2ー098 ~ どことなく憎めない
- あ!、あいつら生簀から魚とって食べてやがる!
しかも生簀の脇で焚き火かよ…!
全く、しょうがない連中だな…。
朝起きて、そう言えば監視の連中まだ居るかなって索敵魔法を使ってみると、強かと言うか図々しいというか、河原の生簀から魚をとって焚き火で焼いて食べてるのを見つけたというわけ。
生簀の取水口はまず上流側に向けて斜めに細い壁があって、生簀との境目はトンネル状にしてある。トンネルの出口は少し段差があるので、そこから普段でも魚が入ってくるようになってるんだよ。
排水側は網目になってるから出られない。
だから追い込み漁のようなことをしなくても、普段から少しずつ魚は貯まっていくようになってる。
「申し訳ありません…、あそこはホームコアの結界範囲から外れていますので…」
俺がつい声に出してしまったので、リンちゃんが申し訳なさそうに俺の着替えを手渡しながら言った。
- あ、いや、リンちゃんのせいじゃないし、しょうがないよ。
「ですが…」
- あの連中だってお腹は空くだろうし、持ってきた食料ったって大したものじゃないだろうからね。それに、そういう構造にしたにせよ、勝手に入ってきてる川魚だから諦めもつくってもんでしょ?、あと、こっちはもう川魚は売るほどあるんだしさ。
「はぁ…、まぁそうですね…、でもさっきのタケルさまはまるで盗まれたような仰りようでしたよ?」
- う…、まぁ確かに、明らかに人が作った施設から無断でとって食べるってのはやっぱり悪い事だと思うよ。うん。
「そうですね」
俺が彼らを批判したり同情したりと、ころころ言い方を変えるのがおかしかったのか、俺が着替えている間ずっとにこにこしてた。
もう慣れたんでどうでもいいけど、相変わらずのノーパン生活なのでズボンを穿き代えるとき、こないだまではリンちゃん後ろを向いてたのが、もう今はガン見なんだよね。
いや、別に集中して見つめられているわけじゃないからガン見じゃないけどさ、何だかなぁ、って。
そりゃ俺だって見せ付けるようなマネは絶対しないし、後ろを向いて穿き代えるよ?、それに先にシャツのほうを着替えるから裾で隠れてる。だからケツが丸見えってわけじゃ無いんだよ。
ところが俺よりリンちゃんのほうが身長の差で視点が低いので、半分…?、までは行かないか、まぁちょっとぐらいは見られてるような気がする。ちょっとぐらい別にいいんだけどね。
何て言うのかな、正しいメイドの態度っぽいといえばそうなんだろうけど、正しいのか?、いやまぁそこは見解の相違ってものがあるだろうから今はいいとして…。
前は俺が着替えるときって、それが上半身でも、あっち向いてくれてた奥ゆかしさというか初々しさみたいな、そういうのが無くなってしまったんだなぁ、っていうさ…!
「……?、あの…」
え?、見かけは少女だけど中身はアレなんだからそんなもんだろうって?、いやいや精霊さんと人とは年齢比較できないんだってば。だってモモさんなんてどう見ても近所の優しい美人のお姉さんだよ?、少年時代の俺だったら挨拶なんてされたら顔真っ赤にして野球帽――そんなの持ってなかったけど――の鍔で顔かくして持ってたボール落として走って逃げそうなさ、そんで落としたボールやバット踏んですっ転んでお姉さんに優しく介抱されんのな、そんな物語とか成人向けのシチュエーションになりそうな憧れのお姉さん的な魅力たっぷりのひとがだよ?、そのアレの3倍ぐらいのアレだよ?、ふつー人間そんな長生きできないんだし、比較できないんだってば。
だいたいそんなこと思ってしまったらこの目の前の可愛い生き物を素直に愛でられないじゃないか。
「むー、う…、え…?、タケルさま?」
あ、でも俺が着替え始める時、くるっと後ろを向いて見ないようにしてくれてるその仕草は良かったなぁ、スカートの裾がふわっと広がるのもポイント高いと思うよ、うん。
「あ、あの、洗濯物を…」
そう、朝の用事をしてくれてる時って、袖をまくってるんだよね。それがまた何とも良い。肘を少し曲げて両手を軽く差し出してるからその白くて細くて…、あ。
- あっはい、これね。
何故か少し頬を赤らめてるリンちゃんが俺の手から洗濯物をひょいひょいと取って小走りで部屋を出て行った。
何だろう?、ああそう言えば俺の考えてるのってだいたい雰囲気は伝わるんだった…。でもリンちゃんが赤面するようなこと考えてたっけ…?
