3ー003 ~ ハツ
「お兄さんは、治療師なのに土魔法が得意なんてすごいね」
夕食のときに、つい、いつものようにテーブルと椅子を土魔法で、ベッドの横に作ったらそんなことを言われた。
- え?、僕は治療師じゃないよ?
「え?、でも怪我をきれいに治せるのは治療師だけだってお師匠さんが言ってたよ?」
- そうなんだ?、『お師匠さん』って?
「お師匠さんはね、すごいんだよ?、いろんなこと知ってて、教えてくれて、ボクを育ててくれたの」
何でも、『お師匠さん』って呼んでた育ての親が薬導師って言う職の人だったらしく、魔法薬や薬草の専門家でおまけに魔法も使えるという専門家だったらしい。すげぇ。
途中からそのお師匠さん自慢みたいな過去話になり、それに相槌を打ちながら抱き上げて椅子に座らせて、用意した夕食を食べた。
とりあえず様子を見る意味でも、小麦粉をつかって団子を作り、適当に味を調えた汁で煮ただけの食事だけどね。
最初はスープだけを、少しずつ飲むように言って、それから少し様子を見て、お腹にものを入れても大丈夫そうだったので、団子入りで器に入れた。
もちろん安心させるためにも、目の前で同じのを食べたよ。
食べ終わってから気づいたけどアレルギーとか大丈夫だよな?、と心配したが、まぁ大丈夫そうだ。良かった。
ゆっくり食事を摂る意味でも、あれこれ喋りながらだったのでいろんな話を聞けた。
そのお師匠さんって人は、2年ぐらい前に亡くなったんだそうで、それからはその家でひとり暮らしなんだそうだ。
「お師匠さんが元気だった頃は、お師匠さんの薬で助かった人たちがよく来てたんだよ」
「でも昔の事だからみんな年寄りばっかりだし、お師匠さんよりずっと年上のひとだからだんだん数が減って、モン爺だけになっちゃった」
「時々そのモン爺が食べ物持ってきてくれたんだけどねー、でももう漁にも出られなくなったからめったに来なくなっちゃった」
「町の人はね、ボクの髪とか耳が珍しいからあまりいい顔をしないんだ…、あ、お兄さんの耳もボクと同じだね」
耳?、と思って尋ねたら、どうやら町の人はこういう普通の耳じゃなくて、毛が生えてて大きかったり斜め上についてたりするんだそうだ。ケモ耳のことかな?、まぁそのうち町に行けばわかるだろう。
そういう風に話してるうちに、この子の名前がわかった。
『ハツ』って呼ばれてたらしい。
それでハツがこの地に流れ着いた子供だったことを知った。
流れ着いたとき、ハツの木でできた樽に入れられていたせいで、衣類にハツの木の香りが染み付いていたからハツって呼ばれるようになったんだそうだ。
ハツの木ってどんな木?、って尋ねたら、防砂林としてここいらに植えられている木々は全部ハツの木らしい。厳密にはちょっと種類が違うみたいだけど。
ハツが眠っている間に外に出てよく見てみたら、針葉樹で松ぼっくりみたいなのができる木だった。
うん、めっちゃ松だな。
でもさらによくよく見てみると、落ちてる松ぼっくりはなんだかでかいし詰まってて重い。全体的な雰囲気も俺が知ってる松のようなのじゃなくて、松と杉の間みたいなそんな木だった。
やっぱり元の世界の植物とは似ててもちょっと違うんだな。
何となく気になったんでそのでっかい松ぼっくり…?、なんか小型のパイナップルに見えてきたんだけどそれをスパッと割ってみた。
中は、っていうかこれ、紐引っ張って鳴らすクラッカーの集合体みたいな形だな。それでひとつひとつのクラッカーが殻になってて、中に実がある。松の実ってこんななのかな?
