2ー070 ~ 裁きの杖と雷槍
メルさんが皆のところに戻って、そして俺が剣などに篭めた魔力をまた身体に戻してるって話をしたようで、それを聞いた3人がぎょっとした表情をしてこっちを、そりゃあもう気持ち悪いモノでも見るような目で見た。
何か小声で『吐き出した食べ物をまた食べる』みたいな事いわれた気がする。
救いを求めてリンちゃんを見たけど目を反らされてしまったので、居た堪れなくなって外にでた。
食べ物と魔力を同列にされてもね…、でも何かそんな言い方されたら魔力がもったいないからって篭めた分戻すのがやりづらくなるじゃないか…。
足元の小石を蹴っ飛ばしたい気分、ってこういうのなんだろうか?
外に出たついでだし、『裁きの杖』のテストをもうちょっとやっておきたいので、昼食前に作った朝礼台のところまで歩いて行った。
この杖、いろいろな使い方があるって言ったけど、基本的にはこの杖は魔法の射程を延長することに特化していると言ってもいい。
そのための工夫のひとつが『魔力を目標の頭上に集中させそこから雷を落とす』、というものなんだろう。
魔力光が見えるのはどちらかというと余剰分というか副作用みたいなものらしい。
毎度のことだけど詳細な理論はわからない。でも遠くまで魔力を信号として飛ばし、現地で魔法構築を行うような感じじゃないかと思う。
俺がちょくちょくやってる広範囲索敵魔法だって、攻撃じゃないとは言え一般的な攻撃魔法の射程を大きく逸脱しているのは同じだし、もしかしたら電波のような、言うなれば『魔波』か?、そういう形式にすることで遠くまで届かせる法則があるのかもしれない。
つまりこの杖があれば、今の俺なら100km先にでも攻撃ができるってことだ。それだけ消耗も大きいから実際できるかどうかわからないのと、障害物がないことが前提っぽいから杖の位置は考えなくてはならないが…。
それでその、魔法有効射程の延長に特化してるらしいこの杖には、目標の頭上からの雷撃だけじゃなく、水球や氷塊を落としたり、魔法の一般的な射程を越えた位置に竜巻を発生させるなど、それぞれそれなりに魔力は消費するが、いくつもの選択肢があるってわけなのだ。
さて、ひとつずつ試していくか…。
●○●○●○●
「タケル様出て行ってしまわれましたよ?、属性魔力操作のコツをききたかったのに…」
シオリ様が私達を少し責めるように言った。
どういうわけか睨まれてるサクラ様。
「ネリが『吐き出したものをまた食べるみたい』って言うから…」
そうですね、それを聞いて皆が一様に気持ち悪いモノを想像して表情に出してしまったので。
「だってメルさんが出した魔力を戻すって言うからー」
でもその例えはどうなんでしょうか。って!?
「私のせいなんですか!?」
皆なんとなくタケル様を追いかけるには少々気まずい雰囲気になってしまったのは、ネリさんのその言葉のせいだと思うのですが、確かに元々の私の言い方も良くなかったのかも知れませんね。
しかし全員からあんな目で見られては居た堪れなくなるのも今ならわかります。
「戻すじゃなく回収すると言えばまだ…」
「同じじゃないの?」
「言い方の問題だと…」
ふと見ると入り口から1歩のところでリン様がタケル様の行かれた方を見て佇んでおられます。
そういえばリン様もタケル様の視線に顔を背けてしまっていたのでした。
なんだかタケル様が哀れに思えてきました。
「タケル様は、『身に着けているものは離れていない』と仰ってましたが、魔力操作ってどこまでの魔力を操作できるものなのでしょうか?」
「え?」
「身体から出たものは、もう離れてしまっているので操作できないのでは?」
シオリ様も不思議そうに仰います。
そうですよ、一旦離れたものの魔力はそのままに、新たに加えることはあっても吸収して身体に戻すなんてことはできないのが定説です。
あ、私の場合は魔力ではなく『武力』としてオルダイン騎士団長からそう教わったのですが。
「『武力』だと思っていた頃も、剣に篭めたものをまた吸収するというのは聞いたことがありませんでした」
サクラ様も同じように考えたようです。
「そう言えばタケルさんって剣の訓練終わったあと、タケルさんの使った木剣や実剣に魔力が残ってないような…」
「飛行魔法の訓練のときも、水遊びのときも、きれいに後片付けされてましたね…」
「『スパイダー』の試作品を崩したときも上書きではなく再利用と吸収をされてましたよ」
ネリ様が水没させた試作品と、この小屋の壁にぶつけて壊したのと両方ありましたね。
あ、後者を運転していたのはカエデ様でしたか。
でもあれはもう定着していたはずなので作ったときの土属性魔力は残っていないはずですが…。
「あ、リン様」
「そうなのですか?」
「ええ。タケルさまのおかしな所は、それがご自分で作ったものでなくても、例えば土魔法で作った壁や構造物を解除する場合、普通なら魔力を散らすか上書きして分解するものなのですが、タケルさまはそこに残った魔力を散らさず吸収するかそのまま利用して分解されています」
「「えええ?」」
吸収だけでも驚くことなのに、残った魔力をそのまま利用?
