2ー091 ~ 新拠点にて
「リン様のドレスだったんですか…」
「ビーズのティアラいいなー、いいなー」
「そうあまりじろじろ見られると恥ずかしいのですが…」
メルさんとオルダインさんが『スパイダー』に戻ってきた。
俺はリンちゃんと出迎えて、2人で前後を挟むようにして中に入ってもらった。
するとすぐにサクラさんとネリさんがメルさんに近寄ってきて、食事会では近くで見れなかったからと言って、ドレス姿のメルさんを前後左右から見て褒めまくっていた。
オルダインさんはその様子を見て「はっはっは」なんて笑ってたけど、運転席の横の台の上に乗ってるピヨを目ざとく見つけたようだ。
「タケル様、あの大きなヒヨコは?」
あ、やっぱオルダインさんから見ても大きいんだ。
- あれはピヨって言って、ヒヨコの姿ですけど風の精霊の一種だそうです。
「何と…、精霊様でございますか…、するとリン様の…?」
うーん、関係者かってことを問われてるんだろうけど、まぁ、関係者っちゃー関係者か。
一応、紹介しとくか…。あまり気は進まないけど。
- 少し訳あってうちで世話することになったんですよ。ピヨ。
じーっとこっちを見ていたピヨを呼んで手招きをした。
ピヨは呼ばれたのが嬉しいのか、「はい!、タケル様!」と言って目を輝かせ、ふわっと飛び上がりそのまますいーっと飛んできた。
小さな翼をぱたぱたさせてるけど、普通の鳥みたいに空力で飛んでるわけじゃないから違和感がありまくりだ。
「おお…」
オルダインさんが何に驚いたのかはわからない。いろいろありすぎて。
そうそう、来る時にオルダインさんが、メルさんが『リン様』って呼んでることについて尋ねたのでもういいや、ってリンちゃんが光の精霊さんだってことを話してある。
今までオルダインさんは、勇者の付き人っていう意味で『リン様』って言ってたっぽいので言葉の上ではかわらないんだけどね。
オルダインさんは、『なるほど、報告書には書けませんな』と言ってあれこれ察してくれていたようだった。でも俺を見て苦笑いしてたのは、もしかして前に『精霊様の加護です』って言ったことを思い出したのかな…?
まぁ、何でも精霊さんのせいにしとけばいいか。そんなに間違ってないしな!
ピヨは俺の胸に飛び込んできたのでキャッチ。
それで近くに給水器があるのでその上に乗せてやり、改めてオルダインさんに紹介した。
ピヨが右手(?)を胸にあてて左手を斜め下にし、片足を引いてお辞儀をするという、もうどうみてもどこかのアニメキャラみたいな雰囲気で『初めまして、ご紹介に与りましたピヨと申します』って言った。
「これはご丁寧に、私はオルダイン=ディン=カーライルでございます。よろしくお見知りおきください、ピヨ様」
オルダインさんも同じように右手を胸に、左手を腰の後ろにしてお辞儀をした。
言葉が通じてるようだけど、たぶんお辞儀と雰囲気に応えただけだろう。
ピヨがこっちを見たので通訳してあげたけど、俺は別にヒヨコ語を話すわけじゃないのでオルダインさんにもそのまま聞こえてる。
「通訳ですかな?」
- はい、どうも僕かリンちゃんの言葉じゃないとピヨには意味が分からないようなので。
「するとタケル様にはピヨ様の仰っている言葉が分かるのですか…」
- ええ。さっきも『初めまして、ご紹介に与りましたピヨと申します』って言ってたんですよ。
言葉、じゃないんだけど説明すると長くなりそうだから肯定しておいた。
「ほう、そうだと思って返しましたが、なるほどただのヒヨコではあり得ませんな」
オルダインさんは改めて感心したようにピヨを見た。
ついでに給水器から水を汲んでオルダインさんに渡し、俺も少し飲んだがピヨが欲しそうに見てたので、コップを近づけて傾けてやった。
その間、女性側はドレスについて喋ってたようだけど、ネリさんがこっちに来て、
「タケルさんタケルさん、ほらほら、ふふ~ん」
と、メルさんから借りたのかビーズ製ティアラを頭に着けてポーズをとりながらくるっと一回転した。
「ほっほ、お似合いですぞネリ様」
俺がちらっと後ろで呆れたように苦笑いをしてるサクラさんと、仕方ないなぁとでも言いそうなメルさんを確認してから、何か言う前にオルダインさんが褒めた。
ということは、いいのかな?
