2ー089 ~ ドレスと装飾品
昼食を食べたら何だか眠くなってきて、ソファーにもたれてピヨをふにふにと撫でていたらいつの間にか眠ってたようだ。
結構疲れてたんだな。
シオリさんに起こされたときには、外にはロスタニアから来たひとたちがいた。
ティルラ・ホーラード向けの水槽馬車がなかったし、メルさんらしき反応が移動中だったんで俺が居眠りしている間に持ってってくれたんだろう。
んで、水槽馬車の説明をして送り出し、またソファーでだらだらし始めたら今度はハムラーデル側からカエデさんも一緒に水槽馬車を取りに来た。
また同じように説明をして持ってってもらった。
そうそう、カエデさんは水中に空気を送ってやらないと魚が死ぬ、ってことをちゃんと理解してくれたようで助かったよ。
メルさんは、『はぁ、そういうものなのですね』と、鵜呑みにしてくれてたけどさ。
シオリさんには説明してもよく分かってもらえてなかったようだったからね。
何せ、『水中で窒息するのは当然ではないのですか?』とか、『水中にすむ魚が窒息するという意味がわかりません』とかさ、もうね、迫ってきて怖いんだよ。ほんと勘弁して、って思ったよ。
いつもならサクラさんが助け舟を出してくれたり、説明を引き受けてくれたりするんだけど、今日は居ないしさ…、俺もちょっと焦っちゃって、『まず空中には酸素という物質がありまして…』とか、『呼吸というのはその酸素をですね』とか、もうちょっと説明のしようがあるだろうにね、そんな遠回りしちゃったせいで、余計に時間とられちゃったんだよね。
ロスタニアの騎士のひとたちも妙な顔してたよ…、何も言わずに待っててくれたけどね。
落ち着いて考えてみれば、シオリさんはそういう科学知識がないんだから、もっと大雑把な説明で良かったんだよ。はぁ…。
まぁ、そんなこともあって、やる気ゲージがごっそり減ったんで、ソファーでピヨを撫でて癒されながらだらだらしてたわけ。
ハムラーデルの人たちを見送ったあとハニワ兵たちを片付けて、それから川小屋に入るとき、ピヨが『障壁魔法の練習を見てほしい』って言うので外で魔力の流れとかを見て注意したり、飛行時に張るときの形について話をしたりしていたら、リンちゃんも帰ってきた。
一緒に夕飯の支度をして、『リンちゃんと2人で食事するのも久々だね』なんて言いながら食事をした。
もちろん、ピヨも居たけどね。見かけが人じゃないし。
そして食後にリンちゃんといろいろ話をしていると、何だか少し焦ったような顔をしたメルさんが帰ってきた。
●○●○●○●
- え?、僕も行かなくちゃいけないんですか?
できるなら辞退したい。
メルさんの話を聞いていくと、何かその王子様、めんどくさそうな人らしいし。
「その、黒甲冑ならオルダインを伴えば良いのですが、せっかくリン様がドレスをお貸し下さったのですから、できればタケル様にお願いしたいのです…、だめ…でしょうか…?」
う…、そこで近くから不安そうな表情での上目遣いはずるいよ…。
何でもティルラ王国の第二王子とやらが第一防衛拠点に来てるらしくて、明日の昼食会だかにメルさんは強制参加なんだと。
それでそんな急に言われても、そんな用意なんてしていないので、黒甲冑しか着ていくものがなくて困っているって言われたんだよ。
そこでリンちゃんが、『私ので良ければお貸ししますよ?』と。
幸い背格好もほとんど変わらないので、渡りに船というものだろう、リンちゃんが里にドレスを取りに戻って、その間に俺は魔力操作の訓練のつもりでちょっとしたアクセサリを作ったんだ。
んでさ、リンちゃんが戻って、程なくアクセサリができて、メルさんが着替えて脱衣所から出てきて、きれいなドレスにビーズのティアラとネックレスをつけた状態で、これだよ…。
しかも微妙に身体強化ON状態なんだよ!、俺のすぐ目の前で。
- いやまぁ、その…、って、メルさん何か光ってません?
「あ、言い忘れてましたが、そのドレスは魔力を纏わせると光りますので注意してください」
遅いよリンちゃん。もう実際にちょっと光ってるし。
「あ、本当ですね、少し光ってます。すみません…」
- 何か効能ありそうだけど、いいの?
リンちゃんに尋ねておく。
「今回は事情が事情ですし、魔力を抑えるようにしてもらえば問題はありません」
「そうですね、別に戦いに行くわけではありませんし…」
ある意味『闘い』だと思うけどね。言わないけど。
- そういう意味でも護衛が必要ってこと?