「あの…、それは例えばリン様が土魔法で作られたテーブルや椅子でも、でしょうか?」
「はい。初めてそれを目の当たりにしたときには驚きました」
それは驚いたでしょうね…、リン様なら私よりも詳しく魔力感知の目で見ることができるのですから、尚更でしょう。
「それってタケルさんは誰の魔力でも操作できちゃうってことですかー?」
「そんなバカな…」
「でも姉さん…」
シオリ様の肩に、サクラ様が軽く手を置きました。
「……そうですね、リン様の仰ることですもの、信じるほかありませんね」
つい口を滑らせたのでしょう、気まずそうに仰いました。
気持ちはとてもよくわかります。
当人が作ったものであっても信じがたいことです。さらに他人、しかもリン様は精霊様なのです。
その精霊様が土魔法で作ったものに残っている魔力を再利用?、吸収?、『そんなバカな』とつい口をついて出てしまったのも仕方のないことでしょう。
「信じられない気持ちもわかります。タケルさまが作られたテーブルだったかと一瞬勘違いをしたのかと思いましたが、そうではなかったのです。
今ではもう見慣れましたが、先日カエデ様が来られたとき椅子をお作りしたのですが、その椅子がまだ定着していないのに、タケルさまが形を変えて手術台にしてしまわれた時には呆れを通り越して諦めました」
「土魔法がまだ定着していない状態のものを、形を変えるなんて非常識です…」
「どういうことなんです?、姉さん」
タケル様はよく魔法の的に土壁を作られていて、私も含めて皆さんも今は同じように無詠唱で土壁を作るようになっていますが、ホーラード王国では魔導師隊が詠唱をして設置するものであって、そう気軽に作るものではありませんでした。
限りある魔力を計画的に使用して防御陣地を作成したり、敵の進路や攻撃を防ぐ役割を担う重要な魔法なのです。
そして、土魔法でつくられた物は、定着するまでは内部に魔力が残留しているため、ただの土壁にくらべて強固なのです。
もちろん魔法でないと破壊できないわけではありませんが、その魔法ですら、土壁を破壊する威力に加えて、内部に残留している魔力に打ち勝つ必要があるのです。
タケル様は作って間もない土壁を『サンダースピア』などでいとも簡単に破壊したりしておられましたが、普通はそのように簡単にはいかないものなのです。
「タケル様は目的が定められていて残留している魔力を、体内にある魔力と同じように操作できるということでしょうか?、リン様…」
「見ている限りではそういうことになりますね」
「タケルさんの非常識はいつものことだけど…」
「いくらなんでも非常識すぎますね…」
全くですよ。彼の非常識さには慣れたつもりでしたが、今回のはさすがに衝撃が大きいです。
魔法の勉強を始めてまだ日の浅い私ですが、何だかタケル様がとても恐ろしいもののように感じてしまい、無意識に一瞬、身震いをしてしまいました。
「メル様?、どうされました?」
「あ、いえ、何でもありません」
彼はまだどの国にも所属が決まっていないため、報酬もなく見返りもない見習い勇者なのです。
なのに人々のために竜族を倒そうと頑張っておられるのです。尊敬すべきものであって、恐ろしいものであるわけがありません。
以前、兵士たちが怪物だの化け物だのと私を恐れていた構図を、タケル様に置き換えて考えたことがありましたが、それと同じことですね。
思えばここに居る皆が、一般兵士からしてみれば化け物だと恐怖してもおかしくない人ばかりな気がします。もちろん私を含めてですが。
そうでした。私も非常識のうちに入るのでした。今更ですね。
あ、リン様は精霊様ですから当然、私どもと同列に考えるべきではありません。
●○●○●○●
しまった…、やりすぎた。
いやほら、『天罰ですの!』って、あ、ですのとは言ってなかったっけか。
どっかで聞いたセリフだったのでつい脳内で置き換わってた。でもシオリさんて時々語尾に『ですの』って言うよな?
