2ー076 ~ あえぎ声
何となくピヨを応援する状況に冷めてきて、あまり周囲で騒ぎ立てていたら出るもんも出ないんじゃない?、とネリさんとメルさんに言った。
「そう言われてみると確かに…」
「自分がトイレに入ってるときに応援されるのは恥ずかしいかも…」
わかってくれたらしい。
でも俺のベッドに腰掛けて待ってんのね。
すると、『何か出そう…で…す…』ってピヨが言って『う、う、う、はぅ~ん』と時報みたいに喘いで何とか最初の難関は越えたようだ。
出たら水魔法で水を横の壷に貯めるんだぞーと言うと、『ま、まだ出そうです…』と声がした。
「大丈夫なんですか?」
小声でメルさんが心配そうに言う。
- 最初の難関は越えたっぽいよ。
「そうですか…、なら安心ですね」
やっぱりあの声は俺にしか聞こえなかったようだけど、ふと、ヒヨコの喘ぎ声って誰得なんだろうと思った。
しばらくすると水魔法の魔力を感知した。
「タケル様!、壷の水がいっぱいになりません!」
- 出たものがちゃんと流れていったら水とめていいよー
「あ、わかりました、ありがとうございます」
魔力の動きがとまり、何だかげっそりとした表情でピヨが出てきたが…、そうだよな、すっきりしただろうけど疲れたんだろうなぁ…。
あ、そういえば手なのか羽なのかよくわからんが届かないよな、温水洗浄器とかつけるべきか?、でもそういう機構はちょっと俺には作れない。リンちゃんに言って用意してもらうべきか…?
「何かピヨ痩せてない?」
「痩せたんじゃなくて濡れてるような…?」
え?
よく見るとピヨの下半身……ってどこからが下半身か分からないけど、下半分が確かに濡れてた。
みかん箱(大)を2つ重ねたようなサイズの個室に近寄り、しゃがんで扉を開くと中がびしょぬれだった。
あらま、設計ミスったかな。
一応掃除ができるように床面には底のタンクにつながる穴を開けておいたので、そこから溢れた水は流れていったようだけど。
- ごめん、設計間違えたみたい。
「えー?」
「タケルさん…」
いや、だって俺そんな水まわりの施工技師じゃないし。
- ま、まぁ、専門家にちゃんとしたのを作ってもらうから。
「絶対ですよ?」
「じゃーピヨちゃんはお風呂に行きまちょうね~」
「あっ、おい!、離せ!、私めをどうする気だ!」
ネリさんが俺に念を押すような言い方をしている間に、『スキ有り!』みたいな動きをして一瞬でピヨを抱えるメルさんにびっくりだ。
- お風呂だってさ、大人しく洗ってもらうといいよ。
「おふろとは何でございましょうか?、洗って…?、まさか私めをでしょうか!?、この者らがですか!?、や、やめてくれ!、あ、タケル様…」
- 構ってあげたいみたいなので、諦めて。愚痴はあとで聞くからさ。
「然様でございますか…、わかりました」
言いながら軽く指先で撫でてやると観念したのか暴れるのをやめたようだ。
「あ、大人しくなった」
でかいヒヨコを大事そうに抱えて風呂場へ向かう二人を見送った。
まぁあれはヒヨコの姿をした精霊種ってことらしいから、少々雑に扱われても死ぬことはないだろう。
うーん、しかしこのピヨ用トイレなぁ…。
壷に水を入れてから、コックをひねると水が流れるようにしたほうがいいのかな。
ゴムがないけど、丸い栓を紐でひっぱるのを上につければいいか…。
水の量を、便座から水が溢れて出てこない程度にするんだから、壷のサイズをもう少し低くして…。
と、あれこれ試して何とかなった。さっきはテストをする余裕がなかったからね。やっぱりテストは大事。うん。
ノドが乾いたのでレモン水でも飲むかとリビングに行く。
シオリさんとサクラさんはもう部屋に戻ったようだ。
それで食卓でレモン水を飲んでいたら、風呂場から『ぎゃぁぁ!、目が!、目が!』とピヨの悲鳴が聞こえた。滅びの呪文でも食らったかシャンプーが目に染みたかのどっちかだな。たぶん後者だろうけど。
そしてすぐ、脱衣所の引き戸が少し開いてピヨが飛び出してきた。
「た、タケル様ぁ!」
俺を見たピヨがそう叫びながらテーブルを飛び越えてきたが、さっと扉がさらに開いて素っ裸のネリさんが飛び出してきた。
「あっ!」
ピヨをキャッチしながらだったので反応が遅れてしまって、もちろん急いで横を向いたけど、もろに見てしまった。いや、俺は何も見ていない!、見てないぞ!
