2ー074 ~ ピヨ
湿った服が気持ち悪いので部屋ですぐに着替えた。
ネリさんとメルさん、それとリンちゃんはお風呂だ。
俺は身体のだるさが結構つらかったので、ベッドで横になった。
着替えてる間、机の上のピヨが俺をじっと見てたので、ベッドで横になるときにひょいと持ち上げて、お腹の上にのせて撫でてやった。
「あっ、タケル様…」
- 大人しくしてた?
「はい、ご言いつけ通りここに居ました」
- そっかそっか…。よしよし。
「タケル様…」
ぽわぽわしててもふもふで暖かくて和む。手触りいいなぁ、こいつ。
天罰魔法はかなり消費するなぁ、やっぱり。
シオリさんのやってた魔力の流れを踏襲しただけなので、魔力効率がいまいちよくないんじゃないかって思った。
例の水雷は、その魔力の流れから、余計な部分を省いたり効率的に改変したので、天罰魔法よりは消費が少なくなってるんだよね。天罰魔法も同じようにシェイプアップしないとなぁ…。
このまま運用するには消費が多くてやってられん。
今後、同じような構造がありそうだしなぁ…。砦かー、でもこちらから直接見えないのと同じように、向こうからも見えないのはむしろ利点だよなぁ、上が開いてるってのもいい。
ということは、天罰魔法の出番があるってことだから…、ああ、リンちゃんから借りたほうの杖も試してみないとなー…、シオリさんに杖を返すのはそれが終わってからでいいかー…。
それと…、ロスタニア側のダンジョン…、処理しなくちゃなー…、行ってから考えようか…。
しかし……今日は……疲れた、なー……。
●○●○●○●
何ということか…、き、騎士にあるまじき失態、し、しかもタケル様に後始末をさせてしまうなど……、情けない…。
川小屋に到着し、湿った服が気持ち悪いと思い、着替える前にお風呂に入りたいなどと思ってはいたが、タケル様が『僕はあとで構いませんよ』と譲ってくださったのでリン様とネリ様と私の3人で脱衣所にきたが…。
ああ、もちろん自室に寄って着替えをもってきている。
胸当てはあとで手入れをしなければと思いながら外し、着衣を脱いだとき、しっとりと湿っていた下着から妙な香りがしたのだ。何だろう?、アレはまだ先のはずと思い、脱いで鼻を近づけたらどう考えても漏らしたとしか思えない臭いがするではないか…。
気を失ったときに、まさか漏らしたのでは…?、と血の気がさーっと引くのが自分でもわかった。
ふと見ると同じようなことをしているネリ様。
「ネリ様…、もしかして…」
「え?、な、何でもないよ?」
「ネリ様も気を失っていたのでしたね…」
「も、漏らしてないよ!?」
もうそれが答えでしょうね。
さっさと脱いで先に浴室に入られたリン様に、湯船に浸かってるときにおそるおそる尋ねてみた。
「はい。お二人とも気を失ったときに。タケルさまはうまくごまかしたおつもりでしょうけど、やはりあの程度の水洗いでは脱ぐときにわかりますよね」
と、苦笑いをして言ってくださった。
私はネリ様と顔を見合わせたが、恥ずかしさのあまり視線を維持できず、したを向いてしまった。
あろうことかよりによってタケル様に気を遣わせてしまったようだ。
ネリ様も同様の気持ちだろう、魔力感知では私と同じように下を向いているようだ。
「せっかくタケルさまが気遣ってくださったのですから、気付かないふりをして普通に接するとよいでしょう。では私は先にあがります」
そう言うとリン様はさっさと上がってしまわれた。
「どうしよう、タケルさんの顔まともにみれないよー…」
私も同じ気持ちだが、抱きついて来ないで欲しい。
肩にその羨むほど形のよい胸がふにょりと当たっている。まったく腹立たしい。
