2ー071 ~ 寝ぼけ勇者
到着した場所は、あのやる気のないヒドラを守る?、祀る?、仮称神殿の入り口にある柱のひとつの裏のところだった。
前もここに飛んできたっけね。そういえば。
「タケルさま、急ぎますよ!」
おっと、きょろきょろしてたらリンちゃんに急かされちゃったよ。
一応、索敵魔法のピンガーを撃っておく。
おお、神殿の上にいるガーゴイルの数が30体ぐらいになってる。増えてる。
リンちゃんが忙しかったのはこれもやってくれてたからなのか…。
あと、光の精霊さんの技術者のひとも頑張って修理してくれてたんだろうなー、ありがたや。
途中、でかいヘビや犬みたいなトカゲに遭遇することもなく、3層への入り口のある部屋に通じる通路に入った。
そうそう、この途中にあるんだった。言われるまですっかり忘れてたよ。
「よかった、間に合ったようです。5分ほどで開きますよ」
ほう、んじゃ杖のこときいておくかな。
- リンちゃん、借りてる杖だけど、あれって射程を延ばすことに特化してるって思っていいのかな?
「え?、そうなのですか?、あれは予め蓄えた魔力で魔法の威力を増幅する補助具だと聞いていますが…」
あれ?、いや確かにそういう使い方もできるんだろうけど…、何か思ってたのと違うぞ?
- 射程の延長とかそういう話は?
「射程ですか…?、それは全然…、どうしてそう思われたのです?」
あ、この表情は純粋にそうだってことか。隠し事をしてる感じじゃないな。
話してもいいのかな、どうしようかな、まぁリンちゃんだからいいか。
- あの杖って、シオリさんの杖と同じような感じがしたんだよ。それで、シオリさんの杖がそうだったから、あの杖もそうなのかなって。
「ロスタニアの杖も、確かに我々光の精霊が作ったものでしょうね、それでタケルさまがそう感じたのなら、同様の機能があると考えられますが…、何分古い技術ですので、そこらへんは何とも…、あたしには知らされていなかっただけかも知れませんし…、すみません」
- もしかしたら普通に使う場合でもだいたい1.5倍ほど射程が延びるので、それが普通のことならわざわざ射程が延長するなんてリンちゃんに言わないかもね。だからリンちゃんが落ち込むことはないよ。
「タケルさま…」
- それで、その1.5倍の話じゃなくて、んー、これはリンちゃんが里に伝えていいかどうか判断して欲しいんだけど、僕がどちらの杖を使っても、僕が感知できる範囲で任意の場所に空から攻撃を落とすことができると言ったらどうする?
「え……?、…何と仰いました…?」
まぁ固まるだろうなぁ、うん、わかってたよ、この反応されるって。
だからもう一度言おう。
- 実際にやってみたわけじゃないけどね、僕が感知できる範囲の任意の場所に空から攻撃を落とすことができると言ったら、どうする?
「…タケルさまが感知できる範囲と仰いますと、まさかあの索敵魔法の範囲、数百kmオーダーでしょうか……」
- そういうことになるね。
リンちゃんは何と答えたもんだろうかと思案しているように目をしぱたかせて、考えているような固まっているような様子だったので、俺は正面の隠し扉をぼーっと見ることにした。
程なくその隠し扉の部分が薄っすらと黄色い光を帯び、細かい文様がびっしりと見えたと思ったら扉部分が消えた。
リンちゃんを見ると、息を吸った状態で止めていたのか、はぁーっと息を吐き出した。
「入っていいそうですよ…」
いつもの電話のジェスチャーをしていなかったけど、連絡がきたっぽい。魔力が微妙に動くのが感知でわかった。内容まではわからないんだけどね。
そしてこの扉、消えたけど、これ真っ黒っていうか闇なんだよね。入って大丈夫なのか?、何も見えないんだけど。
と思って、眉を寄せてここに入るの?、という確認のためにリンちゃんを見る。
リンちゃんは俺の手をとって、
「何してるんですか、入りますよ」
と引っ張って先導してくれた。
マジか。大丈夫なのかこれほんとに…!、うわー…
●○●○●○●
夜半に気配を感じて目を開けました。いいえ、そうではなく逆ですね、気配が消えたのです。
そう、タケル様とリン様がお二人とも居なくなったから目が覚めたのでしょう。
最近は魔力感知訓練の成果か、周囲の魔力変化にとても敏感になってしまったなと思いました。
もっと鋭敏なはずのタケル様やリン様は、一体どうこの感覚と折り合いをつけられているのでしょうね…。
人や魔物が川小屋に近づいて来た訳ではないことは私にもわかりますし、そういった場合にはリン様のお話ではこの家の明かりが点き、アンナイホーソー(?)というものが流れるのだそうです。
だから危険が迫っているというわけではなさそうですが…、こんな夜中に出かけるとは尋常ではありません。何かあったのでしょうか?、
もしかしたらネリ様なら何か聞いているかも知れないと思い、隣の部屋に繋がる扉をノックしました。
