2ー099 ~ 使者
空中戦?、そんなことを考えたこともありましたね。
言ったろ?、蹂躙だって。ただの虐殺とも言うね。
あー心が痛むわー、知性がありそうな生命体400体に竜族20体全部倒してしまうだなんてー、まぁ今更だけどね、生かしておくと人間の町や村が襲われるわけだしさ。言ってみりゃ害獣駆除みたいなもんだ。
あー回収だるいわー、でかいやつは入らないからって取っ手代わりにロープ結んで入れてるけど、余計めんどくさいわー、何で俺こんなお金にもならないことやってるんだろう?
でも死体を放置するよりは、あるいは死体を埋めたり焼却処理したりするよりは、後々を考えるとこうして苦労してでも回収したほうがいいんだよなぁ…。420体かー、一気に全部並べて渡したら普通にただのイヤガラセだよな。何度かに分けるかしないと。
こういう時は、ただただ黙々とやるか、下らない事でも考えながらやってたらいつの間にか終わってたりするんだよな。
あ!、そうだハニワ兵つくって持ってこさせよう!、10体ぐらい作るか。
よし!、行けハニワ兵!、トカゲの死体持ってくるんだ!、ゴーゴー!
あ、キミちょっとこのロープででっかいサイズのやつは結んでね。
結んだらロープをこの短剣で切って、これ鞘ね、首から提げてあげるから。
すげーなハニワ兵。命令したらちゃんと頷くのな。離れてたら片手あげて合図するしさ。『ヴァ』とか言ったりはしないけど。
穴ぽこ3つとちょっと盛り上がってるだけの鼻なのに、見慣れてくるとなんだか可愛く思えてきたし。
あ、引きずって来るのかと思ったら持ち上げて持って来てる…。
ああ、2体で1匹を持ってくるのか、連携か、んじゃハニワ兵増やすか。
いやーしかし全部きれいに倒せて良かったよ。途中面倒になって天罰魔法使おうかって考えたけど、やらなくてよかった。あれ使うと死体が焦げるわ飛び散るわで臭いが酷いんだ。
そりゃまぁ、頭撃ち抜いて倒しても、多少は汁なり排泄物なりが出たりすることもあるので、臭いことは臭い。でもこれぐらいならだいぶ慣れたのもあって耐えられる。そりゃずーっとこれが続くのはイヤだけども。
そしてハニワ兵が持ってきて尻尾の先や取っ手のロープを差し出すのを順番にポーチに入れていく作業を、俺はいつものように土魔法で拵えた屋根の下で、テーブルに飲み物を置いて椅子に座り、黙々と続けたのだった。
●○●○●○●
「え?、ハルトさんなら東側のトルイザン連合王国との国境に行ってるけど?」
大岩拠点に到着して歩哨の兵士に本部の場所を尋ね、そちらへと歩いて行く途中でカエデ様にお会いできました。
まず私から挨拶をし、それで用件をと考えていたのにネリ様が『あ、カエデ、ハルトさん居る?』と、まるで友人と世間話でも始めるかのような気安さで言ってしまったのです。
私は驚いてネリ様を見ましたが、すぐにカエデ様が特に隠すようなそぶりすら見せずに、同じように気安く返されたのがこのお言葉でした。
「えぇ~?、なんでそんな遠いとこに居るの…?、遠いじゃん…」
何だか勇者様にご質問をして、などとここに来るまで走りながら考えていたのがバカみたいです…。
「そんなこと言われても…、トルイザンのほうで不穏な動きがあるからって事らしいんだけど…」
「それだと川小屋へ来てもらえないじゃん…」
「だってもうこっち側って魔物来なくなったじゃないの。安全になったならハルトさんが居なくても大丈夫って事なんだろうと思うよ?」
「まだ大きいダンジョン2つ残ってるのにぃ?」
「大きいの?」
「え?、…たぶん…」
ネリ様…。
「たぶんじゃだめじゃん。タケルさんはまだ調べに行ってないの?」
「あ、さっき出たとこ」
「そんな、出前じゃないんだからさー」
「あ、カエデ様それは本当です。昨日カルバス川を挟んで北側のダンジョン処理が全て終わった所なのですよ。それで今日タケル様が残る中央東9と10の2つのダンジョンへ調査に向かわれたのです」
このままネリ様に任せていたら話が進みそうにないので、もうこの流れに乗ることにしました。
「そうでしたか。『ホーラード王国そしてメルリアーヴェル殿下にはこちらの国境防衛に多大な貢献をして頂いた事にハムラーデル王国として篤く御礼を申し上げる』とお伝えして欲しいと伝令越しではありますが言われていたのでした」
