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3ー005 ~ ミリィどきどきハツ、のちドロシー

 「お兄さん、どこ行ってたの?」


 魔導師の家(ハツの家)の裏口のところに戻ると、俺がさっき作ったお風呂小屋の入り口の石段に座って頬杖をついていたハツがやや責めるような口調で言った。

 どうやらご機嫌はやや斜めっぽい。なんか頬杖のせいでほっぺが膨らんでいるようにも見えるが、可愛らしさが勝ちすぎているので怒っていても迫力なんて微塵(みじん)もない。


- あ、ちょっと調べ物をね。あのふたりに回復魔法をかけてくるから先にお風呂入ってていいよ。


 そう言いながら裏口を開けようとしたが、何だか引っかかって開けにくい。建て付け悪いな、欠陥住宅め。


 「あ、そこは…、あれ?」


 引っかかってる部分を風魔法でちょいと動かして開け、一歩入ろうとしたところでハツが何か言ったので振り向く。


- ん?


 「ううん、何でもないの」


- そか。


 ハツが立ち上がって歩いてきたので扉は閉めずにそのまま中へ入った。






 廊下を進み、診療室の扉をそっと開いた。

 診療台の上の大きいほうの人と、テーブルの上の布で寝ているミリィは穏やかな寝息を立てている。

 足音を立てないようにして近づき、それぞれにゆっくりと弱い回復魔法をかけた。


 ついでにミリィが希望していたスープと水を用意する。

 もちろん新しく器を作って。前のはちょいと処分ね。


 ミリィはもうかなり良くなったし、自分で水分などを()れるからいいんだけど、大きいほうの人は回復魔法を少しずつかけるぐらいしか手がないんだよね。

 せめて意識が回復して、自分で飲食できるようになってくれないと、地の体力が戻らないのがね…。


 点滴でもできればいいんだけどそんな器具は無い。針とか容器は作れば何とかなりそうだけどホースっていうかチューブが無い。安全性ってのを考えてもやっぱり無理がある。命の危険があるならそこまで頑張ってもいいんだけど、現状、この大きいほうの人はもう呼吸も安定しているし、脈も落ち着いている。あとは自然に目覚めるまでは回復魔法を少しずつかけていくぐらいしか無い。






 「さっきも思ったんですけど、それ、この人の体からすると大きくないですか?」


 うん。俺もそう思う。

 確かにミリィからするとでっかい桶ぐらいのサイズのお皿だ。別にそのお皿にたっぷり入れるわけじゃないんだけども。


 でもね、ミリィのサイズに合わせたコップやお(わん)だと、水などの液体が入れにくいんだよ。表面張力ってやつのせいで。


- うん。そうなんだけどね。


 と言ったところでミリィの目がぱちっとひらいて、半身を起こしながらさっと周囲を見渡してから俺をじっと見つめた。


 「夢じゃなかったのね…」


- 起こしちゃったかな?


 小声で問いかけると俺から視線を外さずにふるふると首を小さく横に振った。


 「だいぶ楽になったかな、回復魔法をかけてくれたのね、ありがとう。あなたの、タケルさん、だったかな?、タケルさんの魔法ってすごく優しいのね」


- うん、それはよかった。


 「本当に、会話ができるのね…、タケルさんに助けてもらって良かったかな」


 呟くようにしみじみとそう言ってから視線を外すように横に置かれている水とスープに気づいたのか、のそのそと畳んだ布から下りて器の横に座った。


 そう言えばさっきは手ですくって飲んでいたっけ。

 スプーンでもあれば飲みやすいかも知れないと思い、小さなスプーンを作って渡す。


 「どうせならこれぐらいの器かコップに入れてくれないかな?」


 こっちを向いて胸元で両手で囲むようにして大きさを表現した。


- そんなサイズだと表面張力のせいで入れられないよ?


 「…?、何それ。取っ手がついてるといいんだけど、作ってくれないかな?」


 スルーされた。まぁご希望とあらば作りましょう。

 中身が見えたほうがいいだろうと思って、昨日片付けたガラスの破片をまとめたやつを使って、ミニチュアのジョッキを作ってみた。

 一応洗うふりをして水が入れられるか試したんだけど、やっぱり表面張力のせいでいれにくい。もうちょっと大きいほうがいいんじゃないかと思って、3倍ぐらいのも作った。

 ミリィに両方を見せて『どっちがいい?』、と尋ねると小さいほうを選んだ。


 「わー、きれいね!、気に入ったかな!」


 でもそれ使いづらくないか?、と言おうとしたんだけど、ミリィはそれでお皿の水を普通に()んで、ごくごく飲んだ。


 あれ?、表面張力どこいった?


 よくよく観察してみると、どうやらそう言った物理現象を軽減する魔法を使っているようだった。面白いなそれ。へー、そうやるのか…。


 俺もちょっとやってみようと、同じサイズのジョッキを作ってやってみた。その魔法を使わないとやっぱり普通には汲めないけど、使うとするっと()めた。

 種族固有の魔力操作なんだろうなー、なんて思ってると、部屋に入らず廊下で(たたず)んでいたハツと目が合った。


- どうしたのかな?


 「……お風呂は?」


 あ、そうだった。よく見るとハツは埃まみれだった。

 そうか、だから部屋の外に立ってたのか。


- ごめんごめん、あ、ミリィ、お風呂に入ってくるね。


 「お風呂って何かな?」


- 身体を洗ってくるんだよ。


 「あたしも洗いたいかな!、かな!?」


 ジョッキ片手にテーブルの上でぴょんこぴょんこ跳ぶちっさい人。酔っ払いか?

