2ー090 ~ 昼食会前後
- え?、飛んで行こうって思ってたのだけど、だめ?
「それが、おそらくオルダインが新拠点に馬車を用意していると思いますので…」
- ああ、乗り物がないと格好がつかないってことですか…。
「はい…、申し訳ありません」
ふーむ、時間的に間に合うのかな…?、あ、だからいま言われたのか、そうか。
それに、王女様が乗ってますよ、みたいな豪華なのって無いんじゃないのかな。
あ、オルダインさんって国の偉い人だっけ。
- オルダインさんの馬車ってこと?
「そうですね、それしか持ってきていないはずです」
ああ、他のは騎士団の荷馬車ってことね。
それにしても馬車かー、どうしようかな。
- ドレスは?
「ひとりでは着られませんので…」
頬を少し赤くして俯き加減で言うメルさん。
そこ恥ずかしいポイントなんだ。よくわからんが。
ということはリンちゃんも来るのね。
んじゃもう『スパイダー』で乗りつけちゃっていいんじゃないかな。
- じゃあ新拠点まで飛んでって、『スパイダー』に乗って行きましょうか。
「え?、よろしいのですか?」
- うん。どうせもうロスタニアにもハムラーデルにも見せちゃってるしさ。
それにオルダインさんの馬車ってわかっちゃうんでしょ?、同じ借りものだってわかるなら、いっそのこと驚かせてしまえってね。
「タケルさまが何だか悪い顔をしてます…」
「リン様…、よろしいのですか?」
「あたしはタケルさまに従いますので」
「…わかりました」
というやりとりを朝食の前にして、朝食はテーブルマナーのチェックをされ、いくつか注意されたが何とかぎりぎり合格をとって、少し休憩をし、それから3人でズバッと飛んで新拠点に行った。
「おはようございます。タケル様、メルリアーヴェル様、リン様」
- おはようございます。
「おはようオルダイン、早速で悪いが馬車は不要になった」
オルダインさんは、『不要』と聞いてピクッと表情を笑顔から引き締めた。
「すると騎乗されるのですね」
なるほど、黒甲冑で行くんだと考えたのかな。
「いや、タケル様の乗り物をお借りすることにした」
「ほう、そうでございましたか。しかしそれはどちらに…?」
- リンちゃん。
「はいタケルさま」
いや、実は到着したらすぐ出そうって言ってたんだよ。
それが、新拠点で着陸するときはそこって決めてた広場で、オルダインさんたちが馬車や馬の用意をしてたんだよね。
だから出すひまもなく挨拶になっちゃった。
リンちゃんがリュックを下ろして取り出す異様なシーンは、見慣れていない騎士たちがすこしざわめいただけで、俺たちにはどうと言うこともなく『スパイダー』(2号改)が広場に出現した。
「ほほう…、これが報告書にあった『スパイダー』という乗り物ですか…」
「馬車など比べ物にならんぐらい速いぞ?、ふふん」
どうしてメルさんが自慢げなんだろう?、まぁいいけどさ。そう言いたくなる気持ちはわかるし。
「ほう…、それは随伴する騎士たちが助かりますな」
ああ、黒甲冑暑いもんね。
「騎士が全力で走っても問題ないぞ?」
- いや、それは加減しますって。こちらが合わせますよ、オルダインさん。
「それは助かります。よろしくお願いします。タケル様が御者をされるのですかな?」
- あ、いえ、こちらのリンが操縦しますので。
ぴくっと魔力のゆらぎをリンちゃんから感じたけど、もしかして俺にさせるつもりだったのかな…?
でもそんな、周囲を騎士さんたちが走るのにあわせるなんて微妙なのを初心者にさせないでほしい。だからリンちゃんにお願いする。
「そうでございましたか。ところで私も乗せて頂けるのでしょうか?」
- もちろん、そのつもりです。
「それは楽しみですなぁ…、はっはっは」
屈託の無い笑顔だなぁ、ここだけ見れば普通にガタイのごっつい爺さんなんだけどね。
考えてみりゃ全然普通じゃ無いな。爺さんには見えないし。
- ところでサクラさんとネリさんは…?