「あ、いえ、それは、」
急にそういう事を言われると困るのですが…。
「正式な使者がティルラ王国経由で向かっているそうですよ」
「そうですか、それなら今ここで私が返答すべきことではありませんね。時にカエデ様、先ほど『トルイザン連合で不穏な動き』と仰っておられましたが…」
勇者は特別な場合を除き、国家間の争いにおいて片側の戦力としては動かないと聞いたことがあるので、少し気になり尋ねてみました。
「あーそれは大分前から言われてたんですけど、トルイザン連合ってあまり協力的じゃないっていうか、うちとあまり仲良く無いって言うか、そういうのもあって、国境防衛に力を入れてたんですけど、それが功を奏したって言うのかな?、ちょっと前から魔物が来る頻度が上がってきたんですよ」
「ほう」
「元々ちょくちょく魔物は来てたので、昔から拠点作ったり壁作ったりしてたわけですけど、それで調査させてくれってトルイザン連合に申し入れをしてたんです。でも全然返事が無くて、何せ国境の向こう側だからこっちも人を送るわけには行かなくて…、それで国境を越えてくる魔物の分布を調べて、こっち側と比較してみた王都の偉いひとが、『ダンジョンがあるんじゃないか?』って言い出したんです」
だとするとトルイザン連合側は一体何をしていたのでしょうか…。
「ダンジョンってそんなすぐに魔物が溢れたりしないってタケルさんが言ってたよ?」
「うん、だからかなり前からあったんじゃないかって話」
「それでハルト様がそちら側にという事ですか…」
「はい。こちら側が安全になったと報告をしたのがハルトさん率いる連絡隊でしたので、そのままハルトさんだけあっち側に行く事になったようです」
そういう事なら仕方ありません。
タケル様も『無理にハルトさんを連れてくる必要はありません、カエデさんだけでも連れて来てもらえれば充分ですので』と仰っていましたから。
「なるほど…、」
「そっちの勇者って会ったこと無いけど、そんなの放ったらかして何してんのかな」
「私だって見たこと無いわよ、でも国境の向こうの事だし…、一応は街道もあって時々商隊が行き来する程度だけど、あっちの事わかんないのよね…」
「トルイザン連合側の人々に被害が出ていなければ良いのですが…」
「そ、そうですね…」
カエデ様は驚いたような表情で同意をした。
驚くようなことを言ったつもりは無かったのですが…。
「ふぅん、クリスって人だっけ?」
「誰が?」
「トルイザン連合の勇者」
「何であんたがそんなこと知ってんのよ?」
「シオリさんが言ってたから」
「シオリさん、ってロスタニアの『杖の勇者』の!?、なんで?、なんでアンタがロスタニアの希望って言われてるような大物と話せるのよ!?」
あのシオリ様はそんなこと言われていたのですか…、確かにシオリ様やハルト様が登場する書物はかなりありますし脚色が多いというのも知ってはいましたが…、実物を知ってしまった今となってはそれらはほとんど脚色と装飾と妄想で作られていたのだと…、いえ、それは今考えることではありませんね。
「あたしだって話したくて話したわけじゃないもん…」
ああ、確かにネリ様はシオリ様とはあまり折り合いが良くありませんでしたね。と、その時のことを思い出しました。今になって思えば、あの時のシオリ様はかなり冷静さを欠いていたように思えます。
おそらくタケル様に飛行魔法で連れて来られたのが原因でしょうね。あのひとは無自覚にいろいろとやらかしてしまわれる傾向がありますので、魔法系勇者としての誇りや自信その他を粉砕されてしまったために、何か縋るものがないと精神的にお辛い状態だったのでしょう。お気の毒に。
現在はもうそのような事も無いように見えますので、落ち着いたのか心に折り合いがついたのでしょう。
「な、何言ってるのよ!、簡単に会えるような立場の人じゃないのよ!?、ロスタニアの全国民から慕われてる、ロスタニアのし、至宝なのよ!?、奇跡の体現者って書いてたし!、それを…、それを…、…ネリのくせに!」
それはその書物が盛り過ぎなのでは…?
そしてそれは涙目で憤るような事なのでしょうか…?