松脂じゃなくってハツヤニか。それですこしねちねちしてる松ぼっくりだけど、実のところは薄皮があってヤニはついてない。そっと取り出して皮むいて、まずにおいを嗅いで見る。
少しだけ元の世界の松っぽい香りと、なんか穀物のような香り、それとほんのり甘いような香りがした。
食べれるんじゃないかな、これ。
ひとつ口に入れてみたら、結構美味しい。こりゃあ明日からの食事にできそうだ。
なので空中を飛び回ってたくさん採った。大漁だ。漁じゃないけど。
手で触るとヤニで大変なので、浮かせて周囲をスパッと切って実の部分を取り出して器にどんどん入れていった。最初だけちょっと手間をかけたけど、同じことをしていくだけだからすぐ慣れた。薄皮は手で剥かなくちゃいけないけど、それはまぁあとでもいいかな。
と、何だか夢中になってやってたら、小屋のところで呼ぶ声が。
急いでポーチにしまって、駆けつけた。
- まだ立つと危ないよ?
「お兄さんが居なくて、外に明かりが見えたから…」
とにかく抱き上げて中に戻り、ベッドに寝かせようとすると椅子がいいと言うので座らせた。やっぱりまだ立つのは少しつらそうな様子だ。
そう言えばポーションとか持ってないしなぁ。回復薬って、思えば無かったし…。騎士団のひとが薬品を扱っていたのは見たけど、治療してるところを見たわけじゃないしなぁ。
そういうの無いなんてファンタジー仕事しろって感じだよな。(※)
『鷹の爪』のひとたちはどうだったっけ、あの時確か、各自用に小さい背嚢をもらって、あー、やっぱり無いか、ダンジョンを出てすぐリンちゃんに渡しちゃったもんなぁ…、何でもリンちゃん任せにしちゃってた弊害が…。
買い物のときはどうしたっけ、サイモンさんと一緒に…、あー、薬品類は使ってないからって店にも入らず素通りしたんだった…。
貧血なぁ…、輸血とか無理だしなぁ…。
増血剤って鉄分だけど、鉄を粉末にしてもだめだし、ホウレンソウとかレバーか…。
ホウレンソウはともかくレバーは安全性の問題が…。それに食べれそうな動物なんて全然居なかったし。
回復魔法で何とかならないかな?、骨髄を活性化とかさ。
だめか、血球が増えても他が増えなくちゃ意味がないし。
施術中にどばっと出た分の血液、使える分だけでも戻せば良かったのかも知れないね。そんなこと考えもしなかったよ。
血管を繋いだときに、血が流れてなかった足に溜まってた血液が身体のほうに流れるんだけど、それの成分や温度の調整をしてショックを与えないようにゆっくり流してさ、一応弱い回復魔法もかけながら血圧とか体温とかいろいろ忙しかったんで、出た血液の事なんて全く気にしなかったんだよね。
回復魔法ってのは局所的には細胞を増殖したり活性化したりするのに使ってるけど、大雑把には、魔力を使って身体の状態を健康・安定状態になろうとする当人の身体機能の補助をするってことなんだよね。
なのであまり強力なのを身体全体にかけ続けるのはダメらしい。緊急時ならともかく、体力が落ちている状態だと、反動のせいで逆に治りにくくなったりすることがあるってリンちゃんが言ってたっけ。
結局、回復魔法かけるだけでいいみたい。
案ずるより生むが易し、ってことわざもあるもんな。
対象の体力というか地力というか、そういう関係で魔法の強弱を調節しなくちゃいけないけど、現状のハツのように、単純に血が足りないってだけなら身体全体に弱くもなく強くも無い程度にかけてやれば早く治っていくようだ。1回で全快!ってわけには行かないけど、時間を置いて何度かやればいいんだってさ。
え?、いや、ハツがそう言ってたんだよ。
前に俺が病気になったときリンちゃんが苦労してたように、病気と怪我では回復魔法の使い方が異なるとか、同じ回復魔法って括りにもいろいろ種類があって…、とか簡単にだけどハツが喋りまくるので聞き役に徹した。
また途中からお師匠さん自慢みたいな過去話になってたけどね。
ある程度休息して食事も、十分とは言えないにせよ摂ったし回復魔法かけたし元気が出てきたってことなんだろう。
「あ、それでね、排泄に行きたいの…、それとね、身体を洗いたいの…」
それで余裕も出たんだろう、少し恥ずかしそうに言った。すんげぇ可愛いんだけど考えないようにして、『ほい』と返事をして連れて行くことにした。
しかし排泄とはまた表現が変わってるね。『トイレ』って通じないかも知れないな。
抱き上げてトイレに連れて行こうとしたら、海を指差し小首を傾げて俺を見上げるハツ。
「海はあっちだよ?」
- え?、便所じゃないの?
