2ー104 ~ 安全性
「おい、あれからメルリアーヴェル王女どころか勇者様共と全く会えていないんだが?」
いい加減待つにも飽きが来た私は、側近長と侍従長だけを天幕の奥に呼び、詰問した。
「それがその、ビルド団長の話では最前線のダンジョン攻略に赴かれているとの事でして…」
俄かに吹き出る額の汗を手布で拭きつつ答える側近長。
こいつはいつも私が話しかけると汗を拭いている印象があるな。
季節的にも暑いのはわかる。じろじろと見ると服の生地が厚いようだ。なぜ薄手の生地を使った服にしないのか理解に苦しむな。
「勇者様が魔物を討伐するのを妨げてはならないという決まりもございますので…」
「そんな事はわかっている。王女のほうはどうなんだ?」
「はい、そちらはホーラードのオルダイン様にお伺いしましたところ、勇者様方と共に行動されているとの事でございます」
「オルダイン卿は残っていたのか…」
「は、はい」
「では兵はどれぐらい随伴したのだ?、500か?1000か?、いやそんなに居なかったな」
「…あ、その…」
「メルパス殿下が尋ねておられるのだ」
侍従長が言い澱む側近長を促した。
「は、はい、信じられないとお思いになるかも知れませんが、兵を伴ってはおられないとの事でした」
「何っ!?」
「本当でございます殿下。兵たちが動いた様子はございません」
「そうなのか」
「はい。現在『川小屋』と呼ばれている建物の近くにティルラ兵たちが拠点を構築しつつありますが、拠点周囲の哨戒以外の予定は無いとの事でございました」
「勇者様共の様子は?」
「それが、前線拠点とされている場所に勇者様方の小屋があるのですが、そこから出た様子が無かったのに、その川小屋を監視していた者から勇者様方が出入りしているとの報告がありまして、一体どうやって移動したのやら…」
ふむ。侍従長がこのような表情をするのも珍しい。
「その前線拠点の小屋は?、中を調べたんだろうな?」
「いいえ。外側は一見板張りの木造小屋に見えますが、実は頑丈な石造りのようで簡単には壊せませんでした。入り口も布を垂らしてありましたがその内側は固い石がぴったりと嵌っておりまして、びくともしませんでした」
「一体どんな小屋なのだ」
「屋根も頑丈で、一見ではスレート重ねのように見えましたが継ぎ目もなく、短剣で剥がそうと試みたところ、短剣の先が欠けました」
「何だそれは、どんな要塞だ」
「はい、小さいですがあの小屋を破壊するには破城槌が必要でしょう」
何だというのだ一体…。昨今の勇者様共は…、いや、まぁいい。
「ともかく中には入れなかったわけだな」
「はい、力及ばず、」
「よい。それで川小屋とやらのほうは?」
「見えない壁があって近寄れなかったそうです」
「は?」
「おそらくは高度な結界魔法ではないかと思われます」
「そ、そうか。危険な最前線に拠点を設けるのだ、相応の防御が必要という事なのだろう」
些か厳重過ぎるような気もするが。
「それが、この数日全く魔物を見ていないようなのです」
「ばかな、最前線だろう?、そう説明があったではないか」
「はい。3週ほど前だそうですが騎士団にそう報告された、との事です」
過去100年間、国境を割られたり押し戻したりしていたのは何だったんだ?、という疑問が湧くが、それをこの者共に問い詰めても仕方が無い。
「少し訊くが、たった3週でそれほど変わるものなのか?」
「ビルド団長にもそうお尋ねしたのですが、何分前例の無いことだらけだそうで、勇者様方のご尽力の結果だ、と」
今までにも勇者様共は尽力していたはずなのだがな。結局わからぬのならまぁいい。
「ふむ。それで現況はどうなんだ」
「現在は騎士団が構築中の拠点周囲でも魔物の発見報告が無いそうです。
川小屋の監視に送った手の者らはのんびりと、川原に設置されている生簀から魚を取っては焼いて食べ、いつの間にかできていた日除け屋根の下、柔らかい草の上に寝転んでは惰眠を貪り、暑い昼間は川で泳ぎと、任務を忘れて遊び呆ける者まで出る始末でして」
何なんだ一体。怠惰にも程がある。
「まるで貴族どもの休暇のようだな…、ここより良い暮らしではないか。え?」
「面目次第もございません。しかしそれらが持ち帰った川魚を殿下もお召し上がりでございます」
ああ、それでここ数日、食事に美味い魚が出てきたのか。
私も食事が急に良くなったなと満足していたが…、ん?、待てよ?
