3ー007 ~ 有翅族の村
ぼーっと待っていても仕方が無いので、定番の索敵魔法を2種類使って周囲や遠くを探ってみた。
のだが…、警備の人たちとやらが感知に引っかからない。
もしかして、あの呼子笛らしき魔道具って、近くに居たら聞こえるけど、あまり遠くまでは届かないのでは…?
衛兵のひとは俺たちというかまぁ、俺をだけど睨みつけながら顔を赤くしてその笛を吹き続けている。
そのうちめまいとかで倒れるんじゃないか?、あれ。
何だか気の毒になってきたけど、放置して村へ行こう。
「お、おい!、動くな!!」
返事をする義務もないので無視し、ミリィを手のひらに乗せたままいつもの飛行魔法で飛び上がり、森の結界と同調させてするっと抜けて一旦外にでた。
「あれ?、また森が白くなっちゃったかな?」
- 結界の外に出たんだよ。
「え?、帰っちゃうのかな?、あたしはこのままタケルさんに攫われちゃうのかなー?」
ミリィは俺の左手親指にしがみつくように抱きついたまま、笑顔をこっちに向けてにっこにこしている。実に楽しそうだ。
そんな笑顔で人聞きの悪いことを言わないで欲しい。
「あっ、くっ!、結界が!」
俺たちを追って森の結界に阻まれた衛兵さんが下で何か言ってる。
「ミリィを返せ!」
えー…、身勝手だなぁ、あの衛兵さん。
「返せだってー」
下を覗き込んでから、確認するように俺を見た。楽しそうに。
- 返したらまたミリィは縛られるよね?
「だよねー、あんな人だったなんて、ちょっと信じられないかなー」
普通に村まで連れ帰ればいいのに、何も縛ることはないよなぁ…。
ま、こっちは上昇を続けてるのでもう見えないからいいや。
たぶんこっちのほうが早く村に到着するし。
- じゃ、村まで送るね。
と言いながら南西へ進んだ。
「え?、崖から離れてるよ?、村はそっちじゃないかな?」
- うん、ぐるっと回って村の真上から行くんだよ。
「ふぅん…?」
信じてないな?、お約束とかじゃなくて、飛び去る方向をごまかしてぐるっと回って真上から降りるんだってば。
「ほんと、すごい早いのねー、遠回りしたはずなのに、もう村の真上なのってびっくりかなー」
村の中心まで、さっきの崖のところからだいたい8kmぐらいだからね、俺的にゆっくり飛んでもたいして時間がかかるわけじゃない。
ぐるっと孤を描くように飛んで斜めに降り、結界をするっと抜けてすぅっとゆっくり村の広場っぽいところに降り立った。
そこしか降りられなかった、とも言う。
村の外なら木々の間へ適当に降りられるんだけど、家のようなものや、何かよくわからないけど公園の遊具みたいに木を組んであるものがあってさ、踏み潰さないように降りられる場所ってのが他に無かったんだよ。
巨大ロボや3分戦士やガリバーさんの気持ちが少し分かったような気がする。
ん?、ガリバーさんはともかく、前2つはだいたい踏み潰してたような…。
しかしどうなんだろうね、怪獣を放っておいたらそれこそ街はぐしゃぐしゃに潰されちゃうわけだけど、正義側だって戦うのに街の建物だの車だのに気をつける余裕なんてないだろうし…。
保険とか下りるのかな?、怪獣(敵側)に潰されたか正義側に潰されたかで保険が下りる下りない、なんて事があったら面倒そうだ。逆に正義の味方が倒れたりしてぶっ壊れたら新築になるって喜ぶオーナーも居たりしてね。
巨大ロボでもそうだよね、防衛軍のほうに保障の申し立てをしたら『あなたのご自宅は敵側の砲撃で破壊されたものですので、こちらでは保障に応じ兼ねます』なんて言われたら大変なんてもんじゃないよね。丸損の泣き寝入りだ。最低限の支給はあるかも知れないけどさ。
おっと、大幅に話がそれてしまった。
ゆっくりと降りていくとき、広場にちらほら浮いたり歩いたりしていた有翅族の人たちがさーっと散るように場所を開けてくれた。まぁ…、ただ逃げただけなんだろうけども。
着地してすぐ、一番大きな家らしき場所の小さな扉を開けて、杖を持った長い黒髪で白いローブのような服を着た男性が出てきた。背中にセミのような形をした透明な羽が少しだけ見えた。
「あ、長老さまー!」
俺の手からミリィが飛んで行った。
へー、あのひとが長老さんか。何か少女マンガに出て来そうな美青年なんだけど。
まぁ、サイズはミリィよりちょっと背が高いぐらいではあるが。
「おお、ミリィ!、無事だったのか!」
「うん!、タケルさんに助けてもらったの!、命の恩人かな!」
ミリィは長老さんの前に着地して、勢いのままぼふっと一旦抱きしめてから離れ、手で俺を示した。
けど、サイズがサイズなだけに、その手の先って俺の足だよ。
どうしたもんかなこれ。しゃがめばいいのかな?
でもしゃがむのも格好がつかないような…。
と、考えていたら長老さんは羽を広げてふわっと飛び上がった。
ああ、羽ばたくわけじゃないんだ。そりゃそうか、羽がないミリィでも飛ぶんだし。
長老さんに続いてミリィも飛び上がった。
そして目の前で長老さんが空中停止し、頭を下げた。
「言葉が通じるかは分かりませんが、ミリィを助けていただいたそうで、まずはお礼を申し上げます」
- はじめまして、タケルといいます。頭を上げてください。
長老さんは驚いたように目測で10cmほど下がり、大仰に両手を軽く広げた。
「おお、言葉が…、これはご丁寧に、痛み入ります。私はこの村の長を務めております、レイヴンと言います。村の者らは長老としか呼びませんが」
レイヴンって烏って意味だったよな、英語だと。
でもたぶん関係ないんだろうな。
いつの間にか距離を置いて囲んでいる村人たちが周囲に浮いてて、長老さんが名乗ってからこそこそ話してるのが聞こえた。
「長老の名前、初めて聞いたよ…」
「長老って名前あったのか…」
「みんな長老としか呼ばないもの…」
「そんな名前だったのか…」
それをちょっと見回し、苦笑いを我慢して複雑な表情をしていると、長老が笑い出した。
「はっははは、私の名前を知らなかった者が多いようですね」
「あたしも知らなかったかなー」
そこにミリィが面白そうに、首をかしげながら言った。
「はっはは、そうかそうか、して、タケル殿」
そのミリィの頭を撫でながらこっちに顔を向け、笑顔をすっと消し、真面目な表情で言った。
- はい。
「この村を包む森には結界が張られているはずなのですが、どうやって入って来られたのでしょうか?」
- 信じて頂けるかどうかはわかりませんが、森の結界に同調して抜けてきたのです。
「ほう、同調…、そのような方法が…、いやしかし…」
少し考え込むように小声で呟く長老さん。
- ああ、もしかして、結界に触れたり、破壊されるとわかるからですか?