「え?、海じゃない便所があるの?」
あ、通じた。
連れてって扉をあけ、使い方を説明した。
手すりもちゃんとつけたんだぜ?
「へー、本に書いてたのよりすごい、貴族様みたい」
- ひとりでできそう?
「ズボン脱いで座るだけだから大丈夫」
ズボンはズボンで通じるのか。
- そかそか。
そして事後。紐を引っ張ってジャーと水が流れる。俺は外で水魔法を使い、上部の桶に水を足す。
「わー、すごいすごい!」
- 紐から手を離してね。流れっぱなしになるから。
「はーい。あ、これお尻を洗う水がないよ?」
- え?、あ、ごめん忘れてた。
「えー…」
半開きの扉をあけて、横に台つくって桶と柄杓を土魔法でそそくさと作ってあげた。
「桶に蓋が無いし、拭く布も無いよ?」
- んー、まぁいいよ、そのままで。身体を洗うんだし。
「そうだね♪」
うれしそうだ。
脱いだズボンと、何それ、紐パン?、みたいな紐付きの布を手に、俺に抱っこしてもらうのを待ってる。可愛いなこいつほんとに。
「この明かりって、お兄さんの魔法だよね?、魔道具じゃないんだ…」
頭上に浮かせてる光の玉を見て、感心したように言った。
そういう道具類、全部リンちゃんのほうなんだよ。
- うん、魔道具があればいいんだけどね…。
「魔道具だったら家にもあるよ」
- もう少し元気になったらそっちの家のほうが便利そうだね。
「いろんな道具があるよ、あ、これってお風呂!?、お湯がいっぱい!、すごい!」
- あ、っと、あまり動かないで。
「あ、ごめんなさい」
- 椅子に降ろすからね。
「はい」
- 服はここに入れてね。
と言いつつ俺も脱ぐ。ウィノアさんの首飾りも外して脱いだ服で包んでおく。
棚の上にタオルをおいて、1枚は俺の腰に巻いた。
「お兄さんも?」
- うん、まだひとりで身体洗ったりしづらいでしょ?、それに、桶が石だから…。
「え?、あ…、おもーい」
目の前においてある桶を持ち上げようとして諦めたようだ。
- ね?
「あははは、何で石なの?、普通は木じゃないの?」
- 何でって、土魔法で作った桶だからね、ちゃんと持ちやすいように取っ手もついてるだろ?
先ほど持ち上げようとしたときに持った両サイドの取っ手をまじまじと見ている。
「……すごいのかすごくないのかよくわからないね、あはは」
うん。俺もそう思うよ。
手が滑って足の上に落としたら怪我するだろうし、足の上じゃなくても落とすと危ない。シャワーがあるなら持ち上げる事もそうそう無いんだろうけどね…。
- じゃ、まずお湯をかけるよー、熱かったら言ってね。
「はーい」
と言って前かがみになったので片手で温めのお湯を作ってかけながらもう片方の手で髪をさらさら動かして大まかな汚れを取る。
そして高級石鹸登場。
「うわー、すごいいい匂いー」
- 目に入ると染みるから、閉じててね。ぎゅっとじゃなく普通に、眠るみたいに閉じるだけでいいから。
頭を上げようとするハツの後頭部を押さえて上げないようにし、地肌をマッサージするように洗っていく。
「気持ちいい~、お師匠さんより上手~」
- 流すよー?
