3ー002 ~ 脱出
おはようございます。タケルです。
現在砂の上に小さな小屋作ってそこに避難しているところです。
外は砂嵐がゴウゴウ言ってて、前後左右と上が全く見えません。砂に少し魔力が含まれているので、魔力感知でもあまり見えないという次第。
どうしてこうなったか、ちょっと言い訳をする時間は充分ありそう。
まず、中央東10ダンジョンの5層で魔法装置を扇形に囲んでいた竜族、あれはなんとか倒せた。
屋根が木材や葉を組み合わせたものだったので、上から鉄弾をずばずば撃ち下ろせばいいかな、と思ってそうしたんだけど、屋根の木材を支えてるのが丸太だったりして、思ったより固く、鉄弾の威力が足りなかったから貫通しなかったり逸れたりしたので、最初の攻撃で倒せたのは12体のうち4体だけだったんだ。
それで一瞬竜族たちが慌てた様子だったんだけど、残っているうちの2体が何か叫んだような雰囲気でその魔法装置に向けて破壊魔法を撃ったんだよ。
でも俺が上からゆっくりではあるけど移動しながら攻撃をし続けてるし、天井からも丸太が支えを失ってそいつらの上に落ちたりして、破壊魔法自体は魔法装置の枠の部分にかすった程度に逸れたんだけどね。
残った竜族たちは負傷しながらも建物の外に飛び出して、こちらを見上げて攻撃をしようとしたところを俺がスパスパ撃った。
それに気をとられてたったのは言い訳になるけど、さっきの2体をちゃんと倒したか確認する余裕なんてなくてさ、出てきたほうを優先して倒したら、中で倒れた2体のうち1体がまだ生きてたみたいで、魔法装置の土台部分に向けて弱かったけど破壊魔法撃ったのを感知したんだよ。
完全じゃないにせよこっち向いて撃たれてたらと思って一瞬、『やばっ!』って思ったけどこっちじゃなく魔法装置に向けてたんでちょっとほっとした。
いやマジで焦ったよ?、だって天井の高さ20mあるか無いかぐらいの空間だし、距離をとって戦えないから撃たれる前に倒すやり方しかないんだから。
今までに見た破壊魔法の速度からすると100mぐらいの距離なら正面からでも避けられそうだけど、ここだと近すぎて避けられる自身ないし、ひやっとしたね。
外に出た竜族たちには既に1体あたり2・3発撃ち込んだあとだったんで助かった。
もしそれよりも早かったらそのひやっとした一瞬の隙にそいつらからも破壊魔法撃たれていたかも知れない。
タイミング的にはそれぐらいぎりぎりだった気がするよ。
で、問題はその装置でさ、土台部分に重要な魔法回路があったのかどうかはわからないが、ってかそんなのじっくり見てる余裕なんてなかったんだからしょうがない。土台のあった場所から魔力の奔流がどばーっと出てさ、『あ!、これヤバいやつだ!』って俺も障壁重ねて張って、必死で逃げて5層空間の端まで行ったんだけど、もうその時には中央部は魔力の暴走状態で、天井全体にひび割れができて崩れ始めたんだよ。
俺ももう必死で、土魔法で壁に穴あけて後ろを塞いで斜め上に逃げる作業をしまくったよ。『ドドドド』って音と振動は伝わって来るし半分パニックになりながらで、俺も正直どうやって地上に出てきたのかよく思い出せないぐらい必死だった。
それで、地上に出てきたら真っ暗闇で砂嵐の真っ只中で、しょうがないので小屋作って中で一息ついて、軽く飲食したり顔洗ったりして落ち着いたらどっと疲れが出たんで仮眠をして、さっき起きたところなんだ。
反省するとしたら、板や草の屋根を抜けると思ったのが丸太部分があって初撃で4体しか倒せなかったってことかな。
もう少し落ち着いて魔力感知でよく見れば気付いたはずなんだよ。丸太の存在にさ。
やっぱ崩れ始めた場所を抜けて行くってのは、自分で思ったよりも焦るっぽいね。今思えばさ。
