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2ー097 ~ 露天風呂とホームコア

 「久しぶりのいい運動でした」

 「少し物足りませんが、食後の腹ごなしとしてはこれぐらいがいいですね」

 「ちょっと汗かいちゃったし、お風呂で飲みたいかも…」

 「「!」」


 街の広場的だったようなところに、テーブルと椅子、そして氷を浮かべた果実水を用意して3人を(ねぎら)おうとリンちゃんに用意してもらったんだが、そこに彼女らが到着し、座らずにテーブルの飲み物を手に取ってネリさんが言った瞬間、今まさに口をつけようとしたサクラさんとメルさんがピタっと停止した。


 「そうだな!」

 「そうですね!」


 そしてそれぞれが、俺をちらっと見ながら言うんだもんなぁ…。

 はいはい、しょうがないなぁ…。


- あー…、はい。


 すぐ横にでかい湯船を作ってお湯をたっぷり入れ、椅子や手桶を作って並べ、テーブル側の湯船の壁を衝立(ついたて)になるように伸ばした。タオルやお風呂セットもポーチから出して置く。そして席に着いて、手で示して言う。

 すかさずリンちゃんが音を立てずにティーセットを並べていく。


- どうぞ?


 「わぁ♪、お風呂だー!」

 「タケルさん、これはちょっと近すぎるというか、解放的過ぎません?」


- ダメでした?


 「……その、壁とか脱衣所とか…、」

 「さ、サクラ様、」

 「え?」


 あ、メルさんは気付いたようだ。サクラさんの袖を引いて耳打ちをした。


 「(小声で)タケル様のすぐ近くは精霊様のお力が…」

 「…!」


 サクラさんは驚いたように湯船を見て、俺を見て、また湯船を見て俺を見た。


 「…っ、ありがとうございます!」


- どういたしまして。


 最近のサクラさんは気苦労が多いようだからね。


 「もうネリ様は脱ぎ始めてますよ。私たちも」

 「はい」


 ウィノアさんの力が含まれてる湯に浸かると、めちゃくちゃ疲れが取れる。

 もうノーマル(笑)の湯に浸かることは俺にはできないけど、元の世界の温泉どころじゃないぐらい効果がある。それに俺だとさらにマッサージ付の日もあるので贅沢(ぜいたく)だなと自分でも思う。


 だからまぁ、今日ぐらいはいいか、って思ってこうしたんだけど…。


 「ネリ、そのタライは?」

 「着替え持ってきて無いんだもん、ついでに洗おうかなって」

 「あ、それいいですね」


 ああ、着替えとか考えてなかったなぁ…、自分の分はポーチに入ってるから気付かなかったよ。次からはネリさんたちの分も、着替えを用意してもらって入れておいたほうがいいね。

