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2ー100 ~ 無意味な交渉

 『タケル様』


- はい。


 『本当に、ご自分の(うち)だけに秘めてしまってよろしいのですか?』


- ……さっきのを見たでしょう?、白旗……元の世界なら国家間の約束事として降伏だったり使者として敵陣と交渉するときに使われるものなのですが、その使者が旗捨てて襲って来たんですよ?、交渉も対話もどうすりゃいいって言うんですか?


 『はい。ええ。そのような人種(ひとしゅ)の約束事の話ではなく、タケル様に迷いがあるように感じましたので』


- んー…、はい…。


 確かに迷いはある、と思う。

 何せ言われっぱなしみたいなもんだからね。

 お前んとこ出した兵みんな全滅してんのに何上から目線で言ってきてんの?、って言い返したくもなるじゃないか。

 でもその方法がないんだよ。


 だから見なかった事にしてしまいたい。


 だって前にメルさんが衝撃を受けてたもんなぁ、魔物に知性があることにさ、魔法が使えたり組織的行動ができるってことにさ。

 でも狼など、群れで行動する動物にもそういうものはあるんだし、魔物は人を襲うんだから知性がどうたら言ってられないと思う。


 そんな、人間とは相容れない集団と交渉って無理がある。


 俺が同じように羊皮紙にカタカナで書いた旗もってダンジョンの奥までのこのこ出向くのか?

 途中の魔物、俺を見つけたら問答無用で襲ってくるんだぜ?、自殺行為だろ幾ら何でも。ヤだよ俺そんなの。


 『タケル様が全てを背負わずとも良いのではありませんか?』


- 別に背負うつもりは無いんですけどね…。


 うーん、でも仮に何らかの方法で、竜族と交渉ができたとする。

 いや、やっぱ無理でしょこれ。交渉したとして結果は変わらないんじゃないかな?


 人間側としては竜族と魔物には撤退というかどっか行って欲しいわけで、あちら側としては人間たちを従えたい、この大陸か島かわからないけど、人間たちの住むこの地を侵略、征服したいって話だろ?、そこに歩み寄れる要素ってあるか?、無いよな。


 ただでさえそこらで勝手に湧いたりする魔物の対処に追われて…、って程じゃないかも知れないけど衛兵さんたちが頑張ってて、ダンジョンなんてものまで発生したりして、そりゃこの魔物侵略地域では竜族がダンジョン作ってた可能性はあるけれど、ここにあった国は滅んだわけだし、それを食い止めるために国境防衛なんてやってたんだからさ。


 人間側に、竜族からのメッセージを伝えるのかどうかってところには迷いは無いよ。だって伝えたところでどうしようもないし、それで俺を含めた勇者たちが『竜族と戦うこと』に迷いなんて生じてしまうのは良くないと思うからね。


 俺が迷ってる部分は、俺ひとりだけがそれを知っているだけでいいのか、って事なんだ。

 先輩勇者たちと話し合わなくていいのか?、ってちょっとだけ躊躇(ちゅうちょ)したからウィノアさんにそれを指摘されちゃったってわけだ。


- 仮に、竜族と対話するにせよ交渉するにせよ、それにはもっとこちら側がせめて竜族と対等以上の立場になって、んー、竜族側がこちらを脅威だと思ってる状態じゃないとダメだと思うんですよ。


 『なるほど。タケル様がお困りではないのでしたら、お決めになる事に何ら異存はありませんよ?、ふふっ』


 ああ、そうでした。

 ウィノアさんって人種(ひとしゅ)がどうのって事には(こだわ)らないんだった。どういうわけか俺だけのため。いつの間にこうなったんだろう…。

 ありがたいやら恐ろしいやら。


 でもちょっと迷ってたのが割り切れたかな。こうして少し話して考えさせられたおかげかも。

 とにかくこんな文面が存在しようが存在して無かろうが、現状やる事は変わらない、ってことははっきりしたわけだ。


 だから見なかった事にして大丈夫!