「するとあのフォルメス料理は…」
「はい、その者らが持ち帰った物でございます」
「なんと…」
宮廷ですらめったに出ないような料理が毎晩出るのを不思議に思いながらも喜んで食べていたが、そういう事だったのか…。
「殿下も事の外、お気に召されていたご様子で、調理担当の者たちも腕の奮い甲斐があると喜んでおりました」
「そ、そうか。うむ、私が喜んでいたのは確かだな。臨時に賃金を弾んでやるがいい」
「既に」
「そうか。それは良いとして、その勇者様共の遠征とやらの目的地は?」
汗が引いたのかじっとしている側近長に尋ねると、驚いたようにびくっとしてからまた手布を取り出し、それをまた上着のポケットにしまった。何をしているんだこいつは。
「しょ、少々お待ちを」
そう言うと天幕入り口近くの棚から羊皮紙を取り、解いて私の前の台の上に広げた。
「地図によりますと、こちらのダンジョンだそうでございます」
「先日の報告よりずっと先ではないか」
「は、はい、現在はそこが最前線だとビルド団長が申しておりました」
「ダンジョン攻略や侵略防衛というのは、こんなに早く進むものなのか?」
今までの常識でいうと、ダンジョンをひとつ攻略するためには事前計画から動員する兵たちの準備から、そして移動しダンジョン近くに拠点を設けるなど、相当の時間がかかるものだ。
「勇者タケル様のお働きによる成果だそうでございます」
「何だと!?、勇者タケルと言うとあの王女に随伴してきた見習いではないか!」
「お、お言葉ではございますがビルド団長も、オルダイン様も皆そう仰っておられましたので…」
「馬鹿な、たかが1年未満の見習いだぞ?、報告を受けた際にもそのような戯言を聞かされたが、新たな勇者の覚えを良くしようという意図ではなかったのか?」
そう受け取ったからこそ、やけに見習いのことをよく話すなと思ってはいたが、余程私に覚えてもらい、帰国した際に見習い勇者の名を知らせて欲しいのだろうぐらいに思って聞き流したのだ。
「恐れながら殿下、どうやら本当の事のようでございますぞ。彼の勇者タケル様がティルラ国境に来られてからがこれら快進撃の始まりのようでございますし、この地図もその勇者様が作られたもののようです。こちらはその写しのようでございますが」
「うーむ、それで見習いにも関わらず皆が敬称を付けるのか…」
「はい、さらには勇者様方の中心となり指揮を執っているのも勇者タケル様との事」
そう聞いて王女に随伴してきた彼の姿を思い出そうとしたが、体格が普通以下の全く強そうには見えなかったような印象しかなかったので、はっきりとは覚えていなかった。
それよりも鮮烈に記憶に残っている、メルリアーヴェル王女のあの美しい衣装や姿のほうを思い出してしまった。
私はそれを振り払うように息を吸い、溜め息をついてから語調をやや強めて言った。
「もうよい。謎の小屋や川小屋もどうでもよい。メルリアーヴェル王女はいつ戻るのだ!?」
「で、殿下、200kmも先の最前線でございますので相応のお時間が掛かりましょう、戦闘によってはすぐにはご帰還できないかと…」
「む…、それは仕方ないな、待つとしよう。それと、…例の件はどうなっている?」
側近長が汗を拭いながら言うのに渋々答えてから侍従長に問いかける。
私だって何事も無理を通すわけには行かない事ぐらいは知っている。
事がダンジョン攻略などというものであるならその重要度も承知の上だ。地図が本当ならこの100年もの間魔物に占領されていた地を奪還する瀬戸際だということも、それが特にティルラ王国のように国境を接する人々にとってはどれほどの偉業なのかという事も理解しているつもりなのだ。
「それなのですが、大変恐縮ながら、その件でビルド団長の方から面会の依頼がきております」
