2ー093 ~ 調査と確認
「なるほど、タケル様はどちらかの境界門がもうひとつのダンジョン、ロスタニア東9側に繋がるのではないかとお考えなのですな」
戻ってテーブルの上に3層の地図を広げてどう調査を進めていくかを話し合っていると、オルダインさんが確認するように言った。
- そうですね、もっと深い階層で繋がっている可能性もありますのでそれぞれの先を調べて行ってどうかというところですが…。
「水の流れた跡がある程度残っているようなので、それでわかりませんか?」
メルさんが、ここまでの地面や壁にのこっている傷や瓦礫を見ていたんだろう、境界門付近の壁を指差して言った。
- はっきり残っていれば分かりやすいんでしょうけど、地図を作ったときに感知した程度では、どちらの境界門のほうにも多く流れ込んでいるような形跡があるとしかわからないんですよ…。
「そうですか…」
「両方を目で確認するとして、その差はわかるものなのですか?」
- たぶん、わからないと思います。
「ならば、先を調べていくしかありませんな…」
という事で、3層には魔物らしきものは居ないのがわかっている事もあり、ふた手に分かれて一通りぐるっと見て回ることになった。
俺とリンちゃんが左手側からまわって、メルさんとオルダインさんは右手側からぐるっとまわり、それぞれ境界門近くまで行って中央やや奥の広いところで合流することにした。
この3層は奥行きが1kmで最大幅が500m近くある楕円形で、両側の一番幅がある部分から少し奥側にそれぞれ境界門がある。天井は壁近くは15mぐらい、中央部分は20m以上のドーム状といえば分かりやすいかな、それで岩肌がでこぼこしていて、例によってあちこちが薄く光っている。
余談だけど光ってる部分はほんのりと魔力を感じるので、そういう苔か微生物のようなものなのかも知れないね。まぁ今更気にしてもしょうがないんだけど。
メルさんに『サンダースピア』をポーチから出して渡しておく。
国宝なので、川小屋に置いてくるという選択肢は無いんだそうで、以前、偵察でも持参していたのはそういう理由らしい。
でも招待された昼食会に、女性が槍のような大きい武器を持参するのは妙な勘違いをされ兼ねないということで、本来なら護衛の騎士たちが厳重に持ち運ぶんだけど、俺かリンちゃんに預けても問題ないとメルさんが判断したので、預かっていたってわけ。
あ、ドレス姿で槍を持ち歩いたり剣や杖を持つこと自体は、それが主催側であればアリなんだそうだ。似合うかどうかは別にして、ね。
オルダインさんは腰に片手剣を携えているので特に武器は必要ないんだそうだ。
ちなみに、その剣も別にオルダインさん専用のスゴい剣というわけじゃなく、一般兵士と同じものなんだそうだ。朝の訓練のときにメルさんが言ってたんだけど、『達人は剣を選ばない』って言うらしい。元の世界でも『弘法筆を選ばず』って言うね。
でも、直後にやや照れながら『と言っても使いやすさというのはありますよ』といって笑っていたけども。
剣に魔力――オルダインさんは『武力』って言うと思うけど――を纏わせるのだから、たいていの剣なら同じだろう。だからといって何でもいいわけじゃ無いってことだろうね。
とまぁそういうわけで、3層に入ってメルさんたちと左右に分かれて少し走ってから、ちょっとズルいかも知れないけど、上から調べることにする。いや、だって瓦礫が邪魔で視界は悪いし、走りにくいんだよ。
すました顔で俺の後ろを走ってついてきていたリンちゃんに、『上から調べようか』って言ってお姫様抱っこする。
「あ、タケルさま…?」
と戸惑うリンちゃんに返事せずに飛びあがり、走りにくい3層の地面を見下ろして、水が流れた形跡のひとつを目で追うように飛行する。
そういえばひさびさにリンちゃんを、って初めてだっけ?、と抱っこしたリンちゃんを見ると、何だかしおらしく俺の服の胸元をちょこんとつまんでもじもじしていた。可愛い。
こうして見下ろしてみると、瓦礫や泥にところどころトカゲやイノシシの死骸が埋もれているのが見えるぐらいだ。
死んでから何日か経過しているものだし、わざわざ掘り起こしたりする必要もないのでそのまま無視だ。だって泥まみれだろうし、もう腐り始めてるだろうしさ。
