2ー086 ~ 本領発揮
翌朝。
昨夜言ってた、ピヨと一緒に飛んでみようってやつね。
ピヨは早朝から妙にうきうきとした様子で、俺が起きてから着替えたり顔を洗ったりしている間中ずっと、俺の周りを飛んだり近くにとまって喋りかけたりしていた。
見かねたリンちゃんが、『タケルさまの邪魔をせず大人しく待ちなさい』と注意してからは喋らずに邪魔にならない位置にひいて付きまとうだけになったが、期待の眼差しがもうすごくて、早く一緒に飛んでやる以外にどうしようもなさそうな様子だった。
それでろくにリンちゃんや他の皆と話もできず、そそくさとピヨを手に乗せて外にでた。
どれぐらいの飛行速度、と言っても速度計があるわけじゃないし、俺だってそのへん適当なんだよね。
例えば、川小屋から大岩までがだいたい80kmだから、10分で到着すればだいたい時速480kmっていうような、結果から判断しているってわけ。そしてその10分もちゃんとストップウォッチどころか時計すらもってないので適当っていう、そんな曖昧さなんだ。
昨夜は眠る時までにリンちゃんが戻ってなかったから聞けなかったんで、今朝、『時計というかストップウォッチみたいに時間を計測する道具ない?』って尋ねてみたけど、いま手元には無いとの事。
もちろん里に取りに行けばあるらしいが、そんな厳密に計りたいわけじゃないし、だいたいのところが分かればそれでいいやってことで、『無かったら別にいいよ』と、里に取りに行こうとするリンちゃんを制止しておいた。
最近のリンちゃんちょっと働きすぎだからね。仕事増やしちゃダメだよね。
え?、今更かよ、って、いや俺だってリンちゃんの仕事を増やそうと思ってたわけじゃないんだよ…。
で、ピヨだけど、こいつ半分は――どころじゃなくほぼそうらしいが――風の精霊ってのと姿が鳥類だからか、飛ぶってことがだんだんと自然にできるように慣れてきたのもあって、”一緒に飛ぶ”ということがものすごく嬉しいらしい。
鳥類とは言ったけどニワトリにそんな感覚があるのかはさておいて、ね。
最初に、『じゃあ少し流して飛んでみようか』って言ったときの燥ぎようったらなかった。
「誰かと一緒に飛ぶといつもより気持ちがいいです!」
- そうかそうか。
「タケル様は羽ばたかないのですね!」
- ピヨとは飛ぶ方法が違うからね。
「それで結界を張られるのですね!」
- うん。(それだけが理由じゃないんだけどね)
「今日はどこまで飛ぶのですか!?」
そこなんだよね。
ピヨがどこまで飛べるかによるわけで、それを知るためでもある。
そこで、今は朝日に背を向けて西に飛んでるんだが、このまま飛ぶとだいたい川小屋から5kmのところにダンジョンを埋めた盛り土になってる場所があって、その横にぽつんと照葉樹って言うんだったかな、葉が分厚くて表面がてかてかしてる木が生えてる。
これがいい目印になってるので、そこまで行けたら、帰りはピヨに頑張って速度を出してもらおうとか思ってる。
行きに急がせないのは、帰りにへばってたら困るからね。
- このままいくと葉がきらきら光を反射する木がぽつんと生えてるんで、そこまで行ければいいかな。
「そうですか!、頑張ります!」
とにかくお前は雲雀かってぐらい喋る喋る。
副音声でピヨピヨ聞こえるのはたぶん本来の音なんだろうなぁ…。
俺は最初から音声のほうを認識しちゃったせいで、意味のある言葉として聞こえるほうが主音声なんだが。
「朝は気持ちいいですね!、こんなときにタケル様と飛べるのがとても楽しいです!」
頑張ると言ったが、現在のペースはかなりゆっくりなので俺の右側に行ったり左側に行ったりと、余裕があるように見えた。
「今はいいのですが、今日もまた暑くなるのでしょうか!」
ピヨは羽ばたいているけど物理法則で飛んでいるわけじゃないので、元の世界で俺が知ってる小型鳥類と比べても仕方が無いから、正直どれぐらい航続距離を出せるのか、速度もだが比較基準がない。
「昨日はあまりの暑さで川で水浴びをしながらの訓練でした、あ、タケル様はご存知でしたね!」
もし、いやほぼ魔力のみで飛んでいるんだから、『疲れた=魔力ぎれ』ってなると少し休めばいいというわけにはいかないだろうし…。
まぁ帰りは俺が運んでやればいだけなんだが、それはそれで帰ってから皆の小言を貰いそうな気がする。
「水浴びを想像したので何だかのどが渇いてきました!、川から離れてしまいましたが、どこかに水はありませんか?!」
しかし…、こうして見ていると、見た目的には普通に飛んでいるようにしか見えないな…。
風属性の魔法はしっかりと感知できるので、ヒヨコらしい小さな翼で魔力制御をして飛んでいるんだとわかるんだけどね。
- ん?、水が飲みたいのか?
