2ー081 ~ 餌場
翌日、今度は普通のと言うか小型ではない『スパイダー』で、ロスタニア東7ダンジョンへと向かった。
正確には、そこがダンジョンであればロスタニア東7と命名される予定の場所、という意味なのだが、ダンジョンで無い場合にはそことは違うほぼ確実にダンジョンだろうと思われる場所がロスタニア東7になるので、『ロスタニア東7ダンジョンに向かった』で合っているのは合っているんだが…。
こうして言葉にするとややこしいな。
魔物侵略地域を南北に分かつカルバス川の北側を『ロスタニア側』と言っているが、現状ではこのロスタニア側にあるダンジョンは残り2つ、ロスタニア東7と東8なんだ。
ところが今から調査する地点、そこは魔物侵略地域の北にある通称『万年雪山脈』の山沿いに茂っている針葉樹林にあって、ダンジョンなのかどうかが索敵魔法では判別ができなかったので、もしそこがダンジョンであれば、残るダンジョンは2つではなく3つ、順に番号がずれて東7・東8・東9ということになるって仕組みだ。
それと、『東』ってのは『東から数えて』という意味でつけたものなので、もう現状では西から数えたほうが早い場所だから『ロスタニア西1』のようにすればいいんだろうけどさ…。
魔物侵略地域の西側の端に近いんだし。
それを今朝みんなに話してみたんだが…。
「どっちでもいいと思う」
「見つけたのはタケルさんですから…」
「誰も行けない場所にあるダンジョンの名前なんて少々変わったところで誰も気にしませんよ?」
というように勇者3名は全く気にしない様子。
「数える方向が東西あるほうがややこしくありませんか?」
メルさんだけが意見を言ってくれた。
「でも西にあるのに東ってついてるのはおかしくない?」
「全部東ってついてますよ?」
「あれ?、そうだっけ…?、なんで?」
「東から数えて何番目っていう意味だって前に説明されただろう?」
「あ、東にあるからって意味じゃなかったんだ」
誰とは言わないけど、たぶん全然興味無かったんだろうなぁ…。
「もうロスタニア、ティルラ、ハムラーデルの三国だけではなくホーラードにもその名前と意味が伝わっているのですから、今までと同じで良いと思いますよ」
と、シオリさんが軽く溜め息をついて締めくくってくれたので、今までどおり東から数える数字で通すことにしたってわけ。
そして道中、前回のロスタニア東6ダンジョンの場所を越えて少し進んだあたりで索敵魔法を使ったところ、トカゲ4体と角イノシシ14頭からなる集団が森の端から出てきて移動しているのを感知した。
そこでサンルーフ台から降りて運転席のリンちゃんに言って『スパイダー』を停めてもらった。
「どうしたんですか?、タケルさま」
「ちゃんと出る前に済ませてこないから…」
あのなぁ…w
- 違うって、この先小川の向こうに18体の集団がゆっくり移動してるんですよ。
「小川ですか?、それってまだ20km以上先ですよ?」
リンちゃんが運転席の左前側、板にクリップで留めて広げてある地図を持ち、小川のところを指差して言った。
- うん。その川の向こう、森のこのあたりから南にのろのろ移動してる。
「このまま進むと見つかる距離になるんですか…」
察してくれて助かる。
- そうなんだよ。それで、やり過ごすならしばらく時間をつぶせばいいし、戦うなら進めばいいんだけどね。
「この人数でならやれなくはないと思いますが、こちらが川原になるのですか?」
「場所が悪いですね、高低差はどうです?」
メルさんとサクラさんが前に来て話に参加した。
- 少し川原あたりが低いですね、水は浅いんですけど、足場は良くないと思います。
「それだと川の手前あたりで釣るほうがいいかもしれませんね…」
ふむ…、魔物だからなぁ、一斉に襲ってくるだろうね。浅い川ぐらいなら多少は突進してくる速度は落ちるだろうけど。
「昨日みたいにタケルさんが飛んでって上から倒してくればいいんじゃない?」
それでいいなら行ってくるけど…?