 しかしなー、もう証拠隠滅しちゃったけどさ、何百体もの兵を送り出してからぽつんとダンジョン入り口にメッセンジャーを出しておくって、妙な話だよな。

 全滅したって知ってて出すならあんな文面はおかしいし、知らないなら相手が――つまり俺なんだけど――ダンジョン入り口まで来るなんて思うのは矛盾してる。


 だから不可解で不気味に思えるわけで、こうして入り口から300mの距離にある石の影から様子を見てるわけなんだが…。

 でもハニワ兵の足跡とかでここに居るってバレるだろうな。


 え?、なんでそんな所で様子見してるんだって?、いやほら、いろいろ矛盾してるとは言ってもせっかく書いたメッセージが届いたのかどうか気になるんじゃないかって思ってさ。

 俺のほうから1層に入って索敵魔法使うのも考えたけど、ドッキリエンカウントみたいになったら困るだろ?、それで仕方なくビビリプレイ状態なんだよ!


 そういえば腹減ったな…、もう太陽もとっくに中天をすぎてしまってて暑いのなんの。何だかんだで回収作業が一番時間かかるんだよなぁ…。


 ちゃんと石の後ろに屋根作ってるし、椅子に座ってるし小さいテーブルの上には冷えた飲み物も用意してあるよ?

 雰囲気的にはアンパンと牛乳だけど、昼間(ひるま)だしそんなもん持ってないからね。こないだ作った小籠包(しょうろんぽー)もどきでも食べようかな…。


 そうじゃなくて、周囲の地面が日光で熱せられてるから、そよ風があちーんだよ。

 氷の柱でも立てておくか?、いやそこまではいくらなんでも…、今更?、そうかも知れないけどさ。


 とか何とかアホなこと考えてたら入り口からトカゲが出て来たぞ?






●○●○●○●






 川小屋から2kmの地点、昨日ロスタニア東8と9のダンジョン処理を終えて、飛行魔法で皆を連れて着陸した場所です。


 カルバス川の北側ではなく南側なのは、タケル様(いわ)く『川小屋からは岩と木に隠れていて見えないから』という事のようですが、着陸してすぐにタケル様が造られた柱に屋根、椅子にテーブルはそのまま残っており、岩と木に合わせたのか妙に調和しているその姿は、まるで庭園にある四阿(あずまや)が、自然にできた土手の上から川原を見下ろせる位置に古くから存在していたかのようです。

 タケル様が『うん』と満足そうに(うなづ)いていたのが印象的でしたが、屋根は赤茶色、柱は薄茶色、土魔法で構成を調整してまでそのように凝る必要はあったのでしょうか…?


 ともかく、そこがリン様に川小屋から転移で送ってこられた場所で、腕輪で合図をして迎えに来て頂く場所だったのです。


 「お待たせしました。早速ですがこちらをしっかり持って下さい」

 「わ!、びっくりした…」

 「え!?、リン様!?」


 リン様をお呼びしますと(あらかじ)め伝えてから腕輪に魔力を()めたのに、どうしてそこまで驚くのでしょうか?、ネリ様もカエデ様も少し気が緩みすぎではないのかと思いましたが…。


 「あちらは移動途中の地点でお待ち頂いておりますので、すぐに戻らねばなりません」


 そう仰るといつも転移の際には渡されるおなじみのペンダントが私達の手にあることを改めて視線でさっと確認をして、リンさまは早口で詠唱を始めました。

 手に持った感触を目でも見て、そしてお互いを顔を見合わせていた私たち3人は、聞き取れない詠唱の言葉について何かを言う前に川小屋のタケル様とリン様の部屋へと転移したのでした。


 「え!?、転移魔法!?」

 「ペンダントを回収します」

 「あ、はい、ありがとうございます」


 そう言えばカエデ様は転移魔法を初めて経験したのでしたか…?

 私はもう何度目かなので、この呆れるような理不尽さにも慣れたものです。私もお礼を言ってリン様にペンダントを返しました。


 「リン様ありがとうございます、あーノド乾いちゃったなー、あ、カエデこっちこっち」

 「え!?、ちょっとネリ…」

 「ここはリン様たちのお部屋ですので、行きましょうカエデ様」

 「あ、はい」


 勝手知ったる何とやら、ネリ様はさっさと部屋を出てリビングのほうに歩いていきました。

 私達も続いて部屋を出ます。後ろではリン様が小声で詠唱を始めていました。






●○●○●○●






 出てきたトカゲ2体は周囲をきょろきょろと(うかが)ってから、ダンジョン入り口の外に立った。すぐにその後に出てきたのが例の、杖のようなものを持った竜族だった。

 あ、2体のほうも背中に羽あるじゃないか。小さいから飾りか何かだと思ったよ…、んじゃ3体とも竜族じゃん。


 やっぱり確認しに出てきたな…。


 3体は新しい足跡からこちらの方向に見当をつけたようで、3体ともこちらを見ていた。

 まぁ俺のほうはパッシブの魔力感知があるので、他に何も居ないような場所でこれぐらいの距離なら岩陰から覗き見なくてもわかる。杖もってるやつが他の2体よりも存在感あるな、魔力が多いってことだろうね。ハルトさんほどじゃないけど最初に出会った頃のネリさんぐらいはありそうだ。