「はいー」
- そしてもう一度ー。
「えー?」
2度洗いって基本だろ?
それで頭を洗い終わって、髪を後ろで2つに分けてまとめて捻り、頭の上にあげて布切れできゅっと結ぶ。
やりかたなんて知らん。下りてこないようにすればいいんだから適当適当。
顔や耳を洗わせて、別の布に石鹸つけて泡立てて、背中を洗ってやった。
その布を渡して、前や脚などを洗わせた。
俺のほうはまぁ、一度入ってるし、適当に石鹸つけて洗うだけだからすぐ終わる。
「この布って、もしかしてボクのズボン…?」
- そうそう。治療するのに切っちゃったからね、だから有効活用。
「あっははー、何か見たことある布だと思ったよー」
お風呂用のブラシとかスポンジとか、そういうの全部リンちゃんのほうなんだよ…。町があるらしいから、そのうちそこでいろいろ買わないとね。
あ、お金無いんだった、何か売れるもの作っておくか…、あ、ガラス食器たくさん作ったんだっけ、それが売れればいいな。
洗い終えて、抱き上げてやると、不思議そうに尋ねられた。
「ねぇ、さっきから流してるお湯って、そこから汲んで無いよね?」
- え?、うん、水魔法で出してるんだけど?
「そこにたっぷりお湯があるのに?」
- うん、だって今からそこに浸かるんだし。
「え!?、そんな事していいの?、贅沢じゃない?」
- 贅沢かな?
といいながら湯船のふちを跨いで、ゆっくり入っていく。
「贅沢だよ、え、えー!?」
よっこいしょ、と心の中で言いながら、内側の段になってるところに座らせてやった。俺も横に座る。あー、いいねー、何度入ってもいいものはいい。うん。
「うわー、これ底が深くなってたんだ、すっごいー…」
俺の腕につかまって底を覗き込むように見ながらそんなことを言った。ん、明かりを動かして上に持ってってやろう。
「あ、そんなに深くないんだね」
足を伸ばして底に立とうとしたので体を支えてまた座らせた。
ダメ?、みたいな顔でこっちを見てる。
- もうちょっと回復してからにしようね。
「あ、うん、わかった」
頭を撫でようとしたけど、ズボン裂いた布で髪を上げてたんだった。
この辺りは、海辺ではあるけど乾燥ぎみだし暑い気候なので、肩まで浸からずに湯船の縁にもたれているほうがいい。
開けっ放しの入り口から、波の音が静かに聞こえてくる。
これ、空が見えたほうがいいかも知れないなー…。
などと考えながら、この子の服を洗って乾かしておく。もちろん魔法で。
「はー…、こんなにたっぷりのお湯に浸かるなんて初めてー」
俺の腕に寄りかかって、足を伸ばして動かしてる。
- 僕のいた所では普通のことなんだけどね、今まではどうしてたの?
「んー、海で洗って、絞った布で拭くだけ。たまに石鹸使うぐらい」
- そっか、じゃあ今日はきれいになって気持ちよかったろ?
「うん、さっぱりしたー、お兄さんは旅行者なの?、どこからきたの?、都?」
- あー、何て言えばいいのかな、気がついたら砂漠だった、みたいな?