 しょうがないので手に乗せて連れていくことにする。


 「…そのひとも連れて行くんですか?」


- え?、ダメかな?


 「なぁに?、文句あんのかな?」


 キミはちょっと黙っててくれないかな

 という意味でミリィとハツの間を手のひらで遮った。


 「だってそのひと、お、女の人じゃないですか…」


 そう言えばそうだな。

 まぁ、種族も大きさも違うし、気にしなければいいんじゃないかな。

 あまりじろじろ見ないようにすればさ。


- んー…


 でもどう言えばいいかと思っていると、

 「お、お兄さんがいいなら、別に……(そっか、いいんだ…)」

 と、やや下向き加減で言いながらくるっと背を向けてぶつぶつ言ってる。

 勝手に納得してくれたっぽい。


 とりあえず合意を得たってことで、裏に作ったお風呂へ行こう。






 脱衣所でミリィをテーブルに置き、棚の上に用意した石の箱の前で服を脱ぐ。ハツも隣で同じようにした。前の小屋で同じようにしてたからね。


 「え?、服、脱いじゃうのかな?」


- ミリィは別に脱がなくてもいいけど、脱いで洗ったほうが気持ちいいよ?


 服も別で洗って乾かすし。

 テーブルの上に脱いだ服を入れる小さな箱をつくった。


 「そ、そう?、ま、まぁ、タケルさんは命の恩人、だし?、いいかな?」


 何をテーブルの上でもじもじしてるんだ。やめてくれ、こっちだって気にしないようにしてるんだから、意識させないでくれよ。


 ハツはさっさと脱いで、脱衣カゴ代わりの石の箱に服を入れ、すたすたと素っ裸で浴室に入って、「ねぇ、早く早くー」って言ってる。


- はいはい。


 服を脱いで箱の中に置いたミリィはやや背中を向けて立って、首だけはこっちのほうをそっと(うかが)うように見て、両手で胸を隠してた。


 ちょっともー、妙に色っぽいポーズをしないで欲しいんだが。気にしない事にしてそっと手に(もた)れさせるように優しく包んで運んだ。

 「きゃっ」とか聞こえたけど無視。

 手の上でほほを染めてこっちを見てるような気がするけど無視だ。無視ったら無視。






 浴槽に貯めておいたお湯に片手を漬けて、少しさめちゃった温度を調整した。

 近いところに台を作ってその上に浅い容器、つまりミリィ用の浴槽だけど、形はほら、洋風のバスタブとでも言えばいいかな、そんなサイズね。

 それを2つ作ってお湯を入れ、片方にお湯を少しと石鹸の欠片を入れて指でぎゅっぎゅとつぶして溶かした。


- こっちの泡のほうで身体を洗っててくれるかな?、


 そう言って診療室にあった綿棒(めんぼう)っぽい、爪楊枝(つまようじ)ぐらいの棒の先に布がくっついてるものを渡した。


 「何これ?、何かな?」


 ミリィは受け取ってから俺を見て言う。


- それで背中を洗うんだよ。まぁ使わなくてもいいよ。


 「ここに、入るの?、かな?」


- うん、滑るから気をつけてね。


 「わー、変な感じ!、泡あわ!、あはは!」


 よし、これで少し放置できそうだ。

 椅子に座ってじっとこっちを見て待ってるハツのほうに行こう。


 「もー、ボクには桶が持ち上げられないんだから」


 あ、そうだった、それで先に入らずにずっと待ってたのか。忘れてたよ。


- ごめんごめん、じゃ、洗おうか。


 「うん!」


 ぬるめのお湯をかけ、ハツの髪を流す。

 前回も思ったけど、毛先のほうが指通り良くないせいで絡んでるんだよな、これ、切ったほうがいいんじゃないか?


 「どうしたの?」


 両手で髪を持ち上げて見ていた俺に気づいたのか、ハツが頭を起こして尋ねた。


- ん、髪が絡んでるなって思ってね。


 「そうなの。前は時々ニーナさんって人が切ってくれたんだけど、もう居なくて、それからそのまま伸びちゃって…」


- ふーむ、んじゃ切るか。このへんのよく絡む部分だけでも切ればだいぶ違うと思うよ?


 「切ってくれるの!?、わーぃ」


 椅子の上で姿勢を正すハツ。


 「ふんふふ~ん♪、ふふんふ~ん♪」


 あわあわで楽しいのか、鼻歌が聞こえる。


 切ると言っても(くし)がないので、見た目で傷んでるような箇所をすぱっと切るだけなんだが。

 ま、指通りが良くなるだけで許してもらおう。


 耳の位置から後ろの髪を背中に垂らして、違和感のないように揃えて切る。

 前髪も目のちょっと上ぐらいに揃えて切る。

 それ以外の横は前に垂らす感じで揃えて切る。

 参考にしたのはサクラさんの髪型で、ミドリさんが毛先を揃えたときのイメージだ。

 実際はもっと複雑なんだろうけど、俺にはわからないので、かなり大雑把だけどそこは仕方ない。


- さ、流して洗うよー


 「え?、もう終わったの?」


- 傷んでるところを切っただけだからね。さ、下向いてー


 「はーい」


 流してみると、やっぱりだいぶ違う。洗いやすくなった。


 ハツの髪を洗い終えて、また髪をまとめてアップにした。

 続けて背中も洗ってやってると、俺の足にぺちっと何かが当たった。

 見ると尻尾だ。そうだったこいつ尻尾生えてたんだった。

 濡れてるし石鹸の泡立ちいいかも?、背中のついでに洗うか。


 「ひ!」


 びくっと反応したのでさっと手を離した。


- あ、ダメだった?


