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2ー084 ~ 水攻め

 上空20mぐらいからロスタニア東8ダンジョンの入り口を見下ろし、できたての地図をちらちらと見ていたが、こんな網目みたいに巣部屋が繋がっていると、どうやってもわらわらとトカゲがやってくると予想がつく。

 1つの巣部屋も過去のよりも大きいので、周囲の小部屋も多い。そんな巣部屋が十あって1部屋あたり十数匹いるんだから1層だけでも百数十のトカゲが、幅10mほどもある複数の通路からやってくるのを対処するのは、現在のメンバーだとどこかで近接戦闘になって混戦状態になってしまうかも知れない。


 それこそ騎士団や軍隊なら、各通路を同時に進んで制圧していけるんだろう。

 一瞬、ハムラーデルかロスタニアから応援を呼ぶかを考えてしまったが、それはそれで今更訓練もしてなければ慣れてもないので連携に不安もあるからダメだ。


 うん、やっぱり危険は避けたいから普通に入って行くのはやめよう。

 今日はこのまま戻ってみんなと話し合って攻略方法を決めよう。


 あーあ、でっかい空間、こないだの砦みたいなそういうのだったら杖あるし天罰魔法で殲滅すればいいんだけどなぁ…。


 なんて、そんなまとめて都合よく、ん?、殲滅か…。


 ああ!、あるじゃないか。水攻めみたいに一網打尽にできるのが!

 扉なんてないんだし、どばーっと広がっていくからちょうどいいな。


 2層との境界んところで魔力吸われて消えていくのなら排水も万全!、ちょっと多めにどばどば放り込んで、明日また来て調べればいい。


 というわけで、ポーチから杖を取り出す。

 一応外に漏れないように、ダンジョン入り口の周囲をすり鉢状の壁で囲み、強めの障壁で漏斗(じょうご)のように入り口少し奥までつくって水雷――例のプラズマ状態でやけに高温の水っぽい液体――をどばどば流し込んでやった。


 ほんのりオレンジ色に光って見える液体は、渦になってダンジョン入り口からバチバチゴボゴボ音を出して流れ込んで行ったけど、上からみてると何かの地獄の釜のようだった。それも最初のうちだけで、湯気ですぐ見えなくなったけども。

 いつもの飛行魔法はちゃんと密閉しているので、そのヤバそうな湯気がどんな気体なのかわからないけど、浴びたらヤバそうなのは確かだ。


 しばらく一定量を生み出し続けていたが、なんだか頭がぼーっとしてきたのでシオリさんとメルさんのところに戻ることにした。


 杖の補助があると言っても元は天罰魔法だし、量もかなり多いので、ちょっとヤバいぐらい魔力が減ったんだと気付いた。

 それがさ、途中から湯気が多すぎて見えなくなったし、その湯気がまた魔力をかなり含んでるので魔力感知でも下がどうなってるか見えないんだよね。

 だから最初のペースで生み出し続けてたんだけど、集中してたんで忘れてたわけ。


 危ない危ない。あんなとこ魔力切れて落ちたら死ぬね。


 そんな危険な事してたってのは内緒にしないと叱られそうだ。出掛(でが)けにシオリさんから『タケル様に何かあると私とメル様が帰れなくなりますので』って釘さされてたんだし。


 内緒にしないと。






●○●○●○●






 「「おかえりなさい」」


 シオリさんたちのところに戻り、『ただいま』って言ったら一応はそう返事をしてくれたが、何だか妙な雰囲気だった。


 テーブルクロスをかけたテーブル――俺が土魔法で作ったやつね――にはシオリさんとメルさん用に椅子は2脚しか作ってなかったが、メルさんがささっと背もたれのない椅子を作って手で示したので座ることにした。


 まぁ俺も休憩したかったところだから素直に従おうと、座る前に俺の分のカップを出して水を入れ、さて座ろうとしたんだが、椅子が少し低かった。

 え?、これだとテーブルの高さと合わないから飲みづらくない?、と思ってメルさんを見て言おうとした瞬間、

 「お座りくださいな」

 と冷たくシオリさんから言われて、あ、逆らっちゃダメなやつだと本能的に体が動いて座ってしまった。


 「タケル様、あそこで何をされてたのです?」


 今度はメルさんから。


- 何を、って地図を作ってたんですが…。


 「それだけでそんなに憔悴(しょうすい)するわけありませんよね?」

 「そうですよ、こちらに飛んでくるのも何だかふらふらしていましたし…」


 両方から心配と怒りと呆れがごっちゃになったような表情で言われた。

 もしかして疲れが顔にでちゃってる状態?、俺。


- そ、そんなにふらふらしてました?