「おいネリ…」
「だって森から出てきたってことは他にも出てくるかも知れないんだし、広い場所であたしたちが戦ってたら時間かかって増援がーなんて事になったら面倒でしょ?」
「それはそうだが…」
「だったらタケルさんに任せてあたしたちは予定通り進むほうがよくないかな?」
楽をしたいだけなのかと思ったら、結構ちゃんと考えてた。
ちょっと意外だと思ってしまった。ごめん、と心の中で誤っておく。
「なるほど」
「ネリにしてはまともな意見だな…」
「ネリにしては、ってサクラさんひどーい」
「ああいや、悪かった」
「どうせ途中で見つけた魔物はいつもタケルさんが倒して回収して戻ってきてたじゃないですか、それよりちょっと数が多いだけだし、タケルさんなら飛んでれば大丈夫かなって…」
ああ、そういう考え方だったのか。
ネリさんがこっちを見るのに合わせて皆もこっちを見てた。
- あっはい、それでいいなら行ってきます。
「いいんですか?、タケルさん」
「あ」
サクラさんに頷いてから、メルさんが何か言いかけたようなのできいておこう。
- メルさん?
「あ、いえ、私も連れて行ってもらえませんかと言いかけただけです」
「あ、メルさんも行くならあたしも行きたいかも!」
うん、そうなるよね、だからって訳じゃないけどダメだな。
だってメルさん空中だと身体強化ONでしがみついてくるし。
- わかってると思いますが、ダメですよ?
「はい、すみません」
「ちぇー」
「近くで見ておきたいと思っただけですので…」
できれば見せておきたいというのもあるけどね。
- 飛んでる間、見る余裕ないですよね?
「はい…」
「あ、あたしなら大丈夫!、だから連れてって?、ダメ?」
う…、たしかにネリさんなら大丈夫そうだけど…、どうしようかな。
「わ、私のことはお気遣いなく!」
ちらっとメルさんを見たので察してしまったようだ。
- わかりました、んじゃネリさん、行きましょうか。
「え!?、いいの!?、やったー」
何がそんなに嬉しいんだろう?、よくわからん。
リンちゃんが運転席で操作したんだろう、扉が開く音がした。
- 連れて行くのはいいんですけど、大人しく魔力感知してて下さいよ?
「え!?、攻撃しちゃダメなの?」
そんな余裕があるとは思えないけど、できるならしてくれてもいいと思う。
ああ、余裕ってのは、たぶんネリさんが撃つ時にはもう終わってるだろうって意味のほう。
- 構いませんけど?
「よーし、頑張るぞー」
まぁ本人のやる気に今ここで水を差すのもどうかと思うし、言わないでおこう。
「ネリ、あとで報告書を提出するんだぞ?」
「そうですよ、どんなだったかちゃんと報告してもらわなくては」
「え?、えー…?」
「当然だろう、ネリは今報告書を書く訓練中なんだから」
「う…、わかりました」
なんだか一気にやる気が削がれたような表情だな。大丈夫か?
- では行ってきます。リンちゃん、僕らが出たら進み始めていいからね。
「はいタケルさま。行ってらっしゃいませ」
薄く微笑みを浮かべてお辞儀をするリンちゃん。何か久々だな。
そして微妙にやる気の抜けたネリさんを引っ張って『スパイダー』から出て、数歩歩いてそのまま飛行魔法(笑)――もうこの『(笑)』は取ってもいいかな、『なんちゃって飛行魔法』って言うのも長いし、『タケル式飛行魔法』なんて言うのも恥ずかしいから『いつもの飛行魔法』ぐらいにしとくか――で飛び上がり、ズバッと加速した。
「え!?、行きますよ、とか飛びますよ、とかそういうの無しですか!?」
- 言ったほうがよかったです?
「そりゃだって、急に景色が後ろにすっ飛んで行ったらびっくりしますって!」
ちゃんと土魔法の重力制御で加速と相殺する力をかけてるから、加速感が少ししか無いのでそう思うのかもね。
何せ飛び始めると強烈なパワーでしがみついてくる人がいるからね、できるだけ加速感が無いようにと俺だって工夫を重ねてるんだよ、これでも。
- そう?、んじゃ次からは言うようにするね、ところでそろそろ射程距離なんだけど、準備はいい?
「え?、もう!?、どこ?」
- あそこ。
と、斜め下を指差す。
今回は2人だし、しがみつかれる事が無いので独りで飛ぶときと同じぐらいの速度を出したので、20kmぐらいなら1・2分で到着する。
こっちは索敵魔法を使って位置を捉えているので、上空500mほどから撃ち下ろしながら接近していくわけだ。
「え!?、ちっさ!、遠いよ…、って、もう撃つの!?、こんなのじゃあたし攻撃できないじゃんー」
隣で文句言われてるけど、無視して撃つ。
あ、ちょっと、腕もって揺らさないで!