何故かその件を知らないはずの側近長のほうから言われた。
「何っ!?、その件というのはあの件か?」
再度、侍従長に問う。
「はい、あの件でございます」
「あの件というのは例の件のことだな?」
「はい、例の件でございます」
どの件だというのだ。
●○●○●○●
「いかが致しましょう」
ビルド団長が面会用の天幕を出てしばし時をあけ、侍従長が言う。
私の後ろに控えて話を聞いていたのだからどうするかなど改めて命じずとも判っているだろうに。
ビルド団長の話では、直喩的に言われたわけではない。無いが、『勇者様方につけた監視はどのようなご意図でしょう?』と言われては全て知られていると考えたほうが良さそうだ。
私は面会時からずっと座ったままで、横に移動して腰を屈めて問うてきた侍従長をちらと横目で視界に入れて答えた。
「影の者というのは対象に覚られぬその道の達人だという事だが、昼寝をする漁師たちでは監視が露見するのも仕方がないな」
「面目次第もございません」
腰を屈めた侍従長はそのまま深く頭を下げた。
「そうだな、侍従長の人選に誤りがあった、という事だろう。彼らに責任は無い。むしろ漁師としては良い仕事をしているのだ。私が喜んでいたと伝えるがいい」
侍従長は深く頭を下げたままだ。
「しかし彼らを引き上げさせてしまうと、私の食事から魚料理が消えてしまうな。ここで食したものはフォルメスは当然だが大きさといい脂の乗りや味といい、王都ではなかなか味わえないものばかりだ。それは些か残念ではあるな」
もう一度ちらりと横目で様子を覗うが、まだ侍従長は姿勢を維持している。
「このまま毎食魚料理が出続けるのも興が醒めようものだが、今後無くなってしまうというのもそれはそれで興醒めだ」
ここで言葉を切り、侍従長のほうを向き、そっと肩を押し上げて目を見る。
「そこでだ、漁師から仕事を奪うのも気の毒だ。だからその者共には今後も私のために魚を獲ってくるよう命じればよいのではないか?」
侍従長が何かを言いかけたのか口が開いたが、言葉にはできないようだった。
おそらく、代弁するのであれば『それはあんまりです殿下』といったところだろう。
影の者をあくまで漁師として扱おうとする私に、諌めるべきか真意を諮るべきか躊躇ったのだろう。
「何、毎日でなくとも良いのだ。1日おきに魚を獲ってくればいい。そのついでに勇者様共や兵共の様子を見てくればいい」
ここまで言ってやっと侍従長の様子が変わった。真意が伝わったようだ。
「漁の道中いろいろと耳にするのは普通の事でございましょう」
「うむ。むしろこそこそするのではなく堂々と、漁師らしくな」
「御意に」
改めて軽く頭を下げてから、手指だけで何かの符丁で指示を出す侍従長。
私の後ろに控えていたのだろうひとりの気配が現れて天幕の外に駆け出した。
このように、侍従長と2人だけだと思っていても、実は私には見えないだけで何人か影の者がついているのが普通なのだ。
以前、侍従長にその部下たちについて尋ねたことがある。
その時に、『この部屋にも控えさせております』と言われ、部屋を見回したが私と侍従長だけに見えた。
天井裏か壁の向こうにでも居るのかと尋ねると、部屋の中に居るという。
もう一度慎重に部屋を見回したが、やはり誰もいない。本当に居るのかと再度問うと首肯する。
嘘ではないだろうな?、と言い、手で探るようにしながら部屋のなかをうろついてみたがわからない。降参だと言うと侍従長が手指で合図を出した。
すると部屋に6人も居た。そのうち2人は私の手のすぐ近くに跪いていたのだ。
これにはかなり驚いた。そう伝えると侍従長が『殿下のお手に当たってしまった者がその2人でございます』と言った。あとで罰を与えるらしい。
