2ー082 ~ 微妙な気遣い
夜の訓練時、メルさんに質問された。
「タケル様のように障壁に土属性の重力制御魔法を使わなくても、自分にかければ飛びやすいのでは?、と思ってやってみたのですがうまくいかないのです」
ここは格好をつけて、『いい所に気がつきましたね』なんて言いたいところではあるが…。
実はちょっと前に俺もやってみたんだけど、全然ダメだったんだ。
それでまぁ俺なりにではあるが問題点を考察してみて、こりゃあ手に負えないなって結論に達したので、障壁魔法に混ぜるとか土魔法で板を作ってそれに混ぜるとか、そうやってるってわけなんだ。
その理由だけど、まず、重力制御魔法をかける対象の形状が一定ではないと、その影響が変化してしまうんだよ。
俺自身は当然だが呼吸もするし手足だって動く、視線を動かせば首だって動くわけだ。それによって、かけて発動した時点から重力制御魔法に変化が起きてしまう。
すると、せっかく形状によって複雑に働いていた自然な重力とのバランス、これが崩れるってわけ。
それに対処しようとして魔法を維持しようとするが、瞬間的な変化に対応できるわけもなく、増してや単純な計算で求められるものでもない。それで失敗するんだよ。
せめて形状が一定であれば、それにかかる力を変化させることは難易度が格段に下がるので、板状のものをつくり、それに魔法をかける、つまり混ぜ込めばいいということだ。
例えば棒状のものであれば、それだけ重心の変化も少なくてわかりやすいんだけど、この前の話じゃないが棒にまたがって飛ぶのは俺自身が不安だし、股の間が痛そうじゃないか?、ということで平面に立ってるほうがいいと判断した。
だいたいそんな不安定な乗り物(?)に乗りながら集中できるかってんだ。
次に、飛行するためにはそこに風属性の魔法を追加することになるわけなんだが…。
これが、安定していないものにかけるととんでもないことになる。
もう大方想像がつくだろうけど、土魔法と自然重力とで崩れたバランスによって発生したベクトルと、新たに追加した風属性の力による合成ベクトルに、結果的に移動することになるってわけ。
すると、思った方向に飛ばないんだ。
それを修正しようとして風属性魔力を新たに加えるか維持しながら方向を修正するのが普通の考え方だ。実際、翼をもつボス竜族やピヨ――こないだ観察したときにわかった――がやってるのはこの方法だ。
重力制御をしていない普通の鳥類や昆虫などは、たぶん、そういう細かい制御修正をずっとやりつづけて飛行しているのだと思う。
これはおそらく翼や羽という専用の器官をもっているが故の、言わば本能的なものなのかもしれない。
これを翼をもたない、そういう本能のない俺なんかがやろうとすると、そりゃもう大変なんてもんじゃないわけでとてもじゃないけどやってられない。魔力消費だってバカにならないし。
そりゃそのうち、訓練していけば効率よく飛べるようになるのかも知れないけれど、もっと簡単な方法があるならそっちを採ったほうがいいに決まってる。
そこで、足場となる板を障壁なり土魔法で作成し、そこに混ぜ込んで制御してるってわけなんだ。乗り物みたいに考えることで制御しやすくなるというのも大きい。イメージが大事だからね、魔法ってのは特に。
あとは加減速に対応した制御を行うだけなので、そう難しくは無い。今では慣れてきたので他のことをする余裕もでてきた。
というのをメルさんに説明したわけなんだが…。
「なるほど、翼のない我々は乗り物で飛ぶのがいいというわけなんですね…」