「はい!」
ずっと喋り続けだからじゃないのか?
それともずっと風にあたっているからなのかな、まぁどっちでもいいか。
小鳥なんてしょっちゅう水のんだりするもんだし。
結界に隙間を空けて、手招きをした。
大した速度で飛んでいるわけじゃないからね。
- じゃあこっちにおいで。
「よ、よろしいのですか!?」
頷くと俺の胸元に飛び込んできたのでそっとキャッチ。
片手でピヨを抱きながら、俺が立ってる結界の床の上にポーチから皿を出して水を注いでやった。
その手前にピヨをそっと置くと、一瞬、羽をばたつかせようとしたが、立てることに驚いたようだ。
「なんと!、結界の中に立っておられたのですか、なるほど、空中でもこれなら飲食ができますね!、素晴らしいです!」
そうかそうかとしゃがんで撫でてやりながら、水を飲みだしたピヨを見る。
感心したように言ってるけど、俺は鳥のようには飛べないので苦肉の策のようなもんだ。
鳥じゃないけど鳥っぽいピヨからそういう褒め方をされると微妙な気分になる。
悪気はなさそうだけどね。
- ここでちょうど半分ぐらいだけど、だいたいこれぐらいの距離で休息をとったほうがいいのか?
「大丈夫です!、まだまだ飛べます!」
- ゆっくり飛んでいたけど、もっと速いほうがいいか?
「そうですね、むしろ先ほどまでは遅すぎて飛びづらいと感じました。あ!、タケルさまのお心遣いに私めは何と愚かなことを!、申し訳ありません!」
また両手?、両翼?、を前に広げてぺたっと平伏してるようなポーズをするピヨ。
やっぱりそのポーズって平伏でいいんだよな?
- ピヨ、ここからあの木が見えるか?
目的地の木を指差す。
「はい、見えます」
- なら、そこまでピヨが飛びやすい速度で飛んでいいよ。
「よろしいのですか!?」
目が輝いてる。嬉しそうだ。
- ああ、いいよ?
「あのぅ、失礼とは存じますが、先ほどよりかなり速いと思うのです…」
ん?、ああ、そういうことね。
- 大丈夫、僕のことは気にせず飛んでいいよ。
「わかりました!、では!」
おっと、結界を開けてやらないとね。
そうしてピヨが飛ぶのにあわせてついていった。
目的の木のところにテーブルと椅子を作って、テーブルの上にはさっきのお皿をおいてやる。
5kmの半分をだいたい150秒だった。つまりおよそ時速60kmが、ピヨが飛びやすいと思う速度だったというわけだ。
さっきまでのペースは時速3・40kmぐらいだったから、なるほどあれだけ喋りながら俺の周りをうろちょろして飛んでいたわけだ。
「あの、タケル様はどれぐらいの速さで飛べるのですか?」
そりゃあ俺は本気出せば音速以上出せると思うよ。結界があるからね。しかしそんなことしたら高度によっては他への影響があるので加減してる。
でもこれを正直には言いにくいな。
というのも、ピヨは飛行中に結界を張っていないようで、風の抵抗をもろに受けているんだよね。当然、ヒヨコではあるが形状が鳥っぽいわけだから、風の抵抗ったって人間ほどあるわけじゃ無い。小さいからね。
- そうだなー、あまり速すぎると着地するときの誤差が大きいから、魔力操作もあれこれ手間がかかるよね。
うん、わかってる。答えになってないんだけどね。
「そう…、なのですか?、私めはそこまで考えたことは無いのですが…」
- ピヨはさ、飛びやすい速度より急ごうとすると、目を開けていられなかったり、周囲の音が聞こえにくいと感じたりはしないかな?