「はい。触れる度合いにもよりますが…、もちろん破壊されれば確実にわかります。ご存知でしたか…」
まぁだいたい自分で張ったりする場合はそういう風に魔力制御して構築するからね。
俺のやってる結界や障壁ってのは、もともとリンちゃんのを模倣して覚えたのをベースに、改変や増強をしたものだから、基礎的なことは実はよくわかってないんだけどさ。つまり元は光の精霊さんの魔法技術ってことだ。
でも内側が霧のようにぼやけて見えなくなる、というのは少し違うんだよね。
あ、もしかすると、そういうのを投影しているのかも…?
リンちゃんが川小屋に結界を設定したとき、内側の様子を外から見られないように、景色を投影していたし、そういうのと同じ技術なのかも。
- 同様の魔道具を以前見たことがありますので。
「なるほど、魔道具というところまでご存知でしたか。仰る通りです、古くからこの村に伝わる魔道具を使っております」
そうか、同調しやすいと思ったよ。光の精霊さん由来の魔道具なんだろうね。
川小屋のホームコアみたいに、内側に未登録の者が入り込んだのを検知して警報が鳴り響くようなのじゃなくて良かった…。もしそんなのだったらもう逃げるしかないからね。今それを想像してちょっと変な汗でてきた。
- そうでしたか。では彼女も無事送り届けたことですし、そろそろ僕は帰りますね。
「なんと!、まだろくにお礼もしておりません…」
と言われてもね、そろそろさっきの衛兵さんが戻って来そうなんだよ。あと2kmほどで。あのひとが戻ってきたら面倒じゃないか。
それに、お礼ったって、体のサイズが違うんだから、歓迎やお礼の宴ってわけにもいかないだろうし、お土産ったって俺には使えない可能性がね…。
- あ、いえ、お言葉だけで充分ですので…、
「ミリィー!」
そこに左手側からミリィと同じぐらいの女の子が飛び上がってきた。
この子はトンボみたいな…、いや、カゲロウみたいな感じの羽だな。羽ばたきが柔らかい。風で揺れてるだけだったりして。
ふと見れば周囲の村人たちは様々な羽をもってるようだ。ハエみたいなのも居れば、小さな蝶々みたいなのもいるし、カナブンみたいに外側の殻がついてるのも居る。色も透明から白いのから赤いのと様々だ。
「ノンー!」
ミリィはノンという子の声で飛び上がってくる彼女に気づき、名前を呼び合ってお互いに飛び近づいて抱き合ってくるくる横に回転した。友達かな?、ミリィが生きて帰ってきたことを喜んでいるようだ。
「ミリィ!、無事だったのね、良かったわ!」
「うん、タケルさんっていうあの大きな人が助けてくれたの」
抱き合うスタイルからお互いの両手を向かい合ってつなぐスタイルになり、俺のほうを視線で示したミリィに倣って、ノンという子もこっちをちらっと見た。
「そうだったんだ…、本当に心配したのよ?」
「うん…、ごめんね」
「長老さまに『残念だけどミリィの事は諦めるんだ』って言われて、もうミリィに会えないんだって、サビタとケイと泣いたのよ?」
サビタとケイ?、他の友達かな?
「村の皆も存じていることですが、ミリィは小さい頃に親を亡くしましてね、私がずっと親代わりをしてきたのですよ。ノンは同じ年でして、小さい頃からよく一緒に居たのです。サビタとケイはノンの弟と妹です」
長老さんが横で解説してくれた。軽く頷いておく。
「サビタとケイも心配してくれてたんだ、ノンも心配してくれてありがとう、ごめんね…」
「ううん、平気、長老さまが『さぁ、泣くのをおやめ。涙が乾いたあとには雨の後に虹が架かるようにいい事があるのだよ、泣いていちゃいけない』って慰めてくれたもん」
何かの詩のようだけど、まぁ少女マンガに出てくる美青年のような長老が言えば様になりそうだ。俺じゃダメだな、っていうかそんなキザなセリフは恥ずかしくて言える自信がない。
「そっかー、そんなすぐに諦められちゃうのはちょっと複雑だけど、あの状況じゃしょうがないかな」
「だって、結界の外に出たひとは帰ってきた事が無いんだよ?、普通は出られないんだし…」
「あ!、そうだった、長老さま!」
ああ、穴があることを伝えるのか。
「どうしたんだい?」
「結界に穴があったの!」
「なんだって!?」
「あたしはそこから落ちちゃったの、それでね、タケルさんがその穴の場所を知ってるかな」
「ほう、」
「その穴はそいつが開けたんだろう!!」
あー、ぐずぐずしてる間に衛兵さんが戻って来ちゃったかー…。
「エイヘー!、落ち着きなさい。どういう事だね?」
長老さんが鋭い声で呼びかけて、諭すように言った。
「そいつはミリィの奴を使って俺たちを捕まえに来たんだ!」
衛兵さんが俺を指差して言うと周囲がざわめいたが、長老さんが手をさっと横に振るとすっと静まった。ミリィは一瞬何かを言いかけたが、長老さんのそれで言うのをやめたようだ。
「それは何か証拠があって言っているのかね?」
「こいつは目に見えない結界の穴の場所を知っている!、…です、それは結界の穴を開けたのはこいつだから!、…です」
俺を指差したまま叫び、『です』のところだけ長老さんのほうを見て普通の声で言ってるんだけど、こういうもんなのかな、ここでは。
またエクイテス商会の護衛たちみたいに妙なコント芝居を見せられるんじゃないだろうな…。
それにしても本当に面倒だ。
魔力感知で簡単に結界の位置や穴が分かると言っても、証拠なんて無い。誰かに障壁や結界を張ってもらってそれを正確に感知すれば実証はできるだろうが、こういう衛兵さんみたいに最初から信じようという気が全くないような手合いには、そんなことで信用してもらえるとは思えない。
それと、俺がいくらミリィに会うまで有翅族の存在を知らなかったと言っても、ミリィに聞くまでこの村の存在を知らなかったと言っても、信じてもらえるかどうかがわからない。
もしミリィが持っている地図のことを知られると、地図を描けるほどこの地に詳しいと思われ兼ねないし、広範囲索敵ができて地図に起こせると言っても信じてもらえなければどうしようもない。
「エイヘー、お前には分からないかね?、こちらのタケル殿がその気になれば、この森の結界など何の障害にもならず、私たちがいくら抵抗をしようともこの森全てを簡単に消滅させられるほどの存在だということが」
「な…、そんな…」
いあいあ、衛兵さんも周囲の村人たちも、そんな劇画調で陰影つけるような表情しないでくれないかな。しないってばそんなこと。面倒だし。
え、ちょっと、ミリィも?、地味に傷つくなぁ、長老さんももうちょっと言い方ってもんがさ…。
「それほどの魔力をタケル殿には感じるのだよ。そのような存在が、わざわざミリィを助け、ここまで送り届けたのだ。もしお前の言うように彼が私たちを捕まえてどこかに連れて行こうというのなら、私たちにはどうしようもないと思う…」
しみじみと長老さんが俯き加減になって言い終えた。
「長老…!」
「長老さま…!」
そしてすすり泣く声…。いやちょっと待ってよ…。
- いやあの、そんな事しませんよ…?
