を使うこともあったんじゃ!」
「1割ほどの村人を連れて、」
「妾を慕って付いてきたんじゃ!、ふ、ふふん」
「武装蜂起をして、」
「無理やり押さえつけようとされれば抵抗ぐらいするじゃろ?、な?」
「食料倉庫のひとつを占拠して立てこもり、」
「た、たまたま集まった場所にいろいろ干してあったんじゃ!、偶然じゃよ?」
「過去の悪さも反省した様子がなく、」
「誰しもちょっとぐらいいたずらをすることはあるものじゃし?」
「まともに話もできないので」
「そ、それはお互い様じゃ!」
「森を追放された、」
「追放ではない!、自分から出てきたのじゃ!」
- あのー、いちいち挟まないでくれませんか?、この子は長老さんから聞いたってことを話してるだけなので。そちらのお話はこの後で聞きますから。
それからは反論したりせずにいてくれたが、ミリィの話に『反抗期』とか『体制に反発』とかが出てくるたびに小さく『うー』とか『ぁあぁ』とか唸ってたのをミリィと2人、しょうがないなぁと目線で交わして苦笑いをした。
あれか、黒歴史とかいうやつなんだろうか。
それにしても、『追放じゃなく自分から出てきた』ってところだけはミリィと同じなのに、どうしてミリィのことを追放されたって思うんだろうね。
そしてそのあとに長老さんへの不満やら村の運営がどうの、生産設備がどうたらこうたら、バランスの良い食生活のためには云々かんぬんと、愚痴が混ざっていたが前半はまともなことを言っていた。後半はもう長老と村人たちに対する愚痴だけになったが。
確か長老さんが『今は80名ほどで暮らしております』って言ってたっけ。
もし人数にそれほどの変化がないなら、ディアナさんのところって8・9人か。
崖からの景色がどうとか、小島から見た崖がとかやけに薦めるなと思ったら、ここを出て行った娘たちの近況が知れるかも知れないという意図があったんだろう。
まぁ追放した娘の様子が知りたいから見てきて欲しいと直接的には言いづらいか。
「それでの、何か食べ物は無いかの?」
別に構わないんだけど、ここで軽く食べ物を渡しても根本的な解決にはならないよね。本当に飢えてそうなら食料ぐらい分けるのは吝かではないんだけど、本人は血色いいし元気そうだし、それはそれで何だかなぁって気もする。
- ありません。
なのでここは一旦冷たく突き放した。
「そ、そんな、そこに御主らが何か旨そうなものを食べた跡があるではないか、な?、な?、頼む、食べ物を分けてくれんかの?」
テーブルに残っていた汁などが付いたままのお皿を指差して言った。
- あれで最後なんですよ。また獲ってこなくちゃなんです。
と言ったら2人ともすっごい表情になった。濃淡がついたというか劇画調になったというか。ディアナさんは分かるけど、ミリィまで何で?、森で一緒に果物たくさん採ってたの見てたよね?
ちなみにさっきのお魚はほとんど残ってる。俺の楽しみとハツへのお土産だからね。
「お願いじゃ、うちには腹を空かせた12人の子供たちが…」
と、俺の胸元にすがり付いてこようとして跳ね返り、くるっと宙返りをするディアナさん。
頬に手をあててきょとんとしてる。あ、顔から胸元までが濡れてる。
ああ、首飾りにカウンター食らったのか。何やってんのウィノア分体。
「な、何が…?、い、いや、ここで逃してはまた他を探す手間が、じゃのうて、うちには腹を空かせた15人の子供たちが居るんじゃ、頼む、食べ物を…」
また増えてるじゃないか。お約束のギャグか?
