2ー107 ~ 消息
それから私たちはリビングで少し話し合い、タケル様のことは帰還をお待ちするしか私たちにできる事はないという話になった。
それでリン様が先ほど、『里の者らと相談してみます』と席を立たれ、時々使っておられる魔法で話をされているのでしょう、タケル様の部屋から声が聞こえます。
言葉はわかりませんが、早口のようにも聞こえるその声が、忙しく焦っておられるように勇者様方にも感じられたようで、シオリ様が、外のティルラ騎士団かホーラードの鷹鷲隊に『勇者の宿』への連絡を依頼してみてはどうかと言い、それに対してサクラ様がすぐに答えました。
「早馬を依頼するぐらいなら私が確認してきますよ」
「わざわざサクラが行くことは無いのじゃなくて?」
「もうトカゲも竜族も出ないと思いますし、タケルさんのことも気になります。それに、前よりも早く走れるようになったので」
「そうではなく、ティルラ所属の勇者として残るのは貴女のほうが良いのではないの?」
ちらっとネリ様のほうを見るシオリさんにつられるようにネリ様を見たサクラ様。
「あ…、そうですね。ネリ、悪いが『勇者の宿』まで確認しに行ってくれるか?」
「えー、やっぱりぃ?、こうなるんじゃないかなって思ったよ…」
「例の王子から離れられるほうがいいと思ったんだがな…」
「あ、はい行きます!、だよね、ここでお留守番とか言われるよりいいよね!」
普通なら移動中にちょっかいを掛けられたり襲われたりするほうを心配しそうなものですが、前にタケル様に言われたように、逃げるだけなら余裕という事なのでしょう。
それに、ネリ様は室内に篭ってじっとしているより、外で身体を動かしているほうがいいと私は思います。
「じゃあこの話し合いが終わったら向かってくれ」
「え?、すぐじゃなきゃダメ…?」
「どうして先送りにするんだ、タケルさんの事が心配じゃないのか?」
そう言いつつちらっとタケル様の部屋のほうを見ました。
「(控えめな声で)あ、…タケルさんなら大丈夫だと思うけど、(普通の声で)そうじゃなくて、外のティルラの人たちに見られないようにしたいなーって…」
「ああ、そういう事か。すると夜間移動するのか?、大丈夫なのか?」
「大丈夫、夜目も利くようになったし魔力感知もだいぶできるようになったから、夜でも平気」
「そうか、なら仕度して夜まで眠っていいぞ、私が眠る前に起こしてやる」
「え、あ、うん、わかった」
ネリ様は妙な返事をすると脱衣所に入って行きました。
「またあいつは着替えも持たずに…」
見送って呆れたように苦笑いをするサクラ様。
「あの、中央東10の1層があのような事になっていたわけでして、他のダンジョンがどうなったか気になるんですが…」
話が段落したと見たのかカエデ様が少し遠慮がちに言いました。
機会を窺っていたのでしょう。
「それもそうですね、中央東10だけなのかどうか、調べる必要がありますね」
「それでですね、ハムラーデルの方のダンジョンがどうなったか心配なので、一旦戻ってきます」
それでそわそわと落ち着かない様子だったのですね。
「わかりました。そうするとロスタニアの方も調べたほうが良さそうですね。…はぁ、自分で行くしかなさそうです」
シオリ様は今までロスタニア国境防衛拠点まではいつもタケル様かリン様に送ってもらっていましたからね。今回は自力で行く決心をされたようです。
「それじゃ行ってきます!」
カエデ様はそのまますぐにハムラーデルの、おそらく大岩拠点でしょうか、そちらに走って行かれました。
それで話が一旦終わったという雰囲気になり、何となく、ネリ様がそうしたように入浴をして着替えをし、リン様にお願いして出してもらった軽めの食事をして、シオリ様はロスタニアへ、サクラ様はすぐ外のティルラ騎士団へ、私もオルダインに話をしに川小屋を出たのでした。
川小屋に残りづらい雰囲気でしたからね…。
でも夜には戻るつもりです。安全ですし、寝具はとても良いですからね。
●○●○●○●
私が川小屋に戻るとサクラ様はもう戻られていて、ソファーで魔力操作の練習をされていました。私を見てすこし安堵されたのをみると、おひとりで心細かった…、いいえ、ありえませんね、おそらくは話し相手ができたことにでしょう。