私だって普通に成長していれば、ストラーデ姉様ほどとまでは言わないが、妹のテティ(リステティールの愛称)のようにそこそこドレスの似合う体型に育っていたはずなのだ。と思えば思うほどネリ様の胸が羨ましく思える。
サクラ様やシオリ様は髪や肌の色も異なるのであまりそうは思わないのだが、ネリ様は勇者様方のうちでは私たちと変わらない髪や瞳や肌の色をしておいでなので、どうしても近しく感じるせいか、比較対象として見てしまうのだ。
ネリ様は特に、私より年上のはずなのだが、どうも子どもっぽいところや無邪気なところが目に付くこともあって、妹っぽく思えてしまうから余計にそう思うのだろうか…。
テティは私より背が伸びてからは妹らしくなくなり、口ではメル姉様と言ってはいるが、どちらかというと私を妹のように扱ったりすることがある。具体的にはこれ見よがしに胸元の開いたドレスを着て、私の前で胸がきつくて苦しいなどと言っては私の反応を覗ってみたりするのだ。
そういうこともあって、私がドレス嫌いになったのだが、今はそれはどうでもよい。どうでもよくはないが、おいておくとして…。
抱きついているネリさまの手を持ってそっと引き剥がし、向き直った。ここは私がしっかりしなくては。
「リン様の仰るように、普通にしないと」
「だって、恥ずかしいよ…、そりゃメルさんはタケルさんにあれこれ見られてしまってて今更なのかもしれないけど…、あっ」
「ど、どうしてそれを…」
「うー…、前に裏のところで話してるのが聞こえちゃったんですよ…、あれこれ見られてって言ってたのが気になってたから、つい…、ごめんなさい」
確かにそれをタケル様に言ったことはありますが…、それは泣き顔などあまり男性に見られたくないような失態だったりのことであって…、あ、そういえばアクア様のお力に満ちた湯にご許可を頂いたときに…、いえ、あれは神聖な場ですので別なんです…。
「それは、タケル様にはこれまで結構泣き顔など恥ずかしいところを見られたという意味で、さすがに今回のような粗相と同列には考えられませんよ…」
「うん…、あたしもタケルさんには結構やらかしてるけど、今回のはさすがに…」
2人でまた俯いて沈黙してしまう。
気を失うだけならともかく、も、漏らしてしまうなど、騎士としてどうなんだという自己嫌悪がひしひしと心にのしかかってくる。
しかも、その時気付かずに『水魔法の制御に失敗して水浸しになった』などというタケル様のウソを疑いもせず素直に信じてしまい、仕方の無い人だとタケル様を許したわけで…。
ああ、思い出しても恥じ入るばかりだ。
たぶん目の前のネリ様も同様のことを考えていたんだろう。
そう思って見たとき、同じタイミングで顔を上げたのでまた目が合い、そしてまた俯いてしまった。
数十秒ほどそうしていただろうか…。
「ここでこうしていても仕方ありません。のぼせてしまいますし、出ましょう」
「う、うん、そうですよね…」
のそのそと2人で脱衣所に行き、無言のまま体を拭いて服を着て、台所から裏に行き洗濯をした。もちろんネリ様も。
何となくリビングや表に行きづらくて、物干し台でも柵にもたれてぼーっと空を見ていた。
ネリ様も同じように隣でもたれていた。
●○●○●○●
タケル様が帰ってこられました。
タケル様は私めをいつも優しく抱き上げてくださいます。
どうやらお疲れのご様子で、私めを抱いたままベッドへ横になられました。と言ってもお腹の上で、親指で優しく撫でてくださっている状態ですが。
「大人しくしてた?」
「はい、ご言いつけ通りここに居ました」
「そっかそっか…。よしよし」
「タケル様…」
タケル様はどうして私めに優しく接してくださるのですか?