と、伝わったのかどうかよくわからない納得の仕方をしていた。
雰囲気は伝わったようなので、まぁいいか…。
以前、離陸したボスを石弾魔法というか鉄弾で撃ち落としたときに、もし空中戦をしなくちゃいけない事があるなら、どうせ障壁を張ることになるんだと気付いたんだ。
それに、ネリさんだったかに話したけど、障壁に包まれていないと風が凄くて目も開けてられないし、せっかく飛ぶんだから地上で走るよりも速くないと、走ったほうが速いんじゃ意味が薄れるじゃないか。
身体強化をして走るときって、そりゃあ結構な速度が出せるんだけど、ある程度以上の速度を出すと受ける風のことを考えなくちゃいけなくなってくる。
身体強化魔法の無かった元の世界ですら、中長距離を走るランナーのひとたちは前の選手を風除けにしたりというテクニックを使っていたぐらいなんだから、身体強化に関わらず風の抵抗のことは大事なんだけどさ。
それでメルさんも自然にやってたように、目というか顔の前に障壁を形成して風を直接受けないように工夫する必要がある。
これ、武力だと思っていた人たちはこれも武術のひとつだと思っていたらしい。
ついでに言うと、攻撃された箇所を防御するときにもその部位に武力を集中させて小さな障壁を形成し、衝撃を緩和する『技』の応用だとかなんとか、そう思っていたんだそうだ。
もちろん今ではメルさんやサクラさんたちは、これらが無詠唱の障壁魔法であることを理解しているんだけどね。
あ、ネリさん?、サクラさんが言ってたけど、ネリさんはそこまでの技術がなくてできていなかったんだそうだ。でも今じゃネリさんは障壁魔法をちゃんと使って防御したり、走るときに目や顔を保護したりと、逆にサクラさんより上手く使えているらしい。
ネリさんにとっては武力よりも魔力として理解したほうがイメージしやすく使いやすいんだろうね。
俺がデコピンするときにも、身体強化だけじゃなく小さい障壁まで張るようになってんだよ?、気付いたときは笑いを堪えたよ。いや、着実に進歩してるなってね。
当然、俺だって進歩してるし、しっかり痛いような威力でやってる。
それに、小さな障壁ぐらいちょっといじってやればやわらかくなるからね。
何か変態扱いされてるけど、他人が作った土壁やテーブルなどを分解するのと同じだし、もう慣れたもんだ。
ま、とにかくそういう障壁魔法で、『いつもの飛行魔法』のときには全周囲を包むように張って飛んでるってわけだ。
最初は球体にしてたんだけど、速度を出すためにだんだんと流線型みたいな形状にするようになった。これもまだまだ改良の余地はあるなと思ってる。
ああそうそう、余談ついでだけど、『障壁』と『結界』の違いね。
まぁ何となくわかると思うけど、『障壁』はただの壁で、『結界』は壁で包んだり囲んだりしたものだそうだ。
ぶっちゃけどっちも同じものなんだってさ。
いやリンちゃんがそう言ってたんだよ。光の精霊さんたちはそう教わるとかなんとか。
ただの壁でも内側を真空状態――完全じゃなくても――にしたり何かを包んでいたりするようなのは結界でもあり障壁でもある、ということになるのでややこしい。
でもそういうのもあるので、厳密にこれは結界でこれは障壁だという区別があるわけではないらしい。
昔はそういうのにうるさい派閥が居たりして、やれ防御目的だから障壁だとか、囲んでいるから結界だとか論争があったりしたとかなんとか。
でもたぶん、リンちゃんがそう言ってたのを聞いて俺が想像した論争よりは、穏やかなものだったんだと思う。何せ光の精霊さんたちだからね…、民族(?)的にそう激しいものではないんじゃないかなと。