 「ちょ、ちょっとびっくりしただけ…。そこは敏感なので…」


- じゃ、背中だけにしとこうか。


 「お、お兄さんなら…、…いいの…」


 身体を捻ってこっちを見上げて言うハツ。顔が真っ赤だ。

 こんな表情でそんなセリフ。何だかわからんがものすごく(ものっそい)ヤバい。

 こいつこれで男の子なんだぜ?、一瞬忘れかけたよ。


- あー、まぁその、加減が分からないし、やっぱり自分で洗ってね。


 「……はい」


 ハツは一瞬何かを言おうとしたが、ちらっと俺の後ろに視線を向けてから、すっと前を向いて小さく返事をした。


 俺の後ろに何が居るかなんて分かってる。ミリィだ。

 こんもりと泡の山のようになってる小さい浴槽。その泡の山から顔だけ浴槽のふちにあごを乗せ、ニヨニヨと笑みを浮かべてこっちをじーっと見ていた。


 しかしすごい泡だな。小さいからできるんだろうけど。






 ハツが他の部分を自分で洗っている間に、ささっと俺も自分の身体や頭を洗う。俺の背中?、頑張れば届くから問題ないんだよ。


 流し終えて、浴槽に行こうと立ち上がる寸前に声がかかった。


 「ねぇ、あたしの髪も切ってくれないかな?」


 ミリィを見ると、泡まみれで浴槽のふちを(つか)み、片足ずつさっきの泡を空中に蹴り飛ばしてる。何してんのよそれ。


 「よく絡んじゃう部分を切るといいんでしょ?」


- うん、まぁそうなんだけど…、櫛が無いからね、この指だと…。


 「じゃあ、あたしが持ち上げた部分を切って欲しいかな?」


 それならできそうだ。


- わかった、でも今は泡だらけだよね?


 「あ、そうだった、これどうすればいいのかな?、こっちに行けばいいのかな?、でも滑って立てないかなー」


 あ、そうか。手すりとか作れば良かった。そういえば底面ってつるつるだとダメなんだっけ、うっかりしてたよ。


- なるほど、ごめんね、そこまで考えてなかったよ。


 「えー?」


 両手ですくい上げるようにして泡のバスタブから救出。「わぁ♪」なんて言って楽しそうだ。楽しいのか?


- じゃ、お湯かけるよー


 「え?、きゃー、あはははー」


 小さなシャワーのようにして、両手で作った器に乗せたミリィに満遍なくお湯をかけてやると、気持ち良さそうに泡を洗い落としていくミリィ。

 それだけならいいんだけど嬉しそうに(はしゃ)いでいる。


 俺の手の上で、素っ裸で気持ち良さそうに転がったり座ったりしながらシャワーを浴びる身長20cmほどの人形みたいなちっさい人。もう隠す気もないのか、全部丸見えである。

 まぁ、恥ずかしそうにされたらそれはそれでこっちも意識してしまうから、これはこれでいいのか。


 俺はシャワー的にお湯をかけている以上、目をそらせない、という事もないんだけど、端まで行きそうだったり指の間にはまったりしないように視覚的に見ていたほうが安全だからね。


 泡が落とせたようなので、シャワー魔法を停止。

 ミリィはちょうど座った状態で脚をやや開いて伸ばし、両手を後ろに着いて気持ちよさげに顔を上げて髪を水の流れに揺らしていたところだった。

 俺の手の上だってのに、すっかり(くつろ)いでいたのも停止した理由のひとつだ。全く。何様だ。


 そこから片手で目元をぬぐって、まるで誘惑するかのような表情で俺を見上げて言った。


 「あぁ…、もっとぉ…、もっとかけて欲しいかな…?」


 そんな(なまめ)かしいポーズで言わないでくれ。

 人形みたいなサイズだからいいけど、人間サイズだったら…、いや、これは考えちゃダメだ。

 無視してお湯のバスタブのほうにそっと入れた。


 「ちぇー」


 とか言ってるけど無視。


 そのまま浴槽に入ろうとして、ふと見るとハツがこっちに身体を向けて座ったままジト目で見ていた。


 え?、なんでまだ浴槽に浸かってないの?


- 入らないの?


 と尋ねると、無言で両手を俺に向けて伸ばした。


 もしかして、前回のように抱っこして入れろと?

 いやもうキミ自分で入れるでしょ?、と顔を見るとすこし膨れてらっしゃる。


 甘えたい年頃なのかな?、しょうがないなー。

 近寄ってお姫様抱っこで持ち上げてやると、にこにこ笑顔になった。わからん。


 ん?、この子こんなに柔らかかったっけ?

 そんな1日やそこらでは変わらないとは思うんだけど、まぁ気のせいだろう。

 あ、食事が良かったのかも知れないね。怪我して血もだいぶ失っていたんだし、それが戻ってきたので健康に、元通りになったんだろう。


 そして浴槽に浸かる。


 前回と同じように、段になってて座って(くつろ)げる浴槽だ。

 そして、たっぷりのお湯が好きらしいので、浴槽のサイズも前回のよりかなり大きくしてある。

 洗い場もそのぶん大きくなってるんだけども。


 そしてハツさん、手を離してくれないと隣に座らせられないじゃないか。


- 体勢がつらいから、手を離して。


 「はぁい…」


 隣に座ると、また俺の腕を抱きしめるようにするハツ。

 まぁ、いいか。


 あー、お湯に浸かるのってリラックスするなぁ…。

 そして前回のように脱衣所に置いた服をじゃぶじゃぶ洗う。

 網目障壁操作って便利だなー。ミリィの服も洗っておこう。へー、ワンピースかと思ったら裾はキュロットみたいに分かれてたのか。下着は…ないのか。ノーパン妖精か。


 「ねぇ、あたしもそっちに行っていいかな?」


 え?、キミそこでいいじゃん、こっちきても足とどかないでしょ。


- いいけど、こっちはミリィには深いんじゃないかな?