よく映画やアニメなどでは、最後に敵の本拠地が崩壊し始めて、落ちてくる瓦礫などのある場所を抜けて脱出する場面なんかがあったりするもんだったけど、そんなのの主人公たちはよくあんなに落ち着いて、ああ、多少は焦ってたりするけど、でも冷静な判断をして脱出できるもんだと、何ていうか今回体験して感心したよ…。
穴掘りながら脱出してきたけど、魔力操作なんて焦ってるからすっごい雑で、効率なんて考えてる余裕なんてないし、自分では斜め上に掘り進めて行ってるつもりだったけど、たぶん曲がりくねってたんじゃないかな、ははは…。
起きてから明かりを灯してこの小屋を見てみると、かなり歪にできてて、床面は水平じゃないし、壁の組成が一部甘いところがあってそこにひび割れができてるしさ、疲れや焦りがよくわかるってもんだよ。
あ、突いたら穴が…、うぉ、砂が吹き込んで、外の砂嵐すごいなぁ、換気したいんだけどな…。
何とか換気はできたけど空気は乾燥してるし暑い!、とりあえず腹ごしらえしてからまたちょっと仮眠とりたいかな。
何だか妙に疲れやすいんだよ。乾燥してて暑いからかな。乾式サウナみたいなもんだもんなぁ、ここ。体の水分がどんどん出て行ってる気がする。水分しっかり摂らなくちゃな、熱中症って怖いし。あ、室内の温度下げとこうかな、いっその事でっかい氷つくって置いとこう。
起きた。
何か変だと思ったら、傾いてるというか思いっきり斜めになってるぞ!?
窓やドアなんて作ってないので外がわからん。魔力感知では砂嵐はまだ吹き荒れてるようだけど、何だか魔力の渦みたいな感じなんだよね。見えにくいのなんの。
ってこれ半分ぐらい砂に斜めに埋まってるのか…、もしかしてここの砂って、じわじわ動いてたりするのかな?
そういえば前にリンちゃんに頼んで時計作ってもらってたんだっけ、と、ポーチを探ったが見つからないな。修理中とか?、いやまてよ…?、何かポーチの中身がやたら少ない……よな!、これ俺が入れた分しか無いんじゃないか?
もしかしたら何らかの理由でリンちゃん側との繋がりが断たれてるってことか。
それじゃあこの羊皮紙に書いた『無事です』ってメモは伝わらないってことかな。まぁいいかこれはこれで入れておいても。
ということは、ティルラに渡せてない大量のトカゲの死体はこっちか。ん?、無いな、あっちで一旦取り出したか確認したりして、あっち側になっちゃったのかな。まぁ死体はどうでもいいか。別に困らないし。
困るものってったら、食料か。
ピザと小籠包と、蒸しパンシリーズはあるな、結構ある。
無いのは俺が作ったんじゃない料理だな。川魚関係のも全滅か。全部リンちゃん側みたいだ。あれは大量にあったからなぁ、取り出せないとなると惜しいな。
調味料類は困らない程度にはあるな。良かった。マヨ壷は無いけど。
他は小麦粉のでっかい袋が1袋と、お茶関係が1袋ずつあるか。果物類もそこそこあるな。蒸しパン作ったときに使ったからかな。助かる。
あとはモモさんたちのデザート類や燻製もリンちゃん側か。これは俺のほうで取り出すことは無かったし、確認もしなかったからしょうがない。
クッキーの袋が1袋あるな。取り出してみると中に11枚残っていた。
ああ、ネリさんが頬張って食べてたときのやつか。残りが半端だから、これはそのままにして他の新しいやつをいつも出してたんだっけ。
食料はまぁこれなら数日どころか半月ぐらい余裕で持ちそうだから確認はこれぐらいにして、装備面を確認しよう。
鉄弾はたっぷりあるな、補充したとこだもんな。それと、数打ちの鉄剣と槍がそれぞれ5本ずつ、鉄弾のオマケでもらってきたやつだ。あ、いや、鉄弾の出来が前より良くなっててさ、均質で精度が高くなってたんでそれを褒めてて、そんで近くに立てかけてあった剣や槍を見て、これも同じように金属の品質が良かったんで褒めたら照れながら『数打ちだからって手は抜けねぇからよ』なんて言って、5本ずつくれたんだよ。いい人だね、あの鍛冶頭のひと。
ん?、ナイフと短剣が2本ずつあるな。いつ買ったやつだっけこれ?