扉が小開きになって隙間からネリさんがジト目で見ているのが魔力感知でわかる。
「…見た?」
- か、カゼひきますよ?
「ってことは見たでしょ…」
- み、何をでしょうか?
「今、『カゼひきますよ』って言いましたよね?」
あ、しまった。ネリさんを風呂場に戻そうと思ってつい言っちゃったよ。
でもごまかそう。
- そ、そんなこと言ったっけ?
「言いました!、あたしが裸だって見てなければそんなこと言いませんよね!?」
- え!?、裸だったの?、一瞬肌色は見えたような気がしたけどタオル巻いてるもんだと…。
「…じゃあどうしてこっち見ないんですか?」
- だって、いや、それはだって、いくらタオル巻いてたってじっと見るわけには…
「さっき目が合ったと思ったんだけど…?」
- ピヨをキャッチするためにピヨを見てたから、それでそう思ったんじゃないかな…?
「なーんかごまかされてるような…」
- も、もし裸のままだったら、カゼひきますよ?、って、夕食前にお風呂入ってましたよね?、ピヨを洗うだけなのにまた入ったんですか?
「どうせ濡れるし、メルさんも入るって言うから…」
- そうですか。まぁ、ピヨはこっちで預かります。お風呂はごゆっくりどうぞ。
「はぁい…」
扉が閉まる。よかった、何とかごまかせたようだ。
俺の手のぬくもりに添うように身を縮こませてるピヨだけどこれ、濡れてるせいで憐れみを誘うっていうか見窄らしい…、どう言ってもあまりいい表現がないが、とにかくすごくしょんぼりして見える。
犬猫なんかが濡れてると縮んでげっそりと痩せたように見えたりするのと同じだろう。
でもあまり鳥とかがそうなってるのって記憶にないな。
濡れてると小動物は体温が急速に失われるから早く拭いてやんないとな。
ん?、なんだか手がねっとりするな、何だこれ?、シャンプーじゃないよな。
- ピヨ、これ何?
「わかりません、泡立って目にしみて一度流されたのですが、また何か付けられたので逃げてきたのです」
ふむ。するとリンスか何かだろう。洗い流して乾かせばいいかな。
- とにかくこれは洗い流さないとね。
俺の部屋にも洗面台はあるけど、普通の蛇口なんだよね。
シャワーのある洗面台がいいから、脱衣所へ行かないと。
ドライヤーも脱衣所に置いてあるし。
ピヨを片手に乗せて、脱衣所の扉をそっと開け、浴室のほうに声をかけておこう。
ああ、2人とも浴室に居ることは魔力感知でわかってる。便利だね。
- ピヨを洗い流すので脱衣所に居ます。出る前に声をかけてくださいね。
中からの返事を聞きながら、脱衣所の隅にある大きい洗面台に向かう。
栓をしてぬるま湯を少し貯めてピヨを置き、栓を少しだけあけてシャワーをかけながらやさしく解すように洗い流してやる。
「ああ、気持ちいいですタケル様…、あふ、ああん」
妙な声を出さないでほしい。気持ちいいのはわかるけど。
「水の精霊様とタケル様の魔力がとても心地いいです…」
え?、ああ、俺の近くの水にはウィノアさんの魔力が当然のように含まれてるね、確かに。
首飾りもらってからずっとそうだから考えないようにしてたよ。
『風の子よ、ようやく理解したのですね』
何これ…。神の声みたいな状況?、ウィノアさんってそういう存在なの?
どうも普段の言動がアレなので俺には違和感しかないんだが。
「はい、水の精霊様…」
『アクアと呼ぶことを許します』
「こ、光栄でございます、アクア様…」
小芝居は聞こえてないことにして、一通り洗い流せたので棚にあるタオルで軽くぬぐってやる。
- 温風で乾かすけど大丈夫かな?