 手で支えてやればいいかな?、と思ってやや斜め後ろのミリィに手を差し出すと、親指を抱きしめるようにして手のひらに身体を寄せた。

 そのままそっと湯船に少し浸けると、俺の手を離れてすいーっと泳ぎだした。


 「わー!、気持ちいい!、こんなにたくさんのお湯なんて初めてかなー!、こんなに気持ちいいって知らなかったかなー!」


 それはいいけど、平泳ぎはやめてくれ。いろいろ丸見えで困る。俺だけならばともかく、ハツだって居るんだぞ。

 でも無邪気に素っ裸で泳いでるひとにそんな注意をするのも何なので、見ないようにして無視だ無視。


 「…いいなぁ、泳ぐのって気持ちいいよね」


- ん?、ああ、うん。


 「ボクも泳ぎたいな…」


 えw、そこまでのサイズじゃないんだよこれ。縦横1.5mぐらいなんだから。

 と思ったのが顔に出ていたようだ。


 「海で、だよ?」


- あ、うん。


 泳ぎたい、か…。そいやみんなどうしてるかな…、こっちのことが落ち着いたら帰らないとなー、でも飛んで行くにしても方向がわからないしな。

 太陽高度とか星や月とか、もっとちゃんと調べておけば、緯度とか経度とかでわかったのかな。いや、ちゃんとした計算式覚えてないや。

 だいたいの太陽高度からして、こっちのほうが緯度が低いんだってことぐらいしかわからん。


 「ねぇ」


 闇雲に飛べば、いつかは帰れるだろうけど、そんな地球規模の距離を飛び続けられる自信無いしなぁ、途中で力尽きたらまずいし。


 「ねぇってば、タケルさん!」


- あっはい!、わ!


 「わ!」


- あ、ごめん…。


 「もー、急に動かないでよね」


 いやそりゃ目の前に素っ裸の人形がアップになってたらそりゃびっくりするってば。


- ごめんごめん、飛べたんだね。


 「え?、そりゃあ有翅族(ゆうしぞく)って言うぐらいなんだもの、飛べるのが普通かな」


 いや、キミ有翅族(ゆうしぞく)じゃなくて無翅族じゃん、と言いたいところをぐっと我慢。


- そっか、それで?


 「お腹がすいたかなーって。それでね、あの美味しいスープの具入りのが食べてみたいかな?、ダメかな?」


 俺の目の高さのところを、ふわふわ踊るように飛んでお願いするポーズでとまった。素っ裸で。目の保養と言えばいいのか目の毒と言えばいいのかもうわからん。


 わかったのは、ちっさい人でもあると揺れるんだなってことか。そういえばシャワーかけたときや湯船に運んだとき、ちゃんと感触あったような気がする。


- それでいいなら。


 「わーい、楽しみかなー、ありがとう♪」


 喜んでしゅるんと(ひるがえる)るように飛び、俺の肩に腰掛けるミリィ。何か変な感触。ちょっとこそばい。


 んじゃ上がるか。服も洗い終えて乾かしたし。

 と、ハツをみると、自分の胸をむにむに揉んでいた。何してんの?






 脱衣所で全員、タオルで拭きながら温風ぐるぐるで乾かし、ミリィの髪をちょいちょいと切って、ハツもミリィも髪が指通りが良くなったってご機嫌で俺に抱きついて来るんだけど、ミリィは俺の肩の上が気に入ったのかまたやってきた。

 でも首に抱きつかれるのはちょっと、いやかなりこそばいし見えないのでひっぺがした。


 ミリィは髪切るのに服きてると切った髪がついちゃうだろうと、乾かした直後にしたのでまだ素っ裸なのはわかる。ハツは何でまだ服着てないの?

 俺はバスタオルを腰に巻いてるけども。え?、いやまぁ何となく。


 とにかく服を着てもらって、脱衣所に氷置いて過ごしやすい室温に調節し、テーブルの上にミリィの希望した海草と魚のつみれスープを出してあげた。

 つみれ団子はミリィの頭よりでかいんだけど、美味しい美味しいってぱくぱく食べてた。その身体の一体どこに入ったんだろう?、お昼のハツみたいに食べ過ぎたって苦しまなければいいけどね。


 ハツも美味しいって言ってしっかり食べていた。

 お昼に味見で一度食べてるからね、ハツの実も一緒に粉砕して入れてあるつみれもあるので、それぞれ美味しい。

 考えてみたらさっき普通に夕食を食べてたような…、まぁいいけどさ。


 まだ煮てないつみれもちょっと出して、軽く塩ふって(あぶ)って出してやるとふたりともこれも美味しいって言って食べていた。ハツはともかくミリィまでもうひとつ(串)欲しいって言ったのでもうやめておこうね、と()めた。

 まぁね、美味しいよねつみれ団子。






 「それでね、充分回復したし、森に帰ろうかなって、思うの」


- ああうん、ひとりで帰れそう?