- 急に揺らされたら狙いが…。
「あ、ごめんなさい…」
よかった、こういうとこ素直で。『邪魔してやるー』って言われたらどうしようって一瞬考えたよ。
「あー…、一瞬で全部倒しちゃった…、ずるいよタケルさん…」
- ずるいも何も、ネリさん攻撃できないでしょ?
よく考えてみれば、飛行中は俺の結界というか障壁魔法に包まれてるんだから、ネリさんは攻撃できないよね。俺は障壁の外に弾体や筒を形成して撃てるけども。
「え?」
- だってほら、飛んでる間は周りが障壁魔法に包まれてるんだから。
「あ…」
俺も今さっき気付いたので、ネリさんが気付いてなかったのを笑えないけども。
もしかして障壁の内側から撃つつもりだったのかな。
気付かずに撃ってたら内側に跳ね返って危なかったかも…。いやまぁ撃つ前にとめるけども。
- んじゃ回収して戻りますよ。
「う、うん…」
トカゲと角イノシシが倒れてるところの近くに着地し、土魔法でテーブルと椅子を作ってレモン水を置き、ネリさんにすすめて、俺は走って回収作業だ。
加減ができなくて頭部がえらいことになってる魔物の死体をせっせとポーチに突っ込んでいく。
「タケルさーん」
- はいはい?
「クッキーは?」
何様のつもりだろう?
出してあげてもいいけどね。
- すぐ戻るんですから。
「はーい」
言ってみただけだったのかな?、まぁいいか、回収回収っと。
回収しながら周囲の警戒は続けている。
道、と言っても差し支えないぐらいに草原の草が剥げて土が踏み固められていて、街道のようになっている。
これまでも何度もこういう集団が移動した跡のようだ。
来るときに上空から見たところでは、その道は森から出て小川沿いに少し伸びてから、2つのダンジョンがある方向へと分かれていた。うん、そりゃあ目的もなく移動していた訳じゃなさそうだし、ダンジョン間の輸送路なんだろうと容易に予想はつくんだけどね。
この様子だと森の中のダンジョンかも知れないと考えていた場所は、ダンジョンなんだろうな、角イノシシを森だけから連れてきたのなら、こんなに道のように踏み固められていないだろうし。
この道はダンジョンからダンジョンへの輸送路だと考えるほうが自然だ。
森の中の疑わしい場所はそこだけ木々が空いていて、低木はあるものの不自然な場所だったので疑っていたんだけどね。何度か魔力反応はあったので、収束地なのかダンジョンなのか、また別のものなのか判別ができなかったんだ。
よし、回収終わり。
ネリさんは増援があるかもなんて言っていたが、森のほうから出てくるのも南にあるダンジョンから出てくるのも居なかったので、さっさと撤収してリンちゃんたちと合流しよう。
って、あれ?
- 僕の分まで飲んじゃったんですか…。
「あ、おかわりじゃなかったんだ…、ごめんなさい」
いいけどさ、普通2人いてコップ2つ用意してあったらそれぞれの分と考えないか?
どうしておかわりだと思うんだろう…?、謎だ。
- 飲んじゃったなら仕方ないです、僕は『スパイダー』で飲みますから。
半ば呆れながらそう言いつつコップをポーチに入れてテーブルを解除する。
- 椅子も解除しますよ?
「あ、はい」
- んじゃ飛びますよー
「って言いながらもう飛んでるじゃないですかー」
秒読みでもすればいいのかな。でも今回はふわっと飛んでゆっくり移動してるだけだからいいじゃないかと思うんだけどなぁ…。
- ちゃんと言ったじゃないですか、何が不満なんです?