「あっ、それもありますが、その…、他に適任がいないので…」
う…、また上目遣いだよ…、余計なことを言ってしまった。
- うーん…、僕の服はどうすればいいのかな?
「タケルさまはいつもの濃灰色のでよろしいのでは?」
「そうですね、あれなら問題ありませんね」
ああ、外堀が埋まってしまった感じ。
どうでもいいけどリンちゃんもダークグレイって言うようになっちゃったな。俺が言ってたから合わせてくれてるんだろうけど。
- わかりました、お供します。あ、メルリアーヴェル王女様のお供ができて光栄でございます?
「タケルさま…」
「タケル様…」
何その反応…、だめなのか。
だって今のメルさんの格好がさ、何かそう言わないといけないような気にさせられるっていうかさ…。
- ごめん、ちょっとふざけただけ。明日はあまり喋らないほうが良さそうだね。
「あ、その、ありがとうございます。向こうから話しかけられることは無いと思いますが、言われたことだけを丁寧に返すだけでいいと思います」
- わかりました。
そのほうがこちらとしても助かる。
スピーチしろとまでは言われないだろうけど、あれこれその王子様から接触されるのは困るもんね。
なんせメルさんの都合を考えずに強制参加させようってひとのようだし。
「タケル様はまだ『見習い勇者』という微妙な立場ですので、メルパス王子も積極的に関わろうとはしないはずです」
- あ、勇者協定でしたっけ?
「はい、私もあまり詳しくは存じませんが、国の調査隊という立場で来ているのであれば、ティルラ王国として来ていることになりますので」
- なるほど。
そいや前に『森の家』でメルさんから聞いたんだっけ。
友人として力を貸してもらえないかというだけで、ホーラード王国に勧誘しているわけではないんだってこと。
もうこれだけ一緒に行動してれば情も湧くんだし、所属を決めろって言われたらホーラードのことを真っ先に考えるだろうけどね。
でもまぁ、それはそれ、ってやつだ。
●○●○●○●
ところでメルさんがつけてたティアラとネックレスの話ね。
最初はアルミで作ったものに、銀貨を溶かして蒸着みたいにしたんだよ。
でもメルさんが、『金銀のティアラは成人してから』と言ったのでメッキは止めたわけ。
俺としては前にウィノアさんから教わった魔法蒸着コーティング技術を、ちょっと試したかっただけだからいいんだけどね。
そこで石英ガラスで作ってみたんだけど、ガラスの弾力のつけかたがよくわからないので、形はできてもやっぱり危険だってことでボツ。
だったら石英ガラスから、ビーズが作れないかなってやってみたら意外と魔力消費も少なくたくさん作れたのでそれで作ることにしたわけ。
前に練習した、水属性のループ制御ってのが役立った。
まぁ、ティアラぐらいならビーズもそれほど必要じゃないからね。
でも夏にはもうやりたくない。夜でも熱いのなんの。
でもまだ精錬の精度が甘いままなので、クリアなものもできたが微妙に色がついてるものもできてしまった。
それをごっちゃにして使うとへんな色になっちゃうので、分けるのに少々苦労した。
問題は糸だったんだけど、リンちゃんのお裁縫箱にテグスみたいな透明な糸があったんで解決した。
でもこれテグスよりしなやかなんだけど、何の糸なんだろう?、使えるからいいけど。
そんで針に通してせっせと結んだりして、細いアルミ製のカチューシャみたいな土台にとりつければ完成。
実はこれ、元の世界の集会所でビーズ工作の教室があったんだよね。そこで暇してる奥さん方とかが週1回ぐらいやってたんだよ。
で、その作品が集会所の廊下に展示されててさ、小中学生の女の子とかが『やってみたい!』って言い出して、そうすると世話役みたいなことやってる俺も参加させられてたってわけ。
いやー、世の中一体何が役に立つかわからないね!