「えー?、へんなの。あっははー」
そういえばここってどこなんだろうね。
ウィノアさんも出てこないし。まぁ今出て来られても困るから出なくてちょうどいいんだけども。
●○●○●○●
風呂から上がり、バスタオルに包んでベッドがある隣の小屋へ移動。
ハツは、まず大きなバスタオルに驚き、包まれてにこにこ、そのまま抱き上げて歩いて隣の部屋へ行く間ずっと俺の顔を見てにこにこしてた。
「うわー、涼しい。あの氷も魔法だよね?」
もう半分ほどになってる部屋の隅に設置した氷を見て言った。
そうだよ、って言ってきれいにしたベッドというか石の台なんだけども、そこに座らせた。
洗って乾かしておいた服を持ってきて、俺と一緒にまとめて温風を吹き付けて乾かす。
あ、ブラシとか無いんだった。まぁしょうがない。手櫛でやろう。
そして温風に喜び、服がいい香りできれいに洗ってあって驚いていた。
ズボンの後ろの穴から器用に尻尾を出すのを見ていたら、『尻尾がふわふわになっちゃった♪』ってすごく嬉しそうに言った。やっぱり尻尾動かせるのな。犬みたいな白い尻尾。
「お兄さんには尻尾がないんだねー、両方無いのって珍しいね」
ん?、両方?
訊くと、耳と尻尾の事だった。
町の人は両方あるんだってさ。へー、いわゆる獣人ってやつなんだろうか。
- 僕の居たところではこれが普通なんだけどね。
「あはは、さっきのお風呂と同じこと言ってる」
- このへんではその、耳と尻尾がある人が普通なの?
「うん……、だからボクみたいに半端なのはダメなんだ…」
ああ、よくある話だ。
- ダメじゃないさ。僕には両方ないよ?
「ううん、そうじゃなくて、片方しかないから…」
そんな悲しそうな顔をするなよ…。
こういう時はあれだ、餌付けだな。
と言っても食べ物じゃなく…、そうだ、何か果物と氷を粉砕して砂糖で調節して出してやろう。
- ふぅん?、でも君のお師匠さんって人は気にしなかったんだろ?、それに食べ物もってきてくれる人たちも。
「うん、みんな優しかったよ、でも町の人は…、ってお兄さん何してるの?」
まぁ目の前のテーブルの上で作ってるんだもんな、そりゃ気になるよね。
果物を適当に剥いて大きめの容器つくって氷と一緒に入れ、フタをして光の精霊さん直伝、風魔法ミキサーだ。
- いいもの作ってるからちょっと待っててね。
「いいもの?」
お、少し機嫌が上向きになったみたい。
フタをあけて見るといい感じでシャーベットみたいになってた。
スプーンにとって少し味見。やっぱり砂糖足したほうが良さそうだ。
砂糖を少し足してまたフタをして攪拌した。
また味をみて、砂糖を足してもういちど混ぜる。
ハツが物欲しそうな目で見てたので、スプーンで『あーん』って言って口に入れてやった。
「うわー、何これ!、美味しい!」
さっき沈んでたのがウソのように目が輝いてる。これで良さそうだな。んじゃ器に、そうだガラスの器があるじゃないか、せっかくだから使おう。
盛り付けてテーブルに置き、ハツを抱えて椅子に座らせた。
- はいどうぞ。
「た、食べていいの!?」
頷いて応え、俺も自分の分を盛り付けて向かいに座って食べ始める。うん、なかなかいいものができた。
「ん~~~!」
- 誰も取らないからゆっくり食べなさい。
「はー、びっくりした。もっと早く言ってよー、あ、小さい頃よくお師匠さんに言われたよ、それ」
- ん?、年寄り臭かったかな?
「ううん、何だか懐かしいなって。あ、でもこれって氷で作ってるんだから、急がないと溶けちゃうんじゃない?」
と言いながらもスプーンを動かす手はとめないハツ。
- そんなに気に入ったのなら、また作ってあげるから。それに溶けても食べられなくなるわけじゃないよ。
「そう!?、でも美味しくて手がとまらないよー」
しかしかなり元気になったもんだ。子供だから回復が早いのかな?