「もー、そういうんじゃないんですよー!、返事を聞いてから飛ぶとかー」
ああ、返事か、そういうのもあったな。ネリさんだからいいか、って思ってたよ。
とは言えないので適当に相槌をうっておく。
リンちゃんたちの乗る『スパイダー』は小川のすぐ手前あたりまで来ていた。
索敵魔法を使うまでもなく目視できる距離だ。
- ほら、もうすぐそこですよ。
「え?、あ、ほんとだ、おーい!!」
いきなり大声を出さないで欲しい。びっくりするじゃないか。
飛行中は障壁に包まれてるんだって何度言えば覚えてくれるんだろう。
ネリさん側の耳がキーンってなっちゃったよ…。
「あれ?、これって外に声聞こえるのかな?」
- たぶんあっちには声なんて届きませんよ。
「でも『スパイダー』とまってくれたよ?」
そりゃリンちゃんだって魔力感知するんだから、これだけ近づけばこっちに気付くって。
- 魔力感知でしょう。
「あ、そっかリン様だもんね」
納得したようだし『スパイダー』の近くに着地。そしてリンちゃんが開けてくれた扉から入った。
「おかえりなさいませ」
「ただいまー」
「「おかえりなさい」」
- ただいま。森のところはダンジョンっぽいよ。
俺は話しながら後部座席の脇に設置されている給水器でコップにレモン水を汲む。自分でもあまり気付いていなかったけど、結構のどが渇いていたようで、コップ一杯分をごくごく飲んでしまった。
ああ、ここにあるのはガラス製ではなく木製で小さめのコップね。
「魔物の集団はそちらから?」
- はい、これまで何度も通った形跡がありましたので、おそらくは。
「ではロスタニア東7はそちらということですか」
- そうなりますね。
「とにかく進発しましょう」
リンちゃんがそう言うとすぐに『スパイダー』が動き始めたので、俺はコップを給水器下の箱に入れてから、サンルーフの台の上に立って適度に索敵警戒をし始めることにした。
幸い、というか何というか魔物を見つけることなく到着、俺はささっとサンルーフから飛び降りて入り口のあたりに生えている潅木を斬って通りやすいようにしてから、中に入って少し歩いたところでいつもの内部索敵魔法を使い、地図を作成した。
今回は『スパイダー』なので皆も降りて近づいてきた。
「どうですか?」
と、メルさんが小走りで近づいてきて、できたてほやほやの地図を覗き込むようにしながら言った。
何だ?、えらくやる気満々だな。
- なかなか変わった構造ですよ、これ。ほら。
後ろに勢ぞろいしていた皆に向けて見えるようにすると、それぞれ少し驚いたのか小声と表情に出した。
「小部屋、中部屋、そして広い空間、ですか…」
メルさんが横から順番に指差して言った。
「奥のほうはどうなってるんです?」
- かなり広いですね、ここからではわかりません。もう少し近づけばわかるでしょう。
「途中の部屋には何も居ないの?」
ああ、いつもなら敵影があれば点なりなんなり描くからね。でも今回はそれがない。岩とかはあるけどこれだけ近い部屋ならただの点ではなく、なんとなく生き物っぽい影として描かれるからね。
- 岩がいくつかある程度で、魔物は居ませんね。んじゃ広間の手前まで行きましょう。
そうやって話している間に、リンちゃんが暗視魔法をかけてくれていた。
だいたいいつものことなので皆も慣れたもんだ。
途中の小部屋や中部屋は、岩がいくつかあったほかは、獣の骨や毛、トカゲの鱗などが隅の方に落ちていただけだった。結構ひどい臭いだったが、まぁだいたいどこもそんなもんだ。もう慣れた。
広間の手前までくると、臭いはほとんど気にならなくなっていた。
鼻が慣れたのではなく、広間はまるで外のように木々があり、草も生えているような空間だったからだ。
木々は鬱蒼とはしておらず、ダンジョン内らしい特徴つまりまっすぐに伸びているのではなく少し蛇行したようなひょろっとした育ち方をしたもので、それらがまばらに生えている。
外の木々に比べるとダンジョン内は明るさが足りないし、その分をどこからか魔力で補っているような気がする。だから自然の木々よりも魔力反応が濃厚なのだろう。
一歩入って索敵魔法などを使って地図を補完した…、が、これはかなり広い。
奥行き最長8km幅最大4kmもある。
そう言えば以前どこだったか、『ツギのダンジョン』だったかな、こういう層があったよな…。
- これはかなり広いです。以前よそでもこれぐらいの規模の層がありましたが、それと同じぐらいでしょう。
全体を羊皮紙1枚に収まる程度に縮小して描いたものをとりあえず一番手前にいたサクラさんに渡した。
「む、これって瓢箪型と言えばいいのでしょうか、は?、8km!?、ですか!?、本当にダンジョンですか?、いくらなんでも広すぎませんか?」
「え!?」
「8km!?」
皆もサクラさんの手元を覗き込むようにして地図を見て驚いている。
- ダンジョンですよ、こういうのもあるようです。
それで、その地図にもうすく描いていますが、道のようになっている筋、それが道そのものです。
「なるほど、大岩ダンジョンなどで角イノシシが棲息していた階層の規模が大きいものと考えればいいのですね」
- そうですね。
「ではここも餌場なのでしょうか…」
- たぶん。川があって池があり、瓢箪の膨らみ部分それぞれ両側に魔物の集団が棲んでいるようです。おそらくそれら全部角イノシシのような動物系でしょう。
「これ…全部がですか?」
- はい、魔力感知ではおそらく角イノシシじゃないかと思います。
「んじゃボスもイノシシなの?」
- いえ、ここは大型の魔物は居ないようですよ?
