2ー106 ~ 境界門
タケルさんが2層へ入ったのを見送って、何だかひと息ついた気がしたので、腰の水筒を外してフタを開け、ごくごく飲んだ。
ぷはー!、美味し!、なんて心の中で思ってたらメル様から『そんなに水分を摂ると近くなって困りますよ?』と言われたその瞬間、2層への境界門が一瞬光を強めたかと思ったら、すぅっと消えた。
え!?、今の何…?
「!、タケルさま…!」
リン様が消えた境界門のところに走る。あたしたちもそれにつられてそこに行った。
「タケルさま!、タケルさまー!」
境界門のあった場所はその痕跡すら残ってなくて、ううん、足跡がそこで途切れてるからそこにあった、という事だけはわかるんだけど、今は洞窟の壁があるだけ。そこに両手をあてて叫ぶリン様。
あまりの事に言葉もない私たち。
- きょ、境界門なくなっちゃったけど、どうしたらいいのかな…?
「不測の事態になったらまず撤退と決めていたじゃないか」
あたしが何となく呟いちゃった声にサクラさんが答えた。
- でも…。
とリン様を見る。あんなリン様には声かけづらいよね。
あたしだってタケルさんのことが心配だし、みんなの表情をみると同じように心配してるってわかる。メルさんなんかうるうるした目をして胸元で手なんて組んじゃって、まるで騎士の無事を祈るお姫さまみたいだし。
でも誰も取り乱したりしてないのは、リン様が真っ先に慌てて境界門のあったところでタケルさんを呼び続けてるからだと思う。
そういうのあるよね。誰かが先に落ち着きを無くしちゃうと、それで逆に周りの人たちが落ち着いちゃうみたいな。
そんで、リン様に話しかけるのをサクラさんがやってくれないかなーなんて思いながら視線を戻すと、サクラさんは小さく息を吐いてからリン様に近づいた。
さすが師匠だね。
「あの、リン様、タケルさんなら大丈夫ですから…、」
「どうして大丈夫だと言えるんですか!?」
振り向いたリン様が涙目で睨んでる。その迫力にサクラさんの上半身が2cmぐらい下がったように見えた。あたしも一歩下がりそうになったけど何とか堪えた。
「タケルさんは勇者です。もし何かあったなら『勇者の宿』に帰還します。でも水の精霊様がついておられるのです、そうそうそのような事にはならないと思います」
「……」
そうなんだけど、と言いたそうな表情でじっとサクラさんを見るリン様。
だよねー、『勇者だから死んでも大丈夫』みたいに言われても心配なのは同じだよね。
あ、でもタケルさんが『ウィノアさん』って呼んでる水の精霊様はたぶん、タケルさんを死なせるような事は絶対にないんじゃないかな、って思うぐらいタケルさんのこと大事に思ってると思う。
だって、タケルさんの周囲にある水って、すっごく優しいんだよ?、もしそこが森の泉だったら、アメリカの童話アニメみたいにさ、表情豊かな動物たちが全部寄ってきて、その泉の周りでリラックス、みたいなさ、そんな想像しちゃうぐらい安心感が半端無いの。
あたしが『タケル温泉』って言ったあの時もそうだったけど、たまに川小屋のお風呂もそんな感じになってたりして、ゲームだったらHPもSPもMPもハートも全快!、みたいな感じでちょっとした怪我ぐらいきれいに治るし、疲れも痛みも全部どっか行っちゃうんだよね。