この調子なら、明日には立たせてみて、ふらつかなければこの子の家に送ってっても良さそうだ。
食べ終えて、少しお茶を飲んでたら気になるみたいなので少しだけ飲ませ、また眠そうな様子だったので寝かせてやる。
傍に居てとせがまれたのでベッドに腰掛けると、俺の手をきゅっと握ってきた。俺まだいろいろすることあるんだけどなー…。
しょうがないので適当な昔話をアレンジした話をでっちあげてゆっくりと話してやることにした。
- むかーしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。ふたりは助け合い、支え合い、お金はあまりありませんでしたが、幸せな生活をしていました。
ある日、お爺さんが山で食べ物をとっていると、ちいさな動物が穴にはまって動けなくなっていたのでした。
「これは、久々に婆さんにいいものを食べさせてやれそうじゃわい」
しめしめとその動物を捕まえようとしたところ、なんとその動物が喋りました。
「お助けを、山のヌシ様のところにお届け物をする途中なのです。なのに穴に落ちてしまい、使命が果たせません、わたしを助けて下さればあとで必ずお礼をします。この場は見逃してはもらえませんか?」
「山のヌシ様とな。ならば仕方ない、そのお礼とやらに期待して助けてやろう」
「ありがとうございます、このご恩は忘れません」
穴からその動物をひっぱりあげるときに、穴のふちに出ていた木のトゲがお爺さんの手に傷をつけてしまいました。
ですがもうその動物も走り去っていて、お爺さんは「こんな怪我をしてしまって、大損した気分じゃわい」
と言いながらも、さっきの動物のお礼のことを考えて、荷物を背負い直して家に帰ることにしました。
と、ほらな?、すぐ寝たよ。
これからお婆さんがちょっと欲深な面を出して、お爺さんにバカだねと言ったり、お爺さんの手の怪我が悪化して熱を出して寝込んだり、それでお婆さんが叱りながらも優しく看病して、それから動物がお礼の木の実を持ってきて、お爺さんが寝込んでいるのを知って山のヌシ様に相談しにいって、ヌシ様が病気を治す薬草の場所をその動物に教えて、動物がそれをとってきて、家に行くとお婆さんがいて、その動物を見てお爺さんに栄養をと考えて問答無用でぶっ殺しちゃって、玄関先に落ちていた薬草と一緒に鍋にしてお爺さんに食べさせて、病気がよくなって、でもお婆さんの様子がおかしいので問いただすと、薬草をもってきてくれた動物を殺してしまったと。食べてしまってから薬草だと気づいたんだと。それでお爺さんが元気になってから、山のヌシ様のところに謝りにいく……、と続くんだけどね。
まぁ、適当にでっちあげただけなんで、どうでもいいか。
●○●○●○●
翌朝。
小麦粉が大丈夫っぽいので石釜を作って焼いたけど、パンじゃないものができてしまった。これは非常食だな。
次善策として、昨晩せっせと薄皮を剥いた松の実をまぜて薄焼きパンにした。ナンじゃなくて何て言うんだっけ?、確かナンは発酵の工程があったように思う。(※2)
松の実じゃないんだった。ハツの実か。それを混ぜてないプレーンタイプも作った。
せっかく海が近いんだからと、適当に海草も採った。魚は何か派手なのしか近くには居なかったので、食べれるのかちょっと不安だからやめた。蟹っぽい何かも居た。当然避けた。
そのとき、水上魔法で海の上に居たんだけど、ウィノアさんを呼んでみた。
『ぷんすか』
- え?、いきなり何です?
『あの子にばかり構って…』
えー…。
- 怪我人なんですからしょうがないでしょう?
『お風呂まで一緒に入って、洗ってやるなんて…』
- そりゃひとりで入れない状態なんですから。
『ぷんすか』
- もー、何なんです?、首飾りを外したからですか?
『……』
黙っちゃったよ…、顕現して無いので黙られると困るんだけどな…。
- ウィノアさんってば。あ、それで本体と連絡はとれるようになったんですよね?、リンちゃんたちに無事だって伝えてもらえました?