「えぇ~、そんなこと言われてもタケルさんが連れてきたんだし、あとしばらく川小屋に居座ってたよ?」
「え?、川小屋ってあの橋渡ってすぐのとこの?」
「うん、あ!、リン様とサクラさんがシオリさんを迎えに行ったんだった」
「迎えに…?」
「うん、ちょっとロスタニアに戻ってたんだけど、今日迎えに行ってもらうってタケルさんが…」
「わ、私もいいかな!?」
「へ?、何が?」
「川小屋に…」
「川小屋に?」
「シオリさんが来るなら私も行きたいって言ってんの!」
「あ、ああ!、あ!、ハルトさんが捕まらないならカエデでいいから連れてきてって言われてたんだった!」
ああ…、ネリ様そんな言い方をしたら…!
「私でいいから…?」
「うん」
「ですって!?、ハルトさんの代わりってのは光栄に思えばいいんでしょうけど、『カエデでいいから』ってのは無いんじゃない!?」
「お待ちください!、カエデ様!、タケル様は決してそのように仰ったわけではありません!、ハルト様とカエデ様おふたりが望ましいのですが、ハルト様が無理ならせめてカエデ様だけでもと仰ったのです!」
ネリ様に掴みかかろうとしたカエデ様の腕を急いで押さえ、何とか言い切りました。危ないところでした。でもこのおふたりなら別に掴み合いの喧嘩になっても問題ないような気もします。
前に一度見てる事でもありますし。
でも余計な時間が掛かってしまいそうですから止めて正解でしょうね。
「あ、そうなの?、じゃなくてそうでしたの?、んじゃネリの言い方が悪いってことね、全く、こいつめ」
「いてっ、何すんのよ!」
「何すんのじゃありませんよネリ様。カエデ様がお怒りなのも道理です、もう少し考えて喋って下さいよ、あれではタケル様までが悪者にされてしまいますよ?」
「あ…、うん、ごめんなさい」
「私じゃなくカエデ様に謝って下さいよ…」
「えぇ~?」
「えーじゃありません!」
「はぁい…、カエデごめん、言い方間違えた」
「あー、もういいわよ。それで?、私も行っていいってこと?、ですか、殿下」
「はい、是非とも。ですが殿下は勘弁してください。できればメルと呼び捨てで」
「え!?、いやそれはさすがに…」
「メルさんでいいじゃん。あたしもメルさんって呼んでるよ」
「所属じゃない国の王族にそれはどうなのよ」
「だってメルさんがー」
「あのっ、私がそれでいいと思っていますので!」
「そう?、ですか?、では私もメルさんで、よろしいのですか?」
「はい。それでお願いします」
カエデ様はその後は特に用事もないということで、私たちと一緒に川小屋へ行くことになりました。
本部でここの責任者に行き先を告げてから着替えなどの荷物を用意してきますと言って、そのまま少しこの場で待たされたのですが、その間にネリ様はちゃっかりテーブルと椅子を土魔法で作って座っています。
そして寸暇を惜しんでか、タケル様がそうしておられたように、手のひらの上に小さな土球を作って浮かせ、動かしたり止めたりをしているのです。
テーブルに頬杖をついているという態度は良くありませんが、時折難しい表情をしてもうひとつの土球を浮かせて2つを制御しようとしているのを見ますと、その熱心さは見習わなくてはならないなとこちらも気を引き締めようと思います。少しだけ。
それにしても、川小屋で普通に話しているときは気楽でいいのですが、どうしてこの人は別の場所で口を開くとこうも精神的に疲れることにばかりなるのでしょうか…?
確か、ネリ様は、鍛錬を欠かさず寡黙でサクラ様以外とはほとんど話をせず、サクラ様のような男性言葉ではありませんが同じように気高く勇者としての仕事を確固たる意志で遂行する人物だと王城ではそう噂されていたように思うのですが…。
一体誰の話なのでしょうね…、ふふっ。
「ん?、ネリさん思い出し笑い?、何を思い出したのかなー?」
「余所見してていいんですか?、土球がそっちに転がって行きましたよ?」
「え?、あ!、まてまてー」
テーブルから落ちて地面を転がって行く土球を、席を立って追いかけるネリ様。
魔力感知で見ると、その土球はまだ少しですがネリ様が動かし続けているように見えるのですが…、まずその風魔法の制御をやめないと…。
「え、ちょ、なんでこの子は逃げようとするの!?」
一旦捕まえたのに、手を開いてまた転がって行ったようです。
●○●○●○●
やっと終わった。
きれいさっぱり、でもないか。ちょっと何かの汁のあとがところどころあるせいか、変な臭いが漂っている。
そのうち雨でも降れば、ってこの地域は雨少ないんだっけ…。ま、まぁそのうち消えるんじゃないかな!