せっかく見つけたカモを逃がしてなるものか、というような副音声が聞こえたような気がする。
「さっき12人って言ってなかったかな?」
「15人じゃよ?、聞き間違えたんじゃないかの?」
前にも言ったが、有翅族の言葉はピヨや精霊さんたちと同じで魔力が乗ってるから俺には言葉のほうじゃなく意味が伝わってる。
だから俺は聞き間違えることなんてない。
「ふーん?、食べ物ならそのへんの木の実でも採ればいいんじゃないかな?」
「あの森じゃないんじゃ!、このへんにそんなものないわ!」
「へー、そうなんだ。あたしには関係ないかなー」
「そなた、それはちぃと冷たくないかの?、同族の誼みという言葉を知らぬかの?」
「知らないかなー、ところでおばさんいつまでいるのかな?」
「お、おば、おばさん!?」
そこはせめてお姉さんとか言ってあげようよ。
「ひ、姫様と呼ばれる事はあっても、お、おばさんなどと今まで言われたことなぞ無いのに…」
どこから出したのか黒い布を銜えて引っ張ってる自称姫様。
それハンカチか?、こういうのって共通の仕草なの?、俺からすると古いって思うんだけど。
「だって、長老さまは50年くらい前の話って言ってたかなー、お婆さんって言われないだけマシかなー?」
「う…、」
- え?、そんな前の話だったの?
「うん、さっきも『昔』って言ったかな、あたしが生まれるずっと前の話だって聞いたよ?」
「お、御主そんなに若かったのか…」
「ミリィは今年16歳かな、昨年から村の外に出ても良くなったかなー」
なるほど、15歳で成人みたいな感じか。
ディアナさんはその50年前に村を出たってことは、少なくとも65歳以上か…、まぁリンちゃんたち光の精霊さんのような例もあるので、見かけと実年齢が乖離しているのはもう珍しくも何とも無いな。慣れたというか。種族も違うしさ。
「むむ?、ならばどうして幻影がバレたのじゃ…?、同族が居るなら然もあろうと納得しておったのじゃが…?」
「幻影…?」
- あ、それなんですが、先ほどは幻影のときと実体のときがありましたよね?、幻影はともかく、実体のほうはどうなってるんです?
「ふむ、そうか。御主には最初からバレておったのじゃな?」
何か面白いものでも見つけたかのように片方の眉をあげ、そしてにやりからにこりと表情を変えた。
- はい。なかなか楽しく踊っておられました。
「う…、見ておったのか、それはできれば忘れてたもれ…。んっんん、御主の言う実体とは、これのことかや?」
と言うと、俺と同じ身体のサイズ…、うん、だいたい8倍ぐらいだな、これからは8倍とか8分の1サイズと表現しようか。その大きさの肘から先の幻影を生み出し、こちらに握手を求めるように差し出した。
当然、本体の動作を映し撮っているので、ディアナさん自体も手を差し出している。
「わ、手が…」
- いえ、それではなく、全体のほうですね。
「ひゃ、こっちも…」
と返事をしながら、こちらも同じように真似をして、ディアナさんの幻影の手と握手をした。
「な、何と!、む…?、御主のほうは帰還制御がちと甘いのではないか?、それじゃとすぐにバレてしまうぞよ?、…と、妾が言うても説得力がないかの?、ふふっ」
「これって2人でやってるの?、面白いかなー、つんつん」
帰還制御?、ああ、感覚のフィードバック処理か。
ミリィがふわっと飛び上がって楽しそうにやってるが、せっかく上位者から教わる機会だ、悪いけど集中しよう。
「これ、妾の方では無く、そちらの方を突くのじゃ、これ、ミリィ、もしかして面白がっておるのかや?」
「えへっ♪」
ミリィが突くと、幻影に重ねてある柔らかい結界がその情報を投影の元になるほう、連動している腕の表面に添って設置されている結界へと伝わり、それが皮膚への刺激として現れているようだ。そして凹んだり動いたりすると、それがまた幻影にリアルタイムで伝わるのか。へー、上手くできてるなー。
俺のほうはただ投影しただけなので、感覚のフィードバックはそのようにはできていない。ただ見たままの視覚情報で判断しているだけだ。『甘い』と言われるのもわかる。魔力制御の緻密さが全然違った。
なるほどなー、さっき見たままを模倣したときによく分からなくて端折った部分がそれかー、本体側って小さいから見落としてたよ。
- ミリィ、そっちはいいからこっちを突いてみて。
「へ?、うん、わかったかなー」
ミリィがこっちの手の幻影を指でつんつんと突いた。
おー、こういうふうにフィードバックして自然なように見せてるのか。すごいな。
「ほう、もうできたのかや?、普通は教えてもそうすぐにできるものではないのじゃが、御主は相当飲み込みが良いようじゃ。教え甲斐があるのう、ほっほっほ」
- ディアナさんは村を出られてからこのような技術を習得されたのですか?