お尋ねしてみたい。でも言えない。
もし半精霊という半端な私めが哀れだと思し召してのことだったら…。
心地よいタケル様の指の動きが止まりました。
やはりお疲れだったのでしょう。お休みになられたようです。
今朝はタケル様に食事のことについて尋ねられ、他の住人のところで辱めを受けましたが、タケル様はそんな私めを皆から守るように抱き上げてくださいました。
それに食事も。
タケル様が手づからお作りになったものだそうです。
優しい味でした。かみしめるほど幸せだったのを思い出します。
食べやすいようにと串まで添えてくださったお心遣いには心が震えました。
タケル様のお傍にいると、その優しい魔力に包まれ安堵します。
水の精霊様の優しいお力も感じます。『慈悲深いタケル様に感謝なさい』とお言葉をも賜りました。
生まれてから、ミド様のもとで修練を積みましたが、ミド様のお役に立てることはついぞありませんでした。
私めはどうして生まれたのでしょう?、ずっとその問いに答えを出すことは適いませんでした。
私めの最初の記憶は、壁を壊して私めの親と会わなければならないという焦りでした。
目覚めるための魔力を頂いた、それが私めの親だということが本能的に感じ取れたのです。
ところが壁を壊して外に出る前に、その親となるべきお方の気配が消えたのです。
急いで壁を壊して出ましたが、壁に薄く残された親の気配しかありませんでした。
その壁が私めを包んでいた卵の殻だったのですが、寂しくてずっと泣いていたのを覚えています。
泣き疲れて眠り、起きてはまた寂しくて泣き、疲れて眠る。
最初はそのような状態でした。
卵の殻の気配を頼りに、周囲を見ることを覚え、少しずつ動き回ることができるようになり、そして棚から落ちたのでした。棚だと知ったのはミド様が戻られてからでしたが。
そして元の場所に戻れず、さまよっていると、ミド様が戻られて部屋に明かりをつけたのです。
ミド様は最初は驚いておられましたが、私めにいろいろな基礎の手ほどきをしてくださいました。
そして話すことを覚え、魔力の扱いがある程度できるようになってきた頃、卵の復元を命じられたのです。
魔力操作の修練をしはじめた私めにとって、私めが割って出た卵の殻を元通り復元するのにはかなりの時間がかかりました。ですがどうしても小さな穴の部分が見つかりませんでした。
ミド様は『見つかるまで飯は抜きじゃ、うんうん』と仰っておられましたが、ご本人も食事をされておりませんし、それまでも食事は一切摂っておりませんでしたので、問題ありません。
それよりも、『そろそろこの部屋に入るのは禁止じゃな、うんうん』と、卵のあった部屋に入れなくなったことのほうが辛かったのです。
部屋に入れなければ、かけらを探すことができなくなるではありませんか。
何度もお願いをしましたが、ミド様が首を縦にふることはありませんでした。
ご多忙な時期は、どこかへお出かけになったまま戻られませんし、やっと戻ってこられても、私めを気にかけることなくまたすぐお出かけになったり、そのような生活でした。
たまにお声を頂いても、『修練はしておるかの?、うんうん?』と仰るのみでした。
特に他にすることもありませんでしたので、いつかはミド様のお役に立てるのかもしれないと思い、修練して疲れたら眠るということを繰り返していました。
ある時、卵の殻に残された親の気配についてお尋ねしたところ、リーノ様というお方が私めの生まれるきっかけとなった魔力をいただいたお方だと教わりました。
リーノ様と呼んでよいのはミド様だけだということで、リン様と言うようにとも教わりました。
そして私めはリン様の下に行くことを望み、ミド様にお話ししました。
ミド様は『そのうち時が来る、それまでここに居なさい。リーノのところに行くためにも修練に励むとよいじゃろうな、うんうん』と仰っておられました。
そして、その時は来たのです。
リン様だということはすぐに分かりました。
ミド様から少しお話をうかがったことのある勇者も同行してくるとのことでした。
思えばどうして私めは最初にタケル様にあんな態度をとったのでしょう?
リン様との距離に嫉妬したのでしょうか?
今では愚かなことをしたと思っています。
リン様には念願叶って名付け親にもなっていただけました。
しかし姿は雛鳥のまま、小さく弱い存在である私めに何ができるのでしょう?