この川小屋で私達が使わせてもらっている部屋は、隣の部屋に繋がる扉が設けられているのです。
そしてなぜか鍵がありません。タケル様の仰る『森の家』もそうでした。宿屋でも宿舎でもないので鍵がかからないのはわかりますが、最初は扉番もいない部屋で施錠せずに眠るのには少しだけ抵抗があったものです。
しかし野営することを思えば、何ということはないと今では慣れました。
そう、ダンジョンなどの魔物が居るような場所でもタケル様は同じように小屋を建て、寝台をつくって扉のかわりに薄布を垂らし、その部屋で眠るのです。ダンジョンでは不寝番に『ハニワ兵』を置いておられますが、こういった野外の場合には不寝番を置かないし、交代で眠るということもしません。
これには当初は少々呆れもしましたが、今なら理解はできます。
魔力感知が鋭敏だから、何かが近づいてきたり動いたりするとわかりますし、それで起きてしまうのでしょう。それと、弱い結界を広範囲に張っているのも今の私ならわかりますので、なるほどそれなら不寝番を立てなくとも問題ない、と納得できたのです。
話を戻します。
ネリ様に近づきましたが、全く起きる様子がありません。
軽く揺すって声をかけてみました。
「ネリ様、ネリ様」
「…みゃーっさーじ…、んー…」
「ネリ様、タケル様が居なくなったのです、何か聞いていませんか?」
「…んー?、タケルさんー…?」
薄目をあけてこちらを見たのですが…。
「…むー、なんだメルさんじゃんー…」
またすぐ首に入れた力を抜いてぽふっと枕に収まってしまいました。
私にがっかりされたような気がします。こんな事を言われたのは生まれて初めてです。
何でしょう、この体の力が抜けるような感覚は…。あまりの衝撃に一瞬呆けてしまいました。
ここはこれでも魔物の領域なのですが、勇者がこんな寝起きで大丈夫なのでしょうか?、と心配にもなりましたが、気を取り直してもう一度尋ねてみることにします。
「タケル様が居なくなったのです、何か聞いていませんか?」
「タケルさんならマッサージのーお店でー……あと5分~…」
まっさーじのーお店?、夜のお店に?、タケル様が?、リン様を連れて?
「その『まっさーじのーお店』とは何でしょうか?、ネリ様、ネリ様!」
「みゃー、はい、起きます、起きますからぁ」
半身を起こして強く揺らすとさすがに起きたようです。目を擦っています。
「もー、どうしたのメルさんー…」
「『まっさーじのーお店』とは何でしょうか?」
「タケルさんがマッサージするんですよぉ、お店で…」
「『まっさーじ』とは?」
「んー、肩とか背中とか腰とか、揉んで解すの…」
「ああ、聖体治療のことですか、それをタケル様が?」
「うん、でもほとんどマッサージしないマッサージ師で、うさんくさいから調査に行くの…」
「誰が行くんですか?」
「んー?、あたし…?」
一体何のことなのでしょう、これは。全くわけがわかりません。
もう一度確認してみましょう。
「タケル様とリン様が居ないんですが、その聖体治療の店とやらに行ったんですか?」
「へ?、何で?、ってタケルさんどっか行っちゃったの?」
それを尋ねているのですが…。
「ネリ様はタケル様が夜中に聖体治療の店に行くと聞いていたのですね…」
「整体治療?、タケルさんが?」
「先ほどネリ様が『まっさーじのーお店』にタケル様が居ると仰ったではないですか」
「へー?、あ!、それさっき見てた夢かも。あはは」
人選を間違えた私が悪いのでしょうか…。しかしネリ様はタケル様から飛行魔法の手ほどきを最初に受けた人物でもあります。何か聞いているかも知れないと考えるのはおかしくはないはず。
「夢…、の話ですか…」
「…ごめんなさい」
そこで素直に謝られると、このもやもやとした気持ちの行き場がなくなるのですが…。
小さくため息をついて、改めて尋ねることにします。
「タケル様とリン様がこのような夜中に外出される予定について、何か聞いていませんか?」
「夜中?、あーっ!、ほんとだ、朝じゃないじゃんー、何で起こすの?、ってうん、ごめん、聞いてないよ、何でどっか行っちゃったのかな、急用でもできたんじゃない?」
要約すると、聞いていない、ということですね。
「…わかりました、すみませんこのような時間に起こしてしまって」
「んー、いいよ。だって気になるもんね。あたしも気になるし。でも黙って行くことないよねー、何か書き置きとかないかな?、ちょっと見てくるね」
「あ、私も行きましょう」
なるほど、書き置きですか。それは考えませんでした。
時々この人は妙に機転が働くといいますか、柔軟な思考をされますね。
人選を間違えたとか寝ぼけ勇者とか思ってすみませんでした、と、こっそり謝っておく。
ネリ様の部屋から廊下に出ると、ちょうど向かいの扉が開いたところでした。
「あ、サクラさん、とシオリさん」
「ネリ?、とメル様?、どうしたんです?、こんな夜更けに」
それはお互い様では?