とにかくその『天罰!』って言ってたアレをやるのはちょっと何だなと思ったんで、代わりに水球+αを落としたってわけ。
できるんだよ、この杖。そういうこともさ。
で、やってみたわけなんだが、朝礼台んとこもどばーっと水が来てえらいことになった。
これはあれだな、水だけならゲームとかでよくあったいわゆる洪水魔法ってやつだな。結果的には、だけども。
実は考えてたら何だか楽しくなってきてさ、水球のでっかいやつに雷魔法混ぜて、水雷――って言うとまた違う意味になるんだけど敢えてそう言っておくが――のでっかいやつが降り注ぐやつ、ってやっちゃったわけよ。
したらすんごいのな。溢れかえる水の表面に沿って雷撃が飛び散るっていうのかな、やば!って思って飛行魔法(笑)で飛ばなかったら俺がヤバかった。すげーでかい水球が雷でプラズマ化したみたいになってたのかオレンジ色に光ってぼこぼこ言ってたし。
光って見えたのは光の加減だと思いたい。きっとそうに違いない。うん。たぶん。
川が近くでよかったよ、全部そっちに散ってくれて助かった。ついでに川魚たくさん獲れたよ。カニっぽい何かやうなぎっぽい何かは獲らなかったけど。
え?、うなぎなら獲れば良かったんじゃないかって?、いや、うなぎっぽい何かだよ。うなぎじゃないよ。尾びれはあったけど、それ以外が……目やエラがなくてうにうに動く長い髭?、なのか?、まぁ思い出したくないので詳細は省く。何かSAN値とかがごりごり削れそうなやつとだけ言っておく。
あと、地面のとこも湯気がすごい。ビビとかバチとか言ってる湯気だし。
と、まぁ上空から見て、えらい事になってしまったと反省してるとこ。
しかしとんでもないな。あんなの落ちてきたら普通に死ぬね。射程も感知できる限り伸ばせるっぽいし。
恐ろしい杖だよね、『裁きの杖』とはよく言ったもんだよ全く。
そいやリンちゃんが、里に似たような杖もった軍隊が居るようなこと言ってたけど、そんなの最強じゃないか?、兵隊ひとりひとりが戦略級兵器並みの軍隊って無茶苦茶だよな。
トカゲたちが気の毒になるね。
それはおいといて、迫るヤバい水から逃げて飛び上がったとき、後ろの橋が壊れたらイヤだからそこだけ障壁を張って守っておいたんだけどさ、ああ今は解除してある。
早く解除しちゃったせいでヤバそうな湯気が橋のところまで来ちゃったけど、だんだん収束に向かってるのでそこは気にしてない。
自分の安全を確保するのが先だったんで、朝礼台は守れず流されてどっか行ってしまった。あとでもう一度作っておこうと思う。使うかどうかは別にして、何となく。今度のは階段に手すりをつけないとな。
メルさんたちが作ってた椅子とテーブルも当然消滅したので、再現…までは自信ないけどそれらしいのを作っておこうと思う。ちょっと今は近づけないので。
しかし土魔法で作った硬い石の朝礼台がどっか行くってすんごいな。ただ流されるだけでも凄いけどさ。豆腐みたいに詰まった石の塊にしてれば耐えたかな。机みたいにしたのが敗因か…?
的にするための土壁ズは跡形も残骸もきれいさっぱりなくなってしまった。
シオリさんが落とした天罰じゃなくて雷撃の凸凹の穴すらも水で洗い流されてなだらかな地面に…なってるんじゃないかな、たぶん。今は湯気がもうもうと立ってるけども。
シオリさんが広範囲に耕してくれてたおかげで、草原じゃなくなってたのが助かったよ。
それで現在地面がどろどろになってるのかもしれないけど、それはそれ。
魔力感知でもよく見えないんだよ。立ちこめる湯気が帯電してるせいで。ゆっくりと散っていってるけどもさ。
明らかに俺が消費した魔力以上の惨状がそこにあるってわけ。どういう仕組みなんだろうね?、これ。
まぁ夏だし、昼間だし、天気いいし、そのうち落ち着くだろう。
いい天気だなー、青空が眩しいなー。
それでまぁ、ついでだし、作りかけだった橋もちょっと作業を進めておこうと思ったわけよ。
川魚がぷかぷか浮いてたのを拾い集めるときに水上魔法使ったしな。効果時間まだたっぷりあるし。
え?、いや、帰りたくないわけじゃないよ?、でも今すぐはちょっとなーっていう、そんな感じで。ああそうだよ、時間つぶしだよ!、いいじゃないか。
魔力結構減ったような感じもするけど、橋の作業の続きをちょっとやるぐらいならどうってことはないし、ということでロスタニア側に着地して、せっせと土魔法でアーチ部分を作ってるんだが…。