 そういえば今までならそれぞれ背嚢(はいのう)に着替えやら用意してたはずなんだけど、今回は着替えを持ってこなかったのか…。


 ダンジョンで夜を越す予定だって事前に言ってれば、そうしたんだろうね。

 今回はそういう予定じゃないし、川小屋へ戻るつもりで来たからなぁ…、それで持って来なかったのかも知れないね。


 「私も洗おうかな…、乾くかな…?」

 「乾かす魔法は覚えたから大丈夫!」

 「おおー…」

 「だって…、さすがにタケルさんやリン様に頼めないもん…」

 「そうですね」

 「…そうだな」


 やっぱり弊害(へいがい)あるな、これ。

 近いし衝立(ついたて)も小さいから、声やら音やら全部聞こえてくるってのがね…。

 今もネリさんが土魔法で作ったタライに湯船から手桶でお湯を汲んでる音がしてるし…。


 「あ、タケルさんのシャンプー久々かも」

 「そうですねー、あ、これって色で香りが違うんですね」


 へー、そうだったんだ。とリンちゃんを見ると(うなづ)いた。

 そして少しすると(ただよ)って来るシャンプーの香り。


 何だかなぁ…。お茶の香りがわからなくなってきたぞ。






 「はあぁ、幸せです…」

 「ふはぁぁ、気持ちいい…、タケル温泉…」

 「…っく、やっぱり髪切るか…」

 「えー、もったいないよぉ?」

 「そうですよ、そんなにお美しい黒髪ですのに…」

 「しかし毎回時間が掛かるんだぞ?」

 「汗流すだけなんだから適当でいいのに」

 「せっかくミドリ様にご指導頂いたのを適当にできるか」

 「でも今日のは白(シャンプーとリンスだけの標準セット)じゃん」

 「それでも、だ」

 「ふぅん…」


 そろそろいいかな、とリンちゃんに目配せをした。

 さっき出した果実水を一旦回収しておいたんだよ。それをリンちゃんに持ってってもらおうってね。

 タケル温泉とか言ったやつはあとでデコピンだな。


 「あ、わーい、いいタイミング。リン様ありがとう」

 「ありがとうございますリン様」

 「サクラさんのはこちらに置いておきますね」

 「あ、ありがとうございます」

 「はー!、美味しー!、微炭酸だし!」

 「びたんさん?、む、泡生水(ほうじょうすい)ですか!、素晴らしいですこれ、ああダンジョンでこのような贅沢が…!」

 「わ!、急に立たないでよメルさんー」

 「あ、っと、失礼しました」


 果実水ってのは、何の果物(フルーツ)かは知らないけど柑橘系っぽい汁を水で割ったさっぱりした飲み物な。リンちゃんが『タケル様、こういうのはいかがですか?』って戦闘民たちが殲滅作業をしてる間にいくつか出してきて味見させられたうちの1つだ。飲みやすくて美味しかったよ。『お風呂上がりや運動のあとにいいね』って言ったから早速出したんだろう。

 彼女らはお風呂上がりじゃなく湯船で飲んでるみたいだけど。


 「ん、んぁぁ…、これはたまらんな…」

 「露天風呂みたいでいいねー」

 「みたい、じゃなく露天風呂だろうこれは」

 「しかし廃墟とは言え、このような街の広場のような場所で入浴するのは何だか妙な気分です」

 「誰も居ないんだし、いいじゃん」

 「居ないのはわかりますが…」

 「む、なるほど微炭酸か…、美味いな…」

 「でしょー!、運動の後にお風呂で飲むのって最高でしょ!?」


 どうしてネリさんが自慢げなんだろう…。


 「どうしてお前が得意げに言うんだ」

 「だってあたしが提案したんだし…」

 「ああ、そうだったな、…ん?……まぁいいか…」


 なるほど。確かにネリさんが言わなければこうはならなかった。

 そして俺も、あまり音を聞かないようにと気を遣うこともなかったが…。


 え?、しっかり会話聞いてるじゃないかって?、近いんだからしょうがないだろ。

 待ってる間、こうして手の上で小さい球を浮かせて魔力操作の訓練してるわけだし。

 リンちゃんはそれを呆れたような目で見てるけどね。






●○●○●○●





 「素晴らしいお湯でした」

 「はい、いいお湯でした。タケルさんはよろしいんですか?」


 サクラさんはそう言ってお風呂セットやタオル類を渡してくれた。

 置いてきてもいいのに。どうせ片付けに行くんだから。


- あっはい、んじゃ片付けますね。座っててください。


 「え?、片付けちゃうの?、タケル(おん)いたいー!」


 こいつめ。


- だって、こんなとこに置いといてもしょうがないでしょう?