「タケルさんたちが居なくなったって、それで何か聞いてない?、ってメルさんがあたしを起こしたの」
「マッサージのお店とか聞こえたのは?」
あ、結構大きな声になっていたようです。恥ずかしい。
「それは夢で、タケルさんがマッサージをなかなかしないマッサージ師でうさんくさいから調査にいくっていう話」
「うん?、それはそれで興味をそそられる話だが、夢なのだな」
「うん、それで書き置きとかないかなってリビングのほうに見に行くとこだったの」
「そうか。いかがわしい店にタケルさんが行くという話でなくて良かった。私達もリビングに行こう」
ぞろぞろと4人でリビングに来ましたが、書き置きなどはありませんでした。
ネリ様が、『タケルさんの部屋にあるかも?』と言ったので部屋に3人で入りました。
シオリ様は『殿方の部屋に無断で入るなんて…』と仰ってリビングのソファに座って待っておられます。
タケル様の部屋はリビングに直接つながっていて、『暖簾』と皆が呼ぶ薄布で仕切られているだけですので入りやすいのですが。
部屋に入ってさっと視線を巡らせ確認してみましたが、珍しく整えられていない、起きて出たらしい形跡の寝台に、タケル様の就寝時の服でしょう衣類が無造作に置いてあっただけでした。
「どうやら急いで着替えて出かけたようだな…」
「そうですね、いつもきれいに整えられているのに、珍しいですね」
ネリ様が無言で衣類をひょいひょいと手にとりました。
「おいネリ…、何を…?」
「あ、つい何となく。洗濯ものは片付けないとって」
そうですね。この家に住んでるとそういう習慣がついてしまいますね。
「タケルさんのパンツってそういえば見ないよね」
「せめて下着と言え」
「物干し場でも干されてるの見たことないよね?」
「そ、そのようなことを考えて物干し場を見ないだろう普通は!」
「えー?、どんなパンツ穿いてるんだろうって気になりません?」
「なるか!」
「だって、あたしたちは騎士団のだったり町で買ったヒモで縛るタイプじゃないですか、タケルさんとリン様のは特別製だったりするのかなって気になるじゃないですかー」
なるほど、確かにそう言われてみれば、私も騎士団の普通の下着です。もちろん女性向けではありますが、男性向けより布の幅が狭いというだけの、長方形の布の両端にヒモがついているものです。ズボンを着用しない場合にはそれではなく、ズボンの短いもので裾と腰のところをヒモで縛るようになっている型が主流ですが、ドレスを着ることがないので、ここには持ってきていません。旅の冒険者を装うつもりで外に出たという理由もありますが。
タケル様たちのは特別製である可能性を思うと、気になるというのも理解はできます。
「そ、そう言われてみると気になるな…」
「でしょう?、だからリン様がこっそり別の場所に干してるのかなーって」
なるほど。その可能性もありますね…。
「い、いや、気になるのはわかったが、今は書き置きがないか見に来たんだぞ?、タケルさんのし、下着を物色しにきたのではない!、だからその服を置け、匂いを嗅ぐな!、何をやってるんだ全く…」
「あ、つい…、あはは」
ネリ様……。
「それで、書き置きはあったのですか?」
リビングに戻るとシオリ様が水を飲んでいました。
これもいつの間にかリビングの脇に設置されていた、『スパイダー』の中にあったものと同じ給水器からのものでしょう。私達もその給水器で水を汲んでコップを手に、ソファーに座りました。
ネリ様以外が『レモン水』と呼ぶこの水は、いつもながら爽やかな香りと仄かな酸味が素晴らしいですね。ネリ様は『タケル水じゃないお水』と、タケル様の居ないときに言っていますが。
余談ですが、この給水器のよこに用意されている小さなガラス製のコップ。ほぼ同じ形状で逆さにしてトレイに敷かれたタオルの上にいつも積まれています。
文字のようなものがあり何種類かあって、『★』や、『三本の矢』が組み合わさったもの、魔獣のようなものがそれぞれ描かれています。サクラ様は『懐かしい』と仰っていましたが、何か意味があるのでしょうか?