 頷く2人。


 「出る時、『くれぐれも無理はなさらないで』と念を押しましたのに…」

 「タケル様がそれほど消耗するなんて、一体何をされていたんですか?」


 俺は左右交互に見ながら、どう返事をしたものかと一瞬だけど悩んだ。


- あ、いやその、すみません。


 あ、つい謝ってしまった。

 溜め息をつく2人。


 「まさかトカゲの集団と戦闘を…?」


- いえ、見つかる前に出て飛びましたんで、それはありません。


 「でしたらどうして?」

 「そうですよ、杖なんて出して…」


 あ、杖もったままだった。いそいそとポーチにしまう。

 そのついでにさっき作成した地図を取り出して、テーブルに、って椅子が低くてやりづらいのでもう立ち上がることにした。

 カップの水をくいっと飲み干してポーチにしまい、テーブルに地図を広げた。


- 帰ってからでいいかなって思ったんですけどね、1層がこんなだったんですよ。


 「こんな複雑だと少人数では無理がありませんか?」

 「騎士団に応援を頼みましょう」


 ひと目でそういう判断になるよなぁ、普通。

 シオリさんはロスタニアで長いこと人々を指導したりする立場だったわけで、ロスタニア国境では魔物相手の戦闘も、広範囲殲滅をしていたけど毎回というわけじゃないんだから、報告で知るなり配備計画なりに参席していたことだろう。

 口を出す事は無かったかも知れないが、経験が豊富だからそういう判断ができるんだろうね。


 メルさんは王族でそれも騎士団に出入りして幼少から訓練してきた騎士でもある。実戦経験は少ないかも知れないが、将来的には軍の指揮をする立場になるのだから、どれぐらいの規模ならどれぐらいの人数が必要かというのがぱっと浮かぶんだろう。たぶん。


- 僕もそう思ったんですけどね、どうせ殲滅しなくちゃいけないんだし今日のところは一旦帰るわけですから、だったらちょっと水攻めでもしておけばいいかな、なんて……、あはは、ダメでした?


 ふたりとも揃って、『水攻めでも』と言ったあたりから呆れたようにこっちを見るんだもんなぁ…。


 「海を渡ってくるようなトカゲ相手に、水攻めですか…?」


 あ、そう言われてみれば確かに。でも普通の水じゃないんですよ?