 受け取った荷物をリンちゃんにリレーして立ち上がり、衝立をまわって浴槽のところに行く。

 浴槽や桶などは解除し、貯まっていた水はそのままざーっと流れるに任せてしまう。


 若干傾斜があるようで、さっき3人が汲み出して使った分も低いほうへと流れていっていたし問題ない。

 広場といっても斜面に作られた街だからね。流れた水は一番低いところの川に合流するんだろう。


 あ、そういえばもしこの丘の斜面の層、ロスタニア東8から見た仮5層と東9から見た2層が別だったら、また走り回って殲滅してもらう予定なんだっけ。だったらお風呂はそれがわかってからでよかったんじゃないか?、もう遅いけどさ。






 そして移動してみると、そこは東9の1層だった。

 巡回してるトカゲ2体が2組と、巣部屋の端で無事だった卵を掘り起こしていた4体が居ただけだったのでさくっと終了。

 印をつけた地図をもう1枚つくって渡し、リンちゃん含めた俺以外の4人に反対側を任せて、俺はひとりで逆側を処理していった。


 そう、いくら障壁魔法を使っても、崩して埋める作業をするとどうしても土埃(つちぼこり)が少しかかるからね。だからさっきお風呂に入らなかったってわけ。

 皆は離れてるし、崩す作業をしないからね。


 そして外に出て、入り口を土魔法でフタをした。

 帰りは東8のほうも入り口を(ふさ)がなくちゃね。


- お待たせしました。


 「お疲れさまでした。今日はもう川小屋へ帰るだけですね?」


- あっはい、そうですね、東8の入り口を塞ぎに寄りますけど。


 「あ、そうでした」

 「ねね、これでロスタニア側のダンジョン終わりよね?」


 そう。これでロスタニア側のダンジョン処理は全て終わったわけだ。

 なかなか感慨深いものがあるな。うん。


- はい。そうですよ。


 「おお…、東9ということは結局ロスタニア側には(ここのつ)のダンジョンがあったという訳ですね…、それをこの短期間で…」

 「そう考えると達成感がありますね」

 「でもまだ南側に残ってるんでしょ?」


- はい。あと2つです。


 「そっかぁ、あ、また水攻めするの?」


- あー…、構造次第ってところでしょうか。東8はちょっと理由があったんで水攻めになっちゃっただけなので…。


 「理由って?」


- まぁここで長話もなんですから、帰ってからにしませんか?


 「はーい」


 え、なんで前に?、そして近いんだけど。


- え?、なんか囲まれてる?


 「だって飛んで帰るんでしょ?」


 そうでした。でもいい加減しがみつくのは勘弁して欲しいんだけどな…。

 左後ろではメルさんがリンちゃんに『サンダースピア』を預けてるし…。

 諦めるしかないのか…。


 「あ、あの、タケルさん」


- は、はい。


 「できれば帰りは少しゆっくり飛んでもらえると…、その…」


- ゆっくり飛ぶとそれだけ時間かかりますよ?


 「あ、でも…、(俯いて小声で)こ、怖かったんです…」

 「サクラさんってジェットコースターとか苦手なタイプだったんだ…」

 「え!?、いや、あれぐらいなら大丈夫だぞ!?、あれぐらいなら!」

 「ふぅん……?」

 「その、じぇっと何とかとは?」


- あ、元の世界にあったちょっとした乗り物ですよ。速度感を楽しむというかそういう感じの。


 「それはどれぐらいの速度なのです?」


- んー、ただ速度だけをというのではなく、上下左右の変化や回転などもありますしいくつも種類があったんですよ。


 「ほう…、例えば馬に乗って走り回ったり障害を飛び越えたりするような?」


- ああ、自分で運転したり指示を出したりはできないので、そういうのとはまた違うかも知れませんが…、あ、僕は乗馬ができませんので、その比較では答えられませんね。


 「あ、そうでした、申し訳ありません」


- あ、いえそこまでの事ではありませんよ、気にしないで下さい。それで、どれぐらいの速度ならいいんです?、サクラさん。


 「え?、そう言われると…、その、ジェットコースターぐらい…、なら…?」

 「え、遅くない?」


 うん、かなり遅いと思う。それだったら『スパイダー』で帰るのとかわらない。


 「遅い、かな…?」


- この日の傾き具合だと、その速度でしたら川小屋に着く頃には完全に夜になってますね。


 「え…」


- ジェットコースターってだいたい最大時速80kmぐらいですから、平均するとかなりゆっくりになります。川小屋までおよそ160kmの距離があるので、その最大速度で飛び続けてやっと2時間ですよ?