当たった事にすら私は気付かなかったのだから罰は勘弁してやれと言っておいたが、侍従長の部下、何人存在するのかは知らされていないが、影の者というのはそういった特殊技能を持った者たちなのだ。
勇者様共の監視をしていたのもこれら影の者のはずなのだが、それが今回はどうして騎士団にその事が筒抜けになっているのか、釈然としない。
「なぁ侍従長」
「はい」
「例の件は諦めたほうが良いのではないかと思うが、どうだろうか」
「…率直に申し上げてよろしければ」
「許す」
「単に彼らの気が緩んでいたという事もございますが、あの堅牢な小屋での監視も露見しているようでしたし、勇者様方には影の者の力が通じないのではないか、と考えております」
そうなのだ。ビルド団長からも遠まわしにその事について言及された。
川小屋の近くで魚を焼くというのは露見される恐れがあることぐらい彼らにだってわかっているはずだ。なのにそれをしたというのは、何も食欲が勝ったからではない。
すでに露見されていると知っていたからだ。ある種の開き直りだな。
侍従長に伝え聞いたが、自分たちが潜んでいる草むらに、突然、自分たちが気付かないうちに日除け屋根ができていたら、それはもう露見されていると判断せざるを得なかっただろう。聞けば、そこには『押す』と刻まれたでっぱりを押せば飲めるほどきれいな水が出る設備まであったそうだ。それもかなり美味い水らしい。
どうぞここでご休憩して下さいと言われているようなものではないか。
監視任務中に監視対象からだぞ?、全くふざけている。
つまり勇者様共は、影の者らの監視など重々承知の上で、いつでも排除できるという力を示したという事だ。
「『勇者』という存在を甘く見すぎた、という事だろうな」
「はい、あの川小屋にはひとりふたりではございません、確認しただけでも5人もの勇者様がおりますれば」
「しかもそこに古参の勇者様までが居る、軽々に手をだせば痛い目に遭うのはこちらだろう。私自身の安全を考慮した場合、例の件は諦めたほうがよいと判断した」
「賢明なご判断だと存じます」
何にせよ騎士団のほうから注意があったのだ。影の者の行動が筒抜けになるのなら、諦めざるを得ない。
「そちらは仕方ないとして、王女のほうはどうしたものか、私としては何とか知己を得たいのだが」
「何分、勇者様方と行動を共にされておりますので…」
「如何ともし難い、ということか…」
「恐れ入ります」
ここが戦場で無ければ、正式に贈り物などを持参させた使者を立て、都合の良い日時を伺ってこちらが表敬訪問しなければ会って話すことなどできない。呼びつける場合は体よく断られるだけだ。国に戻ってからではそうなってしまう。
だから今のうちに、と考えては居るのだが…。
『勇者』という壁がそこにある。儘ならない状況が忌々しいが『人種全体のために戦っている勇者様の行動を妨げてはならない』という原則のこともある。
解かっては居るが…、解かっては居るのだが…。
影の者を使ってもどうしようもないのだ。この状況下で何とか情報を集め、好機が来るのを待つ他はない。
私が言うのも何だが、世の中、なかなか儘ならないものだ。
●○●○●○●
リンちゃんは夜遅く帰ってきた。
ピヨが『おかえりなさいませリン様』って言ったので起きた。何度も言ったけどピヨの声は魔力が乗ってるからね。普通の声だったらたぶん起きなかったと思う。まぁピヨのせいにするつもりは無いんだけども。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
- ああいや、今日は早く寝たからね。
「そうでしたか、お疲れだったのでは?」
それを夜更けに帰ってきて疲れた顔をしてるリンちゃんが言うのは何か違うと思う。
- リンちゃんこそ。何かあったの?