ダンジョンの層を隔てている境界、あれもその障壁魔法の一種なんだそうだ。
光の精霊さんたちからすると、失われた技術らしい。
大地の精霊、ミドさんのところにあったあの黒い扉というか部屋の境界ね、あれと基本は同じらしくて、でも大地の精霊さん独自の技術だそうで、光の精霊さんにもその技術は秘密なんだそうだ。
ちょくちょく『古の』って技術や魔法につけてるけど、それは光の精霊さんたちが昔住んでいたところを捨てて現在のところに逃げてきたときに、多くの資料や技術、そして技術者さんたちを失ったから、らしい。
リンちゃん自身も書籍でしか知らないことだから、その当時のことを詳しく知っている訳ではないようだった。まぁ俺もそういう話は聞きづらいしな。
●○●○●○●
そして翌日、朝の訓練を終えて、日課のようになっている索敵魔法を使ったとき、ティルラの新拠点のほうから20人ほどが荷馬車と騎馬で出てくるのを感知した。
それを朝食のときに話したら、おそらく連絡隊と物資の輸送だろうとサクラさんが言った。
サクラさんにとっては報告書を渡すのにちょうどいいということだが、その連絡隊がこちらに到着するのには3時間ほどかかりそうだ。
それと、シオリさんが昨日ロスタニアの本陣で話したとき、ロスタニアも新たに拠点を作りたいということで、作るとすれば東5と東6ダンジョンの位置が望ましいんだそうだ。
で、それを言いづらそうに言うもんだから、もしかしてまた橋かなって思ったら、橋もだけどできればハムラーデルの大岩拠点に作ったように、物見の塔を作って欲しいらしい。
何で塔のことを知ってるんだろう?、って尋ねたら、大岩拠点のことをネリさんがつい言っちゃったらしい。
ここまでなら、だいたいそういう軍事拠点には物見櫓があるのが相場なので問題なかったんだ。
ところが、ハムラーデル側の防衛ラインとして大岩の上にある展望台、じゃなくて監視台のほかに物見の塔があることをサクラさんが先日ティルラ拠点で聞いていたようで、つい、『タケルさんが作った塔が』って言っちゃったんだってさ。
サクラさんは謝ってたけど、言っちゃったなら仕方ない。
あの時、ハルトさんと話してたのは聞こえてたらしいんだけど、『橋と何か』ぐらいに思ってたのが、ティルラ拠点で聞いた『塔』の話とが昨日のロスタニアでシオリさんが話してる間に頭の中で結びついたそうで、『ああ!、あれか!』みたいな感じでつい言っちゃったんだとかそんな言い訳を聞かされた。
いや、もういいですよ、って返しておいたけども、シオリさんもシオリさんで『ハムラーデルはそれにいくら支払ったんですか?』なんて何もその場で尋ねなくてもいいだろうに、そんな話の流れで『だったらロスタニアも頼めばタダでやってもらえる』みたいな雰囲気になっちゃったんだそうだ。
だから昨日、リンちゃんと魔物の死体を提供し終えたあと、飛んで本陣のところに戻り、皆と合流したときに妙な雰囲気だったんだ。
飛んで戻ったせいだと思ってたよ…。
確かに、タダで作った俺も悪かったのかも知れん。
でもその当時は、あそこに防衛ラインを作るのはこの魔物侵略地域のほぼ中心だし、必要なことだと思ったわけで、拠点を構築・建設するのに安全を考えたら物見の塔があるほうがいいって、土魔法の訓練にもなるし協力してもいいか、って思っちゃったんだからしょうがない。
それでハムラーデルにはタダで作っててロスタニアには金とるのか、みたいなことになるのでこっちも対価を要求できないんだけどね。