まぁいいか。早朝鍛錬でも…、あ、ホームコア結界の外なんだっけ、いつも剣を振ってた場所って。
川小屋の前に作ってあるテーブルと椅子、それから横のウィノアさんの泉とそこそこでかい木、裏は河原に下りるスロープとその上の物干し台、それらが結界に包まれている範囲だ。広いと言えばいいのか狭いと言えばいいのかわからないね。
ピヨ用地獄の特訓コースは昨日出掛ける前にリンちゃんが更地にしていた。
そこは範囲外らしい。だからいつも剣を振ったりしてた場所も範囲外。
何でも、『ウィノアの木の高さの分、横のサイズがとれない』んだそうだ。設定をすれば広くとれるけど、その分消費も格段に増えるとか何とか。まぁそのへんはよく分からんのでリンちゃんの判断に任せるしかないんだが。
でも、橋からまっすぐ川小屋の前を通るような角度で造ってしまっているので、そこを結界が遮るようだと連絡隊の兵士さんたちが結界にぶつかったりして困るだろうから、それを考えるといい感じの結界範囲じゃないかなーなんて思ってる。
そういやリンちゃんってウィノアさんの泉のところの木のこと、『ウィノアの木』って言うのな。それを聞いた信者2名がはっとした表情で、何やらこそこそ話していたから、もしかしたらそのうちあの木に何か宗教的な飾りがつくのかも知れない。
あの木っていつの間にか、さもそこに最初から生えてましたよ、みたいな顔で、あ、顔は無いけど、地面に張ってる根とかの雰囲気ね、それで気付いたら泉とともに在ったんだけど、何なんだろうね?
いやほら、ウィノアさんの仕業だってわかってるけどさ、どっから持ってきたんだろうとか、何の木なんだとか、虫落ちてきたりしないだろうな?、とかさ、現れた当時はそういう風にいろいろ思うところもあったんだよ。
今はもう好きにしてくれと、気にしない方針だけども。
昨日の夕食のときに話題に出たんだけど、俺が戻るまでの間に川小屋の外に出てその監視の連中の様子を覗ってみたらしい。
リンちゃんから『外から見るとただ川小屋があるだけにしか見えませんよ』と聞いたようで、安心(?)して確かめに出たんだってさ。
何でも周囲の状況によって結界表面に投影してるんだとか言ってた。すごいな。まるで光学迷彩だよね。例の多重なんとか結界の研究チームがそれら既存の技術を結界に応用したものだとか何とか。なかなか面白い技術なのでこっそりその結界魔法の魔力の流れを観察してみると、光魔法を中心とした複雑に編まれた魔法だった。
再現するのに結界内側ぎりぎりのところに座って観察しながら練習してたらお風呂の順番だってリンちゃんが呼びに来てさ、『何やってるんですかタケルさま…』って呆れられたけどね。
それで風呂に浸かりながら練習してたらウィノアさんが『こうですよ』って丁寧に教えてくれたんで早く覚えられた。
まぁそれはともかくとしてサクラさんとネリさんの話では、連中4人は結界に沿って地面に線を引き、2箇所ほど棒を立ててから草がかたまって生えてるところまで離れたんだってさ。ほんの150mぐらいなんだけどね、川小屋からの距離って。
その草って、高いものでも膝ぐらいまでしかないから、そこで寝転んでいても普通に丸見え状態なんだよね。あれかな?、隠れてるんじゃなくて、土の上よりも芝生の上に寝転びたいようなそんな感じかな。
こっちから手を振ってみたらしいけど、全く気付く様子もなかったそうだ。でも大きな音を立てると反応があったんだってさ。足音や話し声ぐらいなら聞こえていないようだったとも言っていた。
逆に、あちらの話し声もこちらには聞こえない。
おそらく、多重なんちゃら結界の影響で、音がかなり減衰しちゃうんだろうと思う。
元の世界にあった分厚いガラスや、割れたときに破片が飛散しないようにフィルム貼ってあるガラス窓とかが、普通のガラス窓よりも外の音を遮断するってのと同じようなもんだろう。
皆が入浴中に俺が外でごそごそしてたときには、2名が残って2名はティルラ拠点のほうに走って移動中だった。それでその残った2名はさ、携帯食だろう干し肉やスティック状のものを皮水筒の水でもそもそ食べて、その草のところで横になったり座ったりしてた。スティック状のやつ、カロリーの友みたいなやつかな?、でもあれほど味はととのえられていないようで2人は美味しくもなさそうにすぐに水筒に口をつけて、干し肉の欠片で口直しをしているような雰囲気だった。
そういえば罰ゲームにあれを水なしで何本か食べるってのがあって、何て恐ろしいことを考え付くんだ、って小学校の時にそれを聞いて驚いたっけなぁ…。ついでにその罰やってるやつに変顔したり面白いことを言って笑わせてたっけ。
まぁそういうことをするやつは、粉だろうが給食の牛乳だろうが顔面にまともに食らうリスクがあるってことを身をもって知ることになるんだが…。粉はともかく牛乳ってあとで雑巾がめちゃくちゃ臭くなるんだよな、おかげでいい加減な連中が掃除したあとって、廊下とか、傘立てなんかがスゲー臭くなって、迷惑だなって思ったもんだ。
特にうちの小学校では雑巾を干す場所ってのが他になかったんで傘立ての横棒に雑巾が干されててさ…、置き傘に付着してたりして、いざ急に雨になって使うときに広げたらすっげー臭かったことがあった。結構気に入ってた置き傘だったから、悲しくて泣きそうになったよ…。
え?、そりゃ捨てたよそんな傘。だって洗っても臭いが取れねーんだもん。ってか洗って干したら余計臭くなって、イラっときてつい乱暴にごしごしやったら傘の骨が曲がっちゃってさ、もういいやって捨てたんだよ。まぁ今ならもうちょっとやり方もあるんだけども、小学生なんてそんなもんだろ?