20体のハニワ兵たちには『ご苦労さん』って一声ずつかけて解除していった。
だって連れて回るわけには行かないじゃないか。重いんだよハニワ兵って。中身みっしり詰まってるんだからさ。
さて、中央東9のほうはもう少し放っとくとして、東10のほうだな。1層ぐらいは地図を作っておきたいからね。
早速いつもの飛行魔法で飛び上がる前に、行動の合間合間でクセみたいになってる索敵魔法を使ったところ、上空を旋回するやつが複数いた。
こいつさっきの鳥じゃないか?
いつでも飛び上がれるように障壁を張って、それと安全策でゆるくて薄い結界の網を張って観察してみよう。
時折高度を下げて…、ん?、結界表面が微妙に波打つみたいな……?、何だろう…?
あ、また…、別のやつか。
うーん……、風の振動でも変化しちゃうな、これは改良の余地が、あ、風の振動じゃない変化があるぞ?、虹みたいに色が時々…、風でも大きく揺れた場所は同じように屈折が変わって色が変化してるようだ……。
あ、そうか結界の網が薄くて積層だから表面に力を受けると光の屈折が変わって色が見えるのか。ってことは音波でも受ければ変化するってことか。って、音なんて聞こえないぞ?、……超音波か!、トカゲ同士の通信のやつだ!、こいつらトカゲと会話できるんじゃないか!?
あー、道理で高度を下げて嘴を動かしてるわけだよ。
これは何匹…じゃなくて何羽いるか知らないけど、見つけたら殲滅決定だな。
よし、倒そう。
結構でかい鳥だった。ついでに言うと動物型の魔物だった。空中で撃ち抜いたら墜落して、途中で何か分離したなって思って探したら、取れた角だった。指先ぐらいのサイズのものだった。こんなのもあるのか…。
この角、生の角ほどじゃないけど微弱な魔力を感じるのでポーチに入れずに皮袋に入れて持っていこう。ポーチとは反対側の腰にくくりつけて…、と。よし。
そういや魔物って人間見つけたら襲ってくるんじゃなかったっけ?、鳥は別なのかな?、それとも竜族に従ってるからか?
何にせよもうこいつらの形は覚えたので、索敵魔法で引っかかったら最優先で駆除だな。
空中から索敵してみたけど、もう鳥は居ないようだ。これでもう連絡されることは無いだろう。
東10ダンジョンの入り口上空から見下ろしてみたが、入り口付近には何も居ない。400体以上も出したんだから周囲は安全だと思ったのかな?、そうやって油断してくれてるなら楽なんだけどね。
着地して入り、地図を作成。うん、やっぱり巣部屋がいくつもつながってる構造か…、でもトカゲが留守番程度のしか居ないな。15部屋で2体ずつだから30体か。
んー、ついでだしこれぐらいなら走り抜けながら全部倒せば2層の地図がつくれそうだ。
●○●○●○●
「え?、ハルトも呼ぶのですか!?、リン様!」
「ええ。タケルさまが仰るには、ハルト様のご都合が良ければの話だそうですが」
残る2つのダンジョン、中央東9と10は、ロスタニア東8と9と同じかそれ以上の規模であると予想されるので、周辺各国の勇者で協力してこの地最後のダンジョン処理をしたい。それによって周辺各国が等しく成果を得ることができ、今後のこの地を協力して開発や防衛などを行っていくことができるだろう、というタケルさんの話を『スパイダー』で移動中に説明した。
リン様から少し補足説明があったが、運転中なのに完全にこちらを向いておられるのは大丈夫なのだろうか?
「……私がハルトと協力…?」
- まだハルトさんがここに来ると決まったわけでは…。
「サクラ、貴女知ってたならもっと早く言いなさいよ」
そう睨まないで欲しい。
- ですが姉さんが『そろそろ川小屋には戻る予定だった』って言うから…。
「う、それはそうだけど、ハルトが来るなら……」
- 『杖の勇者』と『剣の勇者』どちらか居ればいいって事ですか?
「そうは言わないけど……」
歯切れが良くない。こういうシオリ姉さんは珍しい、と思うのは今までを知っているからだが、タケルさんと行動するようになってから時々こうなる事があるように思う。
リン様が精霊様だから遠慮しているのだろうか?
ふとそう思った私は姉さんの耳元に口を寄せて小声で尋ねてみた。
- (小声で)もしかして、リン様に聞かれてはまずい理由でしょうか?