 「来たときって10分ぐらいだったよね…?、それって一体…」


 あ、しまった。つい正直に言っちゃったよ。

 ネリさんも青くなってる。


- あー…うん、まぁ、それなりに速かった、ってことで。


 「あの…、あまり考えたくないのでそろそろ帰りませんか…?」


- はい。耐える時間が短いほうがいいでしょう?、そういう事ですよ。


 「「……」」


 そして無言でひしっとしがみつく面々。

 右腕を抱き締めるようにしがみついているサクラさんは、何か少し震えてるような…?

 ネリさんは前から、リンちゃんはいつものように後ろから、俺の腰のあたりを抱き締めてる。

 メルさんは左腕を、これもいつものように。


 だいたい女性が腕を抱き締めてるとやわらかい部分が当たって幸せなはずなんだが、残念なことにリンちゃん以外全員固い胸当てを装備してるもんで、むしろ痛い。

 ま、気にしないようにしよう。どうせ俺も身体強化するし。


- じゃ、まずは東8まで。


 「ひゃあああ!」 「ぎゃあああ!」 「んんああああ!」


 誰だ『ぎゃあ』って言ったの…。






●○●○●○●






 「「「はぁ、はぁ、はぁ…」」」


- 大丈夫ですか?


 「は、はい…、途中から少し息を止めてたので…」


 えー?、道理で静かに耐えてるなって思ったよ…。


- 行きと同じぐらいの速度だったはずなんですが…。


 「なんか速度が凄すぎるんだって思ったら怖くなっちゃって…」


 ネリさん行きは喜んでたよね?、前は見てなかったけどさ。

 しがみついた位置が俺の前からなので、正面は見れないだろうけど。


- 今までとかわらないんですから…。そろそろ慣れましょうよ。


 「そんなこと言われても…」

 「ところでタケルさま、どうしてこんな手前に降りたのですか?」

 「あれ?、そういえばここっていつもの川小屋の前じゃないよ?」


 そう。ここは川小屋から2kmほど西の川沿いなんだ。

 距離もあるし潅木(かんぼく)と小さな岩があるので、川小屋周辺からは見つかりにくい場所だ。


- 川小屋に不審者(ふしんしゃ)が来るからって戸締りして出かけたでしょ?、その不審者がうろついてるからね。


 「「え?」」

 「不審者?、って、あ!」

 「一応、隠蔽(いんぺい)モードにはしてきましたが、触れれば結界だとバレてしまいます」


 あ、そういうタイプなのね。詳しく聞いてなかったよ。


- ああ、それでその結界に沿って動いてるんだ…。


 「例の監視ですか…」

 「なるほど…」


 ネリさんの顔色が悪くなっちゃったな。


 「どうします?、排除しますか?」


- んー、それらしいのが第一防衛拠点のほうに移動中だから、排除するならそれも、ってことになるけど…?


 「このままですと連絡されて困ったことになりませんか?」


- 困ったことって?


 「新拠点や各国拠点の連絡隊の経路になってますよね?」


 あー、そういえばそうだった。忘れてたよ。


- じゃ、排除します?


 「でもまだ何もされてませんよね…」


 サクラさんは正当防衛のような理由があったほうがいいという考えかな。


 「しかし実害があってからでは遅いのでは?」


 メルさんは(おび)えた様子のネリさんを見て心配そうに言った。


 連絡隊はどうせ今日明日すぐに来るというようなものでもないし、経路にはなっているけれど、川小屋に入れない、あるいは誰も居なければ素通りするんだから気にしなくてもいいと思うんだけどね。


- 今日のところは、ここからリンちゃんの転移魔法で川小屋に戻ればいいかなって思ってますけど。


 「あの王子に連絡されてしまうのはよろしいのですか…」


- 連絡されて何か不都合あります?