この杖、土魔法でも効率いいなぁ…。杖自体の適正に土属性がないのに、何となく手に持ったままだったんでそのまま土魔法使ったら杖が吸い上げてんの。魔法失敗した!?、ってちょっと焦ったのはナイショな。それでもしかして?、と思って杖を通してやってみたらこれが調子いいんでやんの。
何ていうか、俺もまだまだ属性魔力の選別が甘かったんだってことがよくわかった。
この『裁きの杖』を通すと、きっちり純粋な属性魔力として高効率運用ができるっぽい。しかも目的の魔法に適した形に魔力の単位を揃えてくれるような、そういう補助をしてくれるので、実に無駄がなく、そして魔力操作の勉強にもなった。
いいな、この杖。物騒な名前がついてるけど。
それと少しだけど杖の適正は影響してるんだろうと思う。水や風属性に比べるとほんの少しだけど素直に通って行かないような感触がある。でも属性を選ばず吸い上げるんだよな、こいつ。
橋の仕上げはあとでまとめてやればいいし、なだらかな道路にするつもりだから、今はアーチのとこだけね。
と言ってもアーチ状ににゅるっと土魔法で作るだけだから、結構いい加減かもしれない。
それを横からみると石を積んだみたいな模様があるという、なんちゃって石積みアーチだな。
しかし魔法って便利だね。今更だけど。
ここからそこまでで、これぐらいの湾曲をした感じの土板で厚さこんくらい、で魔力消費してにゅるんとできる。川床の石とかはあとで使おうと、結界で包んで飛行魔法(笑)の応用でアーチとアーチの隙間んとこにもってって積んである。
何だかんだで結構魔力使ってるなーっていう自覚はあるけど、一晩眠れば回復する程度でやめておくつもり。
さっき言ってた魔法射程の話だけど、この『裁きの杖』が魔法有効射程の延長に特化してるらしいって話な。電波みたいに魔力を『魔波』として遠くまで届かせることで魔法の有効射程を超越した先に影響を及ぼせるって話。
よく使ってる『石弾』もそうで、以前プラムさんにちょっと聞いたんだが今まで初級魔法としての定番だった『石弾』は、「手で投げるよりは正確」だとか、「非力な魔法使いが投げるよりはダメージが出る」という程度の、言わば牽制程度の魔法だそうだ。
そのプラムさんの話では、『投射魔法』――石弾・水弾・ファイアボール・エアハンマーの4つの初級攻撃魔法のことをこう呼ぶらしい。それぞれ強弱はあるにせよ、初級魔法のカテゴリーに入るんだと。
え?、光魔法?、初級だと光を投射しても明るくしたり浄化する程度で攻撃にはならないそうだよ?、余談の余談だなこれ。――で『石弾』以外の3つはその弾体がもたないので射程限界まで届く前に崩壊してしまうんだそうな。まぁそりゃそうだよな。
それで、魔法の射程限界であるおよそ200m、これも人によって、それも天候や術者の力量や気分などいろんな条件で多少は前後するらしいんだが、いや、プラムさんがそう言ってたんだよ。知らねーよプラムさんだって詳しくは解明されていないって言ってたんだから。
気を取り直して、だいたい200m前後ってのが魔法の射程距離なんだが、『裁きの杖』を除いては、それが300mだったりってことは過去に無かったらしい。
それを、俺は弾体って言うんだっけ、弾の形を元の世界にあったような形にして、これも異世界モノではありきたりだがライフル回転――って言うんだよな?、このへん用語がいまいち勉強不足で申し訳ないが――を与え、初速が音速を超えるほどで放つことで、プラムさんが知っていた初級魔法の枠組みを超えたわけだ。魔法自体で超えたわけじゃなく、物体を飛ばして有効射程を延長しただけではあるけども。
そういえばプラムさんにも非常識だとか理不尽だとかいろいろ言われたような気がする。
なんでこの話かってーと、これも『魔法射程を超える手段のひとつ』であるからなんだよ。
つまり俺が足りない知識でなんとなーく思うことはさ、物理法則の応用によって魔法って通常の射程を超越できるんだ、ってことなんだよ。
この杖でシオリさんが300m先を中心として狙える、と言っていたのはこの杖を使えば普通に魔法を使う感覚で射程が1.5倍になっているということだ。シオリさんが詠唱してたときの魔力の流れがそういうものだったからね。
な?、2つの実例で言うと、どっちも元の世界の技術、ってほどでもないかもしれないが、片や電波、片や銃弾、な?、な?、物理法則で魔法射程を大きく伸ばしてるだろ?