「はい」
ヒヨコなだけあってか、乾かすとぽわぽわでふわふわのもっふもふになった。
そういやこいつ抜け毛とか無いな。
- 終わったのでリビングに戻りますねー。
「「はーい」」
浴室に声をかけ、リビングにもどった。
余分にもってきたタオルを畳まれているままテーブルに置いてピヨを乗せる。
俺はさっき飲みかけだったレモン水を火魔法で少し冷やし直して飲む。
ピヨは俺がそうして座るまでじっとこちらを見ていた。
- どうした?
「い、いえ、別に…」
- あの2人もピヨの世話がしたいんだよ。悪気があってやってるんじゃないからね。
「は、はぁ……しかしその…」
- ピヨのことが好きなんだよ。そのうち言葉が通じるようになればわかるよ。
たぶんね。『かわいい♪』ってしょっちゅう言ってるんだから。
「それはありがたいのですが、私めは今まであまり他者から構われたことがないもので…」
そうだよね。だってあのミドさんだけだったもんなぁ…。
- うん、一応あの2人にも注意はするけどね、撫でられたり抱かれたりするぐらいは許してあげて欲しいかなー?
「……わかりました、タケル様がそう仰るのであれば…」
うん、分かってくれてよかった。
それはそうとさっき、ピヨって飛んできてたよな?、濡れてたし、よく飛べたなこいつ。
ヒヨコって飛べたっけ?、いやそもそも角ニワトリって飛べたっけ?、さっきは一瞬だったのでよく思い出せないけど、魔力感知に反応あったような気がする。ってことはこいつ飛行魔法使ってんのか!?
もしそうなら是非飛んでるところを観察して魔力の流れをつかみたい。
- あー、んんっ、ピヨはさ、とb…
そこでがらっと言うほど音はあまりしないんだけど脱衣所の扉がひらいて、ネリさんとメルさんが出てきた。なぜかバスローブ姿で。
どうでもいいけどメルさんは小さいので、バスローブ姿に違和感がありまくりだ。
よく用意されてたな、あのサイズ。
あ、リンちゃんサイズか。納得。
でもリンちゃんがバスローブ着てるの見たこと無いな。
「わぁ♪、ピヨちゃんがふわふわ♪」
「わぁっ♪、ほんとです、抱っこしていいですか!?、いいですか!?」
- ピヨ、早速抱っこしたいんだそうだ。
「う…、お手柔らかに…」
- お手柔らかに、だってさ。優しく扱ってあげて。
「は、はい!」
「わ、メルさんずるい!、あたしも!、あたしもいいでしょ?、ねぇタケルさぁん」
ネリさんの猫なで声って初めてかもしれない。
でも何だかいつも何かを頼んでくるときの声とは違う、鼻にかかったような言い方が少し気持ち悪い。
お風呂あがりでほんのり染まってる肌だから殊更にそれが強調されていて、何だかイケナイ事を女子高生に迫られているオジサンのような気分になった。
いや、知らないけど。何となく。
「あ、タケル水!、あたしも飲む!」
ぶち壊しだ。でもこの場合は助かったというところかもしれない。
でもタケル水じゃないぞ!?
給水器のところからグラスを持ってきて、「はい」って…、給水器で入れればいいのにそれはちょっと調子に乗りすぎじゃないか?、ってことで入れるフリして手を近づけてそのままデコピン…まではせず、指先で軽く額を突いてやった。
「痛い!、ひどい!、さっきあたしの裸見たくせに!」
「え!?、ネリさんの裸見たんですか!?、タケル様!」
- え?、見てませんよ?
見てないってことでごまかしたのに、今更見ましたとは言えない。
「裸見られたのにデコピンされたぁぁ!」
ネリさんが額を抑えながら泣きまねをする。おい!、やめてくれ!、しかもデコピンしてないのに!