「せ、精霊様に聞かれて困るような事なんてあるはずがないでしょう!」
私を突き飛ばすように押し、声を荒げる姉さんに少し驚いた。
- だったら何なのです?、ハルトさんと昔何かあったのですか?
「……はぁ…。サクラ、勇者がどうして各国ばらばらに所属し、それぞれで行動するようになったのだと思う?」
- それは…、活動費用を各国で負担するためと…。
「それは表向きの理由ね。『勇者の宿』を拠点にして、それぞれの国が依頼をして勇者を派遣するのが最初だったの」
- そうだったんですか。
「その方法だと、勇者同士の連携は取りやすい反面、遠方の国からすれば依頼にも派遣にも時間が掛かりすぎるでしょ?、だから各国は勇者を自国に勧誘しようとしたの」
- それが、王子王女を宛がって篭絡しようとした、という話の理由ですね。
「ええ。でもその前に、若い王女に懐かれて言いなりになってしばらく『勇者の宿』に戻って来なかったのがいたのよ」
- それがハルトさんだったんですか…。
「そうよ、そのせいで王子王女を宛がえば勇者を自由にできると各国が勘違いしてしまったの。つまりその後のあれこれは、言わばハルトのせいというわけ」
- それは些か短絡的すぎませんか?
「ええ。普通ならそうでしょうね。でもヨーダの説得で戻ってきたハルトは、送られてきた王子王女たちに協力して勇者が各国に散ることを是とし、ほぼ現在の体制や約束事を勝手に決めてしまったのよ」
なんと…、そうだったのか…。
- 勝手に、だったのですか?
「ヨーダとカナは当時から仲が良かったの。その2人を除外することで最初は反対していた2人もハルトの側についたわ。当時の勇者は6人、そのうち行動力のある年長の3人がハルトとヨーダとカナよ。その時は私はまだ8年目で魔法もまだ覚えていなかったから勇者としては弱かったし、この世界に来て間もなかったロミとクリスはどうしていいかわからなくなっていたの」
それはまた、どうしようもない状態だろうと思う。
以前少し当時のことを話してくれたことがあったが、この世界に来て10年以上の差というのはかなり大きかったと言っていた。
その時はあまり詳しくは聞かなかったが、なるほどそういう事情だったのか。
- なるほど…、でももうそれはどうする事もできなかったのでしょう?
「そうね。だからもう反対するよりも、紹介された王子と仲良くその国に所属すればいいと思ったわ」
- それが、ロスタニアだったんですか。
「……当時のロスタニア第一王子だったわ……」
- それでロスタニアに…。
「ところが、あろうことかその王子、ロミを連れて逃げたのよ!?、当時あの女は12歳だったのよ!?、私に惚れただのと愛を囁いたのは全部嘘だったのよ!、最低の少女趣味野郎だったのよ!」
もはやそれはハルトさんは無関係では…?
それも80年以上も前の話では……?
一体どこまでそんな恨みを持ち続けているんだろう、少し執拗過ぎるのではないか…?
などと言えるはずもなく。
- はあ、そんなことがあって、どうしてロスタニアだったんです?
「は?、『勇者の宿』に残った私のところにロスタニアの使者が謝罪に来たのよ」
- と、当然でしょうね。
それはまぁ当然の成り行きというものだろう。
しかし何なんだろう、ハルトさんはもう無関係もいいところではないか。
80年越しの愚痴を聞かされている私は一体どうすればいいのだろう?
「それでロスタニアに地位と役職を用意するから当初の予定通りロスタニアに来て頂けないかという話だったわ。私も宗教に生きるのもいいかな、なんて思っていたところだったのでその話を受けたの」
ああ、それで名誉司祭…。
- そうだったんですね…。
「それからは神殿の書庫に篭って、そこにあった古い書物で魔法を覚えて…、勇者で唯一、攻撃魔法が使える…、なんて、今では恥ずかしくて言えないけれど…」
懐かしい話をしたせいか遠い目で『スパイダー』の窓の外を眺めている姉さん。
こんな愚痴、言う相手なんてその80年間に誰も居なかったのだろうな…。
聞かされたところでどうしようもない過去の話なのだ。
「呼ばれているようなので、行って来ますね」
と、リン様が『スパイダー』を停止させ、扉を開いて言った。
- え?、ここはどこなんですか?