 「え…?」


- 川小屋までが安全だってわざわざ証明してくれてるんじゃないですか。途中にもう魔物出ませんよ、って報告したけどあまり信じてもらえてなかったんでしょ?


 「…それはそうですけど、ここまで兵士を送ってくるのでは?」


- 送ってきて何するんです?


 「え?、それはその、ネリを捕まえに…?、あ」


 そんな事を言うからネリさんがびくっと反応して俺の腕にしがみついてきた。


- どういう名目でです?


 「……」


- 兵士を動かしてネリさんを捕まえるには理由が必要なんですよ。そしてその理由が理不尽なら従う必要はありませんし、そんなの他の国が黙ってないでしょう?


 と、メルさんを見る。


 「はい、そうですね。勇者に不当な扱いをする事は許されません……が…、それを立証できれば…、なので…」


 ああ、そういうのもあるのか。面倒だな。


- おそらくはすぐに兵士が川小屋を囲むなんてことは無いと思いますよ。囲むならその影の薄い手下共でやるでしょうね。


 「そんな…」


 ネリさんに掴まれた腕がぎゅっと握られた。


- リンちゃん、結界ってどれぐらいもつの?


 「そうですね…、最低でも半年はもつかと」


 え、そんなに持つの?


 「現在貯まっている魔力だけでも2ヶ月は余裕で持ちます。ホームコアは周囲に漂う魔力を吸収して利用しますので、一般的な環境で回復分を考慮するとそれぐらい持つかと思われます。ところが現状ではあの小屋の横にあるウィノアの泉のせいで魔力が濃い環境になってまして、あの泉がある限り結界が切れることは無いでしょうね…」


 もっと持つようだ。すごいな。


- その結界ってどれぐらいの強度ある?


 「そうですね…、『小型スパイダー』の砲で破壊できるかどうか、ってところでしょうか」


- それって一発で?


 「いいえ、攻撃し続けてです」


- そんじゃ影の薄い手下共にどうにかできるようなもんじゃなさそうだね。


 「そうですね、人種(ひとしゅ)の攻城兵器でも持ってくればわかりませんが…」


 そんなのすぐに持って来れないだろうね。


- だってさ、ネリさん。ちょっとは安心した?


 「…うん……」


- んじゃ川小屋に戻っててくれるかな?、リンちゃんお願いね。


 「え?、タケルさま?」


- ああ、僕はちょっとハムラーデルの拠点で鍛治職人さんに用事があるから、行ってくるよ。


 「はい、わかりました。帰りはどうなさいます?」


- え?、そのまま川小屋へ、って、ああ、王子の部下に見つからないようにってこと?


 「はい。何でしたらここに戻ってお待ちしますが…?」


- んー、いいよ、どうせ川小屋に居るだろうって見当つけてるからうろついてるんだろうし。


 「そうですか、ではタケルさまが戻られるとき結界は解除すればよろしいですか?」


- ううん、解除しなくてもいいよ。


 「ですがホームコア認証がないと結界が…」


- 大丈夫、入れると思う。


 「いえ、やはりあたしがここでお待ちします」


 う、これは意思が固そうだ。


- そう?、んじゃ急いでいってくるよ。


 「はい、行ってらっしゃいませ」


 あとで聞いたら、認証していない人物や許可用のペンダントを所持していない者が結界を越えて入ってきた場合、または結界が破壊された場合には警報が鳴るだけじゃなく、対象に攻撃するようになってるんだそうだ。物騒なやつだなホームコア。


 リンちゃんは管理者として登録されているので改めて認証登録は必要ないんだそうだが、俺は魔力補充をしたりコンソールの操作をするために利用者登録はしてあるが、セキュリティ認証はしてなかったんだってさ。