- ああうん、似合ってる似合ってる。
「タケルさんのは心が篭ってないー」
両手を胸の前で組んだり、後ろ手にして腰を少し曲げたりと、いろいろポーズを変えていたネリさんがそれをやめてこっちに迫ってきた。
両手を胸元でネリさんに向けて一歩下がる俺。
- ちゃんと似合ってますって;
「ほんとにぃ?」
こくこくと頷いておく。
ビーズのティアラは薄く色が乗ったビーズをふちのところに中央を赤っぽく、両サイドを青っぽくグラデーションを描いて配置している。すると、メルさんの金髪が透けると明るい黄色が混ざるので不思議な色合いの輝きになるんだ。
基本的には透明の粒々なので、金銀とはまた違った上品さがあり、さりげないけどしっかり存在がわかる。
ネリさんはメルさんより少し濃い色の金髪だけど、似たような色だから同じように映える。
作った俺が言うのも何だけどね。
開けっ放しの入り口越しに、鷹鷲隊のひとが声をかけた。
「団長!、進発準備が整いました!」
それにオルダインさんが太い声で返した。
「ご苦労!、先導を頼む!」
「はっ!」
彼は胸に右拳をどんと当て、走って自分の馬のところに行き、騎乗した。
それに合わせるように他の騎士たちも騎乗した。
いつの間にか運転席に着いていたリンちゃんが操作して扉を閉め、両側の騎士たちの間を通って先頭の騎士の後ろまで『スパイダー』を徐に移動させた。(※)
その間に俺たちは『スパイダー』内で席に着いた。
俺はピヨを給水器の上から抱き上げて席に着き、膝の上に乗せた。
「あ、タケルさんいいなー」
「私もピヨちゃんを抱きたいです…」
- あとでね。
「はーい」
それはいいけどキミ、ティアラをメルさんに返しなさいよ?
頭につけたまんまだけどさ…。
そういう意味を込めて自分の頭を指差すと、思い出したのか、はっとした表情をしてティアラをメルさんに返していた。
先頭の騎士が片手を挙げ、肘を曲げた状態のその手をさっと前方に、切るように振り伸ばす。
そして人が駆けるぐらいの速度で全体が揃って動き出した。
来るときより騎士の数が少ない気がしていたんだけど、前方で進路警戒をしていたようだ。
第一防衛拠点を出るまではその速度で、他の人が飛び出さないように前方で両側にところどころ騎士が騎乗して並んでおり、俺たちが通過するとその騎士たちが後ろに並んでついて来るという仕組みだとわかった。
拠点を出ると先導の騎士さんがまたハンドサインを出し、速度が上がった。
その際、ハンドサインは両側の騎士の何人かが後方に伝えるように真似てやっていたようだった。
- 前のひとは後ろを見ないようですけど、後ろから何か知らせるときはどうするんです?
何となく興味をひかれたのでオルダインさんに尋ねてみた。
「後ろからは笛を使います。歩兵隊の場合ですと太鼓ですな。規模が大きい場合は魔道具を使います」
- ほう、魔道具があるんですか。
「あまり距離が離れると届きませんのでいくつも中継が必要ですが、ございます」
- ちなみにどれぐらい届くんです?
「そうですなぁ、100m間隔で1台ずつ、つまり中規模の1部隊ごとに1台ずつ持たせるようにしておりますが、最大で200mほどですな、魔導師の魔法と同じぐらいでしょうか」
普通の魔法と同じぐらいの射程距離ってことか。
- なるほど、すると王都まで連絡ができるというものではないのですね。
「勇者様の世界で使われていたという、無線機というものの事ですかな?」
オルダインさんはピクっと片眉を上げて面白そうに言う。
- あるんですか!?