「えー?、タケル様それはひどいですよ…」
「おい!、タケル様は見てないと仰っているだろう!」
あー、ピヨ君、キミが言っても通じないから、黙ってようね。
あと、メルさんが何となく棒読みくさい。
- 今のはデコピンじゃなくて、
「タケル様、それは潔くないのでは?」
む、何だかハメられたような感じ。これ。
数秒ほどじっと見てみると、どうやら軽いイタズラっぽい。
何でわかるかというと、2人の魔力が怒りや悲しみじゃなくて楽しそうだからだ。
ネリさんは後ろ向いて肩を震わせてるけどそれ、笑ってるだろ…。
- ネリさん、笑ってますよねそれ。そういうイタズラは止めましょうよ、心臓に悪いですよ。
「あー、もうバレちゃった」
「もう少しだったのに、どうしてやめるんですか…」
「だって、タケルさんあまり焦ってないんだもん」
焦ってたよ?、結構。かなり。
- 確かに潔く無かったかも知れません、まさかネリさんがリビングに裸で飛び出してくるとは予想してませんでした。ごめんなさい。
「そうはっきり言われるとすごく恥ずかしいんだけど…」
「それでタケル様、本当に見てないんですか?」
- ピヨが向かってきたのが先なので、ピヨを見ながらだったのは本当です。だからはっきりネリさんの裸を見たわけじゃないです。どちらかというと魔力感知で裸だと認識してますので、目のほうは急いで首を横に向けて見ないようにしましたよ。言い訳になりますけど。
「あー…、そうですね、魔力感知で分かってしまいますね…」
「あ、それってもしかして、タケルさんってお風呂の中のあたしたちも認識できちゃうってこと?」
- 見ようと思えば。
「え!?」
「でも魔力感知ってそういうものですし…、仕方ないですよね」
- なので見ないように、考えないようにはしてますよ?、もちろん。
「むー…」
「正直に言いますと、前にタケル様が入ってる時、魔力感知で中の様子を感じ取れるか試したことがあるのです」
「え?、メルさん何やってるんですかー!」
できるけど、やらないもんじゃないのか?
俺はそんな感知しようとしてバレたら非常に困ることになるって思うから、試そうなんて思わないけどさ。
「あ、いえ、結果的にはできなかったんです」
「そうなの?」
ああ、何となくわかった。俺の周囲の水ってウィノアさんの魔力がたっぷり含まれてるから、ある意味妨害になってるんじゃないかな。
それを超えて感知するのはなかなか大変だし。
「あ、タケルさん何かやってるんでしょ?!」
- 僕は別に何もしてませんって。
「はい、最初はとてもまぶしいと感じたので、中の様子はわからなかったのですが、先日、アクア様の聖なるお力で浴室が満たされていると分かりまして、そ、その、またあの栄誉に浴させて頂ければと…、だ、ダメでしょうか…?」
うわー、話がそれたのはいいけど、そっちいっちゃったかー…。
- 僕が落ち着いて入浴できなくなるのでダメです。
「そうですよね……」
「え?、タケルさんと入りたいってこと?、わー、メルさん大胆!」
「ち、違うのです!、私もアクア様の聖なるお力に包まれたいという、」
「でもタケルさんもセットなんでしょ?」
「そうですけど、決して疚しい気持ちからではなく!」
「んじゃタオル巻いてれば?」
「それはアクア様にダメと言われまして…」
「いつ言われたの?」
「…(小声で)前の時に…」
こりゃ助け舟を出さないと。
そいやあの時って、ネリさん外にいたんだっけ。もしかして3人が俺の入浴中に入ってたの知らないのかな。
- もう一度言うけど、落ち着いて入れないからダメですって。
「タケル様はお一人がお好きなのですか?」
- あ、ピヨはあとで話そうか。ややこしくなるから。
「わかりました…」
「ピヨちゃんは何て?」
- 僕は一人が好きなのかって。性別がどうのって概念があまりないようだからあとで説明するって言っておいたんだよ。
「私めにも性別ぐらいはわかりますが…」
- でも人種の習慣のことは知らないよね?、だからあとで説明するって。
「はい」
「あ、ピヨちゃんがどうしてさっき逃げ出したのか聞いてみて?」
- ああ、あれは不慣れでシャンプーが目に染みてつらくて、洗い流されたあとまたリンスか何かつけられたから逃げたみたいだよ。
「一応説明しながら洗ってたんだけど…」
「ピヨちゃんには通じてなかったのですね…」
- うん。言葉が通じるようになるまでは、僕かリンちゃんが洗ってあげる方がいいかも知れないね。
「うん…」
「そうですね…」
- それにしても、どうやってピヨは扉を開けたんだろうね?