あ、そうそう、今回メルさんに作ったのはティアラだけじゃなくて首飾りも作った。
同じようにビーズでね。
デザインは俺が装備してるウィノアさんの首飾りを参考にした。
そこで製作に大活躍したのがなんと、ピヨだったりする。
こいつがまた器用に嘴でビーズをいくつか啄ばんで、最初みたとき食べちゃうのかと思ったけど、まぁたくさん作ったしどうせ余るからいいか、ってほっといたんだよ。
ほら、鳥って小石とか貝殻とか食べて、砂肝だっけ?、砂嚢って言うんだっけ?、忘れたけどそれで食べたものを砕いて消化を助けるって覚えがあったからさ。
そしたら羽と足で器用に糸もって、ビーズ通していくんだよ。しかも俺より作業効率いいのな。
色の仕分けだって手伝ってくれたし、速いんだよね、体が小さいから小さいビーズをより分けやすいのかもしれないけどさ。
ヒヨコって色に敏感なのかな?、それともそういう素質をもってるってだけなのかな、よくわからん。
そりゃもちろん驚いたけど、助かるしそう言ったら本人も喜んでるみたいだから、小さいビーズを通すのはもう任せちゃったってわけ。
作ってる途中でリンちゃんがドレスを持って帰ってきて、ものすごく食いついてきたんで焦ったよ。
でも言い訳だけど、光の精霊さんの里にビーズ系のアクセサリを扱うお店、あったんだよ?
穴があいてる石や飾りに糸を通して編む、っていうのがね。
それを言ったら、『こんなに小さくて繊細なのが無い』んだってさ。金属製のはあったはずなんだけどなぁ、だから大丈夫だと思ったのに…。
これってまた俺の功績とやらになっちゃうのかな…。もう遅いか。
とにかくリンちゃんにティアラとネックレスを渡して、メルさんに一度着てもらった。
脱衣所から時々声が聞こえてきていたが、出てきたメルさんはまるで物語から出てきたような、紛うこと無きお姫様だった。
いや、実際お姫様なんだけどね、王女様だし。もちろんリンちゃんも。
本人はとても喜んでいて、ティアラについても軽くてきれいだと喜んでいた。
過度に主張せず、でもしっかり存在感があって首飾りとお揃いなのがいいと、リンちゃんと2人でベタ褒めされてしまった。
けどさ、そんな複雑すぎるデザインは俺が作れないからね。
ウィノアさんの首飾りの形を参考にしたのも良かったのかも知れない。
あくまで形だけね。なんせこれ複雑すぎるんだよ。無理無理。
あとでウィノアさんが、ドレスが淡い水色なのを俺にだけこっそり褒めてた。
羨ましいだの何だの言われて、そのせいでビーズ製のティアラとネックレスを今度作ることになってしまったが…。
またピヨに手伝ってもらうか。
●○●○●○●
「おい、姿絵より数段美少女じゃないか!、聞いてないぞ!?」
メルリアーヴェル王女がまず私のところで挨拶を済ませ、オルダイン卿のいるところまで下がっていく間に、私は斜め後ろに控えていた側近たちに小声で言った。
「は、はい、まさかあのような美姫だとは我々も……」
額の汗を畳んだ布で拭いながら頭を下げる側近のひとりを軽く睨む。
彼女に伴っていたのが昨日聴き取り調査で何度か名を耳にした、勇者見習いのタケルという男らしい。
が、そんなことはどうでもいい。
普通は姿絵が美しく描かれていたなら、盛ったと考えるものだ。
ホーラードから回って来た姿絵は普通に美しかった。それが国の騎士団で普通に訓練していると聞いて、一体どれだけ盛ったんだと思ったものだ。
社交場で話が出たときにも皆同じように思ったらしく、酒が少々入っていたこともあって盛り上がったこともある。
「思ったより小柄だが問題ない。寧ろ好みだ。私もあまり背があるほうではないからな」
好みだと言った瞬間側近たちの視線が動いた。
「勘違いするなよ?、小柄が好みだと言ったのはあくまで私とのバランスを考えての事だぞ?」
無言で頭を下げる側近たち。ふん、まぁいい。
「それにしてもあんな形の美姫が達人級で騎士に混じって訓練だと…?」
何の冗談だ。噂では猪女だとか怪力女だとか言われていたようだが、全く噂とはあてにならないものだ。
「もしかするとホーラードではあの姫を他国に出したくないからそういう噂を広めたのかもしれないな…」
「なるほど、仰るとおりかもしれません、本当に達人級なら武力バランスにも影響することでしょうし…」
「本当に達人級なら、な…」
「そ、それはどういう…?」
わからんのか?、と目線でちらっと見てから、鼻息を短く出すことで表現してやった。
ホーラードは第一子が後継の王太子で安泰だが婚約者が決まっていないんだ。
そして一番下が王子で間には姫が3人いる。
姫を全員出してしまうと、出て行くほうが多くなるではないか。
武力バランスの前に、権力バランスというものだってあるんだ。
王族たる者、広く視野をもたねばならんからな。ははは。
それは置いておくとして、あの美姫だ。略式で構わないと伝えたが、あの洗練されたドレスは一体何だ?