え?、お前雰囲気だけでモノを言ってて理論が伴ってないから薄っぺらい?、そりゃもうゴメンと言うしかない。しょうがないじゃないか。こちとら魔法すら感覚的にしかやってねーし。理論なんてさっぱりだってんだ。開き直りかもしれないけど、こういうひらめきって大事じゃないのか?、ん?、ああ、冷静に、冷静に。
うん、そうなんだよ。だからといってこれを、まぁウィノアさんには伝わってるかもしれんが、光の精霊さんやこの世界の人々に伝えてしまっていいのかどうかは正直わからん。
もう一部は伝えてしまったようなもんかもしれないけど、全部じゃないし、電波索敵は伝えてないし、何となくだけど、これは俺だけでいいかな、なんて思ったりしてる。
リンちゃんが言ってた、『これと似たような杖』ってのにはちょっと気になるところも無いではないんだけど、それはあとでリンちゃんに言って見せてもらおうと思ってる。
その杖の性能によっては、もしかしたら魔法射程を大きく延長して世界中のどこにでも天罰を落とせる可能性について、俺なんかが隠さなくても光の精霊さんたちは気付いていて、人種の手に渡る危険性もちゃーんと考えてくれているかもしれないし。
ま、俺なんか、って言ったけど、俺程度が人類全体だとか世界とか、考えるこっちゃないと思うんだよね。そんなに肩に乗らないよ、責任もてないよ、自信ないよ、潰れちゃうよ?
なんだか愚痴っぽくなっちゃったな…。ストレス貯まってんのかな、俺。
人生、『癒し』って大事だよなー…、ああ、何も考えずリンちゃんを愛でてればよかった頃が懐かしいなー…、あ、いや、別に俺ロリコンじゃないけどさ、可愛いは正義だよな、あ、リンちゃんは幼女じゃないじゃん、俺より遥かに年上なんだし。
ってひさびさにこのネタだな。
集会所で和気藹々と楽しそうに遊んだり勉強したりしていた子らを指導してたのって、もしかしたら俺ってそういうふうに子供らを一歩離れて愛でていれば癒される性格なのかな。
エロより癒し。そういう感じだったっけ。今もだけどさ。
ってか今はエロに踏み込めばろくなことが待っていないと容易に予想がつくからな。
ただでさえ女性ばっかなんだよ、どういうわけだかさ。
だからといって男友達ができてもなぁ、もうこんな状態だから気軽にそういう交友関係も作れないんだろうし…。
ああ、うん、わかってるって。そういう環境で、ハルトさんみたいな筋骨隆々のムキムキな男性と接触したりするとある種の趣味のひとたち垂涎な状況になるんだってこともさ。
愚痴っぽくなっちゃった、っていいながらまた愚痴ってたよ。
そんな愚痴をしてる間に、34箇所の土台をつないで地面とつなぐ33個のアーチと橋の端、両側入り口部分ができちゃったよ…。あ、結構魔力減ったかも。ちょっと身体がだるいわ。そのせいか、愚痴。
ちょうど水上魔法の効果が切れたわ。手を洗っておこう。
そろそろ戻るか、あ、その前にさっきの場所に朝礼台とテーブルと椅子を作らないとな。
とか考えてたらリンちゃんが様子を見に来たようだ。
「タケルさま…、わ、橋がほとんど出来上がってるじゃないですか、タケルさま魔力大丈夫なんですか?」
- ん?、なんかこの杖、効率よくてね、ついね。ははは…。
「はははじゃないですよ、ってその杖ってシオリ様のですよね、いいんですか?、勝手に違う目的に使っちゃっても…」
最初心配そうに言ってたのに、なぜか咎められてる気分。いかんいかん、また弱くなってるな、俺。堂々としてればいいんだ。
- まぁいいんじゃないかな、ところでこれに似た杖が里にあるとか言ってたよね?、ちょっと借りてこれないかな?
堂々とするって言うよりこれは厚かましいんじゃないかな?、大丈夫かな…?