「あ、それ不思議なんですよ、すっと開いたんですよ!」
「魔力を感じたので、風魔法では?」
「え!?、そうだったの?」
たぶんそうだろうけど。
- 風魔法で扉を開けたの?、ピヨ。
「はい、リン様に教わりました」
- そっかそっか、風魔法で合ってるみたい。
「へー…、あ!、こないだタケルさんが言ってた直接働きかける風魔法!?」
「なるほど…、すごいですね、さすが半分精霊様のピヨちゃんです…」
- あれ?、ふたりともまだできないの?
「そんな、タケルさんみたいにほいほい何でもできませんよ…」
「どうもまだ風魔法は風を操作するものだという先入観が抜け切らなくて…」
「固定観念みたいな?」
「そうですね、ネリ様だってまだできないじゃないですか…」
「うん、なーんかあとちょっとでできそうなんだけどねー」
- そう難しいことじゃないと思ったんだけどね…。
「そりゃあタケルさんは…、ねぇ?」
「そうですよ、タケル様は規格外ですから、ねぇ?」
「「ねー」」
ねー、じゃねーよ。
でも魔法では特に、できそうだ、できる、って気持ちは大事だと思うので、ネリさんはきっかけか何かつかめばすぐできるんじゃないかな。
こういうのは詠唱を基本としている人たちにはかなり難しいみたいだけどね。
普段無詠唱で、魔力感知や操作を訓練していると、意外といろんなことがすぐできたりするもんだ。ソースは俺だけなんだけどね。
- それじゃあそろそろ眠りますよ。明日はダンジョン行く予定ですし。
「え!?、そうなの?」
「私も行っていいんですか?」
- はい、そこの壁に一応、分かる範囲でボードに予定書いてあるんですけど…。
「「え!?」」
そそくさと席を立って張り紙のところに行く2人。
「わ、ほんとだいつの間に!?」
「ほう…、これは便利ですね…」
俺もさっき気付いたんだけどね!
リンちゃんに行動予定表のボード、元の世界にあったホワイトボードみたいなやつね、あれを注文しておいたんだけど、それができてたらしくて、たぶん今日あそこに設置したんだろう。
横には地図を貼ってあってそのダンジョン名が、予定表のところに書かれてるってわけ。
そんでマグネットで俺とかリンちゃんとかの名札をペタっと貼り付けるって仕組み。
確かに磁石でとは言ったけど、まさかそのまんま作ってこられるとは思わなかったよ。
釘と木札みたいなのでよかったのに。いや、いいんだけどさ。
●○●○●○●
翌日。
朝食の前に、行動予定表の説明をして朝食を摂った。
今日はロスタニア側のダンジョン、俺たちの命名規則でいうと『ロスタニア東5』ダンジョンということになるが、そこを調査して、いけそうならそのまま処理するという予定だ。
リンちゃんが頑張ってくれたのか、技術者さんたちが頑張ってくれたのか、その両方だろうけど、無事『スパイダー』も試作品2号改に戻ったようだ。
『速度計と機関出力計がつきました。普段はこの黄色から赤色のところまで針が来ないようにして運用してくださいとの事です』
とリンちゃんに注意されたけど、運転するのリンちゃんだけだから。
今回はシオリさんも含めて全員で行くことになった。
かわいそうだけどピヨだけがお留守番だ。
まぁ、物分りいいし、寂しそうな表情をしていたのが少しリンちゃん以外の皆の心に刺さったけど、大丈夫だろう。川小屋なら安全だし。魔物来た事ないし。
移動中に、シオリさんに杖を返しておいた。
「もう不要なのでしょうか…?」
と不安そうに言ってたけど、杖をしっかり抱きしめていたんだから態度と言葉が逆だよね。
そんなのを見ちゃうとね…。借りてくるとき、ロスタニア王は進呈とか何とか言ってた気がするけど、ロスタニアから取り上げたりしませんって。
一応、『またお借りすることがあるかも知れませんが、シオリさんに持っていてもらうほうがいいと思うので』と言うと安心したような表情になっていた。