私めはどうして生まれたのでしょう?
私めは生きていてもいいのでしょうか?
タケル様のお腹の上でゆっくりとした呼吸に揺れながら温かい御手に包まれ、ぼーっとそんなことを考えていると、リン様につかみ上げられました。
『静かに。タケルさまが起きてしまいます』
リン様はそう仰って私めをそのまま外に運びました。
「またタケルさまに甘えていたのデスか!」
「そんな!、私めはただ、」
「タケルさまがお優しいからといって、調子に乗ってるのではないでしょうね!?」
リン様が私めを下ろした場所は…!
あの地獄の特訓コースではないですか!!
「リン様、お許しください!、あっ、この修練は辛すぎます!、死んでしまいます!、ひぃぃ!」
「死にたくなければ走りながら魔法を使うのデス!、感覚を研ぎ澄ますのデス!」
後ろから大きな玉が転がって来ます!、身体強化をしなくては!、このままでは追いつかれてしまう!、玉から熱を感じます!、まさかあの玉、かなり熱いのでは!?
急いで走り出した私めを押すように後ろから熱風が!、上に逃げようとしましたがリン様が障壁を張られていて、前に逃げるしか道がありません!
コースに沿って走るしかない私めの前に、幅広く床のない場所が!、下には石の棘が見えます!
「あ、あれを飛び越えるのは無理です!、死にますぅぅ!!」
「その羽は何のためについているのデスか!、飛ぶのデス!」
「ひぃぃ!!」
必死で魔法を構築してぎりぎり飛び越えました。羽をばたつかせて。
「やればできるではないデスか。さぁ次は横から杭が出てくるデスよ!」
「お許しを!、むり、無理ですぅ!」
「杭を魔法で攻撃するのデス!、早くしないと間に合わないデスよ!」
「ひぃぃ!」
そんな地獄のコースを3周させられ、疲労困憊状態でタケル様のお部屋へと戻されました。
机の上になんとか飛び上がり、籠に座って一息。
疲れと切なさで自然と涙がこぼれました。
リン様が厳しすぎてとてもつらい…。
ミド様のようにほとんど放ったらかしにされていたのも、あれはあれで慣れるまではかなり堪えましたが、今後毎日こんな特訓をさせられるのでしょうか…。
同じようにいつか慣れる時が来るのでしょうか…?
リン様はどうして私めに辛くあたられるのでしょう…。
そういえばリン様は不本意だと仰っていました。
私めは望まれて生まれたのではないのでしょうね…。
私めはこのまま存在していてもいいのでしょうか…?
私めは生きていてもいいのでしょうか…?
「いいんだよ」
驚いてその声のほうを見ると、タケル様がベッドに腰掛けて私めを見ておられました。
もしかして、声に出てしまっていたのでしょうか…。
「いいんだよ」
タケル様はもう一度そう仰ると、近寄って私めを優しく撫でて下さいました。
涙でタケル様がよく見えません…。
「やっと外の世界に出られたんだ。いいに決まってる」
ああ、なんて心地良く温かい魔力なのでしょう…。
『風の子よ。多くのことを知り、学びなさい』
「水の精霊様…」
「リンちゃんが鍛えてるのにはちゃんと意味があるんだよ。ピヨが憎くてやってるんじゃないからね。それだけはわかってあげてね」
「タケル様…、ありがとう、ございます…」
それだけを言うのが精一杯でした…。
●○●○●○●
寂しく切ない夢を見てしまった。
これはたぶんあれだ。ピヨの過去だろう。たぶん。
小さく聞こえてくる『声』は、ピヨの自問だなこれ。
うーん、自身の存在についてかー、哲学的だなぁ…。
自分を必要とされない環境に十数年だもんなー、しかもあのミドさんだけだし、ほったらかしにされてたっぽいしなぁ…。
俺を見たときに強がってああいう態度だったのは、ある種の反動だったのかもしれないな。
リンちゃんにすぐ凹まされていたけど。
愛されて育ってない分、どうしていいのかわからないのかも知れない。