「ん?、ああ、妾は幼き頃より神童と言われるほど魔力操作ができての、んんっ、自慢しておるわけではないが、あの長老をも超えるであろうと称えられたものじゃ」
「へー、あっ」
ミリィがまたディアナさんのほうを突いたら、手の幻影を解除したようだ。こちらも解除した。ミリィはもう終わったのかーみたいな表情ですぅっと元の席に戻って水をひと口飲んだ。
「ふふっ、じゃから村を出る前からこれぐらいの事はできておった」
「へー、ミリィにもできるかなー?」
「御主は…、基本的なことがまだまだじゃな、精進するがよいぞ?」
「ちぇー、でも面白いからできるようになりたいかなー」
「そういう心がけが大事じゃ、何でもそうじゃが、できるようになりたい、やってみたいという気持ちをどれだけ持ち続けられるかにかかっておる」
ほんっと、年寄りくさいな、このひと。
でも言ってることは正論だろうと思う。
- それで、幻影じゃないほうは、どうやるんですか?
改めて尋ねると、こっちを見たが、
「ん?、そちらは御主には無理じゃと……、んー…」
ちらっとミリィを見てまたこっちを見て、どう言おうか迷っているようだ。
- ではこちらをどうぞ。
そう言ってポーチから例のつくね団子を取り出して、串を作って刺し、有翅族の村でさんざんやったおかげで慣れて効率よくできるようになった加熱処理をして差し出した。
「お?、おおっ!?、何と美味そうな香りじゃ、御主先ほどはもう食べ物が無いなどと言っておらんかったかや?」
一瞬、咎めるような視線を向けてきたが、目の前の美味しそうな匂いには抗えなかったようで、俺が何か返す前に串をがっちりと両手で持った。
「まぁ良い、すんすん、これは海の魚じゃな、海藻の香りもしておる、差し出したということは食べても良いのじゃな?」
こちらの返事を待つことなく嬉しそうにかぶりついた。俺はまだ串を指先で持ったままなんだが…。
- 教えて頂ければ差し上げようかと思っていたんですが…。
言いながらすこし串を斜め上に引いた。ほんの20cmぐらい。
「これは美味い!、へ?、これ、これ!、御主それは無いのではないかのぅ?、ひと口だけ食べさせてその美味さを知らしめておいて、それはあまりに酷いのではないか?、さすがに妾でも泣くぞ?、暴れるぞ?」
と、涙目になって串に両手でぶらさがっている。飛べばいいのに。
- 教えて頂けます?
「わかった、妾の負けじゃ、じゃから早うこれを!」
ゆっくり降ろして指を離すとがつがつもぐもぐと食べ始めた。
「あたしも欲しいかなー…」
媚びた仕草で上目遣いでもじもじ。あざといけどまぁしょうがないので渡す。
そしてがつがつもぐもぐ。
有翅族ってみんなこんななのかな?
「何度食べても美味しーかなー♪」
「ほうじゃの、しかしミリィよ、このような男についておるとそのうち酷い目に遇うのではないかのぅ?」
「タケルさんは命の恩人だし、優しいよ?」
「ならええんじゃがの。しかし海の魚を食べた事は何度もあるが、これは美味いのぅ、何と言うか飽きの来ない味というか、深みのある味わいというか…」
まぁ魚が一種類じゃないしなぁ、たくさん作ると美味しくなる法則もあるし。
「焼いても煮ても美味しいかなー」
「何じゃと!?、煮たものもあるのかや?」
会話しながらもぺろりと食べ終えて舌なめずりをし、嫣然と微笑んで期待の眼差し。
ほんと身体のサイズに関係なくよく食べる種族だなぁ。
- 教えて頂けるんですよね?