 その杖もったやつが他の2体に何か言ってるような動きをしてる。


 3体ぐらいなら襲ってきても一瞬で無力化できそうだけど、一応こっちもハニワ兵を2体増やしておこう。1体だけは例の結界を表面に貼り付けて俺の映像を投影しておく。

 だって破壊魔法怖いじゃん。


 お?、2体を前にして3体ともこちらにゆっくり歩き始めたようだ。


 こちらも3体を岩陰から出して、岩より少しダンジョン側に歩ませた。もちろん俺は椅子に座ったまま、声で指示をしたんだけどね。


 するとあちらは200mの距離で停止した。

 杖のような棒を横に置いて、両手(?)を上げて何か口をパクパクさせている…、が、『カカキッキケカコ』みたいにしか聞こえないな。


 しばらくそういうことをしていたが、両手をあげたポーズのまま、首を少しふって項垂(うなだ)れた。たぶん、言葉が通じないんだってわかったんだろうな…。

 そもそも音域が違いすぎるんだよ。言葉以前に使ってる周波数が違うんだから通じるわけがない。


 それにその竜族が会話しようとしているのはハニワ兵なんだしさ。

 もちろん岩陰に隠れてる俺には少なくとも声として聞こえてない。


 さて、このシュールな状況、どうすればいいんだろうね?


 中央のやつが杖を拾った。まさか交渉決裂で戦闘開始か!?、と思って席を立って逃げる準備をしようとしたら、その杖で地面に何か書き始めた。

 もしかして地面で筆談しようってことなのか?


 マジだった…。


 書いたものをその杖で示して、3体とも後ろに下がったぞ?、読めってことか…。

 えーっと、逆向きだから読みづらいけど、見に行かなくてもわかった。カタカナだし、でっかく書いてくれてるからね。


 『ケイコク ハ ヨンダ カ?

  ワレワレ ノ ヘイ ハ ドウ ナッタ?』


 まずは質問か。まぁわからんでもない。

 答えをどうするかなー、1つ目のほうはすっとぼけるか。

 無かった事にしたからな!


 ハニワ兵にカタカナを書け、なんて無理だろうしどうしよう?

 模写ならできるかな?


 ポーチから羊皮紙を出して、カタカナで返事を焼き付け、俺のふりしてるハニワ兵を呼んで渡して、この通りにでっかく地面に傷つけて来いと棒と一緒に渡した。

 頷いたってことはできるってことだろう。マジ高性能だな。


 もう岩陰に俺なり誰かが潜んでるってバレバレだろうけど、しょうがない。

 返事を書き終わった俺のふりしてるハニワ兵が戻って来た。

 それにあわせてあちらも返事を読みにきたようだ。


 これは時間がかかりそうだなぁ…。


 あ、書かせたのは『シラナイ。キエタ。』ね。


 返事を読んだ竜族は『は?』って言うような表情をした。いやトカゲの表情なんてわかんないけど、愕然(がくぜん)って言葉が合ってるような雰囲気なんだよ。


 それでまた書いてから下がり、そのまま3体とも背を向けてダンジョンに帰って行った。

 帰しちゃって良かったのかな、とも一瞬思ったけど、さすがに攻撃するのは何となくためらわれた。


 さて、今度のは長いな…、えーっと何々…?、


 『ヒトガタ ノ マオウ ヨ

  コウショウ ハ ケツレツ シタ

  ワレラ ユウシャ ガ オマエ タチ ヲ ホロボス ダロウ

  ヨ ノ コトワリ ニ ソムキ マ ヲ アガメル シュゾク ニ ワザワイ アレ』


 ふーむ、何だかなぁ…、相変わらずの魔王呼ばわりか。

 『我等勇者が』ってのは妙だな、『我等の勇者が』ならわかるけど、まるで勇者があっちにも複数いるみたいじゃないか。居るのか?、こっちの勇者も複数いるように。


 だとすると、あっちも同じように死んでも復活するってことか?、あ、死ぬ直前に転送されるんだから厳密には死んでないんだけどさ。復活してまた来るならそれは厄介だぞ?

