1ー011 ~ 勇者みち
宿に帰るつもりだったんだけど、風呂入って出て豆乳飲んで、リビングのソファーでぐでーっとだらけてしまって、どうでもよくなってしまった。
宿については別に帰らなくても、余分にお金は払ってあるし、まだ何日かは大丈夫のはず。
明日も狩りしてせっせと燻製肉を仕込むかな。そんで宿に行って引き払ってもいい。
どうせ荷物なんてもう部屋に置いてないんだし。
あ、豆乳だけどこれなんか微妙に味が違ってて、尋ねたら元の世界の大豆とはちょっと違う豆なんだとさ。美味かったから全然OK。
そんで炒り豆をぽりぽりとつまんだりしながら麦茶のんだりしてる。
リンちゃんは淡いピンクな薄手のワンピースだ。可愛らしい。そんでぐでーっとしてる俺にべたーっとくっついてる。
どうしたもんかなー、これ。ベッドに枕2つあったよなー。
一緒に眠る気満々だよな、この子。しょうがないか。
俺もさすがに眠い。戦闘なんてほとんどしてないけど、精霊関係ダブルヘッダーみたいなことになって精神的に疲れた。
狩りで調子に乗っちゃったのはきっとそういうのを発散したかったのかもしれない、なんてな。
さ、歯磨きして眠るか。
あ、リンちゃん眠ってんじゃん。
●○●○●○●
やー良く寝たわ。やっぱ風呂っていいね。あと、寝具もよかった。
え?、リンちゃん?、抱き枕状態だったよ?、いや俺が。
そんで朝起きたら居なくてさ。
台所でスープとパンと目玉焼き作ってたよ。メイド服で。
なんかいいね、こういうの。
魔王とか勇者とかがないなら、うん、言ってもしょうがないか。
元の世界では、彼女なんて居たことないし、もちろん結婚なんてしてなかったからなー…。
なんか上司の娘さんとかに引き合わされそうになったこともあったけどさ。たまたま体調崩してスゲー熱でて、ノドがめっちゃ腫れて声がほとんど出ないまま会社に連絡して、んでそのまま床へダウンしてたせいで余計ひどくなって、死にそうだったらしい。
らしい、ってのは寮なので、寮の管理人さんに会社から連絡あったみたいで、見にきた管理人さんが救急車呼んでくれたらしい。
気がついたら病院だったんで驚いたよ。
ま、それで予定が延期になってたんだよね。そのせいで『早く結婚したほうがいいんじゃないか?』って何かってーと言われたんだけどね。
そのうち、そのうち、って言って逃げてるうちに、こっち来ちゃったからなぁ。
あの部屋そのまんまだろうし、失踪とかバックラーとか言われてんだろうなー…。
失踪や行方不明はしょうがないけど、バックラーはちょっとやだな…。
あ、そうそうバックラーといえば、腕につける小型の盾だけど、雑貨屋に無かったんだよね。あればあったでそういうの思い出してちょっと鬱が入ったかもしれんが。
「タケルさま?、今日はどうなさいますか?」
- ん?、ああ、今日も燻製肉つくるよ。漬けたやつを干して、狩りにいって、漬けて、かわいたやつを燻製箱にセットして、捌いて漬ける作業かな。地味だねー、ははは。
「頑張って覚えてお手伝いができるようになりますね!」
- これからも作るし、一緒にやってれば覚えるよ。
さ、そんじゃ始めようか。
「はーい」
乾かすのに風魔法使ってくれたおかげで、早く乾いちゃったよ。んじゃ先に燻製箱にセットしとこう。
そんで強化魔法もらってまた広範囲に走り回ってさくさく狩れたぜ。
便利だねー魔法の鞄。
今は血抜きが終わるのを待ってるところ。
小屋の外、ああもう小屋じゃないよな、家でいいや、『森の家』。その外にリンちゃん謹製の土魔法テーブルがあって、そこで座ってお茶飲んでるとこ。
そして魔法制御の練習とか、土魔法の練習とか、強化魔法の練習とか、いろいろやってる。
獲物を捌きながらふと思ったんだけどさ、元の世界で読んだ、見た、この手の世界に関する創作物…、冒険者ギルドとかちょっとした受付とか、店の看板娘とか…、仲間になる子とか!、知り合う女性とか!、って、魅惑の胸の持ち主率が高かったんじゃなかったっけ…!?
それで今、ふと見回せば少女精霊メイドに、定食屋の樽体型おばちゃんに、あとは女性って精霊様ぐらいしか見たことねぇぞ!?、どういうことだよこれ!!
この世界って女性が少なすぎじゃね?