シオリさんはそれを昨日俺に伝えるつもりだったそうなんだけど、うん、俺もそう思った。昨日すぐ言って欲しかったよ。
でも、帰るときにロスタニア兵たちの肉祭りのような騒ぎで混雑していたせいで『スパイダー』が動けず、車内だけどウィノアさんがちょっと出てきちゃったりした衝撃(?)もあって、それにリンちゃんの転移を初めて体験したというのもあって、すっかり頭から抜けてしまってたんだそうだ。
そのあと、夕食時に思い出して食べ終えたら話そうとは思ったらしいんだけど、よく考えてみたら大変厚かましいお願いだとそこでようやく気付いたようで、言わなくちゃいけないんだけど言いづらいと逡巡してるうちに俺が席を立っちゃって、言えなかったらしい。
冷静になってみると、シオリさんだって一緒に連日ダンジョン処理をしている状態で、いつ俺がそんな塔やら橋をつくる時間があるんだって話だよね。
まぁロスタニアの立場に立ってるシオリさんも、いつそこに拠点を作るとか日程が決まっている訳じゃないし、つい先日でかい橋を架けてもらってて、また頼みごとをするってのも言いづらいもんだろう。
魔物の死体(素材)を多く提供してもらった直後だし。
ところが今朝になって、連絡隊が来るとかですぐダンジョン処理に向かう雰囲気じゃなくなってしまったので、言うなら今のうちに、ということらしい。
それならもういっそのこと、そのロスタニア東5と東6のところに物見の塔と、東5のすぐ西にある川に橋を今日作ってしまえばいいかと思い、今日はダンジョン処理はお休みにしましょうってことにした。
俺だけちょいと飛んで行ってくればいいからね。
ついでに東8ダンジョンの1層だけでもちょっと地図作って偵察できればいいかな、なんて思ってると、リンちゃんが里に用事があるので今日お休みなのは都合がいいとの事。
「タケルさま、あのぅ、行かれるのでしたら、できれば『小型スパイダー』を運転して行ってくださいませんか?」
さらにこんなことを言ってきた。
どうやら俺に運転してもらって、問題点を出して欲しいんだそうだ。
リンちゃんは慣れているし多少運転しづらくても問題ないが、『スパイダー』の開発チームは俺に使って欲しくて作ったもので、俺が運転していると思っているんだそうで、できれば今のうちに俺が運転して早めに問題点を出してもらえるとありがたいとか何とか言われてしまった。
前も言ったが、『スパイダー』は重いしパワーがあるので高級スポーツカーみたいなもんで、運転するのは怖くて躊躇するけど、『小型スパイダー』なら自家用車感覚で乗れる…、かも知れないなとちょっとだけ思ったのもあるが、リンちゃんの困ったような言い方からはもう逃げられないなと悟ってしまった。
- あー…、うん、出してくれる?
と返事したときのリンちゃんの安堵した様子を見ると、開発チームから俺の使い心地はどうだとかいろいろ訊かれたりしたんだろうなって思った。ごめんね、今まで避けていて。
それでリンちゃんについて外に出ようと席を立つと、
「では私も同行してよろしいでしょうか?」
とメルさんも立ち上がって言い、
「あ!、はーい!、メルさんが行くならあたしも!」
と連鎖するんだよね。
ところが、
「ネリは報告書があるからダメだぞ」
「えー…」
「えーじゃないだろう、ほら、連絡隊が来るまでに仕上げるんだ、ちゃんと見てやるから」
サクラさんから待ったがかかり、ネリさんはしょんぼりしてまた席に座った。
そして外に出てリンちゃんが出してくれた『小型スパイダー』のところに行くと、なんとシオリさんもついてきていた。
- あれ?、シオリさんも行くんですか?