●○●○●○●
結局外で日課の訓練はできなかったので、俺はリビングのソファーでリラックスしたような体勢でビー玉サイズの土球や水球をぐるぐる回していた。
外の泉のところで朝のお祈りをしていたらしいサクラさんとメルさんは、リビングでそんなことをしてる俺をみて、自分たちも魔力操作の訓練をしようと思ったのか、何故か俺の向い側に座って小さな土球を作ってやり始めた。
サクラさんはまだ飛行魔法の基礎その1が上手くできないのか、作って浮かせた土球を安定させる練習のようだ。ときどき土球がひゅんっとすっ飛んで行って、それを拾いに行ってる。一度こっちに飛んできてびっくりして障壁で受け止めたので、また飛んでこないかちょっとビクビクしてる。
「あっ、すみません!」
「それでもその回転が乱れないのはすごいですよ…」
- 大丈夫ですよ、これぐらいで飛行中に乱れたら危険でしょう?、だからお気になさらず。
「はい…」
「あ…、そうですね、申し訳ありません…」
何故かメルさんは頬を染めて謝っていた。
一瞬何で?、って思ったけど、もしかしたら前に身体強化ONでしがみついたせいで飛行途中に大岩の上へ緊急着陸したのを気にしてるのかな?
あの時はまさかそんなことされるとは思ってなかったし、肘んとこがみしっとか言ってすげー痛かったからね。
もう慣れたので大丈夫。おかげでいい訓練になったと思うことにしてる。
その後すぐにネリさんが目をこすりながらリビングに来た。どうやら不安からあまり眠れなかったようだ。俺の横に滑り込むように座って、『変な夢ばっか見て何度も起きた』とか言ってた。
でもすぐにピヨが飛んできて、それも土球と水球をそれぞれ1つずつだけど目の前で回転させながら、『ようやく飛びながら前方に魔法展開をすることができるようになりました!』って叫びながらだったので、皆もピヨにすごいすごいと褒めるのに忙しくなった。
俺も『そうか、頑張ったね』って褒めたんだけど、当のピヨは俺の目の前、つまりテーブルの上にすぅっと着地して、
「もったいないお言葉でございますぅ…」
とテーブルの上で平伏(?)した。小さな2つの球はそのままころりぺちゃりとテーブルに落ちた。
「え?、ピヨちゃんどうしちゃったの?」
「急に具合でも悪くなったんですか?」
「タケルさん、ピヨちゃんが…」
もう皆は訓練や悪夢どころじゃなくなってピヨを心配しだした。
- あ、いや、心配するようなことじゃないみたい。ピヨ、どうしたんだ急に。
「そのように複雑なことを平然となさっているタケル様の前でみっともなく浮かれていた私めの何と未熟なことでしょう、気を引き締めて頑張りますので見捨てずご指導をお願いします」
「え、ちょっとピヨちゃん何て言ってるのタケルさん!」
- あ、揺らさないで、落ち着いてネリさん。
ピヨは平伏したまま妙なこと言ってるし、ネリさんは悪夢がどうの言ってたのに元気になって俺の肩を掴んで揺らすし、正面の2人は心配そうにピヨを見てるし、もう何なんだよこれ…。
俺も球の操作をやめてテーブルの上に作って置いてた箱に水球以外の球をじゃらっと入れてから、何とかひとつずつ順番に説明をし終えたところでリンちゃんが『朝食、もうできてますけど…?』と食卓のところから声を掛けてくれた。
『もう』って言ったよね?、だったらもうちょっと早く助けてくれないかな…。
●○●○●○●
朝食後に今後の予定を話した。
残るダンジョンは2つ。中央東9と10については一度俺がひとりで行ってそれぞれの1層部分だけでも地図を作っておきたいと話した。
例によってリンちゃんやメルさんが反対したが、何もダンジョン内部全てを見て来るわけでも殲滅しにいくわけでもないってことと、リンちゃんとサクラさんにはロスタニアの拠点に行ってシオリさんを連れてきて欲しいこと、それと、メルさんとネリさんには大岩拠点のカエデさんに連絡をして欲しいことがあるというお願いをして何とか引いてもらった。
まず、リンちゃんとサクラさんのほうだが目的は複数ある。