このような精巧な模様をガラスに刻み、均一で色のないガラスがどれほど価値があるかと思うと最初は恐ろしくて手が出せませんでしたが、勇者の皆さんは気軽に手にされ、何かの拍子で落として割れても全く気にした様子がなかったのが不可解です。
まぁタケル様が『りさいくる』でしたか、そう仰ってあっさり作り直していましたが…、あれも魔力操作の勉強になったものでした。
「ありませんでした」
「これまでこのような事は?」
「たいてい、出かけられる時は誰かに予定を伝えてからでしたね。それにこのような夜更けに出かけられることはありませんでした」
「心配しなくてもタケルさんとリン様ですよぉ?」
「そうですね、別に心配してはいませんよ」
ネリ様の発言に、シオリ様はネリ様のほうを見もせず、事も無げに軽く返してコップの水を口にしました。
「へ?」
意外だったのでしょう、小さくネリ様が声を漏らすと、
「姉さんは、入り口に扉がないような家で見張りも立てずに眠るのは不安だと…」
サクラ様が説明を、
「ちょっと私のせいにしないでよサクラ」
割り込むシオリ様。
「でもさっきそう言って私の部屋に来たじゃありませんか」
「その言い方だと今までと同じなのに今日突然不安になったみたいで不自然でしょう?」
「む、そうですね、ではタケル様とリン様の、そして生命の母たるアクア様の気配も薄れてしまった家に扉も見張りもない、そんなところでは不安だから一緒に寝へふばもぼ…」
「あっ!、ちょっとそこまでです」
サクラ様に飛びかかるようにして手で口を覆いました。
「とにかく、サクラの部屋に居たら向かいの部屋から話し声がするではありませんか。内容をサクラに説明してもらえば、夜のいかがわしい店がどうのと。ま、まぁ?、私だって殿方にはそのようなことがひ、必要だとは存じておりますし?、頭から悪いことだとは思いませんが?、聞けばリン様の転移魔法で出かけられたのではないかと。精霊様に奇跡のような魔法を使わせてまで夜のお店に通うのはどうかと思いますのよ?、それにこちらには美しい女性がこれだけ居るのに、わざわざ外のいかがわしいお店に、」
「はっ、姉さん、飛躍しすぎです」
サクラ様がシオリ様の眼前に手をひらひらさせて遮りました。
なるほどそういう経緯でお二人がサクラ様の部屋から出て来られたのでしたか。
それにしても美しい女性が4人、まぁシオリ様はご自分を数に勘定しておられないでしょうから3人ですが、た、タケル様がいかがわしいお店?、に行かないようにお相手しろと聞こえたように思うのですが…。わ、私は別にその、お、お相手?、た、タケル様がご、ご所望なら喜んで、ではなく!、……少し落ち着きましょう。
軽く目を瞑って深く息をすれば…。
「にひひ、メルさん何か想像してます?」
「な!、何も!、んんっ、何を想像すると?」
「そりゃあタケルさんのいかがわしいお相手を、」
「ネリ!、いくらなんでもメル王女様に失礼だろう!」
「あ、そうでしたごめんなさい」
そうでした?、忘れないで欲しいのですが…、サクラ様が鋭く注意をしてくださいました。
しかしネリ様ですし、私もネリ様にはまるで古くからの友人のような気がしないわけではないので、そう目くじらを立てることでもありません。
それに、こういった戯れは騎士団の兵士たちがよくやっていたもので、私はそこに混ざることは有り得ないもの、いつも羨ましく思っていたことですから。
「いいえ、そこまで大きく考えずとも構いませんよ、ネリ様が気さくに接してくださるのはとても嬉しいことですし、ほんの戯れではないですか」
「メルさん…」
叱られたあと救われたからなのでしょうか、ネリ様が少し頬を染めてうるうるとした瞳でこちらを見ているので、微笑で返しておきました。
「メル様がそれでいいなら構いませんが…、ほら、姉さんが妙な方向に話を持っていくから…」
「え?、私のせいなの?、サクラがいかがわしいお店だと説明したからでしょ?」
「お店の話はネリの夢だったんです、タケル様は関係ありません」
「え?、ネリは夢でいかがわしいお店でタケル様に…!?」
何やらまた話が妙な方に…。
「えー?、サクラさんのせいであたしがいかがわしいって疑われてるー」
「まて!、私のせいなのか!?、姉さん、いかがわしいお店から離れて下さい!」
「でもサクラがそう説明を、」
「ですから離れてくださいって!」
「やっぱりサクラさんが原因じゃんー」
「だからネリはちょっと待て!」
この人たちは何をやっているのでしょう?
今更ですが、幼少の頃から英雄譚・勇者物語として親しみ、憧れてきた『勇者』という存在へのイメージが、ここ数ヶ月でどんどん崩れていくような気がします。それも崩れる音が聞こえるぐらいの現実感をもって。
もちろんタケル様のように精霊様を従え、強大な魔法を膨大な魔力で行使し、人々に仇為す邪悪な魔物たちを倒すという、英雄譚以上のことを平然と成し遂げてしまわれるのを目の当たりにしたときの感動は全身が震えて言葉が出なくなりましたが。
それもアクア様が勇者とお認めになった存在なのです。
そのようなお方が気さくに私に接してこられ、いつぞやは『あ、リンちゃんと間違えちゃいました、すみません』と言いながら私の頭を撫でて下さったり…、またしてもらえないだろうか…、ではなく!、そういえば中央東8ダンジョンでは軽々と私を抱き上げ、そう、他の誰でもなく、あれほど尽くしておられるリン様ではなく、私を!、真っ先に案じて抱き上げて下さったのです。
ダンジョン内で大地や周囲が崩れるほど揺れるなどという、まるでこの世の終わりではないかと勘違いしてしまうほどの大難事に!、私を!、真っ先に!、気遣って下さり、抱き上げて下さったのです!!