 お互い様かも知れないけども。


 今まで竜族を倒して、それが消えたなんてことは無かったと思うので…、あー、でもわかんないんだよね。ボス的に1体しか居なかったのなら消えてないってはっきりしてるんだけどさ、複数居たりした場合、だいたい遠くから撃ち落してるわけだしさ、その時に混じってたら1体消えてたなんてことがあったとしても気付かない。

 天罰魔法の時だったりしたら、他のトカゲも無残なありさまだからね、飛び散ってたりするし、そんなの何体あったとか確認しないし、どのパーツがどれとかわからないからね。


 ま、まぁ、居なかったってことにしよう。これから注意してればいいさ。


 それと、ちょっと気になったんだけど、ダンジョンに引っ込んでいった連中は、他の地域の竜族と連絡ができるんだろうか?

 もし、連絡手段が今回見つけたような鳥の魔物を通じたものだけだったら、鳥さえ見逃さなければ他所に連絡なんてされないんだから…、いや、俺だって24時間監視してるわけじゃないし、居ない間に鳥を飛ばされてれば連絡されちゃうのか…。


 入り口を封鎖していても、破壊魔法で穴あけられちゃうだろうし、うん、連絡とられるのはしょうがないな!


 あ、そうすると竜族が大挙して襲ってきたら交渉決裂させた俺のせいってことにならないか?

 いやいやそれは極端だろう。どうせ襲ってきてたんだし、交渉なんて言ってたけど実際あんなもん交渉になってないじゃないか。無茶言うなよって話だよ全く。


 とにかく今日何度目か思ったことだけど、俺のやることは変わってないんだ。余計なイベントだった。別に知らなくても問題なかった。うん。

 魔物は倒す。竜族も倒す。変わってない!、勇者だの魔王だの、どっちでもいいさ。


 そう言えばさっき、『魔を崇める種族』って言ってたけど、精霊さんのことなのかな?

 酷い言われようだな、イアルタン教。


 『立場が変われば見方も変わるものですよ』


 あ、声に出てましたか…、すみません。

 でも確かにそうだ。






●○●○●○●






 「あ、あのっ、はじめまして!、カエデと申します!、このたびはお会いできて光栄でございますです!」

 「え?、何なのこの子は、ちょっとサクラ、何とかして!」


 本当に数分で戻られたリン様が、何事も無かったかのように『スパイダー』の中に転移で戻られ、扉を開けて外のハニワ兵を片付け、また中に戻って『お待たせしました』と仰って運転を再開したのがついさっきの事だ。


 「い、いえ、全然お待ちするほどのお時間ではありませんでした…」


 というシオリ姉さんの返事は『スパイダー』の室内に溶けて消えてしまったかのように空振りをしたが、私としては姉さんの80年前の愚痴がそこで中断したので実にありがたかった。


 そしてネリを監視する目的で川小屋の外にいた影の者らのことなど全く気にしない様子で川小屋の前に停車し、扉が開いたので外にでた私と姉さんの目の前に居たのがカエデだった。それがそんな様子だったのだ。


- 何とかしてと言われましても、カエデが話しかけてるのは姉さんですよ?


 「あ、あのっ、何冊もお話を読みました!、中でも好きなのはこの『氷雪の勇者姫』です!、できればここにサインを頂ければ幸いです!」

 「ひっ!?、それって出版を差し止めたはずの…!、さ、サクラ!、お願い!」


 カエデとの間に私の腕を引っ張り、私の後ろに隠れようとする姉さん…。

 私にこの状況をどうしろと?


 「あれ放っておいていいんですか?」

 「面白いからもうちょっと見てましょうよ、ぷぷっ」


 川小屋の戸口のところでネリが人の悪い笑みを浮かべて話しているのが聞こえた。メル様は苦笑いのような複雑な表情だ。

 実は戸口と言っても扉はない。暖簾(のれん)のように短い布が垂らしてあるだけだ。


- カエデ、とりあえずは川小屋に入ろう。戻ってきて早々にそのようなことを言われても困るだろう?