「川小屋まで凡そ20kmの地点です、周囲に魔物は居ませんが護りにハニワ兵を2体作っておきます。大丈夫です、数分で戻りますので」
- はあ…、わかりました。
返事をするとリン様は『スパイダー』を出て扉を閉め、あのごつくて銀色の防具を装備したような形のハニワ兵を2体、見る間に作り上げてから、転移魔法だろう、しゅっと消えてしまった。
それを見送った私達2人は何となく顔を見合わせたが、まるで電源が入ったかのように急に姉さんが喋り始めた。
「そうそう!、とにかくロミがアリースオムで女帝なんて自称してるのも、クリスがトルイザン連合王国に囚われたのも、ヨーダとカナが死んじゃったのも、ハルとナツが死んじゃったのも、元を辿れば全部ハルトのせいってことなのよ!」
- ……えー?
「もう、えーじゃないでしょう!、何を聞いていたのよ!?、いい?、事の始まりはハルトが――――」
また最初から言うつもりなのだろうか…、こういうのは正直勘弁してほしいのだが…。
●○●○●○●
やっぱり巣部屋同士通路がたくさんつながってるってのは厄介だ。
走りながらすぱすぱ撃って倒して行ったんだが、倒したのを回収せずにいたのが悪かった。全部倒してから回収すればいいやなんて思ったんだけどなぁ…。
異変を感じたのか移動したやつがいたようで、警戒音を出されるわ2層に伝えに行ったやつが居たわで、結局入り口まで撤退して空中に逃げたところだ。
しょうがない、2層は入れなかったが東9のほうの様子を見てから、入れなければ帰ろうかな…。
東9も10も、1層だけは地図を作れたんだし、東10のほうは外に出てきた400体と竜族20体、東9のほうはちゃんと数えてないけど100体以上と竜族が3体か。それだけ減らせたんだから上出来とも言えるだろうね。
東9の上空に到着する前に、ダンジョン入り口周囲にトカゲたちが今度は半円じゃなく円形に幾重も囲んでいるのが見えた。死体はまだそのまま残っているようだが。
そしてその上空10mほどの高さに竜族が10体も浮いていた。
こっちは上空500mまで上昇して移動してるので、まだ発見されてはいないようだ。
あの鳥の魔物って、どれぐらいの高さまで上がれるのかは知らないけど、地上を警戒している様子だった旋回時は、だいたい10~30mぐらいの高さを飛んでいた。
え?、ああ、索敵魔法でだいたい距離ってわかるんだよ。感覚的なものだけど、これまで地図をさんざん作ってきたので、慣れたのもあってほぼ正確だと思う。
そう言えばダンジョン内の空間って天井まで20mってのが定番だった。
もしかすると竜族ってあまり高く飛べないんじゃないか?
鳥の魔物ならもっと高度とれそうだけどさ。
まぁそういうのもあって、500mぐらい高度をとってれば竜族の攻撃も届かないだろうし、鳥の魔物だってここまで上がって来ないだろうっていう考えなんだ。
東9の上空に到着したので索敵魔法を使ってみたところ、入り口周囲に布陣しているトカゲは200体、竜族はさっきも目視で数えた通り10体だった。その背中に鳥の魔物が乗っていて、今しがた飛び立って旋回を始めたようだ。
まだ鳥の魔物いたのか…、ってことは全部倒してもまだダンジョン内に居ると考えていいだろうな…、偵察用飛行ユニットってのは面倒だからさっさと処理してしまおう。
幸い、竜族と同じで10羽しか出てきていないので、これはもう発見されないうちに倒すに限る。
と言うわけで少し高度を下げつつ鳥と竜族を撃ち落とした。
あ、下のトカゲたちがパニックになった。
そりゃ上司が上にいたのに墜落してきたらそうなるよな。
ま、目下の脅威はもう無いので、パニックだろうが何だろうが順番に、あ、上見て槍(みたいな棒)でこっちを指し示して警告音出してるやつがいるな、倒そう。
あー、連鎖したみたいにこっちみてるやつが増えていく。
あ!、ダンジョンに戻ってったやつを見逃してしまったじゃないか、まずいな。
いや、まずいのか?、分からないけど今は外のやつを全部倒そう。
反撃されるような事も無く出てる分は全部倒したんだけど、こっち側は中からまだ出てくるなら地上で回収作業ができないな…。中に戻ってったのがいるからね。いつ出てくるかがわからないんだよね。
距離をあけて、いつでも逃げられるようにしてハニワ兵に死体もってこさせるか…?