「お二人でしたら今朝早くあちらに行かれましたな。所属がティルラですし、それに、もう魔物の襲来もなく安全だと昨日報告した手前もありますから、仕方ありますまい」
そういう言い方をするってことは、ネリさんあたりが行きたくないってだだ捏ねてたのかな?
●○●○●○●
昼食会では練習した通りに紹介され、挨拶をして、オルダインさんたちの近くの席に座り、練習したように無言でパンみたいなのと肉を焼いたみたいなのとシチューを食べた。
どういう席順なのかよくわからないけど、王子様の近くじゃなくて良かったよ。
想像してたような長いテーブルじゃなく別々の布かけてあるテーブルだった。もしかしたら警備上の都合とかあるのかも知れないね。
サクラさんとネリさんはその王子様と同じテーブルで、澄ました顔をして席に着いてた。
ネリさんが、目からハイライトが消えてるような雰囲気を漂わせてたので、そうとうイヤなんだろうな。俺にもどうにもできないので見なかった事にしたけど。
食事前には会話してもいいようで少し話し声がしたが、テーブルとテーブルの距離があるので王子様たちはこちらには話しかけることはなかった。
そして食事中はずっと無言で、でも視線は感じたし、ちらちらと見られてたように思う。
よくわからん食事会だなぁと思った。
え?、味?、いや別に普通…、ってか特に美味しいというわけでもなく不味いわけでもなかった。あー、シチューは何か味がいまいちだったかなぁ、塩味が強めだった気もする。
でも皆は表情を変えず黙々と食べてたし、そういうもんなんだろう。
あ、そうそう、シチューにソーセージが入ってたよ。
へー、あるんだ…、って感じだったな。
いやほら、市場で見かけたりするもんだろ?、でも『勇者の宿』とか『東の森のダンジョン村』とか、『ツギの町』では見かけなかったんだよ。
まぁもちろん市場だって全部を見てまわったわけじゃないし、季節的なものなのかも知れないのでたまたま見かけなかっただけだったのかな。
昼食のあとお茶に誘われた。しかし俺は行かなくていいようで、代わりにオルダインさんがメルさんと一緒に参加するようだ。
マジ助かった。そんなの練習してないからね!
それで俺は、『スパイダー』のところに行った。他に行く場所ないからね。
到着したとき、昼食会場の天幕近くまで行き、随伴の騎士のひとりが扉の前まできてノックをしてから脇に避けた。これは事前にそう動いてくれないと外に開くから危ないよって伝えておいたからだ。
前んときはいわゆる自動ドアみたいにスライドして開いてたはずなんだけど、改造されて変わっちゃったのか、上下7:3ぐらいで分かれて開くようになってたんだよね。
それで下側はスロープになって手すりが出る仕組み。
いや、かっこいいけどさ。正直どうなんだと。
だってこれ、乗降姿勢ってので地面ぎりぎりの高さになるんだぜ?、バスとかにあるあれだよ、ノンステップとか言うやつ。
何ていうか、無駄な装備な気がするんだよ。
でもオルダインさんは『おお…!』って乗るときに目を輝かせてた。
乗ってからも乗り心地が素晴らしいだの水が爽やかで美味しいだのと、最初のうちは大人しく座ってたのに、何せ舗装されてない道だからゆっくり――それでも馬車の倍以上――走ってるから全くと言っていいほど揺れないし、俺が給水器で水汲んで持ってったらあれこれ尋ねられて、そのうち自分でも動き出したんだよね。
さすがに到着前には席に着いてたけども。
ま、それはそれとして、皆が降りたあとはリンちゃんは乗ったままで、何人かの騎士についてって馬車が何台か停まっている場所に『スパイダー』を停めて待っててもらってたってわけ。
「おかえりなさいませ、タケルさま」
俺が歩いて来たのを察知したんだろう、リンちゃんがスパイダーの扉の前に出て笑顔で迎えてくれた。
- ただいま、リンちゃん。先に川小屋に戻ってくれても良かったんだよ?