ロスタニア側にはまだトカゲじゃない魔物が地上に居ることがある。
今回も移動中に数体倒し、回収しておいた。
何だかこれも懐かしいと思えるね。ほんの数日ぐらいのことなのに。
そして到着。
ぞろぞろと中に入って、いつものように地図を作った。
今回はシオリさんが居るのであまり早くは駆け抜けられないが、分岐の先に俺だけが走って行って、本筋を皆で進んで行ってもらうとき、何度目かでシオリさんも石弾を撃ったり氷弾を撃ったりと参戦するようになったそうだ。
「話には聞いていましたが…、騎士団の随伴をしないわけですよ…」
そう溜め息交じりに言っていたらしいけど、俺たちにとってはもう今更だからね…。
1層最奥には亀も居た。
部屋もでかいが、亀もでかかった。
下手すると小学校の運動場ぐらいの広さがありそうな空間をあけた向こうの両側、それぞれの隅に50mプールぐらいのサイズがありそうな大亀が2体いた。高さも結構あるので小さめの体育館ぐらいあるかもしれない。
「通路の大きさから大亀が居るとは思っていましたが…、これは大きすぎませんか?」
「出られないからここに居たんじゃない?」
「ではあの亀はどこから来たんだ?」
「そりゃあ…、奥からとか…、ここで育ったとか…?」
「貴女達ね…、もう少し緊張感があってもいいのではなくて?」
「いつもこんなですよ?」
「あ、小型と中型が来ますよ」
大亀は謎だけど、今はとにかくザコ退治をしないとね。
中型の角イノシシと角サイが2体ずつ、角サルが十数匹こちらに走ってくる。大亀のせいでいつもより小さく見える気がする。
しかしすぐスパパパと近寄ってくる端から倒してた。俺とリンちゃん以外の4人が。
俺は後ろに居たので見てるだけだった。何とも楽になったものだ。
「なかなかタケル様のように一発で、とは行きませんね…」
「頭固いんだもん」
「えっ?」
「あ、頭は骨があって固いって意味」
「ああ、そうですね…」
一瞬何だろうって思ったけど、メルさんは昨夜の『先入観』とか『固定観念』のことを引きずってたっぽい。
でも石弾魔法の扱いを見ている限りでは、ちゃんと風魔法で空気以外、土魔法で作った弾体を操作できているんだけどねー…。
同じだと思うんだけど、メルさんにとっては何か違うのかな。
まぁそれはともかく、あとは大亀だけだ。
もちろん中型と小型の死体はリンちゃんと俺とで回収しておいた。
そして大亀だけど、1体はメルさんが『サンダースピア』で貫通粉砕して、もう1体は俺も含めて皆で寄って集って石弾の集中攻撃で倒した。
大亀は回収するところがないから放置するんだけどね。
そして少し休憩をして2層。
あ、休憩のときにシオリさんに聞いたけど、今まで大亀の身を食べようとしたひとは、やっぱり居たらしい。
でも身として収穫できた部分は硬くて、煮ても焼いても食べれそうになかったんだってさ。
皮も甲羅もほぼ岩みたいなもんらしくて、防具につかうよりはむしろ建材ぐらいしか使い道がないってのはティルラの金狼団の人が言ってたのと同じだった。
昔からあの亀には苦労させられます、って苦い表情で零してたよ。
それと、亀の皮は固いので、サクラさんとシオリさんの石弾だと少し食い込む程度の威力しかまだないみたいで、『あんなに威力が違うとは…』って嘆いていた。
それでネリさんとメルさんに2人がそれぞれコツみたいなのを尋ねてたんだけどさ…。
俺に訊いてくれないのはなぜなんだろう?、ちょっと寂しかった。
2層も1層と同じような構造の、まぁアリの巣みたいなものだった。
1層も結構大きめだなとは思ったんだけど、大亀の居るダンジョンは思い出してみるとだいたいそんなもんだったっけ。
でもこの2層はそれよりも通路や部屋のサイズが大きい。
あの1層最奥に居た大亀は横幅30mぐらいあったんだけど、この2層の通路でもぎりぎり通れるかどうかってところだ。