ひとつめは、これでロスタニア側はダンジョン処理が終わったことになるのでその話をシオリさんを通じてロスタニア王に伝えてもらう事。それによって今後、ロスタニアはカルバス川の北側に拠点を築き、さらには移民をするなりしてこの魔物侵略地域を開拓・開発していくことになるんだろうと思う。
それとシオリさんを連れて来てもらうのは、もちろんダンジョン処理の手伝いをしてもらおうという意図もあるけれど、この川小屋という場所に複数の国が絡むことで、例の迷惑な王子からネリさんを護れる手段のひとつとなり得るだろうという考えからだ。
もうひとつ、ダンジョン処理を全て終わらせたときに、各国所属の勇者たちのおかげですと言えるので、それぞれの国としても顔が立つというかまぁ、平たくいうとメンツが保たれるし祝賀もしやすいだろうし、と、まぁだいたいそんなところだ。
この地域の分割統治だの何だの、そんなのは各国のエライ人たちで勝手にやってくれればいい。でもそこにはある程度均等な功績というか、あまり極端な格差のない状態が望ましいんじゃないかな、と思うんだよね。
「タケル様がそこまでお考えだったとは…」
「それで私達に魔法が使えるようにして下さったのですか…」
「タケルさん…ぅ……」
メルさんは両手を胸の前で組み目を輝かせて言い、サクラさんは心底感心したかのように目をうるうるさせて手で口元を押さえていたけれど…、違うからね?
ふたりとも、今にも跪きそうな雰囲気だったけど、食卓で喋ってて良かったよ。椅子に座ってるからね。
ネリさんは項垂れて唸ってるみたいだけど…、まぁいいか。
サクラさんが宥めるようにネリさんの背中や頭を撫でていたからね。
- あ、いやそれはたまたまで、最初からそんなこと考えてたわけじゃないんですよ…?
実際、俺ひとり+リンちゃんだけで、ああ、メルさんは付いてきてたんだろうけども、それだけではもっと手間も時間もかかっただろうし、周囲の国々への連絡のことだってある。ダンジョン処理だって手伝ってもらえるようになって、だいぶ楽にもなったしいろいろと助かってるんですよ、と言っておいた。
「タケルさんなら何だかんだひとりで全部やっちゃいそうな気がするよ?」
などと鼻をずーっと啜って鼻声で暢気に言うやつも1名いたが、後頭部をサクラさんに叩かれていたのでデコピンは勘弁してやった。
で、『カエデさんに連絡を』と言ったのは、もちろん連れて来てもらっても全然構わないし寧ろ先の理由で歓迎なんだが、どちらかというとハルトさんに来てもらいたいんだよね。だからハルトさんが今どこで何してるのかっていう情報を、カエデさんが持ってないかなって、それを尋ねてきて欲しいわけ。
もし遠くに居るのなら、ちょっと飛んで連れて来てもいいかなって勝手なことも考えてる。それも距離次第、ハルトさんの事情次第ではあるんだけども。
人選にはちょっと悩んだんだけど、ロスタニアには誰か勇者が一緒のほうがいいし、シオリさんはロスタニアでは地位が高いので乗り物で迎えに行くほうがいい、ということで運転できるリンちゃんに、誰か勇者が、となるとサクラさんしか居ないんだよね。
別にネリさんが頼り無いって言ってるわけじゃないけれど、当人が嫌がったってのもある。まぁわからんでもない。サクラさんも自分しかいないと納得してくれたし。
カエデさんのほうは、まぁ別に乗り物じゃなくてもいいかなと。
乗り物の話が出たとき、『あ、じゃあ小型スパイダーで?』って言ったやつが居たが、『壊したらここを追い出されるんだぞ?』と隣から言われ、メルさんからは『自力で走ったほうが良さそうです』と、ぼそっといわれて悄気ていた。
あと、メルさんとネリさんには鍛冶職人さんから受け取った鉄製の弾をそれぞれ200個ずつ渡した。
- 魔法の射程外への攻撃手段として渡しておきます。基本的にはいつもの石弾と同じですが、最初は石を飛ばす練習をしてから遠くに的を作ってやってください。
「これは…、…!、よろしいのですか?、貴重な弾なのでは…?」
「わぁ、弾だ、実弾だ、へっへへー」
- 真面目にやらないなら回収しますよ?