ああ、あの時の頼もしさ、過去に読んだ英雄譚・勇者物語など霞む程。眩しく凛々しく、全てを預けたい、いえ、寧ろ捧げたいと、そう幸せに感じたものでした。周囲の揺れや危険などあの瞬間にはどこかに消え去ったかのように、体の震えも、恐怖も、そんなものなど初めから無かった、いえ、思うことすら感じることすらできませんでした。今でもしっかりと、ありありと思い出せます。
ああ、この人が、いえ、この人こそが勇者なんだ、英雄なんだと、そう思ったのでした。
しかし現実に立ち返ってみれば、タケル様はいわゆる『英雄、色を好む』と書物にあるような状況とは何だか趣が異なっています。
登場人物的には、私を含めて周囲には女性ばかり。それも精霊様を多数含めて。
なのに物語にあるような『濡れ場』――と言うらしいですね、城の使用人たちの話を立ち聞きしたところによると、ですが――が全くありません。
ストラーデ姉様の蔵書――演劇や戯曲関係の物語がその多くを占める――を読めと何冊か押し付けられ、幾つか読んだ中には、『ご褒美場面』と言われる場面があり、そこでは英雄たちは1人だけという物語もありましたが、多くの女性とそのご褒美場面がありました。それに、英雄の周囲には美しい女性たちが多かったのです。
今のタケル様の周囲にも、いえ、そこに私が含まれているとまで自惚れてはいませんが、美女ばかりが居るのですからご褒美場面があってもおかしくはないはずです。
以前、『ツギの街』の宿屋で隣の部屋が言葉にできないすごい事になっていたのにあてられて、リン様がタケル様に抱きついてふんふん言って居られたことがありましたが、次は私が呼ばれるのだろうかと不安と期待で気が狂いそうになって眠れなかったのは記憶に新しいことです。
しかしあれも、タケル様は微動だにせず、リン様もタケル様の腕ごと体を抱きしめて、微妙に動いてはいたにせよ、結局タケル様は何もされませんでした。当時でも私は武力(魔力)を目に集中させることで暗闇でも目が見えたので間違いありません。
あの時は吟遊詩人と紹介された他者がそこに居たからなのでしょうか?、タケル様とリン様と私、その3人だけであればまた違ったのでしょうか…。
あの翌日、悶々とした気分のまま『森の家』に連れ帰られて、どうして何もしなかったのか、どうして私を呼ばなかったのか問い詰めたい気持ちのまま、何も言えず、転移魔法でリン様がタケル様を抱きしめるのを、ペンダントだけ渡された私は恨めしく思ったものです。
当時はまだ、…そうですね、まだと思ってしまうこの現在の私。当時はまだそこまでタケル様のことを英雄視しては居ませんでしたが…。
思えば勇者物語や英雄譚に描かれている人物のうち、勇者ハルト様、勇者シオリ様のお二人と実際に言葉を交わしていたのでした。いまさらのように気づいてしまいましたが、お会いしてみれば普通の人と何ら変わりません。もちろん肩書き的には一般人ではありませんし、見かけはお若いですが100年近くも人々を救ってきた勇者様たちなのです。
物語の中では、ハルト様もシオリ様も作中の姫たちや王子たち王族や貴族と大恋愛をして物語に華を添えたりしていました。
アリースオム地域の族長たちを束ねる勇者ロミ様は、それら族長たちやその跡継ぎたちをその美貌や手管であしらい、時には恋をし、惹きつけ操るなどで北方の広大な地域を纏め上げ、現在のアリースオム皇国を名乗っておられます。
アリースオム皇帝という肩書きは各国に認められたものではありませんが、国としてはもう認められています。
これらの歴史書や物語が事実であるのなら、寿命の異なる勇者様をお相手にされた姫君や王子たちはその時その場で、どう考えていたのでしょうか…。
せめて自分が生きた証として、その愛の証拠として、自分とのお子を望んだのでしょうか…?
もしくはそのような事例が過去にないことからも、少ない確率に賭けたわけではなく、純粋に人間の女性としての望みだったのかも知れませんが…。
今の私は勇者タケル様に対して、そのような恐れ多い気持ちは無いと言い切れるのでしょうか?
タケル様のことは不満が無いわけではありませんが、どちらかというと好きですし、触れられるとその優しい扱いに心が震えます。
自分から彼に触れることにも忌避はありません。いえ、寧ろ私が彼の腕にしがみついたりしたとき、困ったような顔を一瞬されたりすることにすら嬉しく、もう少し困らせてみたいという気持ちが湧いてきたりもします。
もう王である父や次王である兄にすら触れる機会など無くなってしまった私にとって、気軽に触れることのできる唯一の存在なのかもしれません。
タケル様が『間違えた』と言って私の頭を撫でて下さったとき、まるで父王のようで、昔、私の頭を撫でてくれたときのことを思い出しました。
先ほどは、抱き上げて下さったときに『捧げたい』と思ったなどと言いましたが、具体的にどうとかは考えていません。も、もちろん王族としてそれらの教育は受けておりますし、何をするのかも知識としてはあります。
しかしそれとあれとが結びつかないのです。あの時にそう思ったのは事実ですが、現実的な行動に結びつけるものではないことくらい、弁えているのですから。