 リンちゃんもそこはうっかりしてたんで、それで解除とか認証とか言ってたみたい。


 ついでに俺が結界を壊さずに通り抜けたとして、ホームコアからブラックリストに登録されると解除するのがまた厄介なんだとか。

 リンちゃんもそこらへんは完璧に理解してるわけじゃ無いけど、最悪の場合『スパイダー』のコアや、ハニワ兵のコアからも敵認定されてしまうかも知れないって言ってた。


 こえーな、光の精霊さんのコア技術ってw


 どちらも試作品だからそこまで実装されているかはわからないとも言ってたけど、そんな事になったら解除されるまでは困ったことになりそうだ。


 今後も注意しよう。






●○●○●○●






 そして大岩拠点のさらに西の前線拠点。

 鍛治職人さんのところで鉄鉱石を入れた箱を8箱寄付し、できあがってた分の鋳造弾丸を受け取った。


 出した鉄鉱石をひとつ持ってしげしげと眺めて、


 「こいつぁいい鉄鉱石なんだが、ここにゃ鉄鉱石を鉄にする炉が無ぇ」


 と、あまり嬉しそうじゃなかったので、だったら要らないのかな、って思ってポーチに回収し始めたら、


 「待ってくれ、いや待って下せぇ!、頂きゃすんで!」


 と急いで止められた。

 無理に受け取ってくれなくてもいいんですよ?、って言ったら、


 「滅相もねぇです、ありがたく頂きやす。いや、本当に」


 と、気を遣われたのか何だかよくわからないが、受け取ってもらえた。

 まぁ、兵士さんたちのほうに売って換金するって手もあるし、酒代ぐらいにはなるんじゃないかな。たぶん。


 それで弾丸のほうもちょっと離れたところでテストしてみたら、俺が作ったものよりはかなり精度がいいようで、狙った位置のズレが少なかった。

 付き添ってくれていた鍛冶職人のボスのひとはそのテストの様子にめちゃくちゃ驚いていたけれど、精度がいいと褒めたら汗を拭きながら『そ、そうですかぃ、そいつぁ良かった、です』と妙な照れかたをしていた。


 ただ、鋳鉄(ちゅうてつ)の弾はやわらかく変形せずに粉砕するようだ。

 受け取った鉄弾のうち半分ほどがこのタイプだった。


 残り半分は、銅や鉛などが混ざった合金タイプで、ハムラーデルではこういったものから分離していい鉄を作っていくのだそうで、こっちの混ざっているもののほうが安いんだそうだ。

 それを、彼の判断でそのまま使ってみたんだと。


 どうしてそうしたのかと尋ねたら、こっちのほうが安くて比較的加工しやすいらしく、仕上げで形を整える作業が少し楽だとか言っていた。

 弾としては、粉砕するよりはある程度やわらかさがあったほうがいい場合もあるので、どっちでもいいというか使い分ければいいし、安くて作りやすいならこっちだけでもいい。


 もちろんテストをした上でそう話すと、なら残りの分と追加分はこのタイプで作ってもらえるようになった。

 そう、追加注文をしておいたんだ。


 それを拠点の隊長さんに話をした。職人さんによると、話を通さないといけないんだそうだ。






 ついでに軽く隊長さんに近況というか魔物が襲来していないか尋ねてみたが、南のほうから動物型が何日かに1度、数匹程度が来る程度だということだった。

 西にあるカルバス川の支流までは斥候を巡回させているそうだが、対岸の見える範囲にも魔物を発見することは無かったらしい。


 一応、地図はあるので、その支流の先にまだダンジョンが2つあるというのは知っているとの事で、支流から西に兵士を行かせたりはしていないと言っていた。


 実際に竜族の破壊魔法を()の当たりにした兵士は居ないし、カエデさんも見たわけじゃ無い。形跡と伝聞でそう判断しただけなので、斥候をそれらダンジョンに派遣すべきだという意見が出ているんじゃないかと尋ねたら、その形跡と伝聞で充分なんだそうだ。