それと、リンちゃんから借りてる近衛隊だかの杖が1本か。
ダンジョン内だったから『サンダースピア』はメルさんに返してたし、『裁きの杖』もシオリさんが持ってて良かった。こっちに持って来ちゃってたら2人とも困ったろうからね。俺も気分的にイヤだし。
あとはハニワ兵のコアの袋があった。これは助かる。こっち側にあって良かったよ。
労働力ってのはバカにならないからね。
他は雑多なものばっかり。地図焼いた羊皮紙や、薪用の枝とか精錬の練習用の鉱石類とかね。双眼鏡もあった。それ造ったときに失敗したレンズもどっさりある。
白紙の羊皮紙は8枚しかなかった…、使うかどうかは別にして、ちょっと不安かな。
防具は全く無いな。最初にもらった革の胸当てって何かに使ったんだっけ?
なぜかバックラーも見当たらない。
そう言えば武器屋で買った両手剣も無いんだけど、もしかしたら川小屋の部屋に置きっぱなしか?
あ、着替えが無い…!
あー、古着も靴も全部リンちゃん側かー、これは痛いな。
すると服はいま着てるやつだけか。こうなると一張羅ってやつだな、ははは…。
そう言えば精霊さんのは別にして、こっちの世界の服は首の後ろんとこに何も付いてないって点がいいね。
いやほら、元の世界の服ってだいたいというかほとんど全部、首の後ろに当たる場所に何か固い繊維で作られたタグみたいなやつが縫い付けられてるだろ?
俺、あれがすっげー嫌いなんだ。
ちくちくするし、肌への刺激からできものができて難儀したこともある。
ひきちぎったら服に穴が開いちゃったこともあって、何でこんなにしっかり縫いつけてんだよ!、って思ったよ。
丁寧に取り除いたこともあって、そんときは襟と背中のパーツを縫い合わせている糸が共通だった。そんなこと知るわけがないので糸ぶちぶち切って取ったんだけど、着てたらなんか首の後ろんとこがこそばゆくて、そしたら糸がだんだんと解けてたんだよね。
当然、着たままだし見えないのでそんなもんぶちっと引きちぎったんだけど、そうすると襟と背中のパーツの合わせ目のところからだんだんと穴みたいになってってさ、集会所に来てた子供らに目ざといのが居て、すっげー笑われたよ…。
あんな場所に鬱陶しいもん付けんじゃねーよ!、ってずっと思ってるんだけど、一体どうしてそんなのが付くようになったんだろうね?
というわけでそんなのが無いこの世界の服は、そりゃ確かに化学繊維みたいなのもないし、色もデザインも多くなくて地味なのばかりしか見てないけど、素晴らしいと思ったよ。
以前サクラさんに聞いたけど、各国の王都には多少値段は張るけど、絹などの肌触りのいい素材を使ったものや、デザインの良いものが売られているんだそうだ。『そんなの普段着にしませんけどね』といって笑っていたが。
おおっと、ヒマだからつい。
愚痴ったところで着替えが湧いて出るわけもないんだからあれこれ所持品の確認の続きをしなくちゃな。
あ…、財布も無いな!
光の精霊さんのとこでもらった財布はあるけどね。
まぁ、お金があっても使う場所が…、このでっかい砂場にそんなとこあるのかな…。
しかし砂嵐、おさまらないなー、魔法がなかったら目もあけてられないし埋まるしたぶん死んでたな。
それはそれで『勇者の宿』に戻れる…、のかな…?
気軽に試せないのが困るよなぁ、あれきついんだよ。まさに、死にそうなぐらい苦しい。まぁ、だから目覚めたとき死んで生き返ったんだと勘違いするわけなんだけども。
●○●○●○●
所持品の確認のあと、少し腹ごしらえをしてからまた少しだけ仮眠をした。
それにしても疲れがあまり取れないな、これは砂嵐がおさまるまで待たずに無理にでも脱出すべきだろうな、やっぱり。
リンちゃんたちにも連絡とらないと、心配してるだろうし。
というわけで困った時のウィノアさん。
- あー、ウィノアさん、川小屋のリンちゃんたちに伝言を頼みたいんですが、いいですかね?、ウィノアさん?