普段のタケル様を見ていると、そういう気持ちよりも、支えて差し上げなくてはという気持ちのほうが大きくなりますし、そのためにはもっと頑張らなくてはと思ってしまうのです。
それに…、リン様を差し置いてなんて……。
●○●○●○●
「ふんっ、認められし勇者だと聞いていたが、リン様に手を引かれて来るとは情けないヤツだな!」
甲高い声がした。どこから?、と思って見回したが薄暗く狭い石室で、壁際にはガラクタにしか見えないような金属製のごちゃごちゃしたものが寄せられているだけだった。
どうもこの石室には濃い魔力が溜まっているのと、ガラクタにも魔力を発するものや反射するものがごちゃごちゃとあるせいで魔力感知でも物がよく見えないのだ。
「どこを見ている?、」
「黙って聞いていれば半精霊の分際でタケル様に向かって偉そうなのデス!、ミド爺様に会うのを邪魔するなら消し飛ばしますよ!」
「り、リン様そんなご無体な、わ、私めは決してその、て、敵対しようなどとは考えておりません!」
「だいたいお前は何なのデスか!、ここはお前のような半精霊の居るところではないでしょう、全く、爺様に呼ばれて来てみれば何なのデスか、門番を雇ったなんて聞いてませんよ!?」
いきなり黒リンモードになるもんだから呆気に取られてたよ…。
リンちゃんが話す方をみると、ガラクタの隙間にでかいヒヨコが居た。
いや、でかいと言ってもヒヨコにしては、なのでこの世界なら普通サイズかも知れん。なんせニワトリがでかい世界だからな。
そのヒヨコが喋ってるんだが、もう何に驚けばいいのかよく分からなくなってた。
「み、ミド様なら2部屋先におられます!、わ、私めは案内をと思いましてここでお待ちしていたのでありまして、あ、リン様ぁ…!」
ヒヨコが喋ってる途中でリンちゃんはまだ握ったままの俺の手を引き、無言でさっさと次の部屋へと進んだ。ヒヨコがぱたぱたと羽ばたきながら飛び降りてとことこついてくる。
黙ってれば可愛いんだけどなぁ、さっきの口調で台無しだから何とも思わないのも仕方が無いよな。
だいたい喋るヒヨコって何だよ。半精霊ってさっきリンちゃんが言ってたよな。
それはそうと、隣の部屋との境界も真っ黒なんだが、もう手を引っ張られて俺も半分埋まってたのでこれも今更だな。
その黒い境界をくぐるときに気づいたんだが、後ろで健気についてきながら『リン様ぁ、お待ちください!』とか、『私めはリン様のお力で目覚めることができたものでして』とかいろいろ喋ってるんだけど、その声が境界をくぐると聞こえなくなった。
単純に隣の部屋、というわけじゃなさそうだな、これ。
次の部屋は、学校の教室ぐらいの広さがあって、中央には台座があって一辺が目測で30cmぐらいの八面体の透明な宝石が銀色の金属で支えられていた。その周囲にはドーナツ型の大理石のような白いテーブル石が4つに分けたような形で配置されていた。
リンちゃんは無言でつかつかとそのテーブル石と台座の間を、俺の手を引いて歩き、壁の中央に嵌め込まれている球体に触れると、右側に現れた黒い境界に入った。
この間も後ろからヒヨコが羽ばたきながらピヨピヨと喋り?、囀りが正しいのか?、走って(?)ついてきていているんだがリンちゃんはまるっきり無視している。
聞こえてくる声が甲高いのと、ほぼ半泣きっぽいのでもう何を言ってるかよくわからない。
ちょっとかわいそうになってきた。
「ミド爺様、何なのですかあの半精霊!」
「何じゃ会うたと思えば藪から棒に、うんうん?」
「あ、爺様ご無沙汰しております」
リンちゃんが姿勢を正してきれいなお辞儀をした相手、もしこの世界にドワーフってのが居たらたぶんこんなだろうなーってぐらいのずんぐりむっくりした毛の塊に筋肉の手足が生えてる物体だった。
「うんうん、リーノは少し大きゅうなったかの?、うんうん?」
うんうん頷くのがクセなのかな、ミド爺様っていうらしいけど、リンちゃんとどういう関係なのかな、とか思ってたらこっち見てたよ。
「こちらが私がお仕えしておりますタケルさまです、タケルさま、こちらはアリシア様の古くからのご友人、世界に5人しか居ない大地の精霊でミド=エーラ#$%&様です」
おお、土の精霊さんだったんだ。この毛に手足しか見えないひと。
- 初めまして、ナカヤマ=タケルです、タケルとお呼びください。
「話は少しじゃが聞いておるよ、勇者タケル殿。儂のことはミドとでもエーラとでも好きなように呼ぶといい。光と水を従えておるようじゃの、うんうん」
従えているわけじゃないんだけど…、これはちゃんと誤解を解いておくか。
- いいえ、従えているのではありません、協力して頂いているだけです。
「うんうん?、そうなのかの?、水の、うん?」
『そうですね、お願いをされたことはあっても、命令されたことはありませんね』
「ほう?、そのように気に入るとは珍しいこともあったものじゃな、うんうん」
『……ふん』
ウィノアさんは首飾りから返事をし、鼻を鳴らすような声を出して黙った。でも少し楽しそうな気がした。
「それで、儂に何の用かね?、うん?」
え?、俺は急にリンちゃんに連れてこられただけで…、どうしよう?