「わかっておる、じゃが大きくなったほうが食べる量が増えるが、良いのかの?」
増えるんだw
そりゃまぁ、大きくなっても元の身体のサイズぐらいしか食べなければバレるよな。いや、バレるのか?、この人たち身体は小さくても俺たちと変わらないぐらい食べていたような…。
ま、いいか。
- 構いませんよ、えっと、煮物のほうでしたっけ?、こちらです。
村でミリィたちに出した余りではあるけど、1人前以上はたっぷり残ってる鍋を取り出して置いた。そのとき使ったレードルで取り皿に少し入れ、冷めていないかを確認した。うん、温め直す必要もないな。取り皿なども置いた。
「おお!、これは美味そうじゃ、ではと…」
テーブルの上からひょいっと飛び上がり、さっき大きかった時に座ってもらった椅子の横にふわりと飛び降りると、するっと大きい姿になった。
「いかがかの?」
「わー、大きくなった…」
得意げな笑顔だ。服も大きくなる不思議。実にファンタジーだ。
「言うておくが、他言無用じゃぞ?、これは有翅族でも特定の者にしかできん秘儀なのじゃ」
「あたしにもできるようになれるのかな…」
「わからぬ。できるようになるかも知れぬし、できないかも知れぬ」
「えー…」
「妾もどう説明すれば良いのか、よくわからぬのじゃ」
「長老さまならできるのかな…」
「ん、当然できる。あやつなら条件なども知っておろう、じゃが尋ねても教えてもらえるとは限らんぞ?」
「そっか…」
- もう一度やってみてもらえませんか?、次はできればゆっくりと。
「む、御主…、これは結構疲れるんじゃぞ?」
- 食後の果物もつけますので。こちらでよろしいですか?
「おお、ピナフではないか!、懐かしいのう、そういう事なら応じよう」
ふむ…、体内で魔力をきれいに行き届かせて、中心から波打つようにする…、だけか。こりゃあ種族固有っぽいな。俺が模倣してもただ身体強化になるだけだ。
おそらく波打つときの刺激は個人の特定周波数なんだろう、そこらへんの加減を制御できなければ失敗となり、身体強化のようになるか、何も起こらないかのどちらかになると思われる。
- なるほど、ありがとうございます。興味深い魔法でした。
「なに、礼ならもうそこにあるじゃろう。じゃがそう真剣な眼差しで見つめられておると照れるものじゃの。では頂くとするかの」
「タケルさん、何かわかったのかな?」
少し頬を染め、それをごまかすかのように席に着いて食べ始めるディアナさんから視線をこちらに向けてミリィが尋ねた。
- うん、種族固有の魔法みたい。ちょっと残念かな。
「じゃから御主には無理じゃと言うたではないか」
- はい。
「確かに、煮ても美味い。このスープもまた格別じゃ、良ければ作り方を教えてもらえぬかの?」
ハイペースで1杯目を平らげ、おかわりを装いながらそんな事を言った。
珍しいものを見せてもらったことだし、つくね団子の作り方ぐらいなら教えても構わない。
- それがですね、その団子の作り方なら問題はないんですが、
「やはりスープは秘密かや?」
- いえ、そうではなくて、このあたりの魚などに詳しくないもので、それと、まぁ実際に見てもらったほうが話は早いと思います。
「ほう、ここでやって見せてくれると言うのかや?、良いのかの?」
- 全く同じ味になるかどうかは分かりませんが、同じ作り方をしますね。
食べる手をとめ、興味深そうにこちらをじっと見るディアナさん。
テーブルの端に腰掛けて足をぷらぷらさせて、同じような目で見てるミリィ。
そういえばミリィは作ってるところを見せたことが無かったな。
かまどのような土台を作る。まぁ薪をくべるわけじゃないが、形だけね。
そしてダシをとるための寸胴のような鍋をつくり、お湯をつくって注いでおく。
作業台代わりのテーブルをつくり、ポーチからまだまだたっぷりある形がまともじゃない魚の肉片をどばっと取り出した。
「……準備段階からして、もう常軌を逸しておるのじゃが…」
無視して作業を続ける。
腰につけているナイフと風魔法で皮や鱗を除去し、頭部や中骨といったアラとなる部分をどんどん寸胴鍋に入れていった。
身や小骨の部分は、テーブルの上に樽のような容器を作ってそこに順次放り込む。