「はい、目は確かにそうですが、音については諦めています」
- 風の音がうるさくて?
「はい、私めの耳はこれでございまして」
と、翼の先で目の後ろのところを指差す(?)ピヨ。
あ、それ耳なの?、ってか膜だよね?
「この位置ですと飛ぶときには風を直接受けてしまうので、音が聞こえづらいのです。あ、タケル様のお声のように魔力が乗っているものは耳で聞いているわけではありませんので、問題ありません!」
- ふーむ、魔力感知が頼りなんだ。すると目も?
「そうですね、私めが生まれたときには暗闇でしたので、まず魔力感知を覚えたのでございます。なのでむしろ目や耳のほうが補助的と言っても言い過ぎではありません」
- そうか、ところでピヨは結界魔法、いや、障壁魔法についてはどうだ?
「はい、ミド様のところで基礎的なものは一通り教わりましたが…、先ほどタケル様がされていたような結界操作は自信がありません…」
ああ、一部開けて閉じて、みたいなのね。
あれはリンちゃんからも変な目で見られるぐらいだから、できなくてもいいと思うよ。
リンちゃん曰く、普通なら例えば全部を一旦解除するとか、床と囲いと天井というふうに別々に作っておいてそのいずれかを解除する、というような操作になるそうだ。
張っていた壁の一部だけに穴を開けて、またそれを元通り塞ぐというのはかなり高度な操作になるんだとかなんとか。
そういった部分解除が必要になると予想されるような結界の場合、一発でぶわっと全体を包むようなものだと解除も全体となってしまうので、小さなパーツを組み合わせて張る方式でやっているんだそうだが、そんなもの熟練の精霊さんでも個人を包んだり壁として使うぐらいなもので、通常は大型の魔道具を使用して建物を囲むような場合に使われるものらしい。
分かりやすく言うと、六角形の板を組み合わせて壁を作るようなもんで、その外側にさらにまた六角形の板を組んだ壁を置く、というようなものだ。
そうやって小さなパーツそれぞれに、例えば属性を持たせるなど、それぞれを制御する魔道具が必要で、結界の制御はその専門分野が存在するほど大掛かりで大変なものだったそうだ。
そんで、『森の家』を包んでいる結界はそういう方式だと前に聞いたわけだが、『だった』と過去形になっているのは、例の、多重多目的結界がどうのとか言ってた技術が使われるようになったからだ。
現在、『森の家』を包む結界には、そこにあれこれ多層型にすることで追加機能をつけたものが実験的に使用されているらしい。
さらに、一部を変形させたり穴を開ける技術も試験中なんだとか。
その研究チームの成果らしいよ。
何でも、既に効果を発揮している魔法に、同じ固有基底魔力で干渉すると、干渉波によって新たな魔法を構築することが可能なんだそうだ。たぶんそんな説明だったと思うが、さっぱりわからん。
例によってリンちゃんが興奮ぎみに説明してくれたんだが、よくわからんのでとりあえず『ふぅん、すごいねー』と適当に返事したら、『はぁ…、タケルさまは何でもない事のようにそう仰いますが、本当にすごい事なんですよ?』と溜め息交じりに言われた。
そんな事を言われてもわからんもんはわからんので話をあわせておくか、と、『へー、そうなんだ…』と感心したように言ったら、『これら全て、タケルさまの技術を形にしたものなんですよ!?』と詰め寄られて困った。
技術とか言われてもね…、俺そんなややこしいことした覚えないしさ…。
全く、そんなのがどうして俺の功績になってんだか…、理解が追いつかんのだが…。
まぁそれはさておき、ピヨへの説明ね。
- そうじゃなくてね、飛びながら自分の前に、こんな形で障壁を作れないか?、って話なんだ。
言いながらテーブルの上に水を少しこぼして指をつけ、ピヨの前に逆Vの字を描いて囲んだ。
それを見てピヨは、数回ほど瞬きをしてテーブルに描いた図形をなぞるような障壁を張っては解除し、張っては解除しを繰り返してから、
「これを飛行中に、でございますか…、少し練習が必要ですが、できなくはないと思います」
と言って顔をあげた。
- できれば平面2つを合わせたようなものではなく、円錐の形がいいと思うよ。こういう形ね。
ポーチから羊皮紙を取り出して、三角帽子のように丸めて見せる。
「なるほど、その後ろ側はタケル様のように密閉したほうがいいのでしょうか…?」
- それだとピヨは飛べないんじゃないか?、羽で風魔法の制御をしているんだろう?