ネリ様は部屋でお休みですし、リン様がどこかへお出掛けであることは魔力感知でわかりました。
「ああ、戻られましたか」
「ただいま戻りました。リン様はどちらへ?」
「タケル様の捜索をすると仰っていました。夕食には一度戻られるとの事ですが、一応あたためるだけで良いものなら冷蔵庫に入れてあるので、もし戻られない場合はそれを食べるように言付かっています」
「そうですか…、」
と、そこにカエデ様が飛び込んできました。
「ダンジョンが消えたんだそうです!」
「え!?」
「ああ、その可能性はリン様から聞いている。やはりそうだったか…、で、被害はあるのか?」
「え、あ、はい、昨日、食料を調達にダンジョンに入った者ら5名が行方不明です。あ、あの、彼らはどうなったのでしょうか?」
「リン様のお話では、生き埋めではなく、閉じ込められた状態だろうと仰っていた」
「あ、では急いで掘り出さなくっちゃ!」
そのまま踵を返して川小屋から飛び出そうとしたカエデ様。
「あ、待てカエデ!!」
「はい!」
「私たちと同じように、こことは違う場所だそうだぞ?」
「……あ」
「うん、だから元の場所をいくら掘り進めても救出できないぞ?」
「ではどこを掘れば…」
「お忘れですか、カエデ様。私たちが外に出た場所は、ここから2000kmほども離れているとリン様が仰っていたではありませんか」
「あ…、そうでした…、あ!、そんじゃあそこ掘ってもダメだって伝えなくちゃ!」
言いながら走り出してしまいました。
「あー…、まぁ、伝えるなら早い方がいいか…」
「そうですね…、あの、リン様は他には…?」
何となく、他のダンジョンも全部がそうなってしまったのかが気になりました。
「ん、他には聞いておりませんが…、何か?」
「こことは違う地域、たとえば『東の森のダンジョン』や、『ツギのダンジョン』はどうなのかと思いまして」
「ああ、そうですね、ではネリに、ちょうど起きて来たようですし、ついでに聞いてきてもらいましょうか」
「あたしが何ってー?」
「『勇者の宿』に行くついでに『東の森のダンジョン』や『ツギのダンジョン』の様子も聞いてきてもらおうかという話をしていたところだったんだ」
「あー、うん、わかった」
「眠らなかったのですか?」
「ちょっとだけ眠ったけど、やっぱり気になるし、目がさえてきちゃって。そしたら騒がしいから何だろうって」
「さっきカエデ様が戻られていたんですよ」
「あ、うん、聞こえてたし、感知でもわかるから」
「ほう、区別がつくようになったのか、私も精進しなくては…」
「あ、勇者とメルさんとリン様ぐらいだよ?、区別つくのって。他は誰とかわかんないよ…」
なるほど、それなら私でもわかります。あとは竜族か普通のジャイアントリザードかぐらいでしょうか。あ、そういえば今日オルダインは区別がつきましたね。
「そうか。それで、もう行くのか?」
「うん、うす暗くなってきたし、もういいかなって」
「そうか、気をつけてな」
「はーい」
ネリ様は小さい背嚢をしっかりと腰紐で固定すると、入り口の前で少しこちらを見て片手を小さく挙げ、しゅばっと音がするほどの勢いで走り始めました。
「あいつ、まさかあの勢いのまま街道を突っ走るんじゃないだろうな…」
サクラ様は心配そうに仰っていますが私も同じ気持ちです。
普段、この地を走るときは見通しもいいですし、他に誰も居ませんので思いっきり走れるのです。それにたいていは先頭には感知に長けたお二人がいらっしゃいますので後ろをついて走ればいいのです。
でも街道は時には見通しがよくない場合もありますし、夜はともかく昼間は移動する者が他に居ることがあるので、あんな速さで走ってしまうと急に止まれなかったりするのではと心配にもなるのです。
「今のネリ様、風属性の魔力を使っておられたような…」
「何?、あ、いや、失礼しました。強化だけではなくそんな事までやっているとは…」
「私も少し驚きました」
と言ってから、移動に風魔法、と考えるともしかしたら飛行魔法の訓練にもなるのではないかと思いました。
なるほど、私もやってみようかな。
●○●○●○●
結局リン様は夕食には戻られませんでした。が、カエデ様が息を切らしながら戻ってこられました。