「いいえ。何方もその仕組みをご存知無いとの事でしてな、分かる範囲のことは聞いておりますが、もしかしてタケル様はご存知なのですかな?」
一応、大学で単位をとるのにちょっと勉強はしたけど、1から作るのは無理がある。
ここで下手に『知ってる』なんて言ったらまずいだろうな、やっぱり。
- 残念ながら、わかりません。
「それは残念ですな」
油断のならない雰囲気がオルダインさんから伝わってくる。
ここは言い訳しておくか…。
- 魔道具を使えても、仕組みや理論を知らなければ作れないのと同じですよ。
「なるほど、道理ですな」
これ以上喋ってると俺もボロが出そうだし、そのうち『スパイダー』についてもあれこれ訊かれたりしそうな気がしたので、膝に乗せて手で支えていたピヨを抱き上げて運転席のほうに逃げることにした。
第一防衛拠点を出て安定走行に入ったってのもある。
来る時もそうだったけど、『スパイダー』の運転席にある速度計によるとだいたい時速40kmちょいぐらいで走っていた。
途中休憩が1度あるぐらいで、よく馬がもつなとは思ったが、軍馬とはそういうもんらしい。
移動中、ネリさんが期待を込めた目で見ていたので、ピヨには諦めてくれと言い聞かせてから、ネリさんに渡した。
- あまり強く抱き締めたりしないであげてね。
「わかってますって」
本当にわかったのかな…。
「あれ?、何かピヨちゃん大きくなった?」
「そうなんですか!?、ちょっと私にも抱かせてください」
サクラさんも席を立って2人のところに行ったし、ピヨは人気者だなぁ。
「タケル様のように優しくできないのか!」
「あれ、何か嫌がってますよ?」
「もっと優しく撫でて欲しいみたい」
「こう、でしょうか…?」
メルさんとネリさんは、ピヨが何を話してるのか少しだけ分かるようだった。
「タケルさんみたいに指で撫でればいいのかな…?」
これはピヨが成長して出力(?)が上がったからなのか、メルさんとネリさん側の感度が良くなったからなのかはわからないけど。
嫌がってるぐらいのことなら言葉がわからなくても伝わるか。
●○●○●○●
新拠点に到着し、オルダインさんや騎士たちと挨拶をして別れた。
サクラさんとネリさんも同様のはずだったんだけど、ネリさんは『もうサクラさんだけでいいじゃんー』ってだだをこねていた。
第一防衛拠点でもイヤだって言ってたもんなぁ、いざ別れる段になって、相当イヤさがぶり返したというか、そんな感じなんだろう。
でも地べたに座り込んでしまうほどなのか?、子供じゃないんだから…。
サクラさんが困ったように目線で俺に訴えてるんだけど、どうしようかな。
- 今晩は仕方ないと諦めてもらうしかなさそうですが、最短で明日、もしかしたら明後日なら何とかなるかも知れません。
ネリさんを見ながらそう言うと、ネリさんは座り込んだまま、顔を上げて俺を見た。
「タケルさん…?」
「どうするんですか?」
サクラさんとしてはたぶん、ネリさんを説得して欲しいって思ってたのが、違う方向に俺が話をし始めたので怪訝そうな表情だ。
でも、サクラさんもきっと本音では王子様に振り回されるのはイヤなんだろうと思うよ。
- 特に王子様のほうからサクラさんたちに用があるというわけじゃ無いんですよね?
「ええ。まぁ…」
- それと、現状どこまで報告したんですか?、あ、僕が聞いていい程度でいいので。
「地図を見ながらでないと…」
サクラさんは座り込んでるネリさんの腕を掴んだまま、オルダインさんが入っていった新拠点の本部天幕を見た。
別に『スパイダー』の中でもいいんだけど、オルダインさんたちにも知っておいてもらったほうが手間が省けていいかもしれない。
- んじゃ少し打ち合わせをしましょうか。
「はい、ほらネリ、行くぞ」
「はぁい…」
本部天幕にぞろぞろと入ると、作戦台のところに集まっていたオルダインさんと鷹鷲隊の面々が一斉にこっちを向いた。
黒甲冑だらけで、実に暑苦しい。
実際、さっきまで外で騎乗していたひとたちだから、外よりも熱気が篭っていた。
こっそり火魔法と風魔法で室温を下げよう。ついでに作戦台の下に氷の塊を置こう。
「おや、どうされましたかな?」
- 少し打ち合わせがしたいんですが、オルダインさんにも聞いてもらったほうがいいと思ったので。
「…なるほど、私だけ、ですか?」
- ああ、人払いする必要はありませんよ。
どうせあとで報告書で伝わる話だろうし。
言いながら俺は作戦台に、ポーチから出した最新の地図を広げた。
と言っても、作戦台の上に広げられていた地図とそう変わらない。
変化のある点といえば、ロスタニア東8ダンジョンの入り口周囲に円形の囲いがあるぐらいだ。
- まず、どこまで報告されたのかを教えてもらっていいですか?、サクラさん。
「はい、このロスタニア東6と、中央東8、それと、あ、タケルさん、ここってダンジョン化していた収束地でしたよね?、名前はハムラーデル東5でいいんですよね?」
- あっはい、そうですね。報告書にはそう書いたんですか?