返事がない、ただの首飾りのようだ。
なんて冗談言ってる場合じゃ無く、本当に反応がない。
とりあえず土魔法で盥ぐらいのサイズの器を作って、水魔法でたっぷり水を満たしてみる。
そしてもう一度呼びかけてみた。
『維持…、限度…、会話…、困難…』
いつもならざばーっと顕現してくるんだけど、それもなく、首飾りから断片的な声がするだけだった。それも最後のほうはぎりぎり聞き取れるかどうかだった。
何となくそうしたほうがいいような気がして、首飾りを外して、外すと球体になったが最初見たときそうだったなーと思いながら、あれ?、何かちっさくないか?、こんなサイズだったっけ?、まぁいいやと盥の水に入れた。
『ああっ、タケルす…ぁまの魔力に満ちた水っ…!、ありがとうございます、これで話せます…!』
それはいいけど、今、『タケル水』って言いかけたよな?、『タケルすぁま』って何だよw、ごまかしきれてないじゃないか。
全く、ネリさんのせいで…。
顕現してないとデコがどこにあるかわからないからデコピンは勘弁してやろう。
まぁ、ウィノアさんにデコピンが効果あるのかはわからないけども。
あとさ、その、喋るときにわざわざ光を放って点滅するのって、何なの?、そんなエフェクトに余計な魔力を使うぐらい余裕があるってこと?
- そうですか、それで点滅をするのは意味があるんですか?
『ああっ、これは私の声の魔力に反応して起きる現象でして、決して様式美などではありません、ほ、本当です!、ひっ!、その構えは!、できれば今はかなり堪えるのでやめて頂きたいのですが!』
盥の端まですすーっと移動して逃げるウィノアさんの元首飾り球体。
デコピンは勘弁してやろうって思ったけど、何だか不真面目な印象だったので影絵のきつねさんみたいな手の形で追いかけてみた。
盥はそんな大きなサイズじゃないので、片手で全部届くんだよね。ふぅん?、という感じで構えたまま追うとすすっと逃げる。
『た、タケル様っ!?、冗談ではなく本当に洒落にならないので、あ、あの!、もしかして…、からかってます?』
ぎりぎりのところを狙って空振りしてみた。
『ひぃ!、本当に!、タケル様!、それは!、本当に!、まずいんですって!、あのっ!、謝りますから!、謝りますからぁ!』
なんだか哀れに見えてきたので構えを解いて普通に話すことにした。
何もそこまで怖がら無くてもいいのに…。ちゃんと加減するんだけどなぁ、ちょびっとだけ防御魔力を超える程度の魔力は込めるけども。
- それで?、何に謝るんです?
『へ?、あ、それはその、何だかお怒りなご様子でしたので…、あっ、申し訳ありません!』
あ、今のはデコピンだの手を出そうってんじゃなくて、普通に頭の横がかゆくなったので手をあげただけなんだよ。ちょっと脅しすぎたかな?
頭をかいたら砂がぽろぽろ出てきた。
フケじゃないぞ!?、そいや風呂入りたいなー、脱出したとき砂かぶったし、仮眠して寝汗すごいかいたから気持ち悪いし、締め切ってるから蒸すし暑いしさ。氷?、そんなもんすっかり溶けて消えてたよ。蒸発したんじゃないかな?、あ、それで妙に蒸すのか。
ノドが乾いたな、と、水筒をポーチから取り出して水を飲んでおく。
これも補充しなくちゃなー、と思いながら水魔法を使って補充した。
『……こんな場所でいとも簡単に水魔法を…』
- ん、何か言いました?
『いえいえ別に!』
- それで、伝言をお願いしたいんですが、いいでしょうか?