 「本国(中央)の偉い人たちならそういう意見も出るかも知れませんが、我々は実際に現地に(おもむ)く立場ですので、ダンジョン内にあのような形跡を残すような攻撃手段を持っているとされる敵の居るところになんて、下手に派遣すべきだなんて言うと、自分が行かされる事になるんですよ。そんな所、誰も行きたいとは考えませんからね」


 そう笑いながら言っていた。


 前に、ダンジョン内で『一度は戦ってみるべきじゃないのか』と言っていた兵士たちが居たのは、それが洞窟型ダンジョンで、道が曲がりくねっていたり障害物があるからなんだそうだ。それと、すぐ後方に仲間が小さいとは言え拠点を作っていたりするため、援軍を呼べるとか、そこまで退却すれば何とかなる、などの考えからそのような強気な意見が出せるんだと隊長さんは言っていた。


 小型の動物型だけが少数出没する程度ならともかく、破壊魔法なんて物騒なものを連発できそうな竜族が出てきそうな30km先のダンジョンへ、少人数で斥候に出るのはただの無謀、それも途中は平原で身を隠す場所もほとんど無いのだから、無謀を通り越して無茶だとも言っていた。


 「ましてやそんなのが空を飛ぶかも知れないんですからね、平原でもし見つかったら逃げられないでしょうね」


- あ、かも知れないじゃなく、実際飛ぶんですよあれ。何度も見ましたよ。


 「え…?、何度も、って…、よくご無事で…」


- ああ、職人さんにも見てもらったほうがいいですね。


 少し場所を空けてもらって、比較的小型な竜族の死体をポーチから出した。

 ポーチからだと出せないんだよ、でかいやつは。リンちゃんの(リュック)から入れたやつだし。


 「前のより少し小さめですね…」


- はい、これは比較的小さい個体です。


 「この穴が、例の弾ですかい?」


- はい。あれじゃないと魔法の射程外から倒せないんですよ。


 別にあの弾じゃなくても短剣でもなんでもいいんだけども。こう言っておいたほうがいいかなって。


 「こんなに何発も撃つんですかい?、致命傷はこの胸の真ん中んとこのようだが、ですが…、ふーむ、こりゃあ硬いな、ですね、なるほどああいう形なのはこいつを貫くためか、ですか…」


- 距離があると、命中率が下がるので、何発かまとめて撃ってます。弾の精度が大事なのはその命中率に直結するからなんですよ。


 「はー…、聞くだけだったがこうして見たほうがわかりやすい、ですな、わかりゃした勇者様、こりゃあ造り甲斐(がい)があるってもんだ、です!」


 普通に(しゃべ)ってくれていいのに…。


- あ、この死体は置いていきますので、皮なり何なり利用してください。


 「いいんですか?」


- ええ。どうぞ。職人さんにも参考になるでしょうし。


 「そうですか、ではありがたく」


 とまぁそんなことを話し、追加注文も承諾してもらったってわけ。


 あ、そうそう、カエデさんは大岩拠点なので、今回は寄らなかったので会っていない。 寄ってきても良かったんだけど、リンちゃんが待ってるからね。





次話2-98は2019年05月15日(水)の予定です。


20190508:変換ミスがあったのでいっそのこと表現を変更。

 (変更前)潅木と小さな岩があるので、川小屋周辺からは直截見えない場所だ。

 (変更後)距離もあるし潅木と小さな岩があるので、川小屋周辺からは見つかりにくい場所だ。

20190508:いくつかの漢字にふりがなをつけました。

 潅木かんぼく不審者ふしんしゃ隠蔽いんぺい

20190515:誤字報告を頂きました、適用しました。

 (適用前)ネリさんは怯えた様子のネリさんを見て心配そうに言った。

 (適用後)メルさんは怯えた様子のネリさんを見て心配そうに言った。

 何というミスを…、ありがとうございます。

 我ながらひどい見落としです…orz


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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