 「うん、飛べるし、大丈夫かな。本当にありがとう、お世話になったわ」


 にこにこ笑顔がまぶしい。


- そっか、んじゃ焼いたつみれ団子、ひとつお土産に持って帰る?


 「わぁ、いいの!?、ありがとう♪」


 ひとつ出して石の串に刺し、炙ってからハツが出してきた布の切れ端に包んで渡すと、「よいしょっ」って言って結び目のところに片腕を通して背負った。


 「じゃあ、元気でね、ありがとう!」


 手を振って飛んで行くミリィを見送って、風呂場の後片付けをしに戻ろうとしたとき、「待って~!」と、ミリィが戻ってきた。


 何だろうと振り返ると、まっすぐ俺の胸元に飛び込んできたのでキャッチ。


- どうしたの?


 「あのね、ここ、どこなのかな?」


 がっくりした。






 しょうがないので広範囲に索敵(レーダー)魔法を使い、崖の上の森のあたりに魔力的にそこそこ濃い集落を見つけたので、だいたいの特徴をミリィに確認した。

 たぶんそこだろうということで、それを含めた範囲で残り少ない羊皮紙を出して地図を描いた。


 ミリィに位置を説明すると、「こんな大きな地図は持って行けないかなー」と。

 いやいや、そんな複雑な道のりじゃないだろ、飛べるんだし。


- まっすぐ西に飛んで行くだけなんだけど…。


 「でもこれ、どれぐらいの距離があるのかな?」


- ん、だいたい40kmぐらいかな?


 「きろめー?、何かな?」


 一瞬目を見開いて驚いてから、首をかしげた。お約束みたいな事するやつだな…。


 分からないってことは長さの単位が違うのか…。

 そこでミリィの知ってる長さ(距離)の単位を教えてもらうと、だいたいミリィの身長が1テーリだそうだ。ということは、だいたい5000倍すりゃいいのか。


- じゃあ20万テーリだね。


 「に、20万!?、…って何かな?」


 また同じ反応。うわー、数もかー…。


- 100は分かる?


 「うん」


- 1000は?


 「わかる、かな…」


- 10000は?


 「見たことないかな」


- ミリィが頑張って飛べる距離ってどれぐらい?


 「わかんない」


 こりゃもう俺が連れてったほうがいいんじゃないか?


- なんなら連れて行こうか?


 と言った瞬間、焦ったようにテーブルの地図から飛び上がった。


 「だ、ダメよ、ダメかな!、あたしたちの、有翅族(ゆうしぞく)の村は他の種族には秘密なの!」


 目の前どころかもうほんとに目の前だ。近すぎて見えにくい。寄り目になりそうだ。


- わかったから、近い、近いって。


 後ろからむんずと掴んで引き離す。

 俺の手をぽんぽんと叩いたので反射的に解放した。苦しかったのかな、あまり力は入れて握ってなかったはずだけど。


 「あの絵をね、小さくしてくれたら帰れるかな」


 ああ、絵ね。確かに地図っていうより航空写真みたいなもんだものね。

 しかしそれはかなり繊細な魔力操作が…、まぁ、やってみるか…。


 1cm×2cmぐらいに羊皮紙の端を切り取って、そこに……、あ、真っ黒になった。そりゃそうか、同じ力加減でやったらそのまま縮小というか集まるだけだものな。そりゃ真っ黒になるか。


 「えー…」


 いやそんな目で見るなよ…。


- 初めてなんだよ、ちょっと練習させて。


 「そっか、わかったかな」


 だからどうして俺の肩に乗るんだよ。気が散るじゃないか。






●○●○●○●






 何とか小さい地図をつくり、ミリィに渡した。疲れた。

 飛んで行くミリィに、今度こそ戻ってくるなよーとは思ったけど、言うとまた戻って来そうだから言わずに見送った。


 で、だ。


 俺の服の裾をちょこんとつまんで、ずっと黙ってやることを見ていたハツに尋ねる。


- 何か、町で松明(たいまつ)をもってうろちょろしてる人が多いんだけど、今日ってお祭りか何かなの?


 「んー?、町のことはわからないよ…」


 眠いのか目をこすりながら言う。

 ああ、お風呂入ってお腹いっぱい食べればそりゃもう眠いよね。わかる。

 黙ってたのは眠かったからか。






 ハツを寝かせてから、ちょいと偵察に出ることにした。


 町の壁の外にまでその松明もってうろうろしてる人たちがちらほらと出てきてるんだよ。

 もしかして、あの大きい人を探してるんじゃないか?、って思うよな、普通はさ。外で倒れてたんだからさ。


 それで一応確認をしに行くんだよ。だってもし連れてって、別の人を探してるんだったら向こうも困るだろうし、大きい人にも負担がかかるからね。


 あの大きい人はさっきちょっとだけ様子を見たけど、まだ意識は戻ってなかったのでまた弱い回復魔法をかけておいた。


 あ、『大きい人』ってずっと言ってるけど、ミリィと比べての話なのでそんなでっかい人ってわけじゃ無い。寝かせてわかったけど身長160cmあるか無いかぐらいの可愛らしい要素と美女的な要素が混ざった感じの普通の女性だ。耳と尻尾はあるけども。






 上空からゆっくり近づいていくと、時々大声で『ドロシーさーん!』って呼びかけているのが聞こえた。

 ドロシーってのが探している人の名前か。あの大きい人の名前が分からないから何とも言えないな。ミリィに尋ねても知らないだろうし。


 さて、どうするか…。

 すぐに思いつく行動は、彼らと接触してひとりだけ魔導師の家に連れて行き、探し人のドロシーさんであるかどうかを確認してもらう、というものだ。


 その場合の問題点は、まず俺を信用してもらえるかどうか、というのと、ハツも大きい人も眠っているところに連れて行って大丈夫なのか、ということか。後者はまぁ仕方が無いにせよ、俺を信用してくれるのかどうかってのがちょっとわからないな。