それとダンジョン入り口を土魔法でフタをして…、竜族が破壊するか…。
うーん、大量の死体をそのまま放置するのはなぁ…、火葬するのも大変そうだし、などと考えている間に出ているトカゲは全部倒したが…、どうしようかなマジで。
下に降りるのもちょっと怖いしな…、あの破壊魔法、魔力の奔流が結構凄かったし、ちょっと結界を多重展開しても耐えられるかどうかわからないしなぁ…。
やっぱりこの下の死体を回収するにせよ処理するにせよ、全部倒してからじゃないと安全に作業ができなさそうだな…。困ったもんだ。
『お困りですか?』
- え?、あ、うーん…。
『お困りですね?』
- いやまぁ、そうとも言いますが、まぁその…。
『お困りなんでしょう?』
前回はごまかせたけど、今回は無理そうだ。正直に言おう。
- ええまぁ、そうですね。
『お手伝い致しましょうか?』
- えーと、具体的には?
『そうですね、下の大量の死体を安全に回収できれば良いのですよね?』
- そうですね…。
『では川のほとりでお待ちくだされば、何とかしますよ?』
何とか、ってw
でも時間が経過して傷んでしまってからでは処理も大変だし、この際だからお言葉に甘えてしまうか…。
ロスタニア東8と9のときは水攻めしてくれたわけだし…、そういえばその対価というかお礼に夜間飛行するって言ったの、まだやってないな。
- あー、はい、わかりました。お任せします。
『ふふっ、お任せされましたー』
と言う返事と共に、空気が妙な振動をし始めた。これは何かヤバいぞ!?、急いで川のほとりまで逃げよう!
川のほとりまで10kmほど、とにかく急いで逃げてきたが…、西のほうから暗雲としかいいようがないものが空を覆い始めてあたりが暗くなった。
ちょっと洒落にならん。天候操作なんてレベルじゃないぞこれ!、いいのか!?
そして中央東9ダンジョンの方角からドドドドとかゴゴゴゴとか聞こえるんだが、これって元の世界でゲリラ豪雨だの集中豪雨だのの数倍どころじゃない量の雨が降ってるんじゃないか!?、この水どこからきたんだよ…?
と思ったら見えていた雲がすぅっと消えて音が止んだ。
え?、どゆこと?
『はーい、順番に回収してくださいな』
わ!、びっくりした。だから後ろから抱きつかないで下さいって。
俺の周囲の水っていつもウィノアさんの魔力まみれなんだから、水のところで急に顕現されても気付きにくいんですってば。
そっと抱きつかれたひんやりする手をはがして後ろをみると、川面にトカゲと竜族の死体がずらーっと並んでいた。
- なるほど…、水かけて転送したんですね。
『ぴぽぴぽ~ん、正解です。ささ、魚のエサになる前にお早くどうぞ』
はいはい。やりますよ。あ、ハニワ兵を作ってロープ結ばせよう。
そしてまた回収作業の始まりだ。
ふと川面を見ると、浮いてるトカゲの死体は水でできたいくつもの手で支えて運ばれていた。シュールを通り越してホラーだ。こわっ!、一瞬背中がぞくっとした。
と思ったらウィノアさんがまた背中から抱きついていた。
- いや、だから抱きつかないで下さいって。背中が冷えるじゃないですか。
『ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ、タケル様は冷たいですよ』
冷たいのはアナタのほうですよ…。なんて返すのはちょっと癪なのでスルーしよう。
びっしょり濡れた死体をせっせと回収した。
俺もハニワ兵たちもびしょ濡れになったが、彼ら(?)には問題ないようだった。
もしかして水中でも稼動可能なのか?、高性能だなぁほんと。
それで回収したトカゲの死体だけど、これ拠点で兵士さんたちのところに並べるとき、濡れたままなんだろうな、やっぱり。
川の水が少し生臭いような気がしたので、回収作業が終わってハニワ兵を解除してから、自分を洗って乾かそうとしたらウィノアさんがざばーっとやってくれた。
ウィノアさんに洗ってもらうと何かほんのりいい香りが残るので、今回ばかりはそれがありがたかったからお礼をちゃんと言っておいた。
『あら珍しい、タケル様のお役に立てて嬉しいですわ、ふふっ♪』
と言ってすすっと近づいて俺の腕を抱き締め…、また腕が完全にウィノアさんに埋まってしまっていたが、彼女(?)の気が済むように少し待ってから『埋まってますって』と注意して離れてもらった。