「はい、ロスタニアのための塔と橋を作りに行かれるのでしたら、私も見ておきませんと」
ああ、そうだよね。確かに。
「それに、飛ばないのであれば安心してついてゆけますから」
「そうですね、ふふっ」
「何ですかその意味ありげな笑いは。別に怖がっているわけではありませんよ?」
「あ、そうではなく、私も飛ばないなら安心だと、同じように考えたのですよ」
「あら、そうだったのですか?、メル様なら大丈夫だと思っておりましたのに…」
シオリさんは毎回のように気を失ったり茫然自失状態になってたりして大変だもんね。
メルさんはメルさんで身体強化ONでしがみついたり、あと、こないだリンちゃんの超低空飛行では気絶するだけじゃなく、おおっと、睨まれた。これ以上は思い出さないようにしよう。
「それがあまり大丈夫ではなくて…、なかなか慣れずに困っているのです」
「そうだったのですか」
優しく微笑むシオリさん。それに応えるように微笑むメルさん。
初回の挨拶時のようなぴりぴりした雰囲気じゃなく、何となく親近感でも覚えたのだろうか、やわらかい雰囲気…、だよな?、そうだよな?、この組み合わせはちょっと胃にくるものがあるな…。
おっとと、2人から鋭い視線。余計なことは考えないようにしよう。
運転席の扉を開けると、リンちゃんが『お気をつけて、いってらっしゃいませ』ときれいなお辞儀をした。
- あっはい、行ってきます。
返事をして乗ると、助手席にメルさんが、後部座席にシオリさんが乗り込んだ。
座席についてるベルトを締めて、ちらっとリンちゃんに目線で合図をしてゆっくりと『小型スパイダー』を動かした。
ああ、一応ちゃんと説明書は読んであるんだよ、これでも。
夜に部屋でリンちゃんから渡されたからね。
そういえば元の世界の車と違って、キーを挿すとかひねったりボタンを押したりしてエンジンスタートっていうのが無いから妙な感覚だ。
エンジン音がほとんどしないような車は元の世界にもあると思う。そういう車って、計器というかパネルのランプなどで判断すればいいのかもしれないね。
この『小型スパイダー』もパネル表示が点くというか、席に着いて椅子を正面に向けるとパネルに数値やメーターが表示され、助手席との間にカーナビのような図がモニタにまるで液晶パネルのように表示される。
それと、左右の操作レバーが中央位置になり、座った状態でちょうど自動車のハンドルのような位置に取っ手がくるようになる。
それでもう動かせる状態になるんだ。
降りるときは椅子を回転させるレバーが椅子の横についていて、それを引くと操作レバーは乗り降りに邪魔にならない位置に引っ込むようになっている。
操作方法は最初の試作品とほとんど同じ。
両方のレバーを前にしてもいいし、右足側のフットペダルを、自動車のアクセルを踏むように踏むかすれば進む。
で、少し走らせて思った。
これ、ブレーキをかけたとき体が反動で前に行くから、操作レバーを握ってる手を前に動かさないようにするのが難しいんじゃないか?
自動車なら、ハンドルの前後は固定なので、前後方向はハンドルを握っていれば体が支えられる。
ところがこれはハンドルではなく、操作レバー左右を前後に動かして操作するので、体を支えるわけにはいかない。
そのぶん、しっかりと体はベルトで固定するんだけど、腕を固定しているわけじゃないからね。
これは少し慣れが必要かもしれないな。
「タケルさんはえらくゆっくりとした運転をされるのですね」
- え?、あ、遅いですか?
「リン様はもう少し速かったかと」
「あまり遅いと帰りが遅くなりませんか?」
う…、言われてしまった。
今回が初めての運転なんだからそれぐらいちょっと負けてくれてもいいのに…。
- そうですね、もうすこし速度を出します。
が、がんばろう…。
●○●○●○●
運転しながらだと、索敵魔法が使えない。まぁ『小型スパイダー』の中からだとどのみち使えないんだけども。まだ不慣れで緊張していたのもあるけどね。
一応、見晴らしのいい平原だし、見落としていても『小型スパイダー』にセンサーがついていて、1km以内に魔物が居ると警告音とともに表示が出る。
幸い、ロスタニア東5の位置までには魔物は居なかった。
リンちゃんが予めセットしてくれていたのか、それとも前回のデータが残っていたのか、ロスタニア東5と東6の位置は表示されていた。