「漸く全ての研究チームが組織としての体裁が整いまして、暫定的にあたしが責任者だった開発チームや研究部の引継ぎが終わったんです」
- へー、お疲れさま、と言っていいのかな…?
「はい、ありがとうございます。モモさんなど既に責任者が決まっていたものもありますが、それで前にお話しましたが、食品部門以外では空間操作研究部・光学研究部・竜族魔法研究部・魔力波動研究部がそれぞれ1名、射出武器開発部が2つありますので3名、そして『スパイダー』開発部には4名の責任者が居まして、」
- あー、そういえば言ってたね。
忘れたわけじゃないけど、規模的に考えたくないのでもう好きにして、って思ってる。
「はい、あと、モモさんたち食品部門の管理部4名を加えまして15名がですね、一度全員でタケルさまにご挨拶がしたいと」
- え?、お、僕に?
いやそんな、ちょっと、え?、そういうの気が進まないんだけど…。
だってもし専門的な話されたら返事できないし、がっかりされそうだしさ。
「はい、それで、タケルさまのご都合の良いときに、里のほうか『森の家』かどちらかで食事会でもという話になりまして…」
ああ、リンちゃんも分かってるんだろうね、申し訳無さそうな表情だ。
手を離れたとは言っても、俺との間で板ばさみになっちゃってるんだろうし、何だか俺のほうこそ申し訳ないと思うから、ちょっと前向きに返事しよう。
- 今はまだここのダンジョンのことがあるからね、あと2箇所だからそれが終わってからなら予定立てられそうかな。
まぁ、モモさんたちが居るんだし、まるっきり全員と初対面なわけじゃない分、少しは気も楽だからね。返事できない部分はリンちゃんに頑張ってもらうしかないけど。
情けない?、いやもうしょうがないだろう。
「そうですか!、ありがとうございます、早速伝えますね!」
と言うが早いか、いつものように片手で受話器のジェスチャーをしてから、早口で何か喋って、すぐ通話が終わったようだ。素早い。
って、夜中だけどいいのか?、いいんだろうけど。
「お早い解決をお祈りしております、って言ってました」
- あ、うん、はい。
あの5秒ぐらいでそんなやりとりが…。やばいなー精霊語。いや、考えないようにしよう。
●○●○●○●
翌朝。
川小屋のすぐ外では早朝から建築工事の音が始まったようだ。
夜間工事が無かったのと、昨日は寝不足気味だったので早く就寝したからか、皆はよく眠れた顔色をしていた。実際『よく眠れた』って言ってたし。
夜間工事をしないように、昨日シオリさんたちが打ち合わせで頼んだんだろう。何かそんなような事を言ってたからね。
俺も昨日はあれこれ忙しかったので、皆が早く眠ったのはありがたかった。
夕食後ってだいたい、入浴の順番待ちや、その後しばらくは魔法に関して『どこかおかしい所はありますか?』とか、『これこれができたんだけど見て』と、理論に関してではなく実技というか魔力操作しているところを見て欲しいと頼まれる事が多かったからね。
いつもなら入浴前に剣を振ったりすることもあったけど、今はあまり外で鍛錬というのをしづらい状況なんだ。
騎士団って言うだけあって、建設中の拠点であってもちゃんと朝晩多くの兵士さんたちが走ったり模擬戦闘をするなどいろいろな訓練をしていた。
もう解体されたけど、あの山賊集団みたいだった星輝団でも、朝晩の訓練はしていたとネリさんが言ってた。全員では無かったようだけど、参加人数に差はあれ訓練をしていたのは確か、なんだってさ。
まぁ当直だとか警備だとかのひとたちだって居るんだから、全員参加じゃないのは当たり前だけども。