やっぱりあの部屋で育ったのかな…?、謎だよなぁ、やっぱり。
前にシオリさんから聞いた昔の話からすると、海から来て、ダンジョンを作って拠点にしたみたいな感じだったんだけどさ。
でも若いダンジョンって通路も広くないんだし、んじゃそん時に居た大亀はどうしたんだろう?、全部退治されたのか?、すると最近までちょくちょく国境に来ていた大亀たちはどこから?、ダンジョンで生まれたのもあるだろうけど…。
やっぱり謎だよなぁ、まぁ考えてもしょうがないけどさ。
魔物は退治しないとだし。居たら困るわけで。
とか何とか考えつつも、途中休憩を挟んだりしてさくさく進み、2層最奥。
だだっ広い部屋の境界門側に岩がごろごろしている。
その影にはトカゲたちがいた。
と言っても魔力感知で丸見えだ。視線が通っていないので直接狙えないが、岩陰から出た時がトカゲが死ぬ時だった。
特に苦戦することなんてなく、さくさく倒した。
みんなトカゲが出てくるのを今か今かと岩弾浮かべて待ってるようなもんだからなぁ…。
ほんのちょっとだけトカゲが哀れに思った。
1匹だけ境界門の向こうに行ったけど、俺が鍛冶屋さんに作ってもらった例の鉄弾を撃ち込んで倒した。
皆は1匹だけ向こうに逃がしちゃったって焦ってたけど、俺は境界門の向こうで死んでるトカゲが見えてるので大丈夫だって伝えておいた。
その死体を回収するついでに3層の地図を作ってみたけど、ボス部屋や遺跡のような壁や通路を天井の高い空間が包んでいるパターンだった。何度か見たものでもあるし、トカゲが集まっている部屋が4つあるタイプだけど、数はあまり多くないようだった。
ただ、巡回する4体っぽいのが廊下に2グループいるようだ。
警告音を出されると厄介なので、どういう順序で倒していくかを考えないとね。
「巣部屋がなくてよかったですね」
「でもどういうものなのか見ておきたかったわ」
「でも姉さん、トカゲが殺到してくるんですよ?」
「それはイヤね…」
- 少し時間が過ぎちゃいましたけど、お昼にしましょうか。
「あたしもうお腹ぺこぺこー」
「今日のお昼は何ですか?」
- いつものパンと川魚の燻製、豆と根菜と肉の炒め物です。
「あなたたち、こんな血なまぐさい場所でよく食事する気になれるわね…」
「姉さん、勇者は皆こういう血なまぐさい場所に慣れてるんですよ?」
「…そういえばそうだったわね」
そうか、シオリさんは後方で食事する生活が長いもんな…、俺は最近ようやく慣れたけどさ。シオリさんだって話してくれた最初の頃はそうだったと思う。
食べながら、シオリさんに尋ねてみた。
- やっぱりその杖だと魔法が使いやすそうですね。
「あ、はい、慣れているのもありますが、杖なしで訓練しているときよりも威力や精度が向上します」
シオリさんは『裁きの杖』のクセに慣れすぎてて、そのせいで逆に杖が無いほうが苦労してるような感じだったもんなぁ、魔力操作の訓練中を見てるとそういうところがちらほらあったし。
だから他の系統はいいけど、火系統だけはどうも無意識に抑え気味にしてしまうんじゃないかなと。別にそれで大きな不都合があるわけじゃないけどね。
「へー、あたしも杖使ってみたいかも」
「ネリ、ロスタニアの国宝だぞ?」
「シオリさんのじゃなくて、何か別の杖が欲しいなーって意味ですよぉ、メルさん…は杖いらなそうだけど…」
「はい、私は『サンダースピア』がありますので」
「いいなぁ、あたしもいい武器欲しいなー…、ちらっ」
ちらっ、じゃねーよ。俺に言うなよ。
- こっち見られても困りますって。
「タケルさんならほら、どこかに頼めば調達してくれそうかなーって」
「ネリ…」
- どこにです?
「んー、リン様とか…?、あ、リン様の実家の杖は?」
- シオリさんは別ですけど、普段あまり杖に頼らないほうがいいと思いますよ?