目標地点の方角がわかるようにか、黄色い点が表示範囲のふちに出る仕組みになっているし、フロントガラスの下のほうにも同様の表示があったので迷うことはなかった。
説明書読んでおいてよかったよ。そういう表示があるって知ってなければわからないもんな。
「どのあたりに作られるんです?」
東5ダンジョンは埋めてしまったので、元あった位置は盛り土のように少しだけ高くなっている。
その横に『小型スパイダー』を停めて、外にでるとすぐにシオリさんが言った。
- そうですね、このすぐ脇でいいんじゃないでしょうか。
「この盛り土はダンジョン入り口だった場所ですよね?、そのようなところの近くで大丈夫なのですか?」
- 大丈夫ですよ、入り口から少し離れれば問題ありません。
「そうでしたか。地下の空間があった場所なので気になっていたのですが…、大丈夫なのですね」
- はい。入り口から入ってすぐぐらいのところまでは地上に影響があるので、えっと、その盛り土の形が、地上に影響があった部分です。それより奥は地上にはあまり影響しないようなんですよ。
「ほう…、どういう仕組みなのでしょう?」
気になるのもわかる。内部の地下空間が実際どこにどうなってるのか、俺もよくわからないから答えに困るんだけどね。
最初のダンジョン、『東の森のダンジョン』のところは、入っていくつ目かの小部屋の先から、地下水路と地底湖への空洞に繋がる裂け目があったりしたし、ロスタニア防衛地の近くにあったダンジョンにも、地下空間に繋がる裂け目があったりしたっけ。
だから、地上と完全に別というわけじゃなさそうなんだけどね。
でも埋めてる部分がほとんど地上に影響がないし、結構広い空間を埋めたりしても地上部が凹んだり陥没したりってことがないんだよ…。だからわからんとしか言えない。
- それがよくわからないんですよ。
とりあえず経験上、それらのことを説明しておいた。
「埋めたのに、地上に影響がないからとりあえずは安全と判断しているのですね…」
う…、まぁそうなんだけどね。
- 塔をつくるのに少し掘り下げて土台を作りますので、崩れたりはしないと思いますよ…。
こう言うしかないではないか。
「…わかりました、お任せします」
心配なのもわかるけどね。
ちゃんと杭みたいなのも打つから、それで勘弁してもらえるといいな…。
とか何とか思いながら、ハムラーデル側に作ったのとまるっきり同じ、高さ5m程の物見の塔を作った。
「見る間に出来上がってしまうのが不思議な感じです」
「いくら土魔法とは言え、非常識ですよ…」
感心しているメルさんとは対照的に、呆れているほうが多そうなシオリさん。
そんなこと言われてもね…。
- 前に作ったものですし…。
最初に作るものなら多少は手直しとかするけれど、2度目だと修正点とか無いもんなぁ。
あ、でも内側の階段や手すりは、外側のとは別に作ってるんだよ、これでも。もちろん扉も。
でも外側や物見台部分の壁や屋根、柱などはもう一発でやっちゃってる。
「これほどの魔力が…」
と少し呟いていたけど、塔の西側を掘り下げて空堀みたいにした土砂を利用してるし、魔力消費は見かけほど多いわけじゃないんだけどね。
それに、リンちゃんから借りてる杖を使ったんで、前回より消費が全体的に抑えられている。効率よくなるんだよね、やっぱり。杖の性能がいいからね。
- じゃ、次へ行きましょうか。
と言って乗り込むと、メルさんはささっと、シオリさんは塔をもう一度しげしげと見つめてから歩いてきて乗り込んだ。
報告書に書くためかな?、何ならスケッチみたいなのを羊皮紙に描いて渡したほうがいいかな?
と思って見た目のスケッチみたいなのを羊皮紙に焼いて、後部座席に座ったシオリさんに渡したら、驚いたように目を見開いてから、丁寧にお礼を言われた。
でも『小型スパイダー』を走らせると何か小さくぶつぶつ言ってたので、もしかしたら余計なことだったかもしれない…。
助手席のメルさんが、俺がその絵を焼き描いている間、流し目みたいに半眼で見てたもんなぁ…、どういう意味かなって思ってたけど。
必要かどうか尋ねてからにすればよかったか…。
次話2-83は2019年01月30日(水)の予定です。
20190128:「で、少し走らせて思った」以降、数行にわたって文章評点を訂正しました。内容は変えていませんが、多少なりともわかりやすくなったと思います。