『…はい、一応は。この地域は水の精霊としての力が著しく低下してしまうので、無事だという事しかお伝えできませんでしたが…、あ、本体が言うには、タケル様の行方がわからなくなってから今日で10日目だそうです』
- え?、10日?、2・3日だと思ってたよ…。
『それがその、私にもどういう事なのかよくわからないのです…、申し訳ありません。この地では大したお力になれそうにありません…』
- いえいえ、連絡してもらえただけで充分ですよ。ありがとうございます。
『もったいのうございます。あ、それでですね、ご存知だと思いますが、このような地域にも担当する大地の精霊が居りますので、その者なら…』
ん?、そりゃ前にミドさんに聞いてるけども…。
- その者なら?
『と思ったのですが、今の私ではその者に連絡する術が無いのでした…』
なるほど。役に立たないな。言わないけど。
- ですか。まぁしょうがないですよ、事情が事情ですし。
『本体のほうでリン様と話をされているはずですので、近々接触があるかも知れません』
- 希望的観測、ってやつですね。まぁ心に留めておきますよ。
『はい…、あ、あのっ』
- はい?
『本体と連絡したり、こうしてお話をするためにも、できればその、タケル様が水魔法で生み出したお水を吸収させて頂ければいいなと…』
ふむ。
- それは水がいいんですか?、それとも水属性の魔力そのもの?
『ああぁさすがはタケル様です!、水属性の魔力を頂けるのでしたらそのほうが断然いいです!』
お、おぅ。
- えっと、首飾りに?、それとも球になってもらって?
『あ、ではこの手に、お、おねがいします…』
首飾りからぬるーんと手が出てきた。何度見てもある種のホラーだよなぁこれ。
その手に軽く手を添えたらぎゅっと握られた。
いつもひんやりしてるのに、ちょっと生温かいんだけど…、まぁスルーしよう。
その生温かいウィノアさんの手を両手で挟むようにして、水属性の魔力を集中して送り始めた。
『あっはぁ~~ん♪』
- ちょ、ちょっと、変な声出さないで下さいよ。
『ああん、どうして止めてしまわれるのですかー!』
- だって妙な声出すから…。
『だって、気持ちいいんですもの…、仕方ありませんわ♪』
手をにぎにぎ、腕をくねくねさせながら言うウィノア分体。
正直どん引きだ。首飾りも微妙に震えてて実に気色悪い。
- 次そんな声だしたらそこでストップしますからね。
『そんなぁ…』
- 集中しづらくなるんですよ。首飾りも動かさないで下さいね。気が散るので。
『う…、わかりました、我慢します』
- そうして下さい。じゃ、続けますよ。
『……!、……っ!、……んフ!、……!!』
何か手がぬるぬるしてきた。ような気がする。
手汗か?、水の精霊が?、まさかね、気のせいだろう。
『……!!、……っフ!、……んんっ!!』
……気のせいじゃねぇ!!、もう無理!!
振りほどくようにして手を離した。
『あんっ♪、はぁ、はぁ…、はぁ、はぁ…』
だから呼吸なんてしてないだろうに、なんではぁはぁ言うんだよ。
あーあ、手がぬるぬるべとべとだよ…。
水魔法で洗っとこ。
『あら、もったいない…』
だらんと下がっていた手が変形して、俺が手を洗った水を下で受け取って吸収しちゃったよ…。
- …もういいですよね?