「あっ、そうでした…、しかしそうすると移動する私めと共に移動する障壁を張り続けることに…」
- そこらへんは自分でいろいろ考えてみるといいよ。僕はうまく説明できないからさ。
「わかりました。これも訓練の一環ですから!」
ピヨが前向きに受け取ってくれたようでよかった。
提案しておいて突き放すようだけど、実際説明できないんだからしかたが無い。
ヒヨコ用のゴーグルなんかがあるといいんだろうけど…、そんなもの装備させたらますますアニメキャラみたいになっちゃうんだろうなぁ…。
またリンちゃんの仕事を増やしてしまうけど、もし作ってもらえるのなら、ピヨ用のゴーグルを頼んでみてもいいかも知れない。
- ところでそろそろ帰ろうと思うんだけど、どうする?、飛んでいけそう?
「はい!、あ、それがその、恥ずかしながらこれほどの距離を飛んだのは今日が初めてでございまして、こうして落ち着いてみると魔力は問題ないのですが、思っていたより疲れていまして…、途中休み休みになりますとタケル様をお待たせしてしまいますが…」
だよね、羽を水に浸して冷やしてたもんね、見てたよ?
だから結構疲れたんじゃないかなって。
- んじゃ運んで行こうか。
ピヨを両手で掬い上げるようにもちあげてから片手で支え、羊皮紙やお皿をポーチにしまった。テーブルと椅子はこのままでもいいだろう。
あ、ちょっと屋根つけて四阿みたいにしておくか。
「はい…、ありがとうございます…」
ピヨは申し訳なさそうに手の上で座った。うん、もふもふだ。
- 気にしなくてもいいよ、だんだん遠くまで飛べるようになるさ。
そう言ってすっと結界を張って浮き上がり、ズバっと飛んで帰った。
5kmぐらいなら30秒ぐらいなもんだ。だいたいこれぐらいの速度ならもう慣れたもんだ。身体強化ONでしがみついて来る人も居ないしな。
ピヨが目を丸くして『こんな複雑な制御を…』とか『いくらなんでも速すぎでは…?、はっだから障壁が必要に…、しかし風を感じないのは物足りないような…、ですが速度のためには…、うーん…』などとぶつぶつ呟いていたが、俺に話しかけている訳では無さそうなので返事はしないでおいた。
川小屋の前に降りると、
「タケルさん、どこあっ!ピヨちゃん連れてどこいってたんですかー!」
と、目ざといのが走り寄ってきた。
剣振ってる途中だったんじゃないの?、ほら、あっちでサクラさんがこっち睨んでるけどいいのかな…?
- いやちょっとそこまで散歩に。
「散歩ならあたしも行きたかったなー」
いやキミ飛べないでしょ。まぁ運ぶのは別にいいけどピヨと会話できないじゃないか。
「え?、ピヨちゃんと散歩だったんですか?」
メルさんまで来ちゃったよ。
しかしどうしてそんな恨めしそうな目で見るのさ…?
- はい。メルさんも行きたかったんですか?