 眼下で探し回っている人たちは、どうやら大きい人と同じようにケモ耳と尻尾が両方ある人たちばかりだ。ハツだって言ってたしな。

 そこに両方『無い』俺がひょっこり登場して、怪しいやつだ、ひっとらえろ!、なんて事にならないとも限らない。


 では大きい人の似顔絵を羊皮紙に焼き付けて、彼女が持っていた、ミリィが入れられていた箱を持っていって証拠とするのはどうだろうか?

 それで信用してもらえれば、ひとりを連れて行き、改めて状態を確認してもらえるんじゃないか?


 とりあえずその方法で行くか。


 見通し甘いかな?、まぁ俺だけなら別に下の連中が束になってかかってきても大丈夫だろうし、何とかなるか。






 魔導師の家にそっと戻り、羊皮紙を取り出して大きい人の似顔絵をというか寝ているそのままの姿、胸元から上を写真のように焼き付けた。

 あ、詳細に描きすぎたかな。まずいかな?、それに目を閉じたままになってしまった。うーん、まぁいいか。誰だってのがわかればいいんだし。


 一応脈とかも確認したけど、意識が戻っていない以外は問題なさそうだ。

 危うく死ぬところだったんだもんなぁ、それに局所的とは言え施術中には回復魔法を結構使ったし、地の体力が低下しているところにそういう無理をさせちゃったせいもあるんだろうな。緊急だったから仕方がないんだけども。

 今は呼吸も安定しているし、顔色もだいぶいい。もういちど弱い回復魔法をかけておこう。


 テーブルの上に置いたままになっていたミリィ用の食器類をポーチに回収してから、入り口の脇に置いたままになっていた箱を抱えて、またそっと外に出て飛び上がり、探している連中のところに行こう。






 さっきよりも海から離れる方向に移動していたが、松明を持っているのですぐに見つかった。


 木の陰にそっと着地して、さも林の奥から走ってきたような雰囲気を出して駆け寄って行こう。


- すみませーん!


 「誰だ!、そこで止まれ!」


 おおっと、どうして武器を抜くんだよ…。物騒なやつらだなぁ。

 立ち止まるとまた声をかけられた。


 「おい!、何を持っている!、ゆっくりと足元に置け!」


 めちゃくちゃ警戒されてるじゃないか。

 とりあえず言うことを聞こう。ゆっくりと箱を足元に置いた。


- お探しの『ドロシーさん』ってのはこういう人でしょうか?


 おかげで両手が使えるようになったので、羊皮紙を広げて見せた。


 「何だと!?、おい」


 近くにいた別の松明を持っている男性に、見に行くように指示したんだろう。

 まぁね、暗いもんね、松明程度じゃそこからは見えないよね。


 その男性は、片手に松明、片手に剣を構えてこっちにゆっくりと、俺から目を離さないように近づいてきた。


- そんなに警戒しなくても、怪しい者じゃありません。ほら、武器だって持ってないでしょう?、何もしやしませんよ。


 「ぶ、武器も持たずに町の外に居るようなやつが、怪しくないわけが無いだろう!」


 あ、それは考えなかったなぁ…。


 「そ、その紙をこっちに投げろ、ゆっくりとだぞ!、みょ、妙な動きをするなよ!?」


 投げろったってなぁ、風魔法で飛ばせば届くだろうけど、普通に投げたってまっすぐ飛ばないぞ?

 しょうがないな、全く。


- あ、じゃあこれも置いて、僕は下がりますね、それでいいですかね?


 「わ、わかった、そうしろ!」


 このひとめっちゃ汗かいてるんだけど、大丈夫か?

 とか思いながら、羊皮紙を足元において、5mほど下がった。

 もうここは林の中だ。月明かりからも影になってるんだけどいいのか?


 その男は松明と剣を持ったまま、羊皮紙をつまんで後ろ歩きで下がって最初に命令してきた男のところまで戻った。そして剣を持ったまま羊皮紙を差し出すもんだから、受け取る側もその剣を避けて受け取っている。

 なんせ羊皮紙を、剣の柄を持った指でかろうじて摘まんでいるだけなので、羊皮紙の重さもあって、剣のほうが上になってる。そりゃしかめっ面もするだろうよ。

 剣を腰の鞘に戻せばいいのにね。


 そして受け取った男が羊皮紙を広げ、覗き込んだ2人と一緒に目を見開いた。


 「ドロシーさん!」

 「ドロシーさんに見えるな」

 「これは絵なのか?、あいつは画家なのか?」

 「おい、旦那様に知らせるんだ!」 「はい!!」


 羊皮紙を拾って持って行った男が、抜き身の剣と松明を持ったまま走って行く。

 抜き身のままかよ…。しまえよ、剣。

 そして、残った男2人がこちらを見た。


 「おい、この絵の女性をどうした!」


 えー…、まるで俺が誘拐したみたいに言うなぁ…。


- 安全な場所でお休み頂いてますよ。


 「まさか…、生きているんだろうな!?」


- はい。


 「何が望みだ!?」


 やっぱりこれ、俺を誘拐犯とか犯罪者扱いしてるよな?

