2ー095 ~ 安全な前哨戦
メルさんが結界に気付いたのか、鞘を装着した『サンダースピア』を手に他の兵士の天幕を遮蔽物にしながら遠回りで、しかし素早い動きで近くまで来た。
近くまできてから、警戒を解いたのか普通にあるいて来たので、サクラさんと同じようにして小屋に入れた。
「この香りは!、わ、私にも、頂けますか…?」
入るなりコレだよ…。
『この香りは』って言う前に匂いに気付いた仕草をしたので、聞こえた瞬間にはささっと下がって左後ろに立ってるリンちゃんを引っ張って前に押し出したよ。
リンちゃんは小さく『あ…』って言って、メルさんは俺のほうに一歩踏み出そうとした瞬間に、前にリンちゃんが入ったせいで変な挙動になり、俺とリンちゃんを交互に見ながらだんだん声が小さくなってた。
まぁ、仕方ないので振り返るリンちゃんに頷いて渡してもらった。
あ、前に俺がお箸を大量に作ったときに、ついでに作ったスプーンじゃないか、それ。
竹みたいな繊維の木材のやつね。でもそれだとベキっと握って折られないか?
逆に、金属だったから曲げられたんじゃないかという事かな。
俺は夕食食べ過ぎたのがまだもたれてる感じなので、さっきもらった冷たいお茶をちびちび飲むだけで食べ終わるのを待った。ネリさんが物欲しそうな目で見てたので同じお茶を渡しておいた。
この小屋はベッドを置いているぐらいであまり広くない。メルさんもベッドに腰掛けて食べている。
ふと見るとリンちゃんも俺の隣に座って食べていた。2つめだよね、それ。よく入るね、いいけどさ。
リンちゃんが空き容器を回収した。
メルさんは食べ終わったプリン容器を名残惜しそうに見ながら回収に応じていた。
尚、スプーンは無事だった。
そこでようやくメルさんが、変わらずベッドと壁のところにもたれて座っていたネリさんの顔に気付いて、『何があったんです?』と俺に尋ねた。
ネリさんを見ると小さく頷いたので話してもいいと解釈をし、ネリさんの身に起こった一連のことを話した。
「何と卑劣な!、一国の王子ともあろう者のすることではありません!」
話の途中でメルさんが立ち上がり、握った右手を振り払うような動作をしながら憤った。
- メルさんメルさん、ここで言っても仕方ないです、って…。
いやほんと、狭いので暴れないで。あと、身体強化はOFFでお願いシマス。
「あ…、失礼しました…」
そう言って座ってくれたので続きを話す。
話し終えると、少し考えるように小さく唸ってから俺を見て言った。
「それで、タケル様はどう対策されるのですか?」
- 何もしませんよ。
「え…?」
- 具体的に言うと無視ですね。どうせ何もできないでしょう、強制連行しようとすれば抵抗するだけですし。
「あの、外には監視らしき者が居ましたが…」
- そのために簡単には捕まえられない最前線に逃げるという感じですね。
「…なるほど…、ところで今日はここに泊まるのですか?、見たところベッドは2つしかありませんが…」
- 川小屋へ帰りますよ。
「今からですか?、監視がついて来るのでは…?」
飛んで行けば付いて来れるとは思えないけど、移動したと判断されれば地図情報を渡してあるんだからすぐ川小屋に来てしまうだろう。
どうせ川小屋のほうに監視の連中が来ても何もできないだろうけど、気分的に面白くないので来るのを遅らせようと思う。
なので、この小屋を出たことが気付かれないようにすればいい。
- サクラさんが戻り次第、内側からフタをして、リンちゃんの転移魔法で川小屋へ移動するだけですよ。メルさんを呼びに行こうと思っていたんですが、来てくれて手間が省けました。
「そ、そう、ですか、ふふん」
何故かいい笑顔。
だって置いて行くとあとで何を言われるかわからないからね。
置いて行くと言えば、ここに置いてある物資を回収しなくちゃね。
ついでに穴掘ってそれらしいフタでも木材で作って、万が一この小屋を壊されたときに逃げ道だと錯覚させておこうかな、なんて悪戯を思いついた。
- リンちゃん、ここに置いてる物資を回収しておこうか。
「はい、タケルさま」
リンちゃんは返事をして天井の仕掛けの下まで行き、ぴょんと飛んで仕掛けを作動させ、階段を下ろして天井裏へ上がって行った。
「…あのような仕掛けが…」
とメルさんは呟いていたが、それには答えずにベッドサイドチェストの上のピヨを俺の肩の上に乗せ、チェストの端にぶら下がっている取っ手をポーチに突っ込んで回収、2人にはベッドから下りてもらって寝具とベッドも回収した。
その間に下りてきて仕掛けを戻したリンちゃんが『天井はどうされますか?』と言ったので『そのままでいいよ』と答えておく。
そして人が通れるぐらいの穴を斜めに20mほど土魔法で開け、出た土砂を使って寝台と椅子、そして土ブロックを作った。
ポーチから板を何枚か出して、穴の上にフタをし、その上にベッドサイドチェストの代わりに一般的な物入れに使われる木箱を置いた。
「その穴は?」
- 抜け道に思わせられるかなってね。
「「……」」
みんな何でそんな苦笑いになりかけみたいな表情するかな…。
いいよ別に、わかってもらえなくてもさ。
サクラさんが戻るまでの間に、ロスタニア東8と9の話をしておいた。
メルさんとリンちゃんは一緒に居たけど、ネリさんは知らないだろうからね。
時間つぶしという側面のほうが大きいけども。
そしてサクラさんが戻ったので、さっきの土ブロックを入り口の内側に積んで土魔法で一体化させ、フタをした。
- んじゃ川小屋へ行きましょうか、リンちゃんお願い。
「はい、タケルさま」
そう言ってペンダントを配り、リンちゃんはいつものように俺にしがみついてもそもそ詠唱、飛ぶ寸前に俺は結界を解除した。
そうして無事、川小屋へと到着したわけだ。
が…。
「ささ、タケルさま、お先にどうぞ」
ゆっくり座る間もなく、到着した俺の部屋から脱衣所までピヨを肩に乗せたまま押されて移動させられた。とにかく先に風呂に入れということだろう。
もしかして臭うのか?、さっきリンちゃんが転移魔法を詠唱したとき臭かったとか…?、だから詠唱が前と違ってもそもそ聞こえたとか…?
脱いだ服を嗅いでみたけど、別に汗臭いわけでもないんだけどなぁ…。
ダンジョン行ったから、変な臭いがついちゃってたのかな?
まぁ、自分では気付かないって言うしなぁ、でも言われたわけじゃないけど、ちょっと凹むな。
まぁいいや、とピヨを抱えて浴室に入った。
何か、ヒヨコ持ってお風呂に入るのって、お風呂に浮かべる玩具を連想するね。今度木片でも削ってヒヨコ型の浮かべるやつ作ってみようかな。色を塗らないといまいちかな?
脱衣所でピヨを乾かしていると、『タケルさまー、そろそろいいですか?』と扉のすぐ外から言われたので『あっはい!すぐ出ます!』って言ってバスタオルを腰に巻いたまま、着替えとピヨとドライヤーを抱えて俺の部屋へそそくさと移動した。
「あっ、まだなら別に…」
と言われた気がしたけど、まぁすぐ隣の部屋なんだからいいじゃないか。
もしかしたら川小屋に戻ったらすぐにお風呂に入りたかったのかな?、だったら俺は後で良かったのに。
そういえば新拠点の小屋にも浴室はあるのにね。お湯は自分で入れないといけないけどさ。
あと、足伸ばして入れないし、シャワーもないけどね。
ま、ダンジョンの臭いが残っていたから、自分たちもゆっくり足を伸ばして浸かりたかったから、ということにしとこう。
「タケル様ぁ…」
- あ、ごめん。
上の空でピヨを乾かしてたせいで、やりすぎてぽわぽわのもっこもこになってしまった。
いつもは乾くぎりぎりのところで止めてたんだけどね。
器を出して水をいれてやると、すぐ飲んでから、翼の先に水をつけて身体を撫でていた。
熱かったんだろう、マジごめん。しかし器用だな。
こういうとき、本物のヒヨコじゃないのが幸いというか何というか。
まぁ、本物は喋ったり飛んだりしないよね。
●○●○●○●
翌朝、監視も居らず川小屋で安心したのかすっかり食欲の戻ったネリさんだが、朝食前の自主訓練ではやたら付きまとってきてちょっと困った。
今朝はやる気充分すぎるメルさんが1番に外で槍――それも『サンダースピア』――を振っていて、川小屋から出てきた俺を見るなり『さぁ準備運動ですよ!、タケル様!』と実に爽やかな笑顔をして超速で寄ってきたのに『あっはい、僕もそう思ってました!』と剣を振ることにしたんだよね。決してパチとかビリとか言ってる槍が怖くてそうしたんじゃないよ?
そうすると、ネリさんはサクラさんと剣の訓練をすることになるわけで、いやまぁ別に剣じゃなくても魔法の訓練をしてもいいんだけど、何故かいつもこっちが剣をやってるとあっちも剣をやってる。
で、ネリさんがじわじわ剣を振りながら距離を詰めてきて、注意され、また数十秒後にはじわじわと…、ってのがあって、いつも離れてやってるのに今日はすぐ横で剣を振るもんだから気になって仕方がなかった。全く同じ動きをするならいいんだけど、メニューが違うからさ、ときどき木剣が当たりそうになるし、気になるんだよ…。
おかげで俺までいつもより注意される回数が多かった。
訓練を終えて、皆が汗を流しに行っている間に索敵魔法を使ってみたけど、新拠点の小屋にはまだ監視が2人ついていた。
まだ中で寝てるとか思ってるんだろうね、たぶん。
俺たちがダンジョンに行っている間には気付いてこっちに来るだろうから、今日はちゃんと戸締りをして出掛けなくちゃね。あとでリンちゃんにも言っておこう。
そして朝食後、準備を済ませて外に集まった。
「今日は帯剣しているんだな、ネリ」
「え?、あ、うん、何となく…」
サクラさんに言われて返事をしていたけど、たぶんまだ少し不安な気持ちがあるから剣を持って来ちゃったんだろうね。
剣だけじゃなく、採取用の短剣まで腰につけてるし。
まぁ当人がそれで少しでも心の安寧が得られるってことなら、それでいいけどね。
メルさんから槍を預かり、ひと声かけていつもの飛行魔法で飛んだ。
皆がしがみついて来るのも同じ。皆が『ひゃー』とか言うのも同じだ。
でも皆もそろそろ慣れてきたかなと思って、いつもよりかなり速度多めで飛んだので10分少々でロスタニア東8の入り口のところに到着した。
「何だか前より速かった気がします…」
サクラさん目を閉じてたでしょ。よくわかるね。
「え?、そうでした?、昨日と同じぐらいだったような…」
メルさんはだいたい正解。昨日は今日より少しだけ遅かった。
今日のはだいたい川小屋から160kmだから、平均時速およそ960kmってところだね。
誰も前を見てないから気付いてないでしょ、途中音速ぎりぎりだったから正面にゆらゆらと陽炎のようなのが出てたよ。
さすがにこれぐらいまで加減速すると、少しは魔力消費したかな、っていう感覚がある。
あ、でもこんな速度で飛びながら曲がったりアクロバットしたりってのは厳しい。そのうちできるようになるかもしれないけど、今のところは無理かな。間に何もないって索敵魔法でわかってるからこそだね。
メルさんに『サンダースピア』を返して、ダンジョンに入った。
軽く索敵魔法を使い、巡回しているトカゲの位置を教えて俺以外の4人に行ってもらい、俺は行き止まりや端から順番に埋めて行った。
1層2層は埋める部分が多いので、境界門のところでだいぶ待たせてしまうことになりますよ、と予め伝えておいてからの別行動だ。
幸いなのかどうかわからないけど、淀みポイントはこれまでのダンジョンに比べてかなり少ないのでそっちの処理時間は少なめなんだけど、埋める部分が広くて多いからね。
2層の処理を終えるとこんなことをサクラさんに言われた。
「タケルさんばかり作業させてるみたいで、何かすみません」
- いえ、砦のある4B層と町のある層では僕のほうが楽をさせてもらいますので。
と言っておいた。でも埋めるの大変そうなんだよねー、あんなでっかい空間。
まぁ杖の補助もあるし、頑張ればなんとかなるだろうとは思う。
それに前も言ったかもだけど、別に今日中に埋めなくちゃいけないわけじゃないからね。
さて、問題の砦だ。
以前のように木の後ろに土魔法で足場を作って上り、索敵した魔力が多めな個体と塔、それと屋根のある大きめの建物を狙っての天罰魔法だ。
射程外のが2体いたが、気にせず実行。
そして飛行魔法で浮き上がってきたのがその2体。前と同じように金属の弾を飛ばして撃ち抜いて落とした。
あちらからこっちは見えていないのか、浮き上がるだけだからね。
撃って下さいと言われているようなもんだ。
傷ついただけで遅れて浮き上がってきたやつも同様にして落とした。
「これだけ距離があると安全でいいですね」
下に居ればいいのに、俺の後ろに登ってきていたメルさんが言った。
槍はリンちゃんに預けてきたようだ。
まぁ、持ってきても狭いし危ないし使い道無いからね。
- ここからだと砦の手前半分にしか天罰の魔法が届かないんですよ…。
「はい、それは見ていたのでわかります。あの浮いてきたのが竜族なんですね」
- はい、わざわざ狙いやすいように飛んでくれるので助かります。
「あ、また浮いてきま、タケル様には不要でしたね」
まぁ、肉眼で見てるわけじゃないからね。
「その金属の弾は、そのように何発も撃たなければならないのですか?」
- どうしても微妙にズレるんですよ、ほんの僅かのズレでもあっちでは結構なズレになっちゃいますので、なかなか百発百中とは行かないんです。
「タケル様でもそうなんですね…」
弾の組成が完全に均一だともうちょっと命中率も上がるんだろうけどね。
あとは形状とかも関係してそうだ。
- いろいろ条件があるのかも知れません。なので何発かまとめて撃ってます。
そう言えばそろそろハムラーデルの大岩拠点の鍛治師さんから納品してもらえるんだっけ。受け取りに行かなくちゃね。
砦の手前半分、つまり天罰魔法が届く距離に集まったトカゲの集団目掛けて、もう一度天罰魔法を使って数を減らしておいた。
- 竜族らしきトカゲが居なくなったので、メルさんたちの出番ですよ。
「はい!」
何ていい笑顔なんだ。戦闘民めw
台から降りて分解し、皆と一緒に整然と砦へと進んだ。
次話2-96は2019年05月01日(水)の予定です。