「いいえ、今日は特にどこかに行く用事もありませんから」
- そう。まぁ、僕もこれからメルさんやサクラさんたちを待つんだけどね。
と言って笑うと、リンちゃんも『ですか』といって微笑み、そして一緒に『スパイダー』の中に入った。
「おかえりなさいませ、タケル様」
- ああ、ただいま。って、ピヨ居たの?
「休み休みではありますが、ここまで飛んできたようです。ちょっと驚きました」
- へー…?
「タケル様にいろいろご指導を頂きましたので」
そんな大層なご指導をした覚えはないんだけどなぁ…。
とりあえず褒めて欲しそうだから褒めておこう。
- そうかそうか、偉いな、よしよし。
「あ、ありがとうございます…」
あれ?、何か一回り大きくなってるような気が…。
- ピヨ、もしかしてちょっと成長した?
「あ、タケルさまもそう思います?」
「私めにはわからないのですが…」
ヒヨコが若鶏になったんじゃなく、ヒヨコのままひとまわり大きくなってた。
もともと俺の知ってるヒヨコよりでかかったのに、さらに…、遠近感がおかしくなるというか何というか、現実離れ感が半端ないな。まるでお風呂のオモチャのようだ。
そんなのが天井から身を乗り出すための台の上にちょこんと座って首を傾げている。
もう何でもいいや、どうにでもしてくれって気になるな、これは。
- まさかこのまま大きくなるのか…?
「わかりません…」
ピヨは何と返せばいいのかわからないような表情をしている。
- まぁそうなったらそうなった時だな、とりあえず今は撫でやすいから良し。
「そうですか…」
もしかして今まで食べてなかったのが、食事するようになって反動で成長した…?、いやそんなまさか。
いいや、リンちゃんにも分からないんだから考えてもしょうがない。
- しかし休みながらとは言え、よくここまで飛んでこれたね。
「はい!、頑張りました!」
「頑張ってどうなるものでもないような気もしますが…」
言葉ではそう言うリンちゃんだが、少し安心したような表情をしているので、前に言っていたピヨの安定化につながる事なのかな。だったら俺も安心だ。
- そうかそうか、よしよし。
もふもふ感も倍増だから、これも良し。うん、いい手触りだな。
あ、リンちゃんがじっと見てる。このへんでやめとくか。
●○●○●○●
「聞いてよタケルさんー、あの王子様今日帰るはずだったのに、しばらく残るんだってさ。そのせいであたしもまだ川小屋に帰れないんだってー!、ちぇー!」
- そうですか。
「そうですか、ってそんなー」
それを俺にどうしろと…。
「タケルさんに言ってもどうしようもないだろう」
「タケルさんなら何とかできるかもって…」
- 無理ですって。ティルラの王子様のことなんて。
むしろ何とかできると思うほうがどうかしてる。
「えー」
「いい加減あきらめろ。タケルさん、そういう事ですのでしばらくは新拠点の小屋をお借りすることになりそうです」
- ああ、どうぞ好きに使ってください。
「ありがとうございます」
「タケルさんちのご飯のほうが美味しかったなー、やだよー喋っちゃダメなんて食事ー!」
何か目が半分死んでたもんね。
- ところでメルさんたちは?