『あっはい、充分すぎるほど頂きましたので、また本体に連絡できます♪』
- はぁ、そうですか、よろしくおねがいします。
『はい♪』
早朝からどっと疲れたよ…。
ということもあって、海草をちょっと採取しただけになったんだけど、欲を言えば魚でいいから何かたんぱく質が欲しかった。
結局、昨日よりは少し品目が増えただけの、小麦粉主体の食事となった。
「わぁ、ハツの実がこんなに!、大変だったんじゃない?、お兄さんちゃんと眠らないとダメだよ?」
ああ、朝から疲れた様子を見せてしまったせいで、寝不足だと思われたのか…。
- 大丈夫、ちゃんと眠ってるから。
「お師匠さんもよくそんなこと言って、ボクより遅く眠ってボクより早く起きてたんだよ?、睡眠は大事だとか言ってたのに」
- それはそうと、量は足りる?、味はまぁ我慢してもらうしかないんだけど。
「ううん?、ちゃんと美味しいよ?、お兄さん料理上手だよね、あはは」
- 今までどんなものを食べてたの?
「んー、お魚とか、海草とか、ハツの実とか、あと、貝とか。今は貝とっちゃダメな時期だからしばらく食べてないけど、だいたい生か、焼いただけ」
- そっか、貝って手もあったか…、って、時期によって毒があったりするの?
「毒?、ううん、そうじゃなくて、繁殖の時期だから採っても小さいし、ある程度増えるまでは採らないほうがいいってお師匠さんが言ってたの」
なるほど、そういう意味か。
- んじゃ食べられる魚かどうか、見分けつく?
「うん、つくけど、漁に出るの?、船無いけど…、それも石で作っちゃうの?」
- んー、まぁそれでもいいけど、もっと手軽かな…。食べ終わったら何匹か獲ってくるから、食べられるかどうか見てくれるかい?
「うん、いいよ!、じゃ、急いで食べる!」
- ゆっくり食べていいから。
「はーい」
と言いつつも少し急いで食べているように見えた。
次話3-004は2019年08月16日(金)の予定です。
20191112:脱字訂正。 出られなったから ⇒ 出られなくなったから
(作者注釈)
>>そういうの無いなんてファンタジー仕事しろって感じだよな。(※)
ポーションという名称ではありませんが普通に魔法薬、回復薬は存在します。
傷薬程度のものから、ちゃんとした効果のあるものまで、様々です。
タケルは、『ツギの町』で魔法店に入った時のことをすっかり忘れているようです。
『鷹の爪』のサイモンさんたちはベテランの冒険者ですので、あまりにも基本知識すぎる回復薬のことを、タケルたちには当然知っているものと思っていたので説明をしていませんでした。
>>薄焼きパンにした。ナンじゃなくて何て言うんだっけ?(※2)
おそらくチャパティやロティ、ローティのことでしょう。
タケルが使った小麦粉は、小麦に似た穀物を挽いた粉なので、厳密にはそれらとは異なるものではありますが、水や油と練って無発酵でただ焼いただけのものという製法的な意味であれば、これらに該当すると思われます。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ハツ:
一人称がボクのすっげー可愛い少年。
一人暮らしになってから話す相手が居なかったこともあり、
すっかりタケルに懐いてしまったようだ。
ウィノアさん:
水の精霊。
どうやらこの地域ではあまり力を発揮できないっぽい。
リンちゃん:
光の精霊。
一刻も早くタケルのところに行きたい見かけは少女のメイド。
ミドさん:
大地の精霊。2章後半にちょっと出てきたね。うんうん。
ピヨが生まれたほとんどの原因を作ったんじゃ。うんうん。
ピヨ:
風の半精霊というレア存在。見かけはでかいヒヨコ。
サイモンさん:
『鷹の爪』という冒険者チームのリーダー。
1章でタケルたちと行動を共にした。
お師匠さん:
ハツの師匠。名前は出てないけどローと呼ばれていた。
薬導師という職だったそうだ。
モン爺:
ローの昔馴染み。漁師。
ローが死んでからもしばらくハツの様子を見に来ていたが、
寄る年波には勝てず、最近はもうめったに来なくなったらしい。
蟹っぽい何か:
鋏が4つ、足が10本以上ある蟹っぽい何か。
2章後半で川に居たのとは別種。
Takoではない。ウニでもない。