海藻と、そのままでは食べられない固い木の実も適当に入れ、障壁魔法でフタをして風魔法ミキサーで樽の中身を粉砕しながら一旦混ぜる。そして水と小麦粉、塩と唐辛子っぽい実を入れ、またミキサーのようにして混ぜた。
「なるほど、何種類もの魚が混ざっておるのか…」
向かい側から覗き込んでいたディアナさんが納得したような表情で言った。
- ええ。僕は魚の名前や種類を知らないので。食べられるということだけは分かっているんですけどね。
「そして配合も適当だから、同じ味になるかどうかはわからないと言うたのじゃな」
- そういう事です。
後ろでアラを加熱していた寸胴が沸騰したので加熱をとめ、煮汁の上のほうだけを、浮いている油や身ごと結界で包んで別の容器に濾しながら移した。油などの液体側は癖が強いので今回は使わない。ここで濾された身のほうは、樽のほうにぽいぽいと入れて、樽の中身はゆっくりと混ぜる。
本来なら布で濾したりするんだろうけどこれも網状結界でさくっとできる。便利なもんだね。後ろでディアナさんが『はぁ?』とか言ってるけど。
煮汁の匂いが強いなら一旦捨ててしまってもいいと思う。今回はそれほどでもないのでお湯と海藻の太い部分を足して沸騰するぎりぎりのところまで加熱しておく。
- こちらの煮汁のほうはしばらく時間がかかります。次は団子のほうです。
頷くディアナさんを見てから、団子作りを始めた。
と言っても、樽から順次取り出して網状結界に乗せ、結界操作で丸めながら加熱して箱に入れていくだけなんだが。
「え?、何と…、いや、御主相当器用じゃな…、妾もここまでの結界操作、魔力操作は自信がないのぅ…」
- 魔法でやらなくても、手でこねて丸めて、加熱して下さい。
「それもそうじゃな。ところで物は相談なんじゃが…」
だいたいそういう言い方をする時は、何かの要求をしたい時だよね。
「できればその、作った食料を分けてもらえれば…、ありがたいのじゃが…、だめかの?」
ほらね?
●○●○●○●
お兄さんに助けてもらってから、びっくりするぐらいいろんなことが起きてたいへん。
お師匠さんの本で読んで知っていただけの便所やお風呂にも驚いた。
お風呂はすごく気持ちよかった。
でももっとびっくりだったのは、妖精だって思ってた小さいひとは、有翅族っていう羽のある種族だったこと。
お兄さんはミリィさんっていう有翅族の人と言葉が通じるみたいで、ボクとは言葉が通じないけど知り合いになれた。嬉しかった。だって町の人みたいにボクのことをまるで悪いもののように嫌ったり、石を投げてきたりしないもん。
街に住む女の人をお兄さんが運んできて、治療したのにもすごくびっくりした。お師匠さんよりもずっと魔法が上手くて、奇跡のようだった。見ていて涙が止まらなかったよ。
最初は、町の人を連れてきたことに不安だったけど、ボクが眠っている間に元気になって、町から迎えの人がきて連れて帰ったってきいた。
ボクも少しなら回復魔法が使えるんだけど、お兄さんに比べると全然だって知った。お師匠さんもボクより魔法が使えたけど、お兄さんのはそんなのと比べ物にならないぐらい凄かった。
お兄さんは料理も上手なんだ。ただ煮たり焼いたりしてただけだったボクやお師匠さんとは全然違う、美味しいごはんを作ってくれる。
お兄さんはいろいろな事を知っているけど、魚や植物のこと全然知らないのが不思議。
だからボクはお兄さんについて行こうって決めた。
だってボクは町には住めないし、ここでずっとひとりで暮らしていくのも寂しいって思うようになっちゃったから。
モン爺はもうたぶんここには来れない。前に貼り薬を持って行ったとき、済まなそうに『もうこれでは効かなくなってきた』って言って、『もう薬は要らない、今までありがとうな』ってぎこちなく頭を撫でてくれた。
たぶん、今までの人たちと同じように、手足が動かしにくくなっちゃったんだろう。
モン爺の娘さんとその子供が、ボクがあの家に出入りすることを良く思っていないのは知ってた。他の人に見られると、やっぱり良くないんだなって思う。モン爺もそういうのを済まなそうにしていたのを知ってるし、他の人からボクのことを言われていたのを見たことがあるからね。