「はぁはぁ、ただいま戻りました、あ、私の分もありますか?」
「あるぞ、だから汗を流してきても無くなったりしないぞ?」
「あ、ありがとうございます」
それからカエデ様をお待ちしてから食事をとり始めるとシオリ様も息を切らせながら戻ってこられ、やはりというか同じように自分の分はあるかと尋ねていらしたのが少しおかしく、サクラ様やカエデ様とも顔を見合わせてくすくす笑ってしまい、シオリ様が『な、何よ?』と走って上気したのか恥ずかしさからなのか区別が付きませんが頬を染めて仰っておられたのが印象的でした。
食事中に、ハムラーデルでは5名が行方不明となったこと、中央東10以外のダンジョンが消えることをリン様が仰っていたことをシオリ様にも伝えました。
「ロスタニア管轄になっていたダンジョンも、入れなくなったと連絡が来ていました。どうやらタケル様が処理を留保して残して下さったダンジョンは全て入れなくなったと見ていいでしょう」
「ロスタニアには被害は無かったんですか?」
「ええ。幸いにも出たところだったそうで、それですぐに気付いて報告に走ったようでした」
「なるほど…」
「被害と言うと、今後あてにしていた食料や水が入手できなくなるというのもありますね」
「そうですね、そちらは開拓して収穫できるようになるまでは輸送で賄うほかありませんね。そのあたりの手配もしてはきましたが、3国で話し合う必要がありますね」
ホーラードは隣接していませんし、今日オルダインとも話しましたが、鷹鷲隊はもう荷物をまとめ始めていて、明日から王都へと出立するようです。オルダインと一部の者はもう数日残るようですが、私も彼らが戻るとき一緒にどうかと言われました。返事は少し待てと言っておきましたが…。
「ロスタニア側は魔物はどんな感じですか?」
「山岳部に普段から居るようなのが時折出てくるぐらいだと報告にありましたが、ハムラーデル側には何かあったのですか?」
「あ、いえ、ドルテ山地とその西の樹海から出てくるのが居るらしいんですが、トカゲは居ないと聞いてましたので、ロスタニア側はトカゲ、あ、ジャイアントリザード系はどうなのかなと…」
「そういう意味でしたか、リザード系は報告にはありませんでしたね。全て動物系の魔物ばかりでした」
「そうですか…」
「やはり心配か?、懇意にしていた者だったのか?」
「え?、いえ、あ、行方不明の兵士たちのことですか?、それはそれで心配ですけど、そうじゃなくて、魔物の出現数もリザード系が居ないなら騎士団で対処できるので、勇者が残る必要は無くなったんだなって、それでたぶん、私もハルトさんを手伝いに反対側の、トルイザン側の国境に行くことになるんだろうなって思ったんです」
そう言えばその理由でハルト様がこちら側に居ないのでしたね。
「すると、3国の話し合いにハムラーデルの者が居なくなってしまいますね」
「あ、文官をこちらに寄越すように連絡を手配してきましたので、それまでは私がここに、あ、居てもいいんですよね?」
「と言うか居てもらわねば困るのだが」
「あ、そうですか、よかったぁ」
タケル様が許可したことなのだから、リン様も首を横には振らないでしょうね。
シオリ様も、『わかりますよ、ここは住み良いところですからね』と仰って、サクラ様と頷いておられました。
翌朝、いつもの習慣もあって早く起きると、既にリン様が食事の仕度をされていました。
勇者様方も次々に部屋から出てこられて、食卓の席に着きますとリン様も来られました。
「皆様おはようございます。早速ですが中央東10の1層の地点、昨日地表に出た地点の事ですがその周辺を探査してきました。ですがタケル様が出られた様子はありませんでした」
「そうですか…」
「その場所に他のダンジョンが埋まってるということは無いんですか?」
「わかりません」
「そうですか…」
「わからない、というのは、ダンジョンが実際にはどこに存在しているのか、というのは即ち竜族がどこに潜んでいるのかと同義なんです。それがわかるのであれば、我々精霊がいままでに竜族をどうにかできたということなんですよ」
「過去の例から見当をつけたりは…」
「……少人数でダンジョンに隠れている竜族たちを倒し、生還することができるのはタケル様だけなのですよ…」