とりあえず言ったはいいけど、面倒くさいとか、どこに連れて行くんだよとか、その間の食料とかどうすんだとか、そんなのばっかり頭に浮かんじゃって、他の言葉が出てこない。
「そ、そうだよ!、タケルさんはそんな事しないよ!」
ミリィが飛んできて俺の右肩の上に立ち、まるで打ち消すかのように右手を横に振って言った。
うん、ありがとう。でもキミさっきまで一緒になってすすり泣いてたよね?
肩の上に居られるのはイヤなので、またむんずと掴んで手のひらの上に乗せた。不満そうに見上げているけど無視。
だってさー、肩の上だとそっち向いたら目の前に居るわけで、近すぎて見えにくいし、もし首に近かったら当たるじゃないか。それにこそばいし、気になるからイヤなんだってば。機会があったらちゃんとミリィに言おう。そうしよう。
「そうです!、タケル殿はそのような事はしません!」
え?、あなたが言い出したんじゃないか長老さんよ。
「もし彼が!、エイヘーの言うように!、私たちをどうにかしようと思ったのなら!、ミリィを助けたり!、結界に穴を開けておいたりする必要など無いからです!」
な、なるほど…?、って、何この妙なマッチポンプ的演説…。
「…確かにそうだ…、ちょ、長老!、俺が間違っていた…!」
「わかってくれましたか、エイヘー」
「長老…」
宙に浮いている長老さんに、まるで階段でもあるかのようによろよろと歩いて(?)近づいていく衛兵さん。それを迎えるように両手を軽く広げて言う長老さん。
「エイヘー、お前はもう少し物事をよく考えるようにしなくてはならないんだ。森の警備という仕事は常に冷静でなくては務まらないということぐらい、お前にもわかっている事だろう?」
「…はい、申し訳ありません…」
長老さんの言葉に歩みを止めて項垂れる衛兵さん。
「お前が仕事熱心なのは私たち皆もよく知るところだ、そうだろう!?」
「「はい!」」 「「そうだそうだ!」」
「!…、みんな…」
いつの間にか衛兵さんと同じような服装と装備の人たちも後ろに並んでいた。
村人たちと同じように長老さんの声に頷いていた。
俺すっげー居心地悪い。なんせ大衆劇の中心に立ってるんだぜ…?、息を潜めて無表情になって耐えるしかない。
「エイヘー、今日のことを忘れず、これからも皆を護ってくれるか?」
長老さんはそう言いながらすすっと近寄り、衛兵さんの肩に手を添えた。
「…長老…みんな…、はい…、がんばりましゅ…、うぅ…」
そして涙を流して答える衛兵さんを慰めるようにうんうんと頷いて肩を優しく撫でる長老さん。ぱちぱちと皆も目に涙をためて拍手をし始めた。
……何だこれ?
衛兵さんは袖でぐいっと目元をぬぐい、まるで憑き物が晴れたかのような笑顔で拍手している人たちを見回し…、そこでふと俺に気づいたように目を見開き…
「はっ!?、うぉぉおおお!、俺はミリィの恩人に何て事を…、申し訳ねぇ…」
また号泣して空中で蹲って謝り始めた…。えー…?、何これ……。
俺、もう帰っていいかな…?
●○●○●○●
結局、帰らせてもらえず、村はずれの湖――俺からすると池サイズ――のほとりに、俺はいつものようにテーブルと椅子を作って、ちょこちょこと豆やら果物やらを持ってくる村人たちを見ながら、テーブルの上に立つ長老さんと話をした。
大地の精霊様を信仰しているという話を聞いた。
ここに移り住む前は、森の奥でひっそりと暮らしていたんだそうで、でも人種や肉食の動物、それと魔物に脅かされる暮らしだったらしい。
それを哀れに思ったのか、大地の精霊様がここに移り住むことを薦め、この場所の地下に設置されていた魔道具の使い方を教えたんだそうだ。
そしてこの地に家を作り、森の恵みやそれを採取して栽培したりしてこの村が成り立って行ったらしい。
地下の魔道具がある場所は、現在は祈りの場と呼んでいるらしく、長老さんも含めて魔力量の多い者が交代で魔道具に魔力を供給しているんだと。
そしてこの地に来て以来、大地の精霊様を崇めるようになったんだとか。
大地の精霊さんって、ミドさんしか知らないしなぁ。
あのとき聞いた話だと、地域で担当が分かれているみたいだし、ここの担当の精霊さんはそれで言うと違うひとだろうね。
そういう話を長老さんがしているのを聞きながら、村人たちがせっせと持ってくるよく冷えた果物を、しょうがないので俺が切って、お皿つくって盛り付けて食べようとしたら、もう少し小さく切れとか言われて、そうしたら村人や長老さんもお皿の上に群がって食べ始めるんだもんなぁ、びっくりしたよ。
あと、衛兵さんが改めて謝りにきた。それでエイヘーってのは名前であって、衛兵じゃなく周辺警備の仕事をしているってことも聞いた。名前だったのか…。
あ、ミリィはノンの家に挨拶に行ったのでここには居ない。
エイヘーさんから聞いた。どうやらミリィに縛ったりしたことを謝りに行ったらしい。
「最初は許して貰えなかったんですけどね、ずっと頭下げてついてったら『もうわかったから許すかな』って許して貰えたんです」
と、後頭部に手をやって照れくさそうに言ってたけど、それって許さないとどこまでもついて来そうだから追い払われたって事だよね?