 言い方が悪かったかな?、でも他にどう言えばいいんだよ。


- あのー、何か勘違いをされているようなのですが、僕は倒れていた彼女を保護しただけですよ。


 「倒れていただと!?」

 「なぁ、あの箱、旦那様が妖精を入れていた箱じゃねぇか?」

 「うーん、暗くてよくわからんな、パトリー、ちょっと見て来いよ」

 「俺が?」

 「お前のほうが腕が立つんだからいいじゃねぇか」

 「んー、まぁそうだけど、しょうがねぇな、ほれ」

 「ん?」

 「ん、じゃねぇよ、松明」

 「あ、ああ」


 パトリーと呼ばれた男が面倒臭そうにのそのそ歩いて箱のところまで来てしゃがみ、松明の光で箱を確認した。


 「ああ、間違いねぇな、妖精を入れた箱だぜ」

 「そうか、おい!、中の妖精はどうした!」


 ああうん、それ尋ねられると思ってたよ。

 当然、捕まえて見せ物にしようって連中なんだから、俺はしらばっくれるさ。


- 倒れていた彼女の近くに落ちていたんですよ。妖精なんて知りませんよ。


 「どういうことだ?」

 「いや俺にきかれても」

 「お前に言ったんじゃねぇよ、いいから箱もって戻れって」

 「松明持ってんだぜ?」

 「お前が松明よこせっつったんだろうが」

 「箱を確認するのに明かりが必要だろう」

 「しょうがねぇな、おい!、そこを動くなよ!」


 何このコント。

 俺もう帰っていいかな?、ダメだろうけど。


 だいたい5mの距離なんて、ある程度腕の立つやつからすれば一瞬だろう、サクラさんやメルさんだったら余裕で間合いの範囲だろうし。

 まぁ、そこのパトリーって人はこっちを油断なく(うかが)っているようだから、そこそこ腕は立ちそうだけども。


 「鍵が壊れているな、おい!、これはどうやって開けたんだ!?」

 「俺にきくなよ」

 「だからお前に言ったんじゃねぇ!、紛らわしいからそこに立つんじゃねぇよ!」

 「しょうがねぇだろ、あいつが妙な動きをしたときの事を考えたらよ」

 「そ、そうか、すまねぇ」

 「わかりゃいいんだよ」


 もう帰りたい。






●○●○●○●






 それからしばらくして、それなりに服装が整っている人物とさっきの抜き身剣男が息を切らしながら走ってきた。抜き身じゃなく腰の鞘に納めていたが。


 ようやくこれで話のわかる人が来たと思いたい。


 何せこの2人、片方は自然体でボケをかますし、じゃなくて、自然体で剣呑(けんのん)な様子のままだし、もうひとりは偉そうなままで(かたく)なに俺のことを犯罪者扱いしたまま、何を言っても信じてくれないんだから。


 「旦那様、あそこの怪しいやつがこの箱とこの絵を持って来たんでさ」

 「はぁ、はぁ、ちょっと待ってくれ…」


 そして1分ぐらい、全員がぼーっとその旦那様ってひとが落ち着くのを待った。

 もう、何なんだよ…。


 テーブルと椅子でも作ってお茶でも飲んでのんびりしたかったな。眠いし。

 さすがにそんな事したら余計に怪しまれるだろうから、してないけども。


 「ふむ、確かにドロシーだな。生きてるのか?」

 「へぇ、あの怪しいやつが言うには、生きてるんだそうで」

 「そうか。それで妖精は?」

 「箱はありやしたが、中身はカラでした」

 「そうか、で、その怪しいやつは何者なんだ?」


 怪しいやつ怪しいやつ、ってうるさいな。さっきタケルって名乗ったってのに。


 「わかりやせん。何せ薄暗いところにずっと立ってやがるんで」


 おいおい、その薄暗いところに下がらせて動くなって言ったのはお前じゃないか。

 あ、下がったのは俺の提案だったっけ?


 「こっちに呼べばいいんじゃないのか?、何故そうしない?」

 「町の外で武器も持たずにうろついてるような怪しいやつを近づけるわけにゃあいきませんぜ?」

 「何だと?、武器も持たずにだと!?、うーん…」


 ここってそんなに危険な場所だったのか?

 むしろ武器を持ってないほうが信用してもらえると思ったんだけどなぁ、こんなことなら剣か槍でも出しておくんだったか。鞘がないからそれはそれでまずいとは思うんだけども。

 だって抜き身の剣もって近寄ってくるほうが危険人物扱いされるだろ?、普通なら。


 しかしこうしていても話が進まなさそうだし、しょうがないので提案するか。

 話の分かりそうな人も来たことだしさ。


- あのですね、この先の『魔導師の家』にちょっと厄介になってるタケルという者なんですが、その絵の女性が倒れていたので、保護したんですよ。


 「保護、と言ってるぞ?」

 「旦那様、怪しいやつの言う事ですぜ?」


- それで、お探しの様子だったのでそちらの方々が叫ばれていたお名前、『ドロシーさん』がこちらで保護した女性なのかどうかを、確認するためにその絵と、そばに落ちていた箱を持参したんですよ。


 「確認、と言ってるぞ?」

 「旦那様、怪しいやつの言う事ですぜ?」


 あんたら、信じる気ないだろ。

 俺のほうはもう大きい人がドロシーさんだと分かったんでもういいんだが…。


 もうあれか、旦那様らしいし、ドロシーさんを引き取ってもらおうか。

 衰弱状態ではあるけどかなり安定しているし、そのうち意識が戻れば見知った顔が近くにあったほうが当人にとってもいいと思うし。


- それでですね、容態も落ち着いていましたし、こちらとしては引き取ってもらえるとありがたいんですが、一緒に来られますか?