ミドさんの所での印象からして、精霊さんたちにそういうの期待できなさそうだし…。
せめてここの女性陣と意思疎通ができるなら、可愛がってもらえそうなんだけどね。
今んとこ俺しか話ができないんだから仕方が無い。
とりあえず慰めておこう。
ここに来てからは大人しいし、手触りもとてもいいし、俺も癒されるからね。
Win-Winってやつだ。
ピヨを撫でながら机のパネルをみると、そろそろ夕食の支度をするぐらいのいい時間になっていた。
しかし便利だな、これ。何ていうんだろうね、ホームコントロールパネル?、日本語的に言うと家屋制御盤?、とにかくそんな感じだな。
魔力感知ではリビングにシオリさんとサクラさん。外にネリさんとメルさんが物干し台にいる。リンちゃんが裏から台所に入ってきたようだ。
んじゃ俺も手伝いに行くか。
夕食の手伝いをしながら『スパイダー』って今どうなってんの?、って尋ねてみた。
試作品2号のアレで充分なんだけど、何か改造とか改良とかやってそうで気になったってわけ。
「あ、ちょうど先ほど試作品4号の仕上げが終わりましたと連絡があったところなんですよ!」
- あ、そ、そうなの。
嬉しそうだなぁ、って、あれ?
- 4号?、んじゃ前のが3号だっけ?
「あ、いえ、前のは2号改です。それを元にしたのが3号でして、それはまだ少しかかるとの事でした、同じく5号も不具合が見つかったとの事で遅れていまして…、すみません…」
- リンちゃんが謝ることじゃないよ、開発ってまだ終わってなかったんだね…、って開発チームいくつあんの?
一体いつの間にそんなことになってたんだ…。
「最初は2チーム合同だったんですよ?、それがそのうち、開発コンセプトの違いから分裂をしまして、その際、複数チームあってもいいと許可が下りてからタケルさまのためにと情熱を燃やす技術者たちが我も我もと集まりまして…、現在16チームがタケルさまの傘下にある状態です…」
え!?、16!?
- ちょっと、いや、かなり多くない?、それ。
「あ、それ全てが『スパイダー』の開発をしているのではなくてですね、そのうち4チームが元あった『スパイダー』の開発部なので、3号から5号までの試作品開発に携わってます」
それでも多いけどね。いや、やる気を出してくれてるのはありがたいやら申し訳ないやらって気持ちが複雑だなぁ…。
たぶん最初2チーム合同で開発してて、その、開発コンセプトの違いから袂を分かち2チーム別々になり、そのうちまた同じようにコンセプトの違いで分裂した……ということなんだろう、たぶん。
なんか音楽性の違いで分裂したりするバンドみたいな気がした。
- 1チーム数が合わなくない?
「それはタケルさま向けではないものを開発しているチームなので…」
- あ、そうなんだ。それで、それ以外の12チームは何なの?
「はい、食品部が6つ、空間操作部がひとつ、射出武器開発部が2つ、光学研究部がひとつ、竜族魔法研究部がひとつ、そして新たに魔力波動研究部が発足したので先の『スパイダー』開発チームと合わせて16チームになってます」
……え?、もうナニソレ状態。どこから突っ込めばいい?
- えーっと、とりあえずひとつずつ説明してもらっていいかな?
「はい。食品部はご存知のようにモモさんをトップに据えた食品開発部隊で、燻製小屋2チーム180名、お菓子デザートチーム12名、マヨネーズ製造チーム40名、石窯料理チーム6名にモモさんたち管理部4名を加えて総勢242名で構成された組織で、本部は『森の家』にあります」
は?、242名?
「空間操作部はタケルさまもよくご存知のポーチ関連の研究開発を行っています」
なるほど、ポーチ関連ね。
「射出武器開発部は持ち運べる小型のものと、設置型・搭載型などの大型のものをそれぞれ1チームずつで担当しています」
ん?、設置型、搭載型?