そしてそのうち、2cmぐらいの大きさの茶色い実を両手で抱え、『ど、どうじょ…』って噛んじゃって赤くなりながら子供が持ってきた。
受け取ったはいいけど、どうやって食べるのか尋ねると、殻を剥いて薄皮を取り、中の白っぽい実を食べるんだとさ。後ろのちょっと大きい女の子が教えてくれた。
へー、とか思いながらちょいと剥いて食べてみたら、ちょっと雑味はあるけど結構美味しい。お礼を言おうとテーブルの上の、実を持ってきた子を見たら、何か涙目になってんの。
後ろの女の子がその子の頭を撫でて慰めていた。
- ありがとう、美味しいよ、これ。で、どうしたの?
「……」
その子はがばっと女の子に抱きついてしまった。
「あーよしよし。あ、あの、まさか一口で食べてしまわれるとは思っていなかったみたいで…、すみません」
あー、そういう事か。
「あの、これを…」
別の子が飛んできて、同じ実を差し出した。
- ありがとう。
と言うと、にこっと笑顔で頷いて、またすーっと飛んで行った。
なるほど、これを剥いてあげればいいってことか。
小皿をちょいと作ってその上に、剥いた実を割って乗せてあげた。
- ごめんね、食べたかったんだね。
と言うと、女の子に抱きついてた小さい子は、『ありがとう』って小さい声で言ってから小皿の前にとことこと歩いて行き、しゃがんでもぐもぐ食べていた。可愛らしいけど、何だかなぁ…。
「あの…、これもお願いします」
見ると、ちょっと大きい女の子も、横においていたさっきの実を両手で持ち上げて俺に差し出していた。後ろに並んでる子供たちはもしかして、全員これ持ってきてんの?
しょうがないなぁ、全く。俺ももうちょっと食べてみたいんだけど…。
などと思いながらせっせと剥いて切ってお皿に乗せると、もぐもぐ食べてまた飛んで行ってる。一応半分は置いていってくれてるんだけど…、あ、また列に並ぶ子が…。
一体どこからもって来てるんだろうと見ると、池のところから飛んできている。すぐ近くじゃないか…。
道理で列が全然減らないわけだよ。
池のほうには蓮っぽい植物が生えていて、ちらほらと花が咲いているのがみえる。なかなかいい感じの池だと思った。
もしかしてこれってハスの実かな?、元の世界でも食べた事が無かったんで比べようがないけど、実っていうか種か?
そうだったら蓮根が食べられるんじゃないか!?、と一瞬思ったが、レンコンって下手に掘って折れたり傷つけたりするとまずいんだっけ?、よくわからんが。
- これって何の実なの?
「タスの実です」 「「タスの実ー!」」
あ、そうですか。
- いつもはどうしてるの?
「外側が固いから、長老さまか大人の誰かに頼んで切ってもらうんです」
「でも下手なひとがやると中身がぐちゃぐちゃになるのー!」
「「あははは」」
それで俺んとこ持ってきてきれいに剥いてもらって、ってことか。
- これ、まだたくさんあるの?
「「あるよー!」」
- じゃあ、ひとつ僕にもってきてくれたら、これを代わりにあげよう。
と言って、ミリィに大好評だったつくね団子を入れた平たい箱をポーチから取り出し、爪楊枝サイズで半分から先が二股になってるフォークを土魔法で作ってひとつ突き刺し、火魔法で焼いた。
それを最前列でタスの実を抱えたままぼーっと見ていた男の子に、実と交換で渡してあげた。
「え?、すごく美味しそうな匂い!、た、食べていいの!?」
- 実と交換だからね、どうぞ?
と言い終わると同時にかぶりついた。
「あつっ!」
- 焼き立てだから、やけどしないように食べてね。
言うのがちょっと遅かったけど。
「お、美味しい!!」
前も言ったと思うけど、団子のほうがこの子たちの頭よりでっかいんだよ。
人間でいうと、バスケットボールぐらいの大きさか?、そんなつくね団子をもりもりもぐもぐ食べるんだから本当に一体どこに入るんだろうね。謎だ。
目の前で食べられると邪魔なので、この子たちサイズのテーブルと椅子をちょいと横に作って、そっちで座って食べてもらうことにしようか。
- 受け取ったらそっちで座って食べてね。
「「はーい!!」」
「ほら、邪魔。あっちで食べろってさ」
「ん」
そしてせっせと突き刺して焼いて、実と交換した。
いつの間にか満席になってたので、もう一列作った。
気づいたら大人までが実をとってきて並んでんの。タスの実じゃないのを複数で持ってきてるひともいるな。
一応言っておくと、つくね団子はさっと内部まで加熱して固めてあるんだよ。
それを、煮物のときはそのまま入れて、今回のように焼いて提供するときは表面を炙り、内部も再加熱して渡してる。
ちなみに今回のはハツの実が混ざってなくて、かわりに海藻が混ざってる。と言っても例の風魔法ミキサーで細切れになってるんだけども。
あ、今更だけど、小骨とか大丈夫なのかな。
もちろん細切れどころか食べていて違和感がないぐらいに粉砕されているはずで、俺には小骨の存在がわからなかったんだけどさ。
そういやミリィが大丈夫だったんだから、問題無いか。
長老さんまで並んで実と交換してたよ。あっちの席で『ほう、これは海の魚ですね、とても美味しい…』と、誰に話してるのか知らないけど言いながら食べていた。
周囲の村人や子供が、『海の魚なんて初めて食べました』と返しているのが聞こえた。
そりゃ森の結界から外に出ないなら、海の魚なんて食べたことないだろうね。
しかし良く食べる種族だな…。
いま交換した子って、2回目じゃないか?、まぁいいけどさ。いや、いいのか?、大丈夫か?