そういうの、今までなら仕方ないって諦めて暮らしてた。
でももう耐えられないって思う。だからお兄さんについて行こうって決めた。
まだお兄さんには話してないけど、お師匠さんの荷物、全部は持って行けないのも悲しいけど、本当に大事なものと貴重なものだけを選んで持って行こうと思う。
今日はお兄さんがミリィさんを送って行ってて、だから今のうちに持っていくものを選んで、整理して荷物を作ろうって思ってたんだけど、町の人が外の荷物を買い取りに来るかも知れないって、時々入り口のほうや外に注意しておいてってお兄さんに言われたんだ。
町の人が来るってことで不安だったけど、お兄さんが治療したドロシーさんってひとのことがあるから大丈夫だよ、って言われた。でも…。
そんな不安を抱えながら、なんとか背負い袋に荷物をまとめることができた。
結局町の人は来なかった。
でもお兄さんも帰ってこない。
お兄さんはできるだけ早く帰って来るって言ったのに、もう日が傾いて沈みそうになってる。本当に帰ってきてくれるのかな、ってすごく不安になってきたので、入り口の外にお兄さんが作ったテーブルと椅子のところでぼーっと座って待つことにしたんだ。
そしてすっかり日が落ちて薄暗くなっちゃったとき、海のほうから『ずるっ、どさっ』と何か重たいものが動く音が、波の音に紛れて聞こえたんだ。
もしかしたらお兄さんが大きな荷物を持って海からきたのかな?
そう思って海のほうに行くと、それが這うように動いて、立ち上がったんだ!
それは海藻の化け物だった!
一瞬、何が何だかわからなくて立ちすくみ、声も出せなかったけど、それがこっちに一歩踏み出して、片手を伸ばしたのを見て、恐ろしくて必死で家に戻った。
今もそれの足音が時々聞こえる。
どさっ……
ずずっ……
怖いよ…、お兄さん、早く帰ってきて…!
次話3-009は2019年09月20日(金)の予定です。
20190919:表現を少し変更、追加。
(変更前) すがり付いてきて
(変更後) すがり付いてこようとして
20190919:誤字というほどでも無いかも知れないけど訂正。ついでに振り仮名を追加。
(訂正前) 利かなくなってきた
(訂正後) 効かなくなってきた
20190919:咳払い部分に『ゴホン』という振り仮名を追加。
(例) んっんん、
20190921:表現を変更。
(変更前) それは海藻を身にまとわせた大きな人っぽい何かだった!
(変更後) それは海藻の化け物だった!
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
タケルにすっかり懐いてしまった可愛い子。
もう『男の娘』と言っても間違っていない。
今回も名前だけの出演のはずだったのだが…。
お師匠さん:
ハツの育ての親のようなひと。故人。
ハツに薬草学や魔法のことなど、多くのことを教え導いた。
そして多くの書籍や標本、魔道具や実験器具を遺している。
ドロシー:
タケルに命を救われた町の娘。
エクイテスという商人の愛妾。
ミリィ:
有翅族の娘。
タケルを見ているだけでも飽きないようだ。
何も考えていないようで、結構いろいろ考えていたりする。
有翅族の村:
名前はまだ出ていない。森の崖の上の森にある。
結界に守られている。
以前は結界に穴があった。
ウィノアさん:
水の精霊。
タケルが装備している水の首飾りは伝説級らしい。
そこに宿っているのはウィノア分体。
今回セリフは無いがお茶目ないたずらをした。
リンちゃん:
光の精霊。タケルに仕えるメイド少女。
なかなか出番がない。
長老さん:
レイヴンという名の、見かけは美青年なひと。
有翅族の村の長を兼ねる。
娘が居たらしいが勘当状態。でもやっぱり親心。
ノン:
ミリィの幼馴染。
背中にはカゲロウのようなふにゃふにゃの羽がある。
風に靡くのが自慢、らしい。
今回は名前だけの出演。
ディアナさん:
今回初登場。有翅族の長老の娘。
くすんだ白っぽい髪に、赤茶色の瞳。
黒いワンピースに黒鳳蝶のような羽。
タケルをカモにしようと近づいてきたが、すっかりタケルワールドに
引き込まれた様子。