「光学研究部というのは先日タケルさまが造られた、魔力が介在しない望遠道具の研究開発をするチームです」
え?、望遠道具?、ってこないだ作ってポーチに入れっぱなしだった双眼鏡のことだよな?
ポーチに手をつっこんで双眼鏡を取り出す。なんだあるじゃないか。もってっちゃったのかと思ったよ。いや別にそれでもいいけどさ。
「そう、それです。そういった望遠道具は魔道具ならあるのですが、魔法を使わないものは無かったんです。それで、従来の魔道具にその望遠道具の理論を応用できないかと発足したのが光学研究部です」
リンちゃんはほんのりと頬を染めてコーフン状態だ。握りこぶしを振って喋ってる姿は可愛いんだけど、なんだかなぁ…。
- な、なるほど…。
「竜族魔法研究部は先日タケルさまが大発見された『竜族』の攻撃魔法について研究するチームで、簡単な模型を作ってくれたところです」
- あ、ああ、あれね。
「魔力波動研究部というのはタケルさまが命名された『魔波』理論に基づいた研究をするチームで、昔の失われた魔法理論の復活と研究を同時に行っています」
え?、命名?、ってか俺リンちゃんに魔波って話したっけ?
あー、ミドさんとこでリンちゃんとミドさんが何か昔の技術がどうのとか言ってたっけ、それで元の世界に電波技術ってのがあって、俺がやってる索敵魔法はその応用で、電波じゃないから魔波かなって言ったわ。
たったあれだけで?、魔波理論?、何だかもう下手なこと言えないぞ、おっそろしいな光の精霊さんたち。
もしかしてまた俺の功績とやらになってるんじゃ…?
「それでタケルさまが普段お使いの遠距離索敵魔法についても解析が進みまして、タケルさまはほんの一瞬でものすごく高度な計算を行っておられるということも判明したことで、里では大騒ぎになってるんですよ!」
- …あ、あの、リンちゃん?
「あたしがタケルさまにお伝えしたのは近距離で魔力を発したときの反射で周囲を感知するという基本的なものだけだったと言うと、そこから失われた魔法理論まで引き出して応用されるタケルさまに賞賛の声が絶えず、研究者たちが続々とタケルさまの傘下に入って研究がしたいと、連日大変なんです!」
- いや、あのね、
「これまでの開発チームですらまだ組織として発足して間もなくて、あたしが暫定的に管理していたんですが、やっといくつか任せられるひとが見つかって、それで引継ぎ作業をしていたというのに、次から次へとひとが集まって研究開発チームが発足しちゃって…」
- あっはい、ごめんなさい…。
文句を言ってるようだけどすごく嬉しそうなリンちゃん。ところで笑顔で迫ってくるのヤメテ…。
あ、背中に冷蔵庫が。
「謝らないでくださいよ!、そんななのにまた1チームが発足することになってしまって、それでこの川小屋に数名派遣して、あたしの仕事を補佐しようって話もでてるんです…」
リンちゃんは言いながらもう下がれず冷蔵庫に背中を押し付けてる俺にぴったりと身を寄せて、寄り添ってるみたいになってる。
見上げてる状態じゃなくなったので怖くはなくなった。とりあえず頭撫でておこう。
- あー…、でもここに光の精霊さんが常駐するのはまずくないかな?、そのうちティルラやハムラーデル、あとロスタニアの連絡隊もここを経由するみたいだし…。
ん、でも留守番が居てくれるのは助かるのか?、精霊さんだとバレなければ。
髪とかほんのり光ってるから、夜だとバレそうだな。ダメか。
「はい。なので将来的なことを考慮して、派遣派を抑えているところなんです…」
- それにしても展開が早すぎない?、リンちゃんに負担がかかってるのが心配だけど…。
「それは順次引き継ぎをしていってますので何とか…、でもピヨを鍛えないといけませんし…」
あー、仕事増えちゃったわけね。
リンちゃんみたいに誰かに任せてしまうとか、例の言葉に出来ない時間圧縮部屋みたいなのは使えないのかな。
- ピヨの修行って、リンちゃんみたいにはできないの?