「そりゃ行きたいですよ!、だってヒヨコと散歩ですよ!?」
「そうですよ!、ねー」
「ねー」
そんな力説するようなことだったのか…。
- じゃ、じゃあ次は声を掛けます…。
「はい!」
「わーい」
でも空中散歩なんだけどなー、どういうのを想像してるか知らないけど、まぁいいか。
朝食まではまだ少しあるようなので、リビングのソファに座ってピヨを膝の上に置き、翼の付け根のところを軽く揉み解してやる。そんなに力も要らないからね。もふもふだし手慰みのようなもんだ。
「はぁん、そこが、気持ちいいですぅ、あっ、いいです、タケル様ぁ…」
だから妙な声を出すなっての。
- 気持ちいいのはわかったから黙ってようね。
「はっ、すみません、つい…」
「タケルさま、あまりピヨを甘やかさないで下さい」
ほらリンちゃんに言われちゃっただろ…。
- あ、うん、今日5kmほど飛んだのが初めての距離だったみたいで、ほら、僕と違ってピヨは羽を動かすだろ?、だからね。
「……タケルさまがそう仰るのでしたら…、でも程々になさってくださいね?」
- うん、わかった。
そんな甘やかしてるつもりじゃないんだけどなー、どっちかというともふもふの手触りで癒しをもらってるというか何というか…。
でもまぁそうだな、あまり揉みすぎても良くないっていうし、これぐらいにしとこうか。
●○●○●○●
朝食のあと。
リンちゃんは午前中少しまだ用事が残っているらしく、里のほうに行くんだそうで、そうすると『スパイダー』の運転手がいない。
「小型だけじゃなく2号改もタケルさまに運転して頂きたいのですが…」
とリンちゃんには言われたが、『もう少し小型で慣れてからね』と辞退した。
だって小型じゃない『スパイダー』はパワーあるんだってば。怖ぇんだよ。
なので、小型に全員で乗っていくのも窮屈だし時間もかかると言って、俺ひとりでさくっと昨日のロスタニア東8ダンジョンの様子を見に行くことにした。
「本当に様子を見て来るだけですよね?」
そうメルさんには念を押されたが、俺ってそんなに信用ないんだろうか…。
全員から反対されたらまた済し崩し的に連れて行かなくちゃいけなくなるかも、なんて思っていたが、シオリさんはロスタニアへの報告書がまだ途中だから、午前中にその時間が取れるのはありがたいんだそうで、それなら各自洗濯なりすることがあるとの事。
そういうわけで、俺一人で行ってきてもいいことになった。
で、ズバっと飛んで現在そのロスタニア東8ダンジョン入り口上空50mのところ。
下に見えるのは、竜族が1匹とトカゲが4匹。
昨日作った、入り口を囲むすり鉢状の壁は直線的に入り口までが崩されていて、通路ができていた。
その通路上で竜族とトカゲがギャッギャと何か会話?、なのかな?、していた。
あ、中からトカゲ2匹が出てきた。
ここから索敵魔法のピンガー撃って大丈夫かな?
まぁ気付かれたらここから全部倒してしまえばいいか。
ダンジョン入り口から少しのところに2匹か、さすがに奥の方まではわからない。
悩んでても仕方ないか、外に出てる竜族+6匹、さっさと処理しちゃおう。
という訳で特に何もないまま倒し、入り口のところに降りて中の2匹も倒した。
遠いほうから順に回収して、ダンジョンに入って中の2匹を回収。そこで気付いた。
ひどい臭いだ。
いや酷いなんてもんじゃない。凄い刺激臭がする。長時間居ると目とかヤバそうだこれ。
道理でトカゲが奥に入らないわけだ…。
まずいな、どうしようか…。
とりあえず自分を結界で包んで、それで地図作成時のいつものダンジョン内サーチをしてみるか。
地面がぬかるんでる箇所がところどころある。なら結界で包んだままいつもの飛行魔法で移動しよう。
懸念していた帯電していたり魔力が残っている霧は消えていたが、代わりに刺激臭がする気体が残っていることがわかった。
何でわかるかって、死体から白い靄が出続けてるし、シューとか音がしてるからだよ。
こりゃ結界を解いたら俺もヤバそうだ。
少し内部を小走りで見てまわったが、魔力感知でも見たところ動けるトカゲは無く、索敵結果からして全部死体のようだ。それも使える部位なんて無い、焦げたり腐食というかぐずぐずに溶けている部分があるひどい死体だらけだった。
つまり回収に値する死体がない。
俺の魔法の結果とはいえ、これはひどい。
これを皆にどう説明しよう…、やっぱり文句言われるんだろうなぁ…。
ってかこれ、普通に入れないよな。まずいなー、どうしたもんだろう。
『タケル様、何でしたら水で押し流しましょうか?』
- そうしてもらえれば助かりますが、いいんですか?