 「あ、そうですね!、すみませんつい舞い上がっちゃいまして…!」


 後ろではリン様が無言で『スパイダー』を収納し、そのまま川小屋へと入って行った。

 それを何となく目で追ってから皆を(うなが)した。


- さぁ、とにかく中へ。ほら、姉さんも。


 「え、ええ」


 どうしてか私の腕を抱き締めたままの姉さんを連れて川小屋の入り口へと歩き出した。背丈があまり変わらないせいで姉さんは背を(かが)めているからとても歩きづらい。

 カエデは後ろからにこにこと笑顔で付いてきているようだ。


 中に入ると食卓のところにネリとメル様は座っていた。

 何となく同じテーブルに着くのを避けて、右手奥のソファーのほうに行くことにした。カエデもこちらに、向かい側に座った。


 「私は部屋で少し休むから」


 そう言って逃げるように、いや、(まさ)に逃げたのだろう姉さんを目で追いかけてから軽く溜め息をつき、カエデに話しかけた。


- 済まんな、シオリさんがあんなで…。


 「い、いえ!、戻られてすぐでこちらも失礼だったかと!、きっとお疲れだったのでしょう!」


 それにしても意外すぎる。何度かカエデとは会ったことがあるが、このような面もあったのだなと驚いた。


- それで、姉さん、いえ、シオリさんにサインをとの事だが、良ければ私から伝えようか?


 「は、はい!、よろしくお願いします!」


 と、本を差し出すカエデ。


 「シオリ様とサクラさんって親しいんですね」


- え?、いやまぁ親しいというか何というか…。


 別段、隠しているわけではないが、私がティルラ王国に所属を決めた頃、現ロスタニア王の戴冠式があり、ティルラ王国から王弟殿下や高位の貴族が参列するのに同行したのだ。

 その時にシオリさんと初めて会い、短い期間ではあったが先輩勇者としていろいろお世話になったのだ。

 それから魔物侵略地が活発化するまでの間は、何度かロスタニアに行き、勇者としての指導を受けた。

 カエデはその事をハルトさんから聞いていなかったのか。


 「でも姉さんって呼んでおられるようですし、サクラさんのこと呼び捨てておられましたし…」


 何だか(うらや)んでいるような雰囲気だ。

 あまり羨ましがられるような関係でもないと思うのだが…。


- 私が勇者になって暫く経ってから、短い間だが何度かロスタニアに身を寄せていた事があったんだ。カエデとハルトさんの関係のようなものだぞ?


 「あ!、そうですね、私もハルトさんのことは父親みたいなものだと思っていましたし、勇者の先輩にお世話になったりするのって普通ですよね!、そういえばサクラさんのことも本で読みました!」


- え!?、これにか!?


 「あ、いえそれとは別の本で、あ!、持ってきてるんですよ!」


 言うが早いかソファーの横に置いてあった背嚢をごそごそと探し始めるカエデ。自分のことが書かれている書物に興味が無いわけではないが、今それを渡されても困るとも言いづらいので見守るしかない。


 「へー?、サクラさんのことも本になってたんだ…」

 「ホーラードの書庫にもありましたよ、タケル様以外の勇者様は多かれ少なかれ書物になっています」

 「え?、あたしのもあるの?」

 「もちろんあります。まさかご存知無かったのですか?」

 「うん、知らなかったよ…、だってあたしなんて大した活躍してないし…」

 「んー…、勇者様方の前では(はばか)られるのですが、一般に広く勇者様のことを知らしめるためのものですので、実際にご活躍したかどうかはあまり…」

 「そうなの?」


- ああ、私もそう聞いているから読んだことは無かったんだが…。


 どんな風に描かれているか気にならないわけでは無かったが、気にしても仕方が無いし、わざわざ探してまで読む気にはなれなかったというのが正直なところだ。

 すぐに入手できるような機会があったわけではなかったしな。


 「はい、ですからもし身に覚えのない事が書かれていたとしても…、その…、あくまで宣伝のためだということで…、気になさらないほうがよろしいかと…」

 「ふぅん…、でも」

 「ありました!、こちらです!」


 ネリが何か言いかけていたが、カエデが背嚢から取り出した何冊目かを私に差し出したので言うのをやめたようだ。


- ありがとう、うーん…『秘剣!、闇を切り裂く勇者の剣』…、これはまた何とも恥ずかしい題名だな…。


 「それ、商売敵を盗賊を使って襲わせていたエチゴヤって商人を成敗するお話でした!、こうやって刀を構えて悪者をばったばったと倒していく姿がかっこいいんですよ!」


 それは何ていう時代劇なんだろうか、そもそもそんな商人を成敗した覚えなんぞ無い。


 「へー?、サクラさんそんな事してたんだ…」


- いやそんな覚えは…、


 「それにネリも載ってたよ?」

 「へ?、あたし?」

 「うん、サクラさんの弟子として活躍してたよ?、うそだーあいつこんなかっこよく無いよ、って笑いながら読んだけど」

 「何よそれー」

 「ですから、そういうものなのですよ」

 「そうですね、最近の勇者物って内容はいい加減です。名前だけ使ってるようなのばっかりなんですよ。でも古くからあるのは実話が多いんですよ!」


- そうなのか?