眠気は覚めないんだけど、あ!、あの時軽く手洗いしただけなのに、前からあった染みとか超落ちたんだよ!、まるで新品!、でも乾かしたあともゴワゴワしないし元の世界で柔軟剤ってあったなーって、これなら他の下着とかも持って来るんだった!、ってちょっと思ったっけ。
そんなだから川小屋のお風呂がそうなってるときって、サクラさんやメルさんは素っ裸なの気にせず熱心にお祈りしてる。あたしもやれとか言われて一度お風呂場の硬い床に膝ついて祈らされたことあるけど、『こういうの強制されないから信者になったのに!、こんなだったら信者やめるー!』って言ってからは強制されなくなったっけ。
リン様が今朝、『我々精霊からは関わらない方針だけど、とばっちりで滅ぼすのはかわいそうだから大規模破壊兵器は使わない』みたいな事を言われたとき、『ああやっぱりねーそんな感じだと思ってたよ』、ってあたしは納得したけど、カエデ以外の3人は信心深い信者だからショックだったと思う。
だってさー、あんな『スパイダー』とか『ホームセキュリティ』なんて元の世界より進んでるもの使ってる精霊さんたちが人類を導くみたいな構図になったらさ、ほら、きっとそれに従えない人たちが反発して大勢死ぬことになるんじゃないかなーなんて思う。
SF作品やアニメにもそういうのあったし。
だからそれぐらいの距離感でいいと思う。精霊様って信仰の対象なんだし、余計な干渉してこないほうがお互いに平和でいいもんね。
でも、ちょっとだけあたしもタケルさんみたいに特別な加護というか首飾りが欲しいかも。だってもう川小屋の生活からは戻れないし、さっきのお洗濯もそうだけど、リン様がいるとご飯は美味しいし毎日清潔だし移動も楽ちんだし。
「おい、ネリ、ネリ!」
- あ、はい!
考えてたらいつの間にか話が終わってたみたい。
「行くぞ」
- あれ?、転移で戻るんじゃなかったっけ?
「話聞いて無かったのか…?」
「リン様が川小屋への転移を試みて下さったのですが、どうも距離があるようで様子がおかしいと仰ったのです」
「それでここは1層だから入り口まで一旦戻ってみようということになったんだ」
- あ、はいはい。
それで元来た道を辿るように、タケルさんが作った地図を持ってるシオリさんが先導して走って入り口まで戻った。
「ここのはずですが…」
「入り口がありませんね」
「やっぱり閉じ込められたという事ですか…」
地図を持つシオリさんがわざわざ明かりの魔法を使い、杖の上に光の球を浮かせて広げた地図を照らして確認するのを皆で覗き込んだ。
- 土魔法で穴あければ出られるんじゃない?
「うむ、そうだな。じゃ、ネリ、頼む」
- え?、まぁいいかー、あたしが言ったんだし。
入り口があったところに斜め上に向けて人が通れるサイズの穴を開けてというか、掘って……。
- あれ?、外までこんな距離あったっけ?
明らかにダンジョン入り口から1層までの間よりも長く掘ってるのに外に繋がらない。そう思って一旦手をとめて首を傾げているとすぐ後ろにいたメルさんが声をかけてきた。
「どうしたんです?」
- あ、うん、そろそろ外に出てもおかしくないのにって。
「そう言われて見ればそうですね。穴の大きさが違うので錯覚かと思っていました」
「どうしたんだ?」
「地上に出てもおかしくないぐらい掘っているのに出ないなと話していたんです」
穴の大きさが人ひとりが通れるサイズにしたせいで1列になってるから、伝言ゲームのように後ろに伝えて行くのが何だかおかしい。もっと穴のサイズを考えて掘れば良かったかな?