「あたしみたい、ですか?」
- うん、最初にリンちゃんと出会ったときにアリシアさんが再教育って言ってたアレ。
そう言うと思い出したのか渋い表情になった。
「あれは、ピヨには使えないんです…」
光の精霊さんじゃないとダメとかそういうのかな。掟とか。
「あ、えっと、ピヨだとあの部屋の境界を越えられないんです…」
- そうなんだ。んじゃ地道にやるしかないってことね。
「はい…」
- でもあんなスパルタじゃなくてもいいんじゃないの?
「すぱるた?…ですか?」
あ、さすがに通じないか。
- ちょっと厳しすぎるように見えたんでね、他にやりかたはないのかなって。
「ミド爺様のことを悪く言うわけではないんですが、安定状態になってからが長かったのと、生まれてから最低限のことしか手ほどきを受けていないのが実は良くないんです…」
- ふむ
「半精霊と便宜上は呼んでいますが、本来の半精霊であればとっくに消滅しているというのは前にお話したとおりです。ピヨは安定定着した特殊なケースでして、半分どころかほとんど精霊種と言ってもいいほどなんですよ、なのに魔力的な成長機会を逃したままなので、あのままでは精霊種として非常に弱く儚い存在になってしまうのです」
- よくわからないけど、どういうこと?
「風の精霊たちは生まれては消えゆく儚い存在なんです、それは安定定着していないせいでもありますが、個々の魔力が希薄だからでもあるんです。自力でそれを解決できる手段をもたないままの風の精霊は、長く生きることは適いません。ピヨもこのままでは短期サイクルになる可能性があるんです」
- そりゃまずいね。って死んじゃうの?
「いいえ。あそこまで安定定着しているので、そう簡単に消滅はしませんが…、火の精霊がそうであったように、ものを記憶しなくなります。あくまで可能性の話ですが」
- 火の精霊…っていうと毎回初対面で初めましてという状態ってこと?
「はい。今のところは大丈夫ですがこの先そうなるかも知れないので、早急に魔力的な殻を破って成長させなくては危険な状態なんです」
- なるほど、そういう事情があったんだ。いや実はさ、リンちゃんもあんな風にアリシアさんたちから鍛えられたのかなーって思ってたよ。
「母さまたちはそんなことしません!、タケルさまそんなこと思ってたんですか?、ひどいですよ、我々光の精霊を一体何だと思ってらっしゃるんですか…、もう…」
バッと顔を上げて言われた。
- あはは、ごめんごめん、だってリンちゃん『厳しかったです』って言ってたから…。
「それは再教育が、ですよ…、魔力的なことについてはあたしの場合は転移免許の取得などのシステム的な方面の教育が主でしたから、ほとんど座学でしたよ…」
当時つらかったんだろうね、溜め息をついてまた俺にぺたっとくっつくリンちゃん。よしよし。
- それはそうとそろそろ夕食の支度の続きをしようよ。
「あっはい、そうですね。あ、『スパイダー』試作4号機ですが、あまり期待しないでくださいね?、言っておきますが、あたしは反対したんですよ?」
2歩ほど離れてから、事前の言い訳っぽく言うリンちゃん。
- え?、一体どんなのなの?
「食後に受け取りに行きますので、実際見ればわかりますよ…」
また小さく溜め息をついて、支度の続きをするリンちゃんを見ながら、反対したってどんな『スパイダー』なんだろうってちょっと気になった。
あ、『タケルさまの傘下に』ってのについて詳しくきくのを忘れてた。
それと、『森の家』のほうがどうなってるか…、これも話を聞くのが怖いなぁ。
でもなんかもういろいろ手遅れな気がする。
次話2-75は2018年12月05日(水)の予定です。
20210707:意味を分かりやすく訂正。 効率的に運用 ⇒ 効率的に改変