「え?、はい、たぶん大丈夫だと思いますが…?」
小首を傾げながら答えるリンちゃん。大丈夫っぽい。
- いやちょっと気になってね。比べてみたいなと。
「わかりました。タケルさまのことですし、また何か大発見に繋がるかも知れません!、早速借りてきますね!」
え、あ、言うが早いかリンちゃんはくるっと踵を返して川小屋に走ってった。
大発見とか期待が重いなー…、そんな大それたことじゃないと思うんだけどなー…。
そういえばリンちゃんたちって転移魔法を使うとき、石板のところでするよなぁ、あれ何か理由あるのかな。ダンジョン内で転移魔法を使ってくれたときは、場所とか関係なさそうだったけど…。
まぁいいか、これも覚えてたらあとで尋ねてみよう。
さてと、ああ、朝礼台とか作っておくんだっけ。
飛んで朝礼台のあったところに戻った。
ヤバげな湯気はもう消えたようで、多少湿ってぬかるんでる箇所がちらほらと残っていたが、あの惨状はどうやら収束したようだ。よかった。
真夏の太陽の威力だね。この世界でも太陽っていうのかどうかは知らないけどさ。
そそくさと朝礼台とテーブルと椅子を作っておいた。
いやーそれにしても草原が広範囲に無くなっちゃったなぁ、シオリさんの天罰よりも広範囲に…。
飛んで上から見るとよくわかる。ヤバい水が広がったせいなんだけどね。
あー端んとこに枯れ草が溜まってるわ。枯れ草っていうか焦げ草だなこれ。
大規模に雑草処理とか土壌消毒とか、何かそういうのに使えそうだな。いやよく知らないけど。
土中の根やタネ、生物やバクテリアなども全滅してるんじゃないかな、下手するとしばらく草も生えないぞ?、まぁ別にここらへんの自然破壊したところで何か困るわけじゃないからいいのかもしれないけど…。
いいか、やっちまったもんはしょうがない。
でも見なかったことにしよう。
戻るか!
●○●○●○●
ひょいっと飛んで戻ると川小屋の前にちょうどリンちゃんが出てきたところだった。
「あ、タケルさま、杖をお借りしてきましたよ!」
いい笑顔だけど、その期待が重い…。
- ありがとう。里の兵士さんから借りてきてくれたの?
「いいえ、その杖は予備のものです。それと、兵士ではなく母さまの、アリシア様の近衛隊のものです。近衛隊はその杖と剣が標準装備なのです」
へー、杖と剣両方なのか…。
で、早速杖を渡してもらい、小屋の前のテーブルの上に、『裁きの杖』と並べて置いてみた。
- ふぅん…、こうして並べてみると、似ているところもあれば違うところもあるって感じかな…。
「そうですね…、里の杖のほうが少しコンパクトでしょうか。下側は随分違いますね…」
リンちゃんと2人で見ていると、小屋からぞろぞろ皆も出てきたようだ。
「杖が2本…?」
「ひとつは『裁きの杖』ですが…、もうひとつは?」
- こちらの小さいほうは、リンちゃんの実家から借りてきてもらった杖なんです。
あ、つい『実家』とか言ってしまった。まぁいいか。
「『裁きの杖』のほうは造りがしっかりとしている印象がありますね…」
「下のほうはかなり違いがありますね」
あ、うん。さっきリンちゃんも言ってたよね。
「この溝は何か理由があるのでしょうか?、シオリ様」
「え?、さぁ…、特に何も伝えられていませんが…」
そうだよね、底からみると三角形の穴があいてて、金属のようにしっかりとした素材でできてて、辺の部分に溝があるわけで、何か意味がありそうだって思うよね。
「……!?、もしかして…」
と、メルさんが川小屋へと走って行った。
そしてすぐに、『サンダースピア』を手に出てきた。
何となく皆がメルさんを注目してる。
「あ、いえ、もしかしてと思っただけなので…」
少し照れたように言うメルさん。
でも、俺もそう思った。『サンダースピア』の穂先が、『裁きの杖』に挿さるんじゃないかって。
そして杖の石突――名称を知らないんだけど杖を立てたときに地面にあたる部分ね、仮に槍と同じように呼ぶことにする――のところに槍の穂先を並べて置くメルさん。
「……やっぱり…、何となく心当たりのある形だと思ったのです。このまま嵌めてみてもいいでしょうか?」
シオリさんと俺を交互に見て言う。そりゃまぁどちらに許可を求めればいいのかってところだろうね。
一応、俺が預かっているとは言え、『裁きの杖』はロスタニアの国宝なんだし。
俺がシオリさんを見て、目線でどうぞ?、みたいに譲るとシオリさんがひとつ頷いて答えた。
「はい、お願いします」
国宝の謎に迫る、って場面だからか、緊張した雰囲気があたりを包む、そんな感じ。
メルさんがそおっと、訓練の成果か『サンダースピア』に魔力を伝えないようにして、『裁きの杖』の底部の溝に穂先を突っ込んでいく。
それはまるで最初からそのように作られたかのように、いや、そのように誂えたとしか思えないぐらいぴったりと、スムーズに、穂先部分をきれいに包み込む形ではまり込んだ。
「なんと、こんな風にぴったり嵌まるとは…」
「わ、私も驚きです、まさか『裁きの杖』がこのような…」
嵌まるんじゃないかとは思ったが、こうもぴったりくるとは思わなかった。
それでこれ、全長2mの杖に、多少長さが変化するとはいえ身長ぐらいの長さの槍が合体したんだけど、つまり4m弱あるってことだよね、長すぎでしょ、どうすんの?、ってか何に使うんだろうこれ。
- この状態って、固定されてるんですか?、それともすぐ外れるかたちですか?