俺たちが国境防衛拠点や新拠点に居たとき、日数は短かったけど、彼らから見えるところで鍛錬していると見物に来る兵士さんが結構いたんだよね。メルさんには教えを受けたいと頼んでくるひとも居た。
なので建設がある程度落ち着いてからのほうがいいだろうというのが俺たちの意見だ。というのは半分タテマエで、例の王子問題が解決…とまでは行かなくてもあちらからどういう反応があるか、様子を見ましょうということにしたからだ。
裏の川原にあった監視連中のテントは撤去されていたので、一旦撤収したのかそれとも別の形で監視をしているのか、今のところはまだ判断がつかない。が、監視を増やすのか減らすのか無くすのか、どういう方向で来るのかが判れば対処の仕方も変わってくるからね。
とにかく今はまだ、堂々と外で行動して要らぬ刺激を与えないほうがいい、とサクラさんたちも言っていた。
もちろん俺も賛成した。
でも心の中でちょっとだけ、何も恐れる必要無いのになーなんて思った。
ちょっとだけね。一瞬ぴくっと反応されて不審そうな目で見られたので違う事を考えてごまかしたよ。
「それで、今日は中央東9と10のダンジョンに行かれるのですよね?」
と、朝食前に珍しく俺の顔が見える席についたシオリさんから言われた。ちょっと驚いた。何だか皆、期待しているようなというかやる気十分な表情で俺を見ていて、返事を待ってる様子だったのにも驚いたけど。
- あっはい、そのつもりです。
「でしたら私たちも是非、同行させて下さい」
なるほど、それでか…。
でもせめて浅い階層だけでもあとどれぐらい竜族が残っているとか調べてからにしたいんだけどなー…。
- 僕もそうしたいのは山々なんですが、調査不足の状態で、
「タケル様の調査とはトカゲを数百体倒して来ることですか?」
- う…、それは1度だけ…、
「回収できなかっただけで、水攻めの時もありましたよね」
- あ…、はい1度だけじゃないです。
「昨日は急に飛び出して行かれましたね」
メルさんまで…。
「急に?、そんな事があったんですか?」
「はい、それで昼に戻られて500体以上のトカゲを倒して回収してこられてました」
「タケルさま?、またですか?」
- はい…、あ、無理はしてないよ!?、危険なことは全然ないから!
いやちょっとリンちゃんに今教えないで欲しかったよ…!
「竜族何十体が破壊魔法ズバズバ撃って来てたって言ってたよ?」
ネリさんっ…!
「タケルさま…?」
- あ、安全な距離から、安全にね、大丈夫だから!
「回避しながら戦ってたと仰いましたよね」
「回避…?」
- そりゃ安全な距離だけど正面から受けるのはイヤでしょ?、届かない距離だけど、もし届いたらって…。
「もし届いたら、ですか…」
- あ、いやそれは言葉の綾っていうもので、
「タケルさま!」
- は、はい!
「竜族の破壊魔法は本当に危険なんですよ!?、もし、じゃ済まされないんです!、過去大勢の精霊たちが命を散らしているんですよ!?、タケルさまの身に何かあったら…、あっては…、わ、我々皆が、困るんですよ…」
- あ、あのね、リンちゃん、ちょっと落ち着こう、落ち着こうな、な?
涙目で訴えるリンちゃんに皆も目を見開いていた。
俺は、まぁ何度目かなので、なんとかね。
「「リン様…」」
あ、何名かうるうるしだした。
- さっきも言いかけたけど、言い方が悪かったね、ごめん。距離もとってるし、正面から受けないようにちゃんと安全は考えてるから、大丈夫だから。ね?、俺の索敵距離、正確なの知ってるでしょ?、飛行速度、速いの知ってるでしょ?、だから大丈夫、安全なんだってば。ね?