装飾は最低限だし金銀で飾り立てているわけでは全くない。なのにどうにも目を惹いてしまう。あれを見てしまった今、王都の貴族共のドレスは装飾過多で品がないのだと分かってしまったではないか。
そして彼女本人の美しさは損なわれないどころか引き立っている。
成人前ということもあって金銀を身に着けなかったというのも奥ゆかしい。
ただ惜しむらくは欠点がひとつだけある。
ここが戦場だからか、靴が実用性のある形をしていたことだ。それでもドレスに合う色を揃えてきたのだから良しとすべきだろう。
本来はこのような最前線とされる場所で、そこまで求める必要は無いのだから。
ところが彼女は今回、成人と同様の型である踝までが隠れるドレスを着ていたのだ。
未成人なら膝下から爪先までは露出していてもいい、いや、むしろ露出した型の服装となるものだ。
意匠が素晴らしいものだったこと、装飾品も控え目で調和のとれた素晴らしいものだったことが、逆にその靴だけがそぐわないという印象を拭えなくさせてしまっていたのだ。
もちろん私だって仕方のないことだと理解している。
理解しているが、惜しいと思ってしまったのだ。勿体無い、と。
もし私の気を惹く意味でそこまでを考えてのことであれば、全く脱帽するしかないが。さすがにそこまでは無いだろうと思っている。
そのような事をせずとも、充分な効果があったと認めざるを得ないからだ。
彼女自体については、少々小柄だが姿勢もよく立ち姿が洗練されているのもあって、存在感がある。素晴らしい。あれなら我が隣に立たせても相応しい。
さらにあの水玉を集めたような頭飾りと首飾りだ…。
あんなものは今まで見たことが無い。
彼女はここに戦いに来ていたはずだが、あの装いを持参してきたのだろうか?
女性の装いについて男性があれこれ尋ねることはできない。
全く、こういう事ならテルシオーラ姉上にも来て頂くのだったな…、まさかこのような事があるとは予想だにできなかったのだし、今更言っても仕方のない事ではあるが。
しかしオルダイン卿と共に現れると思っていたが、まさか勇者タケル様を伴うとは思わなかったぞ。
ああ、まだ1年未満なのか、なら敬称をつける必要はないんだったな。
ということはこちらから勇者タケルにはあまり関われないということか…。
なるほど、考えたものだな。
それで挨拶の時の少し戸惑ったような、困ったような表情か…。
王侯貴族はあまりこのように表情を揺らさないものなのだが、それすらも美しいと思えた。
一瞬だけ勇者タケルとやらの方を覗ったのは普段なら不愉快と感じるところなのだが、それら一連の仕草を目で追うことに注力していたため気にならなかった。
いつものように手をとって軽く口付けてもいいのだが、社交デビュー前の姫には刺激が強いと禁じられていることもあるのでできなかった。姫の側から手の甲を差し出せば話は別だが。
普通であればそういう挨拶で始める会話というものもあるのだ。
手首に着けている香水、袖の意匠、手袋、それに手指の装飾品など、会話の切っ掛けや駆け引きの材料になり得るものだからだ。
ちらと姫の手に視線を送ったが、伝わらないどころか、気付くそぶりすらなかった。
まぁ、社交デビュー前であるのだからそれも仕方のないことだろうと無理やり納得することにした。
それにしてもこのまま王都に戻るのが少々勿体無い気がしてきたぞ…?
先にある程度の知己を得ておくべきではないか?
現在は適齢期の王子のほうが多いのだから、優位性を確保しておくべきだろう。
昼食のあとすぐに発つ積もりで、護衛の騎士たちの半数を今日の夜に到着予定の村へ送り出してしまったが…。
「おい、もうしばらく滞在することに決めたぞ」
「御意にございます」
侍従長が戻ったか。
しかし昔からこいつは足音ひとつ立てない不気味さがあるな。
ふん、何か外が少し慌しくなったが、いつものことだ。
(作者注釈)
メルパス王子は、タケルの実績が大きいので敬称をつける必要があることに気付いていません。
次話2-90は2019年03月20日(水)の予定です。
20190313:いくつか妙な部分を直しました。
(訂正) その作品を ⇒ その作品が
(訂正前)友人として力を貸しているだけで、
(訂正後)友人として力を貸してもらえないかというだけで、
(訂正前)クリアなものよりも微妙に色がついてる。
(訂正後)クリアなものもできたが微妙に色がついてるものもできてしまった。
多い……orz
20190723:訂正箇所が消えている謎の現象を発見したので直しました。おかしいなぁ…。