- あれ?、ミリィ?
いつ来ていたのか、ミリィも並んでいた。
「えへへー、あたしもいいかな?、はい、タスの実」
- あ、うん、どうぞ。
「あの!、ミリィを助けてくれてありがとうございます!」
- あっはい。えっと、どうぞ?
「えへへっ♪」
お礼を言いながらタスの実を差し出して、でもその実はお礼じゃなくて交換用だったよ。何だかなぁ…、いいけどさ。
受け取ったノンって子はたたっと軽く走ってミリィの隣に座った。
それにしても、頭よりでかい団子をもりもり食べてる人たちが食堂みたいに席に着いてるのって、すっごいシュールな光景だなぁ…、食べ終わると実を採りに行ったり、他の果物を採りに行ったりしているようだけどさ…、このひとたちに満腹って状態は存在するのか…?
まさか、こっちの団子が無くなるまで延々と?、…だんだん心配になってきた。
ん?、あの腰に挿してるのって、団子の串か?、あれっ?、テーブルの横にゴミ箱を用意したって言ったつもりだったんだけど…、とゴミ箱を覗いてみたらちゃんと果物の皮などが入ってる。ってこれ俺が捨てたやつか。
いや、でも捨てたはずのものに種が無い。村人の誰かが持って行ったのかな?
ああ、さっきの長老さんが言ってたっけ。果物や穀物などは植えて育てて増やす方針でやってきたって。そういう教育がされてるってことなんだろう。
こうして考えたりしながらもせっせと焼いてお皿において、実やら何やらを受け取っている。
あれ?…、見間違いかと思ってもういちどゴミ箱を見たけど串はひとつもゴミ箱に入ってないな…。
おかしいな、結構作ったはずなんだよ。団子は村人より多く焼いたんだから、串だって余るはずなのに、どこいった?
あ、ほら、あそこの村人、腰に串を挿したまま手に串もって団子食べてるじゃん。やっぱり余るはずなんだって。
2周目どころか3周目に入ってるはずなんだよ、村人全員でも100名足らずで、つくね団子の箱が3箱目――重箱のように重ねられる低い箱なんだよ。1箱10×10で100個の。――がそろそろ終わりそうなんだから、とっくに3周目のはず。
それにしては腰に挿してるひとはあまり居ないな…、んじゃ串はどこに?
と考えていたところで長老さんがまた前に来た。
「お手数をおかけ致しますが、結界の穴の場所まで案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
- あっはい。わかりました。
返事をして立ち上がると、交換用アイテムを持って並んでいた人たちから嘆きの声が漏れた。
「全く、お前たちときたら、タケル様へのお礼と歓迎のためにこの場を用意したというのに、交換して頂いてはお礼にならないではないか」
え?、さっき長老さんも笑顔で交換してそこのテーブルで食べてたよね?、もしかしてここ、突っ込むところ?
でも並んでいる人たちも、空中で待機してるひとたちも肩を落としていて…。
あー、もう、しょうがないな!
後ろに土ブロックをちょいと作って、その上に昨夜眠いのを我慢して作ったつくね団子入りのスープがたっぷり入ったでっかい石の鍋を取り出してどんと置いた。そしてその横に浅くて広い箱を作る。
「タケル様、これは…?」
いつの間にか『殿』じゃなく『様』になってるけど気にしない。
- 皆さんお腹が空いているようですので。交換用に持ってきたものはこちらに入れて下さい。でもそれはいま持っている分だけでいいので、あとは好きに食べてくださっていいですよ。
「しかしそれでは…」
困ったように言う長老さんとは対照的に、村人たちは笑顔で箱の中に次々と持ってきたものを入れ、急いで食器を取りに各自の家に飛んで行った。何故わかったかって?、口々にそう言っていたからだよ。
- まぁ気にしないでください。では行きましょうか。
と言って乗れというつもりで手を差し出した。
「はい、あの、これはまさか乗せて頂けるという事でしょうか?」
頷くと、おそるおそるふわっと飛び上がって俺の手の上に正座した。え?、なんで正座?、ジャンピング正座か?、いや、フライイントゥ正座?、フライダウン正座?、何でもいいか。
仕方が無いのでミリィと同じように親指をゆっくり曲げて支えになるようにした。
そしていつもの飛行魔法で俺の周囲に結界を張ろうとしたらぎりぎりミリィたちが飛んできたのを感知して焦った。危なかった。
「まってー、あたしも行くかなー!」
「かなー!、あははー」
ノンって子まで来た。
「お前たち…」
「長老さま、どうして正座してるの?、タケルさんの手に乗るなら指につかまったほうがいいかなー?」
「そ、そうなのかい?」
「うん、そのほうが安心かなー」
「へー」
「そうか…、タケル様、では失礼して…」
と、長老さんが立ち上がって親指につかまろうとした。
「長老さまはそっちかなー、この指はあたしのかな」
「ん、そうか、ではこちらを」
俺の親指なんだが。
仕方ないので指をかるく曲げて、両手に乗ってもらうようにした。
ミリィは俺の親指と人差し指の間に腰を下ろし、親指を軽く抱えた。
長老さんは中指に寄りかかって薬指を両手で持ったようだ。
いくら小さいとは言っても、身長20cmサイズだからだいたい縮尺8分の1か。それを3人は片手じゃ無理がある。
「温かくてほどよい固さで…おっきい…、あたしこんなの初めて…」
言い方はアレだが、ノンって子は片腕でミリィの腰を軽く抱いて寄りかかり、横座りのように足を崩してもう片手で俺の手のひらの中心近くをふにふに押した。こそばいからそういうのやめてくれないかな…。
「でしょー?、ふふん、座ってよし寝転んでよし抱きしめてよし、三拍子そろって乗り心地最高かなー」
「あははー」
乗り心地…?、これは褒められていると思えばいいんだろうか…?
まぁとにかく保持はした。もうあとは勝手にやってくれ。さっさと行こう。
「なんという速さだ…」
「でしょー、タケルさんはすごいんだから」
さっきから何故だかミリィが得意げなんだが…、何か前にもこんなことがあったような気がする。
「でも全然風を感じなかったよ?」
「確かにな…」
「そうなのよ、それが不満かなー」
うーん、『飛ぶ=風を感じる』っていう感覚なのかな、だから風を感じないのは不満、ってことなんだろうか?