『あっはい!、それがその、大変申し訳無いのですが本体との連絡が断たれておりまして、現在は私、ウィノア分体でございまして、その…、ご希望を叶えることができ兼ねますればご容赦頂きたく…、すみません!、ごめんなさい!、お力になれなくて!』
そういう事情だったらしょうがないな、って優しく撫でるつもりで手を伸ばしたら謝りながら逃げられた。どうもピヨのせいか撫で癖みたいになってるな、俺。
何だかちょっぴり傷ついたような気がする。ウィノア球体は思いっきりびびってるし、悪い事したな…。
- あー、うん、そういう事情ならしょうがないので、連絡できるようになったら伝言してもらっていいですか?
『はぁ、はぁ、え?、はい、わかりました…』
呼吸しているわけでもないのにはぁはぁ言ってるし、やっぱりふざけてるんじゃないのかなこの球体。
『ひぃっ、わ、わかりました!、わかりましたからぁ!、ごめんなさいぃ!』
- そうじゃなくて、首飾りに戻らなくていいんですか?
『え?、あ、お願いします…』
なんかほんのりピンクになったような気がする球体に違和感を覚えながらもスルーして首元に近づけ、首飾りに戻ってもらった。
『はー、やっぱりここが落ち着きますね♪、あんっ♪』
やっぱりふざけてるんじゃないのかと思ってぺちっと叩いたら、妙な声が出た。
もう、何なんだよこの分体。
●○●○●○●
小屋の壁に穴を開けて、そこから出ようとしたら、首飾りのウィノアさんから『あのー、盥の水を吸収していいですか?』と言われたんで、どうせ放置するつもりだったし、近くまで戻って『どうぞ?』と言ったら首飾りから細長い手がにゅるーんと伸びて盥の水を吸い取っていった。そして、『こちらの方角が最短かも知れません』とその手で指差して言った。
まぁ特に移動方向を決めていたわけじゃないので、それに従うことにし、とりあえず上だと感じる方向にまっすぐ飛び上がった。飛行中に周囲の魔力濃度がだんだん減って、動きやすくなってきた。
それで思ったんだけど砂嵐の中って、魔力操作が妨害されているような感じだった。道理で魔法使いづらいなって、疲れやすいわけだよ。暑いせいだけじゃ無かったんだな…。
かなり上昇してやっと眼下に砂嵐が広大な範囲に吹き荒れている様子が見えるようになった。太陽が見えていて明るい。今は昼間のようだ。
その砂嵐は上から見たところでは砂の色なんだけど、中に居たときはほとんど真っ暗で昼か夜かなんて全然わからなかった。
どうも魔力を帯びているのは気のせいじゃなく、嵐はその魔力の偏りによって生じているようで、上空の風や気圧とは無関係なようだった。
- この砂嵐が止むことって無いのかな…。
ウィノアさんの返事を期待して呟いてみたが、返答はなかった。
どうやら省電力ならぬ省魔力モードなんだろう。
返事は諦めて、さっきウィノアさんから言われた方角へ移動することにした。
しばらく飛んでいると眼下の砂嵐は無くなり、普通の砂漠のような景色と、それからまばらに緑っぽいものがちらほら見えるようになってきた。
さらに移動を続けると、砂ではなく荒地になった、そして上空から小さな村落みたいなのが見えたのでそちらに向かうとする。
着陸してみると、そこにはサボテン?、だよな?、あの形が”山”とかポージングしてる人みたいになるやつ(※)。それとヘチマみたいなのが結構生ってる場所を守るように粗雑な囲いができている場所だった。
集落という規模じゃないように見える。家なのか何なのかよくわからない物体が2つあって、その中にそれぞれ4体ずつ、ん?、子供を守ってる親っぽいな、あとは小さめの個体が2体ずつ…、普通に考えて母親と子供たちだよなぁ、これ。
で、現在俺に棒みたいな、ちょっと撓る感じの素材?、なんだろう?、まぁいいけどそれの先を尖らせてるものを向けてたり、棒の先に石を括り付けてるのを構えてる二足歩行のトカゲっぽい生き物全6体。
総数を考えたら14体だし、集落でいいのかな…?
などと考えてる間にじりじりと間合いを詰めてきた。
距離はまだ25mぐらい離れてるけどね。
表情から読み取れ…、る訳が無いのでやる気満々にしか見えないが、うん、魔物の戦い方じゃないよね。魔物だったら問答無用で攻撃最優先で襲ってくるし。
これ、倒しちゃっていいのかな…?