あ、そうそう死体といえば、はっきりと検分したわけじゃないけど損傷の多い死体と、そうじゃない死体がある。
損傷の多いのは前に一度来たときにも見たんだけど例の水雷で一部が溶けたもので、1層と2層の浅い部分に居たものの成れの果てだろうね。損傷の少ないものは大量の水で押し流されたときにできた、それ以降の深いところに居たものだろう。
この世界に来てから魔物の死体には慣れてきたとは言え、死体のことばかり考えてると気分が鬱になるので考えないようにしよう。
境界門近くは水がかなり流れ込んだせいか、瓦礫でごちゃごちゃしていた。
瓦礫と言っても、もとからこの層は廃墟の石材がごろごろしてる場所なのだ。
だからほとんど泥と石、それと潅木と草がちょっと混じってるようなのをまとめて『瓦礫』って言ってるってだけだったりする。
だいたいからして廃墟と瓦礫だった場所だもんなぁ…。
それでその、境界門の周りってのは今までの例だと、歩きやすい平らな地面になっていたんだけど、そこに崩れた石材とその『瓦礫』がごちゃっとあって、石材だって元からあったのか押し流されてそこに来たのかは判別できない。
歩きづらいにもほどがあるね。
一応、境界門の手前、歩いて行けそうな場所に降り、門を越えてその層の地図を作って戻る。
ここは3層で、境界門の先が4層なのかどうかはまだわからないが、便宜上4A層ということにしておこう。
地図を少し見ると、その4A層はこの3層と構造はほぼ同じだけど、規模が半分ぐらいだった。境界門は反対側に1つ。魔物は居ないようだ。
とりあえずこの4A層を調べるのはメルさんたちと合流して、もう片方の境界門の向こう側を見てからだな。
ひととおり見てまわり、集合地点である中央奥の広場に到着した。
こういう場所って今までの例からするとでかい魔物が居たりするんだけど、死体もなくただの広場だ。周囲にもそういうのは無い。隅っこのほうにひっかかってる泥まみれの死体があるけど、少し距離があるし気にしないでおこう。
集合場所をここにしたのも、少しだけ高台になっているし、瓦礫もあまり無いので周囲が見やすいからだ。
例によってテーブルと椅子を作り、リンちゃんがテーブルクロスを出して、かけようとしたとき、メルさんたちの近くにあるもう一方の境界門からトカゲらしき大きさの魔物が入ってきた。
●○●○●○●
「以前よりかなり身のこなしが良くなられましたな、姫様」
タケル様たちと分かれて2人で3層を走っていると、オルダインがそう言って微笑んだ。
「そうだな、自分でもそう思う」
「やはりタケル様は特別なお方のようですな」
含みのある言い方をされたので、立ち止まって言い返すことにした。
「特別、か…。確かにタケル様とは互いに教え教わる間柄になったがオルダイン、其方の言い方は別の意味があるように思える」
じっと見据えると、微笑みを消して同じように見据えてきた。
「タケル様の身のこなしは、多少贔屓目に見ても一般兵程度ですな。鷹鷲隊なら見習いにすらなれません。ですが行動を共にした姫様や、サクラ様、ネリ様の身のこなしが以前より数段良くなっております。それが不思議に思えるのですよ」
「それでタケル様に特別な何かがあると?」
「もしくはあの光の精霊様だというリン様が、ですな」
少し目を眇めて言うオルダイン。
「疑っているのか?」
「そうではありません。ですがあの恐るべき魔道具技術といい、これはタケル様にも言えますが強大な力を感じるのに隙だらけな振る舞い、本当は何者なのですかな?」
それを疑うと言うのだがな、と思ったが口にせず、
「まず、タケル様が勇者様である、これについては?」
と問いかけた。
「勇者様方はこことは別の世界から送られてくると言われております。その彼らがお認めになっているなら、疑いようがありませんな」
「その勇者様たちが、リン様は精霊様であると言ってもか?」
「イアルタン教の敬虔な信者であらせられる姫様がそれを信じるのですか?」
「先ほど強大な力を感じると言ったがそれでは信じられないか?」
「それですとタケル様も精霊様ということになりますまいか?」
この頑固者は、自分自身の目で見、肌で感じたこと以外は信じられないようだ。
別に口止めをされているわけでもないし、この際、話してしまったほうがいいのではないか…?