ふと思い出したけど、光の精霊さんに作ってもらった一番最初の『スパイダー』、あれには風防が無かったっけ。もしかして、『移動=風を感じるもの』っていうものなのかも知れないね、この世界の人たちにとってはさ。
だとすると俺の飛行魔法が不評なのも分からなくはない。あ、だったら先輩勇者たちに不評なのは何でなんだよ…?、やっぱり解せぬ。
「崖までってこんなに近かったっけ?」
「違うよ、飛ぶ早さが全然違うかなー」
「へー」
- この木だよね。
結界の内側、木の近くに着地し、飛行結界を解除した。
「え?、あ、うん」
「ほう、なるほど。ちょうど結界の位置に生えているようだ…」
おお?
「長老さま、わかるんですか?」
「あ、いや、私では残念ながらだいたいの位置しか感じ取れないんだ。だからはっきりと穴の場所が分かるわけではないんだよ。それでタケル様、どうすればよろしいでしょう?」
いや俺に訊かれてもね。
長老さんは俺の手からふわりと飛び上がって、肩あたりの高さで空中停止してこちらを窺っている。
- この枝が内側から外に伸びているせいで、この枝の周囲がぽっかり穴になっちゃってるんですよ。幹のほうは一旦結界の外に出て、また戻ってきていますが、こちらの隙間はミリィが通れるぎりぎりの大きさでしょう。
「なるほど…。あの結界具は樹木を妨げないと精霊様が仰っていた意味がようやく理解できました。おそらく枝のほうは風で揺れるので、余裕を持たせているのでしょう」
へー、さすが光の精霊さんの製品。高性能だなー。
- 今まではどうしていたんです?
「結界が張られている位置は崖に近い位置に設定されていますし、見た目では少し分かりづらいのですがちょうど岩の上を通っているので、こういう箇所は無かったんです」
長老さんが指差した方向それぞれを見ると、確かに上に砂が被っていたりして見えにくいが、まるで縁石のように石が並べられているのがわかる。少し魔力の流れがあるのが感じられるので、結界の補助具の役割をしているのかも知れない。
問題の木は、その縁石ぎりぎりに生えているわけだ。どうしてそんな育ちかたをしたのかはわからないが。
- そうですか。まぁ普通に考えれば、伐採してしまうか植え替えるかですね。
「え?、切っちゃうのかな?」
「アペルの実が…」
ああはい、植え替えろってことですね。しょうがない、やりますよ。
3人には少し離れていてもらって、アペルの木全体と俺を包む大きさの結界を、森の結界と同調して張った。これで木の周囲には森の結界が無い状態になった。あっちで長老さんが何か言ってるけど聞こえないフリをして、作業を続ける。
超音波的な索敵魔法で根の範囲を調べ、ごそっと土ごと抜き取った。結界の補助具かもしれない縁石はよけておく。抜き取ったアペルの木は、そのまま飛行魔法で俺と一緒に一旦結界の外に出て、村のほうにひとっ飛び。池から少し離れた日当たりの良さそうな隙間に植えることにして、同じサイズの穴をあけ、そこにそのままズズっと突っ込んでから土ごと包んでいる結界を解除した。
さっきのテーブルや石鍋を置いたあたりからざわざわ聞こえたけど無視して、穴を開けた分の土と一緒に木のあった場所へと戻った。
「あ、戻ってきたかな?」
「アペルの木は…?」
- ああ、植えてきたよ。代わりに土を持ってきたから、これでここを埋めるね。
返事を待たずに結界に包んである土をそのままズズズっとはめ込んだ。
便利だなーほんと、結界操作って。これと土魔法あれば土木工事って何だろうっていうレベルだよ。そりゃそれなりに魔力は消費するけどね。
そして最後に縁石を元と同じように並べ、俺が張っておいた結界を縁石に沿うように小さくして解除すると、それにつれてすうっと森の結界が隙間無く縁石に沿ってきれいに張られたことが魔力感知でわかった。
- これで穴も無くなりましたね。
「素晴らしいお手並みでした。ありがとうございます…」
言葉は普通だけど、これ、両手を祈るように組んで涙を流して言ってるんだぜ?、おおげさだよなぁ、長老さん…。ノンって子もすこし涙目になっていたようだ。なんで?、もらい泣き?
あ、ミリィは満面の笑顔で誇らしそうにしてたよ。何故か。
- さ、戻りましょうか。
そう言って手を差し出すと、ミリィがノンの手をひいてひょいっと乗ってきたが、長老さんはその場(空中)から動かない。
「長老さまー」
「長老さまー」
俺が言う前に2人が順に呼びかけて、長老さんははっと気づいたようにしてからふわっと飛んで、俺の手に乗った。
アペルの木を植え替えた場所へ行くと、数人の村人たちが筒のようなものを持ってそこに居た。エイヘーさんと他の警備員らしき人も居て、木の周囲を警戒していたようだ。
「長老さま、この木は…?」
「結界に穴があった原因となっていた木です。タケル様に植え替えて頂いたのですよ」
「すると穴のほうは…」
「ええ。もう塞がりました」
「そうでしたか、これで安心ですね」
「もうミリィみたいに落ちてっちゃう人は出ないね!」
「う…、ノンー?」
「「あははは」」
そして長老さんに促されるまま、テーブルのところに戻った。
俺は歩いて、長老さんは俺の前を飛んで、ミリィとノンはまだ俺の手のひらの上だ。
その道中で、さっきの人たちが害虫を駆除していたんだと聞いた。
なるほど、それは考えなかったなー。確かに外にでていた部分もあるし、虫がついていてもおかしくなかった。
森の結界の内側にはそういった害虫はほとんど居ないんだそうだ。長年かけて駆除してきたと言っていた。
戻ってくると、テーブルの上や地面に多くの村人たちが倒れていた。
え!?、一体何が…?