倒せばいいじゃないか、って?、でもなーこいつら魔物じゃないし、竜族でもなさそうだしさ、ん?、竜族なのか?、一応背中に…、翼じゃないな、コブか?、んじゃ竜族じゃなさそうだ。
それに、感じられる魔力が一般人より少ないし野生動物程度なんだよ。
もちろん角もついてない。
とりあえず逃げるかw
あのサボテンっぽいのとかヘチマっぽいのは気になってたし、水があるならウィノアさんの足しになるかなと思ったんだけどね。
え?、そんな、殲滅して調べればいいとか無茶苦茶だなオイw、魔王かよw
いくら何でもそんなことできるかってーの。
石器時代のような相手なんだから、魔法が使える俺にとっては脅威でも何でもないので、そんなのを蹂躙するのはさすがに気が引けるって。
なので逃げる。
そいつらの後ろで小さい爆発を作って音を立て、視線が離れた瞬間に自分の周囲を土壁で囲んで、俺は上空に飛び上がった。
砂の上を走るのは仮称リザードマンたちのほうが早いんだろうけど、俺は走ってないので問題ない。というか飛んでるからね。
一応索敵魔法で確認したけど、別に追いかけてくる様子もなく、土壁を囲んでいるようだ。飛行して逃げた俺に気付いた様子もなかった。
で、その索敵でわかったんだけど4kmほど先にもう2体いて、それが何かちょっと魔力のある物体を引きずっているのに気がついた。
真上に来たので少し高度を下げて近づいて見ると、その2体が持っているのは人間の脚のように見える。片方は太腿に太い棒みたいなのが刺さってるじゃないか。
一瞬死体か?、って思ったけど魔力があるって感知できるんだからまだ生きてる。
これは助けたほうがいいんだろうな、やっぱり。
殺してしまうのは簡単だけど、気絶させて救い出すほうがいいような気がして、人間なら気を失う程度の電撃をパチっとやった。
ちゃんと気絶したけど、よく考えてみたら仮称リザードマンにはどれぐらいの電撃なら気絶程度で負傷させずに済むのか、やったことないんでわからないんだよね。
大丈夫かな?、と思ったけどまぁ、怪我してたらごめんとしか。
だって仮称リザードマンに回復魔法使うにも、身体の構造がわからないんだからさ、やりようがないじゃないか。どの程度の魔力を与えればいいのかも判断つかないし、そんなのいろいろやってる間に起きてきたら穏便に気絶させた意味がなくなってしまう。
なのでそいつらは放置して、棒が脚に刺さってるままの人をお姫様抱っこして、ずばっと飛んで海辺まで移動した。
そして小屋をさくっと作ってベッドを作り、そこに寝かせ、身体をスキャンしてから治療を始めた。
短い尻尾が生えててちょっと驚いたけど、他は普通の人と変わりはなかった。
回復魔法も普通に効いたし。
この時、尻尾のインパクトで重要なことを見逃していた。
見逃すってのはちょっと違うかな、見てたけど気にしなかったって感じ。言い訳になるけど傷ついてるわけじゃないならスルーするでしょ、治療優先なんだからさ。
だって太腿に棒が刺さってるんだぜ?、そっち急がないとヤバかったんだって。神経とか血管とか貫いてちぎれてたしさ、あのままだと足が壊死しちゃうところだったんだから。
まぁとにかく何とかなった。回復魔法様々だよね。
気絶してるから今のうちに、って急いだのもあるけどその棒を抜くのが少し大変だった。そりゃ刺さってるうちに締まるからね。そのおかげで出血が抑えられてたんだけども。
どうやらよく見ると棒は槍が折れたもののようだった。