『はい。ここでしたらそちらの川の水を利用できますので相当量の水が使えますわ』
なるほど、カルバス川からそう離れてないもんな、といっても川まで3kmはあるが。
まぁウィノアさんなら問題ない距離なんだろう。他に理由があるのかも知れないが。
- あ、その前に2層の様子だけちょっと見てからでもいいですか?
『はい、どうぞ』
急いで1層最奥の部屋まで来たが、ここもひどい状態のトカゲの死体があるだけだった。
なんか結界の表面が曇ってる気がするんだけど、これ、結界が腐食したわけじゃないはず。うっすらとまだ靄のように霧状の残滓が浮遊してるってことか…。
境界を越えて2層に入ってみた。
境界を越えるときに結界が大丈夫かちょっと心配したが、少し魔力を吸われた程度で難なく通過できた。
2層も洞窟型ダンジョンか。
いつものダンジョン内サーチ魔法を使って、地図を作成。
あれ?、2層も結構な死体があるな…、ってことは境界を越えてこっちにも入り込んだのか…。
『これなら押し流しても問題なさそうですね』
- そうですね。というか押し流してしまわないと普通に入れませんね。
『ふふっ、そうですね』
2層の最奥には3層への境界があるようだ。大広間がないので地図がきれいにできた。
でも途中に巣部屋がいくつかある。
ま、そこまで調べなくても押し流してからでいいか。急いで入り口まで戻ろう。
ダンジョン入り口まで戻ると、ウィノアさんが顕現した。
『私もお役に立つというところをようやくお見せできます♪』
- いえいえ、いつもお世話になってるじゃないですか。
『本当にそう思ってます?』
だからってそんなくっついて胸元に人差し指こねこねしないで下さいよ。
そっと肩のところに手をあてて押し返す。
- お、思ってますって。
『面倒臭い女だなんて思ってません?』
ふつー、めんどくさくない女性はそんなこと言いませんよね?、おおっと、思ってることが伝わっちゃうかも知れないんだった。
- 思ってませんって。
『ふぅん…?』
ウィノアさんは後ろ手にして腰をかがめ、俺の顔を下から覗き込むようにして微笑みながら斜めにしてじっと見てきた。
何その仕草。可愛いけどなんかあざとい感じ。
『ふふふっ、そういう事にしておきます。ではここから水を流し込めばいいのですね?』
- あっはい、お願いします。
『お願いされました~♪』
と、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、ふわっと両手を前に出した瞬間!
ドドドドドド!と、まさに怒濤という言葉がぴったりな水量がダンジョン内に送り込まれた。
びっくりだよ。
細かい水しぶきが少しだけ飛んでくるけど、それ以外の水がダンジョン入り口の幅10mのトンネルに隙間無く入って行くんだから。
心なしか地響きもしている気がするし。
さすが水を司る精霊。本領発揮ってやつだろう。す、すげー…。
感心しているとウィノアさんはちらっとこっちを見て『ふふっ』って微笑み、また正面を向いた。
その優雅な仕草と、ウィノアさんの周囲に浮いては消えるシャボン玉のような淡い光、それと風もないのにゆらゆらしている半透明の髪とワンピースのスカートが、とても幻想的だった。
あ、水しぶきで虹ができてる。
こういう時、カメラが欲しくなるね。
次話2-87は2019年02月27日(水)の予定です。