「ちゃ、ちゃんとやりますってー」
- その弾は重さなどに慣れるためにもときどき浮かせたり動かしたりしてみて下さいね、全部を持ち歩く必要はありませんが、何個かポケットなどに入れておいてもいいかも知れませんね。
メルさんは神妙な顔つきで頷き、何個かを腰の財布代わりの小さな皮袋に入れていた。
「ねね、革のベルトにこう、並べて装着できたらかっこいいんじゃない?」
「!…、なるほど、帷子のようにですか…」
- まぁそのへんは好きにどうぞ?
弾帯の事だろうか…?、薬莢がついてるわけじゃないし、弾そのものだからなぁ、正直どうなんだと思わなくもない。そしてそれはかっこいいのか?、どうもネリさんの感覚はよくわからん。
メルさんは防具になるものだと勘違いしてるようだけども…、訂正する気にもなれないし、好きにしてくれればいいよ。
ちなみに、なんで200個なのかというと、100個ずつ皮袋に入れて納品してくれたからだ。なので、慣れてきたら100個ぐらい練習で使っちゃうだろうなーって思って2つずつ渡したってだけの話。
俺は全部じゃないけどポーチにざらーっと流し込んだので、それで使える。
手を突っ込んで必要分取り出せばいいだけだからね。残り何個とかもわかるし、実に便利だ。
話し終えて各自準備をし、その間に俺はまた索敵魔法を使って川小屋周囲と目的地であるダンジョン周囲の確認をしたんだけど、魚泥棒の監視連中は6名に増え、彼らは生簀の魚を取っては焼いて食べているようだった。
全く、お前らのために作った生簀じゃないんだぞと言いたいが、それだけ空腹や不味い携帯食に耐えてたんだろうと思うと哀れにも思えてくるから不思議なもんだ。
ああ、うん、あの魚、塩ふって焼いただけでも美味いもんね。
俺とネリさんとメルさんは一度リンちゃんに転移魔法で外に連れていってもらった。
リンちゃんとサクラさんは『スパイダー』に乗って結界を抜けて出て、帰りもまたそのまま入れるらしい。
ネリさんとメルさんは、リンちゃんに腕輪を借りてそれで合図するんだってさ。
以前、『鷹の爪』のプラムさんに渡してある腕輪と同じものだ。
最初、ネリさんが持つと言って、リンちゃんと対になってるので合図の石を何度も光らせてたが、小さな盾が出せることをついリンちゃんがぽろっと言ってしまって、盾を出したり引っ込めたり光らせたりとやりすぎたのでリンちゃんに取り上げられ、メルさんが持つ事になった。
「小さい子供はこれを与えられると同じようにするものなのですが…」
うん。呆れたような目線と表情からその後ろに略された『いい年をした大人がすることではありませんね』というのが聞こえた気がしたよ。でも少し哀れんでいるようでもあるので、そう思って後半を略したのかも知れない。
何だかネリさんの様子、いつもより振幅が激しいように思えるので、悪夢に魘されて何度も起きたりしたようだし、やっぱり心のどこかで不安が蟠ってるというかこびり付いてしまっているんだろうね。
魔物や盗賊のように直接襲ってくるようなのとはまた違って、立場や権力による脅迫のような、それも監視されてるけどどこからとかわかりにくい、そんな陰湿さのある『悪意』ってのは、やっぱり精神的なダメージがかなりあるんだろう。
特に女性には、あんな、従うと孕まされる、従わないと自分だけじゃなく誰かをも巻き込んでしまう、そういうどちらも選べないようなのを突きつけてくるというのはかなり酷なんじゃないかと思う。
もしかしたらリンちゃんはそういうところを汲んで、でも情緒不安定な状態なら腕輪を持たせるべきじゃないと判断したのだろうか…。
俺のほうは登録したので結界を通り抜けてもいいようになった。
監視連中の逆側で試してみたけど、同調すれば俺の結界魔法で抵抗なく通り抜けられることがわかったからね。リンちゃんは毎度のことだけど呆れた様子で溜め息をついていたけども。
まぁそういうわけで、各自行動開始となった。
●○●○●○●
さーて、中央東9ダンジョンだ。
例によって上空から近づき、外にでて入り口付近を警戒していたトカゲ4体を上空からさくっと倒し、回収。入り口付近に留まっていた鳥が驚いたのかばさばさと飛び立った。ごめんね、脅かしちゃってさ。
ダンジョン入り口から中を覗ったが、見える範囲には居ないようなので少し入って索敵魔法を使い、地図に焼いた。