でも掘って出た土を避けてそれを固めて穴が崩れないようにしてるので、あまり大きいと余りがでちゃうのよね…。タケルさんが前にやってたのの真似なんだけど、あたしだとそのへんの制御がまだちょっとね。
「ここまで掘ったんだ、地上に出るまで掘るしかないだろうな。ネリ、とりあえず続けてくれるか?、魔力は大丈夫か?」
- うん、まだ大丈夫。
それからしばらく掘り続けて、途中でメルさんと交代して、やっと外に出ることができた。結構疲れた。
「こんなに深いとは思いませんでした…」
メルさんも疲れた様子。
「メル様、ネリも、ご苦労様でした。しかし…、ここは一体どこなんだ?」
サクラさんも穴から出てきたが、辺りを見回して言った。
あたしとメルさんも言われてから周囲を見てみた。
どうやらここは森林の中のようだ。
「道理で、やたら木の根があったわけです…」
そう、地上に近くなってきたとき、太い木の根が邪魔して堀りにくかった。できるだけ避けてはいたんだけど、どうしても絡んでる部分なんかはメルさんが『サンダースピア』でずばっと切り裂いてくれて通り道を確保した。
「どうやら、元の場所とは違うところのようですが…、リン様、川小屋へ転移をお願いしてもいいでしょうか?」
「それなのですが、先ほど里のほうに連絡をしまして、直接川小屋へ戻るのではなく、里を経由してもよろしいでしょうか?」
「里?、と仰いますと、光の精霊様のお里のことでしょうか?」
「はい、そうです」
「そ、それは構いませんが、その、よろしいのでしょうか?」
シオリさんは興奮気味に確認してるけど、気持ちはわかる。
「里の転移場を経由するだけですので、問題ありません」
「そ、そうですか…、あ、よろしくお願いします」
ちょっとがっかりしてるけど、それもわかる。
リン様はひとつ頷くと、皆を軽く見回してから詠唱を始めた。
やっぱり何を言ってるのかわからないけど、何か慎重に詠唱している感じがした。
●○●○●○●
いつもなら入って少し境界門から離れて索敵魔法を使い、地図を作成することにするんだけど、そんな余裕は全く無かった。
3・4層とも天井が崩れ始めていて、大量の砂が降り注いでいるから視界が悪い。というか全然見えない。魔力感知を鍛えていて本当に良かった。何とかまだ崩れていなくて保ってる天井部分ぎりぎりを飛んで移動した。
飛んでるからいいものの、とてもじゃないが地面を走るなんて不可能だ。
2層は土砂だったが、3層と4層で降り注いでるのはほぼ砂だな、砂漠の下にある空間だったのかな…?
などと考えるひますら惜しいぐらい急いで飛び、境界門に飛び込む感じで飛行したまま通り抜けた。
何だかそうしないと間に合わないような気がしたんだよ。境界門が消えちゃいそうで。
実際、3層に入った瞬間、2層と3層の間を繋いでいた境界門の存在が感じられなくなったし、そりゃ焦りもするさ。
さらに焦ったのは、4層から5層に飛び込む時で、待ち構えてるトカゲが20体ほど並んでるのが飛び込む直前に見えたんだよ。うわーって思いながら急いで鉄弾を取り出して撃った。
5層に飛び込んでからも感知したトカゲに手当たり次第撃ちまくった。
だって破壊魔法なんて飛んできたら怖いじゃないか。
何とか近くのトカゲを全部倒してから、落ち着いてみると5層は別に崩れ始めてなくて、天井も何ともなかった。
それでやっとひと息つき、着地して索敵魔法を使ってこの層の全域を調べてみた。
一応空中からある程度は見えていたが、この層は手前が街の廃墟で途中に壁があり、斜めに川が流れていて向こう側は林と池、壁に囲まれた砦のような建物があることが地図を作ってみて再確認できた。
砦のような、というのはほとんど廃墟で、でも木造っぽい大きめの、これはあとから木材で付け足したんだろうか、そんな建物がある。
その中の魔力反応が大きく、どうやら何かの魔法装置と、それを囲む竜族が十数体ほど居るようだ。
その建物の外側には入り口を護衛しているのか竜族っぽいトカゲが2体いる。
もうそこまでの間、こちら側半分の街部分だな、そこには何も居ない。手前のほうに集まっていたんだろうね、もう全部倒しちゃったし。
死体、回収する余裕があるのかちょっとわからないので、ポーチから飲み物を出してひと口飲んで、あ、そうだ、リンちゃんに伝わるかわからないけど、羊皮紙に無事だって書いて入れておこう。