「そうなのですか?」
「そうなんですか?」
- シオリさんはほぼ専用装備ですからいいとして、ネリさんは杖が無くても現状充分に戦えてるじゃないですか。
「うん…、でも杖あるとかっこいいし、魔法使いって感じがするんだもん…」
格好か、わからんでもないけどね。
- 普段杖があることに慣れてしまうと、杖がないと咄嗟に魔法が使えなかったり反応が遅れたりするかも知れません。それが危険につながらないとも限らないので、どうしても杖があったほうがいいという場合じゃなければ、杖がない状態に慣れておいたほうがいいんじゃないか、っていうのが僕の考えです。
「なるほど…」
「私も普段はこの杖を持たないほうがいいんでしょうか?」
納得した他の面々と異なり、シオリさんは心配そうに尋ねた。
- さっきも言いましたけど、シオリさんの場合はその『裁きの杖』は専用装備のようなものですし、正直言ってその杖にはクセがありますので、むしろ普段から使ってそのクセに慣れておいたほうがいいかと。
もう慣れ過ぎてるようだけどね。
「そういうものですか…」
- はい、他に使いやすい杖があるのなら話は変わりますが、無いようですし。
「そうですね、ありがとうございます」
- いえいえ。僕だってリンちゃんから杖を借りてますけど、今日使ってませんよね?、そういう理由なんです。
「そっかー、魔法が上達してからまた考えればいいのかな」
- そうですね。ある程度近接戦闘ができる人なら、杖で手がふさがらないほうがいい面もありますし、ネリさんは最近剣をもたずに手ぶらですけど、せっかくあれだけ戦えるんですから、両方を生かすように考えてみるのもいいかも知れませんよ?
「魔法剣士!?、いいかも…」
「またそうやってすぐ安易に考える…」
「えー、だってー…」
「魔法使いを名乗るんじゃなかったのか?」
「うー…、でもタケルさんが…」
「タケルさんがーじゃないだろう、自分で答えを出すもんだ」
「サクラさん意地悪ですよぉ…」
「一応はネリの師匠だから心配して言ってるんだぞ?」
「はぁい…」
口を尖らせてるけど、半分ぐらいは納得してるんだろう。
だいたい今こんなダンジョンの中で言われても、杖に予備なんて用意してないし、リンちゃんから借りてるのを勝手に使わせるわけにも行かないだろう。予備だって言ってたけど光の精霊さんの近衛隊のものらしいし。
貸してあげてもたぶんリンちゃんは文句言わないだろうけどね。
でもまだネリさんはいろいろ魔力操作の制御が甘いので、そこを杖で補正してしまうよりは自力で操作できるようになったほうが後々いいと思うんだよね。
メルさんは随分器用に魔力操作できるようになってて、『サンダースピア』に魔力を通さずに魔法を行使してたりする。
それができてどうして身体強化のON/OFF制御があんななのか…、謎だなこれも。
部分強化したりできるのにね。
あ、部分強化ってのは単純に手足を強化するってだけじゃない。それをすると境界線のあたりで骨がポキっといったり筋繊維が断裂したりする危険がある。だからそうならないようにうまく強化しないと身体のほうがもたないんだよね。
メルさんはそのへんさすが達人級と言うだけあって、効率よく制御ができる。
だからあれだけ瞬時に切り替えたり部分強化ができたりする。
実際すごいことなんだけどね、あれだけはちょっと俺にもうまくマネできない。
だから身体強化面で言うと俺よりもメルさんのほうが魔力使用効率が格段にいい。
今まで培ってきた訓練の賜物だね。
次話2-77は2018年12月19日(水)の予定です。
20181212:サイズ関連と一部の描写を修正しました。
3層の描写を訂正しました。
(訂正前) その死体を回収するついでに、3層の地図を作ってみたけど、ボス部屋のある天井の高い空間のタイプだった。トカゲ部屋が4つでボス部屋が1つのタイプだけど、トカゲはあまり多くないようだった。
(訂正後) その死体を回収するついでに3層の地図を作ってみたけど、ボス部屋や遺跡のような壁や通路を天井の高い空間が包んでいるパターンだった。何度か見たものでもあるし、トカゲが集まっている部屋が4つあるタイプだけど、数はあまり多くないようだった。
20181213:文言の訂正。
(訂正前) とか何とか考えつつも、途中休憩を挟みつつさくさく進んで2層最奥。
(訂正後) とか何とか考えつつも、途中休憩を挟んだりしてさくさく進み、2層最奥。