どうやらロスタニア東8・9の1層と同じように、ここも巣部屋がいくつもつながっている構造のようだった。トカゲの数も多いし面倒だな…。
前回と同じ様に、とも考えたが、俺が例の水雷魔法を使うよりも最初からウィノアさんに頼んで水攻めをしてもらったほうがいいんじゃないかという気がしてきた。
と、通路の奥からでてきた1体が口を開けたのでスパッと石弾で倒した。その倒れたトカゲが他のトカゲから見えたらしく、わらわらと集まってきて、死んでいるとわかるとすぐに警告音を発せられてしまった。
1体は倒したけどそれが見つかったと感知してすぐに入り口から外に出て、いつもの飛行魔法で上空に飛び上がって様子を見ていると、出るわ出るわぞろぞろとトカゲが出てきた。入り口から入ってほんの20mぐらいのところで良かったよ、すぐに出られたし。
でもこれだから通路が多いのは厄介だな…。
少し高度をあげて100mぐらいの位置で見ていると、どんどんトカゲが出てくるのが眼下に見える。もうざっと100体は出ていてそれぞれきょろきょろしている。何体かは周囲を探そうとして走って行ったが、200mほど走ったところで立ち止まって周囲を警戒し始めた。
ん?、よく見るとそういう斥候みたいな行動をしてるトカゲもだけど、何体かに1体ほど槍みたいな棒持ってるやつがいるな。
あいつら武器使えたのか…。
不意に入り口付近のトカゲたちが道を空けた。出てきたのは竜族のようだった。背中に翼がある。まずいな、飛ばれると面倒だ。もうこれは倒してしまうべきかな…。
どうせ倒すなら全部倒してしまえばいいか。
そう思って石弾をずらーっと浮かべながら順番にスパスパ撃ち始める。眼下では頭を撃ち抜かれたトカゲと竜族がばたばた倒れていく。まだ撃たれていないトカゲたちは何が起きたのかわからずパニック状態のようだ。まぁそりゃそうだろうね。ほぼ真上から撃ってるから、どこから撃たれたのかわかりにくいだろうし。
周囲に走っていっていたトカゲも戻ってきて、倒れているトカゲの様子を首を伸ばして見た瞬間に、狙いやすいので優先的に倒した。
まぁ秒間10発ぐらいなら余裕なので、100体倒すのに10秒ほどってことだ。実際は狙いをつける時間も少しあるので、10秒ってことはないんだけれども。それでも出てきたトカゲは全部倒せたようだ。
それらを見に出てきたトカゲも倒し、竜族がもう1体でてきたのも倒したら、さすがにもう外に出てくることが危険だと学習したのか、入り口のところでガーだのギーだの言っている声が聞こえた。
中にまだ結構居そうだよなぁ、回収に降りたいんだけども。もし入り口付近に竜族が居たら、のこのこ降りてせっせと回収してる俺なんていい的になってしまう。
しょうがないのでもう少し様子を見ることにした。
床にしてる障壁の上にどっこいしょと座って下を見続けた。
3分ぐらいそうして浮かんでいると、入り口の内側から魔力の奔流がズボっと噴射された。あーあー入り口近くの死体が蒸発しちゃったじゃないか!、もったいない!
おそらくあれが竜族の破壊魔法なんだろう。撃って、2秒ぐらいでまた撃って、って都合3発で、入り口付近に倒れていたトカゲの死体はきれいさっぱり無くなってしまった。
ダンジョン入り口は開口部が斜めになっていて、屋根のある洞窟部分は途中からになっている。その入り口までは地面から斜めに坂のようになっているわけで、そこに溜まっていた死体が無くなったってことだ。
それよりも外にある死体は、直進する破壊魔法には当たらないのでそのまま横たわっている。
俺はその開口部の真上に居るので、トカゲがそこから出て上を見ない限り見つかる事はないんだが…、さっき破壊魔法を撃っていた間隔は2秒ほどだった、そりゃ詠唱なんてしてるヒマないよね。無詠唱じゃなきゃヤバい。
あんな魔力の奔流だと、下手な結界は吹き飛ぶだろうし、正面から石弾撃っても消されるだろう。やっぱり遠くから倒すほうがいいと思えた。それも竜族がこちらを認識していない間に。
うーん、そろそろ奥に引っ込んでくれないかな、それとももう外の死体は諦めて、中央東10ダンジョンのほうの1層を見てきたほうがいいかな?
そうだな、どうせ全部寄付しちゃうんだし、トカゲばっかり100体とかもうイヤガラセだと思われても仕方の無い量だもんな、よし、諦めよう!
『お困りですか~?』
がくっ…、
- あー、いえ別に困ってません。
『えー?、本当に?』
- はい、困ってません!