「タケル様は水の精霊様の首飾りを身に着けておられるのだ」
「は?、あの経典にある伝説の、でございますか?」
よく経典の首飾りのことを知っているものだ。
あれはホーラード国内では父王と王都のイアルタン教会にそれぞれ1冊ずつしかない経典にしか記述されていない。一般の信者がもつ手帳サイズの経典からは省かれている。
「そうだ。私もこの目で見た。ロスタニアのシオリ様もそうだとお認めだ」
「……わかりました。それについてはよろしいでしょう、では姫様のご成長については…?」
「それは再会した折にも話したであろう?、其方の孫がまずタケル様たちに教わったことをまとめ、それを元に私も教わったからだ」
「それは魔法についてでは?」
「武力にも通ずることなのだ」
「……それを見せて頂くことはできますかな?」
「今は手元にない。それより其方の孫に直接教われば良いのではないか?」
「それは……」
「冗談だ。戻ってから写本して届けよう。それで良いか?、あまり遅れるとタケル様たちをお待たせすることになるぞ」
「お時間をとらせてしまいました」
とりあえずは表情を緩めたようだ。全く、立場的にも疑い深いのはわかるが…、む、タケル様はどうやら走るのではなく飛行して移動をしたようだ。もう境界門近くまで行っているのがわかった。
「よい。急ぐぞ、タケル様はかなり進んでおられるようだからな」
「姫様はタケル様の位置がお分かりに…?」
私がタケル様の居る方向を向いて言ったことから推察したようだ。
「ああ、タケル様たちはわかりやすいのだ」
返事をしながら走り出すと、オルダインも走り始めた。
こちらも境界門近くまでやってきた。
タケル様が仰っていたように、大量の水が流れ込んだような形跡が残っているが、確かにこれではどれぐらいの量が流れ込んだのかは見当がつかない。
近くの岩と壁の隙間に、泥まみれになっているトカゲの死体が半分埋まっていたのを見つけた。
出ている部分を水魔法で少し洗い流してみたが、ひどい状態で素材として使えそうなものではなさそうだということしか分からなかった。
不意に境界門に変化が現れ、トカゲが門を通って出てきた。
「姫様!」
オルダインがトカゲたちの注意を引きつつ、こちらに警戒を呼びかけ、走り出した。
迎撃に向かうようだ。
だが今はこちらのほうが近い。
「大丈夫だ!」
返事をしつつ石弾魔法を、2方向のどちらに向かおうか一瞬の迷いを見せたトカゲたちに撃った。
いつもなら貫通するはずの石弾が、手前のトカゲにはめり込んだぐらいで、後ろのトカゲたちには少し傷を与えた程度だった。
境界門近くでは威力が下がるとタケル様が仰っていたな…。こういうことか。
前の時は境界門に正対して撃っていたので威力の差には気付かなかったが…。ああ、ほとんどタケル様が倒してしまっていたのだったか。
まぁいい、傷を与える事ができたので、それでさらにトカゲたちの行動を一歩遅らせることができたのだから。
深手を与えた手前のトカゲが何か叫び声を上げ、こちらに向かって走り始めた。
だがもう遅い。
オルダインが向こう側からこちらへ、トカゲたちの横を走りぬけたのだ。
「あの魔法は姫様が?」
「そうだぞ?」
オルダインが私の手前で停止し、境界門のほうに振り向きながら言った。
首を切断され、倒れていくトカゲたち4匹がオルダインの向こうに見えた。
それを確認して剣を鞘に納め、こちらに向き直って言う。
「助かりました。魔法で牽制して頂けたおかげで倒しやすい位置のまま居てくれましたからな。しかし姫様があれほどすばやく魔法が撃てるとは…」
「其方の孫のおかげだと言ったであろう?」
「あれは世辞ではなかったのですか…」
「誰に対する世辞だというのだ」
「…そうですな。ところでもう少し威力が欲しいところでありますな」
「境界門の近くでは威力が落ちるのだ」
「そうなのですか?、それは知りませなんだ…」
少し目を見開いて言った。
説明をしようと思ったが、考えてみれば今オルダインにその説明をしても仕方がないだろう。
それに、タケル様が飛んできたので言うヒマが無くなった。
「メルさん!、オルダインさんも、ああ、もう終わったんですね、良かった」
と浮いたまま言い、こちらに着地するのかと思ったら境界門のところで着地し、そのまま走って門をくぐって行った。
「追いますか?」
「いや、すぐに戻ってくるだろう。大方、索敵して地図を作るのだろうからな」
「トカゲが出てきたということは中にまだ居るのではないですかな?」
「大丈夫だ、タケル様はあの境界門の向こうが少し見えるらしいぞ?」
「まさか…」
「そのまさかだ。あ、これは言って良かったのかな…?」
「あまり吹聴することでもありますまい」
「そうだな」
タケル様が境界門から出て、こちらに駆け足で向かってきた。
「どうやらこの先が最下層のようです。集合場所まで行きましょうか」
そう言うとすぐに私とオルダインごと、結界で包み込んで飛び始めた。
もちろん私はタケル様の腕に飛びついた。
●○●○●○●
「これは…、まるで砦のような構造ですな」
「タケル様が先ほど城砦だと仰ったではないか」
「そうですが、これほどとは…」
城砦型の遺跡構造ですと説明しながら地図を広げて見せたところ、オルダインさんから見ても砦に見えるようだ。
よかった。俺はそういうの専門じゃないもんね。オルダインさんは国の騎士団長なんだから、言わば軍事の専門家のようなもんだ。
そんな人が砦のような構造って言うんだから、それで合ってたってことだ。
- 地図には記してませんが、この城砦部分は周囲よりかなり高くなっていまして、それで水攻めの効果が得られなかったんでしょうね。こちらには川があるようですし、この層に入った水は砦に届く前に抜けて行ってしまったんじゃないかと思われます。
『その川は水が抜けないように栓をしたのですが、単純に高さがあるのと水量が足りなかったのです。申し訳ありません』
- いえ、ウィノアさんは充分過ぎるぐらいやってくれましたよ。おかげでかなり楽ができていますし。
「た、タケル様、今のお声は…、ま、まさか本当に…」
あ、オルダインさんが居たんだった。
名前呼びかけちゃだめだったかな。
「タケル様、アクア様に顕現して頂くことはできませんでしょうか?」
メルさんはもう跪いてて、ちらっとオルダインさんのほうを見て言った。
- え?、メルさん?