その素材が何かはわからないんだけど、表面が細かく鱗状に重なっているようなんだよね。髪の毛みたいに一方向には滑って逆方向だと滑りにくい、それでいてある程度の力がかかると折れる。確か海栗の針とかがそんなだったと思うけど、仮称リザードマンが抜こうとして折れちゃったのかも知れない。
しかし毒とか塗られてなくて本当に良かったよ。
脚の内部では太めの血管が切れてて内出血がすごかった。それでも槍をすぐに抜いた場合に比べれば血液を失う量が少なくて、だから死なずに済んだんだろうね。
スキャンで見えてたのでそういう血管はきゅっと摘まむようにしてから回復魔法かけて組織増やしながら繋いで元通り。神経や筋肉なども同様ね。だから術後の癒着とか考えなくていいし、傷跡もほとんど残らずきれいに治る。ほんと魔法って便利だねー。
槍の周囲だけズボンを裂いてたんだけど、その出血のせいで結局ズボンは血まみれになっちゃったんで半ズボンみたいに切ったんだよね。一応、治療後にざっと洗い流して乾かしたけど、きれいには洗えてないから意識が戻ったらたぶん気持ち悪いんじゃないかなと思う。
脱がしてしまっても良かったんだけど、尻尾あるし何だかややこしそうな気がしたというか勝手が違うし、それと、妙に背徳感めいたものが湧いてきたので脱がさなかったんだ。
そりゃ魔法で洗い流したりできないなら脱がしたと思うけどね。脱がさずに何とかなるならそのほうがいいかなって。
まだしばらく起きる様子がなかったので、小屋の隣にもうひとつ小屋を作り、風呂場を作って入浴と洗濯をした。
その時気付いたんだけど、入浴セットがリンちゃん側のようで、あー、そう言えばダンジョン内でサクラさんたちにお風呂作ったとき、シャンプーとか返してもらったやつリンちゃんにそのままリレーして渡してたわ、って思い出した。
まぁ石鹸はあったのでそれで全身洗って、服もついでに洗って、温風を吹き付けて乾かした。気候的に乾燥してるようで、意外とすぐに乾いた。
あ、この石鹸、アリシアさんとこで支給されたやつだ。さりげないけどいい香り。
普段使ってた石鹸よりいいやつだぞこれ。かなりの高級品じゃないか?、洗顔用とか?、いや俺にそんな区別つかないんだけど、洗い上がりがなんかしっとりすべすべだ。
髪を洗ってもごわごわしないんだけど、すごいな、光の高級石鹸。
まぁ、手元にこれしかないんだからしょうがないんだけどさ。
そんでそれしかない服をまた着て、いつものように広範囲の索敵魔法を使って羊皮紙に焼いておいた。
あれ?、そいや入浴中いつもならウィノアさんが出てくるもんなのに、今回出てこなかったな。
「うぅ~ん…」
ん、あの子が起きたかな?
そう思って見にきたが、まだ意識は回復してないようだ。
でも何だか寝苦しそうだったので、いつものように部屋に氷柱立てて、結界張って内部の空気を少し冷やしてやり、おなかの上にバスタオルをかけておいた。
これもサクラさんやネリさんたちが使ったやつだから3枚しかない。
え?、ちゃんと洗って乾かしたよ?、さっき。俺も使ったし。
しかしこうして見るとすっげー可愛い子だな、この子。顔色はまだあまり良くないし薄汚れてはいるけどさ。
セミロングのストレートヘアで、髪は白い水色。色白で肌がきれいで、スキャンで付いてるって見てなかったら女の子だと思うところだよ。
そうやって見てたらぱちっと目を開けた。きれいな空色の瞳と目が合った。
「……お兄さん誰?、ボクどうなったの?」
普通なら俺から先に、『やぁ、気がついたかい?』なんてかっこよく言うところだったのに、あまりにもきれいな瞳の色だったので一瞬間があいて、先に言われてしまった。
- 初めまして。僕はタケル。君を助けてきたんだけど、どうして捕まったのか覚えてるかい?