天候を弄ったり死体を転移したりと、やってることは豪快なんてレベルじゃないぐらい凄まじいものだが、実際助かったしありがたかったのは確かだ。
こんなの近隣に誰か住んでたりしたら大変だ。
もうちょっと加減ってものを知ってくれてもいいと思う。
●○●○●○●
とりあえず戻る前に索敵魔法を使ってみた。
ダンジョンの周囲がどうなったかを見ておいたほうがいいからね。
地形が変わってたとか川が増えてたとか、そんな事になってなくて良かった。
東9の入り口には相当量の水が流れ込んだようなあとが残っていたが、さもありなん。そりゃ地面に斜めになって空いてる穴ぼこなんだから、流れ込むだろうね。
本当に中央東9ダンジョンの周囲数百mだけに豪雨を降らせたようだった。
索敵魔法だからこそわかる、きれいに半径300mだけが少し削れていた。
濡れている範囲はもう少し広いみたいだけども。
器用なことするなぁ、さすがは水の精霊と言ったところだろうか…。
しかしあんなほんの1分ぐらいで地面が削れるほどの豪雨って…、ちょっと恐ろしいものがあるな。
と、中央東10の入り口のところに、トカゲらしき魔物が1体だけ出ているようだ。
上空から少し様子を見るとしよう。
見ると、棒に50cm四方ぐらいのサイズの白い布のようなものをくくりつけている。
旗?、え?、まさか白旗か?、遠目でよくわからないけど薄汚れているようにも見えるな…、白旗だと言われればそうかなって感じか。
白旗って、国際条約とか戦時規定とかそういうのが機能してなければただの旗でしかないはずなんだけど、この世界にそんなのあるのか?
今すぐ尋ねられるのってウィノアさんぐらいなんだけど、そんな人種の約束事なんて気にしないだろうなぁ…。
どうするか…。
もしあれが、ただのジャイアントリザードじゃなく竜族に成りかけみたいなやつだったら、もし回復魔法を使っていた個体と同じなら、破壊魔法が使えるかもしれない。
そんなのの前にのこのこ白旗を信じて近づくなんて危険すぎるだろう。
あ、そうだ。覚えたてだけど結界に映像を投影する魔法があるんだった。
身代わりにハニワ兵を使おう。そして胴体の表面に結界を張ってそこに俺の姿を投影して近づけてみればいいな。そうしよう。
俺のサイズに近くしたせいでいつものハニワ兵よりも小型だ。
そして結界に投影してるだけだから動かない映像だけどね。
そんなのが近づいていく絵面は中々シュールだけど、なぁに相手はトカゲだし、まぁいいだろう。
空中からゆっくりとその俺型ハニワ兵を降ろして、あとはトカゲに近づいて行くように命令してあるんだけど…、あ、トカゲが気付いたっぽい。
旗竿捨てて四つん這いになって走って向かってきたぞ?、やっぱ白旗の意味ないじゃん…。
あと、映像を投影した結界って意味なかったようだ。ハニワ兵だけでもたぶん襲ってきたんだろうし。
そしてその勢いのまま襲い掛かってカウンターパンチでぶん殴られて即死かー、ちょっといつもより小型だけどやっぱハニワ兵強いな。
んじゃま、周囲には何も居ないし回収しとこう。
そんで気になるのはあの旗だよな。
ハニワ兵の結界を解除して、命令して取ってきてもらった。
えーっと、何だこれ…。布じゃないな、動物の皮をなめしたものだな。羊皮紙みたいなもんか。それに何か下手な字で書かれてる。
それは日本語のカタカナでこう読めた。
『ヒトガタ ノ マオウ ニ ツグ
セカイ ノ ハシャ ワレラ リュウゾク ニ シタガフ ベシ
シタガヘバ コノチ ノ ハンブン ヲ クレテ ヤロウ
シタガハザル トキ ハ コノチ ノ ヒトゾク ニ ミライ ハ ナイ
カノチ ノ ヒトゾク ノ ヤウニ スナ ニ ウモレ ホロビル ダロウ』
なんだこりゃ…。
こういうのは有利な立場で言うもんじゃないのかな…?
100年かけた侵略地をひと月ほどで取り返されたやつの言うことじゃないよな。
だいたい『半分をくれてやろう』って魔王が言うならわかるけど、魔王に言うか?、逆じゃないか?、何でこんな突っ込みどころの多いものを…。
『カノチ』ってのは『彼の地』って事なんだろうね。どこの事を言ってるのかさっぱりわからないけどさ。
ま、とにかくこういうのは他のひとに見せたところで混乱を招くだけだし、置いといても使い道がないからこの場で焼いてしまおう。証拠隠滅だな。
(作者より)
タケルが「加減を知ってくれてもいいと思う」なんて、お前が言うなってやつですね。
次話2-100は2019年05月29日(水)の予定です。