さて、制圧しにいくか。
●○●○●○●
経由した光の精霊様の里は、リン様が『転移場』と仰っていたように、まるで祭壇のように整えられた石舞台の上でした。
石舞台の周りには柱が何本も立っていて、その上に白く光る石が備えられています。祭壇のようにと言ったのは、地面には白い花をつけた植物が植えられていて、よい香りと共にとても厳粛な雰囲気があたりを包んでいたからですが、何となくこの石舞台から感じられる魔力がそう思わせたのかも知れません。
舞台から降りるゆるやかな階段があり、その先は滑らかな石畳が敷かれていて、その見た目はこの石舞台と同じ石材で作られているように見えます。そのまま視線を先にやると、同じ石材で、彫刻で装飾された門が見えます。あいにくと門は閉じられていて、壁とその門が高いのでその外側は見えません。
この石舞台を、余裕を持って囲んでいるその壁。こちらから見て手前側はその壁を越えて見える木々の緑が少しありますので、おそらくは街の外側に位置するのでしょう。
「そのまま動かないで下さい。続けて川小屋へ転移しますので」
「「はい」」
勇者様方も私と同じようにきょろきょろと見回していましたが、リン様に言われて佇まいを正してリン様の詠唱を待ちました。
程なく詠唱が終わり、川小屋のリン様とタケル様のお部屋に転移が完了しました。
見慣れた場所に無事戻ることができて、皆様も安心した様子です。
もちろん私も安心しました。
「リン様、ありがとうございます」
「無事皆さんを帰すことができてよかったです」
「そうですね。ところで先ほどの、ダンジョンから出た場所のことですが、どこだったのでしょうか?」
「はい、だいたいの場所ですが、ここからですと西におよそ2000kmぐらいでしょうか、地図が無いので正確にどことは言えませんが…」
リビングに行こうとしていた私を含めた皆様が足を止めました。
「2000km!?、中央東10ダンジョンの1層って一体…」
「んじゃ2層に入ったタケルさんは…」
そうです、私もそれが気掛かりです。
ですがここで立ったまま、おそらくは答えのすぐ出るような話ではないと思うのです。
「とにかく一旦リビングに行きませんか?」
リン様にペンダントをお返ししながらそう言うと、『そうですね』とシオリ様も同じようにペンダントをリン様に手渡しました。
●○●○●○●
外の見張りらしき竜族から見えないようにしながら200mちょいのところまで近づき、索敵魔法を使ってみた。板張りの屋根で上部がふさがれているが、中に居るのはどうやら12体のようだ。
室内はひとつの空間になっていて、中央には台座があり金属製の部品で支持されている8面体のでっかい宝石がある。その周囲には石の台がベンチのように円形に並んで囲むように配置されていて、それに詰めて座っている竜族が扇形に並んで口をあけて魔力を放出している様子が窺えた。
ん?、あの魔法装置、どこかで見たことがあるような…
あ、土の精霊ミドさんのとこにあったやつに似てる気がする。
それであのトカゲたち、何やってるんだろう?、魔力の奔流が感じられるんだが、装置に魔力を供給でもしてるのかな?
いや、でも何だか破壊魔法じゃないけどそれに近いような感じなんだよなぁ…、12体が同時じゃなくそれぞれが息継ぎ?、しながらだけど、断続的に放出してるし…。
供給、にしては魔法装置から感じる魔力も不安定な気がするし…、ダンジョンの境界門がおかしくなったのはこいつらのせいだとしても、あの魔法装置との関係性もわからないまま、こいつら倒しちゃって大丈夫なのかな…?
それでもまぁ、倒さないことにはさ、俺だってずっと隠れてるわけには行かないもんな!、よし、門番を倒して真上からさくっと倒すか!
ああ、真上からじゃないと、連中を貫通して魔法装置が壊れて爆発したりしたらヤバそうだからね。
帰りのことはとりあえず倒してから考えよう。
次話2-107は2019年07月17日(水)の予定です。
20190724:助詞抜けの訂正。
(訂正前)様子がおかしい仰ったのです
(訂正後)様子がおかしいと仰ったのです
20210708:雰囲気的に訂正。 林の中 ⇒ 森林の中
20250211:助詞ミス訂正。 『転移場』を ⇒ 『転移場』と
こんなミスがなぜ残っているの‥orz‥