近くの人に駆け寄った長老さんが声をかけた。飛んで行ったんだけども。
「どうした?、何があった!?」
「あ…長老さま…、もう無理です…」
「何が無理なんだ!?、しっかりしろ!」
「ぅぷ…、揺らさないで、ください…、でちゃいます…」
「何があったんだ…」
長老さんが別の人のほうを見ると、視線が合ったその人はやや視線を逸らすようにしてから言った。
「食べ過ぎたんです……」
他の人たちも苦しそうにしているけど、これ全部がそうなのか…。
あー、焦った。何かこの種族には良くないものでも含まれていたのかと思ったじゃないか…、ミリィが大丈夫だったんだから問題ないはずなのに、びっくりさせるなよー。マジ焦ったよ。
石鍋の中を見たら、きれいに空っぽになっていた。
「わー、あんなにあったの全部食べちゃったのかなー」
「呆れた…、食べすぎですよどう見ても」
と言うミリィとノンの声が聞こえたのか、その近くで寝転がってる村人が少し頭を起こして、『残しては申し訳無いと思ったので…』といってまたくたっと力を抜いた。
まさか全部食べるとは…、そんな無理しなくっても、残してくれても良かったのに。
「あたしたちの分も残しておいて欲しかったかなー」
「ねー、食べたかったねー、美味しそうだったし」
- あるよ?
「「え?」」
- 別の鍋に分けた分がまだあるよ?
「ほんと!?」
「わぁい」
2人は喜んでるけど、まだあるというのが聞こえたらしく、周囲で寝転んでいる村人たちは顔色を青くしていた。
- じゃあテーブルの上で…、やめとこう。こっちにテーブル作るからおいで。
「「はーい」」
なんせテーブルの上にも食べすぎた村人たちが寝転がっていたからね。
少し距離をあけて、またテーブルと椅子をつくり、その上にミリィたち用のテーブルと椅子を作って(ややこしいな!)、ハツの所に置いてきたのと同じ大きさの石鍋を横に置いた。
「わぁ、美味しそう」
「あ、これ香りが前に食べたのと違うかなー」
- ミリィが前に食べたのはハツの実が混ぜてあるもので、これは海草が混ぜてあって、スープのダシが違うんだよ。
「「へー」」 「ほう…」
「あ、長老さま」
長老さんもふわりと飛んでやってきた。
テーブルを大きめに、椅子を4脚作っておいて良かった。
そして小さなお茶碗ぐらいの器を作り、レードルでそれぞれの分を入れて前に置くと、長老さんがお祈りを始めて、慌ててミリィとノンも長老さんに追従した。
なるほど、大地の恵みに感謝だから大地の精霊様への感謝か。
「ほう…、茹でたものもなかなか…」
「美味しいー」
「これも美味しいー、でもどうして団子ばっかりなのかな?」
そりゃあ魚の肉片がたっぷりあるからなんだけど…、そんな風には言えないよなぁ。
だいたいさ、小魚の魚群に集まる鳥や中型と大型の魚、さらにそれらを食べにきたもしかしたら哺乳類かもしれない大型の魚、それらがどばーっと集まってるところでどかーんとやっちゃって一網打尽にしちゃったからね。
しかも回収に時間が掛かってしまって、その間にさらに集まって来ちゃったしさ。
まぁとにかくめちゃくちゃ大量にあるんだよ。
それで形がちゃんと残ってる魚よりも先に、肉片になってるやつや欠けてるやつを使おうと思って作ったのがこのつみれ団子なわけで…、いろいろ工夫して味の異なるものを作ってあるんだけど、それでも魚の団子でしかないんだから飽きるよね、やっぱり。
でもミリィには朝食に焼き魚出したよね?
- ん?、飽きちゃった?
「ううん?、でもどうしてお魚の団子がこんなにあるのかなって…」
- ちょっと魚を大量に入手しちゃってね、それでなんだけども。
「大量にって、どれぐらいあるのかな?」
えーっと、あのでっかい石鍋で煮るのに使ったのが500個で、その前に300個焼いたんだよな。やっぱどう考えても食べすぎだよなぁ、村人さんたち。
それでえーっと、100個入りの箱があと……28箱あるな…。
どうしてそんなにあるかというと、例の風魔法ミキサーででかい樽ぐらいの量を粉砕して練って、網状結界で丸めて転がして熱して、作った箱にどんどん詰め込んだらそうなったってだけで、まぁひとり加工工場みたいなことをやってたんだよ。あのでかい鍋で大きめの魚のアラでダシとって、アクとって、つみれ団子いれて、またアクとって、ってやっている間にね。
エクイテス商会向けの食器もそのときループ制御で作ったせいで、小さな倉庫が必要な数になってしまったわけなんだが、あれ全部引き取ってもらえるのかなぁ…、ちょっと心配。
- さっきのでっかい鍋が5回ぐらい作れる量かな。
「「え!?」」 「なんですと!?」
「そんなにあるの!?」
- え?、あ、うん、だから気にしなくていいですって言ったよね?
「あれってそういう意味だったの…」
「ねぇねぇ、タケル様ってもしかして魔法の袋をもってるの?」
「あ、そうかも…」
- もし冷蔵庫があるなら、団子1000個ぐらいお分けするんですが…。
「レイゾウコって?」
- 食料品を冷やして保存できる箱のことだよ。あ、そういえばさっきよく冷えた果物を村人さんたちが持ってきてたけど、あれってどこで冷やしてるの?
「ああ、氷室があるのですよ」
長老さんが2人に代わって答えた。
- ほう?
「氷を作る魔道具が祈りの場の隣にありまして、そこに収穫した食料を保管しているのです」
- そこって容量に余裕はありますか?
「はい、祈りの場も氷室も、ここに元からあったものでして、私たちのような小さな種族向けのものではなく、タケル様のような方々がお使いになる部屋の大きさでございますから」
- なるほど、ではそこに置いておけば数日は持ちますね。100個入りの箱を10箱ほど置きに行きましょうか。
「それがその、ここに移住したときに大きな入り口は大地の精霊様が塞いでしまわれまして、私たちが出入りする小さな入り口しかないのです」
ふむ。じゃあ運んでもらうしかないか。
1箱だけテーブルの上に出して訊いてみるか。
- この箱ですが、持って入れそうですか?