「えっとね、脚に槍が、あれ!?、なんともない!」
目線を上というか頭のほうにやって、少し考えながら言ってから、がばっと半身を起こして両手で槍が刺さっていたほうの脚を触った。
それからこっちを見る少年。
表情が『どうして?』って言ってるので一瞬ズボンの事が脳裏を過ぎったけど、ズボン切っちゃったのには気付いてないようだった。
- ああ、刺さってた槍ならあれだよね。
小屋の隅にぽいっと捨てたままだった折れた槍を指差す。ほったらかしにしたまま今まで忘れてたわ。
この子の血がついたままなので生々しいな。
見て刺さった時のことを思い出したのか、起こしていた半身がふらついた。
寝台のよこに片膝をついて背中を支えてやる。
- 傷は治したよ。たくさん血を失ってるからまだ起き上がらないほうがいいね。
「わかりました。あ、ここはどこですか?」
支えた手に凭れ、弱弱しい表情で俺を見上げる少年。…だよな?、女の子にしか見えないんだが…。
うわー、何だかヤバいな。
あ、ヤバいってのは性的とかそういうんじゃなくて、何て言えばいいかな、弱ってる子犬や子猫って可愛すぎてヤバいだろ?、んー、わかんないかな、あれこれ構ってやりたくなるけど弱ってるから見守らなくちゃっていう葛藤みたいなさ。
どうでもいいけど『葛藤』って誰が考えたんだろうね?、葛も藤も何かに巻きついて絡む性質があるから、同時に生えてたら両者が絡みまくってえらいことになりそうだ。
いいじゃないか、こうやって他のこと考えて気をそらさないといけない状況なんだから。
- ん、海岸沿いの小屋だよ。ここは安全だからもう少し眠るといい。
「ありがとうございます…」
ゆっくりと背中の手を下げて寝かせてやると、安心したのかすぅっと目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。
この子がまとっていたフード付きのマントを丸めて枕にしてたのも良かったのかも?
あ、そいや汚れてたままだったっけ。良くないかな?、治療後に腰から下を洗い流したあと、顔と腕は拭ってやったけど、髪はそのままなんだし、まぁ今は洗うよりも休むほうが優先だからいいか。
寝具なんて無いただの固い寝台だから、寝心地も良くないだろうけども…、ああ、横に台つくって水差しとコップでも置くか。もちろん水いれて。
それから外の砂浜でいろいろ作ってみたんだけど、普通に作ったら全部砂と同じ色になるな。
これはこれでいいんだけど、ということでせっかくいい砂(?)なのでガラス食器をいろいろ作ってみた。
おお、これなんかは色が渦のようになっていい感じじゃないか?
次話3-003は2019年08月09日(金)の予定です。
(作者注釈)
>>ポージングしてる人みたいになるやつ(※)
なりませんw、そんなの最終幻想的なシリーズのゲームぐらいです。
良い子で希少な読者の皆さんはそんな勘違いをしないと思いますが。一応。
●今回の登場人物・固有名詞
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ウィノアさん:
水の精霊。
一にして全、全にして一、というどこかの錬金術のような存在。
分体にも個性はあるらしい。
ウィノア=アクア#$%&。
『#&%$』の部分はタケルには聞き取れないし発音もできない。
アリシアさん:
光の精霊。
最も古くから存在し、肉体を得て実体化した精霊のひとり。
光の精霊を束ね治めている。
アリシア=ルミノ#&%$。『#&%$』の部分は(略)。
リンちゃん:
光の精霊。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。『#&%$』の部分は(略)。
モモさん:
光の精霊。
『森の家』とタケルが呼ぶ拠点の管理者。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
ハニワ兵:
タケルが土魔法で作る魔法人形。
光の精霊さんたちにもらった魔法人形用コアで動く。
結構強い。結構高性能。
発声部が無いので『ヴァ』なんて言わないし、
腕で顔をこすって怒りの表情を作ったりもしない。
勇者の宿:
タケルたち勇者の復活地点。ホーラード王国の辺境にある。
川小屋:
2章でリンちゃんが建てたタケルたちの拠点。
小屋がいつのまにか旅館サイズになった。
竜族:
精霊や人種と対立している存在。
見かけはでっかいトカゲ。背中に翼がある。
仮称リザードマン:
タケルがリザードマンっぽいと思ったので。
一人称がボクのすっげー可愛い少年:
魔導師の素質がある発育不良な子。
2年か3年ぐらい前にセルミドア病で師匠を亡くした。
海栗:
Takoじゃないよ。蟹じゃないよ。
ティルラ:
国の名前。ティルラ王国。
マヨ壷:
リンたちが作ったマヨネーズが入っている壷。
花柄にハートマークはリンちゃん作。