「あ、今なら引っ張ればすぐとれますね」
メルさんが少し槍と杖を両手で支えて引っ張ってみたようだ。
確かにすぐに外れるな。
「それで、これ合体するのはかっこいいんですけど、使い道はあるんですか?」
かっこいいかどうかはさておいて、ネリさんは瞳をきらっきらさせてるんだけど、合体がツボなのか?
まぁどこがツボかはどうでもいいけど、ただ合体するだけなわけがないので、魔力を通してみれば何かわかるかもしれないね。
やってみるか。『フレイムソード』と違って妙な精霊さんが出てくるなんてことは無さそうだし。
- ちょっと魔力を通してみてもいいですかね?、何なら僕じゃなくメルさんでも。
「え!?、そのような大それたことはお任せします!」
大それたことなのか…。やだなー…。
- うーん…、わかりました、ちょっとだけやってみます。
テーブルに置いたままの合体した杖と槍、やっぱり『サンダースピア』のほうから流すべきだよなぁ…。
そう思って、槍の柄のところに手を添えて、そおっと水属性・風属性の二つの属性魔力を流してみた。
カシッと微かな音がして、槍の穂先を咥え込んでいる部分が締まったのがわかった。
その瞬間、ずおっとすごい勢いで周囲から魔力を集め始める杖の先端部分。
- うぉ、っと…、これかなり危険そうですね…。
すぐに手を離したので、杖にはほとんど魔力は集まらなかったが、杖に向かって周囲の魔力が一瞬だけ動いたのがはっきり感知できた。
「え?、これだけで危険だってわかるのですか?」
「何か一瞬、杖に周囲から魔力が集まろうとしたように感じましたが…」
メルさんには感知できたようだ。
- メルさんには以前、『サンダースピア』の用途として天候操作があるんじゃないかとお話したことがありますよね?
「はい」
「て、天候操作ですって!?」
「姉さん、落ち着いて、」
「これが落ち着いていられますか!、『裁きの杖』ですら天候操作についての伝説は無いんですよ!?」
- まぁまぁ、落ち着いてください。その『裁きの杖』あっての話なんですよ。
「あ、申し訳ございません、あまりの事に少々取り乱しました」
うん、気持ちはわからんでもない。ので続きを話そう。
- それで今の様子ですと、周囲から魔力を集めて、使い手の魔力をそれで増幅する感じですね、そうして空に向けて水蒸気や風、温度を操作することで、天候を自在に操ることができるような気がします。これ恐ろしい組み合わせですよ?、魔力消費も膨大なものになるんじゃないでしょうか。
そう言うと皆しばらく無言で、何を言えばいいのか、どうすればいいのかわからない様子。
このまま合体させておいても危険だし、さっきかっちり固定していたっぽいのが気になって、両方に手を添えて軽く引っ張ってみたら、するっと外れた。
どうやら魔力を通せば固定され、槍側から魔力が途絶えれば固定が解除されるようだ。
これは皆に説明するか迷うところだが、杖のほうは、魔法射程を延長することに特化しているってのはもう確実だと思う。
おそらく『サンダースピア』側に基本的な天候操作の魔法が使える仕組みが内蔵されているんだろう。
そしてその射程を増幅して広範囲に、空に行き渡るようにするのが杖側の役割なんじゃないかな。
つまりこの2つを合体させての用途、それは天候操作に限定したものだと言っていいんじゃないかと思う。
- 合体させたままだと危険なので、外しておきますね。メルさん、『サンダースピア』をお返しします。貴重な実験でした。ありがとうございます。
「あ、はい、こちらこそ貴重なけ、経験を…」
ん?、妙な返答されたぞ。まぁ混乱してるんだろうな。
それにしても天候操作とか魔力を周囲からかき集めるとか、ああ、だから立てたときに人が近くに居ないような高さになるようになってんのかな、4mぐらいだし。
こういう風にテーブルに寝かせて使うもんじゃないんだろう。周囲の人から無理やり魔力を吸い出すとかやられたら、ヤバいなんてもんじゃないからなぁ。
よし、本来は立てて使う。天候操作に使う。それで一件落着ってことにしよう。
いや、絶対使わないと思うけど。使いたくないし。ヤバすぎるだろうそんな魔法。
え?、結構ひどい魔法を今まで試しにとか言って使ったくせに今更何言ってんだって?、うん、俺もそう思うよ、でもこれは違うと思う。行き過ぎたとかやり過ぎたとかの問題じゃないじゃん。最初から天候操作だってわかってるんだし。だから使わないよ?、絶対。フリじゃないよ?、フラグでもないはず。
とにかく、だ。
本題に戻ろうじゃないか。
リンちゃんから借りた杖のほうにさ。
どうにも皆が無言のまま、所在無さげに立って俺を見てるもんで、俺も何かしてないと居心地が悪いんだよ。
せめて何か言ってくれるなら、対応のしようもあるんだけどさ。
俺を見ているようで見ていない、何かの衝撃を受けたような、そんな感じなんだけどそれほど衝撃的なことあったっけか?
ああ、天候操作が現実的なレベルに降りてきたからか。そうなのか?
まぁいいや、ほっとけば復帰するだろうし。
で、借りてきた光の精霊さんの里の、近衛隊標準装備の杖。ん?、標準装備じゃなく制式装備とか言うんだっけ?、いや、何となく違うような気もするので標準装備ってことにしとく。
んでこれ、宝玉のところの色、『裁きの杖』がオレンジ色なのに対して、白色というか透明だな。まぁもう今ならその理由もわかる。属性に偏りがないってことだろう。
手に触れてさっきと同じようにゆっくりと、少しだけ魔力を流してみる。
ん?、そうか、これ属性魔力に適正がないのか。偏りがないってことはどの属性魔力も素直に流れるし、必要であればどの属性でも使えるってことになるのか…、なるほど…。
ああ、だから『裁きの杖』には属性の適正があるように感じて、実際あるんだけど、でも土属性魔法でも使えたのか。
わかってみればなるほどって感じだな。
んじゃこの杖も、『裁きの杖』と同様に魔法射程の延伸に特化しているってことなのか?
あ、これリンちゃんに確かめたいところだけど周囲の皆に聞かせていい話なのかわかんないな…。
とりあえず今はちょっと預かっておいて、夜にでもこっそり部屋できくか。うん。
- リンちゃん、これちょっと預かっててもいいかな?
「はい、タケルさま」
いいらしい。
というわけでポーチにしまっておこう。『裁きの杖』も今は俺が借りてるわけだからポーチに入れておく。
しまうときにシオリさんが杖を目で追っていたのが少し印象的だった。
そりゃね、何十年も『裁きの杖』を、ずっとじゃないにせよ手にして、使ってきたわけだからね。
メルさんがたまに『サンダースピア』のことを『私の槍』って言ったりするのと同じように、『私の杖』って思ってるかもしれないからね。
大丈夫ですよ、粗雑に扱ったりしてませんよ、ちょっと土魔法使うのに便利に使ったりはしましたけど!、大事に預かってますよー、と、目線に篭めて軽く頷いておいた。
シオリさんには伝わらなかったようで、怪訝な表情をされてしまった。
●○●○●○●
夜半頃。
「タケルさま、起きて下さい、タケルさま」
起こされた。
- ん?、どうしたのリンちゃん。
「つい先ほど例の扉が開くと連絡がありまして、タケルさまに是非ご一緒にと思いまして」
例の扉?、なんだろう?
- 扉?、どこの?
半身を起こすとさも着替えろと言わんばかりにいつもの服――前に光の精霊さんの里でもらった濃灰色の服ね――をぐいっと渡され、小さく眉を寄せるリンちゃん。
「もうお忘れですか?、以前ダンジョンで、開かない隠し扉があったじゃないですか」
- あー…、『ツギのダンジョン』のとこの!、あ、はい。
リンちゃんが口元に人差し指を1本たててじっと俺を見たので声を抑えた。
そうですよね、夜中ですもんね。しずかに。
- それでその扉が開くのがどうしたって?
「わざわざ連絡を頂いたんです、つまり招待を受けたんです、急いで着替えてください」
あっはい、急ぎます。
何だろう?、招待?、どういうことだろう?
リンちゃんを見ると俺の部屋とリンちゃんの部屋を隔てるカーテンのところでそわそわしてた。
俺が着替えてる途中だから、リンちゃんはこっちを見た瞬間さっとあっちを向いたけど、俺別に見られてても気にしないよ?
- 着替え終わったけど、今から行くの?
リンちゃんは返事をする代わりに俺の周りをくるっとまわって、ひとつ頷いた。
服装がちゃんとしてるか確認したみたいな…。
「はい、では」
と言って詠唱を始めた。
あ、なんか久々だな転移魔法。シュバふわ、ってのだな。気をしっかりもっておこう。
次話2-71は2018年11月07日(水)の予定です。