確かに、ただ魔物を倒してダンジョン内を進むだけなら騎士団でもどうにかなるでしょう。でも竜族が相手だと難しい。ただ魔法が使えても、狭いところで魔法同士の撃ち合いになるのなら同じぐらいの射程距離しかなければ生還すること自体が難しくなってしまう。
リン様もそう仰っていたし、タケル様も竜族の破壊魔法の射程には入らないように戦っておられました。
「…すると、行方不明の5名は絶望的ですか…」
「ダンジョンが消滅するタイミングで中に居た者がいたんですか!?」
「はい、ハムラーデル所属の兵士たちですが、大岩拠点のところのダンジョンに食料調達に入ったまま…」
「そうでしたか、えーっとあれは中央東5でしたか…、ああ、地図が見当たりません、タケルさまのほうに入っているのかも…」
「いえ、中央東6です、それの2層でした」
「それがどの地域のものなのか、というのは現在のところ外からだと調べようがないんです」
「そうですか…、ありがとうございます」
探すのは困難でも、彼らが閉じ込められた空間には水も食料もあるところなので、望みは薄いかも知れないが可能性はゼロではない、と思いたいところですね。
「リン様、『タケル様のほうに入っている』と仰いましたが、その、今まで不思議だったのですが、リン様とタケル様のその魔法の袋はつながっていたのでしょうか?」
「はい、そうだったのですが、現在は分断されています。たぶん距離が離れすぎているため接続が維持できずに分離してしまったのでしょう」
「あの、もし…、もしですよ、タケル様が『勇者の宿』に帰還されていたとした場合、その接続はどうなりますか?」
「その『勇者の宿』の場所は『森の家』に近いと思われますので、それでしたら接続は問題ないでしょう。ですが、その、タケルさまが帰還されるときに腰のポーチまで一緒に帰還されるのでしょうか?」
「あ…、そうでした。勇者が不慮の事態で帰還した場合には、その身ひとつで帰還するのでした。すみません」
「いえ。それでしたらタケル様が帰還したかどうかは無関係ですね」
何か手がかりはないものでしょうか…。
「タケル様とリン様は同じような腕輪をされていますがそれで位置を知ることはできませんか?」
「ある程度近くに居れば、辿ることができます。それで私たちが中央東9の1層から脱出した場所を中心に探索してみたんですよ。腕輪やポーチの魔力が探知できれば、居場所が特定できますので」
「そうだったんですね」
「はい。ですが、見つかりませんでした…」
リン様が目を伏せてやや俯き加減で力なく仰ったので、皆様も黙ってしまいました。
「…あの、リン様、私たちもタケル様のことが心配です。それでこの場所を拠点にして情報を集めようとしているのですが、リン様はどうなされますか?」
「…ああ、この場所はタケルさまが戻られることを考えてこのままにしようと思っていますよ。タケルさまにはウィノア、水の精霊もついていますので、もし何かあれば連絡も可能でしょう。現在それが無いというのが少々気掛かりですが、ああ、そうですね、一度尋ねてみましょうか」
そう言うとリン様は台所の勝手口のほうに行きました。
私たちもぞろぞろと付いていきます。
勝手口から出ると、以前は外だったのですが、塀に囲まれた庭のようになっていて、その隅に木と精霊様の泉があります。場所は変わってはいませんが塀に囲まれていると雰囲気が違って見えました。
「リーノムルクシア=ルミノ#&%$がウィノア=アクア#$%&に問う、タケルさまは何処なりや」
『ウィノア=アクア#$%&の名において答える。彼の者は水の精霊の及ばぬ離地にて答え能わず。我が分体も明らかざりて通じ能わざる也』
「返答に感謝を」
『不要』
「なるほど、水の無い地域を探せばいいということですか…、逆に難しくなりましたが、候補は絞れますね」
リン様はうっすらと光を放ちながらでしたし、泉からも光が煌いていて、何と美しく神聖な場面を目にしたのでしょう?、自然にあふれ出す涙がとまりませんでした。
勇者様方もそれぞれ涙を流し跪いていました。
目線が変わらないので、いつの間にか私も跪いていたようです。
それにしても、水の無い地域、そんな場所が存在するのでしょうか…?