『そうですかー…、本当の本当に?』
- 困ってませんってば。
『ちぇー』
ちぇーてw
ウィノアさんが首飾りから話しかけてきたんだが、答えながら中央東10の入り口上空まで移動し始めているわけで、もう半分ってところなんだよ。
で、入り口が見えてきたが…、なんか入り口を囲むようにめっちゃ出てきて並んでってるんだけど、何これどういうこと?
●○●○●○●
「あの…、リン様、大変申し上げにくいのですが、ダンジョン2つの成果がたったこれだけなのでしょうか…?」
「はい、タケルさまからお預かりした魔物の死体はこれで全てです」
- 姉さん、先ほどロスタニア王とお話したときにお伝えしましたけど、この他に鉄鉱石があるんですよ?
「それは聞きましたけど、大量に棲息していたと報告にあった魔物のうち、素材として使えるのがたったこれだけだなんて、一体タケル様は何をされたんですの?」
シオリ姉さんは『たったこれだけ』と言うが、タケルさんが倒した12体と、私たちが倒した刀傷はあるが使えると判断した52体、爪や牙で使えそうなサイズのもの、それと多少でも使えそうな部位が残っている竜族の死体が5体だ。それと角イノシシが25頭。
結構な収穫だと思うのだが…。
- 普通に考えて見て下さいよ。竜族は別にしても64体ものジャイアントリザードに角イノシシ25頭ですよ?、それを『たったこれだけ』と言うのは些か言葉が厳しいのではありませんか?、これだけの成果を上げるのに一体どれだけの兵士が何日…、
「分かってるのよそんな事は!、でもね!、ロスタニア側のダンジョンはもう処理し終えたのでしょ!?、だったらもう角イノシシなど普通の魔物ぐらいで、それも現地で食料にする分しか獲らないじゃないの。奪還した場所には村を作り開墾し開拓して行かなくちゃいけないのよ?、道具も装備も人も食料も!、みーんなお金が掛かるのよ!?」
- それはそうですけど、これらはタケルさんのご好意で寄付された物なのですよ!?
「う…、確かにそうだったわね、言い過ぎたわ、ごめんなさい」
何だかシオリ姉さんはどうにも長年ロスタニアに深く関わり過ぎたせいか、財政のことまで気にしすぎている嫌いがあるように思える。元来勇者はそこまで政に関わらないもののはずなのだ。
どうにもシオリ姉さんは、アリースオムに君臨する自称女帝、勇者ロミへの対抗心が大きいのか、ロスタニアという国を同じように掌握したいと考えている部分があるのかも知れない。
それでロスタニア王や国民が納得できているなら、平和的な生活が営んで行けるのならそれはロスタニアとシオリ姉さんの問題なので、私などが口を挟むことはないのだが…。
話がそれたが、大量のトカゲが生息すると説明され、大きな巣部屋が12もある地図を見せられればそれだけ成果を期待もするだろうとは思う。
本来なら攻略するだけでも大勢の人員と物資、それと日数が必要となり、必要経費だって級数的に跳ね上がるようなもののはずだ。
そんな何百ものジャイアントリザードが犇くダンジョンに、たった数名で挑み、調査や準備を入れても数日で攻略を終えるなど常軌を逸しているどころの話ではないのだ。
私やシオリ姉さんはそれに同行して見てしまったので、そう言われても信じることができるが、そうで無ければ法螺を吹くならもう少しましな事を言えと相手にされないのがオチだろう。
だが実際にタケルさんはそれをやってのけ、さらには魔法の袋などという国宝級の品を使って大量の成果をいともたやすく各国拠点に届け寄付してしまった。
その恩恵を一度得てしまえば、先ほどのシオリ姉さんのように勘違いをしてしまうのも理解できる。ロスタニア王も言葉にはしていないが不満そうな様子が窺えた。シオリ姉さんがそれを代弁したから黙っていたのだろう。
理解はできるが、前提条件や本来かかったであろう物品、金銭、それに人材のことを忘れてはならないと思う。国政に影響力のある者であればなおさらの事。
シオリ姉さんは冷静になればそれぐらいの事もきちんと考えることのできる人だと私は思う。
「サクラさんが仰らなければあたしから言うところでした」
リン様は私に小さくそう言って微笑みかけて下さったが、目が笑っていなかったので少し恐ろしかった。
成果が少なくなったのには、おそらく水攻めとその後の時間が開いた事によって素材として利用不能になった死体が多かったのと、砦の層で天罰魔法を使ったため破損状態が酷くほとんど使い物にならなくなったせいだろう。
天罰魔法によって焦げてしまったものは回収不能と判断したし、瓦礫に埋もれていたり腐敗が進んでいるようなものはダンジョンを一部埋めるときに一緒に埋まったことだろう。
タケルさんはそういった箇所は、あまり私達に見せずに埋めていたように思う。
もう何十年も勇者なんてやっている私には、魔物でも人でも死体など見慣れているのだから、そのような気遣いなんて不要なのに…、そういったところが彼の優しさなのだろう。
- あ、シオリ姉さん、そろそろ川小屋へ一緒に戻ってもらえますか?