「本当にメル様の仰るように餌場ですか…?」
- 今日外で見かけた集団は、トカゲが4体で角イノシシを移動させていたようでした。
おそらくそれらはトカゲたちのエサになるか、尖兵となるかだと思います。
「ここで繁殖した角イノシシを、自分たちのダンジョンに連れていって食料にしている…、ということですか!?、そんな…、いえ、もう認めざるを得ませんね、ジャイアントリザードたちはそれなりに知恵を持っていて、食料となる魔物を従え、繁殖していると…」
シオリさんは杖を立ててそれに縋るように両手で握り、やや俯き加減だけどしっかりとした口調で言った。
認めたくはないけど認めるしかない、そんな雰囲気だった。
天井は高く20mほどあるのは同じだったので、俺だけ一回りさっと飛んで見て来ることにした。
一応、入り口のほうから新たにトカゲが角イノシシたちを連れに来るかも知れないので警戒は怠らないようにと言っておいた。
ささっと飛びながら索敵魔法を使ったり目視したりしつつ見てまわってきたところ、奥には大きな廃墟や壁の残骸はあったが、やはりボスのような大型の魔物は居なかった。
そしてトカゲもいなかった。
ということであれば、今後はこの地域に住む人たちのためにも、もちろん大岩ダンジョンのように兵士さんたちのためにも、放置してもいいんじゃないかということになった。
さすがにこんな規模のところを崩して埋めるのは、骨が折れるどころではないからね。
なので、入り口の小部屋のあたりに分厚い壁を作り、外にも分厚い壁を作ってトカゲ共が食料を調達できないようにするだけに留めて、今日は一旦戻ることにした。
シオリさんが、一旦ロスタニアに報告に戻りたいと言ったのも理由のひとつだ。
ついでにシオリさん待望の、収納している魔物の死体がたっぷりあるので、それもロスタニアに放出したいというのもある。
リンちゃんが以前言ってたけど、ポーチの中が魔物の死体だらけ、ってのは言われてみると俺もなんだかイヤな気分がするようになってしまったからだ。
ちゃんと解体して肉ブロック状態ならともかく、何の処理もせずにでーんとあるものをそのまんま収納してるからね。言われてみれば、肉ではなく死体だと表現するほうが的確だろうし、一旦そう思ってしまうと、やっぱりあまり気分のいいものではない。
というわけで、帰りにそのまま『スパイダー』でロスタニア本陣へと乗りつけて、俺とリンちゃんでせっせと適当な広い場所にその収納した死体を並べ、寄付だと言って押し付けてきた。
まぁシオリさんが話をつけたわけだし、俺たちが並べている間、シオリさんたちは本陣でいろいろ報告したりしていたようだが…。
角イノシシを何十と並べているとき、野次馬というか一体どこにそれだけの人数がいたんだろうってぐらい、兵士さんたちが広場を取り囲み、ざわざわとざわめき、そして目線は肉食獣の目のようにぎらぎらと、そんな雰囲気で居心地悪いのなんの、堪らない状態だった。
リンちゃんですら、居心地悪そうにしていたぐらいだ。
並べ終えたとき、リンちゃんは身体強化してまで飛ぶような速度でこっちに走ってきて、俺に抱きついていたし。
数を書類につけていた兵士さんが、満面の笑顔でお礼を言ったとき、野次馬の兵士さんたちも声を揃えてお礼を言ってくれたんだが、むしろ脅されているような気分だったよ。
俺、たぶん返事するとき顔が引きつっていたんじゃないかな…。
そしてその瞬間、いつの間にか配分などが終わっていたんだろう――たぶん――部隊ごとにどーっと行動を開始したようで――これもたぶん――それら野次馬だった兵士さんたちが並べた魔物の死体にどーっとやってきたので、広場から出るに出られなくなり、仕方なくリンちゃんを抱えていつもの飛行魔法で飛んで逃げた。
目の前に居た、書類をつけていた兵士さんたちが目と口を最大限開いて驚いていたような気がしたがそんなのに構う余裕がなかった。
本陣の建物の前まで飛んで行くと、皆がそこで待っていたが、『スパイダー』の周囲にも兵士さんたちが人垣を作っていたので、乗り込むまでまた一苦労した。