 「これ、どれぐらいの水量が必要なんです…?」


 そんな、全部を埋めるわけじゃないですし…。


 何だか2人の教師から叱られているような錯覚がして、答えあぐねていると、

 「まさか本当に水没させるほどの量を魔法で?!」

 とメルさんがテーブルに両手をついて立ち上がりながら言った。


 俺は一歩下がろうとして、椅子にすとんと腰掛けて、背もたれがなくて後ろにひっくり返ったが、起き上がりながらなんとか返事をした。


- いえ、いくらなんでもそんな量は無理がありますって。


 手についた、乾いた土を払う。


- ほら、前に、しばらくパリパリしてて危ない湯気がでてたのあったでしょ?、砦みたいな構造のところで天罰魔法のあとに撃ったのが。


 「あ、熱と刺激臭がしていて近づけなかった霧ですか?」

 「霧…?、水攻め…、ですよね?」


- あれは言ってみりゃ副産物のようなものでして、天罰魔法の水バージョンとでも言えばいいのかな、雷の液体みたいなのなんですよ。


 「雷の?」

 「液体?」


 そうだよね、わかんないよね。

 俺もプラズマっぽいもの、ぐらいしかわからないし、どう説明すればいいのかもわからん。

 ついでに何であんな刺激臭がするのかとか、電気を帯びた霧が残るのかとか、これもさっぱりわからん。

 なので説明のしようがない。


- ええ、まぁ、僕もちゃんと理解しているわけじゃないんですが、とにかくシオリさんの『天罰魔法(ジャッジメント)』ってやつの水属性寄りの魔法なんですよ。


 メルさんはシオリさんを見て言葉を待ってる。

 シオリさんは目を閉じて大きく息を吸って、吐いて言った。


 「わかりませんがわかりました。つまりそれを流し込んだから『水攻め』と仰ったのですね」


- はい。そういう事です。


 「そんな魔力の塊のようなものをどれぐらい流し込んだのですか?」


 ですよねー、少量だとあまり意味がないというか、最初の部屋ぐらいまでで止まっちゃうからね。


- け、結構な量…、だと思います…。


 また2人とも揃って溜め息をついた。


 「タケル様…、天罰(ジャッジメント)の魔法は私で1日3回が限度だと申し上げたと思いますが、それの液体版をこの地図の範囲が埋まるほど生み出せるものなのですか?」


- あー…、水攻めとは言いましたけど、埋めるほどではありませんし、流し込みはしましたけど、全部が(ひた)る量かどうかすら、ちょっとわからないんですよ…。


 「どれぐらいの量だったかがわからないんですか?」


- はい。最初のうちは流れていく量で判断できたんですけど、途中から湯気が凄くてですね、見えなくなっちゃって…。


 「魔力感知は…、あ、そうでした。あの霧って魔力がありましたね…」

 「それで、どれぐらい流し込んだかわからない、と…」


- ええ。それでちょっと疲れてきたなーってところでやめたんで…。


 「はぁぁ…、わかりました、もういいです…」

 「そうですね、帰りましょう。それとももう少し休まれますか?」


- あ、いえ、大丈夫です、運転して帰るだけですから。


 シオリさんは軽く頷いて立ち上がり、さっさと歩いて『小型スパイダー』の後部座席に乗り込んだ。

 メルさんは立ち上がって、俺がテーブルと椅子を片付けるのを見ながら、

 「タケル様、無理をしないというのは、そのように疲れが出るほどのことをしないということなんですよ?」

 と、心配そうな表情をして言った。


- そんなに疲れてるように見えます?


 「はい、体力的にではなく、魔力をかなり消耗したように感じます」


 なるほど、魔力感知的にわかっちゃうのか。


 もしかしたらふらふら飛んでるように見えたのも、制御が完全に安定じゃないのが感知でわかったからなのかもね。手抜き飛行をしてたのがわかっちゃうのか…。

 実際ふらふらはしてなかったと思うし。


 あ、手抜き飛行ってのは、継続的じゃなく断続的に風魔法を使って移動する方法で、簡単に言うと、例えばボールを手でずっと持って移動するか、放り投げてキャッチしてを繰り返すかの差みたいなもんなんだ。

 もちろん、そんな上下運動をして飛んでるわけじゃなく、そこはうまくやってるんだけども、魔力を感知すると断続的だからふらふらして見えちゃうのかも知れないなって話ね。


 それと、魔力の消耗状態が見えるってのは、いいんだか悪いんだかよくわからないな。


 メルさんの魔力感知レベルが上がったという面ではいいことなんだけども。


- なんだか心配をおかけしちゃったみたいで、すみません。


 「はい、気をつけてくださいね?、タケル様に何かあったら…」


- はい、『小型スパイダー』で帰れなくなりますもんね。


 「あ、いえ…、はい」


 ん?、何だろう?、…まぁいいか。


 「ところでタケル様、あの霧ですけれど」


 あの霧?、ああ、副産物って言ったやつね。


- はい?


 「閉鎖空間だとどれぐらいで治まるのです?」


 あ…、そういえばだいたい空間に余裕のあるところでしかやってなかったっけ。

 ヤバいな、明日来て残ってたらどうしよう?


- …それは…、


 「それは?」


- 明日来てみてどうかってところですね。今は帰りましょう!


 「は?、…そうですね」


 とっくにシオリさんは『小型スパイダー』に乗ってこっちを見て待ってるようだった。

 俺はいそいそと、メルさんの手を引いて近づき、助手席の扉をあけてメルさんを誘導してから扉を閉めて、運転席側にまわって乗り込んだ。


 「…メル様には丁寧な扱いをするんですね?」


 シオリさんが不満そうにぼそっと呟いた。


 あ、そういえばシオリさんには扉を開けたりしなかった…。

 どうしよう、聞こえなかったフリをするべきか…?