「……はぁ、申し訳ありません、ついお見苦しいところを」
「あの、リン様、竜族の破壊魔法は光の精霊様方でも対処方法が無いのでしょうか?」
「はい、ご存知のように魔法には射程距離というものがあります。その距離で戦端が開くことになるのですが、あれは数秒と空けずに連射が可能でして、とても近づけないのでこちらも魔法で応戦するのですが、撃ち合いになりますと不利なんです。なので大規模破壊兵器を使って、広範囲を攻撃したことがあるようです」
あ、それ話していいの?、と思ったけど勇者たちだし、まぁみだりに口外はしないだろう。
「大規模破壊兵器…、ですか、どのような、とお尋ねしても?」
「詳細についてはお話できませんが、簡単に言うとこの魔物侵略地域の数倍が軽く消滅する規模のものです」
「「え…」」
「ところがそういうものを使用しても、彼らは残るんですよ」
「土地ごと消滅するような攻撃なのに、ですか?」
「人種の住んでいるこの地域全てを消滅させたとしても、竜族は残るんです。使う意味がありません」
そんな大規模破壊を何度もやられちゃたまらんね。
「そうですね…」
「ですからもうそのような兵器は使われません」
「では対処ができない、ということですか…」
「我々精霊も、竜族も、互いに相当削り合ったという記録が遺っています。そのため双方共に多くの技術や同胞、住んでいた場所が失われたようです。現在は小競り合い程度ですが、互いにうまく相手から見つからないように隠れている状態ですね」
「なるほど…」
「あたしたち人間、あ、人種って、その頃どうだったのかな?」
「人種の事はあたしは詳しくは知りません。我々精霊からは特に干渉すべき種族ではありませんが、竜族との戦闘の巻き添えで滅ぼすには忍びないと考えています。そういった意味でも大規模破壊兵器の使用はできないという事です」
あ、そんなこと言うからイアルタン教の3人がショックを受けてる…。
そういえばネリさんもカエデさんもイアルタン教だから全員のはずなんだけど、この2人は別に平気そうだな。信心深さの違いかな?
「……な、なるほど…」
シオリさんだけはなんとか言葉を搾り出した感じ。
「対処方法というと、破壊魔法の射程距離に入らず距離をとること、ですが、これもご存知のように魔法の射程距離は使用者の力量や道具によって多少の変化がありますので、破壊魔法の射程は200mと決まっているわけではないのです。何倍もの距離まで届いたという記録はありませんが、決めてかかるのは危険なのです」
ああ、確かに、飛べない竜族が撃ってきた破壊魔法は距離がかなり短かったっけ。太さも違ったけど。
「タケルさまはおひとりで、大地を損ねるような兵器を使わず、無傷でもう何十体もの竜族を倒されているんです。それがどれほど凄いことなのか、そしてその手段や方法を我々だけでなく皆様にも伝えようとされているのがどれほどの偉業なのか、もう少し自覚して下さればと思いますよ?」
- え?、あ、はい。
そう言われてもね。何とか考えてできることをやってるうちにこうなっただけ、なんだよね…。
「……それでその、話を戻しますが、同行してもよろしいのですよね?」
- あっはい、こちらこそよろしくお願いします。
この流れで言われたら断れないよね。
「ありがとうございます。それで少し考えてみたのですが…」
俺は何とも発言しづらい雰囲気のまま、シオリさんたちが考えたという中央東9と10のダンジョン調査・殲滅の段取りを聞くことになった。
次話2-105は2019年07月03日(水)の予定です。
20190627:漢字に。 きぼてきに ⇒ 規模的に
20190627:語順を訂正。
(訂正前)食品部門はモモさんたちの管理部4名を加えまして
(訂正後)モモさんたち食品部門の管理部4名を加えまして
20191212:迷惑王子関係の記述を追加。
20210113:何となく訂正。 代弁するとするなら ⇒ 代弁するのであれば