シオリさんが珍しく大声を出して、やっと人垣が開いたんだけど、本陣の入り口前のところでこっそりロスタニア王が苦笑いをしていたのがちらっと見えた。
一番困ったのは『スパイダー』に乗ってからだった。
先ほど魔物の死体を並べた広場ってのは本陣から帰る道の途中にあるので、そこを通らないと帰れない。それどころか、その広場から解体した肉や皮などの素材を方々へ運ぶ兵士さんたちがひっきりなしに道を往来しており、とても『スパイダー』が移動できるような場所がなかったのだ。
「これじゃ帰れないね…」
- そうですね、僕もまさかこんなことになるとは思いませんでした…。
「うちの兵士たちがすみません、申し訳ありません…」
シオリさんは恐縮して平謝り状態だけど、シオリさんが悪いわけじゃないので謝られてもこちらが困る。
「タケルさま、『スパイダー』での移動はあきらめましょう」
「え?、『スパイダー』置いていくんですか?」
「違うだろう、『スパイダー』はリン様が収納していたではないか」
「あ、そっか」
- しょうがないね、んじゃ降りて全員まとめて飛んで帰ろうか。
「「え…?」」
「仕方ありませんね、え?」
「この大勢の前でですか?、大騒ぎになりません?」
- 大丈夫でしょう、何度かシオリさんと飛んでますし。
「あのぅ…、何なら私は残っても…」
- それでまた迎えに来るんですか?、いつです?
「あ、明日でも…、すみません…」
- シオリさんひとり分減ったところで大した差じゃないんですよ、だからどうせ飛んで帰るなら全員まとめてのほうがいいですね…。
『タケル様、お困りでしたらその裏手の祠から川小屋まで転移できますよ?』
「「「アクア様!!」」」
3名ほどが即座に跪いた。
- そうしてもらえると助かりますけど、いいんですか?
『はい。祠にある水の器、その傍《そば》からであれば』
「ウィノアの転移を使うまでもありませんよ、あたしならそこの本陣の中からでも転移魔法が使えます」
リンちゃん…、対抗しなくていいのに。
『タケル様』
「タケルさま」
うーん、ロスタニアでウィノアさんが出てくるとまたややこしいことになりそうだから、ここはリンちゃんに頼むとしようか。
- ウィノアさん、せっかくの申し出ですがここロスタニアでウィノアさんが顕現すると大騒ぎになってしまうので、リンちゃんの転移魔法で帰ることにします。お気遣いありがとうございます。
『そうですか、ふふっ、わかりました』
あ、さてはリンちゃんを釣ったな?
なるほど、まぁ、ここは言わぬが花ってやつだろう。
あ、リンちゃんも気付いちゃったっぽい。一瞬だけ苦虫を噛んだみたいな表情をしたし。
気付かないふりをしとこう。
- んじゃリンちゃん、頼んでいいかな?
「はい、タケルさま」
それでぞろぞろと『スパイダー』を降り、野次馬が見守る中、リンちゃんが『スパイダー』を収納するときまたどよめきが生まれ、シオリさんを先頭にぞろぞろと本陣へと入り、また会議室のような部屋へと通された。
そこでリンちゃんが俺以外にペンダントを配り、ぼそぼそと詠唱して無事に川小屋へと帰ることができた。
- ありがとう、リンちゃん。
なんせ毎度の事ながら俺に抱きついて転移したわけで、いい位置に頭があるので撫でておいた。
「あ、タケルさま…、いいえ、どういたしまして」
ほんのりいい笑顔だ。
何か久々だな…。
っと、ほのぼのしてる場合じゃなかった。
みんな居たんだった。
メルさんがわざとらしく咳払いをし、リンちゃんが無表情になって皆からペンダントを回収してまわる。
約1名だけ、渡されたペンダントを興味深く明かりに透かしたりして見ていたけど、リンちゃんが手を出したら素直に返していた。
そして俺以外がぞろぞろと俺とリンちゃんの部屋からリビングへと出ていった。
机の上の籠に居たピヨが、それを無表情でじっと見ていた。
とりあえずただいま、という意味を込めて、ピヨを撫でておいた。
次話2-82は2019年01月23日(水)の予定です。
20210403:サブタイトルのルビを削除