「あ、そうね。今日の話がなくてもそろそろ戻るつもりだったのよ」
- そうだったんですか?
「ええ。まだまだ教わる事がたくさんあるのだもの」
- なるほど。そうですね…、ほんとに。
「リン様はもう『スパイダー』でお待ちのようですね、行きましょうか。ティル、ではなくてロスタニア王、拠点構築の件、手筈通りに」
「はい、シオリ様」
勇者らしく、いえ、聖職者らしくもう少し政から手を引いてもいいと思うのだが…。
「ん?、どうしたのサクラ」
- いいえ、何でもありません。
「そう。リン様をあまりお待たせするわけには…、あ、私の背嚢を取ってくるわ、先に行って伝えてちょうだい」
- はい。
全く、ひとを急かしておいて忘れ物を思い出す…。
しっかりしているようで、どこか抜けている所は出会った頃から相変わらずだなと思いながら、そんな憎めない性格のシオリ姉さんが本部に入って行く後姿を少し見てから、リン様の待つ『スパイダー』へと急いだ。
●○●○●○●
そういえばあの飛び立って行った鳥、西に向かって飛んで行ったよな…。
いやまさかね、中央東9と10って直線距離で30kmほど離れてるんだぜ?、仮にその鳥が平均時速90kmで飛んだとしてやっと20分で到達するかどうかってとこだ。
俺が東9で外の4体を倒してから、えーっと、中で3分外出て5分、竜族が出てきたので倒し始めて様子をぼーっと見て15分ぐらい、ダンジョン入り口から破壊魔法が出て、そこからさらに5・6分ほど様子を見て、それで東10に飛んできたのが2分…、合計してだいたい30分ちょいってところか…、え、間に合うじゃん!?
いやいや平均時速90kmで飛ぶ鳥いるん!?、そりゃあ気流に乗るとか、急降下で獲物を狙うとか、そういうのなら最高時速90kmどころじゃないぐらいで飛ぶのもいたけどさ、静止状態から30km離れたところまで20分以内ってそれ平均時速での話だよ?、平均。
うーん、異世界だしそういうのも居るのかも知れないって思えてきた…。
実際こうして連絡されて、眼下では絶賛軍編成みたいな様相を呈しているわけで…、あれこれ考えている間に、なんかもうトカゲ軍みたいなのが切ったバウムクーヘンを並べたみたいにきれいにダンジョン入り口を半円形に囲んでるんだけど、えーっと1ブロック20体としてひのふの……20ブロックで、400体も居るじゃないか。
1つのブロックは一番外側の4体だけ槍みたいな棒をもっているが、内側の4列は何も持っていないな。
倒すのは量的に面倒だけど、とりあえず外に出てるのならいつでも倒せるからもう少し様子を見てみるか。
高度を500mぐらいにとって…と。そんで双眼鏡の出番、と。
上空から見下ろしてる状態だと魔力感知でもだいたいわかるんだけどね、やっぱ目で確認したいじゃないか。せっかく作ったんだしさ。
あ、身体強化の視覚強化もあるんだけど、あれってこういう明るい昼間だと眩しいし見えすぎちゃって逆に目がつらいんだよ。
お、竜族っぽいのがぞろぞろ出てきたぞ…。
飛ぶのか?、いや、まだ飛ばないようだ。歩いてブロックごとの内側で停まった。
また竜族っぽいの出てきたな、2体か。片方は何か棒みたいなの持ってるな。
竜族は全員その中心の2体を見ている。整列しているトカゲたちは周囲それぞれを見ているようだが…。
演説でもしてるとか?、まさかね…。
そしてその棒もってる竜族が棒を掲げた。バウムクーヘンのそれぞれの竜族が飛行魔法を使い、少し浮き上がった。と、同時にバウムクーヘンのブロックがそれぞれ動き始めて、あ、あの2体がダンジョンに引っ込んでしまった。
何となくぼーっと見続けちゃってたよ。ああいう中心人物――トカゲを人物って言うのは抵抗あるけれど――っぽいのはきちんと倒しておきたかったな。
ま、いいか、とにかく全部倒せばいいんだし。
さて、上空から蹂躙しようか!
次話2-99は2019年05月22日(水)の予定です。
20190518:訂正と追加。
(訂正前)おれは開口部の ⇒ (訂正後)俺はその開口部の
20190521:衍字削除。
(訂正前)元の世界のに ⇒ (訂正後)元の世界に