と、困ったようにリンちゃんを見る。
「爺様が連絡をくれたので、タケルさまを紹介しようと連れて来たんです」
「うん?、なんじゃ、儂は月の暦が合うたんで、こちらの扉が開くぞと伝えただけじゃろう?、うん?」
「扉が開くから会いに来いってミド爺様が言ってたって母様が…」
「うん、そうじゃの、そう言うた気もするな、うんうん」
ミドさんは照れくさそうに後頭部らしき場所をぼりぼりと掻いた。
なんせ毛まみれでどこが首とかわかんないんだよ。腕にはあまり毛は生えてないようだけどさ。ちらっと見えた足は皮のブーツなのか?、皮を紐で縛り上げてるような靴なのか何なのかとにかく毛に埋もれててよくわからん。
「それで爺様、あのヒヨコは一体何なんです?、風の半精霊なんて珍しいものを…」
「うん?、なんじゃ、リンの仕業じゃなかったのか、儂ゃてっきりお前さんが置いてったもんとばかり思ぅとったぞ?、うんうん?」
「あたしは知りませんよ?、あんなヒヨコ」
「前に来たのは…14…、5年前じゃったか?、そんでお前さんが帰ったあと、棚に置いておった卵が孵ったんじゃよ。うんうん」
14年前に孵って、ずっとヒヨコのままなのか、あれ…。
半精霊って言ってたし、寿命が長いとかそういうのかな?
「卵…?」
「うん、そうじゃ。そのままじゃ孵ることは無かったはずなんじゃが、何かせんかったかの?、うん?」
「あのときは…、えーっと、そうでした。母様と爺様で話し込んでいて、あたしはヒマだったので棚の上に立ててあった卵に、爺様の似顔絵を描いたんでした」
何やってんのリンちゃん…w
「うんうん、その卵がほれ、その棚に飾ってあるんじゃよ。うんうん」
え!?
「え!?、わ、ほんとだ。結構丁寧に復元されてます…」
そいやこれ中身があのヒヨコだったんだから、割れたはずだよね。
すげー、継ぎ目がわからん、いや、一箇所だけ、似顔絵の頬のところに小さい三角形の穴がある。破片が見つからなかったとか…?
それはいいけど似顔絵だよな?、あの毛むくじゃらの。絵のほうにはちゃんと目鼻眉口も顔の輪郭もあるぞ?、髭もあるけど。
だから似顔なのかどうかさっぱりわからん。どーゆーこっちゃ?
「うん、似顔絵が嬉しかったんでな、復元したんじゃ。ヒヨコが。うんうん」
ヒヨコがかよ!
って、自分が割って出てきた卵に絵が描かれてたからって、復元させられるヒヨコが哀れすぎじゃね?
この爺さんヒヨコ扱い酷くないか?
「そうだったんですかー、こうして飾られてると何だか恥ずかしいです…、って、あまり劣化していませんね、これ」
「うんうん、描くときに魔力を込めたわけじゃからな、うんうん」
なるほど、魔力を込めて描いたからしっかり定着した、ということか。
よく見ると今は薄く結界が張られていて保護されている。土台と支持金具は展示のためよりもその結界を保持する魔道具のようだ。
「そんな覚えは…、いえ、そうかもしれません…、今より未熟でしたから…」
反論しかけて気づいてやめたっぽい雰囲気で、恥じ入るように俯いた。
ミドさんは別に咎めているわけじゃないし、責めているわけでもないと思うよ?、という意図で、リンちゃんの背中を撫でておく。
「うん、あれはの、儂にも責任の一端があるようなもんなのじゃが、儂の通り道近くに風の回廊ができておってな、相互干渉によって小さな空間の隙間ができてしもうたんじゃが、こういうことはよくあることでもあるんじゃ。うんうん」
身振り手振りをしながら小さく歩き回る毛むくじゃらに手足の生えた物体。
なかなかシュールな絵面だなぁ…。
「問題は、それが上にあった農場の、それも地表にできたということで、そこにたまたま、その農場で放し飼いにされておったニワトリの卵が転がりこんだわけじゃ。うんうん」
地表にそんな落とし穴みたいな空間の隙間ができるなんて、危険じゃないのかな…、何かあまり発言していい雰囲気じゃないような気がして、黙って聞いてるけどさ。
「そういった空間の隙間なんぞ、ほんの一瞬生まれてすぐ消え行くもんじゃし、卵もそんなところに入り込んでしまっては孵ることなく死ぬもんじゃ。ところがほぼ同時に風の回廊から自我がうまれる寸前の精霊が入り込んだせいで、空間を維持し消滅を逃れたんじゃな、うんうん」
「それがどうして爺様の棚に?」
「うん?、そりゃあ儂がまた通った折に見つけて持ち帰ったからじゃな。あのままでは遅かれ早かれ死んでしまうところじゃったしのう、儂んところなら孵らぬでも死ぬことは無いからのう、うんうん」
よくまぁそんなの見つけられたもんだ。
「爺様がそんなすぐに見つけるなんて…」
「うん、儂も精霊の気配がする石にそのような卵が入っているとは思わんかったわい、うんうん」
それって、卵の外側が石になるぐらいの年数が経ってたってことでは…?