「はい、名前を決めてなかったようでしたので、東から数えて順番でいいかと…、すみません確認せずに勝手につけてしまって…」
- あ、そんな、頭を上げてください、シオリさんのほうと合わせてあるなら問題ありませんし、もうそのダンジョンは存在しないんですから。
「はい、シオリさんと報告書を書いていて、名前が無い事に気付いたのですが…」
- 僕が出かけてて居なかったんですね?
「はい…」
- それじゃ仕方ないですよ。それに僕が必ず名前をつけなくちゃいけないわけじゃないですし。それで、それらのダンジョンを結んだ南北のラインが、最前線ということで報告した、ということですか?
「は、はい、シオリさんと相談して、このロスタニア東5と東6の跡地のあたりに拠点を作る予定にして、仰るように防衛線をこの南北を結んだところに敷いて警戒線としようという予定です」
そっか、2人が報告書を書いていた時点ではまだ物見の塔を作ってなかったんだっけ。
- なるほど、現在はその東5と6のすぐ横に、ハムラーデルにひとつ作った物見の塔を、ひとつずつ建ててあります。ロスタニアが拠点を築くのはまだ先でしょうけども。
「はい、なので、こちらのロスタニア東7については報告していません」
ふむ、場所が離れてるもんなぁ、森の中だし。水量は少ないけど川を越えるし…。
たぶん、警戒線の構想上、そんな場所のことを言うとややこしくなるから言わなかったんだろうね。
最前線での情報と、本国での情報に差があるのは普通のことだろうし。
そりゃ元の世界のように情報伝達速度がほぼ即時、というような技術があるなら差は無いほうがいいんだろうけど、この世界では差があって当然だからね。
作戦や計画は現地で行うからこそ、騎士団長が最前線近くに居るんだろうし。
- わかりました。ありがとうございます。
「いえ、どういたしまして」
- それで僕が把握してる現状ですが、このロスタニア東8に囲いを設置して、大規模な水攻めを行ったんです。
「え…?」
「大規模な水攻めですと?」
- はい、詳細や方法については今はおいておくとして、結果的にそうなったということで。
「……はあ」
「……」
- その過程で、もしかしたらこの東8と9は、内部で繋がっているのではないかという疑いがあります。
「え…?」
「それは、確かですかな?」
- 確かめたわけではないんですが、東8から送り込んだ大量の水が、東9から出てきたんです。
ウィノアさんがそう言って、さらに東9の入り口からも大量の水を押し返すように送り込んだんだよね。だから俺が確かめたわけじゃない。
でも信用できる情報なのは確かなんだ。
「タケル様の地図は距離や方位が正確に記されていると我々も周知しておりますが、この地図で見ると東8と9はだいたい20kmほど離れているように見えますぞ?」
- はい、そうですね。
「もしこれが内部で繋がっているとして、一体その膨大な量の水はどこから引いたのですかな?」
まぁ、そう疑問に思うのも実によくわかる。
そのあたりはもう精霊さんパワーだと納得してもらって、さっさと本題に移りたいんだけど、納得してもらえるのかなぁ…。
- こちらのカルバス川から、水の精霊様にご協力して頂いて膨大な水量を送り込んでもらいました。
「……ああ、なるほど」
サクラさんは納得が行ったようだ。でも目を閉じて片手でこめかみを押さえている。
たぶん、報告書にどう書けばいいのかを考えて少し頭痛がしたんだろう。
「は…」
でもオルダインさんのほうは思わず小声が漏れたような雰囲気だ。
作戦台から一歩下がって話を聞いている鷹鷲隊の隊長さん以下のひとたちは声も上げずに成り行きを見守っているようだ。
このへんはさすがとしか言いようがないね。
口々に騒がないだけありがたいけどさ。
「み、水の精霊様、ですと…?」
- 今日、ロスタニア東8と9が入れるか見て来るつもりなんで、もし水がある程度引いていて入れるようなら明日にでも内部の調査をしようと思っています。それで水が引いていたらの話になりますが、サクラさんとネリさんにも同行してもらえれば助かります。
「は、はぁ…、あ、そういうことでしたか。わかりました」
どうやらサクラさんには伝わったようだ。
作戦室の壁際に座り込んでいるネリさんのところに下がり、しゃがんでネリさんに説明し始めた。
「タケル様、もう少しご説明頂けますかな?」
さて、そっちはいいとして、このオルダインさんをどうしようか…。
もういっそのこと、連れていって実際に見てもらうか?