「あ、私たちは別だったので…、侍従長の方と今後について打ち合わせをしていたんです」
「あ!、でも最前線で魔物と戦うなら行っていいって言われたよ!」
嬉しそうだな。戦闘民か。
じゃなくてあの食事に付き合わされるのがイヤなだけか。
- そうですか…、んー、ロスタニア東8ダンジョンがどうなったか、ちょっと見てこないことには何とも…。
「え?、また見に行くの?」
- はい、あれからまたちょっとあって、時間を置いて見に行くことになってまして…。
ウィノアさんが水攻めしてたからね。水攻めというか大量の水で押し流すというか洗い流すというか…。
「それに、あの大量のフォルメスのことも…」
「あ!、美味しかったよ!、タケルさんありがとう!」
え、あれ食べたんだ…。
- あー…、そうですか。美味しかったならまぁ、うん、良かったです。
「何その意味ありげな言い方…」
- 別に他意は無いですよ!?、僕は食べなかったってだけで。
「えー?、あんなに美味しいのに?」
サクラさんも頷いて意外そうな顔をしてる。
美味しいかどうかじゃないんだよ。
確かに、不気味なものほど珍味だとか美味いとか言う話は元の世界でもあったけど。
ちょっと思い出したくないので詳細は控えるけどね。
- メルさんやシオリさんにも言ったんですが、調理方法を知らないものは僕にも手が出せないんですって。
「高級食材らしいですからね…」
「新拠点に居た人たちもめちゃくちゃ喜んで食べてたよ!」
- へー、喜んでくれてたならそれで。
そういえば外にテーブルやら椅子やらが出てて、調理設備のテントがあったっけ。それがそうだったのか。何かのお祭りでもあったのかと思ったよ。
「みんなメルさんに感謝してたよ?、姫様ありがとうって、とってきたのタケルさんなのに…」
- ああそれは別に構いませんよ、メルさんにというかそれぞれの国に寄付したようなものですし。
それにとってきたのは俺じゃなくてウィノアさんね。
これ言うとまた騒ぎになりそうだから言えないけどさ。
「タケルさんらしいというか…」
「そうだよ、もっと主張してもいいのに…」
何で2人とも不満そうなんだ?
- そういうのは引き受けてくれるひとがいると楽でいいなって…。
だってあれこれ面倒じゃないか。
「それは分かる気がします」
「楽なのは大事だよねー」
同意してもらえて何よりだ。
●○●○●○●
「良かったのですか?、あのようにお断りをされて…」
「毎日など付き合ってられるか!、全く、どういうつもりなんだ、メルパス王子は…」
王子の天幕を出て、すたすたと歩いて馬車停めの近くまで歩いたところでオルダインが話しかけてきた。
抜け目のない彼のことだ、近くにティルラの者がいないと判断したのだろう。
「そうですなぁ…」
足を止めてちらと見上げるとオルダインも同様に立ち止まり、意味ありげな視線でこちらを見た。
まさかとは思うがストラーデ姉上のように私も婚約者候補にと考えたんじゃなかろうな…?
いや、滞在を伸ばしたことと、直接そう言葉にされたわけではないが『この機会にホーラードとティルラの更なる友誼を』であるとか、『将来はお互い義理ではありますが』などの妙な言い回しをしていたところを、そして今のオルダインの表情を見ると、あながち的外れというわけでもないのだろう。
「ああ、言うな。分かってる」
ばからしい話をさえぎるつもりで目の前で手を振った。
「ですが、」
「構わん。考えたくもない。あんな軟弱者などこちらが願い下げだ」
「それを仰いますと…」
「う…、もういい、開き直った。今まで言ったことはなかったが、私より弱い者など相手にしたくないと伝えてもいいぞ」
オルダインは薄笑いを浮かべてひとつ大きく頷く。
「なるほど。しかし今日の姫様はどこに出しても恥ずかしくない姫君でしたなぁ、ドレスもよくお似合いでございますし」
「なんだ急に。先ほどあの王子からもあれこれと褒めちぎられたところだぞ?、よくもまぁあれだけ舌が回るものだと感心したぐらいにな、これ以上重ねるな」
そして片膝をついて高さをあわせ、私の顔を正面から見つめた。
「お、おいオルダイン…?」
「そのような姫様が、今まで口にするのを避けていらした事を今更のように仰る。さてはタケル様ですかな?」
「な…、そ、そのような恐れ多いことは考えておらん」
「お顔が赤いですぞ?」
思わず手を顔にやってしまった。やられた。
「やめろ!、恐れ多いと言ったであろう!、父上にも話すのではないぞ!?」
「仰せのままに。ではそのタケル様がお待ちのようですので、このへんにしておきますかな、はっはっは」
全く、この爺め…。
オルダインはすっと立ち上がり膝をさっと払うと、『スパイダー』の扉の前に出て不思議そうな表情をしているタケル様のほうへするすると歩いて行った。
次話2-91は2019年03月27日(水)の予定です。
20190328:「ら」抜けを訂正。⇒ 「ひとりでは着られませんので…」