「はい、これぐらいなら大丈夫です。大きな果物でも出し入れできますので」
それを聞いて、テーブルの上に出した1箱の上に9箱を積み上げ、火魔法で冷却した。
- ではこれを。軽く冷やしておいたので、早めにその氷室まで持って行ってくださいね。
「は、はい、しかしそのような事までされてはお礼のしようがありません…」
「いいじゃないかなー、みんなも喜ぶんじゃないかなー」
「ちょっとミリィ…」
「んー、あ!、じゃあ北の果物がたくさんある場所へ、タケルさんを連れて行くよ、そこでタケルさんに果物たくさん採っていいよってのをお礼にすればいいかなー?」
「あそこなら珍しい果物もたくさんあるけど…」
「おお、そうだね。でも道中危険ではないかい?」
「タケルさんが一緒なら大丈夫かなー」
「それもそうだね。タケル様、ささやかではございますが、それでよろしゅうございますか?」
何の事かいまいちよくわからないけど、果物がたくさんもらえるならそのほうがいいかな。ハツへのいいお土産にもなるし。
- わかりました、ミリィ、案内よろしくね。
「はーい、えへへ」
「あ、ミリィ、帰って来ないつもりでしょ」
「ギク…」
「ギク、じゃないわよ、村を出て行っちゃうのね、どうしてなの?」
「んー、ちょっとタケルさんについて行きたいかなー、って…」
「ふむ…、本来なら止めるべきなのでしょうね…、タケル様、ミリィのこと、お願いしてもよろしいでしょうか?」
え?、案内してもらうだけの話が、いつの間にかミリィが俺についてくるって話になってる?
んー、本人がそう言ってるんだしなぁ、断る理由も特に無いし、この地を離れてリンちゃんたちのところに帰るときにまた尋ねてみて、行かないならここに送り届ければいいか。
- あー、はい、わかりました。
「タケル様もこう仰っているんだ、ミリィ、あまり迷惑をかけないようにするんだよ?」
「長老さま!」
「わーい、やったー、ありがとう長老さま、タケルさん!」
それから、食事を再開していると害虫処理作業が終わった村人たちと警備員たちがやってきた。
そして長老さんに言われて、横に積んである箱を氷室へと運んで行った。
作業用なのか、皮手袋をしていたのがちょうど良かったらしい。箱は凍るぐらい冷たいからね。
長老とミリィとノンの3人は、おかわりもせずに食事を終え、俺は余った分をポーチにしまって、残り少ないお茶を淹れた。長老さんにも少し分けると、しみじみと味わって美味しいと言っていた。
適温とかあまり考えてないので味はいまいちのはずなんだけど、まぁ社交辞令なんだろう。
その間、ミリィはご機嫌斜めのノンを説得していた。
俺と長老さんはそれを、ほほえましく見守ったのだった。
次話3-008は2019年09月13日(金)の予定です。
20190911:誤字訂正。
(訂正前)森の警備という仕事は常に冷静でなくては勤まらない
(訂正後)森の警備という仕事は常に冷静でなくては務まらない
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
タケルにすっかり懐いてしまった可愛い子。
もう『男の娘』と言っても間違っていない。
今回は名前だけの出演。
ハツの実:
ハツの木に生る松ぼっくりのような形をしたものの中に、
たくさん入っている可食部分。実というよりは種。
名前が同じで紛らわしいが、ハツの名はハツの木で作られた樽から
名付けられたものなのだから仕方が無い。
元の世界の『松の実』より少し大きく味も良いが、
ハツぼっくりがヤニまみれなので集めるのには手間がかかる。
ミリィ:
有翅族の娘。
羽は無くとも有翅族。
せっかく村に戻れたのにまた出て行くようだ。
何のために苦労を…。
有翅族の村:
名前はまだ出ていない。森の崖の上の森にある。
結界に守られている。
エクイテス商会:
港町セルミドアの他にも商店をもつ、そこそこ大きな商会。
ドロシーを助けた縁でタケルが作った食器を引き取ってもらい、
お金に換えてもらえることになった。
ウィノアさん:
水の精霊。またもや今回も出番なし。
そろそろ出番がないと不機嫌になりそうだ。
リンちゃん:
光の精霊。タケルに仕えるメイド少女。
でも実年齢はタケルの数倍だったりする。
こっちもそろそろ出番がないとヤバいかも。
ミドさん:
タケルが会ったことのある大地の精霊。結構ダンディな素顔。
長老さん:
レイヴンという名の、見かけは美青年なひと。
有翅族の村の長を兼ねる。
ミリィが幼い頃に両親を亡くして以来、親代わりを務めていた。
エイヘーさん:
有翅族の男性。仕事熱心な村の周辺警備員。
蝶のように舞い、蜂のように槍で刺す、らしい。
得意技は投げ縄だそうだ。
ノン:
ミリィの幼馴染。3-001以来の出演。
1話では言及されなかったが、背中にふにゃふにゃの羽がある。
風に靡くのが自慢、らしい。
サビタとケイ:
ノンの弟妹。錆びた時計ではない。
ガリバーさん:
『船医から始まり後に複数の船の船長となった
レミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇』、
略して『ガリヴァー旅行記』に登場する主人公のこと。
お店の名前ではない。
Wikipedia日本語版によると、
『アイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトにより、
仮名で執筆された風刺小説である。
原版の内容が大衆の怒りを買うことを恐れた出版社により、
大きな改変を加えられた初版が1726年に出版され、
1735年に完全な版が出版された』
らしいです。
小人国では巨人的パワーで強引に海軍を封殺し、
(殺してなかったはず)
巨人国では火薬の製法などの知識で自分の立場を有利なものに
しようとし……と、
何だか昨今の異世界転移なラノベ作品に似てる部分もあるような
気がしますね。
作品自体は風刺がメインなのでどこへ行っても問題だらけなんですが。
スパイダー:
タケルが依頼して光の精霊さんたちに作ってもらった、多脚型の乗り物。
光の精霊さん的には、足がどれだけあっても『スパイダー』らしい。
アペルの木:
名前はリンゴのようだが、どちらかというと桃や杏に近い
果物が生る木。日当たりが良くないとほとんど実をつけないため、
実の生る木は今回移植した木以外には無かったらしい。
タスの実:
元の世界のハスに近い生態で、池などの浅い部分の泥に地下茎を張って
水面に葉や花を伸ばす植物の果実(種)。
ハスと同様に花托部分に実が作られるが、ハスとは異なり
大きな花弁(はなびら)の内側に多くの花びらの無い花がある、
いわゆる『頭状花序』という集合体となっている。
そのため、とても多くの実をつける。
殻は固いが栄養価は高く、生でもおいしく食べられるので、
有翅族の子供たちのおやつに最適!