 「そなの?」

 「うん、ハルトさんも言ってたけど、実話が多分に混じってるから全部がウソだとは言い(がた)いんだってさ」

 「へー」


- ではこの『氷雪の勇者姫』は…。


 「はい!、実話です!、あ、それ勇者姫シリーズなんですよ!、他にも『霹靂(へきれき)の勇者姫』とか『雷光の勇者姫』とか!、あ、私が一番好きなのはその氷雪ですね!」


 霹靂と雷光は同じものじゃないのだろうか?

 あと、どうして実話だと言い切れるのか…。

 メル様の表情を見ると、それにもかなり脚色や粉飾がなされているようだが…。


 裏表紙を開いてみると、白紙のページの次にロスタニア王室とホーラード王室編纂の記載があり、それぞれ印璽(いんじ)に使われている紋様(でざいん)が描かれていた。

 こういった書籍には、印璽そのものではなく模写をした紋様を描いてその代わりとする慣わしとなっているので問題は無い。


 秘剣のほうも裏表紙のほうから開いて見てみたが、ティルラ王室とホーラード王室編纂の記載があった。

 なるほど、勇者に関する書籍にはホーラード王室も関わっているのだな。だからメル様が知っていても不思議は無い。それであの表情なのか、理解した。


 それにしてもシオリ姉さんが逃げるぐらいなのだから、この本には一体どんなことが書かれているのだろう?


 このまま読まずにサインしてもらうべきなのか、それとも読んでから姉さんにサインをしてもらうべきか、悩ましいところだな。






●○●○●○●






 すっかり遅くなってしまった。


 中央東10のほうには今日はもう足を踏み入れる気が起きなかったが、東9のほう、帰り(ぎわ)に見ると入り口付近には何も居なかったし、水が流れ込んだのもちょっと気になったんで、ちょっとだけ覗いてみることにしたんだ。


 もう既に午後に入って日も傾きかけていたから、遅れついでにというのもあるけどね。


 1層は流れ込んだ水のせいでぬかるんでいて、何も居なかった。だからいつもの飛行魔法のまま境界を越えて2層に少しだけ入って、索敵魔法を使い地図を作った。

 2層も1層と同じように、巣部屋がつながった構成になっていたが、トカゲは少なく奥の方の巣部屋に2体程度ずつ、合計8体程度しか感知にひっかからなかった。

 なのでさくっと倒して回収し、そのまま3層も覗いてみることにしたってわけ。


 3層はひとつの大きな空間で、町の廃墟と草原がある層だった。

 そこには角イノシシの集団と、町の部分にちらほらトカゲたちが居るという程度ではあったが、とりあえずそこまでで引き返すことにした。


 その3層だけど、鳥も数羽だけど居た。町の部分に固まっていたのでこちらに気付いた様子は無かったが、引き返したのはそいつらに気付かれるのを避けたためだ。

 まぁ気付かれたところで大したことはないと思うけど、一応ね。






 それで川小屋上空まで戻ってきたら、川小屋周辺にはティルラ王国の紋章を掲げた兵士たちが到着していたようで天幕やテントなどの設営と本部らしき小屋の建設が始まっていた。

 どうやら川小屋の東に拠点を設けるつもりらしい。


 しかし急いで用意できた資材はそれほど多くは無いようで、先ほど索敵魔法で調べたところ、2つのティルラ防衛拠点や新拠点と、この川小屋の間を輜重隊(しちょうたい)らしき馬車がいくつか移動しているようだった。


 意外と馬車の数、結構あったんだな。


 川小屋を監視している連中は、川原の生簀(いけす)近くに堂々とテントを作っていたが、それとは別の兵士らしき人が魚を()っては本部近くの調理場として使っている場所へ運んでいるようだった。


 あ、本部の前にビルドさんが居る。あの人もここに出張ってきたのか…。


 鷹鷲隊(おうしゅうたい)の黒い甲冑が見えないところを見ると、彼らとオルダインさんはまだ新拠点に居るようだ。


 川小屋の結界はそのままなので、上からこっそり潜り込むことにした。






 「おかえりなさいませ」


- ただいま。外がえらい騒ぎになってるね。


 「はい、それで結界をどうしようかタケルさまが戻られてから相談しようと思っていたところでした」


 それでリビングに皆が居るのか。と、ちらっと視線を巡らした。


- ハルトさんは?