気になったんでリンちゃんに訊いて見たけど、
「さぁ?、そのようなことは無いはずですが…、人間種の男女比のことはよくわかりません、申し訳ありません」
って言われたよ。そりゃそうだよな。うん、ごめん。訊いた俺が悪かった。
こりゃあ何でも訊いてくれって言ってたグインさん?、だっけ?、何か違うな、どっかの王様みたいな名前じゃなくて、そうだ、グリンさんだ。『勇者の宿』に行ったときにでも彼に訊いてみるか。
そろそろ次に進んでもよさそうな感じだしな。リンちゃんも居るし。
●○●○●○●
強化魔法使えば10分とかからずに『勇者の宿』に行けるってこと思い出して、ついでに次のところってどこなのか知りたいし、そろそろ進むかも、って話をしに行くことにした。
そんでグリンさんに訊いてみた。
「ああ、なんだそんなことか」
- そんなこと、って…。
「単純な話さ、開拓最前線とも言えるような不自由な場所なんだ、体が資本と言えるような労働に耐えられる、やる気のある体力自慢ぐらいしかやって来ねぇ、ってことがひとつ。だから女なんて居ても脳筋のごついヤツか、そういう男どもを相手にしてもひけをとらねぇ肝っ玉かぁちゃんみてぇなのしか来ねぇんだよ」
- 開拓って、やってるんですか?
「昔はな。勇者の宿がある村ってんで、あわよくば…って娼婦やら娼館やら、夢見た若い娘やらを雇う飲食店やら、そういうのが多かったらしい。けどな、勇者ってなぁ、どうも成長がすげー早いのか、すぐにもっと強い魔物が出るようなとこに行ってしまうし、最初は貧乏だから誰も娼婦やらには見向きもしねぇ、女にうつつを抜かすどころじゃねぇんだって皆わかっちまったんだよ。
だからここいらにゃ女はほとんど居ねぇんだ」
- な、なるほど…。
「だから勇者さんよ、女のことが気になるようになってきたってこたぁ、余裕がでてきたってこったよ。いい事じゃねぇか。その調子でどんどん強くなって、魔王とやらを倒してくんな。強ぇ魔物なんて、俺ら一人二人じゃどうしようもねぇんだ。王国軍が国境の最前線で踏ん張ってくれてっからここいらじゃのんびりやれてるみてぇなもんだしよ、強くなってそういうのを助けてやってくれや」
- 勇者って、期待されてたんですね…。
「当たり前ぇじゃねぇか、勇者ってなぁ死んでも復活するし、復活したからって忘れたり弱くなったりしねぇ。たった12人しか居ねぇが、人類最強なんだぜ?、期待しねぇほうがどうかってやつじゃねぇか?」
- あー、そうですね。
うわー、期待が重いなー、中身普通の人間なんだけどなー…、でも少しは納得できちゃうところがなぁ…。
「タックは一番新しい勇者だからな、まだ人類最強じゃねぇかもしんねぇが、そのうち魔法も覚えて戦い方も慣れて、そういうレベルになっちまうさ」
- そうなんですか、4番だけど一番新しい…?
「長ぇこと4番は空いてたんだよ。番号順ってわけじゃないしな。一番古い勇者様は9番だったかな、彼は国境にいるって話だな、国境ったって広いしな、一人でカバーできるもんじゃねぇ、だから何人かで担当決めてるんだとさ。あと、魔王の僕だかが居るってダンジョンに行ってる勇者様も居たはずだ」
- へー…、勇者が1人じゃなくて良かったです。
「そうだなぁ、ある程度戦えるようになるまで時間もかかるしなぁ…」
- あ、勇者に関係なく娼館とか必要じゃないんですか?
「心配してくれんのはありがてぇが、ちゃんと街行きゃあるさ。ここと、東の森のダンジョン村が特別なんだよ。ここいらにゃ農民も居ねぇだろ?、つまり住民は勇者様のために居るか、兵士たちのために居るだけで全部だ。勇者と兵士と商人、これだけの村なんだよ、2つの村は」
- なるほど、そうだったんですね。だから子供も居ないんだ。
「そういうこった。タックもそろそろここいらを卒業すんだろ、そしたら街行くことになっから、そん時にまた声かけてくんな。詰所で配布してる街の地図やら渡すからよ」
ガイドブックがあるのか…。助かるからいいけど。
- 卒業て…、そういうのも分かるんですか?
と、壁んとこの石を見る。
「身なりとか顔つきとか、そういう雰囲気で分かんだよ。石にゃそんなの出ねぇよ、ははは」
- なるほど、そういうもんですか、ははは
「そういうもんだ。経験ってやつだな、ははっ」
- それで、その話もしようと思っていたんですよ。
「お?、次に進むのか?、んじゃ東の森のダンジョンは制覇したのか?」
- あ、制覇しなくちゃ次に進めないんですか?
「そういう訳じゃねぇんだが、ダンジョンボスってのが居るらしいし、そいつを倒して東の森のダンジョンを卒業する、ってのが勇者道って前の勇者様が言ってたんでな」
- 勇者道…、そんなのが…
「前の勇者様が言ってただけだから、本当にあるのかわかんねぇぞ?、だから別に倒さなくても先に進んで構わねぇよ」
- それについては少し考えさせてください。なので街の地図を貰えますか?
「おう、いいぜ、んじゃついてきな」
- はい。
そっか、それで次のルートを決めればいいってことかな。次のダンジョンとかあるのかな。ちょっと楽しみだな。
でも、勇者道かー、悩むなー…
もしあとでその先輩勇者に出会ったときに、ボス倒してきてないってバレたらまずいかなやっぱり・・・。
- リンちゃんはどう思う?
「あたしはタケルさまについていくだけです」
って言うと思ったよ!