「よくまぁ生き残ってましたね、その卵」
「うん?、空間を維持するので消耗した精霊とほとんど孵りかけじゃった生命とが融合してしもうたんじゃろうな、維持できる空間はもう卵と同じぐらいまで小さくなっておってな、何とか潰れないように工夫したんじゃろう。珍しいこともあるもんじゃと思ったもんじゃわい。うんうん」
「それで棚に置いてたんですか…」
「それがすっかり忘れてしもうててのー、アリシアとリーノが帰ってから、ヒヨコがうろちょろしてるのを見て、棚の卵を思い出したんじゃ。うんうん」
レアな条件が重なった結果、ヒヨコとして生まれたというわけか。
「それで居座ったんですか…、あ、どうして私のことを?」
「うん?、そりゃお前さんの魔力で目覚めたからじゃろうて。あれも長いこと引き篭もっておったんじゃが、まともな自我が生まれたのはお前さんの魔力のおかげじゃろうな。儂は助手なんぞ要らんと言うたんじゃが、かといってあのような特殊なヒヨコを外に放り出すわけにもいかん。仕方のう置いてやってるだけじゃ。さっさと連れて帰るがいい。うんうん」
え?、それで呼び出したのか…?
「え?、そんな…、爺様のところに置いておくわけにはいかないんですか?」
リンちゃんは俺をちらっと見てからミドさんに反論した。
まぁ、俺にとっては第一印象よくなかったもんな…。
今はもうヒヨコが哀れだから連れて帰ったほうがいいんじゃないかと思ってるよ?、うんうん。
あ、うんうんって伝染っちゃうな、これ。
「うん、お前さんも知っておるじゃろうが、儂はこれでも忙しいんじゃよ。最低限の面倒は見たし、孵らせたのはお前さん、リーノムルクシア=ルミノ#&%$じゃ。
それにの、儂のところに居ては外のことがわからんままじゃろう?、半精霊とはいえせっかく自我の生まれた風の精霊が、外を知らんのは哀れとは思わんか?、うん?」
「そう言われると…」
孵したのはリンちゃんが原因かもしれないけど、それ以外の大半はミドさんのせいだと思うんだが…、それもさっき『すっかり忘れておった』なんて言ってなかったか?
まるでずるい大人の詭弁みたいな印象だけど、確かに外を知らないのは哀れなような気もする。でも別に今じゃなくてもいいような…、精霊なんだし、寿命長そうだし。
いやいや、俺は連れて帰ってもいいと思ってるよ?、めんどくさいことになりそうな予感はするけど、それはそれ。
「儂の仕事に連れて行くわけにもいかんのじゃよ。あれでは耐えられん。じゃからここで生まれて今まで14年以上、ずっとこの儂の拠点に閉じ込められておるんじゃ。な?、連れて行ってやってくれんかの?、うん?」
「…わかりました、半分ぐらいあたしにも責任があるような気もしますし、爺様にそうまで頼まれては断れません。タケルさま、そういう次第ですのでご迷惑をおかけするかも知れませんが、よろしくお願いします」
別に俺が許可するとかの話じゃない気もするが…。
こちらに向き直ってお辞儀をするリンちゃんの頭が目の前にあるので、撫でておく。
- 込み入った事情はよくわかりましたし、今後の不安も多少はありますが、仕方ありませんね。
何か偉そうだったかな?、なんだかうまく言えなくてね。
あのヒヨコ、何食べるんだろうとか、連れて帰ったあと皆にどう説明すればいいんだろうとか、しかも普通のヒヨコって成長が早いはずだけど、あれはいつまでヒヨコ姿なんだろうとか、そんな疑問が脳裏でぐるぐると渦巻いていた。
「ありがとうございます…」
「うん?、そうじゃったか、タケル殿に承認してもらわにゃならんかったんじゃな、儂からも礼を言っておきますぞ。タケル殿。うんうん」
- あ、いえ、どうも…、それはともかく、その問題のヒヨコはどこに?
「あ、この部屋って…」
「うん?、あ、そう言えばこの部屋にあやつは入れんようにしておったんじゃった。忘れとったわい、うんうん」
14年以上こういう扱いをされてたのか…、そりゃ多少は捻くれても仕方ないんじゃないかと思えてきた。
でもリンちゃんもミドさんも、それについて何とも思ってないような雰囲気が…。
強く生きてきたんだな、ヒヨコよ。
ところでヒヨコの名前とか無いの?
次話2-72は2018年11月14日(水)の予定です。
20181111:いくつかの訂正を行いました。
(ルビ追加)英雄譚、一箇所「英雄単」になっていたのを訂正。
(ルビ追加)『★』、戯曲、忌避、止めていた、結構丁寧に
(訂正)魔者⇒魔物
(訂正前)人々を救う勇者なのです。 (訂正後)人々を救ってきた勇者様たちなのです。
(訂正前)困らせてみようなどという (訂正後)困らせてみたいという
20181113:いくつかの訂正を行いました。
動くので感知で ⇒ 動くのが感知で
抵抗はあったものです ⇒ 抵抗があったものです
左右の部屋に ⇒ 隣の部屋に
『マッサージ』 ⇒ 『まっさーじ』
ガラスコップの説明部分。
20181119:まだあった衍字…orz
隣の部屋にとの境界 ⇒ 隣の部屋との境界
20190209:まだあった誤字…
金属性 ⇒ 金属製
20211016:まだあった衍字脱字…
気になるのというも ⇒ 気になるというのも