 「おい、さっきは案内できないって言ってたろうが!」


- そりゃあこっちの言うことを全然信用してくれず犯罪者扱いされてちゃ、こっちだってあなた方を信用できませんよ。


 「なるほど、事情はわかった。タケルとやら、この者らは護衛をするのが任務でしてな、私はエクイテスと言う。ドロシーのところまでご案内してもらえないか?」

 「旦那様!」


 エクイテスと名乗った男はその護衛たちの声にさっと手をあげて黙らせた。

 ほう、指示にちゃんと従えるのか。

 しかしエクイテス?、騎士階級なのかな?


- はい、こちらです。


 俺が振り向いて歩き出すと、エクイテスを囲んでフォーメーションを組むかのように護衛たちと一緒についてきた。


 「罠じゃねぇんですかい?」

 「大丈夫だろう」

 「見たところ、耳も尻尾もありやせんぜ?」

 「ああ、おそらく『ム族』だなあれは。相当な距離を旅して来ているんだろうな、それに見ろ、暗がりをものともせずに歩いていくじゃないか。あれは相当腕が立つぞ」

 「へぇ、パトリーの殺気にも反応がありやせんでした」

 「そうか、パトリー、どう思う?」

 「物腰や姿勢からは何とも。一般人程度にしか」

 「それが油断を誘うものだとしたら?」

 「考えたくありやせん」

 「それが答えだろうな」


 全部聞こえてるんだけど…。

 むずがゆいったらないな。腕なんて立ちませんよ、俺は。ただちょっと魔法が使えるだけです。

 それはそうと耳や尻尾が普通の人種(ひとしゅ)のことを『ム族』って言うのか。






- ここです。すみませんが中には眠っている者も居るので中に入るのは2人までにしてもらえませんか?


 「いいだろう、パトリー、一緒に来い」


 俺の前にエクイテスとパトリーが一歩近づいた。

 通じるかどうか分からないけど、指を一本立てて口の前にもっていき、静かにしてねと合図をしたら、2人とも頷いたので、通じたらしい。

 頭上に小さな明かりを魔法で浮かべ、そっと入り口に近づいて扉をあけた。


 中を覗くと、ドロシーはまだ意識が戻っていないようだった。


 2人を手招きして、そっと扉を開き、中に入った。


 寝台のそばにエクイテスが歩み寄り、ドロシーを覗き込んだ。そして俺に近づいて小声で尋ねた。


 「確かに、無事のようだ。運んでも大丈夫なのか?」


- さっきも言いましたが、容態はもう安定していますので、大丈夫でしょう、あ、念のためにもう一度回復魔法をかけておきましょう。


 「な…!?」


 声を上げようとしたが静かにと指示をしたのを思い出したのか自分で口を塞ぐエクイテスを無視して、寝台に歩み寄って手をかざし、弱い回復魔法をかけておいた。

 手をかざしたのはただのポーズだ。


 「…ん…うーん…」


 おや?、何度もかけ続けた効果がようやくでてきたのかな、意識回復の兆しだな。


 「ど、ドロシー!」


 あ、静かにって言ったのに。

 俺を押しのけるようにしてドロシーに呼びかけるエクイテス。

 まぁ、気持ちはわからんでもないのでいいけどさ。


 「…んー…」

 「ドロシー!」


 お、目を開けた。何度かまばたきをして、エクイテスを見ている。


 「エクイテス…?」

 「そうだ、私だよ、ドロシー!、お、お前!、声が!」

 「え?、あ…、あ!、声が、のども痛くないわ!」

 「おおおドロシー!」


 手をのどに当てて言ったドロシーのその手を両手でとり、額に当てて号泣し始めたエクイテス。ドロシーも目に涙をため、そのまま泣き顔となって一緒に泣き出した。

 ぐすっ、と音がして扉のほうを見ると、パトリーも泣き顔になっていた。


 感動の場面なんだけど、部外者からすると居心地悪いなー、さて、どう言い訳しようか考えておかなくちゃね。






次話3-006は2019年08月30日(金)の予定です。



●今回の登場人物・固有名詞


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。


 ハツ:

   一人称がボクのすっげー可愛い少年。

   おや…?、ハツの様子が……(2)

   もう『男の()』と言ってもいいんじゃないかな?


 ミリィ:

   有翅族(ゆうしぞく)の娘。

   羽がもげていても飛べるようだ。


 ニーナさん:

   ハツの髪を切ってくれていたお婆さん。故人。


 港町セルミドア:

   港町。やっぱり囲いだけの登場。


 ドロシー:

   倒れていた大きいほうの人。

   やっと名前が判明。セリフもある。


 エクイテス:

   商人。騎士じゃ無い。


 パトリー:

   商人の護衛に雇われた傭兵のひとり。腕は立つらしい。


 パトリーの同僚A:

   偉そうなひと。


 パトリーの同僚B:

   抜き身剣男。


 ウィノアさん:

   水の精霊。今回も出番なし。


 リンちゃん:

   光の精霊。同じく出番なし。


 お師匠(っしょ)さん:

   ハツの師匠。名前は出てないけどローと呼ばれていた。

   ハツにたくさんの本や薬品を遺している。

   部屋が散らかっているのはハツのせい。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。剣の勇者って呼ばれていたりする。


 メルさん:

   ホーラード王国第二王女。姫騎士なんて呼ばれることもある。


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20190829:サブタイトルを変更。

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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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