連れてっていいのかな?、ここはひとつメルさんに協力してもらおうか。
- あ、少しお待ちを。メルさん、ちょっといいですか?
作戦台から少し離れたところでリンちゃんとメルさんが並んで立っているのは魔力感知でわかっていたので、そちらを向いてメルさんを呼んだ。
「はい、何でしょう?」
おお、着替えてないのでドレス姿のままでティアラも着けてる。そんなので微笑んで歩み寄られると破壊力抜群だな。お姫様すぎて近寄りがたい。
魔力感知の目で見る分には問題ないんだけど、視覚的なアレで眩しい。
さっき『スパイダー』の中では気にならなかったんだけど、甲冑姿の兵士さんたちが居ると雰囲気がだいぶちがうので、きらきらのお姫様が浮き立つんだよ。
だから意識しちゃうっていうかね。
近くの兵士さんたち、ささっと下がって跪いちゃったし。
うん、気持ちはわかる。俺もそうしたくなったし。
- (小声で)今日の調査にオルダインさんを連れてってもいいでしょうか?
「(小声で)はい?、それは私に言われても…、それよりも、あの、私は?」
あ、なんか不満そうに言われた。
- もちろんその場合はメルさんも一緒ですよ?
「その場合は?、ではオルダインが行けない場合はまたタケル様おひとりで行かれるお積もりでしょうか?」
メルさん近い、近いって。後ろ作戦台なんだから、俺下がれないんだからそんなに寄って来ないで。
- え、あ、はい…、まぁ、そうなりますが…。
あと数cmってところまで迫られ、真下から見上げるように睨むメルさん。
ほんの1・2秒だったけど、体感的には数十秒ほどに感じられた。怖ぇ…。
「オルダイン、タケル様の調査に同行を命じる」
「は?、メルリアーヴェル様?」
「当然私も同行する。甲冑は不要だが軽装備に着替えて私を待て」
「…了解いたしました。仕方ありませんな」
「リン様、お手数をおかけ致しますが、私の着替えをお手伝い頂けないでしょうか?」
リンちゃんはちらっと俺を見てから、「わかりました」と言ってメルさんについて作戦室の奥、2つある出入り口の右側の部屋へと入っていった。
「ベルガー、後を頼む」
「はっ!」
オルダインさんは隊長さんに声をかけてから、メルさんとリンちゃんが入ったのとは別のほうに垂れ布を手でよけて入って行った。
隊長さんの名前、ベルガーって言うのか。
そういえば最初にメルさんと一緒に鷹鷲隊に合流したとき、紹介されたような気がする。
隊長さんは先頭のほうから来て、すぐまた戻っていったのであまり印象なかったんだよ。
「タケル様、団長と姫様のことをよろしくお願いします」
- あっはい、こちらこそよろしくお願いします。
あ、なんかへんな受け答えしちゃったか。
メルさんに迫られた直後だったんで何か焦ってしまってた。
隊長さんも一瞬へんな顔をした。
「ところで、調査と仰いましたが、その、東8と東9というのは地図のこちらでよろしいんですね?」
- はい。
「大変申し上げにくいのですが、こちらまで目算で220kmほどあるように見えますが…」
- はい、ああ、大丈夫です、日没までには戻ります。
「勇者様の仰ることを疑うわけではないのですが…、あのスパイダーでしたか、あれはその…」
- 信じられないというのもわかります。でも大丈夫です、『スパイダー』ではなく飛んで行きますので。
隊長さんは複雑な表情のまま近くの兵士たちを一瞬ちらっと見回した。
何人かが頷いていたのを見て、『そ、そうですか…』と言った。
頷いていた兵士さんは、俺が飛んで移動しているのを目撃したことのある人たちなんだろう。
それからの数分、何だか気まずい空気が流れていて、誰も喋らずにただ立ったまま、誰もが視線を合わさないようにじっと作戦台の地図を見ているという、妙な空間になっていた。
何だかあれだよ、エレベーターの中みたいなさ。
ほら、乗ってる人みんなが、視線を合わさないように階数表示のところを見るしかないような、そんな感じのさ。
あれって地味に首が疲れるんだよね。
(作者注釈)
『徐に(おもむろに)』とは、『ゆっくりと』という意味です。
通学路などに『徐行』と書かれた逆三角(▼)の道路標識がありますね。
それが示すように、『徐に(おもむろに)』とはゆっくりと落ち着いた動作を意味します。
次話2-92は2019年04月03日(水)の予定です。
20190328:冒頭部分を少し修正。