 「ハルトさんは東側の国境防衛だそうです」


- あ、そうなんだ。


 「詳しくはカエデさんにお聞きしてください」


- うん、わかった。それで結界をどうしようって?


 「はい、ここがティルラ王国の拠点になるのでしたら、川小屋自体をどうするかというのがひとつ、ネリさんの監視についてはどのみち川小屋自体には入れませんので結界は解除してもよろしいのではないかと」


- それで皆の意見は?


 「まず、結界の解除については他人が入れないのであれば問題はないとの事です。川小屋自体については、その、ここが無くなると住む場所に困るというのと、ネリさんの問題もありますので残して欲しいという事でした」


 あれ?、川小屋を撤去するって話はどこからでたのかな?


- リンちゃんは川小屋を撤去したいって思ってるってこと?


 「結界を解除すると、ウィノアの泉や裏手の洗濯設備など、あまり一般には見せてよいのか判断しかねるものがありますので、いっそのこと川小屋自体を撤去してしまうことも考慮したほうが良いかも知れませんとお話をしただけです」


- ああ、そういう事。んじゃ結界を解除する前に洗濯設備は室内にしてしまおうか。物干し台は周囲を壁にして周りから見えないようにすればいいかな?


 「泉はどうしましょう?」


- そこは中庭みたいに壁で囲んでしまおうか。木が見えるのはしょうがないとしてもさ、像があって飾りつけがあるんだから信者の兵士さんたちに見つかるとしょっちゅう誰かが拝んでるってことになりそうだし。


 「…そうですね」


- シオリさんたちには不本意かも知れませんが、いいですか?


 「司祭としては甚だ不本意ですが、事情は理解していますのでそれでお願いします」


 サクラさんとメルさんも頷いているので、壁で囲んでしまっていいようだ。


- んじゃリンちゃん、手間かけるけどそうしてもらえるかな?


 「わかりました。それとタケルさま」


- ん?、まだ何か?


 「予定よりかなり遅く戻られた事について、皆様がタケルさまのお話をお聞きしたいと仰ってます」


 うへ…。それで何だか皆がじーっと俺を見てるのか…。


- あっ、はい…。


 「特に、タケルさまが本日大量に回収されたトカゲの死体について、だそうです」


 そうリンちゃんが言った瞬間、皆の視線が厳しさを増した気がした。


- はい…。


 それってリンちゃんが話さなかったら皆は知らなかったことだよね?

 リンちゃんのリュックやエプロンのポケットとに俺のポーチが繋がってるのが裏目に出てしまったか…。

 どうしてリンちゃんそれ皆に言っちゃったのさ…。


 竜族との無意味な交渉の件は伝えないことに決めたけど、そんなのより、こっちをどう言い(つくろ)うかが問題だ…。






次話2-101は2019年06月05日(水)の予定です。


(作者補足)

 シオリはロスタニアでは名誉司教という肩書きを使っていますが、川小屋の祭壇(ほこら)など小神殿というカテゴリーの管理者としては司祭という立場です。

 ややこしいかも知れませんが、イアルタン教ではいくつもの小神殿を束ねる教区の管理者が司教で、教区内にあるそれぞれの祭壇を管理するのが司祭です。そういった神官ランクとは別に、名誉司教や従軍司祭などの役職があります。


 シオリは神官ランクで言うと司祭の資格を、司教の仕事もしているので役職として名誉司教の称号を持っています。

 彼女がロスタニアに来た時には称号のみ与えられ、義務も仕事も資格も無かったのですが、何年もかけて学び、努力して現在の地位を得たのです。



20190531:誤字訂正。

 (訂正前)川小屋へを入って

 (訂正後)川小屋へと入って


20191112:あとがきに補足を追加。

20230518:サクラ視点の箇所で、カエデに対する敬語を削除。ついでに文章を追加。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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