●○●○●○●
それから数日間は、シオリ様が仰ったように川小屋を拠点として昼間は勇者様方が忙しく出かけては夜には戻って持ち寄った情報を話し合う日々でした。
私はというと何となく機会を逃してしまったこともあり、オルダインたちは王都へと出発しましたがずるずるとここに居座っています。居心地がいいのもありますが、タケル様のことが気掛かりで、このまま王都へと戻ってもこちらのことが気になって仕方が無いことになるだろうと思ったからです。
7日目に、ネリ様が川小屋に戻られました。
ネリ様の話では、『勇者の宿』にはタケル様は戻られていないこと、『東の森のダンジョン』や『ツギのダンジョン』は消滅しておらず、変わりがなかったとの事でした。
「『勇者の宿』に帰還していないなら、どこかで生きているということですね」
「だからタケルさんは大丈夫だって言ったじゃん…」
「そんなこと言ってたっけ?」
「えー、言ったと思ったんだけどなー」
仰ってましたね。でも言ってあげません。
「またいい加減なこと言って」
「結局タケルさんどこに居るんだろうね」
「リン様も毎日探しておられるのですが、見つからないそうですよ」
そうなのです。
あれから毎日、リン様は朝に出かけては、疲れた様子で夜に戻られています。
「そうなんだ…、まぁそのうち連絡とかあるんじゃないのかな」
「またそんないい加減な…」
「えー…」
ネリ様はどうしてかタケル様の心配はあまりしていない様子ですね。
この川小屋は私たちしか入れないので、入り口から数歩離れたところからよく兵士の誰かが勇者様のどなたかを大声で呼ぶ光景がみられるようになりました。だいたい呼ばれるのはシオリ様かサクラ様なのですが、最初は耳障りだったそれにももう慣れました。
そういえば、この地域は『魔物侵略地域』という何のひねりもない名称だったのですが、このほど『バルカル合同開拓地』という名称になりました。カルバス川を挟んで南北に旧バルドス・バルデシアという名称があったのを復活しようという話も出てはいたようですが、一度魔物に侵略されて滅んだ地の名称を使うのは縁起がよくないという意見もあり、一部を使うに留めたようです。
カルバス川を挟んで、南バルカル・北バルカルと呼ばれるようになり、大岩は『バルカルの大岩』という名称に決まったそうです。その岩を中心として、街道が計画され、開拓地が結ばれるようになるという事でした。
そのカルバス川に架けられた橋、タケル様が造られたものですが、それに『タケル橋』という名称がつけられようとしたのを、意外にもシオリ様が強固に反対したそうです。『タケル様はそのように名前を使われるのを喜ばないから』というのがその理由だそうですが、私も同じ意見でした。他の勇者様方も頷いておられましたね。
結局、橋の名前はこの川小屋の南北にあるものは、『北カルバス大橋』、『南カルバス大橋』という名称になり、その他のタケル様が造られた橋については近くにできる村落や街道の名称から後ほど決めるようです。
現在は名称がなくても不便ではないから、だそうです。
『バルカルの大岩』から北側に行くには、昔ながらの渡船が頼りの状態で、『タケル様に架橋をお願いしておくのだったわ…』とシオリ様が零していました。
ネリ様がそれを聞いて、『ちょっとやってみよう』と言って土魔法で造ろうとしたのですが、最初の支柱を立てた直後にその支柱が傾き始めてしまい、たまたま遠くから見物していた渡船を商う商会の人らしき年配の男性数人から、『頼むから危険なものを造らないでくれ!』と、懇願されているのか叱られているのかよくわからない怒鳴り方をされていました。
支柱は倒れはしませんでしたが、今もそのまま残っています。
私はそれを近くで見ていたのですが、あとでやって来た渡船の関係者らしき人が、『これはこれでいい目印にならぁな』と笑っていました。
何ともネリ様らしい話ですね。
10日目の夜、日課にしている就寝前のお祈りを精霊様の泉のところでしていますと、泉が光を放ち水の精霊様のお言葉を賜りました。
タケル様が無事であることと距離が非常に離れているため、ここに戻るにはかなり日数がかかりそうだということをお報せ下さった、それ自体は良い事なのです。
しかし、タケル様が居なくなってここしばらく精霊様のお声を賜ることが無かったのに久しぶりに賜ったお言葉がタケル様からの伝言、というのは何だか妙な気分です。
「早速リン様にお知らせしなくては。しかし水の精霊様を伝言に使われるなんて、タケル様は精霊様を一体何だとお考えなんでしょうか…」
「まぁまぁ姉さん、連絡手段が他に無いのですから…」
「そうですけど…」
「お言葉を賜るなんて一生にそう何度もあることではないのですから、内容はどうあれ光栄に思わなくてはならないと思います。お気持ちはわかりますが…」
「そうですね、タケル様のせいでどうやら感覚が狂ってしまっていたようです」
シオリ様がこうした少し皮肉めいた言い方をされるということは、ここのところ連日打ち合わせだの何だのとご多忙でしたし、あれこれ不満が貯まっているのかも知れませんね。
私はどうせ王都に戻っても社交に引っ張りまわされるのが目に見えていますので、このままタケル様のお帰りをお待ちしようと思っています。
願わくば、ホーラードからの迎えが何度も来ないうちに、タケル様が戻られますように…。
次話3-001は2019年07月26日(金)の予定です。
都合により更新曜日を変更します。
20190721:ルビ入れ忘れてました。 |俯《》き加減 ⇒ 俯き加減
20191219:助詞抜けを訂正。 仰って ⇒ と仰って