 何となくメルさんは少しご機嫌な様子だけど、車内の雰囲気がピリピリしてる気がする。


- き、気のせいですよ。助手席が手前側だったので、特に意味はありません。


 「そうですか?、…まぁいいでしょう」


- じゃ、発車しますね。


 メルさんがにんまり笑ってるのが感知でわかった。


 やっぱり聞こえなかったフリをすればよかった…、帰りの空気が重いなぁ、はぁ、余計なことしちゃったなぁ…。






●○●○●○●






 何かが川小屋の近くの川に居る、と感知でわかった。

 魔物ではないようだし、特に危険な生物は居なかったと思うので…、あ、居たっけ、あのSAN値が削れそうなうなぎっぽい何か。

 でもまぁ、大丈夫だろう。たぶん。


 暑いし、誰か――と言っても泳ぎそうなのってひとりしか居ないけど――が泳いでたりしてるんだろう、ぐらいに思っていたが、川小屋の近くまできて誰だかわかった。


 ピヨがまるで水鳥(みずどり)のように川面に浮かんでいた。

 そんで土球と水球の2つをくるくると回しながら、泳いで(?)いた。


 魔力の鍛錬なんだろうか、あれも。






 到着して『小型スパイダー』を川小屋の前に停め、おつかれさまと言って先に降り、今度は後部座席の扉から開けてシオリさんをエスコート風に手を取って降りてもらう。

 シオリさんは営業用みたいな、って一瞬思ったらその瞬間だけ真顔になってじろっと見られたけど、にっこり微笑んで俺の手をとって優雅な動作で降りた。


 次に助手席のメルさんね。

 メルさんも同様。

 ふたりとも優雅な振る舞いが自然にできるんだね。まぁそりゃそうなんだけど、普段を見てるだけに少し、いや、かなり気後れした。


 別にふたりともドレスを着ているわけじゃなく、一般市民、それもあまりお金に余裕がある層のではないと思われる中古のチュニック――シオリさんは長袖、メルさんは袖無し――とズボンなのに、まるでお姫様のような動作というか所作のせいで()()()()ドレスなのかと錯覚しそうになった。


 あ、メルさんは本物のお姫様だけどさ。


 しかし面倒だなぁ、一回やってしまったせいで、これずっとやんなくちゃいけないのかな…、はぁ…。


 車から降りるだけ、たったそれだけでよかったよ。そこから先なんて俺どうすりゃいいのかわかんないや。






 ところで川小屋の中に誰もいないんだけど、もしかして連絡隊と一緒に出かけたのかな?


 ちょっと索敵(レーダー)魔法を使ってみると、連絡隊がハムラーデル側は大岩拠点方面とロスタニア国境防衛拠点方面の2手に分かれて進んでおり、大岩拠点方面には物資の輸送隊も随伴している事がわかった。


 サクラさんとネリさんは、ティルラの新拠点からこっちに向かって移動中のようだ。


 ん?、結局報告書は連絡隊が受け取ってくれなくて直接もってったのかな。


 ふたりが戻ってきたらわかることだし、今は考えなくていいか。


 「タケル様」


- え?、はい?


 「何かされていたようですが、車から降ろしてあとは放置なのですか?」


 え…?


- あの、まさか…?


 「あのように女性を導いたのであれば、最後まですべきでしょう?」


 メルさんもうんうんと頷いている。

 うへー、やるのかー。


- あっはい、わかりました。


 立ちっぱなしの2人に近寄り、開けっ放しだった助手席と後部座席の扉をそっと閉めてから、えっと、これどうすりゃいいんだ?

 車に背を向けて?、いやそれだと失礼かも?


 元の世界で見た映画のシーンを必死な気分で思い出してみる。


 ぼんやりとしか思い出せないが、相手がひとりなら手のひらを上に向けて軽く差し出せば手を乗せてくれるはず…、そこで車に背を向ければ手を肘に移動してくれるはず…?、それで歩き出せばいいはず…、だったよな?、『はず』ばっかりだけど。


 でも2人だとどうすんだ?

 わからんので、両肘をすこしひらいて、勝手に持て、じゃダメかな?


 ええい、やや後ろに並んで手を差し出せばいいのか?


 それぞれが、にっこり微笑んで俺の片手ずつに手を軽く乗せた。あってたらしい。

 一歩進むと、その手をすっと肘のところに持ち替えてくれたので、手をおろして歩き始めた。


 川小屋の入り口には扉がないが、その前で一旦とまって、手で示して『どうぞ』と言うと、ふたりは手を離して、シオリさんから入って行く。


 そして中をみると食卓のテーブルのところで二人が立ってるので、シオリさんの側から椅子を引いて座ってもらった。


 普段ふたりとも勝手に座ってるじゃないか…。何で今日に限って…。


 実にめんどくさい!、もうやらんぞ。





次話2-85は2019年02月13日(水)の予定です。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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