あ、オルダインさんは信じてなかったのかな。
あまり気は進まないけど、まぁ、メルさんの希望でもあるし、しょうがない。
でもこのままだと首飾りから出てきちゃいそうだから、土魔法でタライを作ってそこに水魔法でざぱーっと水と貯めておく。
- あー、ウィノアさん、すみませんが出てこれます?
『は~い♪』
タライから手が出た。ひらひらしてる。
あ、引っ張れってことね。はいはい。
いつもならざぱーっと飛び出てくるくせに、何で今回に限ってそういうアクションさせようとするかなぁ…。
手を握って引っ張ると、重さを感じさせずにゅるんとタライからウィノアさんが出てきた。
そしてそのままの勢いで俺にしなだれかかって抱きつく始末。
ひんやりして気持ちいいけど、そういう場合じゃないので手首をつかんでそっと引き剥がした。『あん♪』じゃねーよ。変な声出さないでくれないかな。
ほら、リンちゃんがジト目でこっち見てるし。
あ、メルさんの隣でオルダインさんも跪いてる。
それはそうと、喚び出してどうするんだろうね。
まさか、水攻めしたのは貴女ですかなんて確認するためじゃないだろうし、そんなことのために喚び出したらウィノアさんの機嫌が悪くなるよね。
だから一応フォローしとくか…。
- ウィノアさんのおかげで、トカゲが多くて大変そうだった2つのダンジョンが、かなり楽に処理できそうなんですよ、あらためてご協力に感謝します。
『まぁ、タケル様ったら、ふふっ、本当にお優しいこと』
あ、もうこれバレバレだよね。跪いてるメルさんのほうを見下ろして言ってるし。
言いながら俺の腕をしっかり抱き締めてるし。
これはちょっと剥がせないな。
それに、もういいですとか言えないし、しょうがないからお茶でも付き合うか…。
地図が乗ってるテーブルの隣にもうひとつテーブルと椅子を作った。リンちゃんに目で合図をしておく。
リンちゃんは、しかたないなーって感じの小さな溜め息をついて、テーブルクロスを敷いてお茶を用意してくれた。
お、今日のお茶請けはプリンのようだ。
ガラスっぽい透明な器に入っているタイプ。
椅子を引いて、ウィノアさんを誘導して座ってもらった。
俺は向かいにまわり、リンちゃんが俺の椅子を引いて待っているのにあわせて座った。
『うふふ、タケル様がこうして誘って下さるのは初めてですね♪』
- そうでしたっけ?、まぁ、とにかくどうぞ。
メルさんとオルダインさんが無言で跪いている横で、こうしてのんびりお茶をするのはひじょーに居心地がよくない。
変な汗でてきたよ…。
『まぁ、美味しいですわ、うふふ♪』
この精霊さん、何もかもわかってやってるんだろうなぁ、やっぱり。
美味しいけどさ、状況が状況だけに、素直に味わえないなぁ…。
- お口に合ったようでよかったです。
と言うのが精一杯だよ…。
次話2-94は2019年04月17日(水)の予定です。
20190412:衍字訂正。(訂正前)ロスタニア東9側にに繋がる
誤字訂正。 再開 ⇒